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No.11414の一覧
[0] 【報告とお礼のみ更新】ログアウト(オリジナル/現実→ネットゲーム世界)[検討中](2011/11/13 15:27)
[1] 第一話 ログイン[検討中](2011/11/12 19:15)
[2] 第二話 クエスト[検討中](2011/11/12 19:15)
[3] 第三話 でたらめな天秤[検討中](2011/11/12 19:16)
[4] 第四話 特別[検討中](2011/11/12 19:16)
[5] 第五話 要らない(上)[検討中](2011/11/12 19:16)
[6] 第六話 要らない(下)[検討中](2011/11/12 19:16)
[7] 第七話 我侭(上)[検討中](2011/11/12 19:16)
[8] 第八話 我侭(下)[検討中](2011/11/12 19:17)
[9] 第九話 飛び立つ理由[検討中](2011/11/12 19:17)
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[11414] 第三話 でたらめな天秤
Name: 検討中◆36a440a6 ID:111d7f98 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/11/12 19:16
  完全に夜の帳が下りたおやじさんの宿。
 室内唯一の明かりだったランプの火を消して俺達はようやくまともな寝床で眠りにつこうとしていた。
 丸一日以上越しにまともな食事によって満たされた胃袋と、久々に汗を流した肌を流れるシーツの感触。
 それだけで、涙が出る程に幸せだった。
 窓にカーテンなんて洒落たものはないので外の明かりで部屋内がうっすらと照らされている。
 僅かに聞こえる誰かの寝息と衣擦れの音が、俺に一人ではない安心感をくれると同時にその重みを感じさせていた。

 天井を向いて明日の事を考えながらふと寝返りを打つと、かなり近い距離に女性の顔があった。
 思わず驚いた俺に、隣のベッドで横たわっている麻衣が少し笑ったように見えた。ちょっと照れくさい。
 隣と言っても狭い室内。二人の間にはほんの少しの空間があるだけなのだ。
 ずっとこちらを見ていたのだろうか。何となく目を合わせたままで時を過ごした。
 外から微かに聞こえてくる馬の嘶きと蹄の音が否応なく異国であることを理解させたが、今この時だけは全てを忘れて安らいでいられるような気がした。
 ゆっくりと流れる穏やかな時間に目蓋が重くなっていくのを感じる。

 そんな時、俺はふと少しの暑さを感じてシーツから手を出し、二人の間に置いた。
 特に何を考えていたわけではない。暑かったというだけだ。
 しかしその手を、同様に手を出した麻衣がそっと握った。
 眠りかけてぼんやりしていたせいか俺は驚かずに握り返し、麻衣も少しの力を返してくれた。
 腕を伸ばすという程の距離もない。少しだけ手を出して握り合ったまま静かに見つめあう。
 言葉を交わす事なく、それでもどこか分かり合い、俺達は眠りに落ちていった。
 予想外の言動に動揺して結局確認はしていないが、この手の先に居るのが初めて出来た俺の恋人なんだと思う。
 明日、俺は彼女のために、オーガの群れから街を守る。

 ――いや待て、それはおかしい。














第三話 でたらめな天秤














  朝の日差しと街の喧騒にゆっくりと意識が戻ってきた。
 よく考えると俺にとってはこの世界に来て初めての眠りだったのだが、特に夢らしい夢も見てはいない。
 キャラクターの能力的に体力と精神力が無駄に高い為だろうか。ホームシックのような気配もない。
 元が電子データの『ステータス』に感情すら支配されている自分に恐怖を感じているのは確かだ。
 しかしそれすらも気軽に乗り越えてしまうのが限界値まで引き上げられている精神力なのだろうか。
 俺はその点について余り気にせずに済んでいた。
 正直、ただ廃人だからだという結論が自分の中で出ている気も、した。

 耳を澄ますと3人分の寝息が聞こえてくる。
 まだ皆眠っているのだろう。

「……ぅん……」

 手を繋いでいる俺が動いたからだろうか。隣で寝ている麻衣が少し身じろぎをした。
 元の世界とは違うからか朝の空気はどこか肌寒く感じられ、握ったままの彼女の手をそっとシーツへ戻した。
 この手は一晩中そのままだったのかと思うと少し感慨深い。

 しかし今最も大きな問題なのも、この可愛い彼女さんの事だ。
 幾らかの事は、昨日の本人の話でわかっている。
 元々ジュブナイルが好きだった麻衣は、この世界に放り出された瞬間から、これはまさに物語のような出来事だと思い始めたらしい。
 しかし何の理由もなく異世界に吸い込まれたのなら、巻き起こるのは冒険活劇ではなくホラーかスリラーになる。
 その点で不安に思っていた所、同行者の一人が自分を庇って狼に立ち向かい、なんと魔法を使って見せた。
 そうか、私達は異世界に召還された勇者なんだ――という事で彼女の中で決着がついたようだ。
 ついでに、突然の力に混乱しながらも自分を助けようと必死になった先輩というのは、彼女の中の基準値を満たしていた模様。

 いや、それはいいんだが。
 その考えはオンラインゲームの世界に入り込んだと思っている俺よりはまともだと思う。
 そうして同じく異世界に来たと理解している俺と彼女だが、しかし重要な違いがあった。
 それはそのまま、この世界がゲーム中の出来事なのか物語で語られるお話なのかという事だ。

 ゲームだと思っている俺にとって無理な事は無理だ。
 やれば死ぬ。そして痛手を負う。決してやるべきではない。

 だが物語だと思っている麻衣にとっては、登場人物が無茶に挑む事こそが自然なんだろう。
 そして課せられた使命を果たさなければ帰還できないのはそういった物語の王道でもある。

 彼女の中では、生きて帰る為にもオーガ退治は避けて通れないイベントなのだろう。
 最低でも一人は力に目覚めているので勝算はある……という所か。

 どちらが正しいのかは俺にもわからない。
 何せ確実にわかっている事は異世界に呼び出されたという事実だけだ。
 この世界そのものがゲームと同じ設定に由来していたとしてもおかしくはない。
 ――そしてもし麻衣の説を信じるのならば。
 全員に使命があったのだと、するのならば。
 呼び出されたのは特別な力がある俺だけが原因で、三人は巻き込まれただけなんだと思う必要は……ない。
 麻衣が無理にやる気になっているのはその点も要因にあると思う。
 恋人が悪いと思いたくないから、だから恋人をオーガと戦わせる。
 なんとも良い彼女だ。ああ、本当にそう思う。

 麻衣の説が正しければ俺達はこの試練を乗り越える。じゃなきゃ、それこそ『お話』にならない。
 しかし俺の考えが正しく、これはオンラインゲームのクエストを模したものだとしたら、相当に危ない状況だ。
 レベル1ならグレータオーガどころかオーガの攻撃の余波ですら十分に死ねる。
 それを三人抱えて、攻め手は中位職NPC一人で、全員無傷でクエストを突破しようだなんて
 そんなのは絶対に無理だ。

 ここまでの短くない時間で元はただの知り合いに過ぎなかった三人は俺にとって大切な仲間に変わっている。
 ゲームの雰囲気のせいで危機感を持てない俺を見捨てることなく、自身が折れることなく、生きて帰ろうと努力する健一も。
 ビッチだなんて思っていて悪かった。今ならお前がどれだけ一途に健一を思っていたかがわかる。桂木の事も。
 勿論、麻衣の事も。
 誰かを死なせてしまうなんて俺には考えられない。

 もしシステムが同じであれば、このイベントは町を出れば問題ない筈なのだ。
 やはり機会を見つけて説得してしまうのが一番手っ取り早い。
 朝一とはいかなくなったが、オーガが来る前にとにかく出発する。
 もし嫌がるのが麻衣だけなら強引に引っ張り出してもいい。
 麻衣の普段の押しの弱さを攻めて、絶対にダメだと言い切ってしまっても良いんだ。

 ……だが、それなら昨日の夜にも出来たのだ。

 どうしても怖かった。恐ろしい事があった。

 もしも俺を信じてくれる麻衣を裏切って、嫌われて、麻衣が俺を疑うようになったら。

 そして健一や桂木も同じ考えに至ってしまったら。

 この手の暖かさを、一度得たものをどうしても失いたくない。

 その考えが楔のように俺を縛りつけ、動きを封じていた。


 ――まあ、死んでも生き返らせればいいし、適当でいいだろ


 うるさい、黙れ……っ!







 朝から聞こえていた街の喧騒には、何処か剣呑な雰囲気があった。
 目を覚ました女性陣の身繕いの時間を利用して健一の説得にあたる事にしたのだが、宿の外は明らかに戦いの準備といった様相で、どうにも落ち着かない。

「どうにもヤバそうな感じだよな。今日の早いうちにこの町を出た方がいいんじゃないか」

「うーん、どうなんだろうね……」

 道の半ばをふさぐように設置された棘の突き出した木製の柵に腰掛け、健一も首をひねった。

「手元にないから正確な事は言えないけど、昨日見かけた地図では隣町まで結構距離があったよ。もう一泊して疲れを取って、準備もちゃんとしてからじゃないと動くのは危ないんじゃないかなぁ」

 正論だ、正論であるが故に困る。

「そりゃそうなんだが……それでオーガに襲われたらもっと大変だとは思わないか?」

 俺の言葉を臆病さと取ったのだろう、健一は気楽に笑った。

「大丈夫だよ。昨日あんなに沢山兵隊さんが居たし、ドラゴンナイトって凄い女の子も居たんだから。もし来たら、ベルマークだけ集めに行こうよ」

 渋面を浮かべる俺を、冗談だよと笑い飛ばし、健一は宿に戻っていった。
 ため息をついた俺の横を長い槍を背負った軽装の戦士らしき男が通り過ぎていく。
 この戦士はオーガにも勝てないし、素のドラゴンナイトじゃグレーターの相手は出来ないよと言ったら果たして信じてもらえるだろうか。

 呼ばれた訳でもないのにさっさと部屋に戻った健一を追うと、女性陣はしっかり身支度を終えていた。
 相変らずこういう時の健一は凄いと思う。どうしてわかったのだろうか。

「宿のおじさんが朝食も食べてけって言ってましたよ。行きましょう健先輩! 山田先輩も!」

 桂木は朝から随分とテンションが高い。
 少し落ち着いてくれ、腹ペコキャラだったのかお前は。
 元気良く朝食へ向かった桂木を追って俺も食堂に向かった。

 朝食は昨日のトマトのスープがそのまま冷製に、後はバターを混ぜ込んだやわらかいパンだけの質素なものだった。
 だがそれに不満を覚える者は誰も居ない。
 丸一日何も食べないぐらいたいしたことはない、そう思っていた現代人の俺たちの意識を命懸けで歩き通した一日が完全に変えていた。

「でよ、近くでオーガの大群を見かけたって話が何件も来てるらしくてな。そんでこんなに物々しい準備をしてるって訳だよ」

 聞いてもいないのに、牛乳を配りながらおやじさんが話す。
 専用MAPに入っている以上今日の夜には戦闘が始まる。設定通りなら近くに居るのは当然だ。

「避難とかはしないんですか?」

「どっから来るかわからねえからな。斥候が見つけたら安全な所に誘導するんだとよ」

 狼のモンスターですらあれだけの脅威だった事を考えれば、怪物の代名詞にも近いオーガとはどれほどのものかは誰にでも想像が出来る。
 オヤジさんが厨房に戻った後、俺の前では平静を装った健一も含めて皆少し不安気だ。
 今なら、聞いてもらえるだろうか?

「やっぱりさ……早く町を出た方がいいんじゃないか? 昼にでも出発すれば大丈夫だと思うんだが……」

 精一杯真剣に伝えたつもりだった。

「山田先輩ー、もう、何言ってるんですか」

 しかし本当に深刻に思っている俺の意図とは違い、からかうように桂木が笑った。

「町の外にオーガが居るから、急いで町から出よう。何ですかその理屈、おかしいですよー?」

「この町の外には殺人鬼が居る、こんな町に居られるか、俺は一人で行くぞってね。山田、死んじゃうよ?」

「……いや、そうだな。すまん……」

 ……ごもっともだ。
 意外と怖がりなんだなぁ山田は、という話で場はなごんだ。
 なごんじゃダメなんだよ、なごんじゃ。

「先輩、頑張りましょう」

 うるさい、笑うな麻衣。




「とりあえずもしもって事もあるから、どこから逃げられるか見ておこうか」

 そういう話で町を歩き始めた筈が、何だろうこの状況。

「健先輩可愛いから本当にどれでも似合いますよねっ。これ、これ着てみてください!」

「すずちゃん、これ多分女物だと思うんだけど……」

 カントルの町の防具屋である。
 言い方を変えるなら、服のお店である。
 当然のこと鎧や兜も置いているのだが、店が広すぎて一部を見ていると普通の洋服店と見まごう程だ。
 しかしどれも普通の衣類より丈夫な生地で出来ていて旅人用の服と言うにふさわしいものばかりである。
 確かにいつまでも元の世界から着ていた服で済ますわけにはいかないのだ。早めに調達した方がいいのは間違いないと思う。
 だが女の子がはしゃいでいるこの雰囲気が俺にはどうにも慣れない。
 桂木の事は健一に任せて俺は実用装備を探す事にした。

 店内を回ってみると、見慣れた名前の防具がそれぞれのデザインで陳列されている。
 ゲームの中の装備品がこうして確かに存在しているというのは少し感動的な光景だった。
 重厚な鎧や兜、どこか魔術的な力を放つ衣類と僅かに神聖な光帯びた聖者の服。中には俺が装備できる物もいくつかある。
 手に取るのは堪えたが、中にはデザインだけで買っておきたいと思う程の品も見かけた。

 ――ともかく、今は俺の装備のことじゃない。
 条件なく装備する事の出来る防具の中で比較的防御力の高い物を考えながら幾つかをリストアップしていく。
 レベル1のキャラクターが装備なしでオーガの攻撃を受けたら即死は避けられないのだ。
 しかし金はあるのだし、ここでしっかりと良い防具を選んでそこそこの硬さに強化すれば
 まあオーガの一撃ぐらいなら何とか耐えられ……

「……耐えられない、よな……」

 根本的にHPが低すぎるので、多少硬い装備で軽減したぐらいでは無意味だ。
 それを何とかしようとすると固定でダメージを割り引く特殊防具や、高級付与魔法が必要になる。
 ユーザー商店があればまとめて買いこんで、見た目は恥ずかしいが割と死なない格好にコーディネートしてやるのだが、ない以上はどうしようもない。
 他にもHPの最大値を引き上げる初心者用特殊装備も存在し、それらは俺も所持はしていたのだが
 レベル最大値のこのキャラクターでわざわざ持ち歩いている訳もなく、ゲーム内の銀行に預けてあるのだ。
 そして銀行は各国首都にしかない。いやはや全く、どこまでも詰んでいる。

「先輩、これ、先輩に似合うと思うんですけど……どうですか?」

 離れたところでせめて丈夫そうな皮の衣類を物色していた俺に、ひょっこり現れた麻衣が声をかけた。

「ん、どんなのだ?」

 少し恥ずかしそうに差し出されたのは、一枚の生地で出来た大きめの、真っ白なローブだった。
 腰の辺りでベルトで軽く絞られていて、デザインとしては悪くない。
 悪くはないのだが……

「……あー、一応は遠出するのに白は難しいんじゃないか。汚れ、目立つぞ?」

「あ……そ、そうですよね。ごめんなさい」

 慌てて戻っていった麻衣の手にあったローブは金糸で数箇所に十字架の刺繍が施されていて、一目で聖職者の旅装とわかるものだった。
 別にセンスが悪いわけではないんだが、俺を僧侶に仕立て上げようとするのは勘弁してくれないだろうか。
 とりあえず、このジャケットが日本で売ってるようなデザインに近いから……

「先輩、この帽子とかは……」

「――俺、ちょっと他の店見てくる!」

「あっ……」

 どこぞのお菓子にありそうな形をした平たい帽子を持ってきた麻衣から逃げるように、俺は店を飛び出した。



 きっと彼女も付き合い始めでハイテンションなんです。普段はあんな子じゃないんです。
 心の中で自分で自分に弁護をしつつ、俺は防具屋の前でため息をついた。
 とにかく少し時間を潰そう。一歩踏み出して正面に視線を向けたところで、妙な光景が視界に入った。
 数人の戦士に指示を出す年の頃13,4歳の少女。明らかに異様と言える様子だった。
 敬礼をして少女から駆け去る戦士と入れ替わりに、俺の目が少女と合う――と思ったのも一瞬。

 ――これは、まずい。多分イベントだ。

 覚えのあるイベントではなかったが即座の判断できびすを返した。
 しょうがない、麻衣の趣味にちょっと付き合ってやるのも甲斐性だよな、と防具屋の扉に手をかける。


「すまない、ちょっと待ってくれないか」

 少女らしい声質で、しかし流麗な台詞が響いた。
 ついでに言うと、俺の服の裾を小さな手が掴んでいる感触もある。
 ああ、敏捷型ドラゴンナイトだったんですねと諦観の思いを抱き、俺は少女に向き直った。

 昨日は距離があったのでよくわからなかったその姿をはっきりと見ることが出来る。
 一般的なドラゴンナイトの服と、要所を覆う簡単な鎧。どちらも市販のもので防御力はさほど高くない。
 短く切りそろえられた金色の髪は滑らかだが、その線の細さがむしろ幼さを強調させている。
 顔立ちは整ってはいるがまだ育ちきっていないのが明らかで、美しさより可愛らしさが圧倒的に強い。

 総じて、はっきりとまだ子供だとしか感じられない。
 この世界はただ強いというだけでこんな少女に戦場に立つ事を強いているのか。

「……えっと、何か御用でしょうか?」

 じっと見つめていたのが気恥ずかしく、こちらから声をかけた。
 お偉いドラゴンナイト様に相対するには適当な言葉選びだったかもしれないが、当人は特に気にした様子もなかった。

「いや……ただ随分と、腕が立つように見えた」

 向こうも向こうで言葉使いが微妙におかしい。無理をしているのだろうか。
 こちらが返事を返す前に少女はさらに近づき、小さな手が無遠慮に俺の体を這い回る。

「あ、あの……?」

「鍛えている様子はないが……中身は、並じゃない。この魔力は司祭か」

 ――わかるのか。

 一人で納得した様子の少女に、俺は逆に驚かされた。
 各職の固有装備をすれば職業はわかるが、そうでなければ区別はつかないのが普通だ。
 聖職者として偉大な立場にあるカーディナルはスキルを使えばNPCから特別な扱いを受けるが、この世界に来てまだ起動したことはない。
 しかし、会話をしただけで勝手にこちらの職業を判別してクエストを進めるNPCというのは割と居たように思う。
 この少女もその類なのだろうか。
 しかし、ふむふむ、と少し嬉しそうにする目の前の少女がNPC――ノンプレイヤーキャラクター AI仕掛けの機械――だとはとても思えない。

「教国で祈っているしか能がないのが神父どもだと思っていたが、骨のある男も居るものだ。ここまでの情報ではオーガの襲撃は日の入りと同時と予想されている」

 身振り手振りを加えながら少女は続けた。

「私は指揮を担当しているクーミリアだ。襲撃の際は中央で援護をしてくれると助かる。使える司祭が一人居れば戦況は全く変わるだろう」

 厳しい台詞だが、少女らしい姿、幼い声で言われてもどうにも緊張感がない。
 だからだろうか。こんな幼い子供に期待を受けたのにそれに応えられない自分に情けなさを感じながら、俺は素直に口に出していた。

「申し訳ありません、俺は、オーガ討伐には参加できません」

「……どうして、だ」

「仲間もこの町に居ます。オーガにちょっと蹴られただけで怪我じゃすまないような、そんな戦い慣れていない仲間が。俺は仲間を守るだけで手一杯なんです」

 すみません、と頭を下げた俺を、少女はちょっと驚いた表情で見ていた。
 そして少し寂しげに、しかしどこか満足げに微笑んで、頷いた。

「そうか、そうだろうな。大切な誰かより優先するものなど、何もありはしない。……絶対に、守るんだ」

 ではな、と最後まで少女らしい言葉を発することなくドラゴンナイトのクーミリアは去っていった。
 恐らくもう無事な彼女と言葉を交わすことはないのだろう。
 ドラゴンナイト一人ではグレーターオーガを倒す事は出来ない。俺はそれを知っている。

 でも見捨てた。一人の少女と四人の仲間を天秤にかけ、片方を捨てた。
 それは間違っていないはずだ。NPCと仲間を比べる事などできよう筈がない。

 それでも、それでもだ。

 ――この世界は、オンラインゲーム『ワンダー』とは似て非なる世界のようだ――

 いつか自分で思った事だ。
 俺が今切り捨てた物は本当に、機械仕掛けのNPCだと言い切れる程軽いものだったんだろうか。
 忸怩たる想いを抱えて防具屋の扉を開いた。
 そしてそこに

「それ似合うよ麻衣ー、絶対山田先輩より合う合う!」

「うん、可愛いよ麻衣ちゃん。それ一着決めよう」

「そ、そう、ですか……?」

 俺に着せようとしたローブを、麻衣が自分で着ていた。
 まだやってたのかお前達。



 色々買うものがあるので、と別行動を希望した桂木と麻衣を止めるほど、俺は鈍感ではなかった。
 慣れない皮の服の感触にくすぐったさを感じながら。久しぶりに男二人、健一とおやじさんの宿屋へ帰る途中の事。
 俺達は何とも男心をくすぐる店を見かけた。

……勿論、武器屋だ。


「山田体力あるんだし、こういう大きな剣も使えるんじゃないかな?」

「無茶言うなよ、そんなの無理に決まってるだろ」

 何せ聖職者だ。剣は装備できないのである。
 店内に陳列された武器は名前だけ見れば慣れ親しんだものばかりだったが、実物を見ると、これもまた違う感慨がある。
 無理だとは言ったものの、健一の示したバスタードソードにはやはり憧れがあった。

 もしもキャラクターセレクト画面で違うキャラクターを選んでいたなら、俺は大剣を振り回す高位の騎士であった可能性もあるのだ。少し惜しく思える。

「こういう普通の剣って感じのなら、僕でも平気なんじゃないかな?」

「……どう、だろうな」

 そう言って健一が手を伸ばしたのは、名前もそのまま『ソード』と呼ばれる武器。ショートでもロングでもない半端な長さだ。
 長さ的には健一に良く馴染み、文句を言う所などないのだが、俺は思わず言いよどんでしまった。
 あの武器には一応の装備制限レベルがつけられていた。たしか、レベル15ぐらいだ。
 制限に達していないのに無理やり使おうとするとどうなるのだろうか。正直良い予感がしない。

「ま、まあ、初めて刃物を扱う訳だからな。この辺のナイフとかにしておいた方がいいんじゃないか?」

「うーん、そんなもんかなぁ」

 未だにソードが気になるようで、手に持ってちょっとポーズをとったりしている。
しかし。

「……何かしっくり来ないし、そうだね。使いやすいのにしようか」

 良い判断だ、健一。
 鉄製の簡素なナイフ――レベル制限なし――を2本購入してそれぞれが持ち、俺達は武器屋を後にした。
 恐らく俺が使って戦っても素人を超える事は絶対にないのだろうが、冷たい鉄の感触はどこか安心感をくれたのだった。




 日が沈む前に早めの夕食を取ったのだが、味は全く覚えていない。
 昨日と同じ、おやじさんの宿屋の3号室。
 チェックアウトがどうのと全く言われないのを良い事に俺達はそのまま使わせてもらっていた。

「そのドラゴンナイトの子は、日の入りと同時って言ったんだよね……?」

「ああ。予想とは言ってたけどな」

「もう、大分沈んでますよね……。ハルク、来るのかなぁ」

「すずちゃんの言う通りハルクが来たら、凄く助かるんだけどね……」

 それぞれに不安気ではあるものの、勤めて緊張感をなくそうと努力していた。
 のんびりと座り、直接は見えないが夕日の沈んでいるのであろう空を眺める。
 徐々に徐々に、鼓動が高鳴ってきた。
 俺の記憶では襲撃のタイミングは空が完全に明るさを失った時だ。
 自分の中だけで時間の経過が狂っているのか、見る間に空が黒に染まっていく。

「もう日は沈みましたし、やっぱり今日は来なかったんですよ、うん……」

 桂木が勤めて明るい声を出したのだろう、元気に言った、その瞬間だった。

 それは予想したよりもずっと低音だった。
 宿屋から南側、町の入り口にある大門の辺りから大きな破砕音が響いた。

「ふぇ……」

 桂木が言葉を止め、もう一度窓の外を見る。
 外から大勢が叫びあう声が幾重にも重なり合って聞こえはじめた。

――南だ、門が破られたぞー!!

――いつ来たんだ、見張りは何をしていた!?

――すぐにクーミリア様に……ぐぶぁっ……

「ひっ……!?」

 最後にかすかに聞こえた水音を含んだ呻き声に、桂木がしゃがみこんだ。

「すずちゃん、大丈夫だよ。ここまでは来ない。大丈夫……」

「桂木さん……」

 健一が傍に膝をついて桂木をなぐさめ、麻衣がその隣に寄り添った。
 無言のまま俺も座り込み、四人肩を寄せて嵐が過ぎ去るのを待つ。
 叫び声と爆裂音。オーガの呻き声と人間の喚き声が連鎖する。
 俺にしかわからないだろう、剣士のスキル使用音が連続で響き、オーガの足音と共に地響きで部屋全体が揺れる。

 間違え様のないぐらいの闘争の気配と命のついえる感触。
 濃厚な血の香りが部屋の中にまで届いている。
 精神力がどうしたという問題ではなかった。
 いつしか俺の体も意思とは別に小刻みに震え始めていた。

「山田先輩も震えてる。やっぱり、怖いんですか?」

「……当たり前だろう。健一が死ぬ時は俺からだとか言うし、な」

「あれは冗談だよ……でもほっとしたよ。山田が怯えてるの見ると落ち着くよね」

「……ちょっとだけ、わかります」

「麻衣まで裏切り者か。言ってんじゃねえよ」

 あはは、と乾いた笑いが少しだけ響いた。
 そんなものは外の喧騒に一瞬にしてかき消されたが、それでも俺達の精一杯だった。
 初めてこの世界に来て、たった1時間で音を上げたあの時とは違う。
 ありえない状況でどこか開き直って、それでも誰も生きる事を捨てていないのを感じる。

「南から来てるんなら、北に逃げればいいんでしょうか?」

「でも誘導があるんなら、それまで大人しくしてた方が……」


 ――あ、やめ、助け、いやだああああああ


「あ……」

 かなり近い距離で、苦しみと嘆き、断末魔の声が響いた。
 同時に足音と揺れの感覚が縮まり、破砕音が至近から聞こえてくる。

「もしかして、近くに……」

 揃って窓に視線を向けたその時。

「――ひっ!?」

 上空から窓の対面の建物へ、少女が叩きつけられた。
 簡素な鎧と対照的に重厚な剣、短い金色の髪は所々朱に染まっている。
 鎧の下の龍騎士の服まで全てがぼろぼろだが、それは確かにこの町の希望だった筈のドラゴンナイトだった。

「あの子……昨日の……」

「酷い、ぼろぼろじゃないか……」

「――っ」

 驚きに目を見開く桂木と健一とは対照的に麻衣が目を伏せ、全身に力を込めた。
 昨日は頑張ろうと言っていた割に、結局彼女は何の動きもとっていない。
 だが、俺はそれでいいと思っていた。
 危機が遠い間は何かが出来るつもりでいても、実際にその時が近づけば怯えが先に立つのが当たり前だ。
 俺は正直に言えば、間近で人の死を感じて自分の死を予感して、それでも人を助けようなんて言い出せる
 麻衣がそんな何かを捨てた人間じゃなくてほっとすらしていた。
 それでも、麻衣は恐怖で動く事の出来ない自分の無力感に苛まれている。
 震えながら、必死に立ち上がろうとしている。
 その肩を押さえ、俺は涙を浮かべて見上げてきた麻衣に頷いた。
 それでいいんだ。俺達は間違ってない。これで――

 ――そうだ、それで、いいんだ。

 声が、聞こえた気がした。
 堕ちたドラゴンナイトが動いている。
 恐ろしい程の勢いで壁に叩きつけられた少女が
 震える足で、誇りの剣を杖にして
 ゆっくりと立ち上がっていた。
 窓越しにこちらを見て、辛そうに、しかし満足気に笑う少女が、確かに言った。

 ――絶対に、守れよ


「――っ!!」

 わかっていた。
 大した装備のないドラゴンナイトがグレーターオーガに立ち向かえば、こうなるのはわかっていたのだ。
 彼女は死ぬ。

 高い回復力で何度立ち上がろうとも
 命を振り絞って一匹を倒す事が出来たとしても
 結局はモンスターの手にかかる。
 
 俺は助けられたのかもしれない。
 でも、見捨てた。
 仲間達の命と天秤にかけて、あのクーミリアを捨てた。
 間違ってはいない筈だ。NPCと人の命が比べられる訳がない。
 それでも、あの少女は 死ぬと決まっているあの少女は
 また、笑って化け物に挑みかかる――!


「……せん、ぱい?」

 知らず立ち上がっていた。
 体の震えが止まっている。全身が何かを為せと要求している。
 だが今この場を離れて、戻って来た時に三人の姿が無かったら、俺は絶対に壊れる。
 天秤は既に傾きを決めて、軽い重石はゴミと捨てられた。もう戻す事はできない。
 全て理解しているのに納得が出来ない。

 俺は、誰もを救う英雄になんてなれない。

 俺は、誰かを捨てる賢者になんてなれない!

 俺は――――



「おい、まだ居るか!?」

「あ、おじさん……」

 緊迫した空気が一瞬にしてぶち壊された。
 唐突に部屋に飛び込んできた宿のおやじさんが、俺達を見てニヤりと笑う。

「逃げてなかったか、いい子だ。化け物連中はもうこの辺まで来てる。さっさと逃げなきゃなんねえ」

「でも、何処へ……」

 ぼんやりと見上げた桂木を得意げに見返して、おやじさんは続けた。

「オーガが踏んでも壊れない、立派な地下室があんだよ。お前さん方、うちに泊まってラッキーだぜ」

 地下室は厨房の中にあった。
 ワインセラーを兼ねたあまり広くはないその空間には他にも数人の客が逃げ込んでいる。

「ほら、兄ちゃんも入んな。あんな巨人にうちの客を殺させやしねえ」

「……おやじさん」

「あん?」

「ここ、オーガが踏んでも壊れないんですよね。グレーターも大丈夫ですか?」

「あー……そいつは、やってみなくちゃわかんねえな」

 ……そうか。そりゃ、しょうがないな。
 おやじさんの自信なさげな一言が、俺にはむしろ嬉しかった。
 地下室でこちらを見上げる麻衣に目を合わせ、告げる。

「後は、任せた」

「あ――はいっ!」

 麻衣の声を聴いた瞬間に俺は走り出した。
 後ろから泡を食ったおやじさんの叫び声が聞こえるが、そちらは麻衣が何とかしてくれるだろう。
 手遅れかもしれない。逆に後悔する事になるかもしれない。
 だがどちらにしろあの地下室でじっと運に任せて耐え忍ぶより、もっと有益な事がある。
 さっきから全身が叫んでいる。使える筈なのに使っていない全ての力が大声を上げている。
 俺は絶対に何かをしなきゃいけない。
 それは少なくとも、あんなちっぽけな巨人気取りを偉そうにさせておく事じゃない筈だ。

 宿の裏手、さっき叩きつけられていたのとそう変わらない辺りで、まだ彼女は生きていた。


 ――ヒーリング――


 ターゲット指定 ドラゴンナイト――クーミリア

 俺の使った回復魔法にクーミリアがその表情を驚きに変えた。
 なんだ、魔法を使われるの、慣れてないのか?

「昼の司祭……仲間は、いいのか?」

 悪い想像でもしたか不安気に言った少女に、俺は後ろの宿屋を指した。

「ここが俺の最後の砦だ。ここまで来られたら引くわけにはいかないんだ」

「……それは、正念場だな」

 背後でグレーターオーガの唸り声が聞こえる。
 気に入らないのなら殴ってみろ。その棒っきれがへし折れるだけだ。
 再度、クーミリアをターゲット 回復魔法をかける。

「もう十分だ」

 笑って言って、少女は力強く立ち上がった。 
 小さな全身に力が戻っている。だが、それは幸運の兆しではない。
 ヒーリング2回で十分だという事は彼女は最大で数千のHPしか持っていない証だ。
 あのオーガの攻撃を装備なしで受ければ一撃で1000近いダメージになる。
 数回殴られただけで少女は再び半死人に戻るわけだ。
 だが、舐めるなよ『仕掛け人』こっちだってそこらの中位職とは訳が違うんだ――


 ――コンセクレーション――

 ターゲット指定 クーミリア

 少女の周囲を金色の光が包む。
 それは消える事なくその姿を維持し、力強いオーラを放ち続けている。
 少女の全てのステータスが一時的に上昇。


 ――グランドサクラメント――

 ターゲット指定 やはりクーミリア

 今度は少女の体自身から溢れ出した白い光が、回転しながら吹き上がった。
 HPとMPが一時的に倍加される。
 美しいエフェクトに、使った俺もしばし見とれた。
 初めてのスキルを実際に使ったときはいつも少し感動してしまう。
 あの魔法を現実で……と。廃人の思考だろうか。

「これ、は……」

 一瞬表情に困惑が浮かび、しかし、騎士の行動は迅速だった。
 力を貯め、こちらに一歩を踏み出したグレーターオーガの元へ少女が駆ける。
 反応して振り上げた棍棒が頂点に達するより早く、その足元に辿り着き

「せあああああああ!!!!!」

 その腕が振り下ろされようと動くより尚早く。
 光と共に振りぬかれた一刀が、グレーターオーガの両脚を断ち切っていた。

「ちょ、お前……!」

 驚いたのは少女の発揮した力ではない。
 半ばから両脚を切り捨てられたオーガが消滅するまでの間、どの方向に倒れるかわからない。
 隣には皆が隠れている宿がある。こちらに倒れこめば半壊は免れない。
 ――しかし。

「はっ!!」

 短い呼気と共に振りぬかれた白い電光を放つ一撃が、道に沿ってグレーターオーガを突き倒した。
 動きが派手でわかりにくいが、恐らくはノックバック属性のある剣士スキル バニッシュアウト。

「これで、いいんでしょう?」

 楽しげに笑ってクーミリアが言った。全く、心臓に悪い。

「これが、本当に、私? ……一体、何をしたの?」

 消滅していくオーガを背景に剣を一振り。
 はじめて見る幼い喜色を浮かべてクーミリアが聞いた。
 だが、今はそんな事が問題なんじゃない。

「それより、仕事をしてくれ。ほら、獲物はまだまだ居るぞ」

「あ、うん……。ああ、任せてくれ。」

 途中で口調を戻し、慌てたようにクーミリアが駆け出した。
 大きくスライドして三歩目で跳躍。
 建物の屋根まで飛び上がり、最も近いオーガに一直線に向かっていった。

 俺もこのままここに居るわけにはいかない。
 初めて使うスキルに少し緊張しながら、しかし本来ゲームの中では最も使い慣れたスキルを起動。

 ――ショートテレポート――

 視界の届く範囲に限り、任意の地点に瞬間移動する高位スキルだ。
 一瞬視界がブレ、期待した通りにおやじさんの宿屋の屋根に降り立った。
 広がった視界で白と金の入り混じった光がすさまじい勢いで町を疾走しているのが見える。
 石垣を殴りつけていたオーガの懐に飛び込み、光を帯びた剣の刺突で打ち倒す。
 剣士のスキル。インパクトスラストとかそんな名前だった気がする。
 中央の噴水に手をかけていたオーガの首も瞬く光と共に虚空へ飛び上がる。
 壁を蹴り、屋根を飛び、駆け回る少女。
 暴れまわるオーガが全て鎧袖一触に切り倒されていく。

 付近をあらかた片付け、屋根の上の俺に気づいて戻ってきたクーミリアが息を弾ませて言った。

「こんなにも身が軽い。こんなにも力が溢れる。今なら、今なら何だって出来る気がする!」

 服と剣だけでオーガの群れを相手にしていると言うのに大した喜びようだ。
 だが、俺もそんな少女に懐かしい喜びを感じていた。

 ――そうだ、これが好きで俺は僧侶をやってたんだ。

 俺の魔法で力を受けたキャラクターの限界以上の力を見て目を輝かせる仲間が好きで
 一人じゃ倒せない強敵が二人なら簡単に倒せるあの感動を分かち合おうと必死に話す仲間が好きで
 それで、俺は僧侶を――


 こんな事を現実にオーガと戦っている彼女に話せるわけがない。
 数箇所で燃えている町並に照らされ全身を赤く染めた少女に、俺は曖昧に笑い返した。
 PTメンバーではないので状態はわからない。適当にヒールをかけ、バフをかけなおして送り出す。
 残るは大物だけなんだろう。少女が飛び込んでいく方向のグレーターオーガがどんどん倒れていくのが見えた。
 多少殴られても全く気にせずに、そのまま攻撃を受け流して即座に反撃をしている。
 ダメージが蓄積すると飛ぶように俺の元に戻ってきて、回復と支援を受けて再度駆け出す。
 ソロで――単独で――は倒すのが無理な敵も、バフをもらって定期的にヒールが来れば倒せる、だからこその聖職者だ。

 だがしかし、凄い。
 仮にも最上位職の俺のバフをかけた以上、本人の基本値によるが各ステータス20ぐらい、あわせればレベルで言って30程度は上昇した事になる。
 ネットゲームを経験した人にはわかるだろう、支援職の援護というのは圧倒的なまでの差を与える。
 だがそれでもドラゴンナイトの身であれだけの戦いをし、僧侶の俺を『使いこなす』彼女のセンスは並外れていると思う。

 
 4度目の往復を終え、見える範囲にオーガが居なくなったところで、唐突に後ろに影が差した。
 ん、と振り返ると、グレーターオーガよりさらに巨大な、完全に建物を超える大きさのオーガの巨体があった。
 その手にはどこの大木から切り出したのかと思うほどに野太い棍棒が握られている。
 全く何の気配もなかった。この巨体に気づかなかったというには余りにも違和感がある。

 こいつは恐らく今ここに出現したのだと――POPしたのだと――自分の中のゲームの感覚が告げた。
 その瞬間、また何かを忘れている予感が走った。
 門から入り込んできたはずのオーガ達。
 なのにこいつに限って『出現』などという手段で姿を見せたその理由を、俺は知っている――


 ――グゥルゥゥゥァァァァァァ


 10メートルはあろうかというその巨体の上げる咆哮に思考が止められたと同時に少女がオーガへと突進していった。
 足のすくんだ俺とは対照的に平然と駆ける小さな影。あわてて支援をかけなおし、見守る。
 俺の使える攻撃魔法は数種類しかない。
 その中で触媒なしに使えるのは初級神聖魔法のキュアバーストのみ。
 普通のオーガも一撃では倒せないこの魔法をいくら撃ったところであの化け物に大したダメージはないだろう。
 いつだって僧侶はそうだ。自分の出来る全てを託して、誰かの勝利を祈るしかないのだ。
 しかし少女はよくがんばっている。
 時に痛烈な攻撃を受けているが、それは俺の手で瞬時に癒えるのだ。
 これがネットゲームの醍醐味だよな、と。
 ゲームの力を引き出して使うに連れて、俺の中の現実感が希薄になっていくのを感じていた。
 そして――


 ――グルァアアアアアアアアア!!!!!


 オーガが吼え、その巨大な棍棒を振り回す。
 怪物の意地と相当な圧力を感じるが、タネを知っていれば恐れる事はない。
 アレは死ぬ直前のバーサクモード。そんなものただの最後っ屁だ。
 やってしまえ、そう言った俺に頷き返し、少女が突撃をかけた。

 巨大なオーガの顔まで届こうかという大きな跳躍と共に、トドメの一撃が放たれる。
 クーミリアの全身を白色と金色の光が取り巻き、携えた剣にも力の光が灯った。
 小さな体が大きく捻られ、足場のない筈の虚空を強く踏みしめて少女の全身が高速で回転する。
 鮮やかな直線を描いて放たれた光の刺突 インパクトスラストが

 ――あっけなくはじき返された。

「なっ…………っ!?」

 驚愕の表情を浮かべる少女は振り回された棍棒を受け流せず、大きく弾き飛ばされた。
 バーサクモードの特徴、常時ノックバック攻撃。それは知っている。
 だが、物理攻撃をはじき返すスキルなんて持っていなかったはずだ。
 一体何が起きているんだ。
 動揺の中で呆然と少女を見詰めた俺にオーガが向き直り、巨大な棍棒を持ち上げた。
 このままだとあの一撃を受ける。俺自身は問題ないだろう。どれだけ大きいと言っても所詮オーガだ。

 だが、地下の皆は――
 短い時間で必死に集中。
 『いつも通り』にスキルウインドウを開いた。
 スキル選択

 パッシブスキル ――神の威光―― 

 稼動状態へ

 青白いオーラが舞い降りるようにして俺の体を取り巻く。
 それについて感慨にふける暇もなかった。
 ほとんど間もなく、空気を切り裂く轟音と共にオーガの棍棒が振り下ろされる。
 思わず腰を引きそうになるが、精神力のステータスと足元の仲間の存在が何とか俺が踏みとどまらせてくれた。

 大きく息を吸い込む。精一杯腹に力を入れて、臆する事無くそれに向かって片手を開き、真っ直ぐに向けた。
 直撃の瞬間、ぐわんっと頭まで揺れる衝撃が走る。
 しかし――俺は一歩も動く事無くその攻撃を受け止めていた。
 神に選ばれし枢機卿が、その威光を最大限に発揮するスキル、神の威光。
 神は悪しき魔物の手で引き下がったりは、しない。ノックバック無効効果が常時発揮される。

 しかし間違いなく、幾らかのダメージは受けた。
 高いステータスがあるとはいえ、HPの最大値があるとはいえ、結局のところ装備はさっき買った皮の服だ。ダメージは通る。
 それでも……敵の攻撃は遅い。
 この鈍重な攻撃速度では、おそらく何もせずに立ち尽くしていても殺される事はないだろう。
 その事実が何故か逆に俺を苛立たせた。
 一拍後、真横から今度は白い光がほとばしる。

「ぁぁぁぁあああっ!!!!」

 お株を奪うようなノックバック攻撃、雄叫びと共にバニッシュアウトで突っ込んできた少女がオーガを宿から引き離してくれた。
 大きく吹き飛ばされたオーガが辺り一帯にとんでもない大振動を巻き起こす。地下室は、大丈夫だろうか。
 心配する間もなく、壁を蹴って飛び上がり、幼いドラゴンナイトが俺の元に戻ってきた。
 あの一撃をまともに受けたのだ。大きなダメージを受けているだろう。
 元よりぼろぼろだった鎧は完全にその形を失い、服も多少目のやり場に困る程度に崩されている。

 しかし俺には奴への対抗手段がないのだ。
 情けない事に、もう休んでいいと声をかけてやることもできない。
 それでもとにかくバフをかけなおそうと視線を向けたところで、こちらが驚くほどの大声で少女が叫んだ。


「ご無事ですか、猊下!?」


 ……あ、こう、なるんだ……
 神の威光を降ろすと言う事は、誰にでも見える形で神に認められた者だと示すのと同義。

 ――という設定の為、このスキルを起動するとNPCが平伏する。
 たとえ相手が王様であっても一応の礼儀は示してくれる程だ。
 常時発動型のパッシブスキルだが、一切ノックバックをしないのは場合によって良し悪しがある。その為起動と停止が出来るが……
 これは、出来れば起動したくない。

「先程は失礼な言動を、真に申し訳ありません。初めてお会いした時にも不躾な真似を行いました上に、騎士団の為すべき戦いに猊下を駆り立てるような蛮行、わたくしこの身の未熟を――」

 うっわぁ、と口には出さなかったが、見た目10代前半の少女に盛大にかしづかれるハタチ。ここが地球なら通報レベルだ。

「と、とにかく、あいつを倒すぞ。それからだ」

「はっ、お任せください!」

「うっわぁ……」

 ビシっと向けられた敬礼に、今度は思わず口から出てしまった。
 頼むから本当に勘弁して欲しい。
 俺が引いている間に、先程よりさらに勢い良く少女が飛び掛っていった。
 クーミリアの振るう全ての剣撃に、そしてあらゆる攻撃に鮮やかな光が灯る。
 先程失敗した為、手持ちのあらゆるスキルを連発しているのだろう。
 どの攻撃も死にかけのオーガにトドメをさすには足るものなのは間違いない。

 しかし――届いていない。
 よく見ていると全ての剣撃がオーガの皮膚で止められているのだ。
 どういう理屈だ、幾らボスだからってそれはインチキが過ぎる。
 ボスだから――

「……ボス……あ……っ!?」

 と考えて、俺はようやく大切な事を思い出した。
 あいつは恐らく最後に残ったボスオーガだろう。
 このクエストは最後のオーガはクエストを受注した低レベルキャラクターでしか止めをさせない設定になっているのだ。
 やはりメインは低レベルだ、というゲーム製作者側の配慮なのだろう。本物を見たショックですっかり忘れていた。
 今も必死に戦っているクーミリアには悪い事をした。もう休んでもらってよかったのだ。
 しかし、それなら話は簡単だ。あと1発突けば死ぬオーガなんて、まさに張子の虎。
 足元でオーガをひきつけている少女の辺りを狙って、スキル行使。


 ――ショートテレポート――


「なっ何をなさって……!?」

「え? ……ちょっ!?」
 
 行きなり肩を掴まれた。
 何を言う間もなく、クーミリアは突然隣に現れた俺を必死に後方へと引っ張っていく。

「待て、あれ、トドメさせないだろ。すぐ倒すから……ああ、もう!」

 枢機卿が化け物の真ん前に飛び出すという余りと言えばあんまりの状況からか、必死の形相で全く聞いていない。
 その間にも2回ほど至近距離に棍棒が振り下ろされた。危ないぞ、俺じゃなくて、お前が。
 スキル欄から神の威光を選択 

――神の威光――停止

「ほら、わかるだろ、離してくれ。大丈夫だから」

「え、あ……一体、何が……」

 理性的な混乱ではなくシステムによる混乱からか、クーミリアがおろおろと俺を離した。
 すぐに奴に近づいてスキルを選択。

 キュアバースト、ターゲットグレーターオーガ、ボス。

 少女の光の剣撃を見た後ではいくらも見劣りする光がオーガを包んで広がった。
 そしてその光が――オーガの雄叫びと共に消え去る。

「届いて、ない……!?」

 もう1発。再度瞬いた光も、オーガに何の痛痒ももたらさなかった。
 もう1発……!

 ――キュアバースト――

 ターゲット指定 グレーターオーガ――BOSS――バーサーク!


 ――グルァァァァァァ!!!!!


 オーガの棍棒が振り回され、追いついてきたクーミリアが背後に弾き飛ばされる。
 ダメだった。俺の魔法では奴に何のダメージも与えられていない。
 いくら初級魔法とはいえ、流石に1や2のダメージは入る筈だ。
 なら、残る可能性は。
 俺がこの『カントルの町<オーガの群れ襲撃クエスト>』の受注制限レベルを超えているのか。
 この世界に入ったばかりだからといって上がりきったレベルじゃ無理だったのかもしれない。
 そうでなければ、クエストのクリア状況も今の俺に引き継がれているのか。
 どちらにしろ俺は低レベル側のクエスト受注者ではない。

 ――ならアイツに止めをさせるのは、まさか…

 恐ろしい想像に足を止めた瞬間、俺もまた振り回される棍棒に弾き飛ばされた。
 背中を地面にこすりつけて冗談のように吹き飛ぶ。
 ダメージは少ないが……痛い。
 なまじっか効かないせいか、腕の皮を薄皮一枚ずつはいでいくように地面がこすれる。
 その上、買ったばかりの服がぼろぼろだ。
 それでもダメージ自体は総量から見れば大したものじゃないんだ。
 必死に痛みをこらえ、立ち上がった。
 よろよろと立ち上がろうとするクーミリアを視界の隅に、こちらへと棍棒を向けたオーガと真っ直ぐにらみ合い、打開策を考える。
 ――その前に。



「やめてくださいっ!!!」

 出会ってからの時間は短いが、随分と聞きなれた声。しかし、大声を聞くのはまだ二度目。
 宿屋の前、つまりオーガの目の前に、白いローブをまとった麻衣の姿があった。
 この馬鹿野郎、一体何をやってるんだ。
 宿の前に立った麻衣が気丈にオーガをにらみつけている。
 だが遠目からでもわかる。倒れそうな程に両足が震えていた。
 オーガは当然、目の前に立った小さな人間を叩き潰しにかかる。
 それは、その人は、駄目だ、やめろ――


――アークミスティリオン――


 指定したセルの周りを3回だけあらゆる攻撃を防ぐ遮蔽フィールドで覆うスキル。
 麻衣の周りが青い壁で包まれる。だが、頼りなげなあの光が持つのはたったの3回。
 スキルディレイ、クールタイムは――再使用までには、30秒の時間が要る。二度目はない。
 オーガが棍棒を叩きつける。同時に駆け出した。

 オーガが棍棒をなぎ払う。もっとだ、もっと早く。

 オーガがその野太い足で踏みつけてくる。壁が、破れる。

 間に合わない。

 瞬間、何か乗り物にでも乗ったのかと思う程の速度で視界が動いた。
 自然と定めていた自分の肉体の枠を超えて、キャラクターの敏捷値を搾り出しているのを感じる。
 またこのパターンか。でも今回はお前が悪いんだぞ、とは、口に出す余裕もなかった。
 足裏が加熱するほどの勢いでオークの足の下に滑り込み、麻衣を抱いたまま一気に飛び出した。
 恐らくもう限界だろうに、クーミリアが雄叫びとともにオーガに挑みかかるのが背後で聞こえていた。
 だが恐らくは何の打撃も与えられない。このままじゃ、ダメだ。
 早く戻って手伝わなければ、いや、手伝っても無駄だ。
 俺達ではトドメがさせない。その為には、クエストを受けた低レベルプレイヤーの力が要る。
 それこそ、立っていられない程に震えている胸の中の彼女のような。

「麻衣、何馬鹿をやってるんだ。後は任せたって言っただろう!?」

 十分に距離をとってから地面に下ろし、詰め寄るように麻衣を睨んだ。
 怒りがわくほどの悲しさがあった。
 そんなにも自分達が特別だと信じたいのか。
 その想いにすがりつかなければ心を保つことが出来ないのか、と。
 だが、すぐに気づいた。
 麻衣の瞳に浮かんでいたのは俺の想像とは違うものだ。
 恐怖と、申し訳なさと、しかしもっと大きな安堵。

「ごめんなさい、でも、私が、私が無茶を言ったせいで、先輩が、先輩が……って……」

まさか、この無鉄砲なヒロインは

「――俺を、助け、に……?」

 英雄がなんだとか、勇者がどうとかじゃなかった。
 自分を守ろうとする、ナイトにもなりきれない僧侶が心配で仕方がなくて
 この魔法の使えない魔法使いさんは、死地に飛び出してきたのだ。
 そして、その通りだ。俺は紛れもなく確かに、彼女の助けが必要な状況にある。

 こうなったら――――いや、待て。
 道を限定しちゃ駄目だ。まだ手段はある。
 一瞬周りを見渡して考えた。
 恐らく設定はイベント通り。このオーガが最後のモンスターで間違いない。
 なら俺がオーガをひきつけてその間に麻衣にみんなを連れ出してもらう。
 そしてオーガの相手はクーミリアに任せて4人でさっさと町を出てしまえばいいんだ。
 後は野となれ山となれだ。町が破壊されたって構わない。俺達が無事ならそれで……。

 ――麻衣と、目が合った。
 お互いに何も口には出していないのに、麻衣の目が言っていた。
 ダメだと。それでも、絶対に嫌なんだと。
 無茶だと思う。危険な目にあわせたくないと思う。
 しかし同時に、麻衣の想いに応えたい気持ちもある。
 そしてどちらにせよ、彼女がこちらにしか協力しないと言うなら、他に方法はなかった。

「麻衣……麻衣にしか出来ない役割が、ある。力を貸してくれるか? 一緒に、戦ってくれるか?」

「――――もちろん、です」

 歯を鳴らす程の恐怖に震えたまま、しかし彼女は言い切った。


 ――グランドサクラメント――

 ターゲット 松風麻衣
 HPとMPが倍加する。しかしそれでも彼女のHPは300に満たない。
 あのグレーターオーガなら、攻撃の余波だけでも十分に死にきれるだろう。
 インベントリから一度だけつけたネックレスを取り出した。
 馬鹿げた強さの魔王から低確率でドロップするこのネックレスは、ゲーム内の金額でも相当とんでもない値段になる。
 問答無用であらゆる攻撃を半減させる絶大な効果があるが、手に入れるのに仲間とともに相当の大冒険を強いられた。
 だが、その重みがきっと守る。守ってくれ、みんな。
 麻衣の首に白銀の鎖をかけ、インベントリから鳶色のローブを引き出す。二人まとめて覆ってその下で麻衣を抱え上げた。

「あいつはもう死に掛けてる。本当に、後一発撫でられただけでも倒れるぐらいに。でも、そのとどめは麻衣達じゃなきゃさせないんだ」

「……」

「何とかあいつの足元に近づくから、あの太い足首を一発殴りつけてやってくれ。それで、あいつは倒せる」

「……はい、出来るだけ、やってみます」

「よし、上等だ」

 随分と昔の事だ。
 俺がこのクエストを手伝った時、さあトドメだ、と言われた初心者プレイヤーが今の麻衣と似たようなことを言っていた。
 出来るだけ頑張ります、とチャットしたそいつは見事に最後の一撃を入れてくれた。
 きっとやれる、絶対にいける。
 少なくとも俺はあの時より強いし、麻衣にはあの冒険者よりも勇気がある。

「……行くぞっ」

 声とともに飛び出した。
 カーディナルという最上位職でステータスに補正がかかっているので、意識して伸ばしていない敏捷数値も多少は増えている。
 その分速度が上がっていても、しかし人を一人抱えて縦横無尽に駆け回るようなことは全く不可能だ。
 駆け出した俺の速度は陸上競技の選手よりよほど遅い程度だったが――これでもゲームならプレイ開始から7年、やり方ぐらいは心得ている。
 突っ込んでくる俺に気づいたのか、ドラゴンナイトの少女を無視してオーガがこちらに向き直る。
 弱いキャラクターを狙うAI設定が残っているのかもしれない。
 真っ直ぐに走る俺達めがけて、オーガの棍棒が振り上げられ、振り下ろされる。
 これだけの時間があればクーミリアならオーガの頭まで飛び上がれるだろう。
 しかし俺にはそんな力はない。

 届かない。

 避けるだけの敏捷もない。

 神の威光でまともに受け止めれば、麻衣が――

「甘いな、単純思考のモンスターが」

にやりと、俺はもしかしたら健一のように黒いかもしれない笑みを浮かべていた。


 ――アークミスティリオン――


 3発限りの無敵の壁を発動、2歩前の空間を指定。
 発動と同時に領域に飛び込み、光の壁がオーガの棍棒がはじき返される。
 タイミングは完璧。まさに会心のスキル行使。

 もう奴の体は目の前だった。これは、もらった。
 麻衣が動くのを感じる、そうだ、やっちまえ――

 ――奴の足が、目の前に『迫る』



「うわあああああああっ!?」

 思わず麻衣をかばう様にオーガに背を向けた。
激しい衝撃と共に一瞬の浮遊感、直後、思いっきり地面に激突した。

「蹴られ、た……?」

 そんな攻撃、ゲームではなかった。
 いや、当たり前だ。この世界は現実なんだ。
 しかし現実だというのならあいつは一体何だと言うんだ。
 あれだけ刺されても切られてもピンピンしているボスオーガ。これはどんな理不尽だ。
 良い所取りかよ、何て酷いでたらめだ。

――だが、本当良い所取りででたらめなのは――

「くそっ、大丈夫か、麻衣? ……麻衣!?」

「…………」

 返事は帰ってこなかった。
 蹴りと言っても野太い足で軽く飛ばされただけだ。それほど大きいダメージの筈がない。
 麻衣に入ったのはその副次ダメージだというなら、なおさら少ない。
 大丈夫、大丈夫だ。
 『いつも通り』を取り戻すのに一瞬の時間が必要だった。
 PT欄を表示。展開したままだった麻衣の詳細欄にはHP<20/260>状態異常<スタン>の文字。
 良かった、まだ、生きてる。


 ――ヒーリング――


 麻衣を包み込む回復魔法の白い光に胸元のネックレスが瞬いた。
 これがなければ食らっていたダメージは倍になっていた。ありがとうな、みんな。
 再びターゲットがクーミリアに戻ったのだろう、剣戟の音が響いてくる。
 一撃食らってもまだ死なずに済んだというだけで戦いが終わったわけじゃない。
 ここまでして結果は失敗だったのだ。奴はまだ倒れてはいない。
 もう一度、行くしかない。
 だが、たった今死に掛けて気を失った麻衣に、さらに死の危険を冒せというのか。
 麻衣だけじゃない。クーミリアにかけた補助魔法はとっくに消えているのだろう。
 もはや相手にすらされていない少女が、まさに必死で俺達からオーガを引き離している。

 二人が命をかけている。だというのに、無駄な精神力と体力を持つ俺はあいつの攻撃じゃ死ぬ方が大変なぐらいなのだ。
 俺だけが一人安全地帯で他人に命を張らせている。

 失敗した苛立ちが、自信への憤慨に形を変えて燃え上がった。
 こんな力要らなかった。
 俺も麻衣と一緒に勇者を目指して命を懸けられるほうがよっぽどマシだ。
 それでも、麻衣は死ぬ危険を冒して俺に力を貸してくれたんだ。
 俺だって死ぬ気になればまだ出来ることはある。
 心のままに、衝動的に自殺する人の気持ちが少し理解できた気がした。
 何処か開き直った気分でオーガを睨みつけ、スキルウインドウを表示させる。
 まだ一度も選んだ事のないスキルを選択。
 アイテム欄から幾つかの触媒を実体化して装備品を――


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 何とも可愛らしい男の叫び声が響いた。
 まさかと目を向けると、そこには見慣れない旅人衣装を身に着けた、見慣れた男と女がオーガへと走っていく姿。

「な、やめ……」

 立ち上がる時間もなかった。目をそらす余裕も無かった。
 馬鹿な、命を賭けるなら次は俺の順番の筈だ。
 それに、死ぬのは俺からだと言ったのはお前じゃないか。
 どうしてそんな、無茶苦茶な事を……。
 一般人の接近に慌てたクーミリアの声が響く。

「ダメだ、こっちに来るなっ! くそっ、貴様いい加減に……ぐっ」

 軽く少女を弾き飛ばしたオーガが健一と桂木に向き直り、棍棒を握りなおした。



 そしてその太い腕に

 記憶にある鉄製のナイフが

 極々軽い勢いで――サクっと



「グォ、グルォオオオオオオオオ!!!!」

「……え?」

「きゃー、健先輩! すっごーい!」

「……うわぁ……マジかよ……」

 思わず口に出していた。何だこの幕切れは。
 いや、確かにゲームではこういう事はありがちだが……。
 健一が投げたのだろう短刀が地面に落ちて乾いた音を立てるのと同時、グレーターオーガ――BOSS――の体は霞のように消え去った。
 力が抜けて、思わずその場にへたり込んでしまった。遠くでクーミリアが剣を鞘に納めているのが見える。
 その時、実際に聞こえたわけではないだろうが、俺の脳内に盛大なファンファーレが鳴り響いた。

 ――クエスト 達成――

 ついでに言うと、俺以外の三人のレベルアップ音が何回か鳴ったような気も、した。


「終わったんですか……?」

 大ダメージによる一時的スタン状態だった――痛みで気絶していた――麻衣が意識を取り戻していた。
 何と答えるべきだろうか。とりあえず、麻衣の流儀で言わせてもらうとするなら。

「俺達がひきつけて、健一と桂木が止めを刺した。四人の勝利だ」

「……やった、ね、先輩……」

 まだ朦朧としていたのか、麻衣には珍しく親しげな言葉だった。
 申し訳ないが、やったのはクーミリアと健一だけだと思う。



 勢いよく飛び出してきたようだが二人も死ぬ覚悟だったのだ。
 そりゃもう、とんでもなく怖かったに決まっている。
 ひとしきり騒いだ後に桂木は腰を抜かし、英雄の健一は落ちるように気絶してしまった。
 何とか無事だった宿屋にふらふらと戻ると満面の笑みでおやじさんが出迎えてくれた。

「見てたぞお前さん方、やるじゃねえか! 流石は冒険者って奴だな」

 そんなことは一言も言った覚えがない。

「……今晩、部屋、開いてますかね?」

 麻衣に寄りかかられ、左肩に健一を担いで右腕で桂木を抱えた俺に、おやじさんは3号室の鍵を投げ渡してくれた。
 気絶した健一と動けない桂木を二人同じベッドに放り込み、四人で泥のように眠った。

 恐らくは、数時間後。

「おい、起きてるか? ドラゴンナイト様がお会いしたいってんだが、出てこられるか?」

 睡眠耐性が原因ではないと思うのだが、戸外のおやじさんの声に反応して起き上がったのは俺だけだった。

「はい……すぐ、行きます」

「悪いな、頼むぜ」

 立ち上がってローブをまとう。
 買ったばかりの一張羅は擦り切れて着られる状態ではなかった。
 部屋を出る前にちらりと見ると、健一と桂木は仲良く抱き合って眠っている。
 何だろうか、悪戯が不発に終わったようなこの悔しさは。
 静かに眠っている麻衣のベッドに吸い込まれた視線を引き離して、俺は部屋を出た。


「こんな夜中に失礼をした」

「別に構わないけど。ただ、下らない用件だったら多少不機嫌にはなると思う」

「それは保障できないな」

 先刻とは少し色合いの違う龍騎士服を着たクーミリアは、苦笑しながら一枚の紙を手渡した。

「これは?」

 文字は日本語なので一応は読める。
 目を落とすと乙だの甲だの難しい単語が並んでいるが、何かを一台どうのと……

「それを門の係官に渡せば私達の馬車が受け取れる。情けない話だがこれで手を打ってはもらえないか」

「……何の話だ」

 必要があって手助けをしただけでクーミリアから謝礼をもらう約束などしていない。
 ついでに言えば、恐らくクエスト達成報酬――結構な経験値だ――を俺以外の三人は受け取っている。

「今回の被害、騎士団全体の失態と言えるレベルだ。私個人の武功は差し置いても、旅人の力を借りなければオーガすら倒せなかったとは……報告できない」

 それでいいのか、と言おうとした。
出来ないことは出来ないと言うべきだ。そうでなければ、また不幸が起きる。
だがそんな正論は、搾り出した少女の言葉の前では手の中の紙切れと同じだった。

「そうでなければ……死んだ者達が、余りにも不憫だろう……」

 彼女はまだ幼かった。 
クーミリアの見た目が、というだけの話ではない。
俺の支援魔法にはしゃいでいたあの姿は間違いなく年相応に少女のものだったのだ。
なのに彼女はこれだけのものを背負っている。
恐らくは幾らかの才能があって、何とかドラゴンナイトになることが出来たというだけで。
俺ならキャラクターを作って半日で到達できるレベルにいるであろう彼女が。

「王様……皇帝か。には好きなように伝えてくれていい。俺達が何かしたとは、本当に思ってない」

「すまないな、何から何まで」

 俺の負い目は恐らく彼女にとっては侮辱に当たるのだろう。
 蟻が頑張っているのを申し訳なく思う象のような思考はいい加減捨てなきゃならない。
 自分の力を正しく見定めて、何が出来るのか、何をすべきなのかを明確にしなければ。
 そうでなければ、仲間に本当の事を話せすらしない。だが――

 ――良い所取りかよ、何て酷いでたらめだ――

「……だけど馬車の話は別だろう。パレードに使ってたあの馬車なら相当大きかった筈だ、乗り物なしでどうやって帝都に帰るんだ」

 思考から逃げるように口を開いた。
 遠慮で言ったつもりはない。
 俺達が使うには本当に過ぎた代物だったし、騎士団を馬車なしで帰らせるのもあんまりだと思ったのだ。
 しかし彼女は少しだけ困ったように笑って、気にしないで欲しいんだが、と前置いて言った。

「私一人で使うには、少し……大きすぎるんだ」

「……っ!?」

 俺達が宿で震えていた間に何度も聞こえていた断末魔の声。
 部屋の中にさえ届いた、今も町に残る血臭。
 現れなかった、指揮官である筈のクーミリア以外の戦士。
 あれだけのパレードを構成していた騎士団員が全員……もう、居ないと?

 ――ダメだ。
 俺が罪悪感を感じてみせるのは、本当に死者への冒涜だ。
 あの時天秤にかけのはクーミリアだけじゃなかった。
 この町の全てが失われても仲間を守りたいと思ったんだ。
 もし俺が最初からオーガに挑んでいれば、結果は無事な騎士達と宿屋の倒壊、地下室の崩壊だったのかもしれない。

 今でもこれでよかったと思っている。それでも、それでも。
 ゲームの中じゃなく現実なんだと、まだ心から理解しきれていない自分がいる。
 なのに、目の前の少女はNPCだと割り切っているわけでもない。
 このままじゃダメだ。激しい焦燥感が胸を焦がした。

「そう……か」

「本当に気にしないでくれ。全滅して任務失敗と、全滅したが任務成功では何かもが違うんだ。感謝している」

 初めて会話をした時のように寂しげな、それでいて満足げな笑みを浮かべ、少女は頭を下げた。
 つられてお辞儀をした俺が姿勢を戻したときにもまだ彼女は頭を下げたままで
 そして小さな声で、言った。

「……帝都にいらした際は、ぜひ城をお尋ねください。お待ちしています――猊下」

 何かを言い返すより早く、身を翻した彼女は振り向くことなく去っていった。
 参った。帝都には、出来れば入りたくない。

 部屋に戻ろうと、この辺りでは唯一無事だったおやじさんの宿を見上げ、何となく思った。
 最初の町のイベントで帝都に借りを作り、豪華な馬車を手に入れた。
 戦う覚悟のなかった仲間達は最初の勇気を持ち、達成感を得て、ほんの少し力をつけた。
 そして俺自信も、でたらめな力を隠して他人を犠牲にすることをこれ以上許せそうにない。
 『仕掛け人』の意図通りだろう。だが、このままそれに乗り続けていいのだろうか。
 俺も、いい加減に決意しなければいけないのかもしれない。
 とりあえずは、間違って隣のベットに入ってみようか、と決心を固めた。

 
 そして翌朝。

 やめておくべきだと思ったなら、やっぱり、やるもんじゃない。
 確かに反省している。だから頼む、そのネックレスだけは、お願い返してください……。






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