メンバー強化:ヒイロ編
墜落殿第一階層は、石造りの迷宮だ。
壁は苔が繁殖し、どことなく湿っぽいのは、おそらく古代のこの場所が、地下水路だったと想定されているせいだろう。
全員が妖精族、そしてレベル1で統一されているパーティー『フェアリーズ』は、探索を始めて一時間、ようやく初めての敵を倒し終えた所だった。
飢犬と呼ばれる痩せた狂犬は、予想以上に俊敏で、手こずる相手だった。
「はぁ……はぁ……」
パーティーのリーダー、カカ・ボラジは何とか最後の一頭を殴り倒し、大きく息をついた。立派な髭とずんぐりとした体躯が特徴的な、山妖精という種族の格闘家である。
その彼に、不意に声が掛かる。
「あ、危ない!」
顔を上げると、身体をくの字に折り曲げた飢犬がカカ目がけて飛んでくる所だった。
「ぬおお、危ねえっ!?」
咄嗟の回避が間に合った。
飢犬は壁に叩き付けられ、そのまま動かなくなる。もはや、半分肉塊状態だ。
「ごめんごめん。大丈夫だった?」
「お、おう」
駆け寄ってきたのは、身体よりも大きそうな骨剣を担いだ、オーガ族の少年だった。
ブレストアーマーと、やたらごついブーツ以外は、特に防具らしい防具も着けていない。健康的な腕も足もほとんどむき出しだ。
名前をヒイロと言い、本来はもう少しレベルの高いパーティーに属している。今回はとある目的の為に、カカ達に同行していた。
「あんまり素早くて鬱陶しかったんで、力任せに殴ったら派手に飛んじゃった♪」
あははーと、ヒイロは陽気に笑う。
「今度からは気を付けるだよ」
「うん」
元気よく頷き、ヒイロは周囲を見渡した。
「とりあえず、ここにはもう敵はいないね」
「ん、んだ。しっかし、やっぱすげえだなあ、アンタ」
「ん? 何が?」
「や……オラ達が五人がかりで三匹に手こずってる内に、もー、十匹も倒しちまって。オラ達、まだまだだなぁ」
ボリボリと頭を掻くカカ。
しかし、ヒイロは首を振った。
「いやぁ、これは慣れの問題だと思うよ。ボクはしょっちゅう狩りもしてるしね。もーちょっと相手の癖が分かると効率いいんだけど」
「……あれで、効率悪いだか」
少し離れた所に無造作に散らばった、モンスターの死体を見て、カカは少し途方に暮れたりする。
「うん。モンスターの動きってのが分かるのと分からないのとでは大違いだよ。それが経験ってもんだ……ってのが、先輩、あ、ウチのリーダーの事ね。の、台詞な訳で。それにしても、なかなか出ないね」
「何がだ?」
「魔法使い系の敵。この辺に頻繁に出て来るって聞いたんだけど……ボクの目当てはそれなんだけど」
「はて? だがしかし、確か、オーガ族は魔法に弱いんだったんでなかっただか?」
苦手な敵が目当てとはどういう事だろうとカカは思う。
「うん。だから、カカさんらに同行させてもらってるんだけどね。妖精族はほら、ボクらと違って魔法に強いし」
「オラ達としては、ヒイロさんに付いてきてもらって超心強いけど、ほんなれば、シルバさんらと一緒が一番いいんでないだか?」
「そりゃまあ、そうなんだけどさ……」
うーん、とヒイロは腕組みして唸った。
「うん?」
「……この階層の相手だと、ボクが倒すより先にキキョウさんがあっという間に全滅させちゃうんだよ。ボクとタイランの出番がほとんどなくて」
「……贅沢すぎる悩みだべ」
この階層でひーはー言っている自分達としては、そんな感想しか出ない。
「かと言って、第三層にいきなり踏み込むのもきついしね。訓練の成果がどれほどのモノか、ちょっと実感してみる為にもこの階層で慣らしてみるって訳だよ」
それが、ヒイロの目的だった。
元々は、シルバ達は自分達のパーティー内で二人一組で分かれ、第一層を探索するつもりだったのだ。
しかし、ちょうど以前関わりを持った、初心者のパーティーの面々が、第一層の探索をするというので、なら手を組もうという話になった。
基本的に迷宮探索のスタンダードは、迷宮の横幅や報酬の分担効率から考えても、六人一組が理想とされている。
とはいえ、少数精鋭をモットーにしていたり、単純に仲間が集められなかったという理由で、人数が少ないパーティーも存在する。
そうしたパーティーに、今回ヒイロ達はそれぞれ一人ずつ、参加していた。
新米パーティーとしては、強力な護衛が付く事になるし、ヒイロ達にしてみても適当に腕を試しながら回復や後方支援の世話になる事が出来る。どちらにとっても損のない話なので、あっという間に臨時のパーティーは完成した。
墜落殿はあちこちに出入り口があり、今頃は他のみんなも、合流地点目指して行動しているはずである。
「まあ、第一層はそれほど強い魔法を使うもんすたはいねえらしいし、そういう意味ではちょうどいいべな」
「そういう事」
カカとヒイロは頷き合った。
「んだらば、もうちょっと先に進んでみるべか。合流の時間までは、まだ余裕があるでよ」
「そだね」
再び一時間ほど歩き、ようやくヒイロの目当てのモンスター群が現れた。
ミニ魔道と呼ばれる、フードを目深に被った小柄な魔法使いの集団だ。杖を持った彼らは全部で五匹いる。
「出ただよ、ヒイロさん!」
「うっし! じゃあ、ここはボクに任せて!」
ヒイロはモンスター目がけて飛び出した。
「うす! サポートは任せるだ!」
カカ達フェアリーズの五人はその場で待機する。
ただし、いつでも飛び出せるように準備をするのは、最低限の用心だ。
「ありがと! でも魔法ダメージ減らす類のはいらないから! 回復だけよろしく!」
「い、いいだか!?」
「それが、ボクの課題!」
言って、ヒイロは更に加速する。
しかしそれでもミニ魔道達の呪文の方が早い。
モンスター達は次々と火の玉を出現させると、それをヒイロ目がけて飛ばしてきた。
ヒイロは骨剣をグルンと逆手に持つと、それを自分の前に立てて突き進む。
「おおおおおっ!!」
「す、すげえ……被弾したまま、突進してるだ」
「違うわ、リーダー。あれは全部受けきってるのよ……! 武器を盾にしてるの!」
フェアリーズの紅一点、森妖精の魔法使いミナスが興奮に耳をピコピコ揺らす。
「マジだか、ミナス!? 全然止まらないだ!」
ヒイロは間合いに入ると、骨剣を横殴りに振るった。
「はあっ!!」
その一撃で、三匹のモンスターが派手に吹っ飛ばされる。
しかし残った二匹が、新たな火の玉でヒイロを攻撃する。
「食らわないよ!」
ヒイロは骨剣を器用に操り、腹や柄で二つの火の玉を弾いた。
「あの動きは、剣と言うより棍に近いだな……」
カカは感心したように、そんな感想を漏らした。
「ふぅっ……」
大きく息を吐き、残る二匹を相手取るヒイロ。
通路の向こうから、新たなプチ魔道が三匹、出現する。
「……新手っ!」
フェアリーズの僧侶、土妖精のハルティが杖を握りしめた。
「ここは、ヒイロさんに任せるだ。でもハルティは、念のため回復を用意しとくだよ」
「はい!」
ちょっと見、子供のような土妖精は、険しい表情で頷いた。
森妖精のミナスも表情を強張らせる。
「バックを取られた! 防御が間に合わないわ!」
敵は全部で五体。
ウチの一匹が素早くヒイロの背後に回り、火の玉の準備を始めていた。
「やばい、ヒイロさん!」
五匹のプチ魔道が一斉に火の玉を放った。
「だいじょう……ぶっ!」
ヒイロは大きく骨剣を振るった。
火の玉ごと正面二匹のプチ魔道を殴り倒し、その勢いのまま後ろ蹴りを放つ。
背後から飛んできた火の玉が、その蹴りで弾き返された。
自分の火の玉を喰らい、プチ魔道が炎に包まれる。
「魔法蹴ったーーーーーっ!?」
フェアリーズの全員が突っ込んだ。
「抗魔……いや、反魔コーティング!?」
さすが魔法使いらしく、ミナスは興奮を抑えきれないまま分析する。
抗魔コーティングという技術が存在する。
これは魔法の効果を半減させる技術で、主に防具に使用される。
その上位版として絶魔コーティングがあり、これは完全に魔法をシャットダウンさせてしまう。
そして、魔法を跳ね返す技術として存在するのが、反魔コーティングだ。
「正解、反魔コーティングブーツ! 足だけだから、ちゃんと回復魔法も受け付けられるよ!」
「んだども、必要なさそうだな、こら……」
カカの言葉に、いつでも回復魔法を出せるよう準備をしていたハルティは頷いた。
「ええ……そうみたいですね」
その前に、敵が全滅してしまいそうだ。
「とりゃっ!」
カモシカのような脚の重い一撃が、プチ魔道をもう一匹倒す。
最後の一匹の魔法攻撃も器用に足で弾き、そのまま大上段から骨剣の一撃を振り下ろした。
「ていやっ!」
石畳と一緒に、プチ魔道も叩きつぶされ、消滅した。
黒い霧状になった残りが散り、後には七つのローブの残骸と杖が残された。
「しかし言っちゃ何だが……」
「下品な足技よね」
「……同感です」
フェアリーズの面々は、一斉に頷いた。
「勝ったー!!」
ヒイロは大きく両腕を上げた。
戦闘が終わり、ヒイロの傷の具合を確認する。
「……はー、あれだけの敵を相手に、ほとんどダメージなしだか」
カカが呆れた声を上げた。
「ま、多少は負傷したけどね。うん、このブーツもいい感じっぽい。さすが、カナリーのコーディネート」
「高かったんでねえか?」
「あはは……当分、貧乏生活」
反魔コーティングはとても高額なのだ。
ヒイロを加えた六人は、再び迷宮を歩き始める。
「基本は骨剣を盾にして突進と殴打、緊急回避で脚が基本になりそうかな」
何となく自分の基本戦術を掴んだヒイロだった。
「うす。しかしここから先はオラ達に任せて欲しいだ」
「えー、まだ暴れ足りないよう」
まだまだヒイロは元気が有り余っていた。
しかし、カカ達にも事情があるのだ。
「ヒイロさんがいてくれて、オラ達すげえ助かるけど一つだけ、大きな問題があるだよ」「え? 何? ボク、何か悪い事してた!?」
自分の気付かないうちに、何か失礼な事をしたのではないか。
不安になるヒイロに、残る五人は揃って苦笑するしかなかった。
「ヒイロさんに任せてたら、オラ達、ほとんど何もしないまま合流地点に着いちゃうだよ。敵を倒した数、オラ達まだたった三匹だ。すげえ困るだよ」
そう笑いながら、カカはグローブの紐を締め直すのだった。
メンバー強化:タイラン編
「とめてとめてとめてひああぁぁ~~~~~っ!?」
墜落殿第一層迷宮に、地鳴りにも似た疾走音と悲鳴が木霊する。
声の主、重装兵タイラン・ハーベスタは足を動かしていない。……にも関わらず、走っていた。
やがて、迷宮が振動するほど派手な激突音が鳴り響いた。
タイランは突き当たりの壁に正面衝突して、ようやく停止していた。
「……タ、タイランさん、大丈夫?」
心配そうに追いかけてきたのは、新米パーティー『フィフス・フラワーズ』のリーダー、カトレアだった。両手剣使いの女性……といってもまだ十代後半の女の子だ。
「うう、な、何とか……すみません……まだ、慣れていなくって」
鼻面を押さえながら、タイランはヨロヨロと振り返った。
休息兼ミーティングを取る事となった。
この辺りはそれほど強い敵も存在しないらしく、ブルーゼリーや雑鬼の集団を幾つか相手にしているだけで、カトレア達もそれほど消耗していない。
同行させてもらっているタイランも、ほとんど無傷だった。
だからこそ、様々なテストも出来るのだが……。
「無限軌道とわ……また、すごい履き物考えたわね」
カトレアは呆れながら、自身のポニーテールをいじる。
「も、元々は、戦った相手が使っていたモノなんですけど……カナリーさんが、是非って用意してくれて……断れませんでした」
縮こまるタイランに勢いよく身を乗り出したのは、パーティー1小柄な少女、モモだった。
「カナリー様が!?」
「こ、こら、モモっち」
カトレアがたしなめるが、モモは聞いちゃいなかった。
「だ、だってだって、つまりそれってタイランさんの鎧には、カナリー様の手が入っているって事でしょう!? 錬金術師でも鍛冶屋でもないのに、すごいすごい! 他に何か手を入れられたりしたんですか?」
目を輝かせるモモに、基本的に控えめな性格のタイランは怯んでしまう。
「あ、いえ……その、精霊砲も搭載しようって話もあったんですけど、諸事情で……」
「ふんふん」
モモは、興味津々という様子だった。
タイランの強化は主に、鎧への細工にあった。
無限軌道を始めとした多くの装備は、精霊事件で戦った相手、モンブランシリーズから流用されている。
精霊炉の改良も検討されていたが、クロップ老のそれは強力な反面『底なし』らしく、あまりにもタイランの消耗が激しいのだという。タイランの人工精霊としての体力がもっとないと、使いこなす事が出来ないらしい。よって、これまでよりも若干だけ大きい精霊炉の搭載で、動力改造は終了している。
精霊砲の搭載を見送ったのは、タイランが高出力のそれを放つと、サフォイア連合国にタイラン独特の気配を感づかれる可能性があるのを懸念しての事だというのが、カナリーの話だった。
タイランに熱心に構うモモとは別に、冷めているパーティーのメンバーもいた。
その筆頭は戦士のディジーと、助祭のシランの二人。
「まあ、実際の所、外れよねアタシら」
「……何でキキョウ様じゃなくて、鉄の塊なのよ」
三角座りをして、溜め息をつく二人であった。
そういう意味では、モモにしたって残念なはずなのだが、もとよりパーティーのムードメイカー兼基本的に楽天的な性格なので、非常に前向きだ。
タイランの相手をモモに任せて、カトレアは暗い雰囲気をまとう二人をたしなめに近付いた。
「こら、ディジーにシラン。貴方達ね、そういう所がシルバさんに外された理由だって、いい加減理解しなさいよ」
シオシオと元気のなくなる、二人である。
……まあ、仕事はちゃんとこなすのは長い付き合いから知っているからしつこく言う気はないが、とにかくこの二人は気が多いのが泣き所だ。
「だってさー」
「……この際、カナリー様でもよかったのに」
それまでタイランと話していたモモの目が、ギラーンと輝いた。タイランは、思わずびびっていた。
「あー! その発言は、カナリー・ホルスティンファンクラブ会員二桁台の、このモモに対する挑戦と見たよ二人とも!」
カナリーの美貌と知力と財力と権力について、モモが説教を開始する。
再びタイランの元に戻ったカトレアは、深く溜め息をついた。
「……ごめん。ホント駄目なパーティーでごめん」
「い、いえ……平気ですから。けど、全員女性のパーティーって珍しいですね」
「同じ孤児院出身なのよ。普通なら何人か、男装してるんだけどねー」
冒険者の中には荒くれ者も多い。女性の冒険者は、そうした変装による自衛がセオリーだ。
だが元から一つのパーティーを結成しているカトレア達には、当てはまらないらしい。
「……リーダー」
それまで一人、見張りに徹していた女性が口を開いた。
魔法使いのユーリだ。
パーティーの中でも際だった美人だが、幽鬼のような沈んだ雰囲気がそれを台無しにしている。
「ん? どうしたの、ユーリ」
「……敵」
ユーリの言葉に、全員が立ち上がった。
一見やる気の感じられなかった、ディジーやシランにしても、真剣な表情に切り替わっている。
なるほど、ユーリの言う通り、廊下の先には何体か、背の低い獣系のモンスターの姿が見えていた。
「じゃ、じゃあ、また同じように……」
タイランが、一歩前に踏み出す。
「タイランさん、よろしく。でも、あんまり無茶しないでね?」
「は、はい……でも、少しだけ、コツは掴めてきましたから」
彼女の仕事は、最前線で出来るだけ、敵の足止めをする事だ。
「……要は、最初から全開だから、まずいんですよね。低速から開始して」
無限軌道を軌道して、徐々に加速していく。
敵は四体、カッパーオックスと呼ばれる雄牛系のモンスターだ。この第一層では、やや強めの実力がある。
「ぶるる……!」
カッパーオックスも、タイランに突進してきた。
内三匹は体当たりと斧槍で防ぐ事が出来た。しかし残り一匹がタイランの脇をかい潜り、背後のパーティーに迫る。
「ぐっ……! 一匹行きますよ!」
「任せて!」
カトレアは、両手剣を構えた。
さすがに一匹程度、自分達で処理できなければ、格好が付かない。
カッパーオックスの攻撃はひたすら突進のみという、単調なモノだ。
しかし、二撃、三撃と重い突進が繰り返し続くと、さすがにタイランも緊張してきた。
「ふぅ……!」
無限軌道で敵の攻撃を回避し、斧槍で敵を迎撃する。
新たな一匹が横から高速で迫ってくる――のが、突然、爆発の一撃で吹き飛んだ。
「……援護」
遠方から魔法を放ったのは、ユーリだった。その横で、モモもボウガンを構えている。
「あ、ありがとうございます。私は絶魔コーティングされてますから、気にせず撃って下さい」
「……うん」
「あいさー!」
「ってアンタ達、こっちの手伝いは!?」
盾で防御の構えを取りながら慌てるディジーの後頭部を、カトレアははたいた。
「何言ってるのよ!? わたし達、一匹相手に三人で相手してるのよ!? こっちこそしっかりしなきゃ……!」
いくらカッパーオックスが、ブルーゼリーなどに比べて強いと言っても、たかが知れている。本来、三人でも充分な相手なのだ。
むしろ、それを三体、一人で相手しているタイランの援護を優先するのは当然とも言える。
「そりゃごもっともねー。助祭の私までこっちだし……にしても、丈夫な奴ねコイツっ!!」
シランが苛立たしげに、メイスを振るった。
「ブルッ!」
苛立ったカッパーオックスが頭を振るう。
「ひゃっ!?」
「きゃあっ!?」
二本の角が、ディジーの盾を吹き飛ばし、シランを壁に叩き付ける。
「ディジー、シラン!?」
それには、タイランも気がついた。
タイラン自身は、鎧の防御力でダメージはほとんどない。カッパーオックスを引きつけていれば問題ないのだ。
「いけない! ユ、ユーリさん、こっちはいいからカトレアさん達のサポートに回って下さい……!」
「承知……でも、間に合うか自信がない……」
二人を倒したカッパーオックスは距離を取ると、後ろ足を蹴り始めた。
カトレアが戦慄する。
「チャージに入った……! 二人とも、早く立って!」
「そ、そんな事言われても足が……」
苦しげな声を上げるディジー。
「じゃあ、せめてシランが大盾でって気絶してるーっ!?」
「……きゅー」
シランは気絶していた。
「にゃあ! 装填ギリギリー!」
「……詠唱もギリギリ」
「じゃあ、わたし一人!?」
何気に絶体絶命だった。
「み、みなさん……!」
タイランは既に、カッパーオックスを二体、倒していた。
何しろ突進してくるだけなので、動きを見切ってカウンターを当てれば、倒すのはそれほど難しくない。……もちろん、ある程度の修羅場を踏んだり、キキョウのような超高速で動く人間と修練を積んでいるタイランだからこそ、その域に達しているのだが。
「こっちはいいから! そりゃ助けて欲しいけど、飛び道具でもなきゃ、この距離じゃどうにもならないわ!」
カトレアが叫ぶ。いくら無限軌道のスピードでも、さすがに間に合わない。
「なら、どうにかします……!」
言って、タイランは自分に迫る最後のカッパーオックスを蹴っ飛ばした。
そして右腕を構える。
「ロケットアーム!」
タイランの腕が爆音と共に飛んだ。
「えー!?」
仰天するカトレアをよそに、タイランの巨大な手はカッパーオックスの首根っこをしっかりと掴んでいた。
「ぶるがっ!?」
「つ、つかみました……!」
タイランの二の腕からはワイヤーが伸び、それが分離した腕に繋がっている。
そのワイヤーを引き戻しに掛かる。
が。
「あうっ!?」
背中から、残っていたカッパーオックスがタックルを仕掛けてきた。
「……みんな、タイランさんの援護」
ボソッと呟くユーリに、カトレアは剣を構え直した。
「わ、分かってるわよ!」
首根っこをタイランに掴まれ、ぶもぶもと慌てる敵に襲いかかる。
――完全に勝負が着いたのは、それから五分後の事だった。
ゴールである合流地点まではもう少しなので、タイランは気絶しているシランを背負っていた。
「やっぱ、ウチは火力不足ねー……」
はー、と横に並んで歩きながら、カトレアは深く息を吐いた。
「い、いえ、充分強いと思いますよ?」
タイランのフォローに、殿のユーリがボソリと言う。
「……決定打が足りない」
「だよねー。あ、シーちゃん気がついたよ?」
「ん……?」
シランが、ゆっくりと目を開けた。
「え……!? あ……っ」
自分がどういう状況にあるか把握し、少し慌てる。
「し、しばらくは、安静にしていて下さいね……? まだ、先は長いですから……特に回復役は、体力と魔力を温存しておかないと……」
「え、ええ……」
タイランが背負っているシランに声を掛けると、何故か彼女は頬を赤らめた。
鋭く見咎めたのは、ディジーだ。
「ちょ、ちょっとちょっと、シラン、何赤くなってるのよ」
「……いや、鉄の塊も悪くないかも」
おそろしく広い背中に身体を預けながら、シランが呟く。
「こ、この浮気者! 貴方はカナリー様への愛を貫きなさいよ!?」
「ちょっと待って……『貴方は』? そういうアンタはどうなのよ?」
微妙に眉をひそめながら、シランはディジーを見下ろした。
何故かディジーは耳まで真っ赤にしながら、そっぽを向いた。
「そ、そんなの、どうだっていいじゃない! ただ、ちょっと頼りになるなって所を評価してるだけだし」
はーっ、とカトレアはこれでもう、何度目になるか分からない溜め息をついた。
「……タイランさん、もうホントねわたし、ごめんなさいって言うしかないの。これさえなけりゃ、いい子達なのに……」
「……ごめんなさい」
「めんごー」
「……お、お気になさらずに」
謝る三人に、控えめに言うタイランだった。
メンバー強化:カナリー編
墜落殿第一層の中でもそこは、特に強いモンスターが多いフロアだった。
だがしかし、そんな事は一向に構わず突き進むパーティーがあった。
新参パーティー『アンクル・ファーム』は戦士二名、助祭、魔法使い、盗賊各一の五人で成立している。本来はもう一人戦士がいたのだが、家庭の事情で抜けてしまった。
よって、現在は五人。
それに加わった一人を加えて、六人。しかもその最後の一人には従者が二人いた為、八人の大所帯となっていた。
最前線ではリーダーのカルビン・オラガソンとエースであるアポロが、モンスターの群れと死闘を繰り広げ、助祭と、この場には不釣り合いな赤と青のドレスを着た美女二人がそのサポートに回っている。
カルビンがカッパーオックスを、力任せにハンマーで殴り倒す。
アポロの豪剣がリザードファイターのロングソードと火花を散らす。
さらに残っているモンスターを助祭のキーノ・コノヤマがメイスで相手取り、時折リーダーとエースに回復の法術を与えている。
赤の従者ヴァーミィの蹴りと青の従者セルシアの手刀が、次々と現れる妖蟲を払い飛ばした。
体力をまるで無視した特攻のような戦闘だ。
更に後方からは絶えず光の矢と紫電と石礫が飛び、モンスター達の体力を削っていく。 助祭の祝福は淡い光と共に、最前線の戦士達を癒す。
「進め進め!」
「突き進め!」
前衛の二人とも浅い傷は数知れず、それでも高いテンションを維持したまま前に進み続ける。
「……最初は三体目を作ろうと思ったんだけどねぇ」
後方から雷を飛ばしながら、眠たそうに金髪紅眼の美貌を持つ青年貴族、カナリーはぼやいた。
外の時刻は昼間であり、日が差さない迷宮といえども、吸血鬼である彼はまだあまり本調子ではない。 青天の下でないだけまだマシだが、テンションが低いのはしょうがないといった所だ。
ちなみに三体目、というのは彼の従者の話である。
「それは……手が付けられなくなりますね」
並んで魔法を飛ばしていた半森妖精の魔法使い、タキナ・コノサトが困った笑顔で相槌を打った。
アクビを噛み殺しつつ、カナリーは指を鳴らした。
新たな紫電が、カッパー・オックスを一撃で丸焦げにする。
「僕が楽出来るのはいいんだけどねー……こういう場所だと数が多いと、かえって邪魔だし。通路の幅から考えても、パーティーの理想は大体前衛三人、後衛三人の六人がセオリーだ……ま、頑張って八人になってる訳だけど」
「す、すごく強いですよね、ヴァーミィさんとセルシアさん」
正直美人従者の二人の力は、タキナの目には『アンクル・ファーム』の前衛より強く見える。
「そりゃ、僕の従者だからね……当然さ」
さして得意という様子もなく、カナリーは頷いた。
そんな風に二人で話していると、メイスを手に持ち鎖帷子を着込んだ少年助祭が生傷だらけで前線から戻ってきた。
「っておいおいおい、タキナ! 雑談してないで、手伝えよ!?」
「何言ってるのよ!? ちゃんとやってるじゃない!?」
助祭、キーノ・コノヤマのキツイ物言いに、タキナも張り合う。
にらみ合う二人の間に、カナリーは割って入った。
「……まーまー、二人とも喧嘩しちゃ駄目だ。……いや、いいのか? 君達はあれだな。仲がいいほど喧嘩するという奴か。はたまた、犬も食わない何とやらか」
カナリーが頬に指を当て首を傾げると、二人は真っ赤になった。
「な……」
「こ、この状況で、何を言ってるんだ、アンタも!?」
「ああ、そうだね。まずは、彼らをやっつけてしまおう。タキナ君は次、今使える一番強烈な魔法用意」
「え……で、でも」
これ以上魔法を使うと、使える魔力が尽きてしまう。
そう言おうとするタキナの唇を、カナリーの細い人差し指が制した。
「問題ない。キーノ君も同様さ。最初に言ったろう。今回はかなり無茶をしていいって。魔力の回復は全部、僕に任せてくれて構わないんだから」
「い、言った責任は取れよ?」
「……任せたまえ。君んところのリーダーとエースなんて、もう完全に開き直ってるじゃないか。今更、君だけ踊らないのはもったいないよ?」
言って、カナリーは正面を指差した。
「アポロ次くるぞ、いけ!」
「ういっす!!」
どごーん、と鈍い音がして、リザードファイターが二体、吹き飛んでいた。
もう、最前線はノリノリだった。
キーノも急いで前線に駆け戻った。
「お、俺もやります!」
「おう、キーノしっかり働け!」
一方タキナの呪文も完成し、高威力の魔法の矢で妖蟲をバラバラに弾き飛ばしていた。
それを至近距離で見ていた、アポロが快活に笑う。
「おー、タキナも頑張るなー! やるじゃん」
ガクッとタキナがその場に跪いた。魔力切れだ。
「はぁ……はぁ……カ、カナリーさん、撃ちました……でも、もう……!」
「はいはい。それじゃ魔力供給いくよ」
カナリーの指先が、タキナの首筋に当てられる。
「ふぁっ……!?」
タキナは思わず声を上げていた。熱いエネルギーの様なモノが、カナリーの触れた部分からものすごい勢いで流れ込んできていた。
気がつくと、根こそぎなくなっていた魔力が回復していた。
「僕の生命力を魔力に転化して分け与えた。まだまだ、いけるね」
「は、はい……でも、カナリーさんは大丈夫なんですか? ……生命力って」
「……もちろん、無尽蔵じゃない。だから、供給してる」
カナリーは、前線で踊るように戦い続けている、自分の従者を指差した。
「彼女達がモンスターを倒す際、その生命力を吸収している……そして、その生命力は、僕に送られてきているという訳さ……」
平然とそんな事を言い、カナリーはそれまでカチンコチンに固まってスリングを振るい続けていた盗賊の方を向いた。
「君は、大丈夫そうだね、メルティちゃん」
「は、はははは、はい! ぜ、全然平気です!」
カナリーの声を掛けられ、少女は思いっきりかしこまった。
「そう、いい子だ。それじゃ僕もちょっと、前に行って来るよ」
「お、お気を付けて!」
おっとりとした足取りで、カナリーは壮絶な戦場に向かった。
さすがに疲弊してきた戦士、アポロの背中にカナリーは手を当て、自身の生命力を送った。
「お、おおおっ!? み、漲ってきたぁ!」
「……なら、まだ、行けるね? よろしくー……」
さっさと、カナリーは後方に引き下がる。
魔法使いである自分がここにいては、足手まといになるだけだ。
「リーダー、もういっちょ行こうぜ!」
「お、おお!」
一方、リーダーのカルビンは、司祭のキーノから祝福を受けて、回復していた。
ただし、キーノは今の回復で、力を使い果たしてしまっていたようだ。
「はぁ……はぁ……」
メイスを杖代わりにして、その場にへたり込みそうなキーノに、カナリーは声を掛けた。
「大丈夫かい、キーノ君」
「だ、大丈夫じゃねえ……戦って……回復して……マジきついっつーの……」
「……それじゃ、両方とも回復しようかな?」
カナリーは白い自分の手を、傷だらけになっているキーノの手の甲に置いた。
「うあっ……あ……あぁ……は、あぁ?」
手の甲から強烈なエネルギーを送り込まれ、キーノの体力と魔力が全快する。傷も、完全に治っていた。
「元気、出たかい?」
「あ、ああ……」
「……教会の人間が、こういう術の世話になるのは業腹だろうけど、我慢してくれたまえ。さ、続きだ。もう一回修羅場に突っ込んで、張り切って敵を全滅させてこようか、そら」
パンパン、とカナリーは軽く手を叩いた。
「ったく、分かったよ!」
メイスを握りしめ、再びキーノは前線に突入していく。
「ふわぁ……んん……さて、タキナ君。また、魔力が減ってきているんじゃないかな……?」
大きなアクビをしながら、カナリーは後衛に戻った。
修羅場が終わり、一旦休憩となった。
キャンプの背後の通路には、無数のモンスターが倒れている。
「色々考えたんだけどねぇ……さっきも話した三体目とか……」
尊敬の眼差しで見る盗賊少女、メルティを相手にカナリーは話をしていた。
手にはワイングラス、中身はトマトジュースだ。
瓶はヴァーミィが抱えており、他のメンバーにはセルシアがジュースを注いでいた。
「……移動系の魔法の習得っていうのも面白そうだったんだけど……うん、そっちはシルバに任せた」
足を組みながら、カナリーは独り言のように言う。
一方、セルシアからジュースを注がれ、メルティはひたすらに恐縮していた。
「ウチのパーティーには、シルバの回復が使えないのが二人いてね……つまり、僕とタイランな訳だけど……」
ピン、とグラスを指先で弾く。
「……薬で何とか出来るけど、手数は多い方がいい。何より攻撃イコール回復というのは、実に楽でね……」
面倒くさがりな自分にはピッタリなのさ、とカナリーは言った。
「この階層のモンスター程度なら、どれだけやられても、君達が負ける事はないから、安心したまえ。強いて言えば、キーノ君の抵抗感が難と言えば難だが……まあ、職業柄しょうがないねぇ?」
「ま、まあな」
カナリーに苦笑され、キーノはそっぽを向いた。
それを鋭く見咎めたのは、魔法使いのタキナだった。
「ちょ、ちょっとキーノ、どうして顔赤らめてるのよ!?」
「う、うっせえな!? 関係ないだろ!?」
「えぇ、ないわよ! アンタが誰にデレデレしようと、あたしには関係ないわよ! 相手が男の人でもね!」
「な……! お、お前だって、何かモジモジしてたじゃねーか」
なし崩し的に口喧嘩を始めた二人を眺め、カナリーは眠たげな目をリーダーであるカルビンに向けた。
「……一応聞くけど、このパーティーは、大丈夫なのかい? 主に内部分裂の可能性的な意味で」
「ま、まあ、あの二人はいつもの事だ」
曖昧に頷くカルビンに、アポロとメルティが補足する。
「今回は、何故かいつもより激しいけどな」
「あ、あの二人は幼馴染みなんですよ」
ふむ、とカナリーは唸った。
「……何ともまあベタな。まあ、みんなが言うなら心配はいらないか。さて、体力回復が必要な人はいるかい? キーノ君はあれで仕事してるみたいだから、大丈夫だと思うけど」
ワイングラスを傾けながら、カナリーは微笑んだ。
「……出来れば、合流地点には一着で辿り着きたいモノだね」
メンバー強化:キキョウ編
墜落殿第一層某所。
通路を抜けた先にあった広間は、モンスターの巣と化していた。
無数のブルーゼリーが床の上で身体を震わせ、雑鬼や妖蟲がひしめいている。
勢いよく広間の扉が開いたかと思うと、紫色の影が飛び込んできた。
影が駆け抜け、大ミミズの身体がスパッと二分される。周囲のモンスターも数体、同じ切れ味を残して床に伏せた。
モンスターを斬り捨てた人影は、部屋の中央で停止する。モンスター達は突然の闖入者の正体を見極めようと、周囲を取り囲んだ。
「ふむ、数は五十といった所か……」
人影――狐耳と尻尾を持つ剣士、キキョウはのんびりと呟いた。
キキョウの存在にようやく気付いたモンスター達が、咆哮を上げて円を狭めて襲いかかる。
「{詠静流/えいせいりゅう}――」
刀を納めて、キキョウは一歩を踏み出した。
「――『{朧/おぼろ}』」
次の瞬間、モンスター達は、キキョウの姿を見失っていた。
瞬間移動、ではない。
高速の歩法でモンスター達の間を潜り抜け、包囲を脱したのだ。
キキョウの手が、自身の刀の柄に掛かる。
「『月光』」
直後、キキョウの手元が一閃し、手近にいたモンスターが五体、まとめて斬り伏せられた。
しかし敵の数は圧倒的であり、上下左右から新たなモンスターが殺到つつある。
モンスター達の攻撃の有効範囲に、キキョウの身体が迫る――
「『孤月』」
――金属質な音が鳴り響き、キキョウを中心とした二メルトの円内にいたモンスターは、身体を二分して床に倒れる事になった。
その場で跳躍、頂点に達すると尻尾を振って、キキョウは空中をもう一度蹴った。
人では到達できない高みに到ったキキョウは、天井を這い回っていた妖蟲を両断する。
その様子を、新米パーティー『プラス・ロウ』の面々が、蹴破られた扉の影から伺っていた。
「……すげえ。キキョウ無双だぜい」
錬金術師兼盗賊であるボンドが、広間を駆け回るキキョウの高速移動と斬撃に、半ば呆れた声を上げる。
「感心している場合ではありません。私達も戦いますよ」
『プラス・ロウ』のリーダーである女聖騎士、ルルー・フーキンは既に臨戦態勢に入っていた。前衛である斧使いの戦士と魔法剣士も同様だ。
「あー、はいはい。チシャ、リーダーの支援頼むぜい。あの人、すぐ突進しちゃうから」
「は、はい」
ボンドの言葉に、助祭であるチシャは頷く。
かつて一度、彼女の猪突猛進ぶりを突かれ、初心者訓練場で手痛い目に遭った事もあるのだ。
「ま、さすがにそうそう、やられはしないと思うけどなー」
ボンドが呟いた時には、既にルルーら前衛は広間に飛び込んでいた。
最前衛に、男の戦士二人を従え、ルルーは自身の剣を掲げた。
「フーキン家代々に伝わる聖なる剣の力、思い知りなさい!」
刀身が光り輝き、聖光を浴びた周囲のモンスター達を灼いていく。
「ほう……{烈光/ホライト}の効果とはな」
あらかじめ、チシャからルルーの剣について聞いていたキキョウは、盾にしたモンスターの影からその様子を伺っていた。
光が収まると、再び移動を開始して、敵をまた三体ほど斬っていく。
ルルー達の周囲のモンスターが全滅し、ポッカリと空白地帯が出来ていた。
「で、ですけど、油断は禁物ですよ、ルルーさん!」
遅れて広間に飛び込んだチシャが、前衛に向かって叫ぶ。
「もちろんです。かつての轍は、二度と踏みません」
正面から襲ってきた雑鬼を、ルルーは聖剣で叩き切った。
直後、横から軽い衝撃を感じ、彼女は驚いた。
「!?」
見ると、忍び寄っていたブルーゼリーがしゅうしゅうと音を立てながら溶けようとしている所だった。
「……そう言いながら正面しか見ないのは悪い癖だぜい、リーダー」
モンスターに爆薬を投げつけた姿勢のまま、ボンドは苦笑した。
十分後、広間のモンスターは一掃され、彼らは休憩を取る事にした。
「それにしても、敵が多いですね」
腰を下ろし、回復薬を飲みながら、ルルーは自慢の金髪を掻き上げた。
「そ、そりゃあ、そうですよ。この辺りは、そういう事で有名ですから」
チシャの言葉に、彼女は首を傾げた。
「聞いてませんよ?」
「言ってましたよ?」
「……言ってたぜい?」
ルルーが見渡すと、全員が頷いた。
この辺りは、モンスター自体の強さはさほどではないが、数だけはやたらに多い。
この広間にしても実は迂回が可能なのだが、それでは訓練にならないという事で、突入したのだ。
「ルルーは、もう少し、落ち着くべきではないかと思う」
「キ、キキョウ様まで……」
ガクリ、と落ち込むルルーだった。
「……いや、そりゃ普通言うぜい」
基本的にいい奴なんだけどなー。話を聞かないのととにかく突っ込む癖は直した方がいいよなーと思う、ボンドであった。そのまま、爆薬の精製に取りかかる。
一方チシャは、刀の手入れをしているキキョウに話を向けていた。
「そ、それにしてもすごいですね、キキョウさん。前に見た時よりずっと速くなっています」
「うむ。ヒイロが攻撃力を強化しているようなので、某は手数を増やす事にしたのだ。下の層ではいちいち、一体ずつを相手取れる訳ではないしな。ダメージの蓄積も重要だ」
「……ダメージの蓄積も何も、一撃で皆、倒してたぜい?」
というか、一回の振り抜きで複数のモンスターが倒れていた。
しかし、キキョウは首を振った。
「この階層の相手では弱すぎる。ゴーレムだの重装兵だの、あの辺りになるとまだまだ某の剣の及ばぬ所だ」
「キキョウさんでもですか!?」
うむ、とキキョウは頷いた。
「倒せない訳ではないが、まだ時間が掛かるな。最終的には、一撃で倒せるようになるのが理想だが、まだまだ詠静流を極める道は遠く険しい」
「ご立派です、キキョウ様」
ルルーが尊敬の目を向ける。自分を律する類の人間が好きな、彼女であった。
「何の。もっと精進せねば、シルバ殿の助けにはならぬ」
刀身の汚れを拭い納得いったキキョウは、刀を鞘に納めた。
「幻術を鍛えるという方向性もあるのだがなぁ……某は不器用故、二つの事を同時にするような器用な真似は出来ぬのだ。せいぜいが、跳躍を二段に増やした程度だ」
元々は以前、シルバの支援で成立させてもらった、変速多段ジャンプが元になっている。
「……あの、それでも、充分すごいと思うんですけど」
「……うす、普通の人間には出来ないぜい?」
「まあ、この辺は妖狐である某の強みであるな」
特に得意という風もなく、キキョウは言う。
「……本来なら、天を駆ける事すら容易いのだが、その高みにはまだ到れぬ」
ボソッと呟くその言葉は、本人以外には届かなかった。
「今、どの辺にいるんでしょうね、シルバ様」
誰にともなく言ったチシャの台詞に、キキョウは首を振った。
「分からぬ。精神共有で繋がっているとはいえ、今回はある種の競争となっている。互いの位置は、伏せられているのでな……」
「心配ですか?」
「む、むぅ……」
キキョウの耳が元気なく垂れ下がる。
「大丈夫ですよ。シルバ様ですから」
「そ、そうなのだがな」
シルバが心配と言うより、シルバがいないのが不安なキキョウだったりする。
「でも、早く合流したいですね」
「う、うむ。うむ」
それは間違いないので、キキョウは何度も頷いた。
一方、もう一人張り切っている人物もいた。
「確かに、一番最後だったなどという恥辱だけは、避けねばなりませんね」
勢いよく立ち上がるルルーだった。
「某はもうゆけるが」
「私もです。他の皆は?」
「だ、大丈夫です」
「問題ないぜい」
全員が立ち上がり、チシャは地図を確認した。
「ルートはどうします? 迂回ルートと直進ルートがありますけど」
直進ルートの方が敵の数は多い造りになっている。
「無論、決まっている」
「ですね」
キキョウの言葉に、ルルーも頷く。
『プラス・ロウ』の面々とキキョウは、最短のルートで他パーティーとの合流地点を目指すのだった。
メンバー強化:リフ編
ブルーゼリーは起き上がり、仲間になりたそうに、こちらを見ている!
モンスターの様子に、リフは申し訳なさそうに耳を伏せた。
「にぃ……困る。リフのパーティー、もういっぱい」
そんなリフの帽子を、大きな手がワシワシと撫でた。
「あっはっはー、リフ君モテモテやなぁ」
「人徳やねぇ」
新米パーティー『ツーカ雑貨商隊』のリーダー夫婦、ゲン・ツーカとクローネ・ツーカだ。
「……でも、困る。連れていけない」
期待するようにぷるぷる震えられても、リフは困るのだ。
二十代後半、いかにも働き盛りといった風情のゲンは、自分の顎髭を撫でた。
「あー、ほんならしゃーないやろ。またゴメンなさい言うて、お引き取り願うしかないわ」
おっとりした風な妻であるクローネも同意する。ゲンと同じ歳だとリフは聞いていたが、四、五歳年若く見える美人の奥さんだ。
「もしもの時に頼る事あるかもしれへんけどー、ちゅーてコネ作っとくのもありやねぇ」
「にぃ……リフ、人間とお話するために、このパーティー入ったのに」
ちょっと予想外の事態だった。
この辺りは、墜落殿第一層の中でも第二層への入り口が近い事もあり、最もメジャーな区画と言ってもいい。
出現するモンスターも弱いモノが多く、商人家族で構成された異色のパーティーでもさほど苦なく進めていた。
リフの課題は基本的な盗賊スキルの向上だ。
「まだ先の話だけど、深い場所になると魔法が使えないフロアとかがあるっていう話も聞いてる。だから、一応な」
とシルバは言う。
罠の解除の多くは豆の蔓に頼っているリフとしては、それが使えないとなると少々困る。憶えておいて損はないし、今回の探索ではリフは豆の蔓を一切使っていない。
扉も宝箱も、現在の所解除に失敗はない。
それに、盗賊ギルドにリフ一人で行けるようになる為、という目標もある。やや人見知りするリフに、このパーティーの家族は最初から親しく(馴れ馴れしいとも言う)、強引ながらも次第に打ち解けつつある。
それはいい。
それはいいのだが、戦ったモンスターのことごとくが、自分の仲間になりたがるのには、リフもほとほと弱っていた。
まだ幼いとはいえ霊獣としての格が、力を認めた低級モンスターを惹き付けているのだろうね、とこの場にカナリーがいれば分析していただろう。
「はっはー。構へん構へん。人間以外の繋がりもあって損あれへんて。むしろ、人間にしてみたらそっちの方がお宝やで」
「に?」
ゲンの言葉に、リフは首を傾げた。
言葉の足りない夫を、妻のクローネが補足する。
「せやねえ。こんだけモンスターと仲良う出来る子も珍しいで? その力、大事にせな」
「つーかアレやな。いざとなったら盗賊やめてビーストマスターでもやってけるで、リフ君」
「……に? びーすと……?」
「ビーストマスターちゅーのはな、モンスター使役する職業の事や」
「……ゆーろの、お仲間?」
リフは前衛の長男ウォンが手を引く、自分と同じ歳ぐらいの少年の背を見た。魔法使いのローブと杖を持ち、ヨタヨタと歩いている。
ユーロウ・ツーカ。若干八歳の召喚師である。このパーティーの影のエースだ。
「あー、ウチのユー坊はちょっとちゃう。召喚師ちゅーのはモンスターと契約して、必要な時に出てもらうんよ。うまい事言えんけど、微妙にちゃう」
パタパタとゲンは手を振った。
「それもあの子の場合は、戦闘用ちゅうより主に道具管理用やからねぇ」
「せやせや」
すると、前衛に立っていた二人が振り返った。
「おとんおかんー、その言い方やとまるでゆー坊が戦闘ん時役立たへんみたいやでー」
「せやなぁ。ウチの主力やねんから、怒らせるとあかんのとちゃうかー?」
双子の姉弟、レアルとウォンだ。おっとりとした次男、ユーロウも振り返ったがこちらはよく意味が分かっていないっぽい。
「うぉっ、そ、そんなつもりで言うたんちゃうで!? ゆー坊、勘違いしたらあかんで」
「……にぃ、父親のいげん」
呟くリフの帽子を、今度はクローネが撫でた。
「ウチはあれでえーんよ、リフ君。いざっちゅー時頼りになれば」
「そのいざって時が、あんまあれへんけどなー」
「あかんて、ウォン。あんまりホンマの事言うたら、また落ち込むで」
「もう手遅れやっちゅーねん! お前らようそんだけ好き勝手言うな!?」
息子と娘に言われ、ゲンは涙目だ。
「……言うても、ホンマの事やし」
「なあ?」
「……父親のいげん」
「大丈夫や」
母親、クローネの笑みは崩れない。
広間に入った所で、一行は部屋の隅に店を開いた。
さすがに第二層の入り口が近いだけあって、そこそこ人通りがある。
パーティー『守護神』のメンバーは、それぞれで合流地点に向けて競争しているが、決して強制という訳ではない。
『ツーカ雑貨商隊』の商隊という性格もあるし、リフも自分の人見知りを少しでも緩和する為にいるという自覚があるので異存はない。
もっとも、その辺も配慮した上で、このパーティーの通過ルートは他パーティーよりもかなり短かいように設定されていたりするのだが。
「い、いらっしゃい……ませ」
双子と次男が店の設営をしている中、リフはツーカ夫妻と挨拶の練習を行っていた。
「んー、やっぱりもうちょっと愛想欲しいなぁ」
「にぃ……ごめん」
苦笑するゲンに、リフは生真面目に落ち込んだ。
「ええんよ、リフ君。ウチの子より美男子なんやし、おとんは僻んどるだけやから」
「な……!? お、おかん、オレは思た事をそのままやな――」
ゲンが怯む。
さりげなく、長男も罵倒していたクローネであったが、幸いな事に彼は弟が召喚したモンスターの持つテントを組み立てたり、アイテムを陳列するので忙しかった。
「クローネ、ここはワイが一番最初に提案した、リフ君女装化計画をやっぱり実行に移すべきやと思うねん」
「それ以上言うたら、股間のモンこの棍棒で破壊するで?」
笑顔のまま、クローネは手に持つ棍棒を掲げた。
商人であり司祭である母親の膂力は、前衛ほどではないが割とハンパない。
「うう……ウチのおかんは美人やけど超おっかない……」
一方ゲンは盗賊も兼ねる為、手先は器用なのだがその分腕力では、次男に次いで弱かったりする。
「それ承知で結婚したんやから、今更ゴチャゴチャ言うたらあかんよ、おとん。まあ、美人言うた点で、お仕置きはなしにしとくけど」
「に……おとん、ふぁいと」
リフは、ゲンの背中をポンポンと叩いた。
「……うう、すまんのう。ウチん中やと、ワイが一番弱いねん」
などと話していると、臨時の雑貨屋に誰かが近付いてきた。
設営はほぼ完了しており、小さいながらもカウンター付きの立派な店が出来上がっていた。双子とユーロウは、店の裏で必要なアイテムを用意する荷物番となっている。
「すっみませーん☆」
可愛らしい女の子の声に、金庫番のクローネはパンパンと手を叩いた。
「ほら、おとんお客やで。リフ君もお仕事お仕事。表に回って」
「へいへい。らっしゃい!」
「に」
カウンターにゲンとリフは立った。
「買い取り、お願い出来ますかぁ?」
声に違わぬ、ツインテールの可愛らしい少女冒険者だ。職業は……商人だろうか。後ろに背の高い青年を二人従えていた。
「あいよ。何引き取りやしょ」
「第三層で手に入れた剣と防具です。ロン君、お願い」
「ああ」
彼女の後ろに控えていた短い黒髪の青年が、荷物を下ろした。鍛えられた肉体と黒を基調とした軽装から判断すると、戦士兼盗賊だろうか。
第三層と言えば、リフ達も目指す深い層だ。たった三人ながら、彼らはかなりの手練れらしい。
「ほな精算するから、ちょっと待ってやー」
ゲンは荷物を受け取ると、数を改めてから奥に引っ込んだ。
そうなると、残りはリフ一人だ。奥に引っ込む前に、ゲンはリフにグッと親指を立てた。
……リフ一人で、応対しろという事らしい。
「それと、糸巻き車を三つと、あと聖水ありますかー?」
「い、いらっしゃい……ませ」
緊張しながら言うと、女の子は顔をほころばせた。
「わぁ、可愛い店員さん。二人もそう思わない?」
「いいえ、貴方の美しさには敵いませんよ、ノワさん」
豪奢なマントを羽織った、金髪紅眼の眼鏡青年が柔和な笑みを浮かべる。
リフには彼が、吸血鬼である事が分かった。
一方ロンと呼ばれていた黒髪の青年も頷いていた。
こちらも人間ではない、とリフは直感で感じた。見かけは人間だけど、ちょっと違う。
「ああ、まったくクロスに同感だ。すまないな、店員さん。君は確かに愛らしいが、俺達のリーダーは君を一枚上回る」
「ありがとう、二人とも。でもロン君、一枚なんだ」
女の子が拗ねるように言うと、黒髪の青年は表情を変えず、
「軽い冗句です。本当は千枚ほど」
そんな事を言った。
「ありがとー、ロン君♪」
「……にぃ、リフ、おとこのこ」
糸巻き車と聖水を用意しながら、一応そこは律儀に修正しておくリフだった。
「え!? やだ、ごめんなさい。ノワ、勘違いしちゃった☆」
少女、ノワは小さく舌を出し、コツンと自分の頭を小突いた。
それからふと、考え込んだ。
「リフ、君……?」
「に……?」
「……んー……どっかで聞いたような名前のような気がするんだけど……どっかで会ったこと、あったっけ?」
「……にぃ、リフはしらない」
ノワの顔に、覚えのないリフだった。
ちょうどその時、ゲンが裏から戻ってきた。
「はいよ、おまちどうさん。お嬢ちゃんもどうやら同業者みたいやけど、証明書はあるかい?」
「はーい、ちゃんと割引してね、お兄さん」
ノワは懐から商人ギルドの証明書を取り出した。
「お、お兄さんかぁ。そう呼ばれるんも久しぶりやなぁ。おし本来は三割の所を、サービスで四割な! まいど!」
買い取り額から糸巻き車三つと聖水の分を引いたお金を、ゲンはリフに手渡した。
「わぁ、ありがとう、お兄さん! また寄らせてもらうね?」
「あいよまいどぉ」
「もー、駄目だよクロス君。今度からちゃんと糸引き車は補充しとく事。帰るの大変なんだから」
「……申し訳ございません、ノワさん」
「ロン君、荷物持つのお願いね」
「ああ」
話の内容から判断すると、もう一度、第三階層に潜るらしい。
そんなやり取りをする三人組をゲンと一緒に見送っていると、後ろから妙に笑顔の怖いクローネが現れた。
そのクローネは、ポンとゲンの肩を叩いた。
「……おとん、一割引いた分はおとんのお小遣いから引くかんね?」
「うはぁっ!? か、勘弁してえな」
「あきません」
やはり笑顔のままのクローネだった。
「にぃ……変なパーティー」
リフは少しだけ、気になった。
シルバの話だと、大抵のパーティーは同じ種族で固まることが多く、自分達みたいな多種族パーティーというのは珍しいらしい。
三人とも、違う種族というのはやはり珍しいと思うリフだった。
そこそこ客も入り、パーティーは二時間ほどで店を畳んで、再び合流地点に向かって進み始めた。
今回の出店は思ったよりも儲かった『ツーカ雑貨商隊』だ。
「そろそろ人にも慣れてきたかー、リフ君」
「にぃ……よく分からない……」
ゲンの質問に、リフは少々自信がない。
すると、前を歩いていた双子の姉、レアルが振り返った。
「ま、最初の頃よりは大分マシやと思うね、ウチは。この調子で、盗賊ギルドの方でも友達増やし?」
「に……お兄のためにも、がんばる」
「……あと、リフ君」
「に?」
レアルは後ろ歩きをしたまま、背後を指差した。
「モンスターと仲良うなるんはええけど、ほどほどにな。いや、店片付けんのとか手伝ってもろて、すごい助かったけど」
「すごい数やねぇ」
クローネもニコニコ笑顔のまま、頬に手を当てる。
男衆は表情を強張らせていた。
『ツーカ雑貨商隊』の後ろには、何十匹ものモンスター達が、付き従っていた。
襲ってくる気がないのは、雰囲気で分かる。
が。
「にぃ……ついてきちゃダメ」
リフはやっぱり困った顔で、耳を伏せるのだった。
メンバー強化:シルバ編
「困った」
墜落殿第一層某所。
新米パーティー『ハーフ・フーリガン』に同行していた司祭、シルバ・ロックールは唸っていた。
「……する事がない」
彼の正面では、ブルーゼリーを相手に前衛三人がてんやわんやの大騒ぎだった。
モヒカンのリーダー、ぺペロのロングソードが『また』外れた。
ぺペロは焦った表情で、額の汗を拭う。
「し、ししょー、当たらねー! 敵マジで厳しいぜ!」
ぺペロだけではない。他の二人の攻撃も、やたらと空ぶっていた。
シルバから見れば、彼らの腰が引けているのが原因なのは明らかだ。
「みんな、ちゃんと敵の動きをよく見ろよ。落ち着いて戦えば、ちゃんと当たるから」
「お、おう!」
前衛達は、へっぴり腰でブルーゼリーに相対する。
「真っ当に戦う分には、まずダメージは受けないから、とにかく当てることだけ考えろ」
「ら、らじゃ!」
おっかなびっくりといった調子で、彼らは再びぷるぷる震えるゼリーを突っつき始めた。
今のぺペロ達は、シルバが施した祝福『鉄壁』の効果で、仮に攻撃を食らったとしても軽いパンチ程度のダメージしか食らわないはずだ。
だから、本来はもっと大胆に攻めてもいい。
……だけど、無鉄砲に突っ込むよりはいいか、とシルバは納得する事にした。そういうのはもうちょっと、モンスターに慣れてからの話だ。
「しっかしまあ、すごいモンすねー、{鉄壁/ウオウル}って。前衛の連中、全然敵の攻撃食らってないじゃないすか」
髪を尖らせたサングラスの魔法使い、ボンゴレがシルバの隣で感心したような声を上げる。
同じく後衛の盗賊ネーロは鞭で前衛を援護しているが、魔力を使用するボンゴレやシルバは毎回湯水のように魔法を使える訳ではない。
現在は様子を見ながらの待機状態にあった。
「うん、まあそれがあの術の効果だからな。第一層の敵レベルなら、まー、よほどの事がない限り、直接攻撃は食らわないはず」
言って、シルバは軽く落ち込んだ。
「そして、俺は他の補助や回復すら必要がないという……」
「ゆ、有能な証拠じゃないッスか!」
一応、シルバの課題は地力の強化であり、特に{鉄壁/ウオウル}の強さを高めた意義は充分にあったのは間違いないと、自分でも思う。
新米パーティーの中で、最も弱いと言われているこのパーティーに参加したのも、その為だ。
……ただ、考えてみれば鉄壁の強度を確かめるのは敵も、ある程度の強さがないと駄目なのだ。壁の厚さは、全力で叩かないと分からない。
もう一つ強化した回復系にしても、ダメージを受けなければどれだけ回復出来るのか確認のしようがない。
「いや、褒めてくれるのは嬉しいんだけど、こー、もうちょっと危機感がないと……俺の仕事はほら、みんなを死なさない事な訳で」
「完全に安全な状況だと、存在意義が薄い、と」
ボンゴレの言葉に、シルバはうん、と頷いた。
「いや、油断はしないつもりだけどな。{鉄壁/ウオウル}にしたって、魔法攻撃には通じないし……」
ところがどっこい、敵はブルーゼリーである。
単純な物理攻撃しかしてこない。
「かといって、この辺りじゃ毒みたいな状態異常持った敵もほとんどいなくてなぁ……」
シルバのパーティーは目下、他の新米パーティーに組み込まれて行動している。
彼らのルートを優先した結果、もっともぬるいルートだけが残ってしまったのだ。他にも幾つかルートはあったのだが、それらは設定している合流地点には少々遠すぎる。
そうした所にこそ、ポイズンフロッグなどの毒を持った敵がいたのだが。
「ちょ、そんな所に送り込まれたら、俺達死ぬッスよ!?」
ボンゴレが、焦った声を上げた。
「死なないよ」
シルバが断言する。
「俺達、グループん中で一番弱いッスよ!? 無理ですって!?」
「だから、死なないって」
「何でそう言い切れるんすか」
「俺が死なせないからだよ」
「……時々、ものすごい自信発揮するッスね、せんせー」
前衛は少し慣れてきたのか、次第にブルーゼリーを押し始めていた。
時々殴られ返されているが、ちゃんと鉄壁が効いているのか、かすかに怯むだけで再び反撃に転じていた。
その様子を眺めながら、シルバは回復は必要なし、と判断した。
「うん、それぐらいの覚悟がなきゃ、この仕事やってられないからな。しかし……せっかく武器を用意したのに、それすら使う余地がないとはなぁ……」
言って、シルバは右の袖から手の中に、細長い針を落とした。
ちょっとした短剣程度の長さだ。
「いやいやいや、いくらウチのパーティーがボンクラっつっても、さすがにブルーゼリー相手に後衛にまで攻めてこられませんて。あ、もしくはせんせーが、前衛に行くってのはどうッスか? あの程度の敵なら、せんせーもダメージ受けないんでしょう?」
針を眺めるシルバに、ボンゴレが提案する。
「んんー。それはちょっとどうかと思う。前衛がマジに戦ってるのに、ちょっと失礼っつって参加するのはよろしくない」
彼らは彼らで懸命なのだ。
シルバはそう談じて、手の中で針をクルッと回した。
「そもそも最後の最後、自衛用の武器だしな。やっぱり、俺が直接、近接攻撃を受けるようにならないように立ち回るのがベストだよ」
そして改めて、針を見つめる。
「まあ、だから技術のいらない突き一点の針な訳だが……」
うーん、と渋い顔になってしまう。
「回復にも使えると思ったんだけどなぁ……」
「回復?」
よく分からない風のボンゴレに、シルバは説明してやる事にした。
「東方では、針を身体に刺して治療する技術ってのがあるんだよ」
「また物騒ッスね」
「うん。ウチには祝福での回復が通用しないのが二人いるから、有用かなと思ったんだけど」
言うまでもなく、カナリーとタイランの事だ。
「いい考えじゃないですか」
「二つ問題に気がついたんだ」
「うん?」
「一つ、鍼の技術の習得にはそれなりに時間が掛かる」
「そりゃそうッスね」
実際シルバは、入院した時世話になったセーラ・ムワンという鍼灸の先生に教えを請うてはいるモノの、一朝一夕で上手くいくはずがない。
「二つ、これが肝心なんだが普通に、針で刺されたがる奴はまずいない。俺だってやだもん。ボンゴレ、ちょっと回復の練習台になってくれないか?」
シルバが針を持ったまま、ボンゴレを見た。
「い、いやッスよ!?」
案の定、後ずさるボンゴレだった。
「ほら、な? ……実用化には、まだまだ遠いんだよ、これ」
大体、カナリーならともかくタイランの鎧に通じるかなーとか、今更のようにも思ったりする。
一方前衛は、あまりに手際が悪かったせいか、新たに雑鬼が現れていた。
ブルーゼリーよりは幾分すばしっこい敵に、ぺペロ達は再び戸惑い始めている。
もっとも攻撃力はブルーゼリーと大差はない。
ダメージがない事に安心し、前衛は攻勢に出ていた。
それに合わせて後衛全体で前進しながら、シルバは懐から丸い眼鏡を取り出した。
「その眼鏡は? せんせー、視力弱かったでしたっけ?」
「いや……度は入ってないんだが……」
シルバは眼鏡を装着する。
「?」
「精霊が見える」
レンズの向こうでは、通路を光の筋にも似たモノがゆるりと漂っていた。フィリオの話では、大気の精霊だという。
また、壁や床天井にもうっすらと筋が走っているがこれは土の精霊だろう。
所々に、光の溜まり場が形成されており、そこに精霊達は出入りを繰り返している。
「……危ない人みたいッスね、せんせー」
ボンゴレの指摘に、シルバは地味に傷ついた。
「いやだって、マジなんだもん。レンズが精霊石製でな、こー、漂ってる精霊とか、霊気の流れみたいなモノが見えるんだよ。ほら、嘘だと思うなら着けてみろよ」
シルバは眼鏡を外し、ボンゴレに渡した。
ボンゴレはサングラスを外すと、代わりに眼鏡を装着した。
「おぉー!? なんだこれ面白ぇー」
虚空を見つめるボンゴレの顔は、何か変なトリップでもしているみたいで、自分もこんな危ない人間に見えているのかとシルバは不安になった。
「この、所々にある穴みたいなの何すかね、せんせー?」
「リフの話だと、パワースポット……霊脈っつーモノらしい。見ての通り、精霊の収束点だな。精霊が集まっていく穴は力が溜まり、逆に出て行く穴は放出される」
後半の説明は、リフではなくその父親であるフィリオの説明だ。
霊獣や精霊使いはこのパワースポットを使いこなし、様々な術を行うのだという。精霊砲もその一つだ。
「で、これ、どう役に立つんすか?」
シルバはボンゴレから眼鏡を返してもらい、自分に掛け直した。
「いや、それが……実は、まだ考えてない」
「ダメじゃないッスか!?」
シルバは霊獣でも精霊使いでもないので、単に精霊が見えるだけだ。触れようとしても、透り抜けてしまう。
「何かの役に立つんじゃないかなーと思って作ったんだよ。ほら、ウチには精霊の見えるのが三に……」
タイランが人工精霊なのは秘密なので、シルバは言葉の途中で訂正する。
「……いや、二人いるし、同じ視点があると何かの足しになるかもというか」
「せんせー、意外に思い付きで行動するッスね」
「……悪かったな。おっと……」
通路の奥から、フードを目深に被った小柄な魔法使いが現れたのに、シルバは気がついた。
「みんな気をつけろよ! ミニ魔道だ!」
鉄壁は物理攻撃には強い防御力を誇るが、魔法には今一つだ。
「せんせー、お願いします!」
「言われなくてもやるともさ!」
用心棒か俺は、とシルバは内心毒づいた。
そして、対魔法用の防御呪文を用意しようとした時だった。
「!?」
ミニ魔道の杖の先から、前衛のぺペロに向かってうっすらと赤い光の束――精霊がアーチを描いていた。
「ぺペロ、標的はお前だぞ!」
「え、俺!?」
「――そうだよ! {大盾/ラシルド}!」
シルバが指を鳴らす。
魔力の障壁が現れ、少し遅れてミニ魔道が放った火の玉が直撃する。
「ひゃあっ!?」
ぺペロは尻餅をついた。
「……いや、先に言ったんだから、避けろよぺペロ」
「……さすがに、おいらも同感ッス。けどそれでも律儀に呪文用意するッスね、せんせー」
「……そりゃ、命に関わるからな。言っただろう、俺の仕事はお前ら死なせない事だって」
ぺペロ以外の前衛二人が、ミニ魔道を追いかける。
敵は一体だけだし、呪文を再び唱える暇もなさそうだ。
「にしても、誰が標的か、よく分かったッスね?」
「いや、うん……見えたから」
おそらくあのアーチが、魔法の通り道。色が赤かったのは、火精の魔法だったからじゃないかと、シルバは思う。
しかし見えていなかったボンゴレには、シルバが何を知っているかピンと来なかったようだ。
「はい?」
「やっぱり実戦ってのはやってみるもんだな。使ってみないと分からないモノもある……ボンゴレ、ちょっと攻撃魔法用意してくれるか」
「へ? あ、はい。いいッスけど……」
ボンゴレが杖を構え、呪文を用意し始める。
標的はまだ残っている雑鬼の一匹。
杖の先に炎が灯った。
シルバの眼には、炎の中心に存在する霊脈に赤い精霊が収束していっているのが見えていた。
そこに、シルバは軽く魔力を纏わせた針を突き刺した。
「よし、撃て!」
「は、はい……う、うわっ!?」
シルバが霊脈から針を引いた途端、ごう、と杖の先から強大な炎が噴き上がった。
ボンゴレの実力では、明らかに発揮されるはずのない規模の炎の柱だ。
「びびるな! みんなデカイのいくけど避けろよ!」
シルバに言われるまでもなく、それまでミニ魔道を追いかけていた二人も、尻餅をついていたぺペロも大急ぎで壁際に退避した。
「え、え、{火槍/エンヤ}!!」
半ば絶叫にも似た宣言と共に、極太の炎の槍が雑鬼目がけて殺到する。
否、通路全体を炎の蛇が舐め尽くしたといってもいい。
「……槍って言うより、もう杭だったなアレは」
炎が消えた後には、モンスターは一匹も残っていなかった。
壁にへばりついていた前衛達が、ズルズルと床に崩れ落ちる。
「っていうか、せ、せんせー、一体何したんスか!? アレ、何ッスか!?」
「いや……うん、一言では説明しにくいんだけど……うん、この眼鏡、結構掘り出し物だったっつー話」
何とも言えない表情で、シルバは眼鏡を掛け直した。
「魔力の節約……攻撃増幅に遮断。……もしかするとこれ、防御系にも使えるのか? 精霊だけじゃなく、魔力の流れも見えるなら……」
……まだまだ検討の余地はありそうだな、と思うシルバだった。