ロングリングロングランドの真っ平らの牧草地に白線で引かれた長方形のフィールド。
中心線も何もない、ただ白い線で外と内が分けられる<枠>のみのそのフィールドの中心に、<ターゲット>であるクレスとハリスが睨み合っている。
そして、フィールドの外野。
特製の<ブラッティボール>が入った箱を傍にして、ゾロとサンジ、反対側にはフォクシー海賊団の三つ子達がいた。
その様子を、心配げに一味は観客席から眺める。
純粋な強さなら負けているとは思わないが、今回ばかりはそうもいかない。
内野は枠線内を自由に行動出来る。
外野は枠線内へと入る事は出来ず、外野同士で<戦闘>を行ってはいけない。
フィールド使用における基本的なルールはこの程度だ。
これは同時に、ラフプレイの肯定でもある。
「って、ちょっと待って! 相手の<ターゲット>、串刺しだっけ……あいつ武器持ってるじゃない!?」
「いいえ、この競技で禁止されているのは外野の武器使用よ。内野にまではルールは及んでいないわ」
ハリスが背中に鉄串を背負ったままなのを見てナミが言うが、ロビンはルールを元に否定する。
このゲームの特殊性の一つとして、内野の武器使用と戦闘が禁止されていない点だ。
内野は敵と切り結び隙を作り、外野がペイントボールを投げ込む。
また、自陣の近くで防御を固め、おびき寄せた敵に外野がペイントボールを投げ込むなども考えられる。
このゲームで必要なのは、勝つための技術とチームワークだ。
「すまねェ、もうホント後がねェんだ。頼むぞ、チョッパーを取り返してくれ!!」
「ゾロ──、サンジ──、クレス──!! 頼んだぞー!!」
ウソップとルフィが三人に声援を送る。
「フェッフェッフェッフェ、どんなに応援してもム~~~ダだぜェ。ウチのチームは、史上最強だからな!!」
そんな二人をあざ笑いながらフォクシーがポルチェを連れ現れた。
「何か用か割れ頭」とルフィがフォクシーの心を抉る言葉をかけ、フォクシーが落ち込んだが、ポルチェに励まされしばらくすると持ち直した。
「なによ、アンタまた妨害しに来たの……?」
「いいや、まァこのゲームに関しちゃ、妨害する必要もなさそうなんでよ、おれも観戦に来たってワケよ。フェッフェッフェッフェ」
ナミに対し、余裕たっぷりに笑うフォクシー。
だが、実際のところは妨害しないでは無く、妨害出来ないのだ。
理由はハリスにあった。
ハリスはどう言う訳か、普段は見向きもしなかったゲームへの参加を希望し、その条件として自身の出る競技の妨害の禁止を打ち出したのだ。
フォクシーもハリスの強さは知っている。おそらく海賊団全員でかかっても勝てない、そう思わせる程の実力だ。
そのハリスが競技に出るならば、はっきり言って負ける気がしなかった。
だが、同時に約束を破れば<鉄串>が己へと襲いかかるであろうことも予想出来た。
それでもフォクシーは楽観していた。
自身の誇る「グロッキーリング」のエキスパートである<魚巨人>のビックパンを瞬殺した相手のレンジャー。
一回戦では度肝を抜かれたが、ハリスさえいれば二回戦は何も問題はない。
「だいたい何だおめェらのチーム、ありゃチームですらありゃしねェ」
「言ってなさい! アイツらだって、試合が始まればちゃんと……」
フォクシーの言葉にナミが反応するが、チームの様子を見て尻すぼみになる。
外野のゾロとサンジは何故か乱闘中。内野のクレスは相手の内野と睨み合い、それを無視。
頭が痛い状況だ。
「あら、でもそちらチームも内野と外野の連係は取れないんじゃない?」
ハリスの性格を知るロビンが言う。
戦闘狂であるハリスと連携を取るのは困難だ。
誰かのためには戦わない。
たとえ発端が他人にあろうとも、全ては自分の為に戦う。ハリスはそういう男だ。
「はッ、そんなもん百も承知だ。だが、それでもおれたちのチームは完璧だぜ。
うちの投手陣は負けなしの精鋭達だ。おめェらは精々内野の心配でもしてるんだな」
フォクシーは自信たっぷりに答えた。
そう、編成されたこのチームには相手がだれであろうとも勝てはしないのだ。
第十八話 「偶然」
『一回戦で奪われたトナカイを助け出せるのか、麦わらチーム!!
はたまた再び船員を奪うかフォクシーチーム!!
激突寸前! 「ブラッティペイント」開始の笛が今鳴るよ!!』
アナウンサーの声が響き、カウントダウンが為される。
クレスは浅い息を吐いて、昂ぶる気持ちを落ち着かせた。
身体は熱く、頭は冷たく。
相手は<串刺し>ハリス。
感情のまま戦っても勝てるほどやさしい相手ではない。
『さぁさぁ、皆さん一緒に!! 10! 9! 8!』
クレスはカウントダウンに合わせて徐々に体勢を前に傾ける。
ハリスを見れば、爛々と目をか輝かせながら右腕に<鉄串>を構えている。
体勢は獣の如く低い。
間違いない、考えは同じだった。
「ああ、そういや言って無かったな」
カウントダウンの最中、不意にハリスが口を開いた。
「何の話だ?」
「いや、オレがこのゲームを提案したワケだよ。
オレにしちゃメンドくせェ限りなんだが……まァ、聞きたいか?」
「お前の身の上なんか知るか」
「だろうな。確かにこうやってグチグチ話すんのも面倒なこった。
まったく、説得なんて回りくどいのも性に合わねェし、話なんてのはてめェをぶっ倒した後でも遅くねェしな。
んじゃまァ、簡潔に言うけどよ。オレがゲームに勝ったら───」
ハリスは<鉄串>を揺らし、観客席の一点を指した。
そこには一味と共に応援席に座るロビンの姿。
「あのネェちゃん貰うから」
クレスは一瞬絶句した。
そして暫くした後「……なるほど」と能面のような顔で呟く。
『ピ~~~~~~~ッ!! 試合開始~~~~~っ!!』
一瞬の後、開始の笛が鳴り響いた。
第二回戦「ブラッティペイント」の開始の合図だ。
「ぶっ潰す……!!」
クレスの全身が弾丸のように加速する。
スタートが為された瞬間、クレスは爆発的な速度で地面を駆ける。
鋼の如く硬化させた拳。
小細工など一切なく、それを初檄から全力を持って、ハリスに対し叩きこもうとする。
それと同時にハリスも凄惨な笑みを浮かべフィールドを蹴った。
「六式我流───!!」
「───猛串ッ!!」
一撃必殺。
互いに一点集中された攻撃は、爆発的な威力を持って相手を襲う。
「───閃甲破靡ッ!!」
「獅子闘ォオオオオオッ!!」
拳と鉄串が交差した。
互いの全力を叩きこみ、均衡。
その衝撃に、フィールドがひび割れ、大気が歪む。
「ハッハァッ!! いいねェコレだよ、コレ!!」
「うるさい奴だ、口を閉じろ。今ぶん殴ってやるから」
「減らず口はお互い様だろうが!!」
ハリスは背中から新たな<鉄串>を抜くと、横なぎに一閃。
それをクレスは身体を反らし滑り込むようにして回避。そこから身体のバネを生かし思いっきりハリスを蹴りあげた。
「嵐脚“断雷”!!」
クレスの脚が大気を切り裂く。
引き起こされたのは、凶悪な切断力を持つカマイタチだ。
「ラァッ!!」
ハリスは引き起こされた嵐脚と自身の間に強引に鉄串を差しこんだ。
一瞬鈍い金属音が鳴り、ハリスの持っていた鉄串に嵐脚が食い込む。
だが、引き起こされた僅かな衝撃を利用してハリスは後ろに飛んだ。
「逃がすかァ!」
後ろに飛んだハリスをクレスが追撃する。
ハリスもそれに気づき、新たに二本目の鉄串を抜いた。
新たに拳と鉄串が交差する───そう思われた瞬間、クレスは後ろへと跳んだ。
「チッ」
小さく舌打ち。
クレスの眼前を通り過ぎたのは、砲弾を改良したペイント弾。
投擲したのは相手チームの外野陣だ。今の乱戦でボールを投げてくるとはなかなかの腕だ。
「「「我ら、フォクシー海賊団のピッチャー三人衆。この完璧なシンクロ制球で貴様を逃しはしないッ!! ほおおおおおおおおおォ!!」」」
なんか三人一緒に喋って来た。
ピッチリのユニホームのムキムキ三つ子がシンクロすると相当ヒドイ。
だが、外見は置いておいて相手チームの投球の腕は確かなようだ。
「あん?」
ハリスも一瞬、動きを止めた。
どうやらクレスが離れた間にゾロとサンジがペイントボールが投げ込んだようだ。
「てめェ、それはおれが投げようとしてた球だ!!」
「あァ? 妙な言い掛かりつけんじゃねェよ。てめェは球持たなくても頭にあるだろうが、このマリモヘッド!!」
「んだとてめェ、この素敵眉毛!!」
だが、二発目の投擲には時間がかかりそうだ。
クレスの外野も相当ヒドイ。
味方はいない。クレスは最初からそう割り切っている。
「っと」
クレスがハリスと距離を取ったことにより、相手チームの三つ子達は猛烈な勢いでボールを投げ込んで来た。
重さは五キロ以上はある殺人ボールなのだが相手は軽々と放り投げる。
その動きはまるでピッチングマシーンのように正確だ。
そして三人が連携して投げつけてくるので隙も無い。
自信を覗かせるだけあって、その実力は本物だ。
「いつまで喧嘩してんのよあんた達ッ!!」
ナミの一喝が入り、ゾロとサンジもまたペイントボールを投擲し始めた。
フィールドをペイントボールが飛び交う。
その様子はまさに砲弾の飛び交う海戦だった。
「さすがに……うっとおしい」
次々と投げられるペイントボールの群れを、クレスは最小限の動きのみで避けていく。
おそらく、これがクレスでは無くゾロやサンジだったならば、かなりの確率で苦戦したかもしれない。
だが、“紙絵”を使いこなすようになったクレスにとっては、このゲームは独壇場と言ってもいい。
それにクレスが昔おこなった六式の修行でも、投げられる石を避けるといった訓練があった。しかもその時は脚に重しをつけられていたのだ。
「剃“葉歩”」
クレスはまるで風に揺らめく木の葉のように、緩急自在に飛び交うボールの中を駆けた。
剃“葉歩”。
通常の“剃”とは異なり、全身の体重移動と特殊な脚運びによって瞬く間に“歩く”技。
『───<六式>の技は六つ。その全てが積み重さなる』
かつて教えを受けたリベルの言葉だ。
六つ全ての技が積み重なり<強さ>が生まれる。
例えばこの<剃“葉歩”>は通常の“剃”に合わせ“紙絵”の肉体制御が要求される。
六式の六つ全ての技を極める事は、六式使いにとっては絶対の宿命なのだ。
「ヒュー、やるねェ、確実に強くなってやがる。10年前とは大違いだ」
飛び交うボールを掻い潜りこちらへと向かってくるクレスを見て、ハリスは素直に称賛の言葉を吐いた。
ハリスは無造作に鉄串を振り払うと、自身目掛けて飛んで来くるペイントボールを薙ぎ払った。
ゾロの剛腕とサンジは脚から放たれるボールは鋭く速いのだが、いかんせん狙いが荒っぽい。
ハリスの主戦場は敵味方の弾丸が無秩序に飛び交う乱戦だ。この程度なら、目をつぶっても避けられる。
「だが、それでいい! てめェが強けりゃ強いほど、それを倒すのをオレは楽しめるってもんだ!!」
飛来するボールの隙をついて、ハリスは両腕に持っていた鉄串をクレスに向けて投擲する。
放たれた串は大気を切り裂き一直線にクレスの眼前に突き刺さり、爆撃のように地面を吹き飛ばした。
吹き飛ばされた大量の土砂が礫となってクレスを襲う。
クレスは瞬間的に上空へと飛び上がった。
だが、ハリスはそれを読んでいて既に上空で待ち構えていた。
「突き刺し、一昆……!!」
渾身の力を持ってクレスに振り下ろされる鉄串。
「鉄塊“剛”!!」
クレスはそれを全力の鉄塊を持って待ち構える。
ハリスの狙いは心臓一突き。
衝撃が鋭い痛みと共にクレスの全身に走る。
胸に突き立てられた鉄串は今にもクレスの鉄塊を食い破り貫かん勢いだ。
「オラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ハリスが獣のように咆哮する。
このまま地面に叩きつけるつもりだ。
そうすればいくら頑強なクレスの鉄塊といえどタダでは済まない。
瞬間的にクレスの腕が蠢いた。
「ハァッ!!」
硬化されたクレスの拳がハリスの横腹を捉える。
クレスを突き刺すことに全力を注いだハリスはその拳をまともに受けた。
衝撃を殺し切れず、ハリスはそのまま横へととばされる。
そしてクレスも、体勢を立て直すのが遅れ、地面に叩きつけられた。
「クソ……あの野郎やっぱり強くなってやがる」
地面に投げ出されたクレスだが、いつまでもそうしている訳にはいかない。
クレスは全身のバネを使い一瞬で飛び上がった。
その直後、クレスが居た場所に大量のペイント弾が着弾する。
外見とは裏腹に相手の外野はなかなか抜け目がない。
『ピピーッ! 麦わらチーム<ターゲット>被弾ッ!!』
「はぁ!?」
審判のコールに会場が湧きたった。
クレスは思わず声を上げる。なぜならクレスは一発もボールに当たっていない。
だが、審判の男はクレスの胸元を指した。
そこはハリスの一撃によって血が滲んでいた。
「先程そこを球が掠りました」
完全な言い掛かりであった。
確かに胸元は赤くはなっているが、これはクレス自身の血だ。
決してペイント弾のものではない。
「おい、審判、ちゃんと見ろ!!」
さすがに我慢できなかったのか、サンジが抗議に行った。
クレスがボールに当たっていないのは周知の事実だ。
サンジに詰め寄られ焦る審判はしらじらく口笛を吹き始めた。
激怒するサンジ。だが、審判は一向に取り合う様子は無かった。
サンジが審判に抗議しているが、試合は止まってる訳ではない。
審判を殴りとばしたい気持ちもあったが、クレスは次々と投げられるボールを避け続けるしかない。
ハリスの攻撃によって血が滲み被弾判定としてのいいがかかりの機会を与えてしまった。
これは下手をすると後四発、頭なら一発、ハリスからの攻撃で出血すれば負けが確定する事になる。
「たっく……余計なマネしやがって。
そういや妨害はするなとは言ったが、ルールを守れとは言って無かったしな」
常に気を配っていたハリスの方向から殺気を感じ、予想通りハリスが鉄串を叩きつけて来た。
クレスはハリスの鉄串を鉄塊で固めた右腕で逸らし防御する。
ぼやきながらの攻撃だったが、攻撃事態に一切の手加減は無かった。
「別に構わねェよ、良いハンデだ」
「ハッ、そうかいッ!! 言ってくれるねェ。
公平な戦場ってのは少ないが、もしかして逆境の方が燃えるタイプだったか?」
「さァな……」
軽口をたたき合い、互いに余裕をアピールする。
だが、その間にも両者の間で激しい攻防が繰り返される。
クレスとハリスは多少の違いはあったが、似通った戦闘スタイルだった。
共に、中~近距離戦闘を得意とし、小手先よりも一撃を好んだ。
異なるところは、クレスは鉄塊を用いて防御を固めるのに対し、ハリスは負傷を恐れないところだろう。
この辺りは、逃亡生活だったクレスと、戦暮らしを好んだハリスの差であった。
「オラァアアア!!」
「ハァッ!!」
幾度となく激突し、息を突かせぬままに一撃を加える。
余人の入いる隙など無い。
攻撃に牽制など無いに等しい、互いに命を削るような攻防が繰り返される。
「蓮昆───!!」
「───指銃“剛砲”!!」
流れるようなハリスの連撃。
一切の牽制は無く、その全てに渾身が込められる。
クレスはそれを鉄塊で固めた拳を打ち込み全て相殺させていく。
「ハッ!!」
「ラァッ!!」
互いに無理やりに身体をねじ込み、渾身の一撃を繰り出した。
クレスの拳がハリスの頬骨を打ち抜く。
ハリスの鉄串がクレスの左肩を貫いた。
「……ッ!!」
クレスは身体に走った鋭い痛みを無視して、身体を回転。ハリスの鉄串が弾かれ、抜ける。
そのままクレスは遠心力を生かした裏拳を叩きつけた。
だが、それと同時にハリスの鉄串が唸った。
「ぬおッ……!?」
「ぐッ……!!」
同時。
クレスの裏拳はハリスを叩きつけ、ハリスの鉄串はクレスに突き刺さる。
「もう一発ッ!」
クレスはハリスに向けて再度鋭い蹴りを一閃させる。
ハリスもまた攻撃を加えようとしたが、目を見開き、防御に転じる。
串では間に合わない。そう感じたハリスは身体を捻り、背負っていた鉄製の筒で直接受けとめた。
「……あぶねェじゃねェか」
「勘の良い奴だ」
鈍い金属音が響いた。
ハリスの選択は正しかった。身体で受けていれば嵐脚によって切り刻まれていたところだ。
だが、クレスの勢いは止まらない。
ハリスに受け止められた脚をそのままに思いっきり振り抜き、ハリスを吹き飛ばした。
そして追撃を加えようとした瞬間、
「クソ、邪魔すんなッ!!」
相手チームから放たれたボールがクレスの行き先を覆った。
続けて幾多ものボールがクレスを阻害し、クレスをその場に留めてしまう。
『麦わらチーム<ターゲット>2発被弾!! 残り2回!!』
すかさず審判から理不尽か判定が入る。
クレスは忌々しい思いをかろうじて抑え、叫んだ。
「ロロノア!! コック!! せめて、一発ぐらい当てやがれ!!」
ハリスが吹き飛ばされた方向は丁度サンジとゾロの正面だった。
「おれに指図すんな!!」
「てめェに言われなくても分かってるっての!!」
腕と脚。
ゾロとサンジからボールが放たれる。
放たれた二つのボールは奇跡的に真っ直ぐにハリスへと向かった。
クレスもこれをチャンスと見て、サイドバックから海王類用の網を取り出し、投擲する。
「へっ……こりゃ、危ねェなァ」
迫る三つの脅威に対し、ハリスは両手に持っていた鉄串を地面へと突き刺した。
勢いを強制的に殺したことにより、ハリスの身体が静止する。
ハリスはそこからまるで軽業師のように突き刺さった二本の鉄串を使い飛んだ。
空を切る二発のボール。
ゾロとサンジのボールはハリスを捉えられない。
そしてハリスは空中で新たな鉄串を抜き、クレスが投げた網へと投擲。
円盤のように回転した鉄串は網に直撃。狙いは完全に逸らされた。
「……やっぱり無理だったか」
次々に投げられる邪魔なボールを避け続けながらクレスが呟く。
外野に許されたのは基本的にボールを投げる事だけだ。
例外的に敵チームの妨害も行えるのだが、それを行ったとすれば間違いなく審判の手によって警告が言い渡される。
ゾロとサンジの強さにはクレスも一目置いているが、今回に限っては相性が悪すぎる。
ゾロとサンジではハリスにボールを当てることはできない。クレスがサポートに徹したとしても限界がある。
この戦いにおいての麦わらチームの勝利条件は、クレスがハリスを倒すことのみだった。
「オラオラァ!! 次行くぜ!!」
飢えた狼のように口元に笑みを浮かべてハリスが疾走する。
クレスが叩きこんだダメージをものともせずに、まるで何も感じていないかのように向かってくる。
「しつこいぞ……戦闘狂が!!」
クレスは飛んでくるボールを掻い潜り“剃”によって一直線に駆けた。
右手を開き、それを牙のように立てる。
対しハリスは両手に持った鉄串を三角を描くように合わせる。
「指銃“咬牙”!!」
「角串ッ!!」
二つの影は一瞬で交錯し、すれ違った。
クレスの五指からそれぞれに赤い線がたなびき、ハリスの鉄串が赤く染まる。
ハリスの脇腹、クレスの右肩。抉られた肉体から同時に血が噴き出した。
しばしの静寂の後、直ぐにボールが飛来。クレスは肩口を抑えながらその場を引いた。
『麦わらチーム<ターゲット>被弾!! 残り1回!!』
審判のコール。
四度の被弾判定。
もはや後は無かった。
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』
観客席からフォクシー海賊団の歓声が上がる。
一味が必死で声援を送るが、それは余りに無力だった。
「後が無くなっちまったな、なァおい」
「うるさい、黙ってろ」
ハリスの言葉に対し苛立ちのまま返した。
クレスとハリスの実力は完璧に拮抗している。
このままでは不味いと思いつつも、効果的な一手が打てないでいた。
残りはもう無い。もう一発も攻撃を受ける事が出来ない。
状況は最悪だった。
「……ッ!!」
休む暇も無くクレスは身体を躍らせた。
フォクシーチームの三つ子達は隙あらば絶え間なくクレスへとボールを投げ込んでくる。
その表情は固く結ばれているものの、後一発で勝利ということで隠しきらない喜悦が浮かんでいる。
どうやら勝利自体に喜びを覚えるタイプのようだ。
「危険は承知でも、先に潰しておくべきだったか……!!」
ルールには内野が外野に攻撃してはいけないというものはない。
クレスならば飛び交うボールを潜りながら攻撃する事が可能だ。
しかし、そうすればハリスに対し決定的な隙を晒すことになる。それゆえに攻撃が取れずにいたのだ。
だが、もはやそうも言っていられる状況では無くなった。
外野がいる限り、ハリスの攻撃による被弾判定が入れられてしまうのだ。
ハリスに無防備な背を向ける事を承知で、腹をくくりクレスが攻撃機転じようとしたその瞬間、
「あ、手が滑った」
そんなわざとらしい声と共に、ゾロの腕から剛速球が放たれた。
ゾロの剛腕で放たれた重さ5キロの殺人ボールは、真っ直ぐに相手チームの三つ子の真ん中に向かい、直撃した。
「ほあああああああああ!!?」
「「イリ―!?」」
殺人ボールはクレスを狙っていた事で完全に無防備だったイリ―の鳩尾にクリーンヒット。
ムキムキマッチョのイリ―だが、余り防御力は無かったようで泡を突いて倒れてしまった。
「……偶然だな」
慌てて審判が笛を吹く。そしてゾロに対しイエローカードが突き出された。
偶然を装っての外野攻撃は黙認される事もあるのだが、審判は完全にフォクシーサイドなのでそうはいかなかった。
三つ子達も始めはその事も考えていたのだが、クレスに手こづりすっかりと失念していたのだ。
「あ~、狙いが逸れた」
間髪いれず、今度はサンジの脚から放たれた剛速球も真っ直ぐに三つ子の一人に直撃した。
今度は頭だ。三つ子の二人目は一瞬で気を失ってしまった。
「おぉ悪い。偶然当たっちまった」
悪びれる様子も無くサンジが言う。
サンジにもイエローカードが言い渡され、二人とももう一枚で退場となってしまう。
「後一枚で退場だとよ」
「まったく、節穴ぞろいの連中だな。
クソ剣士はともかく、おれのどこが故意だってんだ」
「バカ言え、おれのどこが故意だ」
ゾロがボールを掴み上げ、サンジは足元に置いた。
相手チームの外野は二人が倒れ、最後の一人が焦った様子で仲間を揺り起こそうとしていた。
「おいコック、おれがこれを投げて相手に当たっても偶然だよな」
ゾロが首の骨を鳴らしながら言った。
「なら、おれが蹴り飛ばしたボールが相手に当たっても、偶然だな」
煙草を吹かしながらサンジが答える。
二人は鋭い視線で残る一人を睨み、ゾロとサンジは同時に腕と脚を振りかぶった。
「「偶然だ」」
同時にボールが放たれた。
ゾロのボールは相手チームの外野へ、サンジのボールは理不尽な判定をくり返す審判へ。
余り気が長い訳では無い二人にとっては苛立ちは限界だった。
放たれた二発のボールは吸い込まれる様に二人に突き刺さった。
その威力に、直撃した二人は観客席まで吹き飛ばされ、その身を埋め、沈黙した。
『ま、ま、まさかの連続反則!!
麦わらチーム審判にまで攻撃!! これは一発退場モノの所業だァ!!』
上空のアナウンサーが驚愕しながらマイクに向けて叫んだ。
妙に静まった会場で、それは虚しく響いていた。
「ったく、足手まといになるぐらなら、死んだ方がマシだ」
「奇遇だな、同感だよ」
完全に沈黙した審判のジャッチを聞く事も無く、二人はフィールドに背を向けた。
すたすたと、二人とも不機嫌な様子で観客席にいる仲間の下まで戻っていく。
そしてドスンと腕を組みながら座り込んだ。
「フン……」
「おい、クレス! 負けんじゃねェぞ!!
てめェ負けたらオロして叩きにしてやるからな!!」
クレスに向けて、ゾロが鼻を鳴らし、サンジが罵声にも似た応援を送る。
二人は勝負をクレスの手に託したのだ。
それはつまりクレスを信じたと言う事だ。しかし、認めたくないのか二人ともへそを曲げている。
その様子に一味は思わず吹き出し、ルフィが一際大きな声で叫んだ。
「よっしゃァ!! クレス───!! 勝てぇえええええええ!!」
「……あいつら」
クレスは少し驚いた様子で言葉を漏らした。
そしてその口元に笑みを作った。
「いい仲間じゃねェか」
「そうだろ」
ハリスの言葉をクレスは否定しなかった。
その言葉を聞き、ハリスは肩を震わせて笑った。
「いや、こりゃまいったな。なるほど……旦那の言う通り、確かに無粋だったな」
四対三で始まったゲームは今異様な状態へと変わっていた。
外野に立つ者は無く、内野には共に負傷した二人。審判すらいない。
赤く染まったフィールド。
その中でクレスとハリスは静かに睨み合う。
「だが、やる事には変わりねェ」
ハリスは背負っていた鉄筒を外すとそれを天高く蹴りあげた。
舞い上がった鉄筒は上空でそこに納められた鉄串を全て吐き出し、吐き出された鉄串は次々と自重のみでフィールド内に突き刺さった。
幾多もの武骨な鉄串が突き刺さる光景は、まるで戦場跡のようであった。
「───串刺の墓(グレイブ・オブ・スキューワ)」
ハリスにしては珍しい低く静かな声。
すると最期に、中に入っていた鉄串を全て吐き出した鉄筒が落ちてくる。
重力に引かれ落下する鉄筒は地面に触れた瞬間、落雷のような轟音を立てその場に深々と突き刺さった。
「嵐脚を撃った時感じたが……やっぱりそれも重かったのか」
「気付いてやがったか。
オレの武器は全部特注品だ。鉄を極限まで圧縮して作ってある。
重い串を納めるために、その中でも鉄筒は特に厚く作ってあったってワケだ」
軽い調子でハリスは言い、クレスの視線の先で近くに突き刺さっていた一本の鉄串を抜いた。
「コイツは最近手に入れたとっておきでよ……」
ハリスが手に持った鉄串は、漆のように黒く艶やかな黒金だった。
武骨な鉄色ばかりのハリスの武器で唯一異彩を放っている。
「最近は雑魚ばっかで、全力で戦う機会が無かったからな……オレも、コイツも退屈してたとこだ」
ハリスは黒串を右手に持つと、近くにあった鉄串を抜き、左手に構えた。
鋭い串の切っ先はクレスの首元。
獰猛にハリスは笑った。
「お前がどうであれ、オレはお前に勝つ。それだけだ。負けるつもりはない」
クレスはゆっくりと拳を持ち上げ、半身に構える。
機械のように冷たい視線には僅かに炎が灯った。
それを見てハリスが楽しげに口を開いた。
「そういや、このゲームは相手を赤く染めた方の勝ちだったな」
「確かにそうだな。赤いペイントを相手にブチまければ勝ち。
まァ、アイツ等のおかげで、喰らっても無いペイントで赤くなる事も無いがな」
「ったく、相手を赤く染めんならペイントなんかいらねェだろ」
「野蛮な奴め。だが、その意見には賛成だな」
そして二人は口を閉じた。
重い澱のような重圧が辺りを覆った。
ハリスの目が見開かれ、クレスの目が細まる。
「10年……待ち望んだぜ」
「オレは別にどうでもよかったがな」
「そう言うなって、今この瞬間を楽しもうや」
「……それもそうか」
周りの音は消えた。
その重圧に誰もが押し黙り、その沈黙に耐えかねた誰かが手に持っていたものを滑り落とす。
その瞬間、二人は同時に駆け、叫んだ。
「「───てめェの血は何色だァ!!」」
あとがき
ぶっちゃけてしまうと、この話は最期のセリフが元で作られたと言っても過言ではありません。
偉大すぎます、世紀末。汚物は消毒です。ヒャッハァ!!
……すいません、変なテンションになりました。
今回の話はわりと悩みました。
クレスとハリスを一対一にさせつつ、ゾロとサンジの出番も欲しい。
少し背伸びし過ぎたかもしれません。
次も頑張りたいです。ありがとうございました。