6月22日 PM22:35―隆宮市 月村家 地下室―
「はぁ、さくらも人使いが荒いんだから…悔しいっ、でも作っちゃう!」
そんな愚痴(?)を零しながらも、パソコンのキーを叩く忍の手は止まらない。
6月9日…あの日、さくらが大学に呼び出されたのは、やはりと言うべきか『クウガ』の新しい形態の発見が理由だった。
記康から詳細を聞き、資料を渡されたさくら。
その為、忍はその日から今現在に至るまで…こうして屋敷の地下室にて作業に励んでいるのである。
「うぅ、明日は文化祭だからいつもより早めに寝ておかないとダメなのに…」
普段は授業中に寝ている為、徹夜しても問題ないのだが…生憎と明日は学園祭。
つまり、寝れる時間なんて何処にも無いのだ。
だからこそ、9日から今日までの間…出来るだけ早く仕上げてしまおうと翌日に疲れを残さない程度にG1の強化に精を出していた訳なのだが………
「まさか、ここまで手間取るとは思わなかったもんなぁ。」
資料に書いてあった『赤』『青』に続く3つ目の形態…『緑』
『邪悪なるものあらばその姿を彼方より知りて疾風のごとく邪悪を射ぬく戦士あり』
新しい形態の特徴を示すその文を見て、さくらと忍は『緑』の戦闘スタイルを推測した。
『その姿を彼方より知りて』と、『射ぬく』…その言葉から、2人が思いついたのは【狙撃】。
遥か遠方からでも敵の姿を捉え、一撃必殺の攻撃で倒すのが、この形態の戦闘スタイルなのではないか…と。
だからこそ、再現には時間が掛かった。専用武装の開発に次いで、頭部ユニットへ更に性能の良いセンサー類などの追加などなど。
そんな事もあって思いの外時間がかかってしまい、結局今日まで掛かってしまったのだった。
とは言え、努力の甲斐あって作業は終盤に差し掛かっていた。
後は、『緑』の形態用の電力配分パターンの組み替えを登録すればそれで強化は完了。
めでたく『緑』の形態の出来上がりだ。
「こ、これで完成。」
カチッとEnterキーを押し、ソレをG1へ登録する。
「お、終わった~。」
間延びした声を出し、ふらふらと立ち上がる忍。
集中して作業しっ放しだった為、眠気がピークに達している忍は、おぼつかない足取りで自室に向かい、ベッドに飛び込んだ。
布団を被り、仰向けになる忍。
そうして、忍は眠りについた。
明日…凌と学園祭を回ることを楽しみに思いながら。
三十二話「学園祭」 前編
6月23日 AM07:30―風芽丘学園 3年G組―
「この勝負で、俺の運命が決まる!」
「絶対に、勝つ!!」
「この勝負だけは…負けられん!」
本格的に喫茶店のような内装に変貌した教室の一角。
そこで、静かに闘志を燃やし続ける執事服の男たちがいた。
俺、高町、赤星の三人である。
それぞれ、右手を握り拳にして対峙する。
数秒間三つ巴の睨み合いが続き、直後…俺たちは一斉に拳を前に突き出した。
そして――――
「「「最初はグー!ジャンケン!!」」」
―――今までに無い程に気合いの籠もったジャンケンが始まった。
「「「ポン!ポン!ポン!ポン!ポン!ポン!ポン!ポン!ポン!ポン!ポン!ポン!ポン!!」」」
グー、チョキ、パー、と…次々と形を変えて手を出し続ける俺たち。
しかも、相当速いペースで出し続けている為、少しでも遅れれば後出しと見做され即失格になってしまうシビアな戦いだ。
この勝負の結果しだいで、今日の休憩時間が決まるのだ。
この勝負に敗北すれば地獄を見る。
それが分かり切っているからこそ、俺たちは此処まで必死になれる。
そう、高町・俺の調査によって齎(もたら)された『あの夫婦』がこの店にやって来るであろうと予測される時間。その時間に休憩を取ることが出来るのは…残り一名のみ。
つまり!此処で敗れた者は『あの夫婦』による被害を受けること必至!!
だから何としても勝たなくてはならないのだ。
「「「ポン!!!」」」
そして、その勝負にも、遂に終止符が打たれる時が来た。
俺・パー。
高町・グー。
赤星・グー。
長きに渡って続けられた俺たちの聖戦は此処に終わりを告げた。
俺の勝利…という結果を以って。
「勝ったぞー!!」
万感の思いを込めて叫ぶ。
クラスメイトたちが何事かとこっちを見たが、そんなものは毛程も気にならなかった。
「なん…だと…?」
「くっ、負けた…のか。」
勝負に負けた二人はガックリと崩れ落ち、見事なOTZを極めた。
「ふふ、フハハハハッ!二人は良い友人だったが、お前たちの運の悪さがいけないのだよっ!!」
「最高にハイってヤツだァァァ」と、ばかりに未だ嘗て無い程テンションが最高潮に達した俺は、ヒャッホーっと滅茶苦茶浮かれていた。
更に言えば「我が世の春が来たぁぁ!!」って感じに。
「くっ、仕方ない。せめて被害を最小限に留めるように努力しよう。」
「俺たちに…あの人たちの悪ノリを止められるのか?」
「止められなければ、弄り尽くされるだけだ。」
「絶望した!勝ち目が無い事に絶望した!!」
一方、高町たちは物凄い悲壮感が漂っていた。
ぶっちゃけ、申し訳なく思うが…勝負の世界は非情であり、俺だって被害に遭いたくないのだ。許して欲しい。
「あ、あはは。凄い戦いだったね。」
「おう、月村。さっきの見てたのか。」
「…あれだけ白熱したジャンケンしてたら大抵の人は見ちゃうと思うよ?」
「…負けられない戦いがあったんだよ。」
どうやらさっきの勝負を見ていたらしい月村に、俺は勝負の理由を教える。
あの戦いに如何なる意味があったのかを。
「へぇ~、桃子さんと士郎さんがねぇ。でも、そこまで気にする事?ノリが良いだけのラブラブ夫婦じゃない。」
「違うな、間違っているぞ…月村。」
「??」
「あの人達の事だ、絶対悪ノリする!そして、主に知り合い…高町・赤星…そして月村、お前たちが被害の対象になる。」
「な、何でそんな事が分かるの?」
「一昨年や去年の学園祭や、日頃あの人たちと一緒に働いている経験からだ。」
あの人たちが悪ノリして、俺たちが一切被害を被らなかった事など…殆ど無い。いや、全く無い…と言い換えた方が良いかも知れない。
「あ、話は変わるが月村…今日の9時頃は休憩か?」
「ううん、私…休みは午後の2時から4時までの2時間だよ?約束したよね、文化祭一緒に回ろうって。」
そう、例の件の埋め合わせとして、月村が要求してきたのは…たったそれだけの事だった。
何か高い物でも要求されるだろうかと思っていたのだが、実際に月村が言ってきたのは一緒に学園祭を回らないか…という、有り難いお誘いだけ。
まぁ、よくよく考えてみれば、俺よりも遥かに金を持ってる月村が…高価な物を俺に要求したりする訳が無かったのだが。
なお、当然だが…俺もその時間には休憩を入れている。
まぁ、藤代さんと取引して、翠屋のシュークリーム3個と引換えに無理やり取ったものだが。
しかし、俺が本当に言いたいのはその事ではない。
「じゃあ、9時頃には休憩に入れないんだな。」
「う、うん。2時からじゃ都合が悪くなったとか?」
違う、そうじゃない。そうじゃないが……
「……月村。」
「え、何?」
「諦めが肝心。」
肩にポンッと手を乗せて、2回頷く。
恐らく被害に遭うであろう月村に、俺が出来るのはこれ位だ。
「何、それ?」
「俺からのアドバイスだ。」
「何か、凄い哀れみの目で見られてるような気がするんだけど……」
「気にするな、すぐに分かる。」
そんな馬鹿話を2人でしていると、教室に備え付けられたスピーカーから、音楽が鳴り始める。
『只今より、第36回風芽丘学園学園祭を開催します。』
時計の針が8時を指し、放送部のアナウンスが流れ、いよいよ学園祭が始まった。
6月23日 AM08:30―藤見市 高町家―
「はぁ~。」
その日、いつもであれば天使のような笑顔を浮かべている筈のフィアッセ・クリステラは、激しく憂鬱だった。
「桃子、士郎…楽しんできてね。」
「タイミングが悪かったわねー。」
「まさか、CDのレコーディングの日と重なるなんてな。」
フィアッセが落ち込んでいるのは、風芽丘の学園祭に行けないことが原因である。
歌手としての仕事の都合上、今回は学園祭に行くのを諦めざるを得ないのだ。
「くすん、見たかったなぁ…リョウの執事服姿。」
恭也経由で出し物の内容を知った桃子は、当然ながらそれをフィアッセにも教えていた。
接客することが殆どで、されることは殆ど無いフィアッセとしては、リョウに…しかも執事として接客されることなど、この機会を逃せばもう訪れる事叶わないだろう。
だからこそ、尚更行きたかったのだが、今回ばかりはしょうがない。運が無かったと諦めるより無いだろう。
…と、その時。
「じゃあ、うちの店でやってもらえば良いじゃない!」
「良いこと思いついた!」…と、輝かんばかりの笑顔で桃子が言う。
その言葉に士郎も、「おぉ、そうだな。」と言い、頷く。
哀れ、凌。
学園祭での被害は回避したものの、翠屋での被害は免れそうに無いらしい。
そうして、その後…フィアッセはスタジオへ、高町夫妻は風芽丘学園へとそれぞれの車を走らせた。
6月23日 AM08:05―風芽丘学園 正門―
「うわ~、すごい人。」
「去年もそうだったけど…凄く盛り上がってるわね。」
「逸れないように気をつけないとね。」
学園祭が始まってから程無くして、なのは・すずか・アリサの3人は、風芽丘学園へ足を踏み入れていた。
無論、小学生3人だけでは危険なので、そこから少し離れた位置には…彼女たちには内緒でこっそりとバニングス家の執事、鮫島が待機していたりする。
入り口でクラス毎の出し物が書かれたパンフレットを貰い、3人は校舎の中へ入っていく。
最初は、それぞれ共通の知り合いがいる3年G組だ。
「うわっ、すごい人ね。」
「まだ始まって少ししか経って無い筈なのに……」
「にゃはは、これ見ると翠屋を思い出すかも。」
前に見えるは人、人、人。
始まって10分と経っていないにも関わらず、そこには長蛇の列が出来ていた。
暫くして、かなり前の方まで来た3人が店から出て来る人の顔を見てみると、男性は満ち足りた顔を…女性は、頬を赤く染めて嬉しそうな表情で出て来る。
きゃいきゃいと3人で雑談しながら、自分たちの番が来るのを待っていると、自分たちの前にいる最前列の女性二人が中に入っていった。
それから暫くして、1組の女性客が静かに席を立ち、レジに向かって歩き出す。
その顔は、傍目に見ても満足そうだった。
客が抜けると、執事の一人が列の最前列…つまりはアリサ達3人を席に誘導させるために近付いて来る。
「お帰りなさいませ、お嬢様方。」
優雅に一礼し、3人の少女を空いている席へと案内する。
彼女らが座る際に、さり気なく椅子を引いたりするのも忘れない。
椅子に座り終えると、少女の内の一人が口を開き、その執事に向けて話しかける。
「何て言うか…凄く似合ってますね、凌お兄さん。」
「お褒めに預かり、恐悦至極…ってね。」
再び手を腹の手前まで持っていき、深々と頭を下げる。
そして、ゆっくりと持ち上げ…3人の少女と視線を交わす。
そして、その執事…いや、藤見凌は初めて顔を崩した。
「やぁ、アリサちゃんにすずかちゃんに、なのはちゃん。いらっしゃい。」
執事に徹していた時とは違う自然な笑顔で、改めて3人に挨拶する凌。
「はい、来ちゃいました。」
「すごい人気だねー、翠屋みたい。」
「ははっ、俺も驚いたよ。正直、まさか此処まで繁盛するとは思ってなくてさ。」
周りを見渡せば、用意していた席は全て埋まり、店の外…廊下にまで人が並んでいるという盛況ぶり。
「ちなみに、高町と月村はあそこだな。」
そう言って凌が指差したのは、この席から少し離れた位置にある2つの席。
そこでは、忍が男性客に注文を取り、恭也が営業スマイルで女性客を持て成しているところだった。
「わたし、お姉ちゃんのメイド服姿なんて初めて見ました。」
「うわー、おにーちゃん似合いすぎ。」
「それを言うなら赤星さんもよ、見てアレ。女の人…顔が真っ赤になってるもの。」
そうやって、他の人の動向を見ながらほのぼのとやっていた彼らだったが、まだ外で待っている人もいる為、凌は自然体から執事モードへと切り替えて3人に注文を取る事に。
「っと、それじゃあ…ご注文は何になされますか?お嬢様方。」
「あ、はい。えっと……」
3人はテーブルの上にあったメニューを開き、品書きに目を通す。
そこに書かれているものを見て、内心…すずかとアリサは軽い感嘆の声を上げた。
紅茶やコーヒーは勿論だが、サンドイッチやパスタ等の軽食、ケーキ等のデザートまで書いてあるのだ。
しかも、紅茶の方は種類も結構豊富な為、2人は揃ってそんな反応を示したのだ。
なのはの場合は、翠屋でお手伝いをしているからなのか…あまり反応しなかった。
「じゃあ、私はこれと…これで。」
「わたしも…アリサちゃんと同じものを。」
「お兄ちゃん、なのははコレとコレにします。」
アリサとすずかは、アンブレという紅茶とケーキを、なのはは同じくケーキと、紅茶のことは良く分からないらしく、『紅茶:店員のおすすめ』というメニューを頼んだ。
「以上で宜しいですか?」
「「「はい!」」」
「畏まりました、暫しお待ちください。」
凌は恭しく一礼すると、注文を伝える為に調理組の方へ行った。
普通の店であれば、声を上げて注文を調理組の方へ伝えても良いのだろうが、生憎ここは執事とメイドが売りの喫茶店。
この場でそんな行動はご法度なのである。
暫くすると、凌がお盆を片手に3人の元に戻ってきた。
「では、ごゆっくりどうぞ。」
そして、テーブルの上に注文の品を並べ、また他のお客さんの元へ向かって行った。
注文の品が来た3人は、それを口に運びながら雑談に花を咲かせる。
暫く後、あらかたケーキも食べ終えて、紅茶も飲み終えた頃にそれは聞こえてきた。
「ふむ、あなたは背筋をもう少し伸ばした方が宜しいでしょう。そして、あなたは…そうですな、礼の角度をもう少し深めに。それだけで印象は変わるはずです。」
「な、成程。勉強になります。」
「感服しました!師匠と呼ばせて下さい!!」
「ねぇ、アリサちゃん。今の声って……」
「聞き覚えあるわね、もしかして…とは思うけど。」
「アリサちゃんの家の執事さんだよね。」
彼女たちの視線の先には凌たち3年G組の男子が着ているのとは微妙に異なったデザインの執事服を着込んだ初老の男性。
先代の頃からバニングス家に仕えている筋金入りの執事であった。
「って、鮫島!?何で此処にいるの?」
「む、アリサお嬢様。ふっ、見つかってしまいましたか。実はデビット様に影ながらお嬢様方をお守りしろとの命令が下されまして、気配を消してコーヒーを飲んでいたのですが……彼らに執事として未熟な点を指摘していたらついつい熱が入ってしまいました。申し訳ありません。」
「そ、そう。まぁ…ほ、程々にね。」
若干引き攣った笑みを浮かべながら、そう言って、残った紅茶を飲み干してしまう。
「さ、さて…そろそろ出ましょうか。」
「そ、そうだね…アリサちゃん。」
「う、うん。」
そうして、3人が立ち上がると、それを見た凌がやってきて、レジまで案内する。
会計の間は、基本的に客の斜め後ろで待機しておく。
なのはが、手を出して、そこに他2人が自分の分のお金を出す。
そして、なのはが会計を済ませている間に、アリサは凌に謝った。
「すいません、鮫島が……」
「あー、いや……執事のこと教えてくれて感謝してるよ。実際、鮫島さんに教えを受けてから明らかに動きが変わった奴とかいてね。だから、怒るのは無しの方向で頼むよ。」
「そう言って貰えると助かります。」
料金を払った3人を、凌は出口まで案内する。
「では、お嬢様方…行ってらっしゃいませ。」
そのセリフを背後に聞き、アリサ・すずか・なのはの3人は、3-G の教室を後にした。
6月23日 AM09:00―風芽丘学園 空き教室―
「ふぅ。」
若干のアクシデントを経て、晴れて休憩時間になった俺は、空き教室にて制服に着替えることにした。
しっかし、まさか鮫島さんが来るとは………想定外にも程があった。
しかしまぁ、指導を受けた男子連中は滅茶苦茶感謝してたから問題ないか。
ちなみに、俺は鮫島さんに「ほぅ、筋が宜しいですな…藤見様。パーフェクトです。」
と言われ、グッとサムズアップされた。
反応に困ったが、同じ様にサムズアップを返してみたところ、満足そうに頷いてくれたのを見る限り、それで合っていたらしい。
などという事を考えながらも着替えを終えると、必要最低限のものだけを持って教室を出た。
教室を出て、ふと自分のクラスの方を見てみると、丁度…士郎さんと桃子さんが入っていくのが見えた。
相変わらずのイチャラブっぷりで、桃子さんは士郎さんの腕に抱きついていた。
相変わらずだなぁ、あの人たちも。そして、頑張れよ…3人とも。
月村たちに影ながらエールを送りつつ、現在俺は当てもなくブラブラ校内を徘徊している訳なんだが……
「えっと、ここがA組だから忍のクラスは…っと。」
……今まさに自ら死地に赴こうとしているこの女性を、俺はどうすればいいんでしょうかゴッド。
目の前には、校舎前で配られるパンフを読みながら俺のクラスに行こうとしている…さくらさんの姿が。
「あら、藤見君じゃない。今は休憩時間?」
「あー、大体そんなところです。」
どうしたもんかと悩んでいる間に、さくらさんに見つかってしまった。
さくらさんなら大丈夫な気がしないでも無いが…念のため、俺のクラスに行くのは時間をおいてからにして貰った方が良いかも知れない。
「さくらさん、うちのクラスの方は後にして…良かったら俺と一緒に学園祭見て回りませんか?」
「え?」
取り敢えず一緒に回らないかと誘ってみる。
まぁ、これで断られてもこの間のお礼だと言って、奢ればいいし。
「そうねぇ、時間はまだまだ有るし…折角だからそうしましょうか。」
「それじゃあ、どこか行きたい場所ありますか?」
「う~ん、此処に来たのも久しぶりだし…適当にお店回りながら敷地内を案内してもらっていい?」
「えぇ、お安い御用ですよ。じゃ、行きましょうか。」
そうして俺は、1時間の間…さくらさんと一緒に学園祭を見て回ることになったのだった。
6月23日 AM08:50―羽平市 守田崎町―
とあるホテルの駐車場に、それはあった。
体中の水分が完全に失われ、頭の毛も完全に白く染まりきっている。
『ミイラ』と呼称するのが正しいソレは、しかし…つい先程まで生きていたことを証明するかのように車のハンドルを握り、車内に備えられていた灰皿には…まだ消されてそれ程経っていない煙草もあった。
たまたま外に出ていたリスティは、その情報を聞くとすぐに現場に向かい、それを目にしたのだった。
「リスティさん、聞きましたか?」
「………………」
「被害者の身体は完全にミイラ化していたようです。死亡推定時刻…数十年前、という事になりますね。不可能犯罪…アンノウンの仕業と考えて、間違いないでしょうね。」
かつて同じ部署で働いていた後輩が、被害者の殺害状況を教えてくれる。
それを聞き、リスティは即座に質問を投げ掛けた。
「被害者の親族は?」
リスティが以前発見したアンノウンが狙う人の共通点…それより前に分かっていた、それとは違うもう1つの共通点が、【血の繋がり】だ。
殺された人の親族が必ずと言って良いほど狙われることから、警察は比較的早くこの事実に気付き、密かに被害者の親族に護衛を付けていた。
「3ヶ月ほど前に結婚したようですけど…血の繋がった親族はいないらしいですね。」
「そう、か。」
「取り敢えず、今回は護衛の必要はなさそうですね。けど、アンノウンかぁ。奴ら、一体何なんでしょうね。」
「さぁね、今のところ…奴らの正体は闇の中だ。何故、超能力者を狙うのか…そして、その親族まで狙う理由は?とか、挙げれば切りが無いよ。」
「アイツらが出始めてから約3ヶ月…未だに分かっている事よりも謎な部分が多いですからね。気味が悪いですよ。」
「全くだ。」
そう言って、リスティは苦虫を噛み潰した表情をして、懐から煙草を取り出した。
6月23日 AM09:05 ―風芽丘学園―
「賑やかね~。」
「そうですね、大体…毎年ウチの学園祭はこんな感じですよ。」
「言われてみれば、私たちの時もこんな風に賑やかだったっけ。」
俺たちは、2人で校庭を歩き、各クラスの出し物を眺めながら…敷地内を散歩している。
「あ、あれ面白そうねー。」
「射的ですか……やってみます?」
「いいの?」
「時間ならまだまだありますし、さくらさんに楽しんで貰う事が目標ですから。」
俺は、店番の男子に金を渡し、射的銃を2人分受け取る。
奥にズラリと並んだ景品を銃で狙い撃ち、倒せれば貰えるらしいが、その中には、どう考えても…絶対に倒せそうにないものもある。
……PS3なんて、どうやって倒せと?
「…よっ、と。」
「ほっ。」
弾は五発らしいので、俺は無難に小さいヌイグルミから狙ってみることにした。
プラモやゲームなど、男向けの景品も有ったが…プラモはあまり興味ないし、ゲームの場合はそもそも家にゲーム機が無いときた。
真っ直ぐ銃を構え、狙いを定める。
引き金を引くと、弾が飛び出して俺が狙った兎のヌイグルミに飛んでいった。
しかし、弾はヌイグルミに当たらなかった。
2回目も3回目も同じ様に撃ってみたが、結果は同じ。
さくらさんの方はどうだろうと思い、隣を見てみると、1発は外したみたいだったが…残りの四発で俺が狙っているものを2つ、それより一回り程大きいヌイグルミ2つを難なく倒していた。
「うわ、凄いですね…さくらさん。」
「そう?コツさえ掴んだら簡単よ?」
何でも無いように言っているが、普通に凄い事だと思う。
これ、当てる場所によっては例え当たったとしても倒れない場合も有るし。
「狙いが悪いのか?」
「……藤見君、ちょっと構えてみて?」
「え?こうですか?」
さくらさんに言われた通り、もう一度銃を構え直して狙いを定める。
「そうそう……う~ん、やっぱり少し狙いが違うみたい。」
そう言ったさくらさんは、目線を俺と同じ高さに合わせると、片目を瞑って俺にぴたっとくっついて「銃口もう少し右ね。」と言った。
「さ、さくらさん!?」
「いいから、そのまま撃ってみて。」
「は、はぁ……」
背中に当たっている2つの柔らかい感触に、内心ドギマギしながら…言われる通りに狙いを定める。
カチッとトリガーを引き、ヌイグルミ目掛けて弾を撃つ。
飛び出した弾は、見事に兎のヌイグルミの頭を捉え、倒すことに成功した。
「あ、当たった……」
「やったわね、藤見君。」
「いえ、さくらさんのアドバイスのお陰ですよ。」
「ほらほら、そんな事いいから。この調子で次行ってみよう!」
「ええ!?でもあと残り一発ですよ!?」
「大丈夫、大丈夫!」
久々に母校に来たことで少しテンションが上がっているのか、さくらさんは、いつもの静かな微笑みとはまた違った笑顔で、この文化祭を楽しんでいた。
「最後の二発でヌイグルミ2つか。」
「それ、部屋に飾るの?」
「まさか。誰か他の人にあげますよ。」
流石にコレを俺の部屋に飾る気はない。
1つは今回来れないらしいフィアッセさんにあげようと思ってるし。
「ふふっ。」
「どうかしましたか?」
「ううん、何でも。ただ、楽しいなって思って。」
その後、ぐるりと校庭を周り、さくらさんと一緒に店を見て回る。
何だかちょっとしたデート気分だ。
まぁ、残念なことに俺とさくらさんじゃ全然釣り合いが取れてないが。
「さて、これからどうしようか。」
「そうですねぇ……」
時間を見ると、既に45分を廻っていた。
中の方を見て回っても良いが、休憩時間も残り少ないし、のんびり過ごしていた方が良いかも知れない。
「何か買って、それ食べてから…うちのクラスの方に行きましょうか。」
「…そうね、そうしましょうか。」
何が良いか探していると、さくらさんが声を上げた。
「あ、藤見君。あれ、食べない?」
さくらさんが指差した方向を見てみると、そこには『チョコバナナ』の文字が書かれた店が。
「あぁ、いいですね。」
「じゃ、行こ?」
さくらさん、チョコバナナ食べた事ないんだろうか。何か、心なし目が輝いてるような気がしないでも無いんだけど……
さくらさんは俺の手を引いて、そのチョコバナナ屋まで移動した。
「すみません、チョコバナナ2つ下さい。」
「はいよ、そっちの彼の分もかい?」
「はい。」
「あいよ、毎度あり!600円です。」
互いに300円ずつ財布から出し、代金を払う。
「それじゃ、向こうで食べましょうか。」
「っと、分かりました。」
校庭脇に備えられたベンチまで移動し、買ったばかりのチョコバナナを食べる。
さくらさんは、本当に美味しそうにチョコバナナを食べている。
それにしても、今日はさくらさんの新しい一面ばかり見てる気がするな。
はもはもとチョコバナナを食べる姿は、何と言うか…可愛らしい。まぁ、言えば怒られそうだから言わないが。
「ご馳走様でした。」
「右に同じ。」
チョコバナナを食べ終えた俺たちは、近くにあったゴミ箱に串を捨て、校舎内に入っていく。
「美味しかったですか?」
教室までの道すがら、チョコバナナの感想を聞いてみる。
「えぇ、美味しかったわ。実はチョコバナナって食べた事無くって、今回が初めてだったのよ。」
「はー、そうなんですか。」
もしや…と思ってたらホントに食べた事無かったらしい。
道理で目を輝かせるはずだよ。
「おっと、じゃあ…俺は着替えてきますから、さくらさんは此処に並んでて下さい。」
他愛も無い雑談を交わしながら歩いていると何時の間にか教室に着いていた。
さくらさんには列に並んで貰い、俺は空き教室へ入って制服から執事服に着替える。
そして、出口側の扉から中に入り、ウェイターとして復帰した。
………のだが、この光景は何なんだろう。
「………屈辱だ。」
「し、死にたい。俺は、今モーレツに死にたい。」
「ふ、2人よりはマシで良かった。」
ガックリと肩を落として落ち込んでいる高町と、頭を抱えて絶望している赤星。そして、盛大に引き攣った笑みを浮かべている月村。極めつけは、他のクラスメイトが3人に生暖かい視線を投げ掛けていることだろう。
「どうしたんだ?お前ら。」
故に、俺が事情を聞いたのは間違ってなかった筈。
しかし、3人は声を揃えて、「聞くな。」「聞かないでくれ。」「聞かないで。」と言い、頑に話そうとしなかった。
それを見て確信する。
あぁ、あの2人が何かやったんだな…と。
してやったり、と笑顔を浮かべる高町夫婦の姿が目に浮かぶ。
とは言え、いつまでもそのままじゃ拙いので、何とか発破を掛けて元に戻す。
…うん、それでもかなり時間掛かったけど。
「お帰りなさいませ、お嬢様。」
にこやかに笑みを浮かべ、新たな女性客を招き入れて行く俺。
しっかし、客足が一向に減らないのはどういう事だろう。しかも、藤代さんに聞いたところによれば、リピーターもいるらしい。
どんだけ人気なんだよと小一時間(ry
数十分の間、そんなこんなをしていると、最前列にさくらさんの姿が見えた。
他の執事は今いるお客さんの相手で手一杯とのことで、俺が出迎えに行く。
レジで代金を払ったお客さんが、執事の一人に出口まで案内されるのを見てから、俺はさくらさんの所へ向かった。
「お帰りなさいませ、さくら様。」
恭しく礼をしてから、俺はそう言って席まで案内した。
テンプレ通りに「お嬢様」でも良かったが、何となくアレンジを加えてみたくなったのだ。
何より、こっちの方が呼ばれ慣れてるだろうしな。
「席までの案内をお願い。」
「畏まりました。こちらへどうぞ。」
唯一空いている席までさくらさんを案内し、さりげなく椅子を引く。
さくらさんが座ったのを確認したあと、椅子を程良い場所まで押す。
「中々様になってるわね、藤見君。」
「ありがとうございます。」
一礼し、再び顔を上げると、素に戻ってさくらさんと会話する。
「う~ん、ここまで執事らしく出来るなら、バイトで雇うのも有りかしらねぇ。」
「?何のバイトですか??」
「私の専属執事…とか。」
妖艶な笑みを浮かべて、そんな事をいうさくらさん。
流石に冗談だろうが、一瞬ドキッとしたのは勘弁して欲しい。
「じゃ、俺がバイト首になった時に雇って下さい。」
「…そう来たか。」
先程までの表情を一瞬で消し、苦笑いするさくらさん。
執事やってると息抜き出来る場面が物凄く限られてくるから、もう少しこのまま喋っていたかったんだけど、月村から「喋ってばっかりいるな。」的な厳しい視線が飛んできたので、已むを得ず会話を打ち切って注文に入った。
「それじゃあ…………で、お願い。」
「…………以上で宜しいですか?」
「えぇ、お願い。」
「了解しました。今暫くお待ちください。」
注文を伝えに行き、他のお客さんの出口への案内や、レジなどをこなしていった。
30分後、優雅に紅茶とケーキを楽しんでいたさくらさんが席を立ち、レジへと向かって行った。
レジでお金を払うさくらさんのすぐ傍に待機し、出口まで案内する。
そして、「少しの間頼む」というジェスチャーをしてから、そのままさくらさんと一緒に教室を出た。
「どうしたの?藤見君。」
「少し、そこで待ってて下さい。」
疑問顔のさくらさんを教室を出てすぐの所に待たせ、俺は自分の荷物が置いてある空き教室の中に入り、鞄の中から『ある物』を取り出した。
それを持って、さくらさんの元に向かう。
「はい、これ。」
さくらさんの腕を取り、その手に猫のヌイグルミを乗せる。
そう、射的屋で取った…あのヌイグルミだ。
「え?」
「これ取れたの、元々さくらさんのアドバイスあっての事ですから、これはそのアドバイス料、兼…一緒に回ってもらったお礼って事で、受け取って下さい。」
「でも……」
「それに、さくらさんが取ったヌイグルミって、月村たちにあげる気なんでしょう?」
「!?……どうして、それを?」
心底驚いたような顔をして、さくらさんは俺に理由を聞いてきた。
「ん~、半分は勘だったんですけどね。さくらさんの性格ならそうするかと思って。」
「だけど…」
「良いんですって。それに、一個だけでも取れれば良いと思ってやったんですから。」
「あ、それなら……ホントに貰っちゃうわよ?」
ちらっ、と上目遣いで見上げてくるさくらさん。
「どうぞどうぞ。」
ヌイグルミも渡し終わったことだし、そろそろ仕事に戻らないとなぁ…何てことを考えながら、教室の中に戻っていく。
その途中、後ろの方で―――
「ありがとう、藤見君。」
―――そんな声を、聞いた気がした。
こうして、学園祭…午前の部は、終わっていった。
(おまけ)
凌が休憩時間に入ってすぐ…高町桃子・高町士郎の両名は、息子のクラスがやっている【メイド&執事】に足を運んだ。
そして、セオリー通りに執事とメイドに席へと案内して貰い、至って普通に注文する。
そんな姿を見て、安堵の息を漏らした恭也と勇吾。
「良かった、今回は大丈夫そうだ。」と、思った。
それが、嵐が来る前の静けさだと気付こうとせずに。
チリンチリン
机に備え付けられたベルを鳴らし、桃子は1人の執事を自分たちの元へ呼ぶ。
そして、呼ばれた執事はある人物に伝言を頼まれる。
「高町、あの人がお前に用があるそうだ。」
そう言って、彼が指差したのは桃子と士郎の座る席。
恭也には、それが死刑宣告の声に聞こえたという。
「何でしょうか、奥様。」
嫌々ながらも出向く恭也。
そして、悪夢はここから始まった。
「ねぇ、恭也。メイド服…着てみる気無い?」
「……………」
恭也は無言だ。
しかし、表情が何よりも雄弁に彼の心情を語っていた。
(何を言ってるんだ、この人)…と。
「ねぇ、そう思わない?藤代さん。」
「えぇ、面白そうですね。」
そうして、傍でメイドとして待機していた藤代に同意を求める。
計画を桃子から聞いた藤代は、面白そう…という実に単純明快な理由によってそれを承諾。
恭也に付け加えて、藤代の提案で勇吾も、そして…「俺としては忍ちゃんの男装も見てみいなぁ」という士郎の一言によって、忍も…被害を受けることになった。
一番早くに行動を起こしたのは、やはりと言うべきか恭也だった。
教室の扉目掛けて全速力で逃げようとする。
「ガッ!」
「甘いな恭也。」
しかし、冷静さを欠いたその動きで、士郎を抜けるわけが無く、難なく捕獲されて無理やり着替えさせられる事となった。
一方、勇吾は―――
「しょ、正気か…藤代。」
「そこは、本気か?って聞いて欲しいところだけど。」
そう言って、何処からかロングヘアーの鬘を取り出す。
「な、何でそんなもん持ってんだお前ーー!!」
「備えあれば憂いなしって言うじゃない。って事で、観念しなさーい!!」
「ア"ーーーーーーーーー!!!」
こうして、勇吾もメイド服に着替えさせられた。
一方、忍は―――
「あら、忍ちゃんは素直ね。」
「まぁ、こういうノリ嫌いじゃないですし。藤見君のアドバイスの意味も分かったし。」
「?何か言った?」
「いえ、何も。っと、どうですか?」
「おぉー、忍ちゃん…似合ってるわよ。凛々しいってイメージになったわね。」
そうして、桃子と士郎がいる間だけ、3人はこの姿で接客することになった。
男2人は深刻な精神的ダメージ(主に羞恥で)を受けながらも、全てを諦めて接客した。
ちなみに、事情を知らない男性客には、絶大な人気を誇ったという。
忍の方は、特に問題なく接客したが、女の子たちから熱い視線を送られ、メイド服に戻る頃には、精神的に疲労していたという。
THE ☆混沌
後に被害者(2名)は語る。
あの時ほど神を呪い、希望を捨てた瞬間は無かった…と。
後書き
今回の話を書いて分かったこと…俺はギャグも恋愛話も苦手だったらしいって事だけだ。
さくらさんとのイベントが少なすぎるような気がしてやった。後悔はしていない。
まさか、午前中だけで此処まで行くとは思わなかった。
最近忙しくなってきたから後編は遅れるかも知れない。