「すまんの皆、少々遅れた」
全知の樹にある図書館の中で最も厳重に閉ざされた地下の一室に、
まるで別人のような固い声を放つクローバーがいた。
「いえ、かまいません。私たちも今しがたに集結したところです」
クローバーに話しかけたのは緊張した面持ちのシルファーだ。
「誰にも見られてはおらんか?」
「はい、皆細心の注意をはらいここまでやってきました」
シルファーの言葉にクローバーは頷く。
だが、彼の顔はいまだに固いままだった。
「…………ロビンには?」
シルファーの顔が苦渋に歪む。
彼女は眼を伏せ、悔いるような声で話す。
「……クレスと一緒に寝静まったのを確認しました
おそらく、朝までは起きないかと……」
「そうか、………すまなかった」
「いいえ、私もオハラの学者の端くれです。
博士が気に病む必要はありません……」
「…………そうか。
もしこれが政府の人間に知られでもしたらただですまん」
クローバーは最低限の光に保たれた室内の中央に目を向ける。
そこには、薄暗い部屋の中にあって、
唯一眩しすぎるとさえ思えるほどの光に照らされた巨大なオブジェがあった。
その眩しさは、照明の光のせいだけで無いのだろうとクローバーは思う。
その光はまるで、毒のように我々を蝕み、
いつか死に至らしめるのかもしれない。
そのオブジェを何人もの学者たちが食らいつくように
全神経をとがらせて調べていく。
部屋にいて、無駄口を発する者は、一人としていない。
己の昂ぶる心音さえ容易く聞こえる、
緊張と興奮に支配された空間。
この中にいる誰もが熱に浮かされたように一心不乱に己の役割をこなす。
その様子にクローバーは誘蛾灯を思い浮かべた。
そして、その考えがあながち間違いでないことに苦笑する。
今までに何人もの考古学者がこの光を求めたのか………
そして、求めたが故にどれだけの命が燃え落ちたことか………
クローバーはその考えを打ち消した。
これはもはや戻ることの出来ない道なのだ。
そして、オハラの学者としては戻ることは許されない。
クローバーも自ら吸い寄せられるように学者たちの中に加わった。
シルファーは同僚たちの様子を少し離れた場所で眺めていた。
おそらく、八年前の自分ならば寝る間も惜しみ研究に明け暮れたのだろう。
そして、今でもその燃え続ける探究心はある。
だが、八年前の自分とは明らかにちがうのだ。
今シルファーの中にあるのはどこか恐怖にも似た背徳感だった。
クレス………
ロビンちゃん………
オルビア………
シルファーは湧き上がる感情を抑えつける。
自分は母親でもあるが、オハラの研究員でもあるのだ。
尊き先人たちの意思は絶対にないがしろには出来ない。
同僚には研究から降りるように進められたが、
誰もが命を賭けている状況で、
それに甘えるわけにはいかなかった。
「─────────ごめんなさい」
その呟きは、彼女しか知らない……
それは隠匿。
空白となった百年。
世界に隠された過去と言う謎。
未来の人々に伝えられるべきはずの歴史。
歴史の本文(ポーネグリフ)が示すもの……………
第六話「別れ」
「すまないが、この地を離れることになってしまった」
申し訳なさそうにリベルは言う。
今までオハラに近い海軍支部に所属していたらしいのだが、
急に本部から帰投命令が出たらしい。
本人はオレの鍛錬が一段落するまでここに滞在するつもりだったが、
本部からの命令に逆らう訳にもいかずしぶしぶと帰るはめになったそうだ。
「おじさん行っちゃうの?」
「……そう、寂しそうな顔をするな。
人生において別れは常に伴うものだ。
この世に永遠など無く万物は常に流転する。
人との別れもまた然りだ。……寂しいのは私も同じだよ」
ロビンはリベルに懐いていたようなのでとても残念そうだ。
「………寂しくなりますね」
やはり、母さんも少し寂しそうだった。
「申し訳ない。こうもいきなりになるとは私も思っていなかった」
「いいえ、いいのです。
むしろ、こんなにも長く私どものために
こちらにいらしていただいたのですから」
考えてみれば、そう有り得る事ではないのだ。
グランドラインからはるばる西の海までやって来て
“友との約束”に四年もの時間を消費したのだから。
ロビン、母さんとあいさつが終わりリベルは最後にオレの前までやって来た。
「クレス君………君に話ておきたい事がある。少し時間をくれないか?」
オレはリベルに連れられて少し離れた広場にやって来た。
ここはいつもオレが六式の鍛錬をしている場所だ。
リベルは広場の中央まで無言で歩くと
オレに向かってゆっくりと振り向いた。
「構えなさい、最後の訓練だ」
「───っあ!!!?」
リベルから“何か”が放たれる。
それはもの凄い、
殺気とも異なる強烈な気迫だ。
得体の知れない恐ろしく圧倒される感じがあった。
オレが気を取られている内にリベルが動いた。
それは反射的なものだろう。
曲がりなりにも三年もの間、厳しい手ほどきを受けてきたのだ。
身体がオレを無視するように動き。
いきなり背後から来る殺人的な蹴りつけ回避した。
「よく回避した。今のを避けられる者はそういるものではない」
「そりゃどうも。
でも、そんな余裕そうな顔で言われても全然嬉しくねー、よっ!!」
オレはまだ未熟な“剃”でリベルに肉薄し胴を目掛けて蹴りを放つ。
「“鉄塊”」
だがそれも鋼鉄のように硬化したリベルには何の意味を持たない。
蹴りを放った脚から鈍い感覚が伝わる。
「相変わらず硬えなクソッ!!」
「君の攻撃はなかなかのものだ。
今の蹴りならばその辺の海賊にでも十分太刀打ちできる」
リベルは蹴りを放ち隙の出来たオレを掴み、
まるでボールのようにほうり投げた。
「──避けてみよ」
リベルが技のモーションに入る。
放り投げられ、離れていくオレに向かい足を一閃させた。
「“嵐脚”」
「──“月歩”!!」
迫り来る鎌鼬を避けるため、オレは空中で空気を全力で蹴る。
直後、オレのすぐ側をリベルの“嵐脚”が通り過ぎた。
後ろで太刀音と木々の倒れる音がする。
当たりでもしたらひとたまりもなかっただろう。
「だが………それでは、それだけでは意味がない。
力とは立ち塞がる壁を壊し、己が証を打ち立てる為にこそある」
リベルは“嵐脚”を放った直後、
オレに向かって“剃”と“月歩”によって一瞬で移動した。
速すぎて残像すら霞むスピードだった。
「さぁ、受けてみよ」
空中でまだ満足に身動きできないオレに対し
回避不可能とも言える一撃をリベルは繰り出す。
ただのパンチ。
だが“六式”を難なく扱える程の超人的な身体能力から放たれるのは
鉄槌にも勝る一撃だ。
「“鉄塊”!!」
オレはそれを全力の鉄塊で受け止める。
だが甘かった。
リベルの拳はオレの未熟な“鉄塊”などものともせずにオレを撃ち抜いた。
たかが一撃。
だがその一撃でオレは全身がバラバラになるような衝撃を感じた。
空中から地面へと叩きつけられる。
身体が動く気がしなかった。
リベルが優雅に地面へと降り立ち、オレの方へとやって来る。
「よく私の“覇気”に耐えた……だが、もう身体は動かんはずだ」
覇気………?
良くは分からないが、さっきの一撃で
リベルの言うとおり指一本動かない。
「………タイラーがなぜ死に際に君を鍛えるように私に頼んだか教えよう」
それは、三年間一度も話す事の無かった、オレを強くする理由だ
「力とは残酷だ。必ずといっていいほど優越が存在し、弱者は淘汰される。
財力、権力、人望、…………力の種類は色々とあるが中でも最も厄介なのが
最も単純な力………暴力だよ」
悔いるような様子だった。
オレはそんなリベルの言葉に痛みを無視して耳を傾けた。
「暴力とは全てを破壊し、あらゆることを否定する。
人生をとして積み上げたものも力が及ばないが故に壊される……………」
それは誰のことだと聞くことなど出来るはずもなかった。
「ましてや今は、力こそ全ての大海賊時代。
力なき者は一瞬にして全てを失う。
奴は……タイラーはせめて自分の息子には、
そんな思いはして欲しくはなかったのだよ」
父さんの死に際の願い……
それは、オレが突然襲いかかる理不尽にして圧倒的な力に屈しない男になることだった。
「私の役目は今日で一度終わる。
……できればもう少し君を鍛えたかった、
中途半端な状態になってしまったが許してくれ」
「………許してくれって言われても、
オレはアンタに十分すぎるものをもらってる。
オレの方から礼を言いたいくらいだよ」
リベルが虚を突かれたように一瞬呆けた。
「そうか………。ならば私からも言葉を贈ろう。
力を振るうときは必ずその意味を理解しなさい。
私がいいたいのはこれだけだ。
……君なら理由を説明する必要もなかろう」
リベルはオレに背を向ける。
もはや、なにも言うことは無いと言うことだろう。
オレは倒れて動かない全身に無理矢理力を入れる。
激痛がオレを苛む
やめてとけと、オレに言い聞かせるようだった。
だがオレはそれを無視して立ち上がった。
「グッ!!」
悲鳴が漏れた。
だが、オレも男だ我慢する。
リベルが感嘆したように振り返った。
「ほぅ………“今”立ち上がるか、
本来ならばあと数十分は動けないであろうに」
「確かにぼろぼろだ、でもな!
オレにもプライドってもんがある」
歯を食いしばり、オレはリベルを睨めつける。
「あんたにそんな話されたってのに
倒れたまま見送ったらオレの矜持に反するんだよ!!」
単純な話だ。
力に屈するな
「父親の言葉だ」
とまで言われたのに、
叩きのめされ倒れたままそういった相手を見送る。
こんな格好悪いことがあってたまるか
「………フッ。やはり奴の息子だな君は、
タイラーもそうして立ち上がったよ……
─────ならば聞こう、目の前に理不尽が現れたらどうする?
それは、決して君の手には負えない最悪の事態だ。
さぁ、君ならどうする?」
「────立ち向かう。
どんな相手だろうといつか必ず倒す。
たとえ、それが不可能でもオレはあきらめない!!」
「いい顔だ。それでこそ男だ」
リベルはポケットから何かを取り出しオレに向かって放る。
それは黒皮で出来た手袋だった。
「タイラーが以前に使っていたものだ」
オレは動くたびに痛む身体を無視して手袋を拾う。
手袋は鉄線でも織り込まれてるのか少し重くそして当然のように大きかった。
「今はまだ大きいだろう。
だがいずれ必ず使えるようになる。
私はこれを私がこれを渡そうと思うまで渡さないつもりだった。
だが、今の君にはこれを渡す価値が十分にある。
好きに使いなさい。
力とは本来振るうべき時に振るうもの、君が考えそして使いなさい」
オレは頭を下げた。
始めは無理やりだったが今ではやってよかったと思っている。
この人に無性に礼を言いたくなった。
「ありがとうございました」
リベルはグランドラインへと帰った。
それから三ヶ月後、全ては始まった。
あとがき
そろそろ本編にはいりますね。
私程度の力でしっかりと書ききれるか……
クレス、アイテム「父の手袋」入手です。
主人公の強さはW7時のゾロとサンジくらいか少し上が妥当かと思いました。
覇気に関しては、まだまだ早いでしょう。
グランドラインに入るのもまだ先ですしね。
一味との出会いの地点では、
クロコダイル≧クレス>Mr・1
くらいの力関係でどうでしょうか?
秋島かどうかは、
単行本を読み返したとろグランドラインの設定のようでした。
修正いたします。
ありがとうございました。