───しばらく前の話。
とある島の港において怒号と雄叫びが上がる。
打ち鳴らされるのは鉄と鉄の打ち合う音。そして銃撃や砲撃の炸裂音。
戦いの舞台は、狐の船首をした大きな海賊船の上。
海賊の内乱。
この時代においては世界中のどこでも日常茶飯事となりえる光景だ。
「てめェ<大鎌>!! <ゲーム>でおれに負けたてめェが、反乱起こすとはどういうつもりだ!!」
狐の耳のようにセットした髪と鳥のくちばしのような鼻をした小柄な男が怒声を上げた。
「負けた? ああ、確かに負けはしたが、お前に従うかはオレが決める。
速やかな忠誠? ククククク……んなもん知らねェよ。だってよ、オレは確かにお前の船に乗ったが、乗った後は何をしようと自由だよな?」
そう言いながら、青白い顔の男が身の丈の倍はある巨大な鎌を狐頭の男に突きつけた。
<大鎌のキュエ―ル>懸賞金は4200万。海軍の調査によれば性質は残忍にて姑息。彼の性質を考えれば反乱などは十八番の部類だろう。
「なァ……そうだろ? 海賊の真価ってのはあんな<お遊び>で決まるもんじゃねェ。
命を賭けた殺し合い。それで勝ってこその本物だ。クククク……あんなインチキでしか勝てねェてめェにはわかんねェか?」
「ぐぬぬぬぬ……!! 言わせておけばてめィ!!
てめェこそ白昼堂々、しかもあらかたのクルーが町に出払ってるとこで反乱起こしやがって!! もう許さん!!」
狐頭の男は指で狐の形を作るとそれをキュエ―ルへと突きつけた。
すると合わせた親指、中指、薬指が淡い光を放つ。
それを見てキュエ―ルは頬を釣り上げた。
「クククク……止めときな。初めは油断したが、もうその手には乗らんぜ」
キュエ―ルは手に持った大鎌である方向を指した。
狐頭の男は視線をそちらへと投げかけた。
「イヤン! 捕まっちゃったわ、オヤビン!!」
「ヌゲッ!! ポルチェ!!」
そこには部下の一人が拘束されていた。
その後ろには剣や銃を抜いた<ゲーム>で勝ちとったキュエ―ルの配下だった男達。
この船に残っていた狐頭の部下は多くはない。数で劣った部下達は劣勢に立たされつつあった。
顔を歪める狐頭の男に、キュエ―ルが楽しげに笑いかける。
「分かってんな? もしそのビーム撃ったら、部下がどうなるか?」
「汚ェぞてめェ!!」
「汚ェ? なに言ってんだ? 海賊なんだ当然だろ」
キュエ―ルはむしろ誇る様に言い放った。
海賊とは無法者達の集まりだ。鉄の掟によって禁止された「反乱」もあえて破る者がいるのも頷ける。
キュエ―ルはおそらく初めからそのつもりだったのだろう。上辺だけへつらって虎視眈々と機会を狙っていたのだ。
勝つために手段を選ばない。海賊達の世界では「卑怯」という言葉は負け犬の遠吠えだ。戦いにおいては勝ち残る事が優先される。
ただ、「人質」という手段はルール無用の海賊の世界においてもほめられた方法ではなかった。
「さァて……まずはその腕でも斬り落とすか……!!」
「オヤビンッ!!」
巨大な鎌を振り上げるキュエ―ル。
囚われた女が叫びを上げ、狐頭の男が茫然とそれを見ていた、その時だった。
「───!?」
鎌を振り上げたキュエ―ルの足元に、弾丸の如く飛来した細長い鉄槍が突き刺さる。
同時に背後でキュエ―ルの配下の者達が一斉に悲鳴を上げ倒れた。
誰もが驚き動きを止める。そしてその武器に目を向けた。
武骨な槍。
細長い鉄塊の先端を尖らせただけという粗野な作りは、武器と呼ぶには余りに原始的過ぎる。
それは槍というより、鉄作りの<串>とでも言った方が正しいだろう。
「ったくよ、人質取らねェと戦えないような雑魚がなに偉そうに能書き垂れてやがんだよ。あァ?」
鉄串が飛来してきた方向に一人の男がいた。
額にバンダナを巻きボサボサの髪を逆立て、狼のような野性味あふれる目が特徴的な男だ。背中には先程の鉄串が幾本も収納された鉄作りの筒が揺れていた。
男は船の欄干から軽やかに跳躍し、その場にいる者全ての視線を集めながらキュエ―ルの前に降り立った。
「誰だてめェ……?」
低い声で誰何するキュエ―ル。
だが、現れた男はクルリとキュエ―ルに背を向けた。
「おい、この船の船長ってあんたか?」
無視されたキュエ―ルが何か叫ぼうとしたが、男はキュエ―ルの存在を忘れたかのように狐頭の男へと問う。
「そうだが、こんな時におれに何の用だ!?」
「いや、お前んとこの奴らに酒を奢ってもらったんだがな、せっかくだし海に出る前に港にいる船長にも礼でも言おう思ったんだよ。
そしたら、船でドンパチ始めてやがるし、そんでもってオレの船が煽り受けて粉々になってやがるしな。こりゃ、文句の一つぐらい許されるだろと思って来てみたんだがよ」
男はうんざりした様子でありながらも嬉々として語る。
「そしたら案の定戦いが起こってやがるし、鉄と鉄がぶつかり合う楽しげな音が聞こえるしよ。
こういう時、部外者ってのは辛いな。だってよ、この戦いはオレが手を出していいものじゃなかった。だって海賊の内乱だろ?
ぶっちゃけた話、そういうもんは中でケジメをつけるってのが筋だ。ここ最近待機ばっかでつまんねェ思いもしてたが、まぁ自重しようと思ってたんだよ。
だが、蓋を開けてみればこうして船長サイドが劣勢。まぁ、多勢に無勢だったな。人質まで取られてやがるし。でもこのままだと目的の礼ができねェからこうしてココにやって来たワケだよ」
そして男は狐頭の男に対し、子供のような無邪気な笑みを浮かべて問う。
「初めは裏切りとか人質とかオレの矜持に反する許せねェ雑魚だとか思ってたが、まァ、もう正直理由なんてどうでもいいんだよ。
なぁ、暴れていいか? なんなら契約してもいいぜ。用心棒なんてどうだ? その間っつっても……オレの都合が許すまでだけど。まァ、アンタを裏切りはしないと言っておこう」
男の瞳に闘争という炎が炯炯と鬼火のように燃える。
いきなりの提案に狐頭の男はポカンと口を開けていたが、男の口上に圧倒され頷いてしまった。
その瞬間、男が嬉しくてたまらないと哄笑する。
「ハハッ! ハハハハハハハハハハハハッ!!
いいねェ!! そうこねぇとな、船長さん!! アンタわかってるよ!! 気に入ったァ!!」
男は背中の筒から武骨な鉄串を取り出すと、口元を釣り上げる。
そして散々無視していたキュエ―ルの方を振り返った。
その瞬間、キュエ―ルは凄まじい程の悪寒に襲われた。
男の目はまるで飢えた獣のように鈍く獰猛な光を発していた。
殺気とはまた違う、感情として上げるならば<歓喜>だろうか。純粋、だがそれゆえにどこまでも凶悪だった。
キュエ―ルが感じたのは巨大な肉食獣に喉元を喰らいつかれていると言うよりも、むしろ肉を食い千切られ貪られている感覚に近い。
完全に居竦んだキュエ―ルに対し、男は口角を釣り上げて鋭い八重歯を覗かせた。
「頼むから、簡単にくたばってくれんなよ。
最近暇だったオレの鬱憤と、壊された船の恨みもろもろ、全部ひっくるめてとりあえず晴らさせてくれや! なァおい!!」
第十六話 「ゲーム」
<偉大なる航路(グランドライン)>の魔海にもしばしの平穏が訪れていた。
世界は透き通るような蒼で覆われ、水平線の彼方では空と海とが混じり合う。
二つを分けるのは流れゆく雲と、揺らめく波。
青と白で出来た景色はまるでキャンパスに描かれたかのように単純だが、決して絵具では表現できない何かがそこにはあった。
そんな海を一隻のキャラベル船が進む。
羊頭の船首。風を受け膨らんだ帆には麦わら帽子を被った海賊旗(ジョリーロジャー)。
海賊<麦わらのルフィ>の船<ゴーイングメリー号>だ。
「なぁ、まだ釣れねェのか?」
麦わら帽子を被った少年が船の側壁に座り込み力無く釣り糸を垂れていた。
少年の名前はモンキー・D・ルフィ。この海を統べる海軍によって一億もの懸賞金をかけられた男だ。
そのつまらなさげな視線の先にクレスはいた。
「そんなに簡単に釣れたら誰も苦労しねェよ」
クレスの手にも釣竿が握られており、釣り糸をなだらかな海の中に垂らしている。
だがその様子はルフィとは違い、まるで樹木のように不動だった。重く長い大物用の釣竿の先端はまったく揺れていない。
時折、魚を誘うため餌を動かしているのでそこにいるのが分かるものの、そうでなければ驚くほどに存在感を感じなかった。
自然との一体。狩人どころか武道の極地のような状態だ。
そんなクレスの姿と釣竿の先に興味を持って、先程までルフィ、ウソップ、チョッパーの三人がやって来ていたものの、さすがにいつまでも見ていると飽きる。
ウソップはクレスに倣い船の反対側で自作の釣竿を垂れ、チョッパーは舵とりを引き受けた。そしてルフィはなんとなく釣れそうだと、クレスの傍で釣り糸を垂れた。
「早く釣れねェかな、腹が減ったぞおれは」
「うるさい。誰のせいでオレがこうして釣りをする羽目になってると思ってんだ?」
「……さァ?」
「てめェだよ、はっ倒すぞッ!!」
「だってよ~、あんなに食いもんがあったじゃねェか。いいじゃんかよ、つまみ食いぐらい」
「三日分の食料が消える食い方を<つまみ食い>とは言わねェよ」
唇を尖らせるルフィに、こめかみをヒクつかせたクレスが答える。
つい昨晩の事だ。
それはほんの気の緩みだったのかもしれない。
いつものように夜寝て、朝起きれば手品のように食料が消えていた。
消えた食料の中にはクレスが恥を忍んでサンジに頼み込んで作ってもらった甘味もあり、クレスにしては珍しく本気でキレた。
幸い、防衛策としてサンジがいくつか食料を別の場所に移していたからいいものの、下手をすれば根こそぎ食料が無くなっていた可能性もある。
下手人のルフィとウソップ、たぶらかされたチョッパーはサンジとナミ(クレスはロビンに慰められたので不参加)にタコ殴りにされ、罰として、メシ抜きが言い渡された。
そうして消えた三日分の食料を補充すべく、クレスが釣り糸を垂れているのだった。
「いいじゃんかよ~ちょっとぐらい。なァ、またこの前の魚獲ってくれねェか? アレすんげェ美味かったぞ」
「ちょっとだァ~~~? 昨日てめェが食ったプリンをオレがどれだけ楽しみにしてたか知らねェだろ。次やったら魚の餌にしてやるからな。返せオレのプリン」
一味の食料事情はかなりシビヤだった。
クレスも自身が食料調達が出来る事を示した時一味が土下座張りの勢いで頭を下げた意味を直ぐに理解した。
昨晩のような事態はほぼ毎日のように起こり、食料が消えるのだ。船の食料庫にめいいっぱい食料を積みこんでも、予測よりも圧倒的に早く底を突く。
クレスが海の上でも定期的に食料を補充できると知ってからは更に拍車かかったように感じる。
「ハァ……言っとくけどな、食料ってのは食えば消える。補充しても当然無くなる。分かるな?」
無駄だとは知りつつクレスがルフィに言い聞かせる。
ルフィは当然だと胸を張り、
「それでもおれは腹が減るッ!!」
「黙れ!!」
最近サンジと相談し、冷蔵庫の前に本気で罠を仕掛けようか検討している。
黄金が換金出来たら是非とも鍵付き(とびきり頑丈な奴)冷蔵庫を買って欲しいものだ。
クレスはため息をつき、釣り糸の先に集中することにした。
「どう? クレス、釣れそう?」
後方から落ちついた声がかけられた。
聴きなれた声だ。姿を見ずとも誰か分かる。
クレスは振り向かず答えた。
「もう少しだな……なかなか餌に喰らいつかない。そっちは休憩か、ロビン?」
「ええ、潮風にでもあたろうと思って」
「そうか」
そしてロビンは階段に座り込んで分厚い本を広げた。
ほのぼのとした空気が流れる。
緩やかな風が帆を膨らませ、静かな波の音が聞こえてくる。
それに混じり聞こえるガチャガチャという金属音はトレーニングをしているゾロ。
反対側で鼻歌を歌っているのはウソップ。
舵棒の前では<記録>を覗きこんだナミの声と、指示に従うチョッパーの声が聞こえる。
そして辺りに漂い始めたいい臭いはサンジの作る昼食だ。
その臭いにルフィが思わず腹を鳴らし、その音に読書中のロビンが微かにほほ笑んだ。
そんな時、クレスの釣竿のウキが大きく沈んだ。
「───来た」
僅かに乾いていた唇を厳しく結び、クレスは手に持った釣竿に力を込めた。
◆ ◆ ◆
空島での冒険を終え、空島から無事地上へと帰還した一味はすぐさま<記録(ログ)>に従い船を進めた。
遥か上空1万メートルに位置する島。滅多に行けない空に浮かぶ島は未だに夢のように感じる場所だった。
少しくらいの感傷も、そして休息も許されそうなものだが、<偉大なる航路>の海はそう甘くはない。
ナミの指示に従い、すぐさま荒れ狂う波を切り抜け進んだ。
そして海の様子が落ちついた時に一味は空島で手に入れた<貝(ダイアル)>と<ウェイバー>を試し、苦労の末手に入れた黄金の山分けに入った。
お待ちかねの黄金の山分け。手に入れた黄金を換金すれば少なくとも<億>は超える。
どんなに少なくても一人頭一千万以上は確実に手に入る計算だ。
クレスを含め、一味は夢を膨らませ、ナミの理不尽な分配方式に度肝を抜かれそうにもなったが、一味は一つの結論に落ち着いた。
「メリー号を修繕しよう」
仲間は何も人間だけでは無い。
船もまた共に波を乗り越えた大切な仲間の一員だ。
本格的に造船ドックに入れて、今までの旅で生じた傷を補修、必要によっては船を強化してもらう。
一味全員もそれが黄金の最善の使い道に思えた。
それと同じくしてルフィが一つの提案を出す。
「<船大工>、仲間に入れよう!!」
メリー号は一味の<家>であり<命>。
今まではウソップが代用していたが、<船大工>は航海には必要な能力だ。
一味は稀に出るルフィの核心を突いた言葉に感心し、賛成の声を上げたのだった。
◆ ◆ ◆
メリー号は帆を膨らませながら海を進んで行く。
航海は今のところ順調だ。
先程はシーモンキーの悪戯のせいで無風状態で大波が襲ってきたが、何とか逃げる事ができた。
湿度、気温共に安定してきており、そろそろ次の島の気候海域に入ったのかもしれない。
「それにしてもさっきのはなんだったんだ?」
ウソップが先程大波に襲われた際にすれ違った船に対し疑問を募らせる。
帆も無く旗も無く、そして異常なまでに船員がイジけている船。船員同士にもまとまりはなく烏合の衆と化しており、意見のまとまらないままに大波に飲み込まれた。
通常ではありえない光景だ。あの船には、指示を出すべき<船長>すら存在しなかったのだ。
海戦に負け、様々なモノが失われたと言う訳でもない。なぜなら船には傷痕一つなかった。
船員の人相からおそらくは海賊だと推測できるが、船には海賊にとって<命>と呼ぶべきモノを何もかも無くしたような船だった。
「……悪い予感がするぜ」
「てめェはいつもそうだろ」
ネガティブに考え込むウソップにサンジが気にするなと声をかける。
ウソップが悪い予感を抱えている間にも船は前に進み続け、深い霧で覆われた向うに新たな島の姿が見えた。
「へェ……」
島の姿を確認しクレスが息を漏らした。
霧のカーテンの向こうに見えた島は見渡す限りの草原だった。木々は少なく、やけに細長い樹木がぽつぽつと散在するのみだ。
見た限りでは民家も無く、もしかしたら無人の島なのかもしれない。
だが、それでもこの地は<偉大なる航路>の土地だ。警戒は必要である。
「うお~~ッ!! 大草原だ!!」
しかし、そのような考えなど一切なく、ルフィ、ウソップ、チョッパーは島に上陸し、広がる草原にはしゃぎまわった。
ナミが注意するがいつものように効果はない。三人は島の奥へと向かって行った。
「どうするんだあいつ等、良かったら見て来てやろうか?」
行ってしまった三人を指し、クレスは錨を降ろしていたゾロに問う。
<探索>はクレスの得意分野だ。危険は無さそうだが、万が一という場合もある。
「ほっとけ、何かあったところで死にはしねェだろ」
「まァ、それもそうか」
ゾロの言葉にクレスは同意する。
確かに何かあったところで特に問題はないだろう。
さて、とクレスは考える。どうやら人気の無さそうな島のようだし、町などもないだろう。
食料に関しても航海の途中で十分に補充済み。<記録>が溜まるまでどれだけ時間がかかるかは不明だが、しばらくはのんびりしてよさそうだ。
クレスはとりあえず狩り用具の整備でもしようと考え、そういえばまだロビンの予定を聞いていないとロビンの下へと向かったのだった。
◆ ◆ ◆
島の探検に出たルフィ達三人はひょんなことから、トンジットという唯一と思える住人と知り合いになっていた。
トンジットが言うにはこの島の名は<ロングリングロングランド>。見た通り何も無い島で、動植物が身体が長くなるくらいのびのびと暮らしている。
本来ならばトンジットも円状になっているこの島を集落ごとに移住しながら暮らしている筈なのだが、世界一長い竹馬に乗っていたら気付かれず取り残されたらしい。
それっきり時間が経ち10年もの間、怖くて降りられず竹馬の上で過ごした。
何とも間抜けな話だが、孤独に10年もの間過ごしたのだからそれは相当なものだ。
だが、彼にも救いがあった。シェリーという名の美しい長白馬がずっと待っていてくれたのだ。
「しっかし速ェな、あの馬」
ルフィが感心したようにウソップ、チョッパーと共にトンジットを乗せ優雅に草原を走るシェリーを眺める。
スラリとした体型の首の長い白馬は待ち続けた主人を乗せ、広々とした草原を駆けた。
だが、突如響いた発砲音が白馬を襲った。
突如襲った痛みはシェリーを混乱の渦に叩きこんだ。シェリーは主人を投げ出し、痛みに草原に転がりのたうつように暴れた。
「おい、大丈夫か!?」
「銃声だ!! 撃たれたのか!?」
ウソップとチョッパーがシェリーを必死でなだめるトンジットの下へと駆けよる。
その時、草原の茂みの中から笑い声と共に三つの影が飛び出した。
「フェッフェッフェッフェッ!! その馬はオレが仕留めたんだ!! おれのもんだッ!!」
「お前ら誰だァ!!」
姿を見せた襲撃者にルフィが怒りのままに声を荒げた。
「このおれが誰だって? 知らねェとは言わせねェ!!」
狐の耳のようにセットした髪と鳥のくちばしのような鼻をした小柄な男。
フォクシー海賊団船長<銀ギツネのフォクシー>。懸賞金は2400万ベリーの海賊だ。
その傍にいるのは戦闘員のポルチェとハンバーグ。
「お前なんか知るかァ!! ブッ飛ばしてやる!!」
だが、ルフィは知らない。
「……おれを……知らない……」
「いやん! オヤビン、落ち込まないで!! ウソですよ、きっと知っててワザと知らないと……」
「ぷっ!! ぷぷぷぷぷぷっ!!」
「こら、笑うなハンバーグ!!」
謎のやり取りを始める三人に怪訝な顔をするルフィ。
落ち込んでいたフォクシーだったが、立ち直ると臨戦態勢のルフィに向けて三枚のコインを突きつけ言い放つ。
「我々<フォクシー海賊団>!! <麦わらの一味>に対し、オーソドックスルールによる<“スリーコイン”デービーバックファイト>を申し入れる!!」
「いやん! こりない男って素敵です、オヤビンッ!!」
「ぷっ! ぷぷぷぷぷぷぷっ!!」
◆ ◆ ◆
その頃、沿岸にいるクレス達にも異変は起こっていた。
狐の船首をした巨大な海賊船が威圧する様にメリー号の側面に向かい停泊し、陸地へと繋いだ巨大な鎖が退路を塞いでいる。
おそらく相手がその気になれば、メリー号を沈める事は容易いだろう。
「何だお前ら……!!」
「やるんなら降りてこい!!」
ゾロとサンジが敵船に剣呑な視線を向け、クレスは無言のまま拳を鳴らし戦闘準備を整える。
だが、敵船の様子は少しおかしい。こうして退路を塞いだにも関わらず、こちらを見下ろすように甲板に立った船員たちは動くことが無かった。
「我々は<フォクシー海賊団>。早まるな、我々の目的は<決闘>だ」
「決闘……?」
海賊らしからぬ言葉にナミが思わず問い返す。
ナミの言葉を受け、敵の海賊達は口元に得意げな笑みを作り答える。
「そう、<デービーバックファイト>!!」
初耳なのかナミが疑問符を浮かべた。そんなナミにロビンが説明をおこなう。
クレスは面倒なことになったと、息を吐く。
<デービーバックファイト>とは、海のどこかにあると言う<海賊島>でその昔生まれた海賊達のゲームだ。
よりすぐれた船員を手に入れるため、海賊が海賊を奪い合ったというのが始まりらしい。
<フォクシー海賊団>が挑んだのは<3コインゲーム>つまりは三本勝負の人取り合戦。なお、気に入るいる船員が居ない場合には海賊旗の印を剥奪できる。
賭けるのは<仲間>と<誇り>。勝てば得るものがあるが、負けて失うものは大きい。
航海の途中で見かけた不審な船もそれが原因だったのだろう。
「そんなッ!! 負けたら仲間を取られるの!?」
「ええ。でも勝てば、新しいクルーが手に入る」
「ダメよそんなの!! リスクが大きすぎるわ」
ロビンの説明を受け、ナミは危険すぎるとゲームの受け入れを断ろうとする。
だが、それは無駄な事だった。ゲームは船長同士の合意によって開戦する。ルフィが首を縦に振ればそれでゲームが受諾されるのだ。
クレスは淡々とナミに言った。
「止めとけ、航海士。ゲームを申し込まれた時点でもう遅い。オレ達は戦って勝つしかない」
これは海賊世界に置いては通常の戦闘とは話が異なる。
ココで逃げ出せば、海賊を続けるには決定的な汚点の<恥>を背負うことになる。
「どう言う事よ? 今からルフィを止めに行けば……」
「いいや、クレスの言うとおりだ。
ナミさん、海賊世界では暗黙のルールだ。逃げ出せば大恥をかくことになるぜ」
「いいじゃない、恥かくくらい!!」
サンジに対しナミは反駁するが、他の人間は首を振らない。
「恥をかくくらいなら死んだ方がましだ」とゾロ、「右に同じ」とサンジ。
クレスは多少意見は違うが、ゲームを受ける事自体は反対はしない。戦って叩き潰せばいいだけだ。
「諦めなさい、男ってこういう生き物よ」
「そんな……」
そしてナミの希望は虚しく、放たれた二発の銃弾によって否定された。
二発の弾丸は船長同士の合意の合図。
瞬間、<フォクシー海賊団>が一斉に歓声を上げた。
この場にいる一味もまた、ナミ以外はそれぞれに闘志を燃やす。
「さて、やるからには潰すだけだな」
クレスが呟く。
相手の海賊団に関しては詳しくは知らないが、おそらく向うはこちらの事をある程度知っている。
<決闘>とは称されたものの、所詮は海賊のゲームだ。正々堂々なんて話はありえない。
ルフィの懸賞金は一億。ゾロは6000万。ロビンは7900万。クレスは6200万。
クレスとロビンの事は知らない可能性の方が高いが、それでも一億と6000万の賞金首相手に<ゲーム>を仕掛けたのだ。よっぽどの自信があるのだろう。
だが、<ゲーム>が受諾されたと言うならば戦うしかない。相手が邪道ならば、それを上回る力で倒せばいいのだ。
「あァ~うるせェな。何だ、オレが昼寝してる間に何かあったのか?」
その時、歓声の上がるフォクシーの船の中から新たな声が聞こえた。
ひどく引っ掛かりを覚える声だ。
声の主は眠たげにあくびをしながらバンダナを巻いたボサボサの頭をかき、道を開ける海賊達の間を通り甲板へと向う。背中には鉄作りの筒が揺れていた。
その姿を見た瞬間、クレスとロビンが目を見開いた。
「お前………ッ!!」
クレスが発した驚きの声に男は目を向けた。
その瞬間、つまらなさげな目から一転、目を爛々と輝かせ、天を突くような哄笑を上げた。
「ハハッ!! ハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
そうか……なるほど、そうだったかッ!! こりゃ、おもしれェ!! 最高じゃねェかッ!! ハハッ!! ハハハハハハハハハハハッ!!」
男は哄笑を続けたまま、ごく自然な動きで背負っていた鉄筒に手を伸ばし、中に収納されていた細長い鉄の塊を掴んだ。
そして警告を発する事も無く、クレスに目掛けてそれを投擲する。
一味は一瞬で色めきたった。ゾロ、サンジがすぐにでも動けるように体勢を整える。
弾丸のような速度で飛来する鉄の塊。見れば細長い鉄塊の先端だけが鋭く尖らせてある。
武骨な槍。いや、それは槍というよりも<串>と言う方が正しい。
瞬く間に鉄串はクレスに迫り、その薄肌一枚のところをすり抜けて、背後の地面に突き刺さった。
「眉ひとつ動かさねェとは、相変わらず冷静じゃねェか」
「そう言うお前は相変わらず無駄に好戦的だな。まさか……いや、お前の性格を考えると<偉大なる航路>にいるのは当然か」
獣のように鈍く獰猛に燃える男の視線と、どこか機械めいた冷たさを感じさせるクレスの視線が交差する。
知らぬうちにクレスの中で戦意が昂ぶっていた。こうして再会するのは実に10年ぶり。いや、よくぞ10年も巡り合わなかったと言うべきか。
過去の記憶が一瞬でクレスの中を駆け抜け、そして今と重なり合う。
疑問は余り浮かばなかった。出会うべくして出会った。そんな気がしたからだ。
何故か不思議と納得を覚えた心でクレスは言葉を為した。
「……お前が海賊船にいるのはこの際どうでもいい。
さて、まァ何だ? 10年前の決着でも着けるか───<“串刺し”ハリス>」
クレスの言葉にハリスは口角を釣り上げ、まるで牙を剥く猛獣のような笑みを見せた。
「旦那には止められてたが、こりゃしゃーないわな。偶然も偶然。運が悪かったってこった。
ハハハハハハハハッ!! いいねェ、10年越しの戦い。燃えるじゃねェかッ!! なァ、オイ! エル・クレス!!」
あとがき
……出してしましました、ハリス。
コイツを再登場させることは決めていたのですが、悩んだ末にこの場で登場です。
伏線もどきは一応張っていましたが強引感は否め無いような気がします。
とまあ、情けなく皆様に言い訳するのも申し訳ないですので、これからの展開に力を注ぎたいと思います。
ありがとうございました。次もがんばります。