<シャンディア>には代々に渡り語り継がれる物語があった。
それは、大戦士カルガラと彼の親友の物語。
400年もの昔に起こった、鳴り響く鐘と、得がたき友情と、その後に襲った悲劇の物語。
また来い。
いつでもおれ達はここにいるから。
だから───また会おう。
去りゆく友にそう願いを込め鳴らし続けた導の灯は悲劇の中に消え去った。
伝えたい事が山ほどあった。
導きの鐘を鳴らし、友との再会を待ち続けていたかった。
しかし、願いは叶わず、全ては空の中に消えた。
だがら、ただの一度でよかった。
“シャンドラの灯”は必ずその響きで全てを伝えてくれると信じていたのだ。
奪われた故郷を取り戻し、高らかに響く鐘に思いを乗せて鳴り響かせたかった。
故に大戦士カルガラは叫び続けた。
「───シャンドラの灯をともせ───」
第十四話 「島の歌声(ラブソング)」
「ウソ……どういうことよ!! エネルがまだ生きてるって、何かの間違いじゃないの!?」
「ううん……違う。今まで聞こえなかった声が聞こえる」
うろたえるナミにアイサが答える。
アイサの言葉にクレスは苦々しく顔を歪めた。
クレスはルフィと共にエネルと戦い、そして拳に確かな感触を持って勝利を確信した。それはいい加減な理屈では無く、クレスの経験に照らし合わせた答えた。
遠目だったが呻き声一つ洩らさずに完全に沈黙したのも確認している。
クレスだけでなくルフィも勝利したと思っていたし、心綱を使えるアイサもエネルの声が消えたのを確認していた。
それでいてなお生き返る様に立ちあがったと言うならば、それはまさに理屈を超えた執念の類であろう。
「おい、アイツどこにいるんだ?」
静かな声でルフィがアイサに問う。
アイサは声が聞こえて来たという方向を指した。
「うっし!! あの耳たぶ、もっぺんブッ飛ばしてくる!!」
「あっ、ルフィ!!」
ナミの制止も聞かず、ルフィは猛スピードで駆けて行った。
その姿を見てクレスもまた後を追おうとする。エネルが再び立ち上がったというならばクレスにも責任があった。
だが、駆けだそうとした脚が縺れ、目の前が霞んだ。
「……ッ……ァ!!」
ナイフで突き刺されたような鋭い痛みがクレスの全身を駆け廻った。
咽るように咳を吐いた。そして手のひらに赤い染みが付着する。血であった。
「クレス!!」
慌ててロビンが駆け寄ってくる。
駆け巡る激痛にクレスは膝をついた。
想像以上に身体の状態が悪い。だが、それもむりはない。二度に渡る拷問のような超高電圧を身に受け、なおかつ全力で動き回ったのだ。
今の状態では、むしろ立って歩ける方が不思議なぐらいだった。
「クソ……後を追わないと」
「待って、クレス。その身体じゃ足手まといになるだけよ」
ロビンの言葉は筋が通っていた。
今のクレスはまともに動くことすらままならないだろう。そんな身体でどうして自身より強大な敵に立ち向かえると言うのか。
「ここは船長さんに任せて。
相手も起きあがったのにこちらに攻撃してこなかったという事は相当深手の筈よ」
だからお願い休んで。
クレスを労るロビンの顔にはそう浮かんでいた。
「……航海士さん、とりあえず私たちは上に出ましょう。
どちらにしろ出来る事は少ないわ。せめて怪我した人たちの手当てをしないと」
「……そうね」
軽くパニックを起こしていたナミだったが、ロビンの言葉に落ち着きを取り戻した。
エネルを追ったルフィを信じ、四人は上層へと向かった。
◆ ◆ ◆
シャンディアの遺跡の隅にある洞窟。
元からあった細長い洞窟を更に人工的に押し広げたトンネル。
そのトンネルを抜けた先に、広々とした空間がある。そこに巨大な舟の姿があった。
方舟マクシム。
神話に登場するような神秘さを携えながらも同時に不気味さを拭いきれない船。
船の前方には莫大な量の黄金により造られた仮面のような顔があり、その後ろに同じく黄金でできた煙突のような装置がある。
船内を見れば、大小様々な歯車が船中を巡り、それら全てが一つの玉座に繋がっていた。
世界中を探しても、これほど華美で精緻な船はないだろう。
ただ、一つおかしな点がある。
この船には風を受けるべき帆が無かった。
換わりにあるものは船の下部に取り付けられたオールと、巨大なプロペラだった。
「……ハァ……ゲホッ……」
その上に満身創痍のエネルがいた。
息も絶え絶えで、見るからに重体。だが、その眼光だけはどこまでも鋭い。
「ヤハハ……度し難い者どもめ……。
なに……そうだ、何も私が直接相手をする必要などなかったのだ。どうせ奴らはこの空島と共に滅ぶ運命にある」
エネルは身体を引きずる様に進め、たった一人の為だけに造られた玉座へと座り込む。
座り込んだ玉座の感触を確かめるように見回し、傍に供えられた避雷針のような黄金でできた装置に手を触れた。
「さァ……還るんだ。神のあるべき場所に」
そしてエネルは全力で能力を解放した。
空気が鳴動し、閃光がとぼしる。
それは2億ボルトにも及ぶ雷の瞬き。
だが、本来なら辺り一帯を焼き尽すであろう雷火は余すところなく、巡らされた回路を流れていく。
エネルによってもたらされた雷は船中を巡り、動力となって駆け廻った。
「見ろ、浮くぞ……!! 私を夢の世界へと導く舟が!!」
感嘆するようにエネルは言葉を漏らす。
すると、船に取り付けられた装置が稼働し始める。
取り付けられたオールが鳥の羽ばたきのように上下し、プロペラは高速で旋回する。
そして、ガコンと歯車の噛み合わさる音が連動し───舟が浮いた。
「ヤハハハハハハハ……!!
そうだ! マクシムよ、私を導け!! 私は還るのだ、“限りない大地”へと!!」
まるで狂ったようにエネルは哄笑する。
もちろん重体の身体でそんな事をすれば全身に激痛が駆け廻ってもおかしくはない。
だが、エネルは笑い続ける。
まるで、痛みなど感じていないように。
人には肉体の限界を超える瞬間がある。
類稀なる精神力の果て、強い意志や執念。それらが肉体という枷を外す時がある。
精神が肉体を凌駕する瞬間。今のエネルはまさにそれだった。
エネルがルフィとクレスから受けた攻撃は本来ならばエネルを打ち倒すだけの力があった。
ワイパーの時とはわけが違う。実際、エネルは完全に敗北し、意識をとばしていた。
しかし、意識を失おうとも、彼の中にある“限りない大地”への執念は肉体の静止を越えた。
ルフィ、クレスとの戦いの後、混濁する意識の中で身体を揺り起こし、能力によって誰にも気づかれる事無くここまで撤退したのだ。
「さァ、終幕だ。空を覆う不快な島よ、消え去るがいい……!!」
浮き上がった方舟はプロペラにより上昇を妨げる大地を削った。
僅かな量ですら空島では価値のある“大地”。それが砕かれ、次々と落ちていく。
エネルはその程度の事に一切頓着しない。彼がこれから向かう場所にはこの程度の量などとは比べ物にならない程の“大地”が広がっているのだ。
「………」
その顔に狂気にも似た笑みを浮かべ、徐々に見え始める空を見上げていたエネルだったが、ふとその顔から表情を消し去った。
「……なるほど、もう気付いたのか。勘のいい奴め。しかし……なるほど、追って来たのは一人だけか」
エネルの中に喜悦が広がる。
やはりそれは当然なのだ。絶対的な力の前には、どれだけ激しく抵抗しようともいずれは朽ちるのが定めだ。
それは大自然の定めとも言えるだろう。
しかし、エネルにとっての唯一の例外だけは怒声を上げならがこちらへと向かってくる。
「不愉快!! 貴様はまだ私の邪魔をするか、ゴムの男……!!」
浮遊する方舟の下に一人の少年──ルフィが立ちはだかる。
ルフィは方舟の上に立つエネルを見上げ、拳を握った。
「しぶてェ奴だなおめェ。今終わらせてやっから降りてこい!!」
「降りる? 不届きな。貴様はそこで指をくわえて見届けるがいい。これから私がもたらす絶望の始まりを!!」
両者は同時に動き、ルフィはゴムの腕を方舟に伸ばし、エネルはそれを阻むべく全身を帯電させた。
◆ ◆ ◆
「舟……?」
「何よあれ!?」
無事上層へと昇った四人は地鳴りと共に突如浮上してきた巨大な方舟に目を奪われる。
空飛ぶ方舟はぐんぐんと浮上してゆき、ある程度の高度を取ると取り付けられた煙突のような装置からもうもうと煙を吐き出し始めた。
禍々しい、見ているだけで不吉な予感を感じさせる黒雲。それはみるみるうちに空島全土を覆い始めた。
「積乱雲……? まさか、雷雲!?」
ナミは広がっていく雲を観測し蒼白となった。
空飛ぶ箱舟から吐き出されたのは、分厚く巨大な雷雲だったのだ。
そしてこの島、いや、この世界でこんな芸当が出来るのはただ一人。
「エネルか……」
クレスがぎりっと奥歯を噛みしめる。
どうやら仕留め損ねた代償は想像以上に大きいらしい。
「ねェ、雲が光ってるッ!!」
アイサの声にクレスは雲を見上げた。
雷雲はまるで内部で爆発が起こっているかのように何度か地鳴りのような音を響かせ、轟音と共に雷が地上へと放たれた。
その余りの衝撃にナミとアイサが小さな悲鳴を上げた。
「イカレてやがる……あの野郎」
方向的に見てエンジェルビーチだろう。
雷に撃たれた乏しき場所から黒煙が上がり、クレスの位置からも確認できる。
「……全てを地上に返す。やはり空島を落とす気なのね。
おそらくこの現象の起点はエネル。止めるならばエネル自身を何とかしないといけない」
おそらくロビンの言う通りだろう。
この現象を止めたければエネル自身を倒すしかない。
しかし、肝心のエネルは空の上。この中で辿り着ける可能性があるのはクレスのみ。
だが、そのクレスも満身創痍でまともに動くことのできない状態だ。もし、向かえたとしても落とされるのがオチだろう。
クレスは薄く眼を閉じた。
今この空でエネルに勝てる人間はもはやルフィだけだろう。
空島の未来はルフィの肩に掛かっていると言っても過言ではなかった。
エネルの下へと上手く辿り着き、上手く舟の中へ乗り込んでいる事を祈るのみだ。
だが、クレスの願いは裏切られる。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおォ!!」
空飛ぶ方舟の真下の辺りから、雄叫びを上げながら猛スピードでこちらに向かってくる姿がある。
見覚えのある姿だ。
首元にトレードマークの麦わら帽子の紐をひっかけて左腕だけを振って走っている。
右腕は後ろへと伸ばされていて、その先はガコンガコンと何かをぶつけたような音を響かせていた。
よく見れば光り輝く黄金の大玉が取り付られていた。
「あっ! おめェら、この金玉取ってくれ」
「なにしてたんだてめェ!!」
船長のルフィだった。
ルフィから状況の説明を聞く。
どうやらよっぽどエネルはルフィとは戦いたくなかったようだ。
上昇する方舟の上から、自身の下へと向かってくるルフィを雷によって妨害。
ルフィが腕を伸ばしどこかを掴もうとすれば、そこを破壊する。
それでも何とかよじ登ったっと思えば、熔解した黄金と共に待ち構えていて、腕に重しとしてつけられ舟から落とされたらしい。
「なぁ、この金玉取れねェのか、クレス?」
「オレに聞くな。取ろうと思ったら取れるぞ?」
「おっ! どうするんだ!?」
「腕ごと切り落とせ」
「やめんか、怖いわっ!!」
ナミのツッコミが入った。
「それにしても……」
不味い事になった。
クレスは口の中で出掛けた言葉を噛み砕く。
肝心のルフィは地上。問題のエネルは空の上。唯一空を飛べる自身はまともに動けない。
おそらくこの場所に居続ければエネルによって地上へと落とされるだろう。
「みんな、メリー号に戻りましょう!!
ここにいてもしょうがないわ。こうなったら、この空島が落ちる前に脱出しないと」
ナミの提案。それは当然の選択だ。
雷は空島全土に渡り降り注ぎ、人々を恐怖に陥れている。
もはや打つ手がない。ならば逃げる事が最善だろう。
「ダメだ」
だが、ルフィはその選択を否定する。
「おれはエネルをブッ飛ばす」
「ちょ、なに言ってるのよルフィ!?
もうここにいてもしょうがないわ!! あんたも分かるでしょ?」
「ロビン、この上には“黄金の鐘”があって、エネルはそれを狙って本当か?」
ルフィの問をロビンは静かに肯定する。
ロビンの予測ではこの“巨大な豆蔓”の最上層付近に黄金の鐘はある筈だった。
「おめェらも見ただろ、黄金郷は空にあったんじゃねぇか!!」
先祖の残した“ウソ”を人生をかけて追い求めた男がいた。
モンブラン・クリケット。彼は黄金郷にロマンを抱き、来る日も来る日も冷たい海に潜り続け、身体を壊してもなおそれを続けていた。
「下にいるおっさんたちに教えてやるんだ。黄金郷は空にあったぞって。
鐘を鳴らせば聞こえるはずだ。でっけぇ鐘の音はどこまでも聞こえるから。だから、おれは鐘を鳴らす。エネルなんかに取られてたまるか!!」
そしてナミの制止も聞かず、ルフィは“巨大な豆蔓”を駆け上がっていく。
「でも……ダメよっ!!
私、止めてくる!! あんた達は先にメリー号に行っておいて!!」
ナミもルフィの言葉に思うところがあったのか、しばし逡巡したものの、ウェイバーでルフィを追って行った。
クレスはそれを様々な感情の入り混じった表情で見送った。
「なぁ、ロビン……逃げ道があると思うか?」
「そうね、恐らくは……」
クレスの問いかけはある意味残酷だった。
島が無くなると思えば、人々はまず出口を目指す。
空というのは監獄のように隔絶された空間だ。どういったものかは知らないが、出口を壊されれば外には出られない。
そしてそれをエネルが見逃すだろうか。クレスはそうは思わなかった。
「ねぇ……お前ら……」
厳しい顔の二人に涙目でアイサが問いかける。
「……空島……なくなるの……?」
不安に押しつぶされそうになり涙を流すアイサを安心させるようにロビンはそっと頭を撫でた。
「大丈夫よ……きっと何とかなるわ。だから心配しないで」
その瞬間、クレスの視界がノイズが走る様に反転する。
母親のようにアイサを慰めるロビンの姿と巻き上がる黒煙の群れ。クレスはその姿に過去の光景を幻視した。
だが、直ぐにその考えを打ち消した。
無力だった過去の自身とは違う。過去とは比べようもないほどに力をつけた。
あの燃える故郷で母と交わした約束を守るためにも、こんなところで終わるわけにはいかないのだ。
クレスは全身に力を込める。
節々が刻まれるように痛んだが、全て無視した。
「……何とかしないと」
問題解決の手っ取り早い方法はエネルを倒す事だ。
だが、それにはいくつか問題がある。
まずこの島に置いてエネルを倒せる人間はもはやルフィだけという事だ。そして問題のエネルは方舟に乗り空の上。
勝つためにはもう一度ルフィをエネルの下まで送り届ける事が必要となる。
やはり自身も上に向かう事が望ましい。だが、果たしてエネルの場所まで辿り着けるか。今の状態では空を飛ぶ事もですら危うい。エネルに感づかれればそれこそ虫のように払われる。
何か策は……。クレスが考えを巡らせていたその時だった。
「お~~い!! ナミさ~~ん!! ロビンちゅわ~~ん!!」
「ば、バカ野郎!! 声がでかいって、神(ゴット)に見つかったらどうすんだよっ!!」
森の向う側からサンジとウソップが現れた。
二人は“巨大な豆蔓”の傍にいるクレス達を見つけると安心したように駆け寄ってきた。
「クルマユ、長鼻……おめェら船にいたんじゃねェのか?」
「それがよ、サンジの奴が居ても立っても居られないって……」
「当り前だろうが、あんなのが出てきてじっとしてられるか。
あっ! ロビンちゃん、無事で何よりだぜ!! おれがいなくて怖くなかったかい?」
包帯を巻いた姿のサンジとウソップ。
何でも、降り注ぐ雷と浮き上がった方舟に目を覚まし、じっとしていられずここまでやってきたらしい。
船は当初の予定通りの場所に置いてあるので、真っ直ぐ南下してきたようだ。
「それよりも、クレス」
サンジは神妙な顔でクレスに問う。
「ナミさんはTシャツを脱いでいたか?」
「それ関係ねェだろッ!!」
「……えらい元気だなお前ら」
クレスは呆れながらも状況を説明する。
説明が終わると合点がいったのかサンジは、
「何だと!? じゃあナミさんはルフィの後を追ってこの豆の木を昇って行ったのか?
うォおおおおおおおおおっ!! ナミさあああん!! 聞こえるかああああい!! おれはここにいるよォ!!」
ウソップは、
「うおー……寝てて良かったぁ」
サンジとウソップはエネルにやられたと聞いたが、どうやらあまり問題は無さそうだ。
騒ぐ二人と雷音に触発されてか、倒れていたゾロ、空の騎士、ワイパーの三人が不快げにみじろいた。そしてパチリと目を覚ます。
「うるせぇな……ッ……」
「この轟音……とうとう始めよったか、エネル……!!」
ゾロと空の騎士がゆっくりと痛むであろう身体を起こす。
ワイパーは既に立ちあがっていて、ただ自分達の故郷である大地が破壊されていくのを見つめていた。
心配したアイサがワイパーの名を呼ぶ。しかし、ワイパーはそれに答える事はなかった。
「お前になぜ全てを奪う権利があるんだ、エネル」
拳を握りしめ、ワイパーは怒りの言葉を絞り出す。
だが、怒りをぶつけるべき対象は全てを見下すかのように、遥か空の上にいた。
◆ ◆ ◆
「ヤハハハハハハハハ……!! 絶景ッ!!」
遥か上空。
方舟マクシムの上から、エネルは壊れゆく空島と逃げ惑う天使たちを見下し、笑いを漏らした。
能力の雷による蹂躙は空島全土を覆うに至り、撃ち降ろす全てを容赦なく破壊する。
ルフィという最大の難敵から逃れた今、何人にもエネルを妨げる事は出来なかった。
「ここは空。神の領域だ!!
全てが目障り。人も木も土もあるべき場所へと帰れ!! 全て青海へと降る雨となるがいい!!」
逃げ惑う天使たちには当然の如く逃げ道など無い。いの一番に破壊した。
空という監獄に囚われ、やがてはエネルの言う通り全てが青海へと塵芥となって降り注ぐだろう。
突如その身に降りそそいいだ絶望はどれだけ甘美だろうか。
正しきモノを正しき場所に。
存在自体が不自然な空島を地上へと還す。
ちっぽけな大地を巡る争いが起こるならば、それを取り上げればいい。
争いが続くならば、もう二度と戦えないようにすればいい。
空に生き、身の程も知らず大地に憧れる愚かしき天使たち。
空に誘われ、哀れにも大地を求めるシャンディア共。
全て滅ぼせば、それで全ての問題が解決する。もう二度と大地を求める必要も無くなる。
これが、エネルが神として行う救済だ。
もはやエネルは空島には一切の未練はない。
かつて率いた部下達も脆弱を晒したならば切り捨てるまでだ。
だが、ただ一つだけ。
エネルが求めるものが空にはあった。
「さて……黄金の大鐘楼はどこにある?」
かつて栄華を誇った黄金都市シャンドラの象徴である黄金の鐘。
予測では“巨大な豆蔓”の周辺の島雲にある筈だった。
間もなくマクシムは"巨大な豆蔓"の頂上付近にさしかかる。そろそろその姿を見てもおかしくはない。
「それに、青海の考古学者が言っていた事もなかなか面白い。ヤハハハ……なに、大鐘楼を見つければ全て分かるさ」
口元に笑みを浮かべて辺りを見回すエネルだったが、下から聞こえて来た“声”にジロリと冷たい視線を向けた。
「この期に及んで声が二つ。……またあの男か、あの重りをつけたままとは恐れ入る」
“巨大な豆蔓”を猛スピードで駆けあがる二つの影があった。
黄金の玉を枷としてつけられたルフィとウェイバーによってルフィを追うナミ。
「うがァ!!」
ルフィは上方を覆っていた島雲を蹴り飛ばし、その上へと這い上がった。
そこはもともと“神の社”があった場所であったが、今はエネルの手によって無残に破壊されていた。
ルフィは見知らぬ廃墟には目もくれず、エネルが乗る方舟を探す。そして神の社より更に上に伸びる“巨大な豆蔓”頂上付近にその姿を見つけた。
「あッ! いたな、そこで待ってろ!! エネル!!」
「……くどい男だ」
ルフィは方舟へと乗り込もうと"巨大な豆蔓"を駆け登る。
しかし、エネルは雷を放ち、蔓を焼き折った。
足場を亡くしたルフィは神の社の島雲まで落下する。
「どうここまで登ってこようと思うのだ?」
空の上からエネルはルフィを見下した。
そう簡単にエネルがルフィとの接触をおこなう筈が無い。
ルフィは歯がみしエネルを睨めつける。
「ルフィ!!」
その時、ルフィを追っていたナミがやっとの思いで追い付くことに成功する。
ナミはルフィの姿を見つけると、直ぐにメリー号に戻る様に説得した。だが、ルフィは意見を曲げることはなかった。
エネルを打ち倒し、鐘を鳴らし、クリケット達に黄金郷の存在を知らせる。
脱出の機会を棒に振ってまでこの事に固執するのは、交わした約束の事もあるだろうが、もしかしたら本能的に退路が無い事を悟っていたのかもしれない。
「ヤハハハハハ!! そうだ貴様等、いいものを見せてやろう」
手の届かぬ上空からエネルは残酷な笑みを浮かべ、その姿を雷と変えて空島全土を覆う黒雲の中へと潜り込んだ。
すると黒雲が異常なまでに発光し、突如、エンジェル島上空の雷雲が形を変える。
形造られたのはまるで黒い太陽のように不吉な黒い球体だった。これは悪夢か、とてもこの世の光景とは思えない。
ナミはその危険性に蒼白となる。雷雲の中を駆け巡るのは異常なまでの幕放電と気流の渦。それはエネルが生み出した最悪の神罰の権化。
その名を───雷迎。
「天は我がもの。思い知るがいい。
マクシムと私の能力があればこれだけの神業を為せる!!」
完成した“雷迎”はゆっくりとエンジェル島に向かって下降し始めた。
黒い太陽は確実に全てを飲み込み、そして炸裂するように発光。遥か遠くまで閃光と轟音が響き渡る。
誰もが声を失った。
閃光と轟音が納まり、音が消え去ったような静寂の中で、人々は神の力を知る。
そこにあった筈のもの。
数多くの天使たちが居を構えた島、エンジェル島。
その島が───跡形も無く消え去っていた。
「ヤハハハハハハハハッ!! どうだ! 驚愕し声も出まい!!
貴様等はそこで死期を待っていろ。この真下で蠢く“声”共と共に!! 私が黄金の鐘を手に入れたならば、今度はこのスカイピアを丸ごと消し去ってやる!!」
方舟に乗りエネルはルフィ達の下から離れていく。
ルフィは当然後を追おうとしたが、舟に乗り込むことは出来なかった。
「畜生……!! おれは、おっさん達に教えてやるんだ!! おれは鐘を鳴らすんだァ!!」
ルフィは空を仰ぎ、悔しげに咆哮するも所詮それは負け犬の遠吠えにしかならない。
「……ルフィ」
ナミは複雑な気持ちで叫び続けるルフィを見つめていた。
◆ ◆ ◆
降り注ぐ雷が大地を震わせ、雲を穿つ。
先程、巨大な“雷迎”が島を消し去ったの事も、クレス達からも確認できた。
そんな中で一味から出た言葉に、思わずワイパーが問い返した。
「鐘を鳴らすだと……?」
ロビンは問い返したワイパーに、推測に基づいた理論を述べ、その在処を示した。
黄金の鐘。それはワイパー達<シャンディア>が400年もの間探し続けて来たものだった。
それを最近来たばかりの青海人が在処まで知っていると言うのは驚くべきことなのだろう。
「ルフィはやると言ったらやる奴だ。ナミが連れ戻そうとしても、あいつは戻りはしねェ……」
一番ルフィとの付き合いの長いゾロが言う。
ルフィが狙うものはエネルと同じ“黄金の鐘”だ。ならば絶対に退くことはないだろう。
「おい!! なんか落ちて来たぞ!?」
その時、ウソップが空を指して言った。
落ちて来たのは“巨大な豆蔓”の葉。そしてそこにはルフィとナミからのメッセージが書き込んであった。
「『この巨大な蔓を西に切り倒せ』」
「西ってのは……エネルの舟がある方向か」
呟きを洩らしクレスはルフィ達の意図を読み取った。
だが、それは無茶苦茶な作戦だった。
おそらくはウェイバーに乗り倒れゆく蔓を滑走路に見立て飛び立つつもりだろう。
出来ない事はないかもしれないが、何より規模が大きすぎる。
“巨大な豆蔓”は空島で最も巨大な植物だ。植物が巨大化する空島の気候に置いても更に異質。二本の蔓が絡み合ったその姿は天地をつなぐ鎖のようだ。
これを切り倒す事は容易なことではない。
「おい見ろ……あれって」
ウソップは空をふと空を見上げて固まった。
その声に皆一同に空を見上げ絶句する。
クレス達がいる“神の島”上空に巨大な“雷迎”が生成されつつあった。
大きさはエンジェル島を襲った“雷迎”の数倍。空に浮かんだ黒い太陽はこの世の終わりを幻視させるには十分だった。
「ボサっとすんな!! 下がれッ!!」
クレスが声を張り上げる。
脅威は雷迎だけでは無い。先程から降り注ぐエネルの雷。それらが虫でも払うかのように、一味達に向け降り注いだ。おそらくはエネルからの牽制だろう。
「どうやら、時間はなさそうだ……ロビン、下がっててくれ」
「とにかくやるぞ!! 舟の方に蔓を切り倒したらいいんだな?」
「たっく、ルフィの野郎……ナミさんだけは絶対に守れよ!!」
クレス、ゾロ、サンジの三人が一斉に駆けた。
今この空島で“雷迎”が落とされる前にエネルの下まで辿り着けるのはルフィとナミしかいない。
エネルに対する反撃の機会も、この“巨大な豆蔓”を切り倒さない事には始まらないのだ。
「ロロノア!! お前は手前のを、奥はオレがやる」
「ああ、分かった」
「しくじんじゃねェぞ、てめェら!!」
三人は瞬間的に役割を分担した。
ゾロが手前、クレスが奥の蔓を切り落とし、サンジが舟の方向へと蹴り倒す。
三人のうち一人でもしくじればチャンスは失われるだろう。
しかし降り注ぐ雷をよけながら、巨大な豆蔓を切り落とすのは生半可なことではない。
「───ッア!!」
悲鳴を上げる身体を無視し、クレスは“剃”によって駆けた。
無秩序に降り注ぐ雷の間を潜り抜け、天地をつなぐようにそびえ立つ“巨大な豆蔓”の裏手まで辿り着く。
「嵐脚……」
クレスは“巨大な豆蔓”へと跳びかかり、空中で身体を制動。
同時にゾロが刀に手をかけ、サンジが躍りかかった。
「やべェ!! お前ら避けろッ!!」
ウソップの叫びと三人の頭上が瞬いたのはほぼ同時だった。
轟音と共に雷が三人に向かい放たれる。おそらくはエネルの仕業だろう。エネルにしてみれば無秩序に降り注ぐ雷に標的を持たせることなど容易い筈だ。
凶悪な威力を秘めた雷は一瞬にしてクレス、ゾロ、サンジの三人を飲み込んだ。
もとより重体の三人だ。直撃を喰らって無事でいられる筈がない。
命運は尽きた。そう思われた瞬間だった。
「「「───なめんなッ!!」」」
薄れゆく視界、駆け巡る激痛の中でクレス、ゾロ、サンジは最期の意地を見せた。
斬撃が走り、脚撃が蔓を揺らす。
完全に切断する事は叶わなかったものの、クレスとゾロによって蔓に深い切りこみが入り、サンジがそれを蹴り飛ばす。
不動に思われた“巨大な豆蔓”だったが、ぶらりとその姿が震えた。
しかし───倒れない。
天地を繋ぐかのような“巨大な豆蔓”は構成される繊維の一本一本が鋼のような強靭さを誇っていたのだ。
僅かに傾いた“巨大な豆蔓”だったがそれ以上は動くことはなかった。三人の健闘もむなしく終わる。ただ、雷の妨害が入った事だけが悔やまれた。
「そんな……倒れない」
「何でだ、チクショォ~~~~ッ!!」
ロビンとウソップが声を漏らす。
この場にいる人間で蔓を倒せる可能性があったのは、あの三人だけだったのだ。
三人とも咄嗟に能力を発動させたロビンが受け止め、息がある事は確認したが、もうまともに動けないだろう。
そんな時だった。
不意に雲の下から何か巨大な物体が激突したかのような衝撃が駆け抜けた。
それは夢うつつの間に在りし日の思い出を見たウワバミのおかげだったのだが、それを知るものはいない。
衝撃はロビン達がいる島雲ごと“巨大な豆蔓”を揺らす。
蔓は更に傾きを増した。しかし、倒れない。
だが、希望は消えてはいなかった。
蔓の傾きはもはや限界と見えた。
あと一度、あと一度だけ強い衝撃があれば倒す事が出来る筈なのだ。
だが、その一撃は絶望的に見えた。
今一味の中で動けるのはロビンとウソップのみであり、二人の技では威力が小さすぎた。
「何故……てめェらはあの鐘を鳴らそうとするんだ?
あの鐘はカルガラの意志を継ぐおれ達が鳴らしてこそ意味がある……!! あの麦わらに何の関係があるんだ!!」
懸命に大鐘楼を目指す一味に、ワイパーは噛みつくように問いかける。
黄金の鐘はワイパー達<シャンディア>の願いが込められた灯だ。部外者がそう易々と踏み入っていいものではない。
「…………」
「放っとけ、ロビン。構ってる暇なんてねェ、あの蔓を倒す事が先だ。
三人と謎の衝撃で蔓も限界寸前だ!! 後はこのおれの様の“火薬星の舞い”を炸裂させることによりヤツは大きな悲鳴と共になぎ倒される!!」
特製のパチンコを手にウソップは“巨大な豆蔓”へと駆けていく。
ワイパーが引きとめるために声を張り上げようとしたが、ロビンの声がそれを遮った。
「400年前……青海である探検家が「黄金郷を見た」とウソをついた。
世間は笑ったけど、彼の子孫たちは彼の言葉を信じ今でもずっと青海で“黄金郷”を探し続けている。
“黄金の鐘”を鳴らせば“黄金郷”が空にあったと彼らに伝えられる。麦わらのコはそう考えてるわ。
素敵な理由じゃない? ───ロマンがあって。普通なら脱出の事だけを考えるのに……どうかしてるわ」
語るロビンと、耳を傾けていたワイパーの背後で大きな爆発が起こった。
雷の直撃だ。降り注ぐ雷は森を焼き、爆風が辺りに駆け抜ける。
前方ではウソップが懸命に奮闘しているが、蔓は揺るがなかった。
「……そいつの、……その子孫の名は……?」
震えるような声でワイパーは問いかける。
ロビンは答えた。
「モンブラン・クリケット」
「ならば……400年前の……!! ───先祖の名は、ノーランドか?」
それは如何なる奇跡だったのだろうか。
時を経ても、他人から後ろ指を指されようとも、彼の子孫はこの地を求め続けていたのだ。かつて共に過ごしたこの“大地”を。
カルガラとノーランド。
如何なる因果の下か、空を目指した青海の海賊の手によって400年間巡り続けた二人の意志はこの場で結ばれた。
知らずワイパーの両頬に雫が伝っていた。
「礼を言う」
「……えっ」
ロビンに礼を言い。アイサの頭を乱暴に撫で、ワイパーは駆けた。
かつてこの地には無かった巨大な天の楔に。
奮闘するウソップを追い抜き、降り注ぐ雷を潜り抜け、そして最後まで足掻き続ける“巨大な豆蔓”の下へと辿り着く。
そしてその蔓に向けて、ボロボロの左手を突きたてた。
心臓が爆発的に鼓動を放ち、やけに息が切れた。
もしかしたら身体は予感していたのかもしれない。ワイパーがこれから行う荒行とその結末を。
だが、知ったことかとワイパーはそれらを無視する。
これは願いだった。
シャンドラの戦士であり、大戦士カルガラの血を引く子孫であり、かつて彼らの物語に想いを込めた自分自身の。
だから、引く気など欠片も無かった。
左手に仕込んだ切り札の“ダイアル”。
ワイパーは戸惑いも無く、その殻長を押した。
「排撃(リジェクト)!!」
“衝撃貝”のゆうに十倍。
その威力故に使用者までをも破壊する諸刃の剣。
そこに込められた圧倒的な衝撃が“巨大な豆蔓”に駆け抜けた。
あまりの威力に蔓は“排撃”を起点としてはじけ飛んだ。
───折れろ……!!
反動により大きく後ろに弾き飛ばされたワイパーは強靭な意志により、その行く末を見つめる。
───折れろ!! “巨大な豆蔓(ジャイアントジャック)”!!
駆け抜けた衝撃は"巨大な豆蔓"を支えていた最期の均衡を破壊する。
メリメリと繊維が断裂する音を断末魔のように響かせ、地響きと共に“巨大な豆蔓”はエネルが乗る方舟に向け倒れ始めた。
◆ ◆ ◆
「傾いて来た……! しっかり掴まってなさいよ。
───“憤風貝”の『最速』ってまだ出した事無いのよね。だって私でも制御しきれないもん……!!」
ナミは張りつめた鼓動と共に“憤風貝”のエンジンを臨界寸前まで吹かした。
始めは空島からの脱出を提案していたナミだったが、ルフィの意志と逃げられないという状況に腹を括った。
これから行うのは“巨大な豆蔓”を台に見立ててのクレイジーな大ジャンプ。しかも目的地は方舟で待ち構えるエネルの下だ。
ルフィに身の安全を保障させたものの、無事でいられる可能性は少ないのは当然分かっていた。
ナミは恐怖に震えそうになるのを、口元に勝気な笑みを浮かべて必死にごまかす。
大丈夫……仲間を信じようと。
「ルフィ!! 行くわよッ!!」
「思いっきり頼む!!」
「ОKッ!!」
ナミは手加減無しで思いっきりアクセルを踏み込んだ。
瞬間、後方のエンジンが暴風と共に、爆発的な推進力を生んだ。
急加速するウェイバー。ナミとルフィに急激な重力が襲いかかり、思わず身体がのけぞった。不愉快な浮遊感が全身を駆け抜け、思わず叫びそうになる。
だが、それらを必死に飲み込み、ナミはぎゅっとハンドルを握りしめ、暴れ回るウェイバーを制御する。
徐々に傾いていく“巨大な豆蔓”。その上をナミとルフィを乗せたウェイバーは爆走する。
タイミングは完璧だった。
カタパルトの上を走る弾丸のように、二人は真っ直ぐに加速し続け、ピッタリとその狙いをエネルの乗る方舟に定める。
そして前方に射出口である“巨大な豆蔓”の先端が見えた。
「やれやれ、せっかちな者共だ。何故“雷迎”の完成を待てない。
仕方ない。ここへ近づけぬよう少々“大地”を砕いておくか……」
自身へと向かい来るルフィとナミを阻むため、エネルは空を覆う雷雲から一斉に雷を放電させた。
───“万雷(ママラガン)”。
雨のように降り注ぐ雷が全て、"神の島"に集中する。
エネルは蔓を根元から沈める気だった。蔓が地盤を失えば、もう二度とルフィ達がエネルの下へ近づくことは出来ない。
降り注ぐ雷は雲を穿ち、シャンディアの遺跡を崩壊させた。森ではあちこちから火の手が上がり、動物たちが逃げ惑う。
エネルは自身の力は全てを圧倒すると信じて疑わない。
だがそんなエネルに、下方から“声”が聞こえて来た。
「ムダだ……エネル。お前には落とせやしない。
シャンドラの地に生きた誇り高い戦士たちの歴史を……!! どこにあろうと力強く、生み出し育む、この雄大な力を!!
お前がどれだけの森を燃やそうと……どれだけの遺跡を破壊しようとも……ッ!!」
もう立てる筈の無い身体でワイパーは言う。
誇り、知らしめたかった。
その壮大さを。雄大さを。
いつもそこにあり、力強くもやさしく全てを見守るその偉大さを。
だから、叫んだ。
「───大地は負けない!!」
「ヤハハ……。なんだ、下から戯言が聞こえるぞ」
ワイパーの叫びをエネルは戯言と蔑んだ。
いくら勇壮に吠えようとも、今に全てが砕け散る。降り注ぐ猛威に“大地”は悲鳴を上げる。
───だが、どこまでも大地は不動だった。
如何なる猛威に晒されようとも、常にそこにあり続け生き付く全てを母なる大地は見守る。
“大地”を巡り、戦いあった人々は一様に悟った。
もとより大地は奪いあえるようなものでは無かったのだ。
400もの歳月をかけてもなお、何故人々はその過ちに気づかなかったのか。今はただそれだけが悔やまれた。
「行け……麦わら」
不動の大地に支えられた蔓はエネルの方舟に向けて倒れる。
その先端から、空にいる者達の希望を一身に背負った姿が飛び出した。
「黄金の鐘を渡せェ!! エネル~~~ッ!!」
ナミが操るウェイバーに乗り、ルフィは真っ直ぐにエネルの下を目指す。
エネルはそれを見て、砕くことの叶わなかった大地に苛立ち。これ以上は付き合いきらないとうんざりした様子で空に浮かぶ生成途中の“雷迎”に指示を出す。
「国ごと消えろ!!」
空に浮かぶ“雷迎”が“神の島”へと向けてゆったりと下降し始めた。
空にいる者達は言葉も無くそれを見上げる。それはまさに神話における滅びの一幕だった。
「ナミ、ありがとう。絶対無駄にしないから」
「えっ!? ダメ!! その中は気流と雷の渦よ!! あんたでもどうなるか分からない!!」
この場にいてルフィが向かったのは、エネルの下では無く“雷迎”であった。
ルフィはナミを近くに浮かんでいた島雲の上に避難させ、目の前まで迫っていた“雷迎”の中へと臆することなく入り込んだ。
「うおォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
"雷迎"の中でルフィは異常な雷電に晒された。それだけでは無い。ナミの言う通り中は気流が渦巻き擦れ合いまるで天然のミキサーのようだ。
だが、それでもルフィは“雷迎”の中心まで真っ直ぐに突き進んだ。
「ゴムゴムの花火“黄金牡丹”!!」
ルフィは“雷迎”を中からがむしゃらに殴りつけた。
腕に取り付けられた黄金があちこちを乱舞する。ゴムの腕によって描かれたのはまるで牡丹のように複雑な軌道。
黄金は電気の誘導に優れた金属だ。それを雷雲の中で振り回せばどうなるか。
ルフィの腕に取り付けられた黄金はあちこちで“雷迎”を形造る雷雲に不和を生じさせる。
“雷迎”は悲鳴を上げるように異常な幕放電を繰り返し、そしてその表面にだんだんと亀裂が入り始めた。
「なに……中で放電しきる前に落とせばよい事!! 全て消し去れッ!!」
エネルはルフィという不和を飲み込ませたまま“雷迎”を“神の島”まで落下させる。
落ちゆく絶望は確実に人々の頭上へと迫っていた。
雷迎が落ちるのが先か。
ルフィが雷迎を消し去るのが先か。
この両者の力関係は危うい均衡を保っているようにも思えた。
わずかな違いが、結果を違える。
まさに、───神のみが知るという状況だった。
人の力ではどうしようもない事態に、空に住まう天使たちは誰も彼もが自然と祈りをささげていた。
絶望の淵に立たされた人々はどこまでも無力だった。この行為に意味などはないのかもしれない。
だが、それでも何かが変わるのかもしれないから。この状況に救いの手が差し伸べられるかもしれないから。
だから祈らずにいられなかった。
───どうか奇跡をと。
「晴れろ~~~~~~ォ!!」
ルフィの咆哮が轟く。
同時に、空を覆っていた“雷迎”が消し飛んだ。
消えた“雷迎”により、遮られていた陽光が空島を照らす。その光に誰もが救いの光を見た。
「バカな……ッ!!」
そしてエネルの顔に驚愕が浮かぶ。
奇跡はルフィを選び、神を名乗る男には訪れなかったのだ。
「鳴らせェ、麦わら!! シャンドラの灯を!!」
「聞かせてくれ小僧……“島の歌声”を!!」
ワイパーとガン・フォールは光の向うに黄金の輝きを見た。
今こそが、鐘を鳴らす時だった。
大戦士カルガラがたった一人の大親友への思いを込めた鐘の音。
空に誘われ、多くの天使たちを魅了した島の歌声。
その意味を。その存在を。天の彼方まで届くように、どこまでも遍く示すのは今なのだ。
「じゃあな!! お前ごと鳴らしてやるッ!!」
ルフィは悔しげに歯を噛みしめるエネルに向けて、黄金の拳を構えた。
ゴムの腕は後ろに伸ばされ、限界寸前まで捻じれている。
ルフィ、エネル、そして方舟。その直線状に黄金の鐘はあった。
「おのれ“雷迎”を……青海のサルが……ッ!! 不届き者めがァ!!」
エネルの全身が憤怒と共に雷となって爆ぜた。
「MAX2億ボルト!! “雷神(アマル)”!!」
莫大な雷によって、エネルの姿が巨大化する。
その姿は憤怒の雷神。ただそこにあるだけで、強烈なエネルギーが迸り大気が鳴動する。
「なんじゃありゃ!?」
「貴様が鳴らすだと? 黄金の鐘をか!!
もう一度鳴った時に戦いの終焉を知らせるという、そんな言い伝えに縋ろうと言うのか!!
我は神なり!! たかが<超人系>の一匹、この<自然系>の力によって叩き潰せんわけがない!!」
巨大化したエネルの腕から雷が迸りルフィを飲み込んだ。
だが、何度やっても同じ事だ。ルフィはエネルにとっての天敵。
如何に最強種の<自然系>であっても、ルフィがエネルの力に屈する事はない。
「神だ、神だとうるせェな!! 何一つ救わねェ神がどこにいんだァ!!」
ルフィは雷でできたエネルの腕の上を駆けた。そしてそのまま走り込み、エネルの頬を強烈に蹴りつける。
頬を襲った衝撃にエネルの姿勢が大きくのけぞる。
だが、ギロリとエネルの憤怒の視線がルフィを射抜いた。同時にルフィは苦悶を漏らす。
「ホウ……器用に支えたな。串刺しにならんとは……」
ルフィの背にはエネルの電熱の矛が突き刺さっていた。
しかも後ろに伸ばした腕のせいで、ルフィの身体はぐいぐいと後ろに引っ張られ、矛へと食い込んで行く。
しかれど、矛から逃れたとしても空の上でルフィに待つのは転落だった。
「ここまでよくぞ登って来たな。
だが、ここまでだ!! お前も、この国もな!! 私がいる限り“雷迎”はまた出来る!!」
嗤うエネルをルフィは睨めつける。
そして気合と共に、背中に突き刺さっていた矛を引き抜いた。
「転落を選んだか!!」
法則に従いルフィはエネルの下から転落する。
「ルフィ!!」
空に浮かぶ島雲からナミが叫んだ。
「ナミ!! そこどいてろッ!!」
ルフィの腕は力強くナミがいる島雲を掴んでいた。
ゴムの腕が伸び、その弾性によって縮む。そして、ルフィの身体は再び上空へと舞い上がった。
「ゴムゴムのォ~~~~~ッ!!」
そして再び振り出しに戻った。
ルフィは黄金が取り付けられた腕で、エネルごとその向うにある鐘を狙い、エネルは両腕に構えた矛でルフィを串刺しにせんと待ち構える。
「また繰り返すのか。いつまで続ける気だ?」
「鐘が、鳴るまでッ!!」
限界まで引き絞ったルフィの腕が今か今かと解放の時を待ち軋みを上げた。
空中という不安定な空間で、ルフィは野性的な運動センスによって体勢を制御する。
顎が砕けんばかりに奥歯を噛みしめ、噴き上がるような気合と共にエネルに向け腕を叩きつける。
「───黄金回転弾(ライフル)!!」
ルフィの腕から放たれた拳は、まさに黄金の暴風だった。
高速回転する拳はうねりを上げ突き進み、辺りに烈風を撒き散らす。
ルフィの拳を“心綱”により待ち構えていたエネルはその圧倒的なスピードに瞠目した。
咄嗟に黄金の矛を交差させ、拳を受け止めようとするも何もかもが手遅れだった。
拳に矛が触れた瞬間に許容しがたい衝撃が全身に駆け廻り、肉体はその狂的な精神ごと砕け散った。
「ウウウ───ッ!! あァアアアアアアアアアアアアア!! とどけェ~~~~~ッ!!」
ルフィの拳は止まらない。
エネルに拳を突きたてたまま方舟の上部を突き破り、その背後にある黄金の大鐘楼へと至り、そして───誰もが望んだその鐘を打ち付けた。
鐘楼が大きく揺れる。
中心に取り付けられた黄金の塊が振り上がり、誇らかに降り落ちた。
黄金同士がぶつかり合う。その衝撃によって生まれた響きは、御椀形に作られた全体に沁み渡る様に伝わり、一気に解き放たれる。
どんな鈴よりも軽やかに。
どんな銅鑼よりも荘厳に。
身体を震わせ、心を震わせ、霊魂までをも震わせる。
鐘は400年もの沈黙を破り、やさしさを注ぎ満たすように、人々に歓喜と祝福を告げた。
───おっさん、サル達、聞こえるか? “黄金郷”はあったぞ。
どこまでも高らかに鳴り響く鐘の音を聞きながら、ルフィはジャヤで出会ったクリケット達の事を思った。
鳴り響く鐘の音はきっと彼らに“黄金郷”の存在を知らせてくれる。
彼らの追い求めたロマンは間違いなんかじゃなかった。ノーランドはウソつきでは無く、誇るべき男だったのだ。
ルフィはありったけの感情を込め叫んだ。
───400年間ずっと“黄金郷”は空にあったんだ!!
透き通る様に晴れ渡った空の中で、落下するルフィは大切な麦わら帽子を落とさないように押さえこんだ。その姿は陽光に照らされ、影をつくる。
空から見ればどうということはない小さな影だ。だが、それは雲を抜け、青海を覆った霧に照らされた。
その姿をルフィは知らない。だがそれは誰かの目にとまっていた。
鐘の音は、去る都市の繁栄を誇る“シャンドラの灯”。
戦いの終焉を告げる“島の歌声”。
400年の時を経て鳴る“約束の鐘”。
浮寝の島の旅路は長くも、遠い旅路は忘れ難し。
かつて人はその鐘の音に言葉を託した。
遠い海まで届ける歌に誇り高い言葉を託した。
「─── おれたちは、ここにいる ───」
あとがき
何とか書ききることができました。
強引に終わりまで持って行った感が否めませんが、とりあえずは集結です。
始めはクレスにはルフィのサポート役にでもしようかなと思っていましたが、それだと何だかアラバスタの二番煎じになりそうだったのでやめました。
最終は原作通りで終わりましたが、ご容赦ください。色々考えたのですが、無理でした。
次回から空島脱出~デイビーバックファイト編ですね。オリジナルになるかもしれません。
がんばりたいと思います。ありがとうございました。