6月23日 PM14:05―風芽丘学園―
「疲れたー、喉が渇いたー、お腹減ったー。」
「その意見には同感だが、周りの人に見られてるんだからもう少しシャンとしてくれ。」
「そんな事言ったってー。」
「取り敢えず何か食べに行くか。午前の休憩時間に見て回った限りじゃ結構色々な出し物があったぞ。」
あれから、約3時間。執事としての勤めを果たし、漸く休憩時間になった俺は…制服姿に着替え、この前の約束通りに月村と一緒に学園祭を回り始める事となった。
けど、俺と月村のどちらも昼を食べていないため極度の腹ペコ状態であり、まずは何か食べに行こうという事で意見が合致した。
「じゃあ、どこ行く?」
「ウチみたいな喫茶店系の店の方が良いんじゃないか?その方が空腹を満たすにはいいと思うし。」
「あ、それなら美由希ちゃんのクラスは?ほら、コレ。」
「んー、そうだな。」
月村に差し出された文化祭の案内を見てみたところ、出し物の名前を見る限り美由希ちゃんのクラスは俺たちのところと違って、至って普通の喫茶店をやっているらしかった。
「混んでないといいなぁ。」
「もう2時だから流石に大丈夫だと思うぞ?」
「でも、ウチのクラスは今もてんてこ舞いだと思うけど?」
「普通はそっちのが異常なんだよ…多分だけど。大体リピーター多すぎだろ。」
確かに月村や藤代さんを筆頭として、ウチのクラスの女子はみんな美人揃いだから男連中の気持ちは分からんでもないが、それにしたって多すぎである。
まぁ、それを言ったら女性客の方もだが…そんなに執事に接客されるのが良かったのだろうか。
「ふーん、そういうものなんだ。ま、どうでもいいや。それより早く行かない?」
「確かに、それもそうだな。さっさと飯食って…その後でまったりと学祭巡りするか。」
そして、俺たちは少々足早に美由希ちゃんのクラスへ向かった。
三十三話「学園祭」後編
6月23日 PM14:35―風芽丘学園―
「あー、美味しかったねー。」
「味も良かったし、メニューも豊富だったな。」
遅めの昼食を済ませ、1-Fの教室から出た俺たちは再び校内を歩き回っていた。
ちなみに、美由希ちゃんは教室にいなかった。クラスの子に聞いてみたところ、今は休憩時間で…少し前に高町が迎えに来たらしい。今頃は一緒に学園祭を回っているだろう、との事だ。
そういや、高町もこの時間に休憩を入れてたことを思い出した。「成程、美由希ちゃんと回る約束してたのか。」なんて事を思いながら、俺と月村は思い思いの料理を注文して、ソレに舌鼓を打った。
「確かにねー。私たちのクラスは簡単な軽いモノだけだけど、さっきのところはオムライスとかも作ってたもんね。」
「まぁ、あのクラスは料理上手な子が多いからな。それぞれの得意料理をメニューにしたんじゃないか?」
「へー、そうなんだ。……ん?何で、藤見君がそんな事知ってるの?」
俺がそう言うと、月村の顔がさっきまでのニコニコ顔から打って変わって疑問顔になり、続いて少しむくれた顔になって謎のプレッシャーが発せられた。
いや、俺がそういう事知ってるのがそんなにおかしいか!?確かに友好関係の狭い俺が何でそんな情報を知っているのか疑問に思うのは最もだけど!
だからってそんな反応すること無いだろうに。
「……何でいきなり不機嫌になったのか知らないけどな、俺は赤星に聞いたからその事を知ってるだけだよ。」
「へ?」
「赤星の交友関係の広さはお前も知ってるだろ?美由希ちゃんのクラスの女子に料理の上手い子が集まってるってのは赤星からたまたま聞いたことなんだよ。」
「ほ、ホントに?」
「いや、当たり前だろ。大体、美由希ちゃん以外の1年生の子と会話したのなんて数える程だぞ?そんな俺が他者からの情報提供も無しにそんな事を把握しているとでも?」
幾らホントの事とは言え、自分で言ってて悲しくなってくるけどね!
けど、言わないと妙な誤解を受けたままだっただろうし。
「そ、そうだったんだ。」
「ああ、分かったか?。」
「うん。」
妙な誤解をしていたらしい月村はバツの悪そうな顔をしている。
「で、何処から回る?」
「え?」
「いや、「え?」じゃなくて。時間にだって限りが有るんだからさっさと行動しないと時間の無駄になるだろ?」
取り敢えず、こうして突っ立てても意味ないので、月村が行きたい所の意見を聞いてみる事に。
さっきの事で落ち込んでるのかも知れんが、納得してくれたんなら俺から言うことは何も無いしなー。
「あ…う、うん。じゃあ、コレ行ってみたい。」
「えー、何々?『絶叫、恐怖のお化け屋敷』?」
「あは、実はお化け屋敷って行った事無くて。」
行った事ないって……遊園地とか行った事ないんだろうか。すずかちゃんもいることだし、一回くらいは行った事ありそうなものだけど。
ってか、それ以前に………
「去年や一昨年の文化祭で行かなかったのか?確かどっかのクラスが出してたと思うんだが。」
「んー、行ってはみたんだけど………」
「……みたんだけど?」
「恋人同士で入っていく人が多いから気後れしちゃって。1人で入るのも何だかなーって感じだし。」
「あぁ、成程。そりゃ確かに納得の理由だな。」
並んでる人が皆男女ペアだったらそりゃ入り辛いわ。
少なくとも俺だったらそこに入らずに他のクラスに行く。
「いいかな?」
「いいぞ。俺もお化け屋敷なんて行ったのはガキの頃だけだしな。」
「ぃよっし、それじゃレッツゴー!」
月村はそう言って、俺と並んで歩き出した。
で、現在。
「あははははは♪何これ!?面白ーい♪」
2-Aの出し物である『絶叫、恐怖のお化け屋敷』に入った俺たちだったが、概ねの予想通りあまり怖くはなかった。
入り口こそ、おどろおどろしいデザインで恐怖心を煽るようにしてあったが、実際中に入ってみると案外チープだった。
まぁ、俺たちみたいな学生が作ったものだし、2週間程度の期間で作ったにしては良く出来てはいる。……が、やはりイマイチ怖くない。
いや、悲鳴を上げてる人もいる事を考えると、俺たちが平気なだけなのかも知れないが。
月村に至っては怖がるどころか作り物のお化けの顔を、けたけた笑いながら突っ突いたりして遊んでいるし。それでも、それなりには楽しめてるようだし、まぁいいか。
「月村はこういうの平気なんだな。」
「ん?あ~、別に怖いとは思わないかな。……ひゃうっ!?」
「うおっ!どうした月村。」
妙な声を出した月村の方を見ようと、右隣に目を向ける。
「こ、これ何!これ何!?」
どうやら、月村の顔に天井から吊るされたこんにゃくが落ちてきたらしかった。さっきまで余裕だった月村も、いきなりの事で少々パニックに陥っている。
しっかし、また古典的な仕掛けだな。確かに引っ掛かったら驚くだろうけど。
「まず落ち着け、月村。当たってるのは単なるこんにゃくだ。」
「ひゃ!はー、吃驚した~。」
月村の腕を引き、自分の方に引き寄せる。
こんにゃくの感触から開放された月村は、一瞬こそばそうな声を上げてから、安堵の息を吐いた。
「う~、心臓が止まるかと思った。」
「ご愁傷さま、運が悪かったな。」
「うぅ、こういうのは勘弁して欲しいよぉ。」
本気で驚いたのか、月村は左手を胸に当てて動悸を治めようとしていた。
俺は月村が落ち着くまで、周囲を見ながら時間を潰していた。……だがしかし。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
突如俺たちの後ろから悲鳴が上がった。
位置的に考えれば入り口辺りのところだろうか。
それにしても、入口辺りであんな悲鳴上げるなんて…余程怖がりな人がいるんだな。俺の記憶してる限り、そこまで驚くような仕掛けなんて殆ど無かったと思うんだが。
「も、もう大丈夫。行こっ、藤見君。」
「ん、あぁ。……?」
そう言って、月村は手を伸ばしてきた。
「……月村?」
「あ、あははー。さっきのこんにゃくとか、あの悲鳴とか聞いてたら…ちょっぴり怖くなっちゃって。……駄目?」
可愛らしく小首を傾げてそう言う月村。……その仕草は卑怯だと思う。
断る理由も無いから良いんだけどね。けど…これを無自覚にやってるんだから侮れないよなぁ。
……自覚してやってたらそれはそれで恐ろしいけど。
「あぁ、良いぞ。」
「やたっ!」
俺の手をギュッと握り、身体を寄せた。
「ひゃああ!!」
そして、直後…また後ろから悲鳴が聞こえた。
ビクッと震えて、月村は俺の左腕に巻き付くようにしがみついて来た。
「ご、ごめん。」
「いや、別に良いけど…怖いのか?」
純粋に驚いていた時とは少し違った反応だ。
月村はこういうの平気な質だと思ってたが、案外そうでも無かったらしい。
「うぅ、あの悲鳴が無かったら大丈夫そうなのになぁ。」
「ま、しょうがないだろ。」
怖いから悲鳴を上げるのを止めて下さい…なんて言えないのだ。我慢してさっさと進に限る。
「きゃーーー!!!」
そうして進んでいると、今度は別の女の人の悲鳴が聞こえた。
どうやら、最初のあの悲鳴が他の女性客の恐怖心を煽り、出し物側の生徒たちのやる気を奮い立たせているようだった。
女幽霊や狼男、何か分からない化け物などの役をした生徒たちも心なし生き生きしているように見える。
更には出口が近いのか、何気にハイクオリティな特殊メイクを施した生徒たちもチラホラと見受けられる。
そんなのがいきなりヌバッと出てきたりするもんだから、存外驚かされたりする。う~ん、こりゃ最初の評価を改めないといけないかなぁ。
そんな暢気な事を考えながら歩いている俺と違い、月村の方は結構いっぱいいっぱいのようだった。
普段の月村なら絶対に怖がったりしないであろう仕掛けだが、この場の雰囲気に流されてか俺の腕に抱きついて離れない。
「………………」
「お、ちょっと明るくなってきたな。もうすぐ出口か。」
「ほ、ホント?」
「こんな事で嘘ついてどうするよ。」
恐る恐るといった風に上目遣いにこっちを見上げてくる月村。
しっかし、月村にこんな一面があったなんて驚きだ。雰囲気の所為とは言え、ここまで変わるとは。
………くだらねー事ばっか考えてると思われるかも知れんが、俺も煩悩を抑えるのでいっぱいいっぱいなのである。主に俺の腕に押し付けられてる女の子特有の柔らかさとか、匂いとか。
「あ、出口だ。」
「ふぅ、漸くだな。」
暗幕を左右に分け、教室のドアを開けて外に出る。
「はぁぁ。出られた~。」
「結構良かったな。最後の方は驚かされるモノも多かったし。」
お化け屋敷から出た俺たちは、次に出て来るであろう人たちの邪魔にならぬよう…場所を移動する。
「あー月村、そろそろ……」
「え?………っっ!?ご、ゴメン!!」
俺がそう言うと、月村は慌てて腕から離れた。
……少し名残惜しいが、いつまでもそうしている訳にもいかないしな。
「うぅ~~。」
俺の腕から離れた月村は、先程までのことを思い出したのか顔が真っ赤になっている。そりゃあ、友達とは言え恋人でも無い男の腕にしがみついてたんだから恥ずかしくなるわな。
「さーて、次どこ行く?」
少し気不味いこの雰囲気を吹き飛ばすような明るい声で月村にそう言って、自分の案内を広げる。
正直、俺も内心はドキドキしっぱなしだが、いつまでもこうしている訳にもいくまい。
「え、っと。私はいいから、次は藤見君の行きたい所にしなよ。」
「俺の行きたいところか?んー、そうだな……おっ。」
「何かあった?」
「もう少ししたら軽音部のバンド演奏があるらしい。これでいいか?」
「ん、おっけ。じゃあ、体育館に行こっか。」
そうして、俺たちは体育館に向かって歩いて行った。
6月23日 PM14:50―風芽丘学園―
体育館に着くと、中はもう結構な人で溢れかえっていた。
「わ、もう人いっぱいだねー。」
「座れる場所あるか?」
「えっとね、あ…あそこ空いてるみたい。」
「お、ラッキー。取られる前にさっさと行くか。」
月村が見つけた空席まで急いで移動し、そこに座る。
舞台では、まだ合唱部が歌っているところだった。綺麗な歌声が体育館内に響き、人々の心を奪っている。
やがて歌が終わると舞台の緞帳が降り始め、合唱部のメンバーは観客席にお辞儀して舞台から去った。
「ちょこっと聞いただけだけど…結構上手だったね、合唱部の子たち。」
「だな。もう少し早く此処に来てても良かったかもな。」
合唱部のコーラスが終わって騒ついている会場内で、俺と月村は顔を見合わせそんな事を言い合いながら、ライブが始まるまでの時間を潰す。
今までの学園祭ではクラスの出し物との関係で合唱部のコーラスや軽音楽部のライブはタイミングが合わず、見ることが出来なかったから楽しみだったりする。
〈これより、軽音楽部によるライブを開始します。〉
次の瞬間、アナウンスが会場内に響き渡り…緞帳が少しずつ上がっていく。
俺と月村も顔を舞台の方に向け、拍手をしながら演奏が始まるのを待つ。
他の観客たちも拍手し始め、軽音部の人たちの登場を祝福する。
緞帳が全て上がりきり、まず目に飛び込んできたのはカラフルな浴衣に身を包んだ5人の女の子たちだった。
………あれ?気の所為か?何か、全員どこかで見たことあるような……
「何あれ~。」
「カワイ~。」
俺がそんな事を考えている間に、周りからはそんな声が飛び交い、瞬く間に会場は沸いた。
かく言う俺もその一人で、舞台にいる五人の姿から目が離せなかった。……いや、多分ここに居る皆とは全然違う理由でだろうが。
「ワン、ツー、スリー!!」
カチューシャをしたドラムの子が両手に持ったスティック同士を叩き合わせ、リズムを取る。
そして、演奏が始まった。
舞台に立って一生懸命に演奏している彼女らを一体何処で見たのかと必死に思い出そうとしていたが、こんな良い演奏を聞き逃したら勿体無いと思い直し、悩んだ末に……俺は考えるのを止めた。
「凄い、みんな上手だね。」
「ああ、そうだな。」
自然とそんな声が漏れる。
他の人も同じ気持ちらしく、その歌声や演奏に聞き惚れている。
その曲が終わった後も、演奏は2曲・3曲と続いていく。
そして、その全てが終わったとき…
パチパチパチパチパチパチパチ!!
……体育館中に盛大な拍手が響き渡った。
観客席から「アンコール!」と言う声が聞こえ始め、それは次第に大きくなっていった。
それに応え、まずはキーボードの子がもう一度鍵盤を弾き始め、それに続いてドラム・サブギター・ベース・最後にメインギターの子が順々に加わり、制限時間ギリギリまで最後の曲を歌い続けた。
「あー、最高に盛り上がったなー。」
「ホントホント!私、あんなにテンション上がったの久しぶりだよー!」
軽音部のライブが終わり、体育館を出た俺たちは残りの休憩時間を何処で過ごすか考えながら渡り廊下を歩いていた。
結局、終ぞあの軽音部のメンバーを何処で見たのかについては思い出せなかった。まぁ、思い出せないと言うことはそれ程重要なものでもないだろう。……多分、恐らく、きっと。
そう勝手に自己完結して、校舎へ向かってのんびりと歩く。
「それにしても、学園祭も残りあと30分かー。長いようで短かったなー。」
「まったくだなー。気がついたらもうこんな時間なんだもんな。」
うちの学園祭は4時で終わり。その後は簡単に片付けをして売り上げの集計&売り上げ順位発表、その後で解散となる。
今年は休憩時間の終わりと学祭終了時間が一緒だから何も考えずに遊べたなぁ。藤代さんに多少無理言ってシフト代わって貰って良かった。
「次に行くところで最後になりそう?」
「んー、どうだろ。場所にもよるけど……どっちにしろそんなに多くの場所は回れないだろうな。」
「そっか。んー、何処に行くか悩むなー。」
「俺としては那美ちゃんのクラスにも行ってみたいんだけどな。」
「那美のクラスって何出してるの?」
「『コスプレ喫茶』…らしい。」
「う~ん…丁度喉も渇いてるし、私は良いよ?」
「ん、なら行くか。」
この時、まだ俺たちは知らなかった。
まさか、あんなことになろうとは…思いもしていなかったんだ。
6月23日 PM15:35―風芽丘学園 2年E組教室前―
「えーっと、此処…か?」
「みたい、だね。」
那美ちゃんのクラス・2-Eに来た俺たちだったが、少し中に入るのを戸惑っている。
原因は―――
「きゃーー!」
「わーー!!」
―――店に入った客が男女問わず悲鳴を上げるからである。
何で只のコスプレ喫茶から悲鳴が聞こえるんだろうか……一体この先に、何が待ち受けていると言うんだろうか。
「は、入ってみる?」
「ここまで来て帰るのも何だしな、腹括るか!」
ま、まぁ…大丈夫だろう。何と言っても那美ちゃんのクラス。危険はない筈……と、信じたい。
「行くぞ!」
「うん!」
何が悲しくて喫茶店に入るのにこんなに決意固めないといけないんだろうか。……等と心の片隅で思いながら、俺と月村は同時に『コスプレ喫茶』へ突入した。
「いらっしゃいま……せ、先輩!!来ちゃったんですか?!」
「へ?」
「??」
教室の扉を開けると、那美ちゃんがウェイトレス姿で出迎えてくれた。
しかし、俺たちの姿を見ると…ついさっきまで笑顔だった那美ちゃんの顔が驚愕に染まっていく。
そして、那美ちゃんが言ったその言葉と表情の意味を把握するよりも早く、俺は後ろに何者かの気配を感じ振り向いた。
「なっ!?」
「きゃ!」
すると、突如として身体が浮いた。
見れば、俺は屈強そうな男子三人に担ぎ上げられていた。
月村のいた方を見ると、あっちも数人の女子に持ち上げられていた。
「「「「「「はい、2名様ご案内―。」」」」」」
「ちょっ!おまっっ!!?」
「何!何なの!?」
そうして俺たちは、互いに別々の所へ連れて行かれた。
―――そして数分後……
「どうしてこうなった。」
「まぁまぁ。」
俺たちは席に案内されていた。
……先程までと全く違う恰好で。
「まさか『コスプレ喫茶』ってのが、客に【コスプレ】をさせる【喫茶店】の意だったとは……略しすぎて誰も分からんわ!」
「あ、あはは。ウチはそれが狙いだったりするので…ゴメンナサイ。」
「良いじゃない、藤見君。これはこれで結構楽しいよ?」
俺の言葉に、申し訳なさそうな顔をしてペコリと頭を下げる那美ちゃん。
そして、そう言ってくるりとその場で回って見せる月村…ちなみにゴスロリ服。
「あぁ、お前はそうだろうな、文句のつけようもない程似合ってるし。けどな…俺の方を向いてからもう一度その台詞を言って見ろ。」
「お、お似合いですよ、藤見先輩。」
「に、似合ってる…よ?」
「こっちを見て言え。ってか……この恰好で似合ってるも何もあるかーーー!!!」
俺が着ているのはピンク色のクマの着ぐるみだ。男3人に強制連行されて無理矢理コレに入れられた。
もう似合う似合わない以前の問題である。
更に言えば、学生服のまま着ぐるみに入れられた為に半端じゃなく暑い。何で喫茶店に来てこんな思いをせにゃならんのだ。
無駄に凝った作りになっているから口から物を入れられたりできるのが唯一の救いだろうか。
「うぅ、藤見先輩には学園祭が始まる前に一言言っておけば良かったかなぁ。そうすれば先輩が此処に来る事もないから、こんな格好になることも無かったのに……」
「那美、それは……」
しょんぼりした顔をして、肩を落とす那美ちゃん。
「んー、那美ちゃん…たとえ事前に言われてたとしても、俺はきっと此処に来たと思うよ?」
「え?でも……」
「まぁ、いきなりこんな格好させられたのは驚いたけどさ…折角の祭りだし、偶にはこんな事があっても良いと思うんだ。」
「あ、先輩…その、ありがとうございますっ!」
那美ちゃんが笑い、それに釣られて俺も自然と顔が綻ぶのを感じた。
「……でも、折角かっこいい事言っても…その姿だとイマイチ締まらないね。」
「うぐっ…よ、余計なお世話だ!」
笑いを堪えながらそんな事を言う月村。くそぅ…いい話で纏まりかけた所を……
しょうがないじゃないか、こんな格好なんだから。
「ぷっ、ふふ、あはははははっ。」
俺たちのやり取りが面白かったのか、那美ちゃんは声を上げて笑った。
それを見た俺と月村も、声には出なかったが何時の間にか笑っていた。
「神咲さーん!楽しそうにしてるとこ悪いけど…そろそろ注文取ってこっち手伝ってー?」
「はぅ!?す、すいません!すぐに行きます。」
そうしていると、ウェイトレスの1人が忙しそうに料理や飲み物をテーブルに運びながらこっちに声を掛けて来た。
那美ちゃんは慌ててポケットからメモ帳を取り出し、注文を聞く態勢に入る。
俺と月村も急いでテーブルに置いてあるメニューに手を伸ばし、頼む物を決める。
「私はあんまりお腹空いてないからジュースだけでいいや。このトマトジュース頂戴?」
「あー、俺はちょい小腹が空いたからこのミニパンケーキってヤツで。」
「畏まりました。少々お待ち下さいね?」
メモに俺たちの注文を書いて、厨房まで持っていく那美ちゃん。
メモを渡した那美ちゃんは、その場でトマトジュースとパンケーキを受け取ってこっちに向かって小走りで駆けてくる。
去年翠屋で働いて貰った時のように転ばないか心配だったから何時でも走り出せるようにスタンバっていたのだが、今回は大丈夫だったようで…那美ちゃんは無事にテーブルまで辿り着いた。
「お待たせしましたー。」
「ありがと、那美ちゃん。」
「ありがとねー、那美。」
「いえ、そんなー。」
月村はトマトジュースをごくごく飲み始め、俺も…パンケーキを食べるためにナイフとフォークに手を伸ばす。
しかし……
「あれ?」
「どしたの?藤見君。」
「どうかしましたか?藤見先輩。」
「つ、掴めねーー!!」
わ、忘れてた。これ着たままだとナイフとフォークは疎か、素手でパンケーキを掴むことすらも出来無いじゃないか!
こ、これでどうやって食べれば良いんだ。いっそ両手で挟むか?
「あ、それじゃあ…私が食べさせてあげますね。」
「はい?」
「なっ!?」
何か…那美ちゃんがとんでも無い提案をしてきた。そのまま、椅子を持ってきて俺の隣に座り、ナイフでパンケーキを切ってフォークで突き刺す。
そして、それを俺に向けて差し出してきた。
その提案に俺は困惑し、月村は驚きの声を上げた。
「はい、藤見先輩。あ~んってして下さい。」
「い、いや…那美ちゃん。そこまでして貰わなくても……」
「そ、そうよ。仕事の真っ最中なんだし、他の人にも接客しなきゃいけないんじゃない?藤見くんに食べさせるのは私がやってあげるから、那美は他のお客さんのところに行ってきたら?」
いや、そう言う問題じゃないだろ。2人の気持ちは正直嬉しいが、こんな大勢の人がいる中で“あーん”は拙い。何が拙いって、主に今現在俺の身に集まっている男性客の殺気が籠った視線とか視線とか視線とか。
実は俺、フィアッセさんと翠屋で働いている内に何時の間にか殺気を察知出来るようになっていたりするのだ(男限定)。
着ぐるみ着てても、ここに居る男性客の殆どが俺に向けて恐ろしい殺気を放っているのが分かる。憎しみで人が殺せるとしたら恐らく50回は確実に殺されていることだろう。未遂ですらこんな状態なのに実際にやられた日には……ヤバイ、死ぬかも。
ってか、ホント何なの?この状況。しかも…もう俺がどっちかに食べさせて貰う事が前提になってね?
「いえいえ、月村先輩。これもウェイトレスの仕事の内ですからご心配なく。」
「いやいや、他の子が忙しそうじゃない。藤見君には私が食べさせてあげるから那美はあの娘たちを手伝ってきなよ。」
「むむ。」
「むぅ。」
何だろう…那美ちゃんと月村との間に火花が散っているような気がする。
さっきまで仲良かったのに何でこんな事になってんだ?
尚も睨み合っている2人。気のせいかドンドン空気が重たくなっているような……誰かー!助けてくださーい!!
しかし、そうは言っても現実は非情だ。
周囲からは依然として男共からの殺気が消える気配は無い。
しかも目の前には「食べろ」…とばかりに差し出された2本のフォーク。
そして隣には睨み合う後輩と同級生。
くっ、どうにかして今この状況を逃れられる手はないのか!
そう思い、必死に打開策を模索していたその時……救いの神が現れた。
≪もうそろそろ学園祭の終了時間になります。生徒一同は片付けがあるので教室で待機。まだ残っている一般参加の方は正門からお帰り下さい。≫
放送部のアナウンスが流れ、学園祭の終わりを伝えたのである。
「えぇ、もうそんな時間なの?」
「あ、あぁ、確かにもう5分前だな。取り敢えず、早く着替えてこい。遅れたら何言われるか分かったもんじゃない。(た、助かった。)」
「わ、分かった。すぐ行ってくるね。(くっ、藤見君にあ~んできなかったか。)」
た、助かった。あの極限状態から漸く解放されたよ。
席を立ち、那美ちゃんに背中のジッパーを下げてもらって着ぐるみを脱ぐ。
そして、制服に着替えに行った月村を待つ間に会計を済ませてしまう事にした。
「あー、何か悪いな。結局何も食べないで出ることになっちゃって。」
「あ、いえ。私としては来てくれただけでも嬉しいので……(藤見先輩にあ~ん出来なかったのは残念ですけど。)」
「そう?」
「はいっ!」
「藤見くーん、着替え終わったよ。早く片付け行こ?」
「りょーかい。じゃあね、那美ちゃん。」
「はい、藤見先輩。(忍さん、やっぱり藤見先輩のこと好きなのかな。けど…私だって……)」
俺は、那美ちゃんに挨拶してから2-Eの教室を出て月村と教室まで走った。
こうして、高校生活最後の学園祭は終わりを迎えた。
(おまけ)―その時…赤星勇吾は―
凌と忍が2-Aのお化け屋敷で古典的なトラップに引っ掛かったのと同時刻…彼、赤星勇吾も一人の女性と共にそのお化け屋敷に入っていく処だった。
勇吾の隣にいる女性の名はセルフィ・アルバレット。親しい者からはシェリーと言う愛称で呼ばれる彼女は、まるで長年連れ添った恋人のように勇吾の右腕へと抱き着いていた。
周りから見れば仲睦まじいカップルに見えるであろうその行動は、しかし周囲の人間が考えているようなモノとは絶対的、或いは壊滅的に意味合いが違っていた。
「こ、此処がお化け屋敷……」
ガタガタと震えながら勇吾の腕に抱き着いて離れようとしないセルフィ。
その綺麗な目には薄らと涙が浮かんでいる。
彼女は勇吾の恋人だから抱き着いている訳でも、恋愛感情を抱いているから抱き着いている訳でもなかった。
ギャァァァァ
「ひぅ!?」
ハリボテの草むらで隠されたカセットデッキから流れる棒読みの悲鳴に驚きの声を上げ……
「オーマァー!」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
変な言葉を叫びながらヌッと曲がり角から出てきたハリボテ人形に悲鳴を上げて、更に強く抱き着くセルフィ。
実のところ、彼女が勇吾に抱き着いたのはその恐怖心が理由である。最も、普段の彼女であればこんな低レベルな仕掛けで悲鳴を上げたりしない。そう、風芽丘の学園祭に行く事を知ったリスティが昨晩Gトレーラーの明かりを蝋燭だけにして日本伝統の怪談話を延々と聞かせ続けていなければ………
怖いのならお化け屋敷のクラスを避ければ良いだけの話なのだが、不運にも勇吾がそのクラスの娘と約束を交わしていた。その上、最後の最後まで入るのを躊躇っていたセルフィに投げ掛けられたこの言葉。
「え、と…もしかして怖いんですか?セルフィさん。」
そんなこんなで意地になって入ってしまった訳である。
何らかの仕掛けが出るごとに悲鳴を上げるセルフィ。その悲鳴は、彼ら二人がお化け屋敷を抜け出ることが出来るまで絶え間なく聞こえていたと言う。
その悲鳴が、一組の男女に決して小さくない影響を与えた事を二人は知らない。
……ちなみに、お化け屋敷を抜け出た勇吾は小声でこう語る。
「取り敢えず、セルフィさんとお化け屋敷に行くのは今後何が有っても避けよう。今度は理性が持たないかも知れない。」
と。
後書き
まさか此処まで更新が遅れるとは思いませんでした。
もっと早くに書き終えられると思ってたのに……orz
リアルの忙しさの所為もありますが、それ以上に手直しやら何やらしててここまで遅れました。
アンノウンとの戦闘は次の話に持ち越しです。学園祭終了からの繋ぎが思ったよりも難しかったので断念。
出来るだけ早く次の話も書きたいけど、今回みたいに遅れるかもしれません。m(_ _)m
p.s.執筆作業よりもリリカルの映画を優先した私を許してください。m(_ _)m