歩き続けよう。
流れ蠢く時の中で。
走り続けよう。
来るべき明日を祝しながら。
後ろは見るな。
止まってはいけない。
置き去りにした過去はきっとあなたを掴むだろう。
時の流れにその身を晒し。
無常な日々は流れゆく。
間話 「海兵たち」
“偉大なる航路”『海軍本部』。
「中将!! やはりおられませんッ!!」
「おられませんで済むか!! どこへ行ったんだ、あの人は!?」
「“自転車”がありませんでしたので……おそらく海へかと思われます」
「なっ!? 五老星にすぐに連絡を!!」
海軍の本部の一室にて、海兵達の声が慌ただしく響いていた。
事の発端は今朝の事だ。いつものように職務をこなそうと上官の部屋に報告に向かったところ、その姿が消えていた。
海兵は「またか!!」と頭を悩ませ、どこにいるかとも付かない上官を探し回るはめになってしまったのだ。
またいつものようにダラけて昼寝でもしているかと思ったが、そうではない。
今日に限っては本部のどの部屋でも見つからず、こうして大騒ぎをする羽目になっていしまったのだ。
「まったく……あの人は。我々の苦労も考えて下さいよ……青雉殿」
中将は重い頭を抱え一人ごちる。
海軍最高戦力である三大将のうちの一人、大将青雉。
圧倒的な実力とは裏腹に、そのモットーは“ダラけきった正義”と胡散臭い。
こうして本部を抜けだしたのは何か原因があるのだろうが、いまいち心が読めないので、理由は不明のままだった。
「報告します!!」
ため息をつきそうな中将の下に、新たな海兵が入って来て、敬礼と共に報告を始めた。
「リーナ諸島近海において、海賊<“泥土”グロップ>の船が現れたとの情報が入りました」
中将は瞬間的に顔つきを厳しいものへと変化させた。
<“泥土”グロップ>最近ますます力をつけ始めた海賊だ。この前も凶悪な事件を引き起こし、懸賞金が上げられたのを記憶している。額は確か一億を超えていた。
「現在の状況はどうなっている?」
「既に現場に軍艦が一隻向かわれたとの報告が」
「一隻? どこの部隊だ?」
海兵はどこか憧憬を含んだ声で報告した。
「───アウグスト・リベル少将です」
その報告に中将は目を見開き、口元に笑みを浮かべてこう言った。
「ならば問題はない」
◆ ◆ ◆
周囲を威圧するかのような巨大な船。
禍々しい装飾と、いくつもの砲台が頭を覗かせるその船は<“泥土”グロップ>の海賊船だった。
そう“だった”のだ。
目的地だった島は目前。だが、船は一切前に進もうとはしなかった。
船はいたるところから黒煙が上げ、舵はおろかマストも破壊され、沈むのも時間の問題だった。
「……ぐァ……ッ……おのれェ……!!」
その船の甲板に虫の息で倒れ込む巨漢の姿があった。
この船の船長だった<“泥土”グロップ>その人だ。
虫の息のグロックであったが、驚くほど外傷は無い。その周りに倒れ込む彼の部下も然りだった。
それもその筈。船長のグロップをはじめ、誰もが襲撃者の一撃のみおいて倒されていたのだ。
「フム……まだ意識があるか。失礼、加減が過ぎたようだ」
グロップの傍に一人の男が不動の大樹のように屹然と立っていた。
丁寧に撫でつけた白髪交じりの灰色の髪。皺を刻むも溌剌とした顔の左側には巨大な裂傷の跡がある。
海軍に支給される制服を着こなし、羽織るコートには“正義”の二文字が揺らめいていた。
男は威厳すら感じさせる声で続けた。
「だが、面倒だね。迎えの船が来るまで大人しくしていてもらえないかね。これでも歳でね、無駄な運動はしたくないのだよ」
「黙れェ!! このオレがこんなところで終わってたまるかァ!!」
快活に笑う男にグロップは激昂する。
そして渾身の力を振り絞り、自身の<能力>を発動させた。
「いでよ、“泥巨人”!!」
グロップの身体から突如大量の“泥”が吐き出される。
そしてその泥は粘土細工のように形を持ち、熔解した鎧を着こんだような巨人の姿を持った。
<ドロドロの実>の泥人間。グロップは自身が生み出した泥を自在に操る事が出来た。
「これはこれは……」
現れた巨人に男は目を細めた。
巨体というのはそれだけで脅威だ。小細工など無く、単純に叩き潰すだけで全てが終わる。
「潰れろッ!!」
目の前に現れた泥の巨人も例にもれず、グロップの指示に従い男を叩き潰そうとする。
男の頭上を泥の拳が覆った。
それを見て、男は淡く微笑する。
そして武芸の極致とも取れる惚れ惚れするような動きと共に脚を一線させる。
「嵐脚“断雷十字”」
音はなかった。
グロップの攻撃が怒涛だとすれば、男の動きは澄んだ水面だった。
拳を振り下ろした泥の巨人に十字の線が入る。そして静かな時の中でその痕が爆発的に広がっていく。
遅れて轟音が辺りを駆け廻る。
グロップの泥人形は四散し辺りに飛び散り、大量の泥が船を汚し、黒ずんだ染みをつける。
だが、攻撃をおこなった男、そして背中に掲げた“正義”の二文字に一切の曇りはない。
「ば……バカな……ッ」
グロップはその様子を茫然と見送った。
目の前の男は理不尽なまでに強かった。懸賞金は一億を超え、今まで“偉大なる航路”の荒波を越え続けたグロップでさえ足元に及ばない。
隔絶たる差。
男はグロップに圧倒的な“武”のみでそれを知らしめたのだ。
そして、ようやくグロップは男の正体を思い出す。
それは余りに遅く、絶望的だった。
「……てめェ、まさか……!?」
そしてその異名を呼ぶ。
「海軍本部の<武帝>かッ!!」
グロップは完全に挫けた。その名は海賊達にとって最悪の禁忌となりえていた。
男はグロップの変化に気がついたのか、柔らかい笑みを浮かべ、慇懃な態度で一礼する。
「如何にも。我が名はアウグスト・リベル。海軍本部で少将を務めさせてもらっている。
なに、大したことはないさ。ただの老いさらばえた一海兵。その程度に想ってくれても構わない。
だが、そうだね。非常に残念なことに、もう会うことはないだろう。はじめまして───そして、さようならだ」
リベルはグロップに向けて拳を構えた。
先程の澄んだ水面の如き動きとは打って変わり、その動きは噴き上がる火山のように苛烈。
鋼鉄よりもなおも硬い剛拳がグロップが自由な海で見た最期の光景となったのだった。
「さて、優先するべき私情は済んだが、やはり簡単には尻尾は掴ませてくれないな。
はてさて、時というものは……やはり待ってはくれないものだ。
そろそろ本部に戻らないといかん頃かな。クザン君の“感想”でも楽しみに待つとしようかね」
<武帝>はそう言い、快活な笑みを浮かべたのだった。
To Be Continued……
あとがき
この話はアラバスタの時のように一度の投稿に納めようと思っていましたが、こう言う形にさせていただきました。
次回もがんばります。ありがとうございました。