照りつく太陽の中、乾いた風が『神の島』へと吹き込んだ。
風は鉄と火薬の匂いが漂う密林の中を駆け抜け、中央部にそそり立つ"巨大な豆蔓"を中心として島雲に空いた穴の中へと進む。
島雲の下層にあったのは、丹念に石材を積み上げてで造られた大遺跡。
遥か古から現代にいたるまで、たとえそれが空にあろうとも悠然とその姿を誇示し続けたシャンドラの都だ。
そして風は苔毟る石材の一つ一つをなぞる様に吹き抜け、そして遺跡の中において対峙する者たちを抜けた。
睨み合うのは一人と五人。
一人は殴り飛ばされた際に流れ出た血をそのままに、口元を歪め、自身に立ち向かう矮小な者達を見下す男。
<神・エネル>
空島に君臨する唯一神にして絶対者。
自然系<ゴロゴロの実>の雷人間。
その圧倒的な能力により幾人もの人間を屠って来た男だ。
それに対し、エネルの正面となる位置にルフィとクレスが立ち、そこから離れるように、ロビン、ナミ、アイサの姿がある。
クレスは対峙するエネルに油断なく視線を送りながらロビンに指示を出す。
「ロビン、そこの二人を連れて離れておいてくれ。コイツはオレと麦わらがやる」
「ええ、分かったわ」
ロビンはクレスの言葉に頷き、心配げなナミとアイサを促した。
攻撃には直接身体に触れる必要があるロビンはエネルの能力との相性は悪い。
また、まともな抵抗手段の無いナミとアイサが戦うことは論外だし、この場にいれば間違いなく戦いに巻き込まれるだろう。
残念だがロビン達がこの場で出来る事は少ない。逆に足手まといになる可能性もある。素直に避難した方が上策だ。
「ヤハハハハ!! 誰がこの場を離れる事を許可したと言うのだ?」
バチバチとエネルの身体が帯電する。
エネルは酷薄な視線を向け、避難しようとするロビン達を指差した。
それを見て爆発的な勢いでクレスは地面を踏みこんだ。
「ちょっと遺跡が壊れるかもしんねェけど、勘弁しろよロビン」
クレスはエネルに向けて“月歩”によって文字通り飛びかかり、一瞬のうちに脚を振り抜いて幾条もの斬撃を繰り出した。
嵐脚“乱”。
斬撃の乱れ撃ち。
「無駄!! 分からん男だ、私には一切の攻撃は通用しない!!」
「知ってるよ」
エネルの言う通り、身体を自然変換することのできるエネルには物理攻撃は通じない。
故にクレスは“嵐脚”でエネルを狙わなかった。
クレスが狙ったのはエネルの足場。降り注ぐ幾丈もの斬撃はエネルの立つ地面を切り裂き崩した。
足場が崩されたことによりエネルの狙いがずれる。
「フン、まぁいい」
エネルは当初の標的を諦めざるを得なくなり、狙いを変え、今度はクレスを指差した。
その直後、轟音を轟かせながら紫電が空中を走る。
雷撃は一瞬にしてクレスの下まで届いた。
クレスは“月歩”によって空中を蹴りつけ、寸前のところで回避する。
そしてそのまま目にも止まらぬ速さでエネルに向かう。
「ハァ!!」
黒く覆われたクレスの拳はまるで鏃のようにエネルへと襲いかかる。
疾風の如き速度で疾走するクレス。それに対しエネルは、スッと目を閉じた。
“心綱”。
人が無意識に発する“声”を聞き取り、相手の行動を予知する術。
抉りこむように突き出されたクレスの拳。だが、エネルは軽く身を引くだけの最小の動きでかわして見せた。
「1000万ボルト……」
エネルの身体が青白く発光。
バチバチと空気を引き裂くような音を轟かせ、両の腕でクレスを挟み込んだ。
そして蓄電した雷を解き放つ。
「放電(ヴァーリー)!!」
雷光が瞬き辺りを明るく染め、轟音が空気を震わせた。
しかし、そこにクレスの姿はない。
クレスは疾風のようにエネルの攻撃を潜り抜けていた。
「外したか、……まぁいい。
私の雷を受けて再び立ち上がるとは驚嘆に値するぞ、青海の戦士」
「そりゃどうも。こう見えてもしぶとさが売りなもんでね」
「ヤハハハハハ!! ここにこうして現れた貴様なら、私が創り上げる『神の国』に連れて行ってやってもよかったのだが、私に楯突くのはいただけないな」
「そんなもんこっちから願い下げだよ。一人で行ってこい。オレ達を巻き込むな」
クレスはエネルの背後にある石壁の上に着地していた。
それに対し、エネルは振り向こうともしない。
もし今この瞬間にクレスが攻撃に出てもエネルは避ける事が出来るとふんでいるのだろう。
“心綱”とは聞く力。それゆえに直接目で見る必要などないのだ。
「不届きな男だ。だが、まぁいいだろう。崇高な神の意志とは時に人には理解できないものだ」
「教えてやろうか? そういうの“バカ”って言うんだよ」
「愚か者めが。……まだ理解が足りん様だな」
エネルが腕を天に掲げる。
すると、エネルの腕が雷となってバチバチとスパーク。
その手に宿すのは全てを砕く神の鉄槌。
エネルは雷霆に変えた右腕を、クレスに叩きつけようとする。
「うおおおおォ!!」
だがその直前で、エネルは拳を握りしめ突進するルフィを視界に納めた。
エネルがルフィに気を取られたその一瞬の隙にクレスは退避。
雷撃を浴びせようとしても既にクレスは空中へとその身を躍らせている。自在に空を駆けるクレスならばエネルの一撃を回避しきる事も可能だ。
エネルは鼻を鳴らし標的を変更した。
「よかろう。ならば貴様からだ、青海のサル」
エネルは薄ら寒い視線をルフィへと向け、その身に宿る絶対的な力を解き放つ。
“神の裁き(エルトール)”。
エネルの腕から極太の極光がとぼしった。
放たれた雷は遺跡を焼き衝撃で全てを吹き飛ばす。
飛び込んできた雷に為す術も無くルフィは飲み込まれてしまった。
「うわあッ!?」
ルフィの声と轟音に、逃げ出していたナミとアイサが後ろを振り返る。
アイサは悲鳴を上げ、ナミも思わず声を上げそうになったが、クレスの言葉を思い出し何とか止めた。
青白い光が通り過ぎ、雷によって蹂躙された無残な破壊痕が露わになる。
ナミは叫びたい気持ちをぐっと堪えて、祈るような気持ちで飲み込まれたルフィの姿を見た。
「ん?」
そこには何ともなさそうなルフィの姿。
どういうわけか、雷の直撃を受けたにも関わらずびくともしていない。
ルフィの無事を確認した瞬間、ナミは喜びのあまり「やった!!」と拳を握り、アイサははしたなく大口を開けて固まり、クレスの両頬が笑みを刻み、ロビンは微笑した。
「上手く避けたようだな」
一味が見せた感情の意味を知らないエネルは、口元を不敵に歪め更にルフィに更なる雷を喰らわせようとする。
黄金の昆を回転させ、背中の太鼓を叩く。
刻まれる打音。
叩かれた太鼓は雷に変わる。
「6000万ボルト……」
「ゴムゴムのォ───!!」
ルフィの右腕が勢いよく後ろへと伸ばされた。
それを見てエネルの口元が更につり上がる。
おそらくは超人系能力者。
話にならない。たとえそれがどんな能力であろうと自然系である自身を傷つけることは出来ない。
「雷龍(ジャムブウル)!!」
圧倒的なエネルギーを内包する雷龍は情け容赦なくルフィを飲み込んだ。
ルフィは眩しさに一瞬目を細め、目の前をもう片方の手で覆う。
だが、それだけだった。
ルフィは大地を踏みしめ、確実に前に進み、エネルとの距離を詰める。
「一億ボルト……」
“上手く避け続ける”ルフィに業を煮やしたエネルは自ら前に出た。
迅雷と化してルフィとの距離を縮め、その身に宿る超高電圧を解放し叩きつける。
「放電(ヴァーリー)!!」
一億ボルト。もはや想像もできないようなレベルの電圧だ。
人の身でそれを受ければ間違いなく死に至る。
エネルの掌から生み出された雷はその力のあまり業火のように辺りに広がり破壊をもたらした。
その中には当然の如くルフィの姿がある。
会心の一撃だ。
誰がどう見ても、エネルの攻撃は間違いなく直撃した。
だがケロリと、雷光にも慣れたのか目を細める事すらなくルフィはそこにいた。
それどころか、自ら間合いに飛び込んできたエネルにこれ幸いとばかりに後ろに伸ばした腕で殴りつけようとしている。
残虐な笑みを浮かべていたエネルだが、だんだんとその表情が崩れていく。
えっ、ちょっと待て、何かがおかしい。今のは直撃した筈だ。
なんだ、何故だ。雷の直撃を受けて何故無事でいられる。常人なら今の十分の一の1000万ボルトですら致命傷だ。
ならばどうしてこの男は無事なのだ。雷とは余人と存在を異にする絶対的な力。無傷でいられる人間などいる筈がないのだ。
だが、目の前の男はまるでこたえていない。
効いていない!?
この神のごとき絶対的な力が効いていない!!?
驚愕。
生まれてこのかた味わった事の無い程の驚愕がエネルを襲う。
あまりの衝撃に頭の中に様々な疑念が生まれて消えて、真っ白になった。
クレスが立てた予測は正しかった。
エネルは<ゴロゴロの実>の雷人間。
それに対し、ルフィは<ゴムゴムの実>のゴム人間。
───ゴムは電気を通さない。
ルフィとエネルの能力は完全に上下関係にあった。
エネルも雷が効かない相手など予想だにしなかっただろう。
つまりは、ルフィはエネルにとって最悪の“天敵”であり、それはエネルの持つ絶対性が崩れた瞬間だった。
「───弾丸(ブレット)!!」
絶望の淵に立たされたようなエネルにルフィの拳が唸った。
エネルはひとまず落ち着く事を全力で心がける。
自然系である自身には一切の物理攻撃は通用しない。
だが、無情にもエネルの思いは裏切られる。
ルフィのゴムの弾性をフルに生かした渾身の拳はエネルの胸元に突き刺さり、エネルを吹き飛ばした。
膝をつき、エネルは呆然と痛む胸元を抑えた。
「残念だったな。おそらく今日はお前にとって、人生最悪の日だよ」
クレスは口元に皮肉げな笑みを浮かべて、うずくまるエネルを見下ろしたのだった。
第十三話 「二重奏(デュエット)」
無様に地べたを這いつくばる事となったエネルは、困惑を抱きながらも冷静にルフィから距離を取った。
「何だと言うのだ、貴様……!!」
「おれはルフィ! 海賊でゴム人間だ」
「ゴム?」
ゴムという言葉にエネルは眉根を寄せた。
エネルの反応を見るとどうやら空島にゴムは存在しないようだ。
「雷なら効かねェ!!」
ルフィは腕を振りかぶりながらエネルに向かって疾走する。
ゴムの弾性を生かし、間合いを無視した拳がエネルを襲う。
だが、ルフィの拳はエネルを捉える事はない。
心綱による回避は特にルフィのような単純な攻撃に対して有効だ。
ルフィが猛攻を仕掛けようとも、エネルはその全てをかわしていく。
「図に乗るな。痺れさせるだけが雷では無い。雷撃が効かんとなればそれなりの戦い方がある」
バチリと閃光が瞬きエネルの姿が掻き消える。
雷とは何も攻撃だけが能では無い。余人を寄せ付けぬ圧倒的なスピードもまたその力の一つだ。
エネルが姿を見せたのはルフィの真後ろ。
ルフィは天性の勘でそれに気がつくが、それよりも早くエネルが持った昆が振るわれる。
「───おいおい、お前の相手はコイツだけじゃねェぞ?」
ガンと鉄同士をぶつけた音が響き、エネルの昆はルフィの後ろに飛び込んできたクレスに受け止められた。
エネルの顔が歪む。ゴム人間という未知の相手に意識を割き過ぎてクレスへの対応を怠っていた。
クレスもまたルフィ程ではないものの──海楼石という──エネルを傷つけることのできる術を持つ人間だ。決して油断していい相手では無い。
「ッ!!」
エネルは咄嗟に、攻撃態勢を取ったクレスに雷撃をとぼしらせた。
しかしクレスは上半身を襲った雷をエネルの動きから察し、“紙絵”による異常なまでの瞬発力と柔軟性によって回避する。
それと同時に、クレスと位置が入れ替わる様にルフィが前に出た。。
「ゴムゴムのスタンプ!!」
「ッ!!」
エネルは咄嗟に全身を雷に変えて、ルフィの攻撃を逃れる。
「どこいったッ!?」
「上だ、麦わら!!」
クレスの言葉に弾かれるようにルフィは上空を見た。
バチバチとエネルの腕が帯電し、暴虐の極光となって解き放たれようとしている。
「よかろう。ならば、貴様等一人ずつ片付けるまで!!」
ルフィに雷は効かない。
ならばエネルの狙いはクレスだ。
クレスは瞬間的に回し蹴りの要領でルフィの腰元に脚を添えた。
「ちょっと飛んで来い……!!」
ルフィの身体を脚に乗せ、投げると言うより、吹き飛ばすと言った勢いでエネルに向けて振り抜いた。
「我流“焔管(えんかん)”」
「うほ───っ!!」
クレスによる急加速を受け、ルフィは今まさに空中から雷を放とうとしているエネルに向けて弾き飛ばされる。
「ぬうッ!?」
目の前に迫る“天敵”にエネルはその進行を阻むように帯電させていた雷を放つ。
大地を穿つ雷。だが、ルフィに気を取られたその攻撃は本来の目的のクレスを捉える事はない。
また、エネルが放った雷はルフィを飲み込んだが、少しも堪えた様子も無くルフィは雷の中をエネルに向けて突っ込んで来た。
「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)!!」
拳の弾幕が攻撃中のエネルを襲う。
心綱によってルフィの行動を察知していたエネルだったが、初動に遅れが生じている。
再び迅雷に姿を変えるエネル。だが、エネルが逃げ切るよりルフィの拳の方が早かった。
「ぐッあ!?」
エネルは襲いかかる激痛に悶絶し、動きを鈍らせ、そこに数多の拳が降りかかる。
タコ殴りにされ一瞬無防備に身体を投げ出したエネル。
その隙をクレスは見逃さない。
「落ちろ」
“月歩”によってエネルに向かい一瞬で接近。そしてその身に拳を叩きつけた。
エネルは為す術も無く鋼鉄の如きクレスの拳をその身に受け、地面へと吹き飛ばされ、シャンドラの大地に叩きつけられた。
「ぬ……ぐッ!! おのれ、青海の猿共がァ……!!」
ふらつきながらもエネルは立ち上がる。
「頑丈な奴だな、おめェ」
悪鬼ののような表情で睨めつけるエネルに、ルフィが感心したように言う。
「私は神なるぞ!! 全ては私の思うがままに!! 貴様ら程度に邪魔されてなるものかァ!!」
エネルは手にした昆に“力”を込めた。
“雷治金(グローム・パドリング)”
エネルの持つ黄金の昆は雷の力により溶かさせ、新たな姿を形作る。
錬成されたのは黄金の矛。エネルは素手相手には刃物の方が有利と見た。
「形ある雷と思え!!」
エネルはまずルフィに対し、矛を突き出した。
ルフィは地面を蹴り、大きく後ろに飛んでそれを回避する。
「ヤハハハ!! なんだ斬撃は弱点だったか、ゴムの男!!」
「ああ」
「……言うなよ」
自ら弱点を肯定したルフィに思わずクレスが呟く。
ルフィの弱点を知りえたエネルは、黄金の矛を持ってルフィに躍りかかる。
だがその間にクレスが現れ、海楼石の黒手袋による拳をエネルに向けて突き出した。
「小賢しい!!」
それは読んでいたのか、エネルは閃光と共に掻き消え、クレスの背後に現れる。
黄金の矛がクレスを襲う。
振り抜かれた矛をクレスは咄嗟に“鉄塊”ではなく“紙絵”で回避した。
雷を操る男の武器がただの矛なわけがない。しかも『金』は電気誘導に優れる物質だ。
案の定、クレスの懸念は正解だった。
通り過ぎた黄金の矛は流れる雷により高熱に熱しられていた。もし“鉄塊”で受けていたならば、全身に雷撃が駆け廻っただろう。
「器用に避けるものだ。だが、いつまで持つかな?」
「試してみるか?」
唸りを上げながら連続でエネルの矛が振るわれる。
雷の流れる黄金の矛に心綱での先読み。エネルが振るうのは一撃必殺の鋭さと正確さを持ち合せた斬撃だ。
しかし、当たらない。
クレスはまるで紙に描かれた絵の如く、ひらり、ひらりと相手を玩ぶように斬撃を避けていく。
横一線に振るわれた矛をまるですり抜けるように身体を反らして回避。
エネルはそれを心綱によって読み切り、途中で直角に切り替える。
突如軌道を変え振り下ろされる斬撃に、クレスは滑らかな足さばきで半歩引いてまたも回避。
「ええぃッ!! ちょこまかと!!」
エネルの矛捌きは激しさを増すも、クレスは涼しい顔で全てを受け流す。
それどころか、時折決定的な一歩を踏み込んでエネルに反撃を仕掛けようとしている。
いくら“心綱”の加護があろうとこの結果は当然だ。
クレスは心綱の先読みによって得られる予測を上回る速度で動き回っているのだがら。
「おいおい、心綱ってやつを使ってもそんなもんか?」
今まで能力による戦闘を主体にしていたエネルと、自身の肉体のみで戦いぬいて来たクレス。
エネルの矛捌きは一流。だが、それ以上にクレスが完成させた“紙絵”は別格だった。
矛と拳の肉弾戦においては完全にクレスの独壇場であった。
「うるさい蠅だ!! ならばこれはどうだ!!」
エネルは全身を雷に変換し迅雷となって瞬く間に後方へと後退しようとした。
エネルの行動は正しい。自身を傷つける術を持つ<六式使い>のクレスに接近戦を挑むなど愚の骨頂だ。
クレスを倒すならば、距離を詰めさせる事無く、間合いの外から圧倒的な自身の能力を使って倒すのが手っ取り早い。実際、エネルはそうして一度クレスを打倒したのだから。
「待てよ、どこへ行くんだ?」
エネルが全身を雷に変えようとしたその時だった。
まるで蛇のようにクレスの腕が矛を握るエネルの腕の間に割り込んできて、黒手袋の手で掴んだ。
瞠目するエネル。効力は低いとは言え、クレスのが身につけているのは海楼石。掴まれた腕は雷ではなくなり、元の肉体と変わり果てた。
「捕まえた……!!」
クレスの怪力によりエネルの腕はまるで磔にされたように横一線に開かれる。
エネルは掴まれた腕を振りほどこうとするが、クレスは万力のような力でエネルを掴み離れない。
しかし、そこでエネルは気がついた。クレスが持つ攻撃手段は拳のみ。クレスは今それを自分自身で塞いでしまっている。つまりはこの状態が続くクレスはエネルを傷つけることはない。
ニヤリと余裕を取り戻したようにエネルの口元が笑みを作った。
「ヤハハハ……、それでこれからどうするつもりなのだ? 拳以外では私に触れる事もできまい?」
「………」
「貴様の不運は、手に入れた海楼石が不良品だと言う事だな。運の無い男め」
幸運なことに、クレスの海楼石によって拘束されているのは両腕のみ。ワイパーの時のように全身の力が抜けるということはない。
両腕以外は以前のように能力を行使できた。
「じゃあ、お前の不運は相手が一人じゃ無いって事だな」
ぐるりとまるで振り子のようにクレスの身体が掴んだ腕を支点にして回転した。
エネルの視界を一瞬ふさぎ、両腕を塞いだまま逆立ちのようにエネルの上に立つ。
「今だ、麦わらァ!!」
「ゴムゴムのォ───!!」
クレスが一瞬塞いだ視界の先に見えた光景にエネルは叫びそうになった。
両腕を後ろに伸ばしてルフィはエネルに向かって駆ける。
心綱を持ってエネルは見た。アレを受けては不味い。回避をせねばならない。
だが、そのためには腕を掴んでいるクレスが邪魔だ。
「おのれ、放せェ!!」
エネルは腕以外の全身から放電する。
クレスの海楼石は不完全。故に能力の行使が可能。
雷は真上にいるクレスを撃つ。だが、それでもクレスは手を放さない。それどころか苦しげながらも口元に笑みすら浮かべて見せた。
クレスの全身には許容しがたいほどの雷撃が駆け廻っている筈。一瞬で意識をとばしてもおかしくはない。
何故だ、エネルは頭上のクレスに視線を送り、そのカラクリに気がついた。
クレスの腰元には鉄線が巻かれていて、その先が大地に突き刺さったナイフに繋がっている。アース電流だ。
「小癪なマネをッ!!」
だがそんなモノ威力を上げてしまえば意味など無くなる。
繋がった鉄線ごと消し炭に変えてやればいい。
エネルはクレスに浴びせる雷の電圧を上げようとする。しかし、それよりもルフィの掌底の方が速かった。
「───バズーカ!!」
ゴムの弾性を生かした、ルフィ渾身の掌底がエネルの鳩尾に突き刺さる。
ボコンと、ドラム缶でも凹ませたような打撃音が響き、エネルの身体がくの字に折れた。
あまりの衝撃に、一瞬エネルの意識がとび、息が止まる。手からは矛が滑り落ち、痛みに悶絶しうずくまった。その姿はまるで許しを請う咎人のようでもあった。
「遅ェよ……このヤロ」
エネルを抑え込んでいたクレスは全身を襲う意識を手放しそうな痛みを無理やり抑え込む。
あと数秒遅ければ、おそらく完全に意識を失っていただろう。拷問のような痛みだったが、クレスは何とか耐えきった。
野生の勘か、ルフィの動きは考えうる限り最善だった。
圧倒的な力を持つエネルに挑むため、クレスがルフィに対して告げたのはこうだ。
───気にせず暴れろ。オレがお前に合わせる。
ルフィ相手なので始めからクレスは細かな作戦など望んでいない。
そもそも雷が効かないと仮定した場合、作戦など無意味。ゴムという利点を生かして、そのまま力でゴリ押しするだけでいい。
ただ、エネルには“心綱”という技がある為、攻撃を当てる事は困難になる事が予想された。
故にクレスは、ルフィを好きなように暴れさせて、エネルの雷以外の防御と撹乱、可能なら捕獲に専念することにしたのだ。
そして先程、クレスは身を呈して最大のチャンスを作り上げ、ルフィは見事にそれを掴んだ。
細胞の一つ一つが悲鳴を上げるように痛んだが、クレスもそれを手放すつもりなど一切ない。
「クレス!!」
「わかってるっての……人使いの荒い奴だ」
ルフィの腕が後ろに捻じれながら伸ばされ、クレスは重心を僅かに落とす。
エネルは二人が何をしようとしているのか“心綱”によって察したのか、動かない身体で回避を試みる。だが、全身に突き抜けた衝撃は指一本動かすことですら難しい。
「ゴムゴムの……!!」
「……指銃ッ!!」
後ろに伸ばしたルフィの拳がゴムの弾力によって高速回転を始め、最高潮に達した瞬間、爆発的な勢いで突き出される。
同時にクレスの姿が掻き消え、鋼鉄の如き拳をねじ込むように突き出した。
「「───交差回転弾(クロス・ライフル)!!」」
恐怖の表情を浮かべたエネルに、凶悪な拳の十字砲火が突き刺さる。
二方向からの強烈な迫撃に、エネルはまるでピンポン玉のように複雑な軌道をたどって弾き飛ばされ、水しぶきのように礫を吹き飛ばしながら最終的にはシャンドラの遺跡にその身を埋めた。
エネルは力無く沈黙し、意識をとばす。そしてピクリとも動かなかった。
「ハァ……ハァ……」
荒い息をクレスは肩で制す。
だが、フラリと視界が霞んだ。
「ありがとよ、クレス」
だが、倒れ込む寸前でルフィに支えられた。
「たっく……世話の焼ける船長だよ」
サバイバルが開始して三時間の時間が経った。
今この『神の島』に立つ人間は五人。
生き残ったのはルフィ、クレス、ロビン、ナミ、アイサ。
皮肉にもエネルが下した“予言”通りだった。
◆ ◆ ◆
意識を失う寸前だったが、クレスはルフィと共にエネルに勝利する。
その様子をアイサの“心綱”で知ったのか、安全な場所に避難していたロビン達は二人の下へと駆け寄ってきた。
「大丈夫、クレス?」
「まぁ、なんとかな」
ルフィの肩を借りていたクレスだが、ロビンの姿を見るとルフィに礼を言い、ロビンの方へと歩み寄った。
クレスの状態は誰が見ても、立っている事が不思議なくらいボロボロだった。
案の定、クレス一人で歩く途中で足元がふらつき倒れかける。しかし、ロビンは倒れ込む寸前でしっかりと受け止めた。
「う……すまん」
ろくに力が入らないため、クレスはロビンの身体にもたれかかってしまった。
身体の状態を考えると、大人しくしている方がが良かったかもしれない。
と、そこまで考えたが、クレスの思考は中断。換わりに心臓がバクバク跳ねた。
何やらいい香りがして、折れそうなほど細いくせに、触れた身体はしっとりと柔らかい。
ロビンは特に気にした様子も無いが、今の状態はクレスを抱きしめている格好だった。
「お疲れさま」
「あ、ああ……」
「どうしたの?」
「い、いや、何でも無い」
クレスの声が上ずった。
身体が調子を取り戻すにはもう少し時間がかかるだろう。
だがしかしそれ以上に、押しつぶすような感じで形を変えた二つの塊のせいでクレスの心音がマジでヤバくなってきた。
「ところで、クレス」
「な、何だ?」
「遺跡……だいぶ壊れてるわね」
ビクリとロビンに抱きしめられているクレスの肩が震えた。心臓が止まるかと思った。
「ど、どうしてだろうなぁ……」
「周りの状況なんて目に入らないくらい、激しい戦いだったの?」
「その通り! いや、アイツ強くてさ。はははは」
焦った声でクレスが弁明するも、ロビンは圧力をかかけるように黙り込んだ。
ヤバいヤバいヤバい……!! クレスにとってはエネルよりも本気で怒ったロビンの方が怖い。
昔入った遺跡で、不用意に触った壁面が粉々に瓦解した時は思い出したくない。
また、遺跡荒らしのトレジャーハンターと出くわしたときは血の雨が降ったような、降らないような。
冷や汗を流すクレス。
ロビンはクスリと微笑みながら息を吐いた。
「もう、クレスが無事だったからいいわ。でも、次からは気をつけてね」
「……了解っす」
とは言ったものの、ロビンは別にクレスを責めるつもりはない。
実は、クレスをからかって遊んでいるだけだったりする。
「ナミ……前が見えない」
「あんたにはまだ早い」
離れた所では、なんとなく教育に悪そうなのでナミがアイサの目を塞いでいた。
「で? あんた達はアイツに勝ったのよね」
腰に手を当てたナミがクレスとルフィに問う。
二人は肯定した。
ナミも確認こそしていないが、エネルが吹き飛んで行った方向を見れば、エネルが喰らった攻撃の威力は予測できた。
「よかった……。それを聞いて安心したわ。
じゃあ、とりあえず船に戻りましょう。コニスに船番頼んでんの。ゾロとチョッパーと変な騎士も早く安全なところに連れて行った方がいいでしょうし」
「ナミ……」
倒れ伏したワイパーの傍にしゃがみこんだアイサが不安げにナミを見上げた。
「分かったわよ。一応、そいつも連れてってあげるわ。
でも、アンタが絶対に説得しなさい。また襲われたらたまらないもの」
「うん、わかった」
「じゃ、そういう事だから。ロビンお願い」
「ええ」
ロビンは能力を発動させた。
すると倒れ込んだ四人の背中からフワリと手と足が咲いた。
手足はそれぞれが意志を持つように進んで行く。
見た感じはかなり異様な光景で、アイサは叫ぶほど驚いていたが、それも無理ないので誰も気にしなかった。
「ところで、ルフィ? あんたアレは本当なんでしょうね?」
ナミはルフィに問いかける。
「ん、何がだ?」
「黄金よ!! お・う・ご・ん!!」
「うおっ! そうだった!! 黄金だ、黄金!! ヘビの中にあったの忘れてた!!」
危機が去り、ルフィとナミはヘビの中にあるという黄金の話にわきたった。
そんな様子を見たロビンはクレスに、
「黄金? 本当にあったの?」
「らしいな。船長が言うにはヘビの中で見つけたらしい。
オレは見てないけど、あながちウソでも無いかもしれないな。ヘビの腹の中にはいろんなものが入っていたから」
「ふふ……よかったわね」
「ロビンの方はどうだったんだ? 何か見つけたか?」
「ええ、“黄金の鐘”の手がかりを」
「へぇ……そりゃすごいな」
クレス達はとりあえずメリー号を目指して遺跡の上層へと昇ることにした。
一味全員が、大小違いはあれどみんな傷を追っている。一端船で休んだ方がいいだろう。
五人は暫く進み、遺跡の全体を見渡せる場所に差し掛かる。
その時、後ろ髪を引かれるようにアイサがシャンドラの遺跡に振り返った。
アイサ達<シャンディア>にとってこの地は400年もの間探し続けた悲願の場所だ。幼いアイサにとっても思い入れは相当なものだろう。
これから発見されたこの地を巡りどういった事が起こるか分からないが、何とか上手くいってほしいものだとクレスは祈った。
アイサは瞼の裏に焼きつけるように遠くまで見渡している。クレス達もそれを急かしたりしなかった。
「…………えっ?」
アイサは足を止めたまま呆然と呟いた。
そして、疑いながらも聞こえて来た“声”に耳を澄ませた。
「そんな……何で? さっきまで確かに聞こえなかったのに!?」
アイサを待っていた四人は、その様子がおかしい事に気づきアイサに問いかけた。
凍りついたような声でアイサは言う。
「アイツが……!! エネルがまだ生きてる!!」
あとがき
今回はどうしようかとかなり悩んだ回です。
エネルってかなり強いと思うんですけど、ルフィだけでも“逃げ”を選ばさざるを得ないのに、それをクレスを加えると私の中ではこう言った感じになりました。
クレスの海楼石の設定が少し無理やりな気がしますが、寛大な心で流していただければ幸いです。
始めはここで決着をつけようかと思っていましたが、やっぱり空島は鐘を鳴らさないと終れない気がしました。
ということで、もう少し続きます。申し訳ないですがお付き合いください。