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No.1170の一覧
[0] 闇の福音、不死の王と相見える[PYM](2006/07/13 20:48)
[1] 後書き[PYM](2006/07/13 21:11)
[2] BROKEN ENGLISH[PYM](2006/07/13 20:43)
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[1170] 闇の福音、不死の王と相見える
Name: PYM 次を表示する
Date: 2006/07/13 20:48
 イギリスのとある村の片隅に建つ教会――――満月の下に存在するその建物の内部には今、二つの人影があった。
 一つは男。とりわけ目立つ容貌ではない、人ごみに紛れればすぐ周りに埋没するだろう存在だ――――常時ならば。
 今の男は片腕が千切れ、両足が吹き飛び、脇腹がごっそりと抉れている。
 『人間』ならばとうに死んでいてもおかしくないほどの重い傷。
 しかし、男は未だ生きている。それこそが男が『人間以外の何か』である証と言えた。

「た、頼む!助けてくれ!」

 その身に負う傷とは不釣合いな大声を出す男。その声は恐怖と苦痛に塗れている。

「・・・・・・」

 その声を受けるのはもう一つの影。腰まで届く金髪を持つ、年のころ十ほどの幼い少女。
 笑えば可憐の一言に尽きるだろうその顔からは、一切の感情が窺えない。
 それは逆に、少女が胸に抱く感情の強さを表しているようにも見えた。

「ま、まさかあんたが“そう”だとは知らなかったんだ。ち、調子に乗っちまって悪かった」

 男は声を出し続ける。己が命を存続させる為に。

「あ、あんたの言うことなら何でも聞く! 本当だ! だ、だから命だけは・・・!」

「・・・それだけか?」

 それまで男の命乞いを眉一つ動かさずに聞いていた少女が声を発する。
 その声には何か失望のようなものが込められている。

「な、何?」

 男にはわけが分からない。一体目の前の『化物』は何が言いたいのか?

「ど、どういう―――」

「もういい、喋るな」

少女は男の言葉を冷酷に遮る。
そして口中だけで「何をやっているんだろうな、私は」と呟いてから続ける。

「精々苦しめてから殺してやるつもりだったが、その耳障りな声を聞き続けるのは想像以上に勘に障る」

「・・・・・・っ!?」

 遂に決定的な瞬間が訪れるのを察する男。

「だから、もういい」

 “死にたくない”の一心でろくに動かない身体を何らかの行動に移らせる前に、

「チャチャゼロ、殺れ」

 ――――背後からの刃に心臓を貫かれた。」




 断末魔の叫びを上げて灰となる男を見ながらも、少女―――エヴァンジェリン.A.K.マクダウェルの機嫌は直らなかった。
 その目には苛立ちが浮かんだままだ。

「片付イタナ、御主人」

 そんなエヴァに男を仕留めた小さな人形―――エヴァが生み出した自動人形、チャチャゼロが声を掛ける。

「馬鹿ハ馬鹿ナリニ大人シクシテリャイイノニ、調子ブッコイテルカラコウナルンダヨ。ナア?」

「そうだな・・・」

 チャチャゼロに返事をしながら、エヴァは「私は一体何をやっているんだ」という気持ちを改めて抱く。
 現在、彼女がイギリスにいることに特に深い理由は無い。
 自分の城で日々を過ごすことに退屈を覚えてきたので、かつて日本まで行ったように足を伸ばした先が、今回はこの国だったというだけだ。
 
 ただ、この国に関しては一つの“懸念事項”があったが・・・・・・逆にその要因こそが、彼女をこの国に訪れさせる気になったのかもしれない。
 常日頃から『最強の魔法使い』を自称する彼女のプライドが、コソコソするのに我慢できなかった可能性は十分ある。

 とにかくも、イギリスまでやって来たエヴァは、チャチャゼロと共に適当にブラついてる内に一つの村を通りかかった。
 さして人口も多くない、しかしのどかだったろうその村は―――死の村と化していた。
 村人達がお互いを喰らい合っていたのだ。その見た目は映画等で見るゾンビを連想させた。

 おそらく吸血鬼の仕業だ、とエヴァは当たりをつけた。
 血を吸うなり魔法を使うなりして村人達を喰屍鬼(グール)へと変えたのだろう。
 何か目的があったのか、それとも単なるお遊びか―――いずれにせよ強者による弱者の蹂躙など、エヴァはこれまでにも幾度となく見てきた。
 吸血鬼の気配をまだこの村に感じたエヴァだったが、そいつをどうこうする気はなかった。
 この国でこんなことをした以上、放っておいても遅かれ早かれその馬鹿は滅ぼされるだろう。
 それに自分はチンケな正義感など持ち合わせてはいない。何故なら自分は『悪の魔法使い』なのだから。

 ――――そう思いつつも、赤子が母親らしき女に貪られる光景は彼女を酷く不快な気分にさせた。

 目に見える範囲の村人達に速やかに眠りを与えると、エヴァは吸血鬼の気配を感じる場所―――村の片隅の教会を目指した。
 この時点で、すでにその吸血鬼はエヴァの存在に気付いていた。気付いていて、逃げようとは微塵も思わなかった。
 確かに多少は手強いようだが、所詮はガキ一匹。この素晴らしい『力』を手に入れた自分が負けるはずがない。
 精々いたぶってやろう、そう考えて待ち受けていた。

 そんな吸血鬼の男にとっての不幸は、『闇の福音』の噂は知っていても、その姿までは知らなかったことだった。


(荒レテンナ、御主人)

 険しい顔をしたままの主を見つめながら、チャチャゼロはそう思う。
 別に先程の戦闘で苦戦したわけではない。
 いや、あれは戦闘などとは呼べない、一方的なものだった。相手はとんだ雑魚だったのだから。
 エヴァが不機嫌な理由―――それは村人達の惨状を目にしたからに他ならない。
 
 日頃から『悪の魔法使い』を自称し、裏世界でも名を轟かすエヴァだがその実、非常に情が深い。
 確かに今までに結構な数の人間を殺してきたが、大抵の場合それは襲ってきた者達を返り討ちにした結果だ。
 戦う力を持たない者、ましてや女子供を面白半分に殺したことなど一度もない。
 そんな彼女だからこそ、特に理由もなく村人達を弄んだ吸血鬼に強い嫌悪感を抱いているのだろう。
 本人はそんなことを認めたがらないが。

(結構甘インダヨナ、御主人ハ)

 などと考えるチャチャゼロにとっても、ついさっき殺してやった吸血鬼は嘲りの対象だった。
 悪を気取る者はより強大な悪に踏みにじられる覚悟を持たなければならない、という持論をもつチャチャゼロにとって、散々放埓の限りを尽くしたくせに命乞いをする奴など、正真正銘の『カス』だった。
 それはさておき、この場でじっとしているのも飽きてきたので、チャチャゼロはエヴァに声を掛ける。

「ソレデ、コレカラドウスルンダ? 御主人」

「・・・そうだな。母体の吸血鬼を殺ったんだから、他の喰屍鬼(グール)共も全滅しているだろう。これ以上こんな村にいてもしょうがない。さっさと―――!?」

 エヴァが突然言葉を途中で切る。同時に、その顔を教会入口の扉へと向ける。

「? ドウシタ、御主ジ―――!?」

 一拍置いてチャチャゼロも気付く。“何か”がこの場に近づいてくることに。

「・・・・・・」

 あからさまに強大な気配。おそらく隠そうという気もないのだろう。
 おそらく向こうもこちらに気付いている。それでいて、自らの存在をわざわざアピールしている。

 やがてエヴァとチャチャゼロが見つめる中、音を立てつつ入口の扉が開き、

 ――――『それ』が姿を現した。
 『それ』は紅いコートと鍔広帽子を身に纏った長身の男だった。
 その顔に禍々しい笑みを浮かべ、教会の入口に佇んでいる。

 エヴァの肉体・精神が無意識の内に戦闘態勢へと入る。
 そうさせるだけの尋常ではない鬼気を男は放っている。

「これはこれは」

 男が口を開く。
 重く響く低い声。

「単なるゴミ掃除だったはずが、思わぬ出会いが待ち受けていたな」

 嬉しくて仕方がないといった感じの男。
 その朱い、血の色をした瞳はエヴァを見据えている。

「・・・何だ貴様は?」

 男の小さな行動も見逃さないよう注意しつつ、エヴァが問う。
 それに対し、男は禍々しい笑みで顔を歪ませながら答える。

「私の名はアーカード。英国国教騎士団のゴミ処理係だ」

 自分の名と所属を明らかにする男―――アーカード。
 半ば予想していた組織名が出てきたことに、エヴァは内心舌打ちする。

「やはり『HELLSING』か・・・」

 イギリスを訪れるに当たってエヴァが抱いていた一つの懸念。
 それこそが英国国教騎士団、またの名を『HELLSING(ヘルシング)機関』。
 ヴァチカンの『イスカリオテ機関』と並び称される、大英帝国を犯す化物共を葬り去るための特務機関。
 かの組織は一人の吸血鬼を飼っていると噂では聞いていたが・・・。

(それがこいつか)

 エヴァには分かる。この男は自分と同じ『吸血鬼の真祖(ハイ・デイライトウォーカー)』だと。
 面倒なことになりそうな予感をひしひしと感じていると、アーカードがまた口を開いた。

「さて、本来の標的はすでに滅びているようだが、代わりに別の強大な吸血鬼と遭遇してしまった。この場合、私はどうするべきなのか」

 戸惑っているような言葉を、微塵もそう感じさせない表情で言う。
 アーカードはすでにこれから取る行動を決定している。
 右手でコートの内から拳銃―――と呼ぶには大き過ぎるが―――を取り出しながら続ける。

「やはり、むざむざ見過ごす手はないな」

「・・・面白い。そんなに私と闘りたいか、HELLSINGの狗め」

 エヴァも完全に臨戦態勢へと移行する。
 面倒だとは思いつつも、喧嘩を売られて黙っていられるほど自分は丸くはない。
 あるいは、この村に来た時から続く鬱憤を闘いで思う存分晴らしたいのかもしれない。

「チャチャゼロ、“下がっていろ”」

 エヴァが己が従者の人形にそう声を掛けた直後の、

 銃声が、ゴングとなった。




 常人なら腕の骨が砕けそうな反動など物ともせず、アーカードはエヴァへと銃を連射する。
 その身に迫る銃弾を、エヴァは障壁で受け止める。
 連続する耳障りな着弾音。

(やはり、ただの弾丸ではないな)

 おそらくは対化物用に特別な処置を施された代物。
 化物を抹殺する組織に所属する者が使うのだから、それは当然とも言える。
 ともかく、次はこちらの番だ。

 無詠唱による『魔法の射手・氷の20矢』。
 20本の鋭い氷柱がアーカードへと凄まじいスピードで迫る。

 アーカードはそれらを一気に横へ跳んでかわすが、氷柱はアーカードを追尾する。
 454カスール改造弾を連射し、アーカードは氷柱を叩き落とす。
 しかし、それを免れた5本の氷柱がアーカードの身体の各所を抉る。

「―――ハハッ」

 頬を、肩を、腹を、腰を、足を抉られながらも、アーカードの顔には先程よりも深い笑みが浮かんでいる。

「そうか。やはりそうか!」

 そんなアーカードへと、いつの間にか接近したエヴァが己が爪を繰り出す。
 心臓を狙ったその攻撃をアーカードは身を捻ってかわし、左の手刀をエヴァの背中へ突き込まんとする。
 その手刀を、エヴァは攻撃の勢いを殺さぬままに身を捻ってやり過ごす。

「氷の魔法・・・貴様は『闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)』!!」

 手刀をかわされつつも、歓喜の声を上げるアーカード。
 その胸に込み上げるのは、極上の敵と出会えたことへの喜び。
 しかしエヴァは、そんなアーカードの様子など意に介さず、体勢を崩した敵へと攻撃を叩き込む。

「氷爆(ニウィス・カースス)!!」

 強烈な凍気と爆風がアーカードに襲い掛かる。
 それらにまともに晒され、半ばボロ切れのようになりながら、それでもアーカードは哄笑する。

「そうだ! その調子だ『闇の福音』! 思う存分この身を蹂躙するがいい!この素敵な出会いを共に楽しもう!!」

 狂笑と共に、ボロ切れが銃口をエヴァへと向ける。
 その闘争への渇望のままに引き金を引き――――

「?」

 ――――吐き出された銃弾は全てあらぬ方向へと飛んで行った。

 銃身が、いや銃を持つ右腕が見当違いの方向へ向いている。
 『何か』に腕を引っ張られた結果だった。
 アーカードがそれに意識を向けた一瞬の間に、

 心臓を貫かれ、首を刎ねられ、

「!」

 驚きと喜びの混ざった表情を貼り付けたまま宙を舞う頭部を、

 ――――新たに生み出された10本の氷柱が木っ端微塵にした。


「油断大敵ダゼ?」

 エヴァの命令で脇にどいていたはずのチャチャゼロが、血に濡れた刃を両手にして言う。
 そもそも、その最初のやり取り自体が奇襲への布石。
 気配を消して隙を窺い、今こうしてアーカードへと襲い掛かったのだ。
 そして、エヴァによる止めの一撃。

 この戦法を、エヴァもチャチャゼロも卑怯などとは思わない。
 戦闘中に周りに気を配らない奴が間抜けなのだ。
 それにしてもあっけないと、チャチャゼロは思う。

「ホント、見カケ倒シモイイトコ―――」

「――まだだ! チャチャゼロ!!」

 不意にエヴァが声を張り上げる。
 疑問よりも先に、自分の主の切迫した様子が、己の勘が、チャチャゼロの身体を突き動かす。
 咄嗟に腕を交差し固めたガードの上に、

 恐ろしい腕力とスピードで繰り出された拳がぶち当たった。

「ガッ・・・・・・!?」

 吹き飛ばされ、壁に叩きつけられるチャチャゼロ。
 両腕は粉砕され、殺し切れなかった破壊力が胴体に亀裂を走らせている。
 一気に満身創痍となった身で、それでも一体何が起きたのか確かめようと視線を上げた先には―――

「・・・・・・ドウナッテンダ、コリャ?」

 ――――首から上が無いまま、左の拳を突き出した体勢のアーカードの身体があった。

 チャチャゼロだけでなく、エヴァにとってもその光景は理解不能だった。
 何故『これ』はまだ動くことができるのか?

 アーカードが自分と同じ『吸血鬼の真祖』だとは分かっていた。
 確かに、真祖は並みの吸血鬼を凌駕する不死性を有している。
 しかしそれでも、心臓と頭部を破壊されて平然と活動するなど普通はあり得ない。
 それが力を付加された武器や強力な魔法によってなされたのなら尚更だ。

 と、『それ』が声を発する。

「成る程」

 口が無いのにどこから声が出ているのか―――。
 そう思うや否や、アーカードの首から闇色をした何かが溢れ出す。
 液体のようにも、気体のようにも見えるそれは、あっという間に頭部を形作る。
 同時にボロ切れのようだった身体の各所からも闇が溢れ、同じように元通りに戻る。
 ご丁寧にも服ごと。

 気がつけば、この教会に入ってきた時そのままのアーカードの姿が出来あがっていた。
 唯ニの差異は、鍔広帽子がなくなっていることと、右手に銃が握られていることだけ。

 唖然とするエヴァ達に相変わらずの狂笑を向けつつ、何事もなかったかのようにアーカードは続ける。

「まさか『糸』とは」

 『糸』―――それは未だにアーカードの右腕に絡み付いている物のこと。
 『人形使い』でもあるエヴァが、人形達を操る際に用いる道具。
 いつの間にか仕掛けられたそれが、先程アーカードの銃口をエヴァから逸らした物に他ならなかった。

「優れた魔法だけでなく、このような技術も修めているとは・・・・・・。そして、その人形の力量。きっとお前は、他にも手札を隠し持っているのだろうな」

 そこまで言って、堪え切れなかったようにアーカードは嗤う。

「クハ、ハハッ、ハハハ、ハハハハハアハハハハハハハハハハアアハアハハハハ!!」

 天を仰ぎ、狂ったように嗤い続けるその姿は正に悪鬼。
 数百年に渡り多くの修羅場を潜り抜けてきたエヴァでさえも、思わず背筋が寒くなる。

「楽しい! こんなに楽しいのは久しぶりだ!! 貴様を分類A以上の吸血鬼と認識する!!」

 喜悦に顔を歪ませ、アーカードは宣言する。
 それは、現在出せる全力を以て、眼前の愛しい敵を滅ぼす決意の表れ。

「拘束制御術式(クロムウェル)第三号第二号第一号、解放! 目前敵完全沈黙までの間、能力使用限定解除開始!!」

 一瞬、相手の行動に見入ってしまったエヴァが我に返ると同時に、

「さあ行くぞ、舞い踊れ人形使い(ドールマスター)! 豚のような悲鳴を上げろ!!」

 アーカードの身体が闇と化し、バラけた。

「!?」

 アーカードの頭部と両手がそれぞれ無数のコウモリとムカデに、残りの部分がが双頭の狼へと変化する。
 狼を先頭に、闇の群れが押し寄せてくる。

(速いッ!!)

 無詠唱呪文さえ出す間もなく距離を詰められる。
 障壁に双頭の狼がぶち当たり、一瞬の間を置いて破られる。

 しかし、エヴァには一瞬で十分だった。
 そのわずかな間に狼の突進を見事な体捌きで受け流す。
 突進をあらぬ方向へ逸らされた狼は、そのまま教会に並べられた椅子へと突っ込む。
 破砕音を聞きながら、エヴァは己が従者へ向かって声を出す。

「チャチャゼロ! そのまま動くなよ!」

 あの傷ではまともに戦闘が行えるとは思えない。
 むしろ足手まといになる可能性が高いだろう。
 チャチャゼロの返事を待たずに、エヴァは無数のコウモリとムカデへの対処に臨む。
 障壁は先程破られたままだ、新たに展開する暇はない。

「ハア!」

 エヴァが取った手段はごくシンプルなものだった。
 魔力を纏った腕を振り抜く、だがそんな単純な攻撃さえ、エヴァが行えば分厚い石壁を砕く威力を誇る。
 吹き飛ぶコウモリとムカデの群れ、しかし数が多過ぎた。
 その一部がエヴァの身体へと喰いついてくる。

「チィ!」

 それらを振り払おうとするエヴァに、双頭の狼が再び襲い掛かる。
 その牙が狙うのは、エヴァの頭と胸。

「舐めるなあぁぁ!!」

 掌底を狼にカウンターで喰らわせる。
 狼は吹っ飛んだが、自分の腕にも鈍い痛みが走る。
 おそらく骨が折れただろうが、そんなことに気を払っている場合ではない。

「ハアアァァァ!!」

 エヴァの身体から噴出する膨大な魔力、その圧力に押されてコウモリとムカデが離れた。
 その隙に、エヴァは最大限の早さで詠唱を組み立てる。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック!!
 来れ氷精(ウェニアント・スピーリトゥス) 闇の精(グラキアーレス・オブスクーランテース)!!
 闇を従え(クム・オブスクラティオーニ) 吹雪け(フレット・テンペスタース) 常夜の氷雪(ニウァーリス)
 闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)!!!」

 詠唱の完成と同時に、膨大な吹雪と闇の奔流が吹き飛んだ狼を目指して突き進む。
 射線上にいたコウモリやムカデを消し飛ばし、そのまま狼に直撃する。
 このまま狼は消滅すると思われた――――その時。

 闇が、膨れ上がった。

「・・・・・・!?」

 狼が巨大で不定形な闇そのものと化し、『闇の吹雪』を受け止めた。
 その闇に無数に浮かび上がる、朱い眼、眼、眼、眼――――。
 それらが一斉にエヴァを見据える。

 そのおぞましい光景にエヴァが顔を顰める。
 と、闇が再び何かを形作った。

 それは腕―――樹木を掴んでその根ごと引き抜くことができそうな、巨大な黒い腕だった。
 それが何十本と現れ、半分は『闇の吹雪』へと伸び、もう半分はエヴァに向かって猛然と襲い掛かってきた。

「! 氷盾(レフレクシオー)!!」」

 その速さに加え、視界を埋め尽くす勢いで迫るそれらをかわし切ることはできない。
 故に、魔法の盾を作り出し防御する。
 腕の群れが氷の盾へと殺到し―――

 ―――五本目を防いだところで、氷の盾は砕け散った。

「カハ・・・・・・ッ!!」

 幾多の腕によってエヴァは壁へと縫い付けられる。
 その際の衝撃で、肺から空気が搾り出された。
 
 ふと前方を見ると、いつの間にか消えていた『闇の吹雪』の向こう、無数の朱い眼が浮かぶ闇の中から新しい腕が生えていた。
 他の腕よりも小さいそれが、握り締めた銃を真っ直ぐにこちらに向け―――

「・・・!!」

 ―――発砲、着弾。

 ―――発砲、着弾。

 ―――発砲、着弾。

「ガ・・・・・・!?」

 その身に襲い掛かった13mm爆裂鉄鋼弾を、咄嗟に前方に展開した障壁で防いだエヴァはやはり流石というべきか。
 しかし、最初の一発を防ぐことは間に合わず、エヴァの右腕は付け根から吹き飛ばされた。
 全身を焼かれるような激痛、予想通り法儀礼済みの弾頭だったようだ。
 当たったところで嬉しくも何ともなかったが。

 壁に貼り付けられたエヴァへと、新たなコウモリやムカデを生み出しながら闇が近づいてくる。
 その中から、紅い拘束具のような物を身に纏ったアーカードの上半身が姿を現した。
 身動きできないエヴァに向かって、アーカードは言葉を投げつける。

「さあどうした? まだ腕が一本千切れただけだぞ。かかってこい!!」

 その声からは、押さえ切れない期待が滲み出ているようにも感じられた。

「縛めを振り解け!! 次の手を見せろ!! 腕を再構築して奮ち上がれ!! 全身全霊を以て反撃しろ!!」

 エヴァを侮っているのではなく、心底からそれらを望みアーカードは吼える。

「さあ夜はこれからだ!! お楽しみはこれからだ!!
 早く(ハリー)!
 早く(ハリー)!! 早く(ハリー)!!
 早く(ハリー)!!! 早く(ハリー)!!! 早く(ハリー)!!!」

 正しく羅刹の笑みを浮かべながら言葉を紡ぐアーカード。
 今この瞬間に望むものは、互いに殺し殺される果て無き闘争のみ。

「・・・喧しいやつだな、貴様は」

 不愉快げに声を発するエヴァ。
 今一瞬でもアーカードの鬼気に気圧された自分に腹を立てているのだ。

「御託はもういい。殺れる時にさっさと殺らない奴はただの間抜けだぞ」

 先程から、再生を阻まれるように千切れた右腕の傷口を強く押さえ付けられている。
 おかげで気の遠くなるような痛みが走りっぱなしだが、それは意地でも表情には出さない。
 そして不愉快げな表情を不敵な笑みへと変えて、アーカードへと言い放つ。

「私を殺せるものなら殺してみろ。貴様には無理だろうがな」

 どこか余裕を漂わせるエヴァの態度に、アーカードの口端はますます吊り上がる。
 同時に、幾本かの巨腕の先端が、多眼の犬のようなグロテスクな生物の頭部へと変化した。
 それらは涎を垂らしつつエヴァを見つめる。

「犬のエサにはなってくれるなよ」

 アーカードのその言葉を合図に、『犬』達が一斉にエヴァへと襲い掛かった。
 大口を開けて迫るそれらを見ながらも、エヴァに死の予感は無い。
 何故なら、彼女には『それ』が見えていたのだから。

 『犬』達の牙がエヴァの肌に喰い込む前に、

 一筋の光が閃いた。

「! ほう!」

 アーカードの眼前で、切り離された『犬』達の頭部が宙を舞う。
 それを為した張本人は、次にエヴァの動きを封じている巨腕共を縦横無尽な剣閃で切断する。
 解放されたエヴァの前に立ち、『それ』はアーカードへと声を投げる。

「俺ヲ忘レテンジャネエヨ、コノボケ」

 壊れた両腕の代わりに口で刃を咥えた『それ』―――チャチャゼロはエヴァにも声を掛ける。

「全ク、ヤッパ俺ガイナキャ駄目ダナ、御主人ハ」

「うるさいぞ。余計な真似をしおって。あれくらい私一人でどうとでもできたわ」

「ハイハイ」

 それが照れ隠しだと、チャチャゼロには分かっている。
 傷をおして助けに来た自分に対する感謝の念も。
 素直ニ礼モ言エネエモンナ、と不器用な主に呆れつつも、チャチャゼロは続ける。

「ソンジャマ、ソロソロ終ワラセルトシマスカ」

「・・・そうだな」

 チャチャゼロが前で、エヴァが後ろでそれぞれ構える。
 襲い来る敵達を、長年に渡り葬ってきたその姿。
 それを幾分かの賞賛が混じった目で見るアーカード。
 一瞬、辺りに静寂が満ち―――、

 エヴァの詠唱が戦闘再開の合図となった。

「リク・ラク ラ・ラック ライラック!!」

 襲い掛かる無数の狼、コウモリ、ムカデ、巨腕、『犬』。
 それらをチャチャゼロが口に咥えた刃で次々と斬り捨てていく。
 討ち漏らしたものが詠唱を続けるエヴァを引き裂かんとするが、流れるような動きで彼女はかわし、受け流す。
 それはかつて、日本で覚えた『合気』の理念に基づいた動き。

「契約に従い(ト・シュンボライオン) 我に従え(ディアーコネートー・モイ・ヘー) 氷の女王(クリュスタリネー・バシレイア)」

 それを受けて、今や教会全体まで広がった闇が、全方位からエヴァとチャチャゼロに殺到する。
 到底凌ぎ切れない闇の群れが彼女達を飲み込む前に――――

「来れ(エピゲネーテートー) とこしえのやみ(タイオーニオンエレボス)! えいえんのひょうが(ハイオーニエ・クシュスタレ)!!」

 ――――詠唱が完成する。

 現れるのは絶対零度の死の世界。
 狼が、コウモリが、ムカデが、巨腕が、『犬』が、アーカードが、一瞬で教会ごと凍りつく。
 しかし、エヴァの攻撃はこれだけで終わらない。
 続くのは完全粉砕か、封印か―――彼女は、前者を選択した。

「全ての命ある者に等しき死を(パーサイス・ゾーサイス・トン・イソン・タナトン) 其は安らぎ也(ホス・アタラクシア)」

 その詠唱が止めとなり――――

「〝おわるせかい〟」

 ――――闇は、教会諸共跡形もなく砕け散った。





「ヤレヤレ、今回ハヤタラキツカッタナ」

 つい先程まで教会が建っていた場所。
 そこで満月の光に照らされながら佇むエヴァに、チャチャゼロが声を掛ける。

「・・・確かに、なかなかの実力者だった。まあ所詮、この私の敵ではなかったが」

 エヴァがそう嘯く。
 その千切れた右腕は段々と再生し始めたところだ。
 流石に一瞬で、というわけにはいかないようだ。

「ヨク言ウゼ、結構ヤバカッタクセニ」

 負けず嫌いの主を揶揄する。
 そして、この後くるであろう怒声に備える。

「何だと、この――――ッ!?」

 案の定食って掛かってきたエヴァの声が、途中で切れる。
 その顔には、「まさか」という思いが強く表れている。

「ドウシ――――ッ!?」

 すぐにチャチャゼロも気付く。
 強大な気配が再び漂い出したことに。

 エヴァとチャチャゼロが見つめる先、そこには何も無い。
 しかし、空気中から染み出るように、地面から滲み出るように、『闇』が徐々に溢れ出す。

「・・・・・・勘弁シテクレヨ・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

 エヴァとチャチャゼロが呆然と見守る中、『闇』は遂に形を為す。

 ――――アーカードの顔と右腕へと。

「ハ、ハハ、クハハハハハ」

 楽しそうに、本当に楽しそうに笑うアーカード。

「素晴らしい。流石は『闇の福音』。噂以上の力の持ち主だ」

 その間にも、アーカードの身体はゆっくりと、だが確実に再生されていく。
 それを見たエヴァは――――

「・・・・・・付き合ってられん」

 ――――おもむろに宙へと舞い上がった。
 チャチャゼロがその肩に飛び乗る。

「フン、行くのか? 『闇の福音』?」

 挑発するような口調で語りかけるアーカード。
 エヴァの顔が顰められる。

「・・・勘違いするな。今の私では貴様を殺し切れんみたいだから一時的に退くだけだ」

 そして、こう続けるのを忘れない。

「だが、貴様はいつか私が必ず滅ぼす。必ずだ」

 その宣言に、アーカードは心底から応じる。

「ああ、待っているぞ。エヴァンジェリン.A.K.マクダウェル」

 すでに全身の半分以上を再生させたアーカードを一瞥し、エヴァはこの場から飛び去る。

「また逢おう」

 ――――その言葉を背にしながら。





 眼下には深い森。
 それを何とはなしに見やりながら、エヴァは鳥よりも速く空を飛んでいた。

「・・・シッカシ、一体何ダッタンダ、アノ野郎ハ?」

 その背に乗るチャチャゼロが声を出す。
 その声には、いくら考えても答えが出ないことに対するもどかしさが含まれていた。

「アソコマデ完璧ニ粉砕シテヤッタノニ、アノ短時間で元通リニ戻ルカ普通? ソモソモ何デ死ナネーンダヨ」

 「アリ得ネー」と言うチャチャゼロの声を聞きつつ、エヴァは考える。

 ・・・・・・確かにあり得ない。
 〝おわるせかい〟級の強力な魔法で、全身を跡形も無く砕かれても滅びないとは。
 『真祖』の常識さえも覆す、冗談のような不死性だ。
 あれが『HELLSING』の切り札。

(それにしても・・・・・・)

 名前が『アーカード(Arucard)』とは。
 タチの悪いジョークのつもりなのか、それとも・・・・・・。

(まあいいさ)

 余計な思考を振り払う
 それよりも、やつが最後に言った言葉・・・・・・。

 やつとはいずれまた逢う日がくる予感がある。
 それは数年後かも、あるいは数十年後かもしれない。
 いずれにせよ、次に逢った時は決着を着けてやるつもりだ。

 今回は痛み分け(←ここ重要)に終わったが、次こそは文句のつけようもない完全勝利を収めてやる。
 それは困難なことだろうが、決してできないなどとは思わない。
 何故なら自分は――――

「最強の魔法使いなのだからな」

 不思議がるチャチャゼロを尻目に、エヴァは不敵な笑みを浮かべるのだった――――。


fin
 


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