対岸の見えないほどに幅の大きな川。
彼岸花の咲き誇る川岸の真ん中で、彼はいつもの服装で立ち尽くしていた。
「……ここどこ?」
ここがどこなのか福太郎にはわからなかった。
「えーっと……俺はいつも通り人里で絵描きの仕事をして居候先の稗田屋敷に帰って、飯食って風呂入って寝たはず、やんな?」
彼は異常事態に首をかしげながら、それでも冷静にゆっくりと己の直前の記憶を手繰り寄せる。
しかし手繰り寄せたのだが結局自分が何故こんなところにいるのかはわからず、困惑はさらに深まる事になるだけだった。
「紫さんがまたなんかしたんかな?」
幻想郷での友人知人でこういう事をやりそうな人物筆頭の顔を思い浮かべながら、彼はきょろきょろと周囲を見回すも咲き誇る彼岸花と緩やかな流れの川が目に入るだけだ。
「どないしよかな、この状況」
困ったように後頭部を掻きながらぼうっとしていても仕方ないと思い直し、福太郎はとりあえず川の方へと歩き出した。
当てがあるわけではないが、何もしないよりはいいだろうと。
福太郎は歩きながらも周囲を観察し、あることに気付いた。
自身が考えていた以上にこの川が巨大な物だということである。
福太郎は幻想郷で様々な場所を練り歩いてきた。
名前だけしか知らないような場所も沢山あるが、対岸が遠すぎて見えないほどに川幅がある巨大な川があるとはついぞ聞いたことがない。
これほど巨大な川がどこから流れているのか、なにか見たことの無い生物が川の中から顔を出したりするのだろうか。
次第に彼の思考は自身の置かれた状況を思考の隅に追いやり、得体の知れない川があるこの場所への好奇心で満たされつつあった。
「そんでも説明してくれる人ぐらいおるとええんやけどなぁ」
暢気な願望を口にしながら、自身の動じなさに苦笑いする。
彼にとってそれはただの独り言で誰かに聞かせるつもりなどない愚痴だったのだが。
「おや、そいつは丁度良いね」
「はぃっ!?」
応える声が頭上からあった。
素っ頓狂な声を上げ、声の方を見上げる。
そこにいたのは身の丈ほどの大鎌を肩に担いだ癖のある赤毛の女性だった。
髪をツインテールに結び、赤い瞳は好奇心を隠そうともせず福太郎を映している。
半袖にロングスカートというやや奇抜な着物に腰巻きという、咲夜やレミリアなどに比べれば遙かに幻想郷にマッチした服装をしたその人物は福太郎の目の前に鮮やかに着地した。
「やぁ、新しいお客さん。水先案内人だよ、っと挨拶してみたが……あんたどうにも色々と『はっきりしてる』ようだねぇ? 死人っぽくないよ」
「死人っぽい? 俺って今、そんな顔色悪いんかなぁ?」
自分の顔をぺたぺた触る彼に、女性は江戸っ子気質な明るい笑みを浮かべた。
「あはは、違う違う。いやここに来る人の場合、死人っぽくない方が問題なんだけどね」
「んーっ? ようわからんなぁ」
女性の謎かけのような言い回しに福太郎は首をかしげながら考え込む。
情報が少なすぎてどうにも判断できない為、すぐに話を切り替える為に胸の前で軽く手を叩いた。
「まぁせっかく会えたんやし自己紹介でもしよか、気っぷの良いお姉さん?」
女性は福太郎が片目をつむり、おどけたように言った言葉に声を上げて笑った。
「はははっ、そいつもそうだね」
「俺は田村福太郎。人里で気楽な絵描きしながらのらりくらり暮らしとるよ。ああ、たまに教師もしとるね」
提案した側として福太郎は先に名乗った。
すると彼女もまた返礼として名乗りを上げる。
「アタシは『小野塚小町(おのづかこまち)』ってんだ。ここ、三途の川の渡し守をやってる死神さ」
彼女の持つ肩書きとようやく判明したこの場所の情報の内容に、福太郎は色々な驚きを内包した叫び声を死者が必ず辿り着く場所に轟かせる事になる。
『小野塚小町(おのづかこまち)』
本人が名乗った通り、三途の川で船に死者を乗せて彼岸へと運ぶ船頭。
あっけらかんとした江戸っ子気質で陽気な話し好き。
いつも喋れない幽霊を相手にしているためか、一方的に話すことが多く上司に影響されてかやや説教くさい一面がある。
しかし彼女の最も特徴的な部分はそこではない。
彼女は極度のサボり魔であり、隙を見ては仕事を放り出して昼寝をしたり幻想郷を散歩したりするのだ。
自身の『距離を操る程度の能力』を駆使してサボる事も珍しくないというのだから筋金入りと言っても過言では無いサボりっぷりと言えるだろう。
その事でよく上司の説教を受けているのだが、かつて異変の切っ掛けとなったにも関わらずその悪癖が改善される兆しは見えない。
これが話し好きの死神と生きる事に執着し死を常に意識している人間の初遭遇だった。
今日も今日とて三途の川は通常運転という奴だった。
何体かの幽霊を川の向こう岸まで送り届けて、今日の所はこんなもんだろうと幻想郷にサボりに行こうって思って持ち場を離れて空を飛ぶ。
特に急ぐような事もないからってのんびり幻想郷目指して飛んでいたら、彼岸花が群生している場所で魂じゃなく完全な身体を持ったままの人間を見かけた。
前に起きた異変で何人かの人間が生身でこの場所に現れた事があったけど、今下にいる男にはそいつらのような強さは感じ取れない。
「仮死状態になってここに迷いこんじまったってところかね?」
男の事情を予測しながら近付く。
放っておくわけにはいかないという気持ち半分、良い暇潰しになりそうだという気持ち半分。
そんな軽い気持ちで男に声をかけた。
話しかけてみると何がどうしてこうなった、ってわかりやすく顔に出して困惑するような、本当に普通の人間だった。
普通の人間のはず、なんだが。
「(嘘だろう?)」
その男の異常性にすぐに気付いたアタシは内心ひどく混乱していた。
死神には対象の死を感じ取る、読み取る力がある。
その感じ方は死神によって異なるが、共通するのはどんな経緯を辿るのであれ『死にそうな生物』がいたならば見るだけで、あるいは接触すればすぐにわかるんだ。
だってのに今、目の前にいるこいつは。
「(なんでこいつ、寿命が小刻みに変化してるんだ?)」
驚愕を表に出さないようにするのにひどく神経を使った。
こいつはここが三途の川だと言うことに驚いて悲鳴のような叫びを上げていたが、叫びたいのはアタシの方だ。
何か特別な力、それこそ八雲紫みたいな能力を持っていれば寿命を誤魔化すなんて事も可能だろうけど。
けどそんな力どころか霊力すらも感じ取れない人間が、こんな異常と言える寿命をしているなんて、自分の力ながら故障でもしちまったのかと疑った。
「三途の川なぁ。俺、ようわからんが死んだってことなんかね?」
「あ~、いや。多分、仮死状態なだけだと思うよ? 死んでここにくる時って魂だけなのが普通だからさ。生身のまま来るってんなら話は別だけどお前さんはそんな事出来ないだろ?」
知らない間に死んだかもしれないって言うのにこの落ち着きよう。
魂だけになった人間だって自分の死を受け入れられない奴は多い。
そういう奴を宥めたり、説得したりって言うのも水先案内人たるアタシたちの務めなんだけど。
こいつは自分が置かれている状況を飲み込めない馬鹿だとは思えないし、現実逃避しているようにも見えない。
つまり福太郎はいきなり現れたアタシの説明を信じて、今の自分の状況を理解した上で落ち着いていると言うことになる。
偶にいる捨て鉢になって死んだ自殺志願者、つまり自分から死ぬことを受け入れた連中なら早く連れてけとか言うくらいには落ち着いているけど。
どう見てもそんな連中の同類とも思えないし。
「いやに落ち着いてるねぇ、福太郎。死んだかも知れないっていうのに」
どうしてもわからなかったんでアタシは直接聞いてみることにした。
「ん~、まぁ生きられる間は生きたいって思っとるからなぁ。死んだならそれはそれで仕方ないっちゅーか。まぁ進んで死にたいとは思わんけどいつ死んでもいいって思って生きてるから落ち着いてるように見えるんちゃう?」
言葉を選びながら自信なさげに答える福太郎の態度は、その言葉を証明するように平静そのもので。
「あ~、なるほどねぇ」
アタシは初対面であるこの男の生死の感覚が『そういうもの』なんだという事を、自分でも驚くほどあっさりと受け入れていた。
「お? わかってくれたん?」
「ああ。あんたが霊夢以上の変人だって事がわかったよ」
「ええ~」
不満そうな声を上げる福太郎。
子供っぽい態度に思わず笑ってしまう。
「というか小野塚さん霊夢ちゃん知ってるんか?」
「小町でいいよ。むず痒くなるからさん付けもなしで。でね。霊夢とは以前の異変であいつら三途の川渡ってアタシの上司の閻魔様のところまで行ったんだ。その時、仕事の一環で弾幕勝負したんだよ。まぁ負けたけどさ」
「ああ、幻想郷的コミュニケーションかぁ」
霊夢と出会った時のことを簡単に教えたら、なんか明後日の方向に遠い目を向け、アタシにもそのなんとも言えない視線を向けた。
おいおい、なんだいその呆れつつも生ぬるい感じの視線は。
「なんだい? なんか文句でもあんのかい?」
ちょっとその視線にいらっとして口を尖らせて凄んでやる。
「い~や、べっつにぃ~」
けれどこいつは柳に風とばかりにわざとらしく口笛を吹いてそっぽを向いた。
この野郎、もうちょっと脅かしてやろうかい。
そう思って行動するよりも早く。
福太郎の身体が透け始めた。
「おお!? 俺の身体が透けとる!?」
なんでそんな興奮してるんだい。
普通ならもっと不安がるだろうに。
透け出した身体を触って「おお、感覚あるんやな!」とか楽しそうにしてるし。
「どうやら仮死状態からは脱したらしいね。出来ればもうほんとに死んだ時以外は来るんじゃないよ?」
「まぁ確かにそう何回も来るところと違うわなぁ、三途の川なんて。小町、話し相手ありがとな」
礼を言い切ると福太郎の身体は完全に消えてしまった。
「はは、お礼とか律儀だねぇ。まったく変な奴だったよ」
いろんな意味でね。
「はぁ。なんだか出鼻を挫かれた気がするねぇ。仕方ないから仕事に戻るか」
マイペースで妙な価値観を持つ変な人間。
そんな人間と出会った事を記憶の片隅に残してアタシは仕事に戻っていった。
この後、アタシは鴉天狗の文屋から押しつけられた新聞であいつがこの幻想郷で何をしていたかを知る事になる。
それからアタシは仕事をして仕事をさぼって上司の映姫様に説教されるといういつもの日々を繰り返した。
あの日出会った変人はあれから姿を見せない。
まぁ仮死状態なんてそうそうなるもんでもないし、次にここで会うのは本当に死んだ時だろうってそう思っていたんだけど。
あいつの事を思い出すと『寿命が変動している』という見たことの無い異常性が引っかかってしまう。
次にあいつが生きている時に会えたらその時には思い切って聞いてしまうのもありかもしれないねぇ。
なんとなくそんな事を考えながら過ごしていた。
アタシは今日、人里にいる。
偶々、今日のサボりは散歩がてらに人里まで出向こうって思っただけだ。
別にあの新聞読んで福太郎に興味持ったとかもうじれったいし直に会ってやろうとかそーいうんじゃないから。
なんて言い聞かせながら久方ぶりの人里で蕎麦を啜る。
横の壁に立てかけてある大鎌とアタシの姿を見てぎょっとした顔をする住人たち。
アタシの正体に気付いた人間はすぐに何も見なかった事にして去って行く。
まぁ好き好んで死神と関わるような人間はいないだろう。
ただでさえ死神の存在その物が生きている者からすれば忌避されるってのに、どうにも人間たちはアタシらを好き勝手に命を刈り取る存在だとか勘違いしているのが多いし。
「寿命が来ている人間のお迎えならともかく、そうでなければ別に何もしないってのにねぇ」
ちらりと立てかけた身の丈を越える大鎌に視線を送る。
これが武器として使用されるのは寿命による死を拒絶した者を相手取る時か、何らかの理由で未練を残したが為に地上から離れられなくなった霊の呪縛を断ち切る時のみだ。
まぁ最近は弾幕勝負の流れで格闘した時とか使ったりもしたんだけどさ。
遊びの延長だし許される許される。
とはいえ生きている者は本能的な所でアタシら死神を避けちまうのは至って普通の反応だ。
弾幕勝負が出来るぐらい生き物として強い奴ならいざ知らず、そこらの人間じゃ距離を取るのも仕方ない事。
こうして普通に蕎麦を出してくれる店があるのも、割と稀なんだから。
「おばちゃーん、掛け蕎麦一つよろしくー!」
「あいよー、福太郎ちゃん。空いてる席で待ってな」
「はいな」
埒もない事を考えていると聞き覚えのあるのんびりした声が聞こえてきた。
そちらに視線をやれば偶然にもそいつとばっちり目が合う。
そいつは驚いて目を丸くしたけど、すぐにふわりと笑った。
生者からすれば、絶対的に忌避される死の気配を纏う死神を相手に、だ。
「お? 小町やん。俺がそっちにお邪魔して以来やね」
「よ、福太郎。彼岸一歩手前まで来た割には元気そうで何よりだよ」
誰かが聞いていたら自分の耳を疑うか、思わず聞き返すだろう発言をしながらアタシたちは再会の言葉を交わした。
「いやぁ死神って普通に下界に来るんやなぁ」
「まぁね。仕事がなけりゃ暇だし、アタシたち」
ここで会ったのも何かの縁って言って相席して食事を終え、蕎麦処を後にする。
サボりに来ただけで特に用事もなかったアタシは、これから絵を描きに行くという福太郎に付いて行く事にした。
福太郎はアタシの話に相槌を打ちながら視線を忙しなく周囲に走られる。
聞いてみると絵を描く場所をどこにするか考えているという答えが返ってきた。
しかしアタシの話を聞き流しているという事ではなくて、返事や質問やらが話す都度にきっちり返ってくるのはなかなか嬉しいねぇ。
船頭として三途の川を渡す相手である魂、幽霊はそのほとんどが喋れないから一方的に話すことが多いんだけど、こいつは聞き上手というかなんというかともかく話す側が気持ち良い返し方をしてくれる。
前はあんまり話す時間はなかったけど、この打てば響く感じはなかなかいい。
「(それにしても……)」
隣を鼻歌混じりに歩く福太郎を盗み見る。
「(やっぱり寿命が常に変動するのは変わらないか)」
もしかしたら三途の川に生身で現れた事が妙な事象を生み出したんじゃないかって考えていたんだけど。
そんなわけではなく、こいつ自身の特異体質だったみたいだ。
だとしたらなぜそんな事になっているのか、今まで見たことの無い事象がなぜこいつに起きているのか、その精神性はどこから来ているのか。
アタシはこれまでずっといろんな魂と出会ってきた身としてすごく興味があった。
「今日はここがええかな。小町、俺はここで一日潰すけどお前はどうするんや?」
「そうだねぇ。ま、休暇みたいなもんだけど何か特別したいことがあるわけでもない。だからあんたが良ければもう少しご一緒してもいいかい?」
「俺は構わんけども……別に見てて面白いもんでもないと思うけどなぁ。それで小町がええんやったら俺は別にええけど」
「ありがとさん」
首をかしげながら福太郎が組み立て式の椅子に座り、絵描き道具を並べていく様子を少し離れた場所にある木に寄りかかって見つめる。
両手を合わせて四角を作り、その中から景色を覗き込むようにして周囲を見回す。
自分を中心にぐるりと一周するから当然、アタシにも視線が向けられた。
楽しげでありながら、とてつもなく真剣な瞳と目が合った。
天狗の新聞で見たあの瞳と目が合った。
「――っ!」
その瞳にアタシは思わず背筋を伸ばして木に寄りかかるのをやめていた。
正直絵を描く時の福太郎を舐めていた。
敵意じゃない、もちろん害意もない。
ただただ真剣に、真摯に物を見るという意思の宿った福太郎の視線。
それはアタシに『やってきた者の罪を裁き白黒はっきりつける時の映姫様』を連想させた。
人の罪その須くをつまびらかにし、その者を裁定する閻魔である映姫様。
死後の運命を司る彼女に間違える事は許されず、誰よりも公平に罪と向き合い罰を下さなければならない。
そんな映姫様と福太郎が被って見えた。
思わず冷や汗が流れ、生唾を飲みこんでしまう。
「(こいつ、こんなにも真剣になれる奴だったのか……)」
それは三途の川での僅かばかりの会合と新聞ではわからなかった物。
アタシは改めて目の前の男に興味を持った。
「なぁ福太郎」
「ん~~。なんや、小町」
新聞で見た鉛筆とやらで紙に何かを描いていく福太郎。
仕事中だから無視されるかも、と思っていたけどそんなことはなかった。
手を止めてわざわざアタシの方に振り返ってくれたのには申し訳ない気持ちが沸くが、こっちも好奇心が抑えられない。
悪いとは思うけど、こっちの都合を優先させてもらおうか。
「あんたはさ。死ぬことについてどう考えてるんだい?」
「へ? なんや唐突やな」
そう言いながら福太郎は鉛筆を置いて椅子ごとアタシに向き合った。
どうやら描く片手間に答えるんじゃなく、ちゃんと向き合って答えてくれるらしい。
どうしてこいつは、相手がして欲しいことに気付くんだろう。
無意識でやってるっぽいから、天然の人たらしだね。
こいつの自然な態度に気分良くなって絆された奴が絶対いるな、これは。
「唐突でも無いさ。あんたはあの時、自分がいる場所が三途の川で死んでるって聞かされても、それをしっかり受け入れていただろう? 生きてる間は生きて死んだらその時はその時ってな風に言ってたし。その事でもうちょい掘り下げて聞きたくなったのさ」
「ああ、そんな事も言うたなぁ」
思いだして恥ずかしくなったのか困ったように眉を下げて頬を掻きながら椅子の背もたれに寄りかかって空を見上げる。
「俺な、ちょっと前まで死にたかったんよ」
気の抜けたような声音で福太郎は語る。
「へぇ、そいつは驚きというか納得というか」
たぶんこいつの知り合いが聞いたら大層驚くんだろう。
今日、ほんの少しだけ一緒にいただけのアタシでも、こいつが日々を楽しんでいるのがわかったから。
ただ死をも受け入れる事が出来る人間であることをアタシは知ってる。
だからまぁ死にたがっていたなんて聞かされても驚くほどじゃない。
むしろそこから今の姿勢になったってんなら逆に納得ってもんだ。
「色々な事が起きてこんな世界じゃ生きていけないって思って、何度も死のうとした。死ねんかったけどな」
思い返しながらゆっくりと語る様子は独白めいていてアタシに聞かせると言うよりも自分に言い聞かせているように思える。
「そんな後ろ向きな俺にも転機があった。色んな人妖に遭ったわ。そんで妖怪の友人に最近言われたんよ。『三ヶ月、もって半年。お前は死ぬ』って」
流石のアタシもこれには驚いた。
だってまさか寿命の宣告を受けているだなんて思わないだろう?
こいつの特異体質を肌で感じ取ってその寿命が読み取れないアタシからしたら尚更だ。
「俺はその時から、死ぬその時まで精一杯生きようって思うようになった」
絵を描くときと同じ真剣な眼差しがアタシを射貫く。
アタシも福太郎から目を離さず、余計な口を挟むこともなかった。
口を挟んではいけないって、そう思ったから。
「幻想郷に来てこっち三ヶ月はもう過ぎてて、なのに未だに死ぬ予兆らしいもんはないんやけど。もし仮に半年過ぎても生きていたとしても今更この考え方は変わらん。いつ死ぬかわからんなるならいつ死んでもいいように毎日生きるだけよってな」
そう言ってまるで子供のように屈託無く笑う福太郎に、アタシも釣られて笑った。
「ああ、まったく。良い男だね、あんたは。惚れちゃいそうだよ」
茶化すように言ってやるとあいつは吹き出した。
「ふはっ! 小町みたいな別嬪さんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ」
「そうだろ。死神が気に入ったって言ってんだ。光栄に思いなよ」
そう死神であるアタシが『惚れ込んだ』なんて言ったんだ。
それはつまりお前さんの死を見届けてやるって言うことでもあるんだよ?
アタシたち死神から生者に向ける最上級の賛辞で敬意を表してるんだ。
流石にこっぱずかしくてこんな事、本人に言ってやるつもりはないけどね。
「あんたが死んだらアタシが迎えに行ってやるから安心しな」
「ははは、死んでも知り合いに迎えに来てもらえるなんて贅沢やね、俺は」
「おう、幻想郷じゃ滅多に見れないくらいには贅沢者さ」
茶目っ気たっぷりにそう言ってやるとあいつは心底嬉しそうに笑った。
まったく大した『たらしっぷり』だよ、福太郎は。
そしてアタシはこいつの特異体質について、こいつ自身に話す事はなかった。
寿命を宣告した妖怪がどういうつもりで『もって半年』だなんて言ったのかはわからないけど。
こいつとその妖怪には確かな絆ってもんがあるってのが話してる様子でわかったから。
それを踏まえて、さらにこいつの考えを聞いた後に問いただすのは無粋なような気がしたからだ。
「しばらくサボりの頻度が増えるかもしれないねぇ」
あいつはいつ死ぬかわからない。
そんなあいつの死に際に迎えに行こうってんなら定期的に様子を見に行くくらいはしないと。
映姫様、すみません。
サボった分はきっちり仕事しますんでしばらくの間は大目に見てください。
本人を前にしたら絶対に言えない言葉を今も仕事中だろう上司に向けながら、アタシはこれからも関わる事を決めた人間との日々に思いを馳せた。
まさか次に顔を見せた時に『迎えに来てくれるお礼』だなんて言葉と共に自分の絵がもらえるなんて思いもしなかったねぇ。
楽しげに小舟を漕ぐアタシの顔は自分で思うよりもずっと楽しく笑っていた。
こんな良い物をもらっちまったらこっちも本気で応えなきゃならないね。
映姫様にこいつの事を話すのもいいかもしれない。
きっとあの方も興味を持つはずだから。
死神は死を受け入れ生を謳歌するという難解な生き方を実践する絵描きと縁を結んだ。
僅かな会合で彼女がここまで惚れ込んだ希有な人間。
そんな初めての人間との刹那の一時を楽しもうと、死神は明るく笑い話の種を思い浮かべるのだ。
絵描きは姉御肌な死神の気安い態度に安心感を覚えた。
気軽に接しているようで距離を保つそのあり方は彼にとって文や妹紅と同じ物を抱かせる。
あの世界の人外の友人に抱いていた気安さを。
そして小町に語った事で改めて己の考えを噛みしめ心に誓うのだった。
これは迷い込んでしまった絵描きと三途の川の渡し守の物語。
あとがき
大変長い間、更新を停止してしまい申し訳ありませんでした。
作者の白光でございます。
今回は小町のお話となりました。
死神故に感じ取れる福太郎の異常から始まり、彼女が以下に彼に興味を抱き、彼を知っていき、仲を深めていく経緯を書きました。
楽しんでいただければ幸いです。
さて三年もの間の更新停止につきましてですが長い闘病生活からのようやくの復帰となります。
ブランクは長い、モチベーションは上がらない。
正直なところ書き方も忘れてしまった感が強く、今回の投稿も怖くて仕方がありませんでした。
とはいえ始めた事は可能な限り続けたいと思っております。
読んでいただく方々には一年以上更新されない事もありえると認識してたまに覗いてくださっていただければと考えております。
こんな作品ですが、今後ともよろしくお願いいたします。
この物語を読んでいただきありがとうございました。
また次の機会にお会いしましょう。
初版 2017/05/13
改版 2017/12/30