暑い陽射しの照り続ける夏が終わり、涼やかな風が吹き、山の色が緑から紅に移り変わる季節。
海鳴市にある人気洋菓子店『翠屋』のパティシエである桃子は、現在非常に困った状況に陥っていた。
「はい、はい。いいのよ、風邪なんでしょ?ゆっくり休んで体調を整えなさいね。店の事は何とかなるから。」
「ホント申し訳ないです。じゃあ、すみませんが今日は休ませて貰います。」
「お大事にね?」
8時現在、本日5回目の電話だった。
「はぁ、困ったわねー。バイトの子がみんな風邪でお休みだなんて。」
そう、電話は全て「今日バイト休ませて下さい。」という内容ばかりだった。
「フィアッセと凌君は何とか確保できたけど、士郎さんと恭也は朝早くから修行に行ってくるって言って山に行って居ないし、美由希となのはは学校。ヘルプに入れる人はいないし、どうすればいいのかしら?」
第18話「翠屋大パニック!」
風芽丘学園は他の学校と違い土曜日も学校だ。そのため、秋休みというものが存在し、今がその秋休み中なのだが、俺は、朝早くに携帯に電話が掛かってきて、桃子さんに翠屋に呼び出された。
のだが……………
「も、桃子ー!私たちだけなんて無理だよ!?どうするの?」
「聞いてませんよ、こんなの!何なんですかこの危機的状況!」
呼ばれた理由を尋ねてみれば、他のバイトの人たちが揃って風邪をひいたため来れないとのこと。
その上、夫の士郎さんと息子の恭也は山籠りなんだとか。
美由希ちゃんとなのはちゃんに関しては言うまでもなく学校だ。
「だから困ってるの。二人とも手伝えそうな子知らない?」
「うーん、私の友達は今日は仕事で手伝えそうにないなー。」
フィアッセさんがそう言って肩を落とす。
「それって、経験者じゃないとダメですか?」
「まさか!今は猫の手でも借りたい状況だもの、そんな事気にしないわよ。もしかして、心当たり、あるの?」
あると言えばあるのだが、受けてくれるだろうか。
「まぁ、二名ほど。といっても、受けてくれるかは分かりませんが。」
「2人も!ありがとう、凌君!」
確定してないのに凄い喜びようだな、桃子さん。
まぁ、気持ちは分からないでもない。
何せこの時期は『食欲の秋』ということもあるのか、お客さんの数が何故か増えるんだ。
去年嫌というほど経験したから分かる。
俺たちだけで対応できる訳がない。
「じゃあ、とりあえず連絡取ってきますんで準備の方はお願いします。」
「はーい!それにしても、リョウの友達かー、どんな女の子だろー。」
フィアッセさんの元気な声を聞きながら俺は更衣室に入った。
………それにしてもフィアッセさん?女性だと確定するのはあんまりじゃありませんか?いや、確かにその通りですけど!
更衣室に入った俺は、早速1人目の候補者に『念話』を送った。
(リニス、リニス。聞こえるか?)
(凌ですか?珍しいですね、バイト先から念話を送るなんて。何かあったんですか?)
(実はだな…………………………………という訳で、手伝って貰いたいんだけど良いか?)
(私はいいですけど、関係を聞かれたらどう答えるつもりですか?)
(そこら辺は「親戚だ」とでも言っておけば大丈夫だろう。)
(分かりました。すぐ、そちらに向かいますね。)
(ああ、頼んだ。)
1人目はクリアー。けど、問題はこっちなんだよなぁ。
俺は携帯をポケットから取り出し、2人目の候補者に電話を掛けた。
Prrrr Prrrr Prrrr Prrrr
「は、はい。もしもし。」
「もしもし、那美ちゃん?凌だけど。」
「せ、先輩!?あの、私に何かご用でしょうか。」
俺は那美ちゃんに事情を説明し、返事を待った。
「えっと、先輩がバイトしてるのって翠屋ですよね。私でよければお手伝いします!」
「ホントか!助かるよ。人数足りなくて途方に暮れてたんだ。よろしく頼む。」
Pi
俺は電話を切り、早速桃子さんに増援の事を知らせに行った。
「2人とも大丈夫だそうです。」
「ホントに?よかったわ、これで何とかなりそうね。」
「そうだね、午前中だけなら何とかなるかも。学校が終われば美由希もなのはも手伝ってくれるだろうし。」
確かに学校が終われば美由希ちゃんにヘルプ頼めるし、場合によってはなのはちゃんに手伝ってもらえるから、大変なのは午前中だけだと思うけど………何となく嫌な予感がするなぁ。
「すいません。凌に呼ばれて来たんですが。」
しばらくして、頭にカチューシャを付けて、以前俺が買った服装でリニスはやってきた。
「あ、あなたが凌君の言ってた助っ人ね?」
「はい。凌の従姉の藤見 凛です。」 (親戚で『リニス』という名前は変でしょうからこの名前で呼んでくださいね?)
いきなり違う名前名乗ったからビックリしたけど、念話で言われたことを聞いて納得した。
確かに俺の親戚でリニスの名前はおかしいよな
名前の事なんてすっかり忘れてたよ。けど流石リニス、来る途中に考えてくれてたのか。
「とりあえず、翠屋の制服に着替えてきて貰おうかしら。フィアッセ、案内してあげて?」
「わかったわ、桃子。それじゃあリンさん、ついて来てね?」
「はい、よろしくお願いしますね。フィアッセさん。」
「今日一日よろしくね?リンさん。」
2人はそう言って更衣室に入って行った。
「す、すいません!遅くなってしまって。寮の皆さんにお土産を頼まれてしまって、希望を聞いてたらこんな時間にっ。」
リニスが仕事に加わってから約30分後、那美ちゃんが息を切らせながらやって来た。
ちなみに、飲食店でのバイトのため久遠はついて来ていない。
兎に角、これで4人揃った。
とりあえず、これで午前中は凌げるだろう。
……………俺の考えが甘かったorz
見事に嫌な予感が的中しましたよ。
午後12時となった今現在、俺たち4人はあまりの忙しさに目を回していた。
簡単に説明すると……
リニス(凛)+ 那美ちゃんがウェイトレスに加わる。
↓
どちらも相当の美少女のため男連中が噂を聞きつけ殺到。
↓
客(主に男性客)の人数がどんどん増える。
↓
俺たち涙目。
だいたいこんな感じだ。
しかし、これは拙い。
高町家の長女と次女が帰ってくるまで残り約3時間。
それまで4人だけでこの危機的状況を乗り切れと言うのか!
みんな疲労気味で、フィアッセさんは漫画のように目を回しながら注文取ってるし、リニスは忙しすぎて、隠してる尻尾が見えそうになっているのに気付いてない。那美ちゃんは時々こけて額を床にぶつけて赤くしているし、桃子さんの顔からはいつのも笑顔が消え、必死にお客さんからの注文に応えている。
これであと3時間も持たせろと?
無理じゃね?
と、その時、
「こんにちはー。」
唯でさえ忙しいのにこの上まだ増えるのかっ!
俺は新たに店に入ってきたお客さんの方を振り向く。すると…………
「やっほー、藤見君。約束通り来たよー。」
夏休みに友達になった月村忍と、そのメイドのノエルの姿が有った。
というか、約束?そんなのしたっけか?
・・・・・・あ、そういえば。
~回想~
あれは、秋休みに入る直前のある日の休み時間の時だっただろうか。
夏休み以降、俺と友達になった月村は、最初は俺とだけ会話していたのだが、いつしか高町や赤星と自然に会話を交わす仲になっていた。
なお蛇足だが、高町は原作通り月村の名前を覚えていなかった。
「ねぇねぇ、藤見君って何かバイトでもしてるの?」
「ん?何でそんなこと聞くんだ?月村。」
「だって、前に女物の服買ってたじゃない。結構高そうな服だったからバイトでもしてるのかなーって思って。」
よくそんな事を覚えてるやつだな。いや、それよりそんな言い方したら……
「………藤見、お前。」
「………そんな趣味が有ったのか。」
あ、やっぱりねー。お約束な反応ありがとう。ふっ、でもやっぱりクルなぁ、友人にそういう目で見られると。
「従姉に頼まれて買いに行っただけだ。断じて俺にそんな趣味はない。はぁ、月村も誤解を招くような言い方をしないでくれ。」
「えへへ、ゴメンゴメン。」
「驚いた。友人としてどうやってお前の歪んだ趣味を矯正しようか考えるところだったぞ。」
「ああ、まったくだ。心臓に悪いったらないよ。」
おい、そこは「お前はそんな奴じゃないと信じていた!」とか、そういう台詞を言うべきじゃないのか。
しかも高町、何だ矯正するっていうのは、女物の服買っただけでそんな仕打ち受けなきゃならん位に俺の事を変態だと認識したのかお前は!
「とりあえず、後でじっくり語り合おうか2人とも。」
「うっ。」「すまなかった。」
「まぁまぁ、それで?話を戻すけど、どうなの?バイト。」
「原因を作ったのはお前だ!」とツッコミたい。けど、それやると話が進まないしな。自重するか。
「翠屋って喫茶店でバイトしてる。ちなみに高町の両親が経営してる店な。」
「へぇ~そうなんだ。あ、じゃあ今度ノエルと一緒に行ってもいい?」
「何がじゃあなのか分からないけど客として来るんなら別にいいぞ。」
「ホント!?じゃあ近い内に行こうかな。」
「月村さん、店の場所は分かるのか?」
「あははー、大丈夫大丈夫。ノエルに送ってもらうから。」
赤星の問い掛けに笑いながら答える月村。
そういや、ノエルって車の免許持ってたっけか。
「それじゃあ今度藤見君のバイト姿を見に行くとしますかー!」
~回想終了~
ガシッ!
俺はその事を思い出してすぐに月村とその一歩後ろに控えているノエルの手を掴んだ。
「へ?あ、あの、藤見君?」
「藤見様どうかなされましたか?」
そして俺は彼女たちの顔を真っ直ぐに見つめ、
「頼む!今日だけで良いからこの店手伝ってくれ!」
そう、言ったのだった。
「いらっしゃいませ~!」
2人は初めこそ驚いていたものの、事情が分かると2つ返事でOKをくれた。
というか、ノエルの働きっぷりが凄い。
流石は月村のメイドというべきか、行動に1つのミスもない。
月村も、バイトした事ないという割には俺が少し指導しただけですぐに仕事を覚えたしな。
何て言うか、やっぱ廃スペックだな、この2人。
ちなみに、フィアッセさんは人数が増えて余裕ができたためかいつも通りの見てるとこっちまで幸せになるような笑顔を振りまいている。
那美ちゃんは………転ぶのは相変わらずなんだけど、あの笑顔見てると元気になってくる感じだ。
そういや、那美ちゃんってちょっとドジっ子だったよね。今までそんなとこ見たこと無かったから忘れてたよ。
リニスは、桃子さんに頼まれて厨房の方を手伝いに行った。
指導の方は、最初は俺が那美ちゃん、フィアッセさんがリニスに仕事を教えていたのだが、リニスが厨房に行ったので、今は俺が月村、フィアッセさんが那美ちゃんの補助をしている。
まぁ兎に角、これで何とか閉店まで持つだろ。
その後、桃子さんからのメールを見た美由希ちゃんがヘルプに入り、なんとか閉店時間まで持たせられた。
「皆ご苦労様。ゴメンね?まさかこんなにお客さんが来るとは思わなかったから。」
「疲れた~、みんなお疲れ様。」
何かと忙しかった1日が終わり、桃子さんとフィアッセさんが皆に感謝の言葉を告げる。
俺は無理言って手伝って貰った那美ちゃんと月村とノエルに謝罪しなきゃなぁ。
「お疲れ様です先輩。」
「那美ちゃんもね。今日は無理言ってゴメンな。」
「いえ、結構楽しかったですよ?」
「そう?それより大丈夫か?転んだ時に派手におでことか床にぶつけてたけど。」
「大丈夫ですよ。慣れてますから。」
まさか、あそこまで忙しくなるとは思わなかったので、軽い気持ちで誘ってしまったことを後悔していただけに那美ちゃんの言葉は嬉しかった。
「それじゃあ先輩、さようなら。偶にはさざなみ寮にも遊びに来て下さいね?」
「機会が有れば遊びに行かせて貰うよ。」
「クスッ。もう、先輩ったらそればっかりなんですから。いつになったらその機会が来るんですか?」
那美ちゃんはそう言って苦笑した後、さざなみ寮へと帰って行った。
「今日はホント助かったよ月村、ノエルさん。」
「んー、バイトしたの初めてだったし、結構楽しかったからお礼なんて言わなくていいよ?。まぁ…いきなり手を握られたのにはビックリしたけどね。」
「お気になさらず。」
「まぁ、そうそうこんな事はないと思うからまた来てくれると嬉しい。」
「じゃあ今度こそお客さんとして来ようかな。ケーキも美味しそうだったし。」
「その時は私もご一緒して宜しいでしょうか、お嬢様。」
ノエルがその言葉を発した途端、月村が驚いた顔をした。
「何で驚いてるんだ?」
「あ、ノエルってあんまり自分のやりたい事とか言い出さないのよ。だからチョットね。」
「先ほど高町様に頂いたシュークリームを再現してみたいと思いまして。」
そういやヘルプに来てくれた人達に1個ずつ渡してたな桃子さん。
「あぁ!あのシュークリームかー。確かに美味しかったよね。あんなに美味しいの初めて食べたもん。」
「ここの目玉商品だしな。それに、旦那の士郎さんと出会ったのもあのシュークリームが切っ掛けらしい。」
「へー!何かいいなぁ、そういうの。」
「お嬢様、そろそろ帰らないとすずか様とファリンが心配します。」
「あっと、それもそうだね。またね、藤見君。」
「おう、じゃあな月村。」
月村はそう言うと、ノエルと共に車に乗って帰って行った。
月村に別れを告げた俺は、桃子さんたちと話をしているリニスのところに行った。
「おーい!リニ……じゃなかった、凛!そろそろ帰るぞー!」
あぶねー。偽名使ってたの忘れてた。
「はい。それでは桃子さん、フィアッセさんに美由希さんも、さようなら。」
「今度はお客さんとしてきてね?リン。」
「ええ、次に会えるのを楽しみにしてますね、フィアッセ。」
どうもリニスとフィアッセさんは友達になったっぽい。
仲良く笑い合ってるし。
「では帰りましょうか。」
「だな。じゃあ皆さん、さようなら。」
そうして俺たちも自宅への道を歩いて行った。
後書き
体調崩したり、リアルが忙しかったりして中々執筆する時間がとれませんでした。
何とか時間を見つけて書いたのですが、いつにも増してのgdgdっぷり。