左右を高い崖に挟まれた細い荒地を、シルバ達は走っていた。
というのも、ついさっきまでの事。
「急いでるって時に……」
渋い顔をする彼らの前には、堅い殻で全身を覆った大型のトカゲ『カッチュウリザード』や、二足歩行の飛べない怪鳥『キックトリス』が行く手を阻んでいた。
その数はおよそ五体。
天然の回廊と化した荒地に広がり、やり過ごす事は出来そうにない。
ぶん、と衝撃波を纏った金棒を振るうシーラと、柄に手をかけたキキョウが前に出る。
「――すぐに終わらせる」
「シーラに同意だ。シルバ殿は下がってもらえるか」
「そうしたい所だけど……後ろからも出て来たぞ?」
シルバは、後方を指差した。
そちらにも、キックトリスが二体、シュッシュッと蹴りを見せながら、待ち構えていた。
完全に挟み撃ちだ。
「まったくこの峡谷のモンスター共は、狡猾だな!?」
前後を交互に見て、キキョウが叫ぶ。
一方、シルバは身体の中から感じるある感覚がなくなったのに気づき、袖から針を滑り落とした。
「ま、捕食者としちゃ真面目なんだろう……な!」
放った針が地面に突き刺さると、そこが盛り上がり、高い岩壁へと変化した。
それを見、シーラが呟く。
「――魔法、復帰」
「ああ。使えるようになったみたいだ……が」
小さく溜め息をつき、シルバは上を指差した。
キキョウが崖を見上げると、そこには数十ものカッチュウリザードが、彼らを見下ろしていた。
「本当に真面目なモンスター共であるな!?」
「やれやれ、こんなに数割いちゃ、俺達だけじゃ全然肉が足りないだろうに……」
「というか、こんな所で足止めを食らっていては、いつになったらヒイロ達に合流出来るか分からぬぞ……!」
敵に負けるとは思わない。
しかし、ここでの勝利が全体の目的の達成の障害になっている事は確かだった。
「やばいな……精霊炉を奪った奴らと鉢合わせしてる可能性が高いってのに……」
キキョウの仮面はまだ使用不能なままだ。
シーラも消耗し、飛べるほどの衝撃波は難しいという。
転移コインはまだ、有効な範囲に届いていないっぽいし……。
考えられる作策があるとすれば正面突破か針、もしくは札を使って何か出来ないか。
そうシルバが考えていると、背後で笑い声がした。
「ククク……」
振り返ると、作った岩壁の前に一人の幼女がいた。
眼鏡を掛け、古い法衣のような衣装を羽織り、手には石板を持っている。
実体ではないのだろう、身体が透けていた。
「何者!?」
「何者、か……ふむ、それを語るには少々、邪魔者が多いのう。……まずはそれを片付けるとするか」
警戒するキキョウに構わず、幼女は不敵に笑った。
そして、大きく右手を上げた。
「砲撃開始じゃ、フォンダン!!」
彼女の叫びに応え、遥か遠くから風を切り何かが飛来してくる音がした。
それも複数。
シーラはシルバとキキョウの前に立つと、掲げた金棒を柄を中心に円を描くように振るった。
「モード――『盾』」
不可視の衝撃波が円形の盾となり、シルバ達の頭上に展開される。
直後、彼方から飛来したミサイル群が雨のように荒地に降り注ぎ、モンスター達を爆撃した。
カッチュウリザードの堅い殻もキックトリスの早足も関係ない。
モノの数十秒で、モンスターは綺麗に一掃された。
周囲は濛々と煙が立ち込め、あちこちに破壊の跡となる穴が開いている。
そして倒れ伏す、モンスター達。
崖崩れが起きなかったのが、奇跡であった。
「よーしよしよし、よくやった。テスト運用にしては、的確じゃったぞ」
そして、爆撃を命じた主犯である幼女は得意満面であった。
そりゃあ、彼女は幻影なので、仮にミサイルの直撃を食らっても平気だっただろうが……。
「い、い、今、シーラが防御してくれなきゃ、俺達にも当たってなかったか?」
「避けられたじゃろ?」
「避けなきゃ死んでたっつーの!?」
「細かい事を気にする男じゃのう。そんな事では、女にもてぬぞ?」
「こ、こ、これ以上競争相手が増えては困る!」
「お前も何を言い出してるんだキキョウ!?」
「まあ、そんな些細な事はどうでもよいわ」
ふん、と幼女は鼻を鳴らした。
そして、小さな手をシルバに差し出した。
「何だよ、この手」
「儂に、お主が持っておるモノを渡してもらおう。それは元々儂のモノじゃ」
「そ、そもそも、そなたは何者だ! 敵ではないようだが……」
キキョウは、刀に手を掛けたまま尋ねる。
テスト運用とやらのせいで死にかければ、油断出来ないのも無理はないだろう。
幼女はあどけない見かけによらず、不敵な笑いでシルバを見上げる。
「ククク……そっちの御仁は分かっておろう」
「いや、誰だよ」
「何と!?」
「……いや、姿は知ってるけど、誰か知らないのは本当だろう、ナクリー・クロップ」
「知っておるではないか!」
ああ、やっぱり、とシルバは思った。
服装とかで大体の推測は付いていたし、何よりこの実験の為なら他のモノが見えなくなる性格とか、まったく血筋というのは争えない。
何より、彼女の求めている『モノ』に、シルバは心当たりがあった。
「……何か、色々残念な奴だな」
「……聞こえておるぞ、小童。そもそもお主ら、無駄話をしている場合か? 急いでおるのじゃろう?」
「そ、そうであった! シルバ殿!」
そう、シルバ達はヒイロとリフと合流する為、急いでいるのだった。
そして今、モンスター達は全滅し、正面は開いている。
が、いつの間にかそちらに回り込んでいた幼女――ナクリー・クロップが、彼らを制した。
「慌てるでない。よいか、あの二人は今、トゥスケルとかいう別の侵入者と既に戦闘に入っておる。今更駆けつけたところで距離を考えれば、間に合わぬわ。そこの人造人間が飛んだとしてもの」
「ぬ、う……や、やってみなくては分からぬではないか」
「やってみてから間に合いませんでした、では笑えぬわ。そこで交渉じゃ。儂のモノを渡せば、今から儂があの二人を助けてやろう」
「二つ持ってるんだけど」
シルバは懐から、いまだ正体不明の装置を取り出した。
そして、シーラを指差す。石板は彼女の荷物袋に入っているのだ。
「両方じゃ」
「ちなみに浮遊装置は、俺達が合流する予定の仲間が持っている」
「ならば三つ共じゃ」
「一つのお願い事に三つってのは、がめつくない?」
「い、いや、シルバ殿!? 値切っている場合ではないであろう!?」
「――主は冷静沈着」
「それとはちょっと違うと思うぞ、シーラ!?」
選択肢は増やしておいた方がいい。
そう考え、キキョウとシーラのやり取りをとりあえず無視するシルバであった。
ナクリーはどうやら悩んでいるようだった。
「むむむ……ならば、まずはゾディアックスじゃ。アレがあれば、儂の館も動く故、色々何とかなるはず! 後の二つはそっちで何か考えておくのじゃ!」
強気で押されれば、シルバ達は従うしかなかったのだが、どうやら交渉ごとには弱いらしい。
「了解。で、ゾディアックスって?」
「お主が持っておる装置じゃ。どちらにしても、今の儂はモノを持てぬ。預けておくので無くすでないぞ」
「はぁ……ま、いいけど最後に一つだけ」
「何じゃ」
「何で俺達の味方をしてくれるんだ? あの攻撃力があるなら、俺達から強引に奪うって手もあっただろうに」
他に、何故今ここに現れたのかとか、逆に今まで現れなかった理由も気にはなったが、それこそ今はどうでもいい話だった。
ふぅむ、とナクリーは顎に指を当て、小さく首を傾げた。
「そうじゃのう。トゥスケルとかいう連中が、交渉相手としては油断出来んというのもあった。それもあったが、まあ、あれじゃ」
結論が出たのか、ポンと掌に拳を当てる。
「そこの人造人間と、今は動けなくなっているモンブランとかいう自動鎧を人格ある仲間と認めておる所が気に入った。まあ、そんな所じゃ」
そう言って、ヒイロらを助けに向かったのだろう。そのままナクリーは姿を消した。
※ナクリー・クロップ登場。
……何か書いてて、自分の設定と違う部分(主に残念な性格)があるんですが、まあいいや。