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No.11414の一覧
[0] 【報告とお礼のみ更新】ログアウト(オリジナル/現実→ネットゲーム世界)[検討中](2011/11/13 15:27)
[1] 第一話 ログイン[検討中](2011/11/12 19:15)
[2] 第二話 クエスト[検討中](2011/11/12 19:15)
[3] 第三話 でたらめな天秤[検討中](2011/11/12 19:16)
[4] 第四話 特別[検討中](2011/11/12 19:16)
[5] 第五話 要らない(上)[検討中](2011/11/12 19:16)
[6] 第六話 要らない(下)[検討中](2011/11/12 19:16)
[7] 第七話 我侭(上)[検討中](2011/11/12 19:16)
[8] 第八話 我侭(下)[検討中](2011/11/12 19:17)
[9] 第九話 飛び立つ理由[検討中](2011/11/12 19:17)
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[11414] 第七話 我侭(上)
Name: 検討中◆36a440a6 ID:66e23c0e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/11/12 19:16
 言わなくてて済んだと言うべきか、それこそ機会を逸したと考えるべきなのかもしれない。
 半ば見慣れた夢の中から現実へと意識を引き戻したのはすっぽかしパラディンではなく、音もなく馬車へ乗り込む何者かの気配だった。
 薄く目を開けて確認すると小柄な人影が俺達をじっと観察している。
 しかし見ているだけでは埒が明かないと考えたのか、俺の隣で眠る彼女へと忍び寄り、そっと身を寄せて――


「……桂木、親しき仲にも何とやら、とか言うんじゃないのか」

「ふぇっ!?」

 思いっきり麻衣の匂いをかぎはじめた侵入者に思わず突っ込んでしまった。
 いや、桂木が何を意図したのかはわかる。
 心配する気持ちも、気になる気持ちもわかるのだが、行動がおかしい。

「いえその、麻衣に何かあったらどうしよう、と思いまして」

「……判断基準が匂いって女としてどうなんだよ」

「何言ってるんですか! 女の子は誰だって匂いに敏感なんですよ!」

「嫌な世の中だな……」

 本当ですって、と続ける桂木には悪いが匂い基準な人は少数派だと思う。
 幸い、なのだろうか。良くも悪くも制御できる俺の眠気は簡単に飛んでくれる。
 軽く身を起こして服を着たままの姿を見せ、桂木と視線を合わせた。

「ほら、昨日は何もなかったぞ」

「みたいですねー。残念です」

「残念って……いや、何か起きてたらどうするつもりだったんだ?」

「それを理由に健先輩にも覚悟を決めてもらおうかなと」

「……悪いな、俺達が奥手なせいで」

 思わず謝ってしまった俺に桂木はいえいえと首を振ったが、本当にこちらが悪いんだろうか。
 返事は保留されているはずだが努力を禁じられているわけではないらしい。
 元の世界に戻るまで健一は桂木を抑え続けられるのか、何となく親友の冥福を祈りたくなった。

「ん……ぅ……」

「麻衣、起きたか?」

「おはよー、麻衣。山田先輩どうだった?」

 どうって何だ、どうって。
 桂木に突っ込みながら未だに起きようとしない彼女に目を向けた。
 横でこれだけ騒げば普段の麻衣なら目が覚めている所だと思うのだが、起き上がる気配もない。

「もう朝だぞ、起きてくれ」

「……せん……ぱい……」

 肩を揺すってみると一応反応はあった。
 あったのだが、何事か呟きながら身を丸め、俺の腕を抱き込んでまだ寝るんだと全身で主張し始めてしまった。

「……麻衣?」

 呼んでみると伸ばした腕がさらに強く抱きしめられた。
 寝ぼけているんだろう、手のひらが柔らかい部分に思いっきり押し付けられている。
 麻衣は俺の腕に顔を擦り付けるようにして微かに声を漏らした。

「せんぱいの……におい……」

「……ほら?」

「いや、ほらって言われても」

 麻衣に『先輩から栗原さんの匂いがします』とか言われたらどうしようとしか答えようがない。
 そして正直そんな事より、初めて自分の手で感じる男の夢の詰まった部分の感触で頭が一杯だった。
 ただの柔らかさよりも包まれて押し返される弾力を強く感じる。
 抱きしめられた腕に睡眠時独特の暖かさが伝わり、身じろぎのたびに変わる感触と小さな呼気に翻弄される。
 指を動かしていいんだろうか。いいんだろう。いい筈だ。ダメと言われても逆に断りたい。
 昨夜寸止めにしたのが納得いかないと、そういう事なんだろう麻衣。それなら――

「麻衣、丸くなっちゃいましたね」

「……あ、ああ。寝ぼけてる、な」

 強くなったはずの理性を超えかけた何かを第三者が止めてくれた。
 桂木が居なかったら、タイミングよく声をかけてくれなかったら、危なかったかもしれない。
 麻衣に飲み込まれた腕を無理やり引き抜いてみると失った空間を埋めるようにさらに小さく丸くなった。
 さっきから何となく猫っぽい仕草で可愛らしい。

「起きないな」

「起きませんねー。普段もこんな感じなんですか?」

「いや、今まで寝起きが悪いと思ったことはないけど……」

 と言うか、桂木よりも俺の方が麻衣と一緒に寝た回数が多いんだろうか。
 よくよく思い出してみると確かにそんな気もする。
 まだ付き合い始めて一週間も経たないのだから凄いと言えば凄い話だ。
 逆に言えば桂木がどれだけ頑張っているのか、健一も逆にどれだけ頑張っているのかという話にもなる。

「今日はちょっと出るのを遅らせます?」

「んー……それでもいいんだけどな」

 珍しく寝起きの悪い麻衣を見ているとやはり強行軍が過ぎるのかと考えてしまった。
 9時に休んで5時間交代で眠り、7時に活動開始。
 ちょうど良いと言えば良いんだが睡眠時間としては不足気味だろう。
 慣れない馬車の旅、桂木以外は動く馬車の中で居眠りぐらいはできるようになっているが、精神的に落ち着くものでもないだろう。
 普段と違う食べ物、粗末な寝床、時折聞こえるモンスターの声、自分の身を清潔に保つどころか、まともなトイレすらない。
 他にも男の俺には理解できない部分で、女性陣には相当なストレスがたまっているだろう。

 誰に文句をつけられる訳でもない、仲間内の旅だ。出発を昼に設定したって内側に問題はない。
 ただ少しの危険があるだけだ。
 外の三人と俺が交代して、全員をもう少し休ませる。そうするべきかもしれない。

「そうだな、じゃあ……」

「――やっぱり、ダメっ。ほら麻衣、甘えないで起きてっ!」

 言いかけた俺を遮るように桂木が無理やり麻衣の身を起こした。
 それで寝ていられるような人間もなかなか居ないだろう、麻衣はようやくふらふらと動き出した。

「……いいのか?」

 問いかけた俺に珍しく少しの苦笑を返し、桂木は一言だけ答えた。

「帰りましょう、ね」

「そう……だな」

 昨日の事をどう受け止めたのか、麻衣以外のそれぞれに詳しく聞いた訳ではないけれど。
 桂木も桂木で思う所があったんだろう。

「おはよう、ございます……」

「おはよう。先行ってるな」

 まだ寝ぼけた様子の麻衣に手を振って馬車を出た。
 空はもう随分と明るい。一日を始めるには十分過ぎる時間だろう。
 クーミリア以外の追っ手が絶対に来ないとはとても言えない。

 追っ手。そう、追っ手だ。
 今時笑えるような言葉なのに、現実にされると面白い要素が一つもない。
 後ろを気にして、前に怯えて、逃避のような旅が、始まる――




















第七話 我侭(上)


















「おはよう山田君! ね、松風さんどうだった?」

「……おはよう、杏里。麻衣は……ちょっと寝足りないみたいだな」

 だから、どうだったってのは何なんだ。
 朝からテンションの変わらない杏里にシリアスな気分を一瞬にしてぶち壊された。
 向こうからすれば起きて5時間の一番元気な頃合なのかもしれないが、いきなり全開になられてもついていけない。

「ほほー、寝足りないと。寝足りないとおっしゃいますか」

「……そういう意味じゃないぞ?」

 怪しい笑顔を貼り付けて迫る杏里をかわして、地面にそのまま座っていた健一に軽く手を振り、隣に腰を下ろした。
 女性に囲まれて気疲れするタイプじゃないと思っていたんだが桂木と杏里というのは面倒な組み合わせなのかもしれない。
 何となく燃え尽きたような空気を漂わせていた。

「程々にしときなよ、山田。後に影響が出ないようにね」

「何もなかったっての……わかってるんだろ」

「まぁ、ね」

 本当に何もなかったというのは情けない話かもしれないが、それで良かったと思う。
 女二人に囲まれて、背後の馬車がぎしぎし揺れ始めたなら……それは健一にとって余りにも地獄だっただろう。
 何か起こそうとすれば起こせたのは間違いないんだろうが、よくよく考えると踏みとどまってよかった。

 ――起こそうとすれば?

「――あー……」

「山田、どうかした?」

「……まあ、ちょっと」

 麻衣の寝不足の理由が何となくわかった気がした。
 むしろ勝手に納得して寝た俺が無頓着過ぎる。

「えー、でもさ山田君、松風さんの匂いが凄くするよ?」

「――お前もかっ! お前もなのか杏里っ!」

「な、なにっ? あたし変な事言った?」

 俺の知らない女性の生態が証明されてしまった瞬間だった。
 とりあえず話を変えよう。一応戦闘員だけが居るちょうど良い状況だ。

「……で、だ。今日からはちょっと気をつけて進もう。俺が外で、他は中な。杏里、中は任せるぞ」

「えっと、うん。それは平気なんだけど、もしかしてあたし一日中ずっと鎧着てるの?」

「あー……それか」

 気にしていなかったが、言われて見ると杏里は全身フル装備だった。
 非戦闘員二人を守って夜を過ごすというのは結構気を使ったんじゃないだろうか。
 明日からは俺と杏里だけが交代で外に居るとか、その方がむしろ楽かもしれない。

「……盾はまあ出しておいた方がいいんじゃないか。いざって時に入り口が塞げればそれでなんとかなる」

「ん、了解」

 ぽんぽんと鎧兜が姿を消し、杏里は見慣れた騎士の衣装に戻った。
 ご苦労様、と口には出さなかったが、杏里も休めるように日中は何も起きなければ良いんだが。

「おはようございます」

「おはよー、松風さん」

「あ、麻衣ちゃん、おはよう。山田に変なことされなかった?」

「……大丈夫です、何も、してくれませんでした」

 見繕いを終えていつもの姿で出てきた麻衣は、まだ寝ぼけているんだろうか、怒っているんだろうか、開き直っているんだろうか。
 桂木でもなかなか言わない、物凄い問題発言をした。

「そ、そう、良かった、ね?」

「えっと、ご飯にしましょうか」

 後から出てきたシェフ桂木を手伝いに健一と杏里が離れ、一応怒ってはいないらしい麻衣が俺の隣に腰を下ろした。

「…………」

 恨めしげな目で見られても困る。プライド的なものを傷つけたのはわかるが状況的にしょうがない。
 いやまあ、それは後付の言い訳なんだが。

「わかってはいるんですけど、納得できません」

「……ごめんなさい」

 一週間前なら考えられない理由で怒られ、謝っている自分がむしろ信じられないくらいだ。
 こういうのは現実では頻繁にあることなのだろうか。
 後で健一に聞いてみたいと思う。





 朝食はパンを斜めにスライスしてその上に目玉焼きを載せた、どこかで見たことのあるようなものだった。
 驚いたことにマヨネーズもついてきた。実は俺達が起きる前に調理は進めていたらしい。

「卵は常温でも結構長く持つので、多分旅向き……だと思うんですけど」

 まだ町を出て三日目なのだが、ガイオニスはそれほど農業や牧畜が盛んだったようには見えない。
 他の町から馬車で輸送されてきたものが売っていると考えると食材を選ぶのにも気を使うんだろう。
 魔法の野菜なんかもゲームにはあったんだがこんな田舎には売っていないか。
 まあ、腹痛ぐらいなら恐らく治せるから問題ない。もちろん本人を前に口に出したりはしないが。

「まあダメになってたとしても山田君がなんでも治せるから平気だよね」

「……作った人に失礼な事を言うな、杏里。感謝して食え」

「昨日山田君が言ったんじゃん、あたしに!」

 記憶にございません。


 自然と役割が分担されて出発の準備も早くなった。
 人参は食べてくれなかったが飼い葉は食べてくれるらしく、麻衣は馬の世話を。
 桂木が毛布を仕舞い、食器が割れないように積み込むのを杏里が適当に手伝う。
 動いている間に外側で衣類や毛布を干せるようにするのが桂木の野望らしい。
 俺と健一は馬車を点検する。昨日止まった時にやっているが、明るい時間にもう一度。
 麻衣の後ろから馬の体力を回復して、俺の準備は終わりだ。

それぞれ準備が終わったら俺は御者台に、皆は馬車の中に。一声かけて出発する。

「よし、じゃあ行くぞ? 良い……か?」

 馬車の方を振り向くと大きな盾が完全に入り口を隠していた。

「おっけーだよー」

「……頼むからそれはやめてくれ。疎外感が酷い」

「ん、了解」

 盾をどけて顔を出した杏里の笑顔に頭痛を覚えながら、馬に足を進めさせる。
 ぎしぎしと音を立てて馬車はゆっくりと進み始めた。
 これまでのペースなら今日の夕方には次の町、教会都市サイレインに辿り着ける筈だ。








 ずっと下っていた道が平坦になり、むき出しの山肌に緑の色が増え始めた頃。
 襲い掛かってきた猪のモンスター、ステップボアを適当に魔法で駆逐しながら俺は一人限界を迎えていた。
 女性陣にストレスが溜まっているかもしれないと偉そうな事を考えていた朝の俺はどこへ行ったんだろう。
 先に俺の心があっさりと臨界点を超えてしまっている。

「おーい、聞こえるかー?」

「うん? どうしたの、山田」

 後ろの馬車から顔を出した健一を正面から見つめ、俺ははっきりと告げた。

「悪い、暇だ」

「……いや、そんな事言われても」

 入り口に近いところは危ないので全員が馬車の奥の方に引っ込んでしまっている。
 一人の俺に気を使ってか余り騒いでいないが、時折笑い声なんかが聞こえると酷い疎外感があった。
 昨日までは大体ナビシートに誰か居たこともあって――有体に言うと、寂しい。
 精神の能力は相当高いはずなのだが、感情を抑える効果が実は薄かったりするのかもしれない。
 モンスターは雑魚しか居ないし、怪しい人影も見えない。
 誰かに話し相手になってもらう位は大丈夫だろう……と思う。

「じゃあ、麻衣ちゃん呼んで来ようか」

 麻衣じゃなくても良いんだが、何かを言う前に戻っていってしまった。
 まあ杏里を除けば防御力的に一番硬い。安全と言えばまだ安全だ。

「先輩、どうかしましたか?」

 気をつけるように伝えているせいか、辺りを気にしながらそっと顔をのぞかせる麻衣には何とも言いにくいのだが

「いや、ずっと一人だと何かやたらと寂しくて思わず」

「……えっと……ごめんなさい」

 こちらこそ申し訳がない。
 随分なわがままを言ったと思うのだが、それでも麻衣は嬉しそうに微笑んでいる。
 外からは見えない位置に座り込んだ麻衣とどうでもいい話をしながら暇をつぶさせてもらった。





「天空都市、ですか……ラピュタみたいな?」

「あそこまで荒れてないけどな、イメージは結構近い。ゲームの画面だと浮いてるってのは実感しにくいんだけど自分の目で見られるなら一度行ってみたいな」

 別に何を話しても良かったんだが、麻衣が喜ぶのはこういう話だろうと伝えていなかった転職のことや他の町の事を話していた。
 魔法都市でもある、天空都市。実際に大空を飛ぶ都市があるのだから俺個人としては見てみたいと思う。

「まあ空が飛べないと行くのが面倒だから、多分機会はないと思うんだけどな」

「先輩、飛べるんですか?」

「いや、俺は飛べない。空を飛べる動物があれば乗って行けるから楽なんだよ」

「空を飛ぶ……動物に……」

「ペガサスとかフェニックスとか、そういうのな」

「――っ!」

 息を呑んで、恐らくは瞳を輝かせているんだろう麻衣には悪いのだがやはりそちらにも縁はないと思う。
 空を飛べる騎乗動物はそこそこにレアで、俺が持っていた騎乗物は何故か装備欄から消えている。

「それで……そこで、魔法使いになれるんですね」

「レベルが足りれば、だけど……なりたいのか?」

「はい!」

 姿は見えていないのだが、こう力強く言われるとやめておけとも言い難い。
 曖昧に黙るしかない俺に勢い込んで麻衣が続けた。

「どんな魔法が使えるんですか? 炎を出したり、空を飛んだり、動物と話したり、そういうことが出来るんですか?」

「あー……炎は出る。空は飛べない。動物は……まちまち」

「まちまちって、話せる動物が居るんですか? 猫とか話せますか?」

「ペットにしてから友好度を上げると、一部の動物と話せる。猫とか犬とか」

「凄い……お家で猫を飼ってるんですけど、話せるようになるでしょうか」

「いや、世界が違うから……」

 相変わらず変なところで元気になる麻衣だ。
 いや、いい加減わかってきている。ファンタジックな話になるとハイテンションになるんだ。
 俺も可能なら動物と話してみたいとは思うがいかんせん僧侶である。
 そして残念ながら麻衣に転職の機会があるかは怪しい。

「後は攻撃魔法メインだな。雷を落としたり吹雪を起こしたり、地震を起こしたり……そうだ、最初にこの世界に引き込まれたあれも魔法使いの魔法だ」

「えっ?」

 そういえば麻衣には言い忘れていた。
 最初のポータルゲートもスキルの一つだ。
 指定したセルに特定の場所とつなぐゲートを開くスキル。
 ダンジョンの中には飛べないが、行ったことのある町と、登録した地点幾つかには繋ぐことが出来る。
 俺が使えれば元の世界に帰ったり出来るのかもしれないが、いかんせん僧侶である。

「じゃあ、あそこに魔法使いの人が居たんですか? それで私達に魔法を……」

「それは……どうだろうな。俺の知ってるスキルとこの世界の魔法ってちょっと違うんだよ」

「……?」

 疑問符を浮かべているのだろう麻衣に説明を試みた。

「ゲームのスキルは基本的に射程が決まってるんだけど、この世界ではそれが甘いって言うか、曖昧なんだよ」

「しゃてい……」

「あそこの木までなら炎を飛ばせる、って感じで技の届く距離が限定されてるんだ。それで、本来なら俺が使うような支援魔法は射程が短い」

「近くの人にしか、魔法はかけられない……ですか?」

「そう、それだ。本当はそうなんだけどな。でも麻衣にアークをかけた時みたいに、走って結構かかるような距離でも魔法は発動してる」

 オーガと戦った時に使った防壁魔法のアークミスティリオンは自分の周囲3セルの範囲で1箇所にしか使えない。
 それがどう考えても数十セル離れていただろう麻衣の足元でもあっさりと発動したのだ。

「他にも画面内ならどこでもテレポートできるスキルもある。今ならどこまで飛べるか……地平線までいけそうだ」

「現実に合わせた感じにちょっと変わってるんですね」

 何とも説明の難しい感覚だが、何か便利になってる、という感じだ。
 逆にゲームと現実の魔法が丸っきり同じである方がおかしいと言えばおかしい。それはそれでいい。

「まあ、だから別の世界にゲートを開けるかって言うと別問題なんだけど……突然足元にゲートが開くイベントとかもある。何ともな」

「イベント……なら、やっぱり最後までやり遂げないと……?」

「それも、何ともな」

 麻衣好みと言えば麻衣好みの話ではあるが、やはり俺には曖昧に答えるしかなかった。
 しかし正直な話、俺個人としては『仕掛け人』が居るような、そんな気配を感じている。
 作為的なまでに起こるイベントと、クエスト。
 何か狙いがあって、何かをやらせたくて、こうして俺達を誘導しているように思える。
 でも他の皆にそんな妙な危機感は持って欲しくなかった。
 そして同時に、もしも神が頼りにならなかった時に『犯人が居て、そいつを捕まえれば帰れる』という希望として提示したい、と考えても居た。
 俺は一応僧侶だ。死んでも生きられる、そんな可能性ですら最低五分五分にはある。
 むしろ望みが途絶えた時、それが一番危ない。願わくば神は期待に沿う存在であって欲しいと思う。

「私が魔法使いになって、その魔法でみんなと帰る……」

「……万が一ライソードに行って駄目なら、本当にそれもありかもしれないな」

 転職すれば麻衣にも魔法は扱えるのか、その最大の問題を超えられるのならそれもそれで悪くない。
 転職までの後5レベルか4レベル程度なら適当なお使いクエストを幾つかやれば上がるくらいだ。
 意図的に受けられるとは限らないのでモンスターを倒すと考えても、やはりそれほどはかからない。
 レベルを上げて一直線に魔法を覚えればこちらの時間でも10日でお釣りが来るだろう。
 希望は多い方が良い。最悪の場合にどれを採用するかはみんなで相談するとしよう。
 一人納得したところで麻衣が嬉しげに恐ろしい事を言い始めた。

「先輩が手伝ってくれるんですか? じゃあ私、本当に魔法使いになれるんですよね?」

 ――いや、その発想は、おかしい。
 そして似たような話を数日前に聞いた覚えがある。

「……麻衣も神様に見捨てられたい派か?」

「い、いえ、そんな事はないんですけど……」

 流石にそこまでではなかったらしい。少し沈んだ声で続けた。

「帰りたいです、お家に」

 お母さん、きっと心配してると思います。

 ぽつりと言った麻衣に返す言葉はなかった。
 一応一人暮らしの俺はまだ心配されてはいない、と思う。
 しかし実家暮らしの女性の身で連絡がつかずに一週間が過ぎれば普通は警察沙汰だ。
 彼女の両親が眠れぬ夜を過ごしている事を思うと胸が痛む。

「……でも折角なら魔法を覚えて帰りたいんです」

「だから、世界が違うって……」

 その上で、冗談の様に言っているが本気にしか聞こえないのがそら恐ろしい。
 麻衣と健一、健一が居るからついでに桂木を含めると、このままでは神に見捨てられたい派が最大派閥になってしまう。
 ゲーマーの俺と杏里が帰りたいのに他がこっちに魅力を感じ始めるというのはどうなんだろうか。
 皆があちらの世界に未練はないというなら一生分はありそうな金を持っているこちらの世界で働かずに過ごせるのも悪くはないんだが……

「FF14、やりたいんだよ」

「……ゲームですか?」

「ああ。その為に何とか帰りたいんだ」

「そうですね……私も、続きが読みたい本が沢山あります」

 家族や友人だけではない。
 こちらの世界に残るなら――残らなければいけないなら――そういった細々とした未練の全てを断ち切らなければならない。
 まだ半年以上あるのにもうテストプレイが始まっていたりしないよな、と妙な不安を抱えながら。
 俺は次世代主力ネットゲーム候補への未練が捨てられそうになかった。

「先輩がやってるゲーム、私も一緒にやってみたいです」

「麻衣……」

 嬉しいんだが、本当に嬉しいんだが、彼女を連れてログインしたら絶対に間違いなくフレンドにハブられる。
 それでも、数日ハブられてもいいから自慢したい気もする。
 その為だけでも家に帰る理由には十分かもしれない。






 太陽が南中を過ぎて少し、幾らかの空腹感を覚えてステータスウインドウを開くと満腹度の数値が随分と低下していた。
 自分の体調が数値でわかるというのは相当に不気味だったが、例えば医者の様な職業なら日常的なことかもしれない。

「山田先輩、そろそろお昼にしませんか?」

「――よろしくお願いします」

「ふぇっ……ご飯の前と後だけは無駄に低姿勢ですよね、山田先輩……」

 それはシェフを敬っているのです。
 タイミングよく声をかけてきた桂木に一も二もなく頭を下げて答え、街道を外れた草原に馬を向けた。


 小鍋の水を焚き火にかける麻衣の横で杏里が干し肉を削り、桂木は木の器で調味料を混ぜて味をみている。
 残念ながらエプロン姿なのは桂木だけだが、女性が集まって料理をしている光景はそこそこ華やかに見える。
 役立たず要員……という訳でもないのだが、わざわざやる事もないので弾き出された男二人、座って傍観に徹していた。

「何かこう、良い光景だよね」

「お前は混ざっても違和感ないんじゃないか」

「――それはそれで、楽しいもんなんだよ?」

 開き直るな健一。

「切り終ったよー?」

「あ、じゃあそれは水が沸騰したら……」

 楽しそうなので口を挟めないんだが、杏里が肉を削っていたあの剣で先日ゴブリンの首を斬り飛ばしているのを見た覚えがある。
 インベントリにしまえば新品同様に戻るから、関係ないのではあるが。
 関係ない……よな……?
 恐らくは男のニーズに合わせて作ったんだろう、干し肉で作った肉吸い的な何かは、味は美味しゅうございました。




 食事を終えて休息もそこそこに、出発するべく馬車に乗り込もうとしたその時だった。

「……何か聞こえないか?」

「ほえ?」

「馬車……みたいな音が、来た道のほうから聞こえる……ような気がする」

「それ、音判別スキル? そんな地雷なんでわざわざ上げてるの、山田君」

「……うるさい」

 二重の意味でうるさい。何となく上げてしまったんだ、なんとなく。
 近くに居た杏里にはわからないようだったが、自分のスキルを信じるならこちらに馬車が近づいてきている。
 それも元来た道、帝国領の方から――

「とりあえず全員馬車に隠れててくれ。何事もないとは思うけど……」

「あたしも付き合うよ? 護衛も居ないと絶対不自然だから」

「だ、大丈夫なんですか?」

「モンスターでも殺人鬼でも平気平気。そもそも山田君の聞き間違いかもしれないしね?」

 いや、それはないと思うんだが。
 不安げに馬車に入る三人を見送り、フル装備の杏里と音の発生源を待った。
 程なく一台の馬車が視界に入る。
 揺れの問題もあり比較的余裕のある速度を選んできた俺達とは違い、相当な速度で進んでいる。
 走らせているとまでは言わないが、恐らく長時間動かすなら全速力に近いだろう。
 牽かれている馬車本体の大きさはこちらの馬車と変わらないのにあちらは八頭立てだ。
 またたくまにこちらに追いつき、追い抜くか……と思われた所でゆっくりと速度を落とし、見つめる俺達の前に止まった。

「……ヤバそう?」

「いや、どうなんだか……ぱっと見は普通の馬車だな」

 御者台に座っているのは普通の男性に見えるし、そもそも騎士団の馬車をそのまま使っている俺達の方が怪しいと言えば怪しい。
 とりあえず挨拶でもしてみようかと近づくと謎の馬車の方も中から数人の戦士と初老の男性が現れ、にこやかにこちらに手を振った。

「……普通のおじさんだね」

「普通のおじさんだな」

 普通の馬車だったらしい。



「こんな所で立ち往生なさって、何かお困りごとですか?」

「いえ、昼食を取っていたらそちらが近づいてくるのが見えたもので……」

「いやいや、そうですか。私どもは急ぎの配達物がありましてね。今日中にサイレインとは普通なら不可能な所、我々になら出来るだろうと――」

「そ、そうなんですか……」

「そちらはお二人ですか? この辺りは凶暴な猪や、時に奇怪な化け物も現れますがご存知で?」

「あの、急いでるんならどうぞお先に……」

「おお、これは失礼。では我々が先に行きますので、どうぞ後からいらして下さい。道中のモンスターどもを退治するのも隊商の仕事の内ですからな」

 それでは、と一言残して返事も待たず、再び猛烈な勢いで馬車は去っていった。
 会話した時間は数十秒にも満たなかった。確かに急いでいたんだろう。
 NPC馬車隊商……ということなんだろうか。

「商人さん……だったのかな」

「多分、そうなんじゃないか」

「……よくわかんなかったけど、いい人だったのかな」

「……多分、そうなんじゃないか」

 とりあえずルートのモンスターを倒して行ってくれるなら楽で良い。
 何はともあれ、遅れない内にこちらも出発しようと思う。





「だからさ、もう少し無茶をしてもいいんじゃないかって話なの」

「今の段階でも結構無理はしてると思うんだけどな」

 交代したという訳でもないんだろうが、午前中に麻衣が座っていた場所に今度は杏里が座っている。
 振り返ると麻衣は馬車の隅で舟をこぎ、桂木が健一にもたれかかっているのが見える。
 夜余り寝られていない分昼間に休んでくれるなら助かるぐらいだ。
 ついでに話し相手が一人残っているなら言う事はない。

「だってさ、疲れたらスタミナポーション飲んでヒールかければ全回復でしょ? ゲームだって事はもっと活かさないと」

「体は元気になっても精神疲労は抜けないんだろ。異世界に来てるんだから、俺は体より心の方が心配だ」

「若いんだからちょっとの気疲れぐらい何てことないよ。山田君、絶対心配し過ぎだって」

「……そうか?」

「そうだよ、折角ゲームの世界なんだからもっと楽しまなきゃ」

「楽しむ、ねぇ……」

 さっきから笑顔でお説教らしき事を言う杏里いわく、つまりもっとゲーム的に動くべきなのだそうだ。
 システムとしては眠らなくてもスタミナポーションを飲めば問題ない。
 疲れた馬はヒールで回復するし、人間の苦痛だって治せる。
 教国までの食事なんてインベントリから出したもので十分だし、これも食べずにポーションで良いぐらいだ。
 ついでに言うなら、幾らか健一を鍛えて、麻衣に魔法ぐらい教えてやれ……という話らしい。

「俺が言うのも何だけど、流石にそれは人間捨て過ぎじゃないか?」

「元の世界から捨てられたんだからしょうがないじゃん。利用できるものは利用して、楽しめるところは楽しもうよ」

 モンスターハントというのは楽しむの部類に入るんだろうか。
 そもそも自分の体を使った戦い方のわからない俺には、三割ぐらいは当たるからとにかく剣を振り回せなんてアドバイスしか出来ない。
 ましてや魔法の教え方なんてさっぱりだ。魔法の呪文なんかがあるんだろうか。

「それに、他にもあるの!」

 まだお説教が続くのか。
 と思ったが、杏里はむしろ機嫌良さそうに続けた。

「あたしとしてはもっとゲーム的な出来事とかも楽しみたいんだ。さっきの馬車も見た事ないけど、何かのイベント?」

「あれは本当に心当たりがないな。街の外を歩き回ってるNPCなんて聞いた事もない」

「じゃあそれこそ面白いイベント発生! ……なんじゃない?」

「あー、俺は新規のイベントも面倒事の部類だと思う方だから」

「……やり尽くしてるんだね、山田君」

 哀れむような溜息をつかれると何か悔しい気がするが仕方がない。
 7年も同じゲームをプレイしていると新しいキャラを作るたびに同じクエストを何度もこなす事になる。
 そして何度も何度も似たようなクエストを済ませていると、何故か新しいイベントにも大して興味がなくなってくる。
 わかったから結果だけもってこい――という荒んだ気持ちになったりするのだ。
 落ち込んできた俺に気がついたか、杏里は無理に明るく続けた。

「ま、まあほら。あたしが適当過ぎるのかもしれないけど、絶対帰るんだって追い詰められてるのもきっと辛いよ? ちょっとは気を抜いて気楽にいこうよ」

 気を抜く、気を抜く……か。
 本当に気を抜いて好きなようにやっても良いと言うのなら。

「……正直な話、ちょっと遊んでみたいなとは思う」

「ほほう? 言うてみ、言うてみ?」

 誘導されたようで納得がいかない部分はあったが、俺にもこの世界でやってみたい事があったのは事実だ。
 幾らかの飽きが来ていたにせよ、それでも長い間この世界を楽しみ続けてきたのだ。 
 例えば――

「帝都のダンディさんがどのぐらいダンディなのか見てみたい」

「あー、居たねえ、ダンディさん! 会ってみたい会ってみたい!」

 ちょび髭NPCの愛称ダンディさんは台詞回しの全てが恐ろしいほどに紳士なのだ。
 何かのクエストで会話をしてから惚れ込んでいる。

「飛行船に乗ってみたい。カジノをやってみたい。プルンがどんな感触なのか触ってみたい。サキュバスと戦いたい」

「うんうん、わかるわかる。プルンとプルンプルンって触り心地も違うのかな? あ、サキュバスは後で松風さんと相談して」

 プルンはチュートリアルと一部マップで戦える超雑魚モンスターでよくあるスライム的ポジションだ。
 強化版のプルンプルンも結局弱いのだが、どちらもプニプニして実は美味しい、と設定にあった。
 そしてグラフィック的にはプレイヤーの股間を触っているとしか思えないモーションで攻撃してくるサキュバス。
 絶対に麻衣の許可は出ないと思う。

「それに……機会があったら強化NPCを全力で殺すって決めてる」

 武器や防具を高い現金と引き換えに強化する強化NPCは確率論を無視して強化に失敗し、アイテムをロストさせてくれる。
 あいつは絶対に許さないと思わなかったプレイヤーは殆ど居ない筈だ。

「あたしはまだ強化とかしてないけど……ほら、これだけ全部やらないで帰っちゃうのも勿体なくない?」

 それは、そうだ。
 ゲームの中に放り込まれるというのは悪夢だが、ある意味で夢が叶っているのも間違いない。
 それでも責任はある。

「皆をちゃんと連れ帰らないといけない。そこまで遊んでる暇はないだろ」

「別に誰も山田君にそこまで期待してないってば」

「……それはそれで傷つくんだけどな」

「自業自得だよー。世界は一人で背負えるほど重くはないんだから」

 勝手に世界を巻き込まないで欲しい。
 でも確かに、もう少し気楽に遊んでもいいのかもしれない。
 なんせゲームなんだ。ゲームで遊ばずにどうするっていうんだ。

「……クーミリアの次がもう来ないって言うなら、皆を転職させてスキルを使わせて、ダンジョンに行って……とか、やってみたいけどな」

「あー、そういえばクーちゃんが失敗したから次が来るとか、そういうのあるかもしれないんだ」

「忘れてたのかよ……」

 流石にそれは冗談だった様だが、やっぱり杏里は気を抜きすぎだと思う。





「それでさ、結局強化するのは次の武器で良いかなって、一度も強化しないままになっちゃったの」

「まあ良し悪しはあるけど、確かにレベルが低い内は……ん?」

 だらだらと会話を続けながら馬を進ませていると、また微かな音が耳に届いた。
 いや、これは音じゃない。
 声――微かな、叫び声。

「何か……やばそうだぞ、杏里」

「ん、おっけー」

 様子の変わった俺を伺っていた杏里は何も言わずともすぐに装備を整えてくれた。
 長い間一緒に居て愛着がわいてきているので余り無理をさせたくないんだが、状況が状況だ。
 ぎりぎりの速度で体力を削りながら走るよう馬達にも指示を送った。

「う、うわっ。山田、どうしたの?」

「ふぇっ、あんまり揺れるとちょっと、痛いですっ!?」

「悪い、良くわからないけど前で何かと誰かが戦ってるらしいんだ。間に合うようなら一応助けてやりたい」

「戦い……って……」

 流石に目が覚めたらしい桂木と麻衣を奥に戻させて前方に向き直った。
 距離が近くなるに連れてはっきりと状況がわかってくる。



 ――ギョルルルァァァァァァァァッ!

 ――ぅぁぁぁぁぁっ、この野郎っ!


「……これ、プチドラの声か?」

「うえぇ、あれが居るのー?」

「自信はないけど、あれっぽいぞ。この世界の一般人の強さだとかなり危ないんじゃないか」

「あたしでもヤバくないとは言い切れないんだけど……」

「前衛やれとは言わない、アタッカー任せるよ」

「うう、盾職なのに……」

 言っている間にも前方に大きな化け物の影と見覚えのある馬車が姿を見せた。

「あれ、もしかしてさっきのおじさん達?」

「らしいな。 ――ここで止めるぞっ!」

 一声かけてドリフト気味に馬車を急停車させた。ゲームの操作だがこれも出来るのか。
 無茶な軌道で馬車から放り出された杏里が空中で綺麗に姿勢を整えるのを視界の端に、スキルを発動する。


 ――ショートテレポート――


「――の野郎、来るなら来やがっ!?」

 本当に視界の範囲内なら転移出来るようだった。
 唐突に目の前に現れた俺に戦士らしき男が目を丸くするのを無視して『プチドラ』と向き合った。
 ドロドロと半ばまで融解した体皮を持つ長身の人型モンスター。
 その右手は竜のアギトを模しているが、そんなことは正直どうでもいい部類の気持ち悪さだ。

 ――ギョルルルァァァァァァァァッ!

 グロい。
 プチドラ――正式名称、プチドラゴニックミュータント。どの辺りがプチなのかは製作者にしかわからない――は想像以上の存在感で俺に飛び掛ってきた。
 竜のアギトの右腕による打撃攻撃はブロックした両腕に振動と幾らか痛みがあるが程度のダメージだったが、ぐんにょりとした感覚が想像以上に……

「キモぉぉぉぉぉぉっっいぃぃぃ!!!!!」

 轟音と共にプチドラが真横に吹き飛んだ。
 赤色の光をまとって盾を突き出した杏里の突進攻撃、横合いからまともに当たったらしい。

「助かったよ。何だアレ、想像してたよりさらに……ちょ、おいっ」

「うううう、気持ち悪いよう。やだもう、死んで、死んで、死んでー!!」

 盾にべっとりと付着したぬらつく液体に涙目になった杏里がプチドラに突進、片手の直刀でむちゃくちゃに切りまくっていた。

 ――ギョルル、ギュルァ!?

「うるさい、死んで死んで死んで死んでー!!」

 緑の液体をほとばしらせながらのたうつ皮膚の融けたグロモンスター。
 そして狂気に満ちた表情で化け物を切り刻む女性。
 どちらを見ても完全にホラーの世界だった。
 一応援護に来てくれたらしい商隊の戦士もドン引きの表情を浮かべている。
 しかし、いくら勢いに乗っていてもプチドラは素の杏里の攻撃力で圧倒できるほど弱いモンスターでは……

 ――ギョルルルァァァァァッ!

「ひぃゃぅぁっ!」

 危ないだとか怖いだとかの感情よりも明らかに生理的嫌悪感を表に出した叫び声で杏里が大きく飛び退いた。
 雄たけびと共に振り回された両腕、さらに追撃の触手攻撃まで回避した重装のパラディンは数回ステップを踏んで俺の隣まで後退して来た。

「この見た目で触手までついてたんだな、こいつ……」

「ううう、死んで……死んで……」

「……大丈夫か?」

 戦い自体は冷静だったが明らかにテンパっている杏里をメインに戦うのは流石に悪いし、元よりその予定ではない。

 ――コンセクレーション――

 ――グランドサクラメント――

 金と白の光が杏里の体を包み込み、能力値を引き上げる。
 鎧に覆われた肩を軽く叩き、今度は俺が腰のメイスを片手にプチドラへ殴りかかった。

「杏里じゃないけど……死んでくれっ!」

 過去例を見ないほど手加減なしに振り切ったメイスは鈍い音を立てて見事にプチドラの頭に直撃した。
 直撃した、が、さほど効いた様には見えない。その上やはり人生で味わった事のないグロテスクな反動が右手に伝わった。

 ――ギョルルルッ!

 俺の間合いは同時に相手の戦闘距離でもある。
 リアルな感触に一瞬怯んだ俺の隙を逃さず触手が右腕に絡みつき、両腕が交互に顔面に叩きつけられた。
 グロい。グロ過ぎる。

「ぐ、あああああ、やめろ、クソっ……杏里、早くっ!」

「ごめんね、ちょっと我慢して! 死ね、死ね、死んじゃぇぇぇぇっ!」

 痛いのだが、そんなにも痛くはない。
 だが何よりも気持ちが悪い。気色が悪い。気味が悪い。気分が悪い。
 触手を押さえている分プチドラは俺しか攻撃してこないようで、杏里は好き放題に敵の背中を切りまくっている。
 タゲ取りとしては完璧だがむしろダメージが大きいよりも地獄だった。

「うおおおおお、そうだ、死ね! 死んじまえ!」

「この腐ったヘドロが、調子に乗ってんじゃねえ! ぶっ殺してやる!」

 さらに好機と見たか商隊の戦士が加勢してくれた。
 俺同様に杏里の影響を受けたのか、口々に死ねと叫びながら獲物を叩きつけている。
 グロテスクを超えて何処かシュールな時間はさして続かず、一分と経たずにプチドラは息絶えた。
 しかしその短い時間で俺を含めて全員の体は緑色のむせ返るような悪臭を放つ体液で覆われていた。

「はーっ、はーっ……やまだ、くん……」

「……どうした?」

「強敵、だったね。過去最高の……」

「……だな」

 緑色の殺意を迸らせる杏里の迫力に押されただけでなく、俺の方も何の異論もなかった。
 絶対に二度と戦いたくない。
 こいつと戦うぐらいなら素直に帝国の暗殺者でも来てくれた方が幾らもマシだと心から思った。






 数人が怪我をしていたものの、幸い死者は居なかった。

「痛ぇ……痛ぇよう……」

「ほら、治してやるから泣き言言うな」

 怪我で済んだのなら簡単に治せる。
 右腕が半ば食いちぎられるという大怪我に対して無茶な励ましだろうが、治すので許してもらいたい。

 ――ヒーリング――

「すげえ……なんだ、これ……」

「神の奇跡って奴だよ……受けた事ないのか?」

 カントルでも思った事だが、僧侶系の職業は一般的じゃないんだろうか。
 一瞬で治癒していく傷に目を丸くする最後の男から離れた所で、昼に話した初老の男性に頭を下げられた。

「本当に、本当にありがとうございます。そのお力、高名な司祭様とお見受けします。先は失礼な真似を……」

「あー……えーと、頭を上げてください。聖職者とした当然のことをしただけで……その……」

「山田君ー、照れてる? 照れてるよね?」

 それもあるが、似たような事を別の人間にも言われたのを思い出して落ち着かない。

「それより届け物があるんでしょう。さ、行って下さい」

「ああ……そうです、そうでした。申し訳ありません、ろくな御礼もなく――」

 わかったからさっさと行ってくれ。
 何度も頭を下げた後、やはりすさまじいスピードで馬車は走り去っていった。


「良い事したねー」

「地獄だったけどな」

 ほんとほんと、と苦笑しながらまだ緑色の残る髪をタオルで拭いている杏里――そのタオル、もらったのか?

「なあ杏里」

「んー?」

 今の出来事は地獄だったし、二度とやりたくないと心から思う、思うのだが。

「こんな有様だけどさ」

「……うん」

 全身が悪臭を放つ緑の液体に覆われては絶対に出てこない筈の気持ちが胸から湧き出してくる。

「普通は倒せないモンスターから誰かを守って、あっさり倒して見せて、感謝されて……」

「うん、そんな感じだったね……それが?」

 悪戯っぽく笑った杏里に笑い返し。
 俺も出来るだけ気楽に楽しんで見えるように、言った。

「凄い、気持ちよかった」

 全く状況にそぐわない俺の言葉に――しかし杏里は大きく頷いてくれた。

「だねっ――最高に、気持ち良いっ!」

 強く吹いた風に乗せてタオルを放り投げ、杏里が踊るように回転した。
 ゲームの衣装らしく短めのスカートになった騎士衣装が鮮やかに翻り、やはり短い杏里の髪も柔らかな円を描いた。
 まわり終えると同時に直刀を抜き払い、軽く掲げて見得を切って。
 普段なら見ているだけで赤面しそうな動作もこの世界なら輝いて見えた。

「あたしたち、きっと最強だよね」

「この世界ならな」

 馬鹿な会話だと自覚しながら、俺も少し胸を張って応えた。
 笑い合って馬車に戻ろうと踵を返す
 その瞬間だった。

 ――クエスト 達成――

「……これ、クエストだったの?」

「らしいな」

 思わず展開したPTウインドウに表示された仲間のステータス、またしてもその数値が増加している。

「まだ転職には足りなさそうかな?」

「でも結構上がってるな……」

 後お使いクエスト1回か2回、って所かもしれない。
 まあ、それも良い。この世界で好き勝手してから帰っても、別にいいんだ。
 何なら彼女が満足するまで魔法を使わせてやるのも甲斐性かもしれない。
 レベルアップしたのを感じたんだろう、馬車から顔をのぞかせた三人に手を振って、二人走り出した。


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