紅く染まっていた木々の葉が散り、空気も肌寒いものとなった冬休み突入初日の事である。
我が家には、かつて無いほど大勢の人が訪れており、ある一つの要因が俺を大いに混乱させていた。
「くぅ~ん。」
「にゃ~。」
「リ、リョウ!こ、この子狐さんすごく可愛いよ!?あぁ!でもでも、リニスも相変わらずかわいいよぉ。」
俺の膝の上に座っている久遠に、俺の肩に乗っかっているリニス、そして俺の左側に座り、その2匹を見て大変興奮なさっておられるフィアッセさん。
それに加え、
「はぅ~くぅちゃ~ん。」
「凌お兄さん。久遠ちゃんに触ってもいいですか?」
「ふわ~。この猫さん可愛いですね、お兄さん。」
いつもの如く久遠の可愛さにやられ、俺の左で指を咥えて、こちらに羨ましそうな視線を送ってくるなのはちゃん。
久しぶりに久遠に会って嬉しかったらしく、なのはちゃんと同じく、俺の方に寄ってきて撫でようとしているアリサちゃん。
やはり猫が好きなのか、フィアッセさんと一緒になってリニスを見つめて、感嘆の声を洩らしているすずかちゃん。
「ホント、可愛いものね。」
そして、俺を混乱に陥れた元凶の声が聞こえた。
徐々に視線をすずかちゃんから逸らし、その声がした右へと移していく。
「あら、どうかしたの?」
「どうかしたの?」じゃないよ。
何で… 何で……
何であなたが家に来てるんですか!
そうして目を向けた先には、月村の叔母であり、とらハ1のヒロインでもある『綺堂 さくら』の姿があった。
第19話「予期せぬ出会い」
先ずは、何故こんなに人が集まったのかを説明しよう。
話は昨日の夕方まで遡る。
「お願いします先輩!久遠の事、2・3日ばかり預かってもらえないでしょうか!?」
久遠と戯れようと思い、神社に向かうと、巫女服姿の那美ちゃんにいきなり頭を下げられた。
「えーっと、どういう事?」
「実は…………」
………☆少女説明中☆………
那美ちゃんの話によると、何でも実家から呼び出しがかかり、家に帰省しなければならないらしい。
本来ならば一緒に連れて行きたいのだが、久遠は理由があって連れて行けないんだとか。
まぁ、久遠は神咲家と因縁深いもんなぁ。
理由と言うのも恐らくはその関係じゃないかと推測してみる。
「あの、お願いできますか?寮の皆さんも色々忙しいみたいで、久遠が懐いてて頼れそうなのはもう先輩しかッ。」
そう言って上目遣いで見つめてくる那美ちゃん。
正直可愛いです。
ま、そんなに必死に頼み込まなくても引き受けるんだけどね。
「ん、オッケ。じゃあ帰ってきたらメールしてくれ。寮まで送り届けるから。」
「え、いいんですか?」
「何を今更。翠屋の一件で世話になったこともあるし、それがなくてもそれくらいの頼み事なら喜んで聞くぞ?」
「あ、ありがとうございますっ。」
那美ちゃんはそう言うと、ペコペコ頭を下げてお礼を言った。
その後はいつもと同じく、俺は久遠と遊んで、那美ちゃんはバイトに勤しんでいた。
そして、那美ちゃんのバイトが終わり、手を振って那美ちゃんと別れた俺は、いつか那美ちゃんを寮に送り届けた時と同じく、久遠にリュックに入って貰い、我が家へとバイクを走らせた。
帰る途中、俺は見慣れた後ろ姿を見つけ、バイクを一旦止めて声をかけた。
「おーい!なのはちゃんにアリサちゃんにすずかちゃーん!」
「ほえ?あっ!おにいちゃん!」
「凌お兄さん!お久しぶりです。」
「え?お兄さん?」
3人とも俺に気が付くとすぐにこちらに向かって走ってきた。
「学校の帰り?それにしては遅い気がするけど。」
「図書館に本を借りに行ってたんです。」
「なのはや私は、すずかについて行っただけですけどね。」
「でも、可愛いネコさんの本もあってすごく楽しかったよっ。」
「あんた、写真だけ見て文章の方は全く読んで無かったじゃない。」
苦笑しつつ、なのはちゃんにツッコミを入れるアリサちゃん。
でもまあ、うん、如何にもなのはちゃんらしいな。やっぱり文系苦手なんだね。
しっかし、そう言えば、すずかちゃんは本が好きなんだっけ。
月村も学校の休み時間は大抵図書室で過ごしてるって言ってたな。
あいつの場合は機械工学とかそういう専門書がメインみたいだけど、すずかちゃんはどうなんだろうか。
俺は何となく気になったので、その事をすずかちゃんに聞いてみた。
「え?どんな本が好きか、ですか?」
「うん。月村は機械系が好きみたいだから、すずかちゃんはどうなのかなーって気になって。」
しばし逡巡した後、恥ずかしそうに小さな声で、
「えっと、れ、恋愛小説です。」
と、真っ赤な顔になりながら答えてくれました。
可愛いなぁ。姉の方とはジャンルが全然違うし。
「そ、そう言うお兄さんはどうなんですか?」
「え、俺?」
「はい!」
まだ若干赤みの残った顔で俺に質問するすずかちゃん。
左右を見ると何故かアリサちゃん、なのはちゃんも興味深々な顔でこっちを見ていた。
けど、ぶっちゃけ本読まないんだよなぁ。
前世じゃ漫画やラノベ読みまくってたけど、この世界だと読む気が起きなかったのだ。
何せ、週刊少年サ○デーが週刊少年サタデーとなっていたり、電○文庫のはずが雷撃文庫だったりと、妙にパチモン臭いネーミングばかりだったから読むのをやめたのである。
ヒョコッ
俺が返答に迷っていると、背中のリュックからいきなり久遠が頭を出した。
その瞬間!なのはちゃんの目が光った(ような気がした)。
「くーちゃん!うぅ、最近会いに行けなくてゴメンね。」
「くぅ~ん」
「あ、あの時の狐ね。えっと…名前は確か、久遠ちゃん!」
リュックから頭だけを出した久遠の可愛さに全員ノックアウトされた模様。
言葉こそ発していないが、すずかちゃんも目をキラキラさせながら久遠を見つめている。
あぁ、和むなぁ、この状況。
「おにいちゃん。いくらくーちゃんが可愛いからってゆーかいはいけないことなの。」
「!?!?」
この光景に和んでいるところに、物凄い事をなのはちゃんに言われた。
「って、凌お兄さんがそんなことする訳無いでしょうがッ!」
アリサちゃんのスナップの利いた良いツッコミがなのはちゃんの頭に決まった。
「あうぅ。何するの、アリサちゃん。」
「でも、何で久遠ちゃんが此処に?」
「那美ちゃんの都合で2・3日ほど家で預かる事になったんだよ。」
「え?でも、大丈夫なんですか?確か、猫も飼ってるんですよね。」
ピクリ
「猫?」
「そ、そうだよ、おにいちゃん。リニスちゃんの事はどうするの?」
ピクピクッ
「リニスちゃん?」
「んー、結構仲良いから大丈夫かなぁ、と。心配なら明日にでも遊びに来る?」
キュピーン! ガシッ
「是非、行きたいです。お兄さん。」
眩いばかりの笑みを可愛らしい顔に浮かべ、すずかちゃんが俺の腕を掴んだ。
よっぽど猫が好きなのだろう。
如何にも「興味深々です」というように目を輝かせている。
そうなると当然、なのはちゃんとアリサちゃんも一緒に来る事になるわけで、一気に来訪者の数が増える事となった。
家に帰り、リニスに久遠の事と明日の事を伝えようと思い、自分の部屋に入ると…………
リニスは猫形態でコタツに入り、丸くなって寝転んでいた。
外は結構寒かったので、俺もコタツに入って冷えた体を温めることにする。
実は最初、初めてコタツを目にしたリニスは、「こんなもので寒さが凌げるんですか?」と、訝しげにしていたのだが、いざコタツに入ってしまうと、あっという間にコタツの魔力に取り憑かれてしまった。
今では、「コタツはいいですねぇ。次元世界広しと言えどこんなに素晴らしいものは他にありません。」などと言う始末である。
(お帰りなさい、凌。今日は少し遅かったんですね。それと、何故久遠ちゃんがいるんですか?)
すでにリュックから出て俺の肩に乗っている久遠を見て疑問に思ったのだろう。念話で不思議そうに尋ねてきた。
(ああ、途中でなのはちゃん達に会ってな。那美ちゃんが、2・3日くらい実家に戻るんだよ。その間だけ久遠を預かることになったんだが、構わないか?)
(はぁぁぁぁ。まぁ、いいですけど。でも、いつも言ってるようにそう言う時は念話で言って下さい。)
(すまん。つい忘れちゃうんだよ。)
「くぅ!」
突然久遠が強く鳴き、俺の頭に跳び乗ってきた。
そして、「くぅ!くぅ!」と鳴きつつ、ポムポムと頭を叩いてくる。
いや、全く痛くないんだけどね?
次に、久遠は叩くのをやめて、今度はリニスの方を見つめている。(久遠としては睨んでるつもり)
うん。リニスと目を合わせて念話をしていたから仲間外れにされたと思ったんだろうな。きっとそれでご機嫌ナナメなんだろう。
とりあえず久遠を頭から降ろし、抱き抱える。
「くぅん♪」
あぁ、癒されるなぁ。
リニスにやるとセクハラのような気がして、なかなか出来ないんだよなぁ。
「りょう~。お父さん遅くなるみたいだから先に食べてましょ。」
そうやってくつろいでいると、下の階から母さんの呼ぶ声が聞こえてきた。
あ、久遠の事どう説明しよう!?
餌とかの問題もあるし、どうしたもんかなぁ。
結論:食卓でさりげなーくその事を伝えると、あっさりOKされました。
問題があっさり解決し、意気揚揚と自分の部屋に戻ると、携帯にメールが来ていた。
見てみるとフィアッセさんからのメールだった。
内容は………『なのはちゃんに可愛い子狐を預かったって聞いたんだけど、明日見に行ってもいいかな?リニスやリンにも会いたいし。』
……………フィアッセさん、あなたもか。
『いつ来ても良いですけど、凛は用事で出かけるらしいんで会えないと思います。』
とりあえず、そう書いて返信する。
暫くすると返事が返ってきた。
『う~ん。リンに会えないのは残念だけど用事なら仕方ないね。』
フィアッセさんだけなら凛として会わせられるんだけどなぁ。
久遠もいるし、猫大好きなすずかちゃんが来るから今回は無理だ。
凛との再会はもう少し待って貰おう。
―翌日―
朝食を食べ終え、なのはちゃん達が来るまでやることが無くなった俺は久遠と共にコタツに入って蜜柑を食べながらテレビを見ていた。
昼になると、リニスは人型になって昼食を作りにいった。
それを食べて、一息入れている内にチャイムが鳴り、俺は玄関まで出迎えに行った。
「こんにちはー!」
「凌お兄さん、お邪魔しますね。」
「ここに来るのも久しぶりだねー。」
「あ、あの、お邪魔します。」
てっきり別々に来ると思っていたので、なのはちゃん達とフィアッセさんが同時に来たのにはちょっと驚いた。
しかし次の瞬間、そんなものは驚きの内に入らないのだと教わることとなった。
「こんにちは。初めまして、綺堂さくらです。」
そう言ったのは、一番後に家に入ってきた桃色の髪をした女性だった。
そして、その名前を聞いた途端、俺の思考はパニックに陥った。
『綺堂 さくら』?
え?
何で?
Why?
何でこの人が家に来るんですかーーー?!
そして、冒頭のシーンに戻る訳である。
俺はさくらさんに目を向け、最も疑問に思っていることを聞いた。
「あの、何で家に?」
「あの子の命を助けてくれて、友達になってくれた君にお礼が言いたかったからよ。」
あの子、って言うのは月村の事だろう。
けど、それにしたって……
「それにしては遅いんじゃないですか?月村を助けたのは夏ですよ?」
「ゴメンなさい。色々と忙しくてね。あの子に友達ができたことも、つい最近知ったのよ。」
そう言えば、さくらさんは原作だと大学院生になるんだっけ。
ならそれが理由か?
「それにしても………随分あなたに懐いてるのね、この仔たち。」
そう言ってさくらさんはリニスを撫でる。
久遠も撫でようとしたが、こちらは体をビクッと強張らせ、「くぅ!?」と鳴いてなのはちゃんの方に逃げて行ってしまった。
「残念、逃げられちゃったわね。」
「何せ人見知りが激しいですからね。」
少し寂しそうに言うさくらさん。
何気にこの人も動物大好きな人だったっけ。
その後、流石にずっと久遠たちと戯れていると、久遠やリニスの方がへばってしまうため、人生ゲームやオセロなどのボードゲームをしつつ、日が沈み始め、景色が夕焼け色に染まるまで楽しい時を過ごした。
「今日は楽しかったよー!ありがとね、リョウ。」
「送って行きましょうか?万が一、と言う事もありますし。」
「いえ、今日はみんな車で来ましたから大丈夫です。」
「そっか、ならいいけど。」
「はい。あっ、丁度来たみたいですね。それじゃあ凌お兄さん、さようなら。」
「おにいちゃんバイバーイ!くぅちゃんもまた遊ぼうねー!」
「今日はありがとうございました、お兄さん。リニスちゃん、可愛かったです。」
そう言って皆それぞれの車に向かって走っていった。ってあれ?
「あの、さくらさんはノエルさんの車に乗らないんですか?」
「えぇ、私は電車で来たから。それに、駅までは此処から歩いて行ける距離だもの。わざわざ車で送って貰うまでも無いわ。」
そして、さくらさんは俺に顔を近づけ、耳元で「話したい事があるの、一緒に来て。」と、感情の感じられない声で囁いた。
それから数分後、俺たちは小さな公園にやって来ていた。
今はベンチに腰掛け、さくらさんが話しだすのを待っている状態だ。
公園に着いてから何分の間沈黙の時間が続いただろう。
お互い何も話さず、ただ風で草のなびく音と時々通り過ぎる車の走る音だけが聞こえてくる。
もう太陽がほとんど沈み、本格的に暗くなってきた頃、遂にさくらさんは話を始めた。
「率直に言います。忍たちを助け、その後も友好関係を持ち続けるなら、あなたは月村の遺産を狙う私たちの親族に命を狙われることになるわ。」
彼女の口から飛び出してきたのはそんな言葉だった。
「私は忍にもすずかにも人として幸せになって欲しいと思ってる。忍に友達が出来たと知ったは素直に嬉しかったわ。けれど、それが不安でもあるのよ。」
月村の両親が残した遺産を巡る争いに巻き込まれる……か。
「調べたところ、あなたは武術も何も習っていない、ただの喧嘩慣れしているだけの普通の高校生だもの。放たれた刺客を退ける事なんて到底出来ないでしょう。」
だけど、さくらさん。そんな事は………
「だから忍やすずかとは…「お断りします。」え・・・・?」
そんな事はとっくの昔に……あの夏、月村忍と月村すずかを助け、友達になったその時から覚悟なんてできている。
さくらさんの言葉を遮り、否定の言葉を口にする。
「俺はあいつの友達をやめるつもりなんて一切ありません。」
「話を聞いていなかったの!命を狙われるのよ!」
以前の俺なら、そんな死亡フラグごめんだ。とばかりにサッサと手を引いただろう。
けどリニスと出会い、アギトに覚醒したことで力を得た。
「死ぬ気なんて毛頭ありません!それに、例え何が有ったとしても友達やめるなんてことはあり得ません!」
俺の言葉を聞いた後、さくらさんは顔を伏せ、
「ふふ、」
朗らかに笑った。
…………………
あれー?何か予想外の反応なんですけどー。
「えっと…」
「ゴメンなさい。忍とすずかからあなたの話を聞いてね。どんな人なのか試してみたの。」
その時の俺は口をあんぐり開けてさぞかし可笑しな顔になっていたことだろう。
まさかさっきのが全部芝居だったなんて、綺堂さくら……恐ろしい人だ。
「ふふっ、けど2人の言うとおりの人ね、藤見君って。」
「はい?」
「ううん。何でもないわ。それじゃあ、私もそろそろ帰るわね。」
「あ、駅まで送りましょうか?」
「すぐそこだもの、大丈夫よ。それより家に帰った方がいいんじゃない?久遠ちゃん達が待ってるでしょ。」
「あ、やべっ。母さん達今日は帰るの遅くなるんだった。」
「それじゃあ藤見君。忍とすずかの事、これからもよろしくね?」
「もちろんです。それじゃ、さようなら。」
そう言ってリニスに念話で遅くなったことを謝りながら、家までの道のりを走った。
(おまけ)
「完せーい!」
周りに機械の部品が散乱している一室に月村家の主、月村忍は立っていた。
「苦節2年。ついに、ついに、完成したよ~!」
彼女の視線の先にあるのは機械でできた服が3着並んでおり、その服の前にはそれぞれ頭部を覆う仮面が置いてあった。
「色々と問題はあるけど、とりあえず形にはなってよかった。」
そう言ってから、彼女は近くに有った椅子に腰かけ、数秒後には夢の世界へと旅立っていった。
後書き
ちびっこ三人組と獣っ娘無双の予定だったのにさくらさん無双になってしまいました。何処で間違えたんだろうか。
とりあえずこれで風芽丘学園2年生編は終了です。
次からはようやくAGITΩ+とらハ編。展開遅くてすみません。