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No.11414の一覧
[0] 【報告とお礼のみ更新】ログアウト(オリジナル/現実→ネットゲーム世界)[検討中](2011/11/13 15:27)
[1] 第一話 ログイン[検討中](2011/11/12 19:15)
[2] 第二話 クエスト[検討中](2011/11/12 19:15)
[3] 第三話 でたらめな天秤[検討中](2011/11/12 19:16)
[4] 第四話 特別[検討中](2011/11/12 19:16)
[5] 第五話 要らない(上)[検討中](2011/11/12 19:16)
[6] 第六話 要らない(下)[検討中](2011/11/12 19:16)
[7] 第七話 我侭(上)[検討中](2011/11/12 19:16)
[8] 第八話 我侭(下)[検討中](2011/11/12 19:17)
[9] 第九話 飛び立つ理由[検討中](2011/11/12 19:17)
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[11414] 第二話 クエスト
Name: 検討中◆36a440a6 ID:111d7f98 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/11/12 19:15
  人工的な光のない夜がこんなにも落ち着かないものだとは思わなかった。
 曇天の空は幸いにも雨粒を落とすことなく過ぎ去ってくれそうな様子だが
 切れ目なく重なる雲の海は星の光や月明かりも遮ってしまっている。
 先程襲われた野犬の恐怖も含めて、俺達は肩を寄せ合って不安な夜を過ごしていた。

 ――というのは建前だ。
 夜になると空が曇るのは、最初期MAPであるこの草原では星明かりの描写が出来ていなかったことが原因である。
 雨の振る場所は特定の地域だけなので幾ら曇っていても不安に思う必要はない。
 先程の野犬――シュタイナーウルフ――は1体だけしか存在しない小ボスで、一度倒せば一日は出現しない。
 このMAPには他にアクティブなモンスターは沸かないので何の危険もないのだ。
 こんな、それこそゲームのような話を、現実に怯えている三人に聞かせることが出来るだろうか。
 ネットゲームの中に入り込んでしまったという現実――リアル――をどう受け止めればいいのか、俺もまた図りかねていた。

「先輩、眠いです……」

「いいよ、眠っても。僕と山田が起きて見てるから、またあいつらが来たらすぐに起こしてあげるよ」

「怖いから、先輩も一緒に寝てください!」

「あのね、すずちゃん……」

 神経が太いと言うのか、よく頑張っていると言うべきか。
 茶色のもこもこ髪はおとなしい形に潰れてしまっているが、桂木すずはいつもの調子を取り戻している。
 俺の隣でそれにすがりつかれる童顔の男、富田健一。
 女性の桂木とそう変わらない背丈なのだが、可愛らしい顔立ちと合わさって中々の優男である。
 普段は後輩の桂木に懐かれても軽く交わしているのだが、歩き続けて疲れた上に時差もあわせて完徹の現状、されるがままになっていた。
 さらに健一と桂木を挟んで反対側には長髪の女性、松風麻衣がうつむいて沈黙を保っている。
 空気が湿っているせいだろうか、まさに烏の濡羽色と言うべきその黒髪は、よく見ると整っているその顔立ち以上に彼女の印象として強い。

 俺達はシュタイナーウルフに襲われた場所から200メートル程離れた大木の下に並んで座り込んでいた。
 相手が本当に野犬ならこんな距離はないも同然だろうがどうせ出てこないので問題はない。
 正直な話、現実に現れたモンスターを魔法で倒すというまさに夢のような経験をした俺は、今も冷静なつもりで随分と調子に乗っていると思う。
 本来なら女性二人を挟むように男で座るべきなのだろうが、麻衣の隣にいるとどうしても格好をつける自分の姿が想像されるのでこうして離れた位置に腰を下ろしていた。
 ウルフを警戒する必要がない以上得られた時間で考えるべきことはたくさんある。

 どうしてこんな世界に来てしまったのか。

 どうして俺は自分のキャラクターの力を使えるのか。

 どこまでその力が扱えるのか。

 そして最も大事な事、どうすれば現実の世界に戻ることが出来るのか。

 いや、これもまた逃げの発想なのだろうか。
 今の俺たちのとって『現実の世界』はここ、剣と魔法とモンスターの世界『ワンダー』なのだから。













第二話 クエスト












  まんじりともしないまま一夜を過ごし、朝日が昇るのを見届けた後、俺以外の三人は崩れるように眠りに落ちていった。
 しかし三人の寝顔を見比べると男の健一の寝顔が一番整っているというのはいかがなものだろう。
 後でからかってやろうと決めて、俺はゆっくりと立ち上がった。
 どれもこれも考えても答えは出なかったが、幸いにも眠気はない。
 寝ようと思えばもちろん眠れるだろうが、睡眠欲自体が自分の制御下にあるのを感じていた。
 理屈もわかっている。ゲームの中の『睡眠』は宿屋での休息を除けばモンスターの睡眠ガス等による『状態異常』として扱われる。
 その睡眠攻撃は精神力を基準にレジストが可能で、俺はステータス的に睡眠に完全耐性がある……と思うが、自信はない。

 今最大の問題はそこなのだ。
 俺がこの世界に飛ばされた時に一瞬見えたキャラクター選択画面。
 あそこでの記憶が正しいとすれば、俺が選んだのは使う頻度の一番高いメインキャラクター。レベルは限界値で職業も最上位職、装備もほぼ完全に近い。
 7年も毎日同じゲームをやっているのだから流石にそれぐらいは当然なのだが……果たして本当に俺がそのすべてを引き継いでいるのかがわからないのだ。
 ステータス画面を開いて確認すればいいのだろうが、そんなものあるわけがない。装備もアイテムも確認することが出来ない。
 先程のウルフとの戦闘を見るに、初期MAPで困らない程度の能力は持っているのは間違いない。ステータスについては後回しでもかまわないと思う。
 しかしインベントリ――所持アイテム欄――だけは何とか確認できないと困る。
 俺たちが最後に食事を取ったのは時間にしてもはや14時間前、水分摂取は10時間前。
 流石にすぐに問題が起きるような時間ではないが、ここまで歩き続けたことも含めて体が弱るには十分だろう。
 今の時点で既に空腹なんだ、何も口に入れずに今日を歩きぬいて町にたどり着くのは難しいと思う。 
 せめて水だけでもとMAPをよく思い出してみたが、このあたりに川があったという記憶はない。むしろ町を挟んで対称位置だ。
 当てはある。満腹度というステータスがゲーム内にあるので、俺のキャラクターはいつも食料と水を十分に持ち歩いていた。
 それをインベントリから取り出すことが出来ればそれで解決する。魔法を使うよりもずっと簡単な筈だ。
 しかし、ズボンのポケットを探ろうが、鞄の中を漁ろうが、四次元ポケットがないか腹を確認しようが、何もありはしない。
 
 腹立ち紛れに近くを飛んでいた鳥をにらみつける。クイックスロットから神聖魔法キュアバーストを選択。
 スキル発動――は、しない。こんなのはただの八つ当たりだ。
 スキルをショートカットに登録して、ボタン一つで使用するクイックスロット。
 それが存在することを頭のどこかで理解していて『いつも通りに』使うことが出来るのに、それが他に繋がらない。
 我ながら全くもって役立たずな事だ。
 幸いクイックスロットには普段使うスキルが一通り登録されていて、少なくとも今の自分の妙な力のベースが何であるかはわかる。
 職業は選んだ通りのメインキャラクター、守性僧侶系最上位職 カーディナル――枢機卿――だ。
 回復能力と支援能力は抜群だが、キャラクターの能力とアイテムの性能がインフレしきった『ワンダー』の世界では正直微妙な評価を受けている。
 普通のモンスター相手なら回復と支援は最上位の下、上位職でも十分に手は足りる。
 その為、枝分かれした攻性僧侶系最上位職 パトリアルフ――総主教――の方がよほど優秀で人気があった。
 カーディナルの特技と言えば、町のNPCに猊下と呼んでもらえるという面白スキルや、聖職者の転職NPCを代行できるぐらいだ。
 それでも俺が使っていたのは仲間内に一人居ないとどうしても困る理由があるからで、だからこそ毎日ログインを――



「う、ぅん……」

 耳に届いたかすかなうめき声に俺は思考を中断した。
 眠っている三人の方に目を向けると、すやすやと眠る健一と桂木の横で麻衣が随分とうなされていた。
 さっき見た時は足を抱えてうつむいたまま眠っていたのだが、今は全身を地面に横たえている。
 見ていると時折寝返りの出来損ないのように体をくねらせ、ふらふらと顔を左右に振っているようだ。
 その表情はこの距離でもわかる程に苦しげで、珠のような汗が顔全体を……

「待て、普通じゃないだろ、これ……!」

 慌てて駆け寄ったが、近づくと異常はすぐにわかった。

「何だこの熱……麻衣、お前ほとんど背負われてただろうが……」

 汗で濡れて、その体を冷やして。風邪の危険ぐらいはあるかも知れないと思ったが、麻衣の様子は尋常には見えない。
 ただ急な風邪で熱が出ているだけなのか、それとも持病なのか。それすら俺には判断がつかない。
 なんの対処も出来ないとおそらくまずいことはわかる。しかし全員着の身着のままここに居るのだ。解熱剤どころか風邪薬すら持っていない。
 女性陣も持っていたとして鎮痛剤ぐらいだろう。、
 どうすればいい。回復魔法でもかければいいのか? 
 本当に人間に効くのか、回復魔法が。
 何が原因かもわからないのに適当に魔法をかけたりして絶対に悪い事が起きないと言い切れるのか。
 夜を明かす間、ずっと黙ったままうつむいていた麻衣の姿が脳裏をよぎる。

「くそっ……さらに大人しくなったと思ったらずっと我慢してたのか」

 自分が着ていた上着を脱いで麻衣に被せた。
 目を覚ましていたのだろう、麻衣が薄っすらと目を開けてこちらを見た。

「ごめんなさい、せん、ぱ……」

「いい、喋るな。何とかしてやる。ちょっと待ってろよ」

 体調の辛さ以上に、自身への情けなさが麻衣の瞳からあふれ出していた。
 情けないのはこっちだって同じだ。化け物一匹消し飛ばせても風邪が治せない僧侶に何の意味があるっていうんだ。
 せめて原因がわかればいい、麻衣は何でこうなってるんだ。
 そうだ、ここがゲームの中だと言うなら、原因はやはり状態異常だ。
 一体何の状態異常で……


 ――PT欄で見ればいい


 瞬間、思った通りに体が動いていた。
 いや、体は動いていない。
 ただ、PTメンバーを表示するウインドウを開くボタンを押した感覚があった。
 中空に出現する半透明の光の集合体。可愛らしいフォントで、Yamada,Kenichi,Suzu,Maiの文字。
 余りの非現実感に呆れている余裕もなかった。クリックの仕方がわからないがとにかく指でMaiの文字に触れる。
 追記の詳細ウインドウが開き、HPとMPにSP、バフとデバフ、状態異常の画面が表示される。
 HPとMP、SPは残り生命力と魔力にスタミナ。バフは能力向上、デバフは能力低下、スクルトとルカナンを表示しているようなものだ。
 確認すると、MaiのHPは<15/130>で、状態異常<熱病>。
 一瞬思考が止まっている間にもHPの数値が動く。HP<14/130>――


 ――ヒーリング――


 ターゲット指定 松風麻衣。
 淡い白色の光が麻衣を包み、初級神聖魔法が発動する。
 何が起こるかわからないからと甘えていられる状況ではない。HPの減少速度がいくら遅くてもおそらく残り十数分で息絶えていた。
 初級とはいえ使用者のステータスに影響を受ける回復魔法だ、本来はこの1発で3000以上の生命力を与えられる。
 鼻血が出る程のオーバーヒールだが、麻衣は多少顔色が良くなっただけで未だに苦しげにうめいている。
 今も中空に光が集まって形作られている冗談のようなPTウインドウを信用するなら、麻衣は継続して熱病状態にあるのだ。
 熱病の治療には治癒魔法のリカバリーオールか専用アイテムのディスコールドを使わなければならない。
 どちらも普段は使わないのでクイックスロットにはない。スキルウインドウを開くか、インベントリを開かなければ。

「せんぱい……?」

 魔法のエフェクトが見えたのだろう、麻衣がふらふらとこちらに手を伸ばす。
 何も答えることは出来なかったが左手でしっかりと握りしめてやる。

 落ち着け、麻衣が苦しんでいることを別にすれば、時間はある。
 ヒールをかけ続けている間は死ぬことはないんだ。
 だが、麻衣が苦しんでいるからこそ、胸の鼓動は収まってくれない。
 ただの知り合いがちょっと風邪ひいてるぐらいで何を動揺しているんだ俺は……!

 さっきの感触で、いつも通りにキーボードを入力するんだ。スキルとインベントリぐらい目をつぶっていても開けるだろう。
 深呼吸をして右腕を伸ばす。いや、違う。実際にキーボードがあるわけじゃない。体の動きはむしろ邪魔だ。
 集中しろ、集中して、しかしいつも通りに。
 ポイントはいつも通り、だ。

 廃人らしくやってみせる――


 ――とりあえず殺してから蘇生すれば熱病は消えてるだろう


「――ふざけんなっっっ!!!!」

 それが、いつも通りの俺の考え。
 手っ取り早くて面倒がない。しかし今、絶対に納得は出来ない。
 自分の中のあってはならない思考を殴り飛ばした瞬間、中空に光が瞬いて2枚の光のスクリーンが出現した。
 見慣れた横文字の並ぶ方に右手を当て、スキル選択。


 ――リカバリーオール――


 ターゲット指定 松風麻衣。
 暖かな緑色の光が麻衣を包み込むとともに、表情がやわらぐ。
 PTウインドウの表示でも状態異常は消えている。思わずほっと息をついてしまった。
 リカバリーオールは初級レベルの状態異常は全て治癒するスキルだ。
 便秘が治ってこの後ちょっと苦労したりしてな……とは口に出さなかったが。俺も少しは調子が戻った。

「……ぁ……」

「大丈夫だ、休んでろ」

 麻衣がこちらに何かを言おうとして力尽きたようにまぶたを落とす。
 そっと頭をなでてから確認すると状態異常欄には睡眠の表示。出来れば夢だと思ってくれ、麻衣。
 握ったままだった左手をゆっくりほどいて周りを見る。
 今も俺を取り巻くように、光で出来たウインドウが3枚浮かび上がっていた。
 まるで未来技術満載のSFみたいな光景だが、残念ながらこの世界は溢れる程にファンタジックである。
 触っていなかったインベントリウインドウに手を伸ばすと、光で出来たアイコンをつまむ事が出来た。
 ボトルに入った水を取り出すと魔法のように手の中で実体化する。
 何となく安全な水だと確信できる。毒見役の気分で先に頂かせてもらった。

「しかし……」

 初めてスキルを使った時もそうだった。
 なんとか他の画面を表示できるようになった今もだ。
 まさか麻衣が危ない目にあうたびに、俺はちょっと覚醒するのか?

「……酷いイヤボーンだ」

 全員が寝ているので思わず口に出してしまった。
 しかし幸いな事に現実をゲームとして考える大体の感触はつかめたと思う。
 次からは麻衣が叫ぶ前に助け出すヒーローを目指してみようか。
 そんな馬鹿げた考えで、自分の中の淡い思いに蓋をした。流石にそういう状況じゃないだろう。



 確認の手始めとして、とりあえず装備ウインドウを開こうとしてみる。
 装備ウインドウは素直に表示されてくれた。
 現在の装備品はなし。全てインベントリに戻っているようだった。
 アイコンの光を指でつまんで手持ちの汎用アイテムを装備欄に放り込んでいくと、手品のように自分の衣装が変わっていく。
 体のラインがはっきりと出る白色の聖職者のローブに、ビレタというんだろうか、それらしい帽子。
 背中にはローブと同色のマントがうっすらと輝きながらひるがえる。
 右手には真っ直ぐに伸びる乳白色の杖、先端部分には大きめのミスリルの十字架が模られ、瞬くように光を漏らした。
 左手には本物の天使から聖別を受けた分厚い聖書が神聖な魔力をほとばしらせている。
 足元を守護のオーラを放つ歪んだブーツが飾り、両腕には黄金の魔力を放つ腕輪、首と耳元も同様に光を放つアクセサリーが踊る。
 うむ、完璧だ。完璧に――


「ありえねぇ……」

 絶対に二度と装備しない。そう決めてすぐにアイテム欄に戻した。
 こんな格好で知り合いの前に立つぐらいなら裸でドラゴン相手に前衛をした方がまだマシだ。
 誰にでも装備できる鳶色のローブが比較的地味なデザインだったので取り出しやすい場所においておく。

 ステータスウインドウも見てみると、見慣れた自分のスタータスのままだった。
 細かい能力値はわざわざ確認しないが、装備なしでも少なくとも麻衣の500倍のHPはある。問題ない。
 後は全体マップが見られば完璧なんだが……何故だろうか、こちらは何度試しても開いてはくれなかった。





 それから数時間後、太陽が南中にもなろうかという時間になって、三人は目を覚ました。
 最初に目を覚ました桂木はなんと俺が水を飲んでるのを見ていきなり飛び掛ってきた。元気である。
 桂木が出所不明の水と食事をあっさりとたいらげた所で、むくりと麻衣も起き上がった。
 取り乱す事もなく、何も聞かず、おはようございます先輩と冷静に言われ、正直俺の方が動揺したように思う。

「う……あ、え……?」

「おう健一、起きたか?」

「おはようございます! 寝顔可愛いかったですよー!」

 麻衣が朝食――昼食とも言える時間だが――を食べ終えたところでようやく健一も目を覚ました。
 昨日は気の抜けていた俺の代わりに必死に行動指針を決めていたんだ。相当疲れていたんだろう。
 健一はしばらく頭を抱えた後、ようやく昨日の出来事を思い出したのか、うんうんと頷いた。

「ああ……うん、そっか……。うわー、夢の中より地獄の状況だね」

「そんなに酷い夢だったんですか、健先輩?」

「うん、すずちゃんが出てきたんだ」

「ふえっ、せ、先輩っ!?」

 あちらもあちらで一眠りして調子が戻ったようだ。
 ボトルに入った水と、持っていてもまだ違和感をがないかと選んでインベントリから取り出していたチョコレートを健一に渡してやる。

「山田、こんなの持ってたんだ? 水なんてあったの?」

「たまたま一枚あったチョコだ。水も夜露だからそれだけしかないぞ」

 いぶかしげ、という程ではないが疑問符を浮かべた健一が、俺の言葉にげんなりした表情を浮かべる。

「助かるけど……何とか今日中に人を見つけないと、山火事作戦発動になるね」

「あっちの草原まで燃えたらどこにも逃げ場がないけどな」

「……それでも逃げる元気がある間じゃないと、自殺にしかならないよ」

 思いつめた表情で言う健一。大丈夫だ、カールの森から町まではこのカールの草原を横断するより幾らか近い。

 
 数分後、降下を始めている太陽にようやく気づいて焦り始めた俺達は急いで一夜を借りた大木に別れを告げた。

 ――そういえば。
 歩き出して間もなく思い出したのだが、森の入り口の傍にある大木には森の精霊のイベントがあったような――
 ちらりと振り返ると、大木で一番太い枝に足をかけて、少し寂しそうな少女がこちらを見ていた。
 ごめんなさい、とは口には出さなかったが心中で告げて、俺は前方を並んで進む三人を追った。
 最後尾なのを良い事に後ろ手にPTウインドウを開いて見ると、麻衣のスタミナ数値は既に<60/100>まで落ち込んでいる。
 全く、手がかかる娘ばかりだ。


 このまま森に入るのはどうなんだという会話がなくはなかったのだが、これまで来た道を戻って反対側に進む気力は誰にもなかった。
 幸い獣道に近かった足元の道は随分と広くはっきりしたものになっている。
 人里が近いんじゃないかと希望を持って、昨日よりは幾らか元気よく俺達は進んでいった。
 しかしその元気は、俺達は一体どこに居るのか、何が起こったのか
 そういった根源的な疑問から目をそらし、目の前の危機と希望に身をゆだねているに過ぎなかったのかもしれない。

「あそこ、あそこにあるの、門と建物じゃないですか!?」

 休憩を挟みながら歩き続けて視界が夕暮れに染まる時間。
 久々に視界に入った人工物に桂木が騒ぎ始めるのを聞いて、俺もほっと息をついた。
 この辺りにある門と言えば町の入り口だけだ。ようやくとりあえずの人里――カントルの町――についたらしい。 
 背中の麻衣に声をかけて俺も歩みを速める。
 食料だ、飲み物だ、寝床だ、というよりも、俺には気になっている事があった。
 この町ならその答えの一つが出るはずなのだ。
 しかしカントルの町、か。何か忘れているような――


「あの、ここって、どこなんでしょうか?」

「カントルの町だよ。そりゃまあ田舎だがな、知らずに来たのか?」

「僕ら日本から来たんですがどれぐらい遠い所なんですか? いえ、えっと、ここって何ていう国の……」

「アテナス帝国の……お前ら、一体どこから来たんだ? 悪いが日本ってのは聞いたこともないぞ」

「えぇ!? でも今喋ってるのが日本語じゃ……」

 健一と桂木が町の中に居た門番らしき兵士を質問攻めにしているのを俺はぼんやりと見ていた。
 俺の背から降りた麻衣も同様に、動きを見せずに二人を見ている。

「あー……麻衣は、いいのか?」

「はい、大丈夫です」

「……そう、か」

 何の圧力を感じるわけでもない、特に変わらない様子なのにどこかが恐ろしくて会話を続けられない。
 半日背に乗っていた事を考えても特に俺に隔意を抱いている様子はないんだが……。
 やっぱり俺がスキルを使ったのを覚えてるんだろうか。覚えてるんだろうな。キモイと思われたかなぁ。

「絶対おかしいよ、日本語喋ってるのに日本は知らないとかいうし、世界に国は4つしかないとか言うんだよ!」

「あの人、ここが地球だって事も知らないって! 世界が丸いのも知らなかったんですよ!?」

 何故か軽くへこんでしまっだ俺の所に二人が戻ってきた。こちらとは対照的に二人ともハイテンションだ。
 しかし声が大きいぞ二人とも、門番さん睨んでるから。

「……意外と、丸くないかもしれないですよ?」

「え……麻衣?」

 こういった話に珍しく口を挟んだ麻衣に、一瞬会話が止まる。
 揃って見返す俺達に麻衣は逆に驚いたようで、おどおどと続けた。

「その……何となく、思っただけです。ごめんなさい」

 終わってしまった。
 微妙な雰囲気になった空気を良いように使おうと、俺も口を挟むことにする。

「ちょっとからかわれただけだろ、警察とか捜そうぜ。別行動で良いよな」

「え、山田、ちょっと待って……」

 許可も取らずにさっさと歩き出した俺に、桂木の声がかかった。

「山田先輩、パス!!」

「は? ……うわっ」

 思わず振り返った俺の所に凄い勢いで麻衣が飛び込んできた。桂木が押し出したらしい。

「30分ぐらい後にそこで合流しましょう、麻衣をお願いしますねっ!」

 何か騒いでいる健一を問答無用で引っ張って桂木は去っていった。そこ、というのは町の広場の噴水の事か。
 隣でこちらを見上げている麻衣と目を合わせ、すぐにこちらからそらした。
 隠し事があって既に知られているという状態にやはり後ろめたさがある。
 麻衣の方もうつむいてしまった。よくわからないが、酷く申し訳ない。
 蓋をしたはずの淡い思いがあふれ出す。
 いや、これは恋ではないと思う。これでもそんなに惚れっぽいつもりはない。でも――

 全てとは言わないが、話してみようか。

「じゃあ、行くか」

 無言で頷いた麻衣の表情は、やはり前髪に隠れて見えなかった。



 町の西にある広場に向かう。小さな子供が遊んでいた。
 北にある井戸に向かう。数人の女性が会話をしていたので軽く会釈をする。
 東の酒場を訪ねる。仕事着の男達が酒を飲んで騒いでいるだけだった。
 中央の広場にやって来る。通り過ぎる人々と、憩いの時間を過ごす恋人達が目に入る。
 噴水の傍のベンチに二人並んで、健一と桂木を待つ。少し早めに来てしまったようだ。

「……先輩、大丈夫ですか?」

「ん、俺、何か変な顔してたか?」

「いえ、そうじゃないんですけど……」

 交番のように見える建物を見つけては様子を見たり、今は洒落たアクセサリーの店より食べ物屋が気になると軽く笑いあったり。
 それほど違和感のある町歩きをしたつもりはなかったが、俺の様子がおかしいのには気がつかれたようだ。

 ここ、カントルは小さな町だが、そもそも『ワンダー』にはそう何十箇所も都市があるわけじゃない。
 それにカントルは数少ない『ワンダー』運営開始からある町の一つだ。
 後から追加された馴染みのない町とは違って、ここにはいつでもプレイヤーが集まっていた。
 西の広場は、昔所属していたギルドが使っていた。
 北の井戸は、水を使ってアイテムを生成する生産職が沢山居た。
 東の酒場は、回復した後にダンジョンへの転送を請け負う初心者魔法使いが溜まっていた。
 中央の広場は、帝都よりも多いぐらいのユーザー商店で埋め尽くされていた。
 しかしそのどこにも、冒険者に見えるような人間は居なかった。
 俺は異世界に迷い込むのと電脳世界に入り込むのなら、個人的には後者の方が帰還の目があると思っている。
 週1回のメンテナンスによるサーバーダウンで外に放り出される可能性があったし、現実の技術者が俺達が戻ってくるための研究をしてくれたかもしれない。
 全く誰にも信じてもらえなかったとしても……もし知り合いと連絡を取ることが出来たなら。
 俺や健一の家族はともかく、麻衣と桂木の両親は娘がいつまでも戻らない事をさぞ気にかけているだろう。
 せめて娘の無事を伝える事だけは出来たはずだ。
 しかし残念ながらその可能性はなくなった。

 どうやらここはオンラインゲーム『ワンダー』とは似て非なる世界のようだ。
 どうして俺がゲームの力を使えているのかはわからないが、二つの世界に関係がないというのはむしろありえないんだろう。
 きっとこの世界は、ゲームの世界と、そして現実と、どこかで繋がっている。
 それが場所なのか物なのか概念なのかはわからないが、何とかしてそこにたどり着かなければならない。
 諦観と決意を胸に隣の麻衣を見る。もうごまかすべきじゃないだろう。

「あのさ、麻衣……」

「先輩、朝の事なんですが」

「……あ、ああ」

 俺が諦観に至るまでの時間が麻衣にとっては決意の時間になったようだ。
 機先を制され、俺には麻衣の話を聞くことしか出来ない。

「少し曖昧なんですけど、先輩に助けてもらったのは覚えてるんです。ありがとうございます」

「いや、大したことはしてないよ」

 本当に大したことはしていない。何せMPで言えば30ほどしか使っていないのだ。
 俺達は体を傾けて向かい合っている状態なのだが、こちらの胸元を見ている麻衣の表情はうかがうことが出来ない。

「その……魔法みたいな、何かで……」

「あ、ああ……」

 何を言っても自滅にしかならない気がして二の句が告げない。
 ゲームの魔法を実際に使える人間とか、凄いけど気持ち悪いよな……全く、助けてフラグを折るんじゃ意味ないよなぁ。
 と、俺はこの瞬間まで、酷くのんきな事を考えていた。

 初めてそれに気づいたのはかすかに震える麻衣の指が視界に入ったからだ。

 ――いや、待て。そもそも、彼女は俺を……何だと思っている?

 この良くわからない現象に巻き込まれた中で、俺だけ変に力があって、妙な魔法も使ってみたりして。
 それは、気持ち悪いとか、凄いとか、そういう段階の話じゃなくて、つまり
 麻衣は、この状況は全て俺がやった事だと、そう思うのでは――

「えっと、その……」

 麻衣の声が遠くに聞こえる。
 息が詰まる。
 調子に乗ってばかりいて、どうしてこんなことも考えていなかったんだと、心中で焦燥が荒れ狂う。
 同時に、じゃあどうすればよかったんだと、汚い自己正当化の気持ちが暴れだす。
 思いつく限りの言い訳を捲くし立てたいぐらいの気持ちなのに、言葉が喉を通らない。
 怖い。次の言葉を探している麻衣がどんな風に俺を攻めるのかを考えたくない。
 ただ見知っているだけで俺にとっても異郷であるこの世界で、彼女達に見捨てられるかもしれないという想像が、たまらなく恐ろしい。
 ゆっくりと息を吸い込んだ麻衣に、俺は決定的な言葉を予感した。

「ここって、地球とはぜんぜん違う、その……異世界……みたいな所、なんですよね」

「……みたいだな」

 しかし、ようやく出てきた言葉はまだ俺を攻めてはいなかった。
 未だ身構えている俺を尻目に――麻衣は、ほっと息をついた。

「ですよね……最初からそんな風には思ってたんですけど」

「そう、思ってたのか?」

 会話の流れが変わっていくのについていけずに生返事を返すしかない。
 そんな俺を気にした風もなく、そして、先程の現実を認める台詞こそが一番辛かったのだと言う様に、麻衣は気軽に言葉を続けた。

「そういうお話、よく読むので。異世界に呼び出されてそこは一面の草原でしたって、王道ですよね」

「あ、ああ、ワンパターンだな」

 違います、王道です、と訂正された。

「でも、すぐには信じられなかったんです。ここは本当はヨーロッパのどこかで、一瞬で気絶して連れて来られたから昼になってるんじゃないか、とか。そんなありえないことも沢山考えました」

「ああ、俺もだよ」

 嘘じゃない、が、本当でもない。俺は心のどこかでこの世界のことを知っていた。
 彼女が考えている事がわからなくて、ただ話にあわせることしかできない。
 麻衣はゆっくりと首を左右に振り、あわせて長い髪がふわりと揺れる。

「わかっていたのに、でも信じ切れなくて。どうして良いかわからなかった時、先輩が見せてくれたんです」

「俺が……何を?」

 唐突に話が俺に向いた。いや、唐突ではないのか? 理解が追いついていない。
 ただ心中には不安とない交ぜになった希望がある。
 もしかして麻衣は、勘違いしている?
 いや、違う。

 麻衣は、俺の事を、勘違いしないでいてくれている……?

「はい。ただ異世界に呼び出されたんじゃなくて、先輩には不思議な力が使えるようになって……そっか、やっぱりそういうことなんだなって」

「……」

「聞こえてました、先輩が狼に襲われた時に魔法を使うの。それで気がついたんです。私達、役目があってこの世界に来たんだって。きっと、大事な大事な、私達にしか出来ない役割が」

「……」

 何も言えなかった。
 小説オタか、方向性が違うだけで俺に劣らず痛い思考だな、とは口に出せない。
 そして、確かにそうかもしれないと思ったのもある。
 俺達がこの世界に来たのはただ迷い込んだんじゃなく、何らかの意味があるのは間違いない。
 それは路地で誰かが出したに違いないあのポータルゲートが証明している。
 ならば麻衣の言う事は理解できる。きっとどうしても俺達を呼ばなければならない理由があったのだ。
 しかし意味、理由があるとしたら、それは本当に俺達四人になのか? 
 ゲームのキャラクターを持っていたのは俺だけなんだ。
 なら本当は呼ばれるのは俺だけで三人は――

「先輩も、怖かったんですよね」

 俺の頬にそっと細い指が触れた。
 思考の渦の中で麻衣と健一、桂木に見捨てられるという想像よりなお恐ろしい事実に気づこうとした俺を、滑らかな感触が現実へ引き戻す。

「よくわからない力が突然使えるようになって、でも今そんな事言ったら、きっと先輩が疑われます」

「っ! 麻衣は、そう思っていないのか?」

 俺を見上げた麻衣の顔から前髪が流れ、表情がはっきりと映る。
 まるで俺が見ているのを確認して、安心させるように。麻衣はふわりと微笑んだ。 

「怖かったのに、不安だったのに、本当はきっと嫌だったのに。私を守ってくれたんですよね」

「――麻衣」

「弱い私が悪いのに、熱の出た私を助けるために、頑張ってくれたんですよね」

「……」

 涙が出そうだ、とかそんな事はないと思う。
 少し視界がうるんでいるような気がするが、今泣いてしまったらそれは裏切りになる。
 麻衣は、勘違いをしている。それは正しくて、とても優しい勘違い。
 俺を信じてくれた麻衣に報いるために俺は言わなければならない。
 本当は、スキルを使って見せる自分が痛々しくて言いたくなかっただけなんだと。
 一人上から目線で、みんなからどう思われるかなんて、考えても居なかったのだと。
 俺はそんな奴なんだと、ちゃんと伝えないと――

「だから……ありがとうございます、先輩」

「――っ!」

 顔を背けた俺を追うことなく、麻衣はゆっくりと話を続けた。

「先輩は僧侶さんなんですよね。じゃあ……富田先輩が異世界の勇者、かな?」

 そんな風に言って、逆の方が合いそうです、と彼女は笑った。

「なら桂木は、戦士か」

「桂木さん、怒りますよ?」

 言うべき事はこんな事じゃない。もっと大切な事がある。
 でも、もしも許されるのなら。
 ただ彼女を助けただけの俺にそんな資格があると言うのなら。

「それなら私は魔法使いになりたいです。そしてみんなを家に連れて帰る魔法を……」

「――麻衣」

「……はい?」

 優しい夢を語る麻衣を真っ直ぐに見た。
 とてもじゃないけど最高のタイミングではないと思う。
 こんな半泣きの顔で、散々慰められた後に言ったって絶対に決まる台詞じゃない。
 それでも俺はどうしても、彼女に伝えたかった。
 あの時言わなかったあの一言を。

「俺が、守るよ」

「……先輩?」

「何が起こるのか、何をしなきゃいけないのか、何もわからないけど、それでも。絶対に俺が――」

 一度冗談のように考えた。
 二度と麻衣を苦しめたりしない、その前に助け出すヒーローになろうと。

「――――」

「――俺が、麻衣を守るよ」

 照れくさいとかそんな問題じゃなかった。
 自分の情けなさを嫌という程実感して、こんな台詞を吐く資格なんて何処にもないと腐りながらそれでも。
 どうしても、口に出さずにいられなかった。

「……はい」

 帰ってきたのはたった一言だったが、彼女の笑顔を見られただけで、心底から、言ってよかったと思った。
 きっとこの、一生で一番恥ずかしい思い出を、俺は永遠に後悔したりはしないだろう――




「健先輩……!」

「うん、すずちゃん。君が、僕を守るよ」

「はい、私が先輩を……ふぇ、ええええ!?」

 背後から漫才のような声が聞こえて、俺は猛烈な勢いで振り返った。
 久しぶりに見る黒い笑みで笑う富田健一と、真っ赤な顔で健一に詰め寄る桂木すずがそこに居た。

「お前ら、いつから居たんだ!?」

「えーと、僕が勇者って所からかな」

 良かった、危ない部分は聞かれていない……だが。
 ある意味それ以上に大事な部分を思いっきり聞かれている。
 ああもう、もしかしてやっぱり口に出すべきじゃなかったのかと、俺は既に軽く後悔し始めていた。
 いや、それよりもだ。

「俺の後ろに居たんなら、麻衣、気づいてたんだろ!? なんで言わないんだ!」

「え、いえ……その、先輩、とても素敵でしたよ?」

 麻衣の白い肌が少し朱色に染まっている。
 いや、そんな問題じゃないんだ。
 はっきりと好意を示してくれるのはうれしいんだが……ちょっと待て。
 よく考えると俺のさっきの台詞は言わば告白みたいなもので、それに対して麻衣のこの反応はその、そういう?

「僕も守ってよ、山田ー?」

「……お断りだ。死ぬときはお前からだぞ、勇者健一」

 空気を読まずに、それとも読んだのか。茶化してきた健一に言ってしまった瞬間、少し罪悪感を感じた。
 健一は俺がゲーム内の力を持っているのを知らない。その上で、俺が健一を勝手に勇者扱いするなんて。

「こんぼうも持ってない勇者じゃスライムにも勝てないよ。……ねえ、山田、麻衣ちゃん」

 真剣な、というよりも何処か開き直った表情で、健一は続けた。

「僕らも色々街を見て、話を聞いて……ここは地球じゃないんだなって思ったんだ。これだけの人がこんなに上手に日本語を使ってるってだけでも理由には十分だよ」

 言われて気がついたが、町の人々はみな金髪であったり桃髪であったり銀髪であったり、顔立ちも西洋風にしか見えないのに扱う言葉は淀みのない日本語だ。

「建物の仕組みも街の構造も違うし……信じられる? 魔法を使ってる人も居たんだよ? それを二人にどうやって言おうかと思ったんだけど、やっぱり同じこと考えてたんだね」

 思わず麻衣と二人顔を見合わせ、自然と苦笑しあった。
 真面目に町を調べて苦しみながら結論を出したのだろう二人とは、俺たちの思考の過程は全く違う。
 わざわざ言う必要も無いか。みんな同じ気持ちでここから頑張れるのなら、俺も心を入れ替えよう。
 麻衣を守る。みんなを守る。そして、絶対に三人を元の世界に連れて帰る。

「……先輩、大丈夫ですよ」

 座ったままぐっと握り締めた俺の右手に、麻衣がそっと手を添えた。
 ありがとう、一緒に頑張ろう、と。口には出せなかったが……気持ちは伝わったと思う。
 直後、二人の空気を盛大に全力で壊すように健一が俺たちを引き離して。

「それでさ! 色々話を聞いたらこの世界には実在する神様が居るんだって!」

「……神様が……? 本当、なんですか?」

 興味深げに首をかしげた麻衣に、健一が詳しく話を聞かせている。
 ライソード教国という神を信奉する国に、神は定期的に光臨するのだと。

 確かに、居る。イベントで会った事もある。
 しかしゲームの話だと思っている俺には全く出てこない発想だった。
 言われて本当に納得した。目からうろこが落ちたと、そんな気分だ。
 なるほど、この世界が実際にあるのなら、実在する神に頼るのは理にかなっている。

「ちょっと遠いみたいなんだけど、そこを目指してみようと思う。もちろん移動はできるだけ安全な形で、途中でも地球の話を聞く。どうかな?」

「ああ、いいと思う。神様が居るってんなら当然何とかしてくれるだろう」

「やっぱりそうですよね? 私と健先輩も、聞いた瞬間にこれだ!って思って……」

 ぐぅ~と。勢い込んで話しに入ってきた桂木の腹の虫が大きな鳴き声を上げた。
 思わず黙り込む一同。気にする必要は無い、みんな腹は減ってるんだ。

  ~♪~~♪♪♪~♪~~♪♪~~

 誰かがフォローを入れる前に、遠くから勇壮な楽曲が聞こえてきた。
 俺にとっては聞き覚えのある音色だった。しかし、この曲は――。

「この曲、何でしょうね? もしかして今更、ここでネタばらしー、なんちゃって!」

 これ幸いと話を再開する桂木と

「もうそういう希望を持つの、やめようよ……」

 諦めたように言う健一。
 一連の流れに、麻衣もくすくすと笑っている。
 俺の方は聞こえてくる曲に疑問を感じていた。これは帝都の城で流れてくるBGMの筈なのだ。
 徐々に大きくなっていく音楽はどうやら楽隊が歩きながら演奏しているようだった。
 楽隊だけでなく槍や剣を持った戦士も一緒に行進していて、俺達の居る中央広場の前を通るように東から進んできている。

「豪華だね……お祭りの日なのかな?」

「にしては露店とかないですよねー。あったら健先輩とまわれたのに……」

「勇者歓迎のお祭り、とかじゃ……」

 いつも通りの桂木と、妙な事を言い出した麻衣を放って俺はその行列を見つめた。
 帝都で流れるBGMという事はまさか皇帝が来ているのかもしれない、と。
 しかし行列の中心にすえられた大き目の馬車の屋根に座る一人の少女の姿に、その予想はあっさりと覆された。

「可愛い……ねえすずちゃん、あれ王女様のパレードかな?」

「うう……私、先輩に可愛いって言われたことない……」

 諦めろ桂木。
 そしてあれは多分王女じゃない。
 あの服装は、攻性剣士中位職の――

「いやー、名高いドラゴンナイトのクーミリア様がこの街にも寄ってくださるとは、ありがたいことだ」

「……ドラゴンナイト?」

 通りがかりの町人の会話が聞こえてきたが、さっさと通り過ぎたのか続きは聞こえてこない。
 麻衣達が疑問符を浮かべている中、俺は一人で納得していた。
 ――名高いドラゴンナイト様、か。
 ドラゴンナイトは攻性剣士の中位職、つまり初期職の一つ上というだけのそれほど強くない職業だ。
 しかしこの世界では、それでもパレードの中心になるほどの存在になっているとは。
 ダンジョンから溢れてくるモンスターを押さえ込むために各国が必死になっているというゲームの設定と
 そのダンジョンの中でモンスターを好き放題に倒すプレイヤーという矛盾が、どうやらこの世界では正されているらしい。
  中位職ですらも数少ない、そんな状態なら、モンスターはともかく人間相手ならみんなを守れるかもしれない。
うん、と頷いて気合を入れ、通り過ぎたパレードをまだ見送っている俺の『仲間』に声をかけた。

「それより、こんなに人が来たんなら宿とかホテルとか一杯なんじゃないか?」

「っ!!」

 言った瞬間、桂木が凄い勢いでこちらに振り返った。

「そうですよ、急いで探さないと今日も外でになっちゃいますよ! ホテル街ありましたよね、すぐ行きましょう、健先輩!」

「すずちゃん、その言い方は……」

 言葉の選び方が悪すぎるぞ桂木。わざとなのか?
 すぐさま歩き出した桂木に苦笑しながら健一が続く。
 先に立って俺を振り返った麻衣に頷いて俺も桂木を追いかけた。





「おう、四人で一部屋で良ければ開いてるぞ」

「や、ったぁぁぁぁぁぁ」

 先頭に立って、立ち並ぶ宿屋に突撃を続けた桂木は10軒目にして空きのある宿を見つけ、へなへなとへたりこんだ。
 もふもふした茶色の髪がしおれているのを俺は特に気にしていなかったが、本人は相当恥ずかしかったんだろう。
 かすかに、お風呂、シャワー、髪、ベッドとつぶやいているのが聞こえる。頑張ったな女の子。
 ――むしろ二晩近く何もしていないのに全く変わらない麻衣の方が絶対におかしい気がする。

「……山田、先輩?」

「何も言ってないぞ?」

「いえ、呼ばれた気がして……。私も、お湯が欲しいんですよ?」

「あ、ああ。ここまでご苦労様だった、な」

 俺は口に出していないし、麻衣の方を見てもいない。女の子は、やはり怖い。

「先払いになるが、構わないか?」

「あ、はい。お幾らでしょうか?」

 桂木に代わって宿屋のおやじさんに対応した健一の顔が、次の言葉で引きつった。

「4人で一部屋で、一晩40ベルだ。夕食もつくぞ」

「……円じゃ、ないんですか?」

「ん? ベルを持ってないのか? 悪いがベル以外の金なんざ見たことねえ、ウチじゃ扱えないぞ」

 無言で振り向いた健一、ゆらりと立ち上がる桂木、のっそりと近づいてくる麻衣。
 何で全員俺の方に来るんだ。何か不気味だぞお前達。

「どうしよう、日本語が通じるから絶対円で通ると思ってた」

「ここまで来てお金が無くて無理とか絶対駄目ですよ、嫌ですよ!」

「何かお金になりそうな物を急いで売りに行けば……」

 健一が時折見せるような黒いオーラが全員から立ち上っている。
 思わず、周囲浄化の上位神聖魔法を使いかけた。やめろお前ら、おやじさんがおびえてる。

「ベルっていうのは、どういう物なんですかね?」

 今更こんな初心者丸出しのことを聞くのは酷く恥ずかしかったが、とにかく話を進めないとまずい。
 俺が代表して前に出ておやじさんに声をかけた。

「これだよ、見たことないか? モンスターを倒したって出てくるじゃないか」

 突き出されたおやじさんの手のひらにベルのマークが点滅している。
 あからさまに魔法の匂いを感じる貨幣に、三人の顔がさらに引きつった。
 次のリアクションを取られる前に、俺はさっさと会話を続ける。
 幸いにも理由は既にあるし、金銭を持たないままではどうせ身動きがとれないのだ。
 疲れた上に異世界を認めた開き直りと宿を見つけた喜びと落胆、全てで混乱している今押し切ってしまった方がいい。多分。

「これでいいんですかね?」

 いつも通りに、NPCにトレードを要請するイメージ。
 俺の手のひらに恐らくは丁度40単位であろうベルの光が点滅した。

「何だ、あるんじゃねえか。3番の部屋だ、飯が出来たら呼ぶから休んでな。」

 おう毎度と俺のベルを吸い取ったおやじさんから鍵を受け取り、仲間からの無言の視線を感じながら宿の奥の部屋に歩き出した。



「べっどぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」

 ばったーんと激しい音を立て、桂木が子供のようにベッドに飛び込んだ。
 一人10ベルと安価な宿だったが、部屋は4つのベッドで埋まって広くはないものの、決して悪くはない。
 俺が何となく座らずに立っているとそれぞれ好きな場所を選んで寝床を埋めていった。
 入り口傍のベッドに転がる桂木と、その隣に座った麻衣、一番奥に腰掛けた健一。ベッド同士の間は酷く狭いというのに、何だこの順番は。
 さっきの恥ずかしい台詞を聞かれていた為か、全く誰も気にする様子が無い。
 確認を取っていないだけで、俺と麻衣が隣というのは妥当なのかもしれないが……当然みたいな空気はどうも落ち着かない。
 ゲームの中をのぞくと彼女居ない暦=年齢なんです。
 後ほど現状の正確な把握を要求します、松風麻衣さん。
 それとも俺から改めて言うべきなんだろうか。気恥ずかしさとは別に、何故かそういう気にはなれなかった。

「それにしてもさ。僕はもう山田が何を出してきても驚かない気がするけど、さっきの、何なの?」

 確かに烏龍茶だチョコレートだ水だベルだと色々出したような気もする。
 烏龍茶は本当にたまたま買っていた物だが残りはインベントリから出したのだ。ごまかしておくしかないだろう。
 もう少し深刻に聞かれていたら危なかったかもしれないが、宿が決まって気の抜けた健一でよかった。
 それに――何なら、バレてしまったって構わない。きっと麻衣は俺を弁護してくれるだろう。

 とりあえず、一応の理由を伝えておく。

「気味が悪いから言わなかったんだけどさ、でかい犬に襲われた所、あるだろ。あそこに落ちてて、拾ってきた」

「あの犬……? あれ、モンスターだったんだ?」

「おやじの言うことを信じるなら、そうなんだろう」

「……よく生きてたねぇ、僕たち」

「全くだ」

「…………」

 話題がモンスターにシフトしたのは良かったのだが、これはこれで問題がある。
 やめろ、これ見よがしに目線を送るな、麻衣。小説の世界と違って俺は英雄とかになる気はないんだ。
 みんなを英雄にするつもりもない。みんなを守るので多分精一杯なんだ。
 だからそんな期待に満ちた視線を注ぐのはやめてくれ――。

「まあ、怪しいものじゃなくてお金だったみたいだからな、みんなにも分けておくよ。俺の感じた気味の悪さを共有してくれ」

「嫌なこと言わないでよ……」

 シュタイナーウルフのドロップはたかだか500ベル程度だが、言わなければわかるはずも無い。
 俺のインベントリのベル欄には少なくとも億の単位の数字が表示されている。面倒を避けるためにも多めに渡しておこう。
 健一を指定して、トレード要請。10k――いや、一万単位程のベルが俺の手で点滅する。
 おっかなびっくり差し出してきた健一の手に近づけると、吸い込まれるようにベルのマークが消えた。

「うわ、うっわ……何これ、いや、えぇぇ、何これ?」

「どうだ、ろくでもない感じがするだろう。ほら、桂木も」 

「き、消えた……健先輩、大丈夫です……ひゃぁぁぁぁぁ!?」

 この世界に入った時から相当のベルを所持していた俺も、最初にベルを拾ったときは気味の悪い感じがした。
 二人は相当の違和感を感じているんじゃないだろうか。頑張れ、これが使えないと何も買えないんだぞ、多分。
 うわぁうわぁと騒ぎ続ける健一と桂木が落ち着く前に、隣のベットから麻衣がゆっくりと手を伸ばした。

「……行くぞ?」

「はい……お願いします」

 こくん、と麻衣が喉を鳴らす音が聞こえた。
 麻衣にトレードを要請するイメージ。2万程度の――うるさい、どうせ贔屓だ――ベルの光が俺の手に灯る。
 手を近づけていくと、ベルの光は麻衣の手の中に吸い込まれて消えた。

「……麻衣、大丈夫か?」

「…………」

 リアクションがない。
 こちらに手を伸ばした姿勢で固まっているのでそのまま握ってみたが、全く動きがない。
 多かったかな、と不安になったところでぽつりと麻衣が言った。

「……頑張ります」

 頑張れ。



 麻衣がぎくしゃくと動き始めた辺りで、宿屋内におやじさんの声が響いた。

 曰く、おら、飯の時間だぞ、と。

 この世界で始めての食事に全員多少の不安を感じていたが
 酒場を兼ねた食堂の狭いテーブルに並んだ食事は、危惧していたよりずっとまともなものだった。
 少し固めだが暖かいパンに、濃厚なトマトのスープ。
 レタスと思わしき野菜のサラダには塩しか振られていなかったが、意外と味は良くて揃って驚いた。
 メインは辛めの牡蠣のソースがかかった牛……と思われる肉の焼き物。
 これで一人10ベル部屋代混みというのは信じられない話だった。

「おう、お前さん方もワインはどうだ?」

「はいっ、お願いします!」

 テーブル毎に酒をついでまわっていたおやじさんに桂木が元気に応じた。
 久々の休息をとり、美味しい食事を取り、皆の表情もずいぶんと緩んでいる。
 それは恐らく俺もだろう。

「しかし、例の騎士様とは関係ないんだろう? 何でわざわざこの街に来たんだ?」

「まあ、たまたま通りがかったから……かなぁ」

 本当の事情を話す訳にもいかないし、言った所で信じられもしないだろう。
 あいまいに話す健一とおやじさんの声に耳を傾けながら、俺の胸に不思議な焦燥感と危機感が湧き上がっていた。
 この町についたときにもあった何かを思い出せていない予感。一体何を――

「ほら、帝都の預言者様が言ったらしいじゃねえか、この町にグレーターオーガが来るってよ。そんでここしばらく来客が減っててよ……」


 ――忘れて、た


「山田、大丈夫?」

「そりゃ山田先輩も化け物は怖いですよー。オーガってほら、ハルク……みたいなのですよね?」

「先輩……」

 ナイフを取り落とした俺を心配してくれる仲間の声も今は遠い。そうだ、これがあったんだ。
 ここカントルの町はゲームのスタート地点であるカールの草原から最も近い町で、ここにたどりついたプレイヤーはあるイベントに迎えられる。
 それが、複数のグレーターオーガとオーガによる町への襲撃だ。
 もちろん始めたばかりのプレイヤーは通常のオーガにすら歯が立たないので、町で高レベルのプレイヤーに声をかけて救援を求める事になる。
 高レベルのプレイヤーからクエスト装備を借り、アイテムの使い方を聞き、それらゲームの基本を教えられ
 初めてのPTを組んで戦い方の基礎を聞き、協力してオーガを撃退する、そういう一連のクエストだ。
 助けた方のプレイヤーも町を舞台にしたお祭りクエストを楽しみ、さらに報酬がもらえるので人気がある。
 ただ最近では初心者はめっきり減っていて俺自身はもう年単位で参加していなかったので完全に忘れていた。

 だが、ここには高レベルプレイヤーなんて居ない。
 俺のレベルは確かに高いが、昨日この世界に出現したという意味で言えば俺にも初心者側としてクエストを受注する資格がある筈だ。
 そうなるとイベント自体が成り立たない。恐らくこの会話はそんなイベントがあるよ、というフラグなだけだ。
 だが、そうではないという予感がしてならない。俺は、何かを見落としている?

「何だ兄ちゃんビビってんのか? 大丈夫だよ、わざわざ例のドラゴンナイト様まで来てるってんだから、オーガなんざ本当に来たって問題ねえさ」

 ――そうか、それで――

 がっくりとうなだれた俺を笑い飛ばし、おやじさんは厨房に戻っていった。
 ああ、それでわざわざドラゴンナイトなんてのが凱旋していたわけか。
 ドラゴンナイト単独では相当の装備と潤沢なアイテムを持ってようやく1匹のグレーターオーガと戦える程度だが、それでもやれることはやれる。
 彼女を高レベルプレイヤーとして扱い、その力を借りてクエストを攻略する……とでも言いたいのか。
 そこまでして条件を揃えて、一体何をしたいっていうんだこの『仕掛け人』は……!

 それなら、断る。こっちは絶対に、乗ってなんてやらない。
 そもそもネットゲームのクエストというのはやりたくなければやる必要はない。
 一人用ゲームの様にクリアしなければ次の町に進めないという強制クエストは、一部の高レベルダンジョン以外には存在しないのだ。
 今回のオーガの襲撃イベントも専用のMAPで行われ、外に出れば失敗扱いで一般フィールドと合流する。
 つまり、オーガが来る前に町から出てしまえばもう一度戻らない限り俺たちには関係なくなるのだ。
 大丈夫だ。臆病者と言われてもいい。皆を連れて安全に逃げ出そう。

 食事を終えて部屋に戻ろう、という所で麻衣が俺を呼んだ。
丁度いい、多少誤解しているとはいえ麻衣はいくらか事情を理解している。先に話しておこう。

「麻衣、例のオーガの話だよな。あれなんだが明日の朝一で――」

「はい、頑張りましょうね、先輩」

「――町を……出よう……と……麻衣、さん?」

 この『クエスト』に謎の意気込みを見せる麻衣。
 今のは聞き間違いだろうか?

「いや、ああいう話になった以上、パターンとしてオーガは来る気がしないか?」

「はい、きっと来ると思います。あそこまで思わせぶりに話をして結局来ないなんてありえません」

「だよな。だから……」

「はい、頑張りましょう。私、まだ何も出来ませんけど、精一杯協力しますから」

「…………」

 この世界には俺達しか出来ない役割があって、それを果たすために4人は呼び出された。
 麻衣は確かそんな事を言っていた。俺も否定はしなかった。
 つまり……

「最初の狼で先輩が目覚めて、次はもしかして、私だったりするんでしょうか。ちょっとドキドキしちゃいますね」

 らしくもなく無駄にハイテンションの麻衣。
 そうか、本当に今更だけど、こういう子だったのか。
 もしかして、あの台詞は失敗だったかな……。
 俺の両手を握って頑張ろうと繰り返す麻衣は放っておいたら一人でオーガに戦いを挑みそうな勢いだ。
 自分から危険に飛び込むヒロインを、ヒーローはどうやって守るというのだろう。
 ああ、本当に、余計なことを口に出さない方がいいのかもしれないと。俺は既に二度目の後悔をしていた。


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