上層遺跡で三つ巴の乱戦が繰り広げらている時、ロビンは雲によって覆われたその下層へと進んでいた。
下層には上層部分にある破片からは見当もつかないような規模の古代遺跡が眠っていて、ロビンは僅かなきっかけを掴み、その場所へと辿り着いてその全景を目にすることに成功する。
座り込み、言葉も忘れ、ただその雄大さに酔いしれた。
「……これが黄金都市『シャンドラ』」
悠然と佇む、かつて栄華を極めたであろう黄金都市。
時を経て、異なる環境に置かれ、大自然にその身を晒されようとも、堂々とその存在を誇り続ける。
かつて誰かがこの地で生き、時代の流れと共に姿を消した。
「クレス……今どうしてるのかしら。クレスにもこの遺跡を見せてあげたい」
ロビンは寂しげに呟いた。
クレスは今だに姿を見せなかった。
何かの騒動に巻き込まれているのか、それともロビンを探し回り入れ違いになってしまったのか。
一応、目印は置いて来たのだが、ロビンのようにここに入り込もうとするならば、かなり専門的な知識が必要となる。
ロビンが方針を決め、クレスが切り開く。遺跡の探索時の役割分担では、もっぱら頭脳労働はロビンの領分だった。
「でも……目的の場所はここ。探しに行くより、ここにいた方が確実でしょうし……」
ロビンは悩んだものの、とりあえずクレスを信じ、遺跡の探索に当たる事にした。
遺跡を歩き、民家、聖堂、蔵、と一つ一つ注意深く見て回る。
その結果、期待していた過去の情報を示す書物の類は一切無かった。
半ば予測できた事だが落胆を隠せない。おそらくこの都市が滅んだ際、何者かにより全て燃やされてしまったのだろう。
だが、ロビンは入り込んだ祭壇の中に“ソレ”を見つけ、思わず息をのんだ。
「……まさか、こんなに無造作に<歴史の本文>の“古代文字”が……!!」
いまや扱える者は無く、解読するだけで極刑に値し、その罪によりロビンとクレスの故郷が滅ぼされた程の“禁忌”。
世界によって隠された謎であり、歴史上にぽっかりと空いた“空白の百年”を示す唯一の鍵。
それこそが<歴史の本文>に示された“古代文字”。
その世界最大の“禁忌”があまりに無造作にロビンの目の前に現れた。
周りの音は消え去った。自らの呼吸音と心音だけがやけに大きく響く。
ロビンは半ば反射的にその文字の解読を進めた。
『─── 真意に口を閉ざせ。我らは歴史を紡ぐ者。大鐘楼の響きと共に ───』
ロビンはこの一文に、ノーランドの日誌の一部を思い出す。
ノーランドもまたこの地に巨大な黄金の鐘があると言っていた。
黄金郷。空島。シャンドラ。ノーランド。歴史の本文。黄金の鐘。
散りばめられたピースが次々と繋がっていく。
ロビンの足は大鐘楼へと向いた。
町の書物と共に都市の歴史は絶やされていた。
間違いない。この都市には<歴史の本文>が運び込まれ、降りかかる“敵意”と戦った。
─── 黄金都市シャンドラは<歴史の本文>を守るために戦い滅んだのだ。
「ハァ……ハァ……」
いつの間にか上がっていた息を気にする事も無くロビンは進む。
大鐘楼は4つの祭壇の中心に位置するという。
雲の大地を歩き、ロビンは目的の場所と思わしき所に到着。
だが、そこには“巨大な豆蔓”があるだけで、求めていたものは無かった。
黄金の鐘の大鐘楼に<歴史の本文>があるのだとすれば、ここでは望む事は出来ない。
「こんなにも栄華を極めた都市がなおも守り続けようとした歴史。過去、世界に何が起こったと言うの……?」
その手がかりは潰えてしまった。
ロビンは落胆と冷めた興奮が入り混じった複雑な息を吐く。そしてもう一度辺りを見渡した。
「……あれは?」
ロビンは何かを運び出したような跡を見つけ、それを辿ることにした。
「トロッコ……それもまだ新しいわ」
そこにあったのは明らかに都市のものではないトロッコのレールだった。
レールはどこかへと続いていて、この場所から目的地は確認できない。
ロビンがどうするべきか悩んだ時だった。
「ヤハハハハ!! 見事なものだろう?
空へと打ち上がろうとも、かくも雄大に存在する都市シャンドラ!!
伝説の都も雲に覆われてはその姿の誇示もままならぬ。─── 私が見つけてやったのだ。先代のバカどもは気付きもしなかった」
音も無く突如背後に現れた男にロビンは警戒の視線を向ける。
「あなたは?」
男は憚ることなく自称した。
「─── 神」
第十二話 「神曲(ディビ―ナコメイディア)」
「やっぱりそうか。……間抜けかオレは。まさか意識が無いとはいえ、ウワバミに食われたとは……」
ウワバミの腹の中。
クレスは自身の置かれた状況を核心し、頭を抱えた。
足止めしたと思っていた獲物に足元をすくわれるとは、今までの失態の中でも最大級のものだ。
カッコ悪過ぎてとてもではないがロビンに言える気がしない。たぶんどんな反応をされても泣ける。
軽く凹むクレスを能天気にルフィが笑う。
「へぇ~そりゃ大変だったな。おめェ食われたのか。あっはっはっはっは!!」
「笑ってる場合か。てめェも食われたんだよ」
「えっ!? じゃあここウワバミの腹の中なのか!? おれも食われたのか!?」
「……さっきからそう言ってんだろうが。服見て見ろ。溶けてんだろうが。あの酸の沼は胃液だったんだよ」
「うわっ! 本当だ!! おい、直ぐにコイツの尻の穴探そう!! プリッと出るぞ、プリッと!!」
「一人で行けや」
ともあれ、状況の確認が済んだものの、クレスとルフィがやる事には変わりない。
出口を探し、一刻も早く腹の中から脱出する。
今はまだ大丈夫だが、あまり長居するとそれこそウワバミの養分となり、好ましくない方法で外に出る事となる。
「とにかく行くぞ。言っとくが口からだ」
「ああ、ゲロになんだな」
「てめェもう黙れや!!」
ムカムカしながらルフィを引き連れ、出口を目指そうとするクレス。
だが、突如ウワバミの腹が揺れ出した。
「なんだなんだァ! おれ何もしてねェぞ!?」
「たぶんウワバミ自体が暴れてやがるんだ。外で何かが起きてる」
暴れ回る外でウワバミに応じ、クレスとルフィの足場も大きく変化する。
消える地面。垂直となった腹の中。
クレスは舌打ちし、咄嗟にルフィに向けて手を伸ばす。ルフィはその意に応じ、ゴムの手を伸ばし掴んだ。
がっしりとロープワークのようにルフィを引っ張りながら、クレスは荒れる体内で二人分の体重を“月歩”持ち上げ、凌ぐ。
ウワバミは何かを相手に暴れているのか、一端収まったと思えば不意に暴れるをくり返す。
「くそ……何が起きてやがる。ここじゃまったく分からない」
荒れ狂う体内をクレスは進む。伸びきったルフィの腕を引きずり、無理やりに進む。背後でルフィが何やら声を上げているが無視。
クレスは一刻も早くの脱出を試みようとした。
だが、それは困難を極めた。
不意に消える足場、上下左右がいとも簡単に逆転。体内は常に激しい揺れに晒され、大量の瓦礫があちこちを跳ねまわる。
いくらクレスといえど、この中を進むのは容易ではない。
だが、それでもクレスは徐々ではあるが確実に前に進み、やがて前方に光明が差した。
「よし……!! 大口を開けてやがる。出口が見えた」
クレスはスピードを上げた。
目の前には出口。ウワバミの口内の向うに見えるのは空か。
やっとこのふざけた場所からもおさらば出来るのだ。クレスは安堵と共に、気を引き締め直し駆ける。
だが、クレスの思いは突如飛び込んできた四つの影によって遮られた。
「なっ!!」
四つの影はクレスの行き先を完全に塞ぎ、なおかつぶつかる様に飛び込んできた。
クレスはその四つ影のうち三つに見覚えがある。
「うそっ! クレス!?」
「ぬう……お主は」
「ピエ―ッ!! ピエ―ッ!!」
「いやああああああ!!」
飛び込んできたのは、ナミ、空の主、変な鳥、それと、見知らぬ少女。
何故ここにいるのかは知らないが、運が悪い事にこの四人はたった今ウワバミに飲み込まれたのだろう。
クレスは瞬間的にそれを察し、気の毒にも思ったが、今はそれ以上に四人の位置取りが不味い。
「ッ! 邪魔だお前ら、退け!!」
「鬼かッ!! 助けなさいよアンタ!!」
理不尽なクレスのもの言いにナミがキレる。
だが、クレスとしては苦労の末もう少しで脱出できようかという時に現れた四人は、いわば新手の障害物だ。
既にルフィを引張っている状況。それに加えこの四人を拾って飛ぶのはさすがのクレスも無理だ。
脱出の機会などそうあるわけでもない。ウワバミが生きていれば尚更だ。ここを切り抜けられなければ四人を切り捨てるほかない。
圧倒的な力を持つ<神>が支配する空島。クレスとしては一刻も早くロビンの無事を確認したかった。脱出のチャンスなどそう何度もあるものではない。
選択を迫られ、クレスの顔が歪んだ時、見知らぬ少女が瓦礫に向かって落ちていくのが見えた。このままではぶつかってしまうだろう。
「いかん!! ピエール、彼女を!!」
「ピエ―ッ!!」
空の騎士に指示に応じ、ピエールが鋭く鳴いた。
そして翼をはためかせ、少女を救い出そうと滑空する。
しかし、その距離は僅かに遠い。おそらくは少女が瓦礫に激突する方が早いだろう。
そして無情にも少女は瓦礫に近付き、
「あ~もう、クソッ!!」
間一髪のところでクレスに助けられた。
基本的にロビン最優先のクレスだが、非情な人間では無い。むしろ他人に対しては甘い部分もある。
この少女を見捨てれば脱出はおそらく可能だったであろうが、見捨てるのはあまりに忍びない。
ウワバミの口が閉じた。クレスは脱出は諦め、後ろ衿を掴んでいた少女を抱え上げる。
「大丈夫か?」
返事は無い。少女は目を回して気絶していた。
クレスはため息を吐いて、少女を抱え直した。
ちなみに掴んでいたルフィの腕は放されており、遠方のルフィ本体に向かって戻って行った。
「まぁいい……とりあえずあいつ等も何とかしとくか」
クレスは“月歩”によって駆け、ナミ達の下へと向かった。
「げげっ! 誰だお前、放せ!! 排除してやる!!」
「暴れんな。降ろしてやるから大人しくしてろ」
クレスは、ひとまず落ち着いた地面に目が覚めた少女──アイサを降ろした。
アイサは地面に足をつけると直ぐにナミの後ろに隠れ、クレスの様子をうかがった。
気がつけば見知らぬ男に抱きかかえられていたのだから、アイサの反応は当然だろう。クレスも特に気にする事は無かった。
「ぬう……飲まれてしまったな。それはそうと、お主、何故ここに?」
「知らん。オレも聞きたいぐらいだよ」
空の騎士がウワバミの胃袋を触りながらクレスに問いかける。
クレスはそれにぞんざいに答えた。食われた瞬間は気を失っていたため、まったく覚えていないのだ。
「それにしても……アンタがこの中にいるのは正直言って意外だわ」
クレスがいて安心したのか、多少は落ち着いた声でナミが言う。
「あー待て待て、オレだけじゃない」
「まだ誰かいるの?」
クレスは誰かを探すように穴の奥を見渡しながら、ナミにもう一人の存在を話そうとした時、
「クレス! おめェ、手放すなら、放すって言えよ!!」
「ルフィ!?」
「おっ! ナミ!! 変なおっさんも!? おめェら何でここにいんだ?」
ルフィがやって来て、ウワバミに食べられた人間が全員そろった。
その後、出口を目指しながら、手短に情報交換をおこなうことにした。
クレスとしてはいい加減外の様子が知りたいところだ。
ナミ達の説明を聞くと、どうやら外ではゾロ、ワイパー、神官、ウワバミによる大乱戦が繰り広げられているらしい。
サバイバルも後半にさしかかり、かなりの脱落者が出たようだ。
クレスが心配するロビンの行方は誰も知らなかった。大丈夫だと信じたいのだが、、やはりそれでも心配は募る。
余談だが、ウワバミの中で何をしていたか察したナミが怒り狂った。どうやらかなりの迷惑を被ったようだ。
「ねぇ、クレス、……気になったんだけど、アンタのその怪我、誰にやられたの?」
ウェイバーを引きながら、ナミは黒く焼けついたクレスの身体を指した。
クレスは僅かに痛んだ傷を抑え、答える。
「<神>と名乗った男だよ」
「……やっぱり」
「知ってるようだな」
「ええ……船にアイツがやって来て、ウソップとサンジ君がやられたの。<神・エネル>だっけ、あいつって一体何なの?」
<神・エネル>
圧倒的な力を誇る、スカイピアに君臨する“神”。
その力の前に幾人もの人間が一方的に倒された。
クレスは自身の敗北も踏まえながら、エネルに対する評価を淡々と語る。
「あの男ははっきり言ってヤバいな。
おそらく今、空にいる人間が束になっても勝てる可能性は低い」
「そんなにヤバいの!?」
「ああ……自然系<ゴロゴロの実>。
奴は"雷"だ。航海士……お前ならこのヤバさが分かるんじゃねェのか?」
「じゃあ、あの時の攻撃も……」
大自然の猛威を誰よりも知るナミはその絶対性に気がついた。
雷というものは、そもそも避ける対象であって、決して戦う相手では無い。
「雷の速度、攻撃力。それに加えて、“心綱”だとか言う先読みの技もある。
まさに鬼に金棒だな。ふざけた話だが、逃げる事ですら難しい。出会った事自体が“詰み”になる」
「……弱点ってあると思う?」
ナミの質問。
戦うつもりは無いのだろうが、それでも逃げる対策ぐらいは立てておきたいのだろう。
「……無い事は無い。言ってしまえばアイツは超高電圧の塊。
試して無いが絶縁体だろうな。電気を遮る事が出来ればアイツに攻撃できる。ただし不用意に触ればしびれるで済まないけどな」
「でもそれって無理がない? 戦ったところで勝てないんでしょ?」
「根本的な解決には至らないわな。
はっきり言って、アイツの攻撃は避けれない。オレもやり合ったけど結局落とされた。
勝とうと思ったら、雷より速くて、なおかつ先を読む相手を沈める一撃を繰り出せる人間だ。後は……まぁ、雷の効かない人間だな」
「でしょうね……そんな奴いるわけないか。
絶縁体……全身がゴムでできてるならまだしも……」
「まったくだ。そんな奴いるわけ……」
「「いるじゃん」」
クレスとナミは前方に視線を送る。
二人の前を歩くのは空の騎士と馬になったピエール。その傍を不安げに歩くアイサ。
そして麦わら帽子を被った少年。
「なぁ……航海士、あり得ると思うか?」
「で、でもさすがに雷は……」
「いや、悪魔の力ってのは呪いだっていう説もある。
どちらにしろアイツはただのゴムじゃねェだろ? 迷信を信じるならばあるいは……」
「ん? どうしたんだおめェら?」
二人の視線を感じ、ルフィは振り返り首をかしげた。
クレスはルフィに歩み寄ると、そのよく伸びる耳を引っ張った。
「うわっ! 耳を引っ張るな、耳を。痛かねェけど」
「なぁ、麦わら、よーく聞け。話がある」
クレスはルフィの耳を伸ばしながら、口元を釣り上げる。
横ではナミが「……悪そうな顔」と呟いていた。
◆ ◆ ◆
「青海の考古学者と言ったところか?
我々ですらこの遺跡の発見には数カ月を費やしたと言うのに……遺跡の文字を読めるとこうもあっさりと見つかるものなのか」
悠然と遺跡の上に座り込み、“神”と名乗った男はロビンに向けて語る。
「だが、残念だったな。もう目当ての黄金は無い」
「……そういえば見当たらないわね。運び出したのはアナタ?」
「よいものだ……あの輝く金属はこの私にこそふさわしい」
ロビンはエネルの傍らに置かれた黄金で出来た昆に目を向けた。
眩く輝く黄金。過去から現在において、黄金は万人が認める共通の貴金属であった。
エネルの口ぶりでは黄金は空には無かったのだろう。それを見つけ、一目でその姿に惚れこんだと見える。
「じゃあここにあった“黄金の鐘”もそうかしら?」
「黄金の鐘?」
(知らない……!?)
エネルは面白い事を聞いたと、薄い笑みを浮かべてロビンに問う。
「興味深いな、貴様、文字を読み何を知った?」
「いいえ、残念だけどあなたがここに来た時に無かったのなら、それは空に来て無いのよ。
シャンドラの誇る巨大な“黄金の鐘”と、それを納める“大鐘楼”。私は鐘楼に用があった」
だが、もともとは地上にあった代物だ。
突き上げられた衝撃で遥か遠くまで吹き飛ばされた可能性の方が高い。
淡々と言ったが、ロビンの中には僅かな落胆がくすぶっている。だが、意外にも目の前の男によってそれは晴らされる。
「……いや待て、ある! あるぞそれは。空に来ている」
エネルは思い出したように言った。
「400年前、この『神の島』の誕生と共に……つまりはこの島が吹き飛んで来たと同時に、大きな鐘の音が島中に響いたという。
この国の年寄りはそれを“島の歌声”と呼ぶがな。なるほど、その鐘は黄金で出来ていたのか。素晴らしい!!
直にゲームも終わる頃。後8分だ。事のついでに国中を探してみようじゃないか!! ヤハハハハハ!!」
高笑いするエネルを視界に納めたまま、ロビンは思考の中に沈んだ。
400年前に鳴り響いた鐘の音。
それが本当ならば、黄金の鐘は空に来ている事になる。ならば大鐘楼にある<歴史の本文>もある筈なのだ。
「ほう……決着がついたか」
突如笑いを止め、エネルは雲に覆われた上方を仰ぎ見る。
そしてその顔に酷薄な笑みを浮かべた。
「何を……?」
ゾクリと、ロビンの背に悪寒が走った。
エネルが見せた表情。それは酷く暴力的で残虐であった。
「ヤハハ……」
エネルが腕を掲げる。
瞬間、エネルの腕が爆ぜるように閃光を放つ。
一瞬のうちに衝撃は駆け、轟音と共に熱を撒き散らし、駆けた。
衝撃は上方を覆っていた雲を易々と突き向け、巨大な豆蔓を昇り、その上にあった上層遺跡で炸裂する。
“稲妻(サンゴ)”!!
激しい閃光が瞬いた。
衝撃は雲を穿ち、上層遺跡にある全てを転落させる。
「自然系能力者……!!」
「ヤハハハハハ!! 招待してやろうじゃないか!! このシャンドラの大遺跡へ!!
3時間!! 82人からなる壮絶なサバイバルを生き延びた者たちよ!!
喜べ! 貴様等には機会が与えられる!! さァ、終曲(フィナーレ)と行こうじゃないか!! ヤハハハハハハハ!!」
エネルが放った雷は上層にある者全てを転落させた。
戦いの生き残りである、ゾロ、ワイパー、ウワバミはいやようなしに巻き込まれる。
そしてそのウワバミの中。
「ッ!?」
突如浮遊感が襲いかかり、ウワバミの体内は様々なモノが荒れ狂った。
立っていた地面が急斜面となり、皆地面に縋りつくように立った。
だがその時、前方に大きく光が差した。ウワバミが大口を開けたのだ。
脱出のチャンス。
「行くぞ、お前ら!!」
クレスが鋭く叫んだ。
とても歩けるような状況では無かったが、皆脱出のために必死に動く。
クレスは"月歩"で飛び上がり、空の騎士は相棒のピエールへと跨り、ナミはウェイバーへと乗り込んだ。
ルフィとルフィに手を引かれたアイサはナミのウェイバーに掴まる。
ナミの操るウェイバーには通常の風貝では無く、絶滅種である“噴風貝(ジェットダイアル)”が埋め込まれている。
噴風貝の出力は通常の風貝の数倍ともいわれ、たとえ三人分の体重であろうと運ぶ事が出来るだろう。
「我輩は飛んでいくぞ!!」
「オレも先に行く。麦わら、さっきの忘れんなよ」
「オウ、任せろ!!」
ピエールに乗った空の騎士が出口に向かい飛んで行き、その後ろをクレスが駆ける。
「行っっくわよ!!」
ナミはウェイバーのエンジンを吹かし、噴出する烈風を解放する。
正面に見えるのは久々の外。数時間ウワバミの中をさまよっていたルフィは、差し込んだ光にうれしそうな笑みを浮かべる。
「あっ、待って!! あんたが掴まってるとこ、噴射口……」
アイサが焦ったように言ったが、ナミは既にアクセルを踏み込んでいた。
ナミの操るウェイバーはロケットのように勢いよく前方へと飛んで行き、逆にルフィとアイサは後ろに吹き飛ばされた。
「ぎゃああああ!!」
二人の悲鳴に、クレス、ナミ、空の騎士は振り向いて愕然となる。
何故あの二人は真逆に吹き飛ばされているのだ。
「ふんぬ~~~~っ!!」
後ろに吹き飛びながらもルフィは咄嗟にゴムの腕を伸ばす。
そしてその腕は奇跡的に何かを掴んだ。
「……は?」
クレスの足。
「クレス!! 助けてくれ!!」
「ふっっっざけんなァ!!」
それに応じクレスの身体が後ろに引っ張られる。
クレスの“月歩”の起点は足だ。
せめて掴まれたのが腕や肩であったのならクレスも何とか出来たのだが、足、しかも不意打ちで、思いっきり引っ張る様に。
クレスの身体はルフィに向かい何メートルも引きずられる。
だが、クレスとて人知を超えた<六式使い>という超人。後ろへと引きずられる途中でもう片方の足で思いっきり空中を蹴りつける。
さすがに片足で飛んだ事は無かったのだが、意外に何とかなった。
「やべェ、手が滑って落ちる!! 落ちる!!」
爆発的な跳躍を見せるクレスに揺られ、ルフィとルフィにしがみついたアイサは振り落とされそうになっていた。
「麦わら!! もう片方の手を伸ばせ!!」
恨み節をとりあえず飲み込んで、クレスがルフィに指示する。
今のまま右足を掴まれているよりはいい筈だった。
「よしっ!!」
そしてルフィは手を伸ばす。
「……おい」
クレスの左足。
「クレス、掴んだぞ」
「放せやコラァ!! 落ちろ、死ね!!」
両足を掴まれ、クレスは為す術も無く後ろ側へと引きずられた。
脱出したナミと空の騎士が焦っているがもう遅い。
無情にもウワバミは口を閉じ、出口は閉ざされた。
◆ ◆ ◆
エネルの雷撃により雲の地盤を失い、上層遺跡にあった様々なモノが下層へと降り注ぐ。
幸い崩落の位置からはずれていたため、ロビンは直接の被害を被ることは無かったが、それでも降り注いだ際に巻き起こった粉塵に煽られ顔をしかめる。
視界を覆っていた粉塵が晴れ、ロビンの目の前に出来た瓦礫の山の中には、見知った顔があった。
「死ぬとこだった!!」
巨大な岩壁に押しつぶされていたゾロがうっとおしげに岩壁をのける。
普通なら圧死していてもおかしくは無いが、重傷を負ったチョッパーを抱えながらも何とか生きていた。
「剣士さん」
「おう……おめェか。ここはどこだ?」
見覚えの無い景色にゾロが疑問符を浮かべる。
ロビンはかつての黄金郷だ言う事を手短に説明し、辺りを見回した。
落ちて来たのは遺跡。
上層で戦っていた者たちの生き残りであるゾロ。
それと離れた所で遺跡を見上げ茫然と立ち尽くすシャンディア。
そして、まるで歓喜の絶頂にいるかのように歌い踊るウワバミだった。
ウワバミはここがどこかを確かめるよう徘徊し、やがてその両目から滂沱の涙を流した。
何故泣いているのか、その理由を知る者は無い。だがそこには胸が詰まるような寂寞と哀愁を感じる。
ウワバミにとってはこの場所はそれほどの価値があるものだったのかもしれない。
何かを示すように、誰かに伝えるように、ウワバミは大きく啼いた。
それは雄大なシャンドラの大遺跡にどこまでも轟く。
「───うっとおしい蛇め」
空を見上げるウワバミの頭上に閃光が煌めいた。
突如頭上にあらわれた光をウワバミは意味も分からず見上げ、解放された雷にその身を焼かれた。
「愚かなり」
神は笑う。
気の向くままにその想いを踏み潰す。
雷に全身を焼かれたウワバミは力無くシャンドラの大遺跡に倒れ込んだ。
「しまった、ナミ!!」
ウワバミにナミが飲み込まれたのを見たゾロは、崩れ落ちるウワバミに頭を抱える。
腹の中とはいえあの衝撃だ。自然と最悪の考えが頭をよぎった。
「あれ? ゾロ、ロビン?」
「あら、航海士さん」
「そこかよ!! お前いつの間にいたんだ!?」
何故か後ろにいたナミにゾロは思わず声を荒げた。
「……私はいいんだけど」
ナミは雷に打たれ焼け焦げた姿で横たわるウワバミに視線を送る。
「あの中に……ルフィがいるの。それにクレスも」
「は!? 何であいつ等が!!?
ルフィはともかく、何でクレスの野郎までいんだよ!!」
「知らないわよ!! いたんだもの」
わけのわからない状況にゾロはナミを問い詰めるが、ナミとしても答えようがなかった。
「クレスの野郎……やっぱりウワバミの足止めをしくじりやがったのか」
「いいえ、剣士さん。見て、あれ」
ロビンは横たわるウワバミの身体を指した。
ウワバミの身体には幾重にも鉄線が巻かれている。あの鉄線はクレスが愛用していたモノだ。
「クレスは勝てない戦いはしない。おそらく足止めには一端成功したのよ」
「じゃあ何で腹の中にいんだよ?」
「……予測できない不測の事態が重なった。航海士さん、クレスに会ったのなら何か聞いてる?」
ロビンの質問にナミはハッとしたように言葉を為す。
「そうソレ!! クレスがアイツに負けて、気がついたらヘビの中にいたって言ってたのよ!!」
ロビンはナミの言葉に驚きを隠せなかった。
クレスより強い人間がいた事もそうだが、何よりもクレスが逃げられなかったことについてだ。
そしてそれを為せるであろう人物にロビンは心当たりがあった。
「……“神”と名乗った男ね」
ロビンの言葉。
ナミがそれに答えようとするのと、燃焼砲の業火が吹き荒れたのは同時だった。
ロビン達は視線を向ける。そこには殺気だった様子でバズーカ砲を構えるワイパーと、<神・エネル>の姿があった。
「ヤハハハハハハハ!! ひどい仕打ちじゃないかワイパー!! だが、少し待て。まだゲームは終わってはいない」
「ゲームだと?」
余裕の笑みを浮かべるエネルにワイパーは歯を噛みしめる。
エネルは“ダイアル”を取り出し“玉雲”を作り出すとその上に腰かけた。そしてこの場にいる者全てに声を行き渡らせる。
「そう、戯れだ。お前達がこの島に入って三時間が経過した時、82人中何人が生き残っていられるかというもの。もちろん私も含めてだ。
私の予想は五人。あと10分程で丁度三時間がたつ。つまり今、この場に6人いて貰っては困ると言うわけだ。神が“予言”を外すわけにもいくまい?」
エネルは生き残った者達を見回す。
「さて、誰が消えてくれる? そっちで消し合うのいいだろう。それとも私が手を下そうか?」
エネルの品定めのような視線を受け、ゾロ、ロビン、ワイパー、空の騎士は憮然と口を閉ざす。
「お前はどうだ?」
「私はイヤよ」
「おれもだよ」
軽口のようにゾロはロビンに問いかけ、ロビンは当然のように否定。ゾロも同意する。
ワイパーと空の騎士も同じく、否定した。
くるりと四人の視線が隠れていたナミの方に向き無言でナミに迫り、ナミも慌てて否定する。
そもそもこんなくだらない事に付き合う必要などないのだ。
戯れなどと称した趣味の悪いゲームなど一人でやばいい。
だがそれでもなお、あえて誰かを選べと言うならば───
「お前が消えろ」
エネルの前に立った四人は同時にそれぞれの武器で悠然と座り込んだ“神”を指す。
神に逆らう子羊達に向け、エネルは背筋の凍るような表情を浮かべ、哄笑する。
「不届き。さすがはゲームの生き残りどもだな。この私に消えろと?
だがお前たち、誰にものを言っているのか分かっているのか? 貴様等はまだ“神”という存在の意味を理解していないようだ」
「エネル……!! 神隊の居場所は、お主の目的は何だッ!!」
しわがれた顔に怒りを刻み、空の騎士はエネルに向かい問う。
エネルは薄い笑みを浮かべて頬杖をついた。
「“環幸”だよガン・フォール」
「環幸だと……?」
「そうだ……環幸!! 私には帰るべき場所がある。私の生まれた空島では“神”はそこに存在するものとされている。
“限りない大地”と人は呼ぶ……!! そこには見渡す限りの果てしない大地が広がっているのだ。
それこそが私が求める夢の世界!! 私にこそふさわしい大地!! 『神の島』などこんなちっぽけな“大地”を何百年も奪いあうなどくだらぬ小事!!」
熱に浮かされたように天を仰ぎ見、エネルは語った。
そして、今の空島の現状を嘆くように言い聞かせる。
「お前たちの争いの原因はもっと深い根元にある。よく考えろ、雲でもないのに空に生まれ、鳥でもないのに空に生きる。
空に根づくこの国そのものが土台不自然な存在なのだ!! 土には土の!! 人には人の!! 神には神の!! 還るべき場所がある!!」
ゾクリと怖気に似た何かが空の騎士に駆け廻る。
この傲慢な神を自称する男が、巡礼にも耐えられないような弱き民を導こうとするわけがない。
思い描いたのは最悪のシナリオで、この男にはその力がある。
「気付いたか? 随分と焦った顔をしているが、私は“神”として自然の摂理を守るだけの事。
─── そうだ!! 全ての人間をこの空から引きずり下ろしてやる……!!」
「国ごと消す気かッ!?」
「それが自然」
何たる傲慢。
だが、神というものはそういうものだ。
気まぐれのような憤怒に人々は怯え、絶望し、ただ許しを請う。
その気になれば許容し、気に入らなければ無慈悲な心で踏み砕く。力無き者に対する認識などその程度だ。
「思い上がるなエネル!! “神”などという名はこの国の長の称号に過ぎん!!」
「今まではな。───私は違う」
かつて国を憂いた老騎士は激怒する。
「人の生きるこの世界に“神”などおらぬ!!」
「それは貴様の言い分だな、元“神”のガン・フォール。─── そう言えば貴様は神隊の心配をしていたな」
「!?」
玉雲から飛び降り、エネルは空の騎士に遥か高みから見下ろす憐みを向ける。
「6年前、わが軍に敗れ私が預かっていたお前の部下650名。
今朝丁度、私の頼んだ仕事を終えてくれたよ。この島の中でな。───そして私は言ったぞ、この島に立っているのは6人だけだと」
「お主……まさか」
「別に好きで手をかけたわけではない。私のこれからの目的を話してやったら血相を変えて挑んできたのだ。むろん一蹴してやったが」
エネルは大口を開けて大笑する。
対照的に空の騎士は枯れる寸前の花のようによろめき、力無くランスの穂先を地面に下ろした。
「……エンジェル島に家族のおる者達だぞ」
「そうだな、早く家族葬ってやらねば」
「貴様、悪魔かァ!!」
激昂した空の騎士は渾身の力を持ってエネルに躍りかかった。
エネルはそれを見てニヤリと顔を歪め、空の騎士が繰り出す渾身の突きを最初からわかっていたようにひらりとかわす。
無防備な老骨に向けて、エネルは指を立てた両手を挟み込むように差し出した。
1000万……2000万と内包する莫大な力を蓄電し、一気に解き放つ。
「2000万ボルト“放電(ヴァーリー)”!!」
閃光が瞬きあたりを染めた。
2000万ボルトにも及ぶ雷火の蹂躙。
直撃を受け、空の騎士は為す術も無く崩れ落ちる。
「ガン・フォール、この世に神はいる」
エネルは焼け焦げ全身から煙を上げた前任者を見下す。
そこにあるのは絶対的な差。
「私だ」
……無念。
ガン・フォール、先代の神はただ力尽きるしかなかった。
「さて、これで5人。時間はまだあるが、これで私の予言は成ったと言うわけだ。無論、貴様等が何もしなければだが」
倒れ伏した空の騎士を見向きもせずに、生き残りの四人にエネルは向き直る。
そして主の心配をして駆けよって来たピエールに向け、無言のままに雷撃を飛ばす。
直撃を受けたピエールは断末魔を上げて、主の傍に倒れ込んだ。
「うるさい鳥だ。主の下に行くがいい」
その力を目にし、その場にいる者達は警戒を募らせた。
<ゴロゴロの実>。雷の力。それはあまりに圧倒的だった。
「……ッ!!」
「待ってゾロ!! まだ手を出しちゃダメ!!」
飛びだしたゾロをナミが引きとめる。
だが、ゾロは獣のように低い姿勢でエネルの下まで走り込み、鋭い斬撃を放った。
甲高い金属音が響く。
エネルは手に持った昆でゾロの一撃を知っていたかのように受け止めていた。
「せっかちな男だ。私は言ったぞ? 『何もしなければと』」
「てめェに付き合う義理なんてねェんだよ!!」
ゾロは強引にエネルの昆を跳ねあげ、がらあきになったエネルの胴に向けて刀を振り抜く。
エネルは薄い笑みを浮かべ、避ける事も無くその一撃をその身に受けた。
刀はエネルの身体を通過する。そこに人としてあるべき感触は無かった。
「身体に教えねばならんだろう“神の定義”」
そこからの展開はあまりに一方的だった。
ゾロの猛攻を涼しい顔で昆によって受け流し、時折ワザとその身を潜らせる。その度に雷光が瞬きゾロが苦悶を漏らす。
エネルは攻撃をおこなわない。にもかかわらず一方的にゾロだけが傷ついていく。
見兼ねたロビンが能力で止めるまで、ゾロは挑み続け、何も成果は得られなかった。
「ダメよ、剣士さん。残念だけど、いくら攻撃しても傷つくことはないわ」
傷つきゾロは肩で息をしていた。
相当の実力者であるゾロでさえ、エネルには傷一つつける事は出来ない。
それは今の攻撃で身をもって知らされた。
「その女の言う通りだ、青海の剣士。
まぁ、貴様等の仲間には私に触れる術を持つ者もいたがな。
しかしそれまでだ。いくら抗う術を持ち合せようと、貴様ら程度では私には届かん」
それが己以外の有象無象に対するエネルの感想。
ロビンの瞳が一瞬スッと細まる。
「じゃあ、こういうのはどうだ?」
一味に気を取られていた隙に、バズーカ砲を捨て去ったワイパーがエネルに飛びかかっていた。
一瞬反応が遅れたエネルはガッチリとワイパーの脚によって身体を挟み込まれる。
「何のつもりだ?」
「…………」
「わざわざ殺され、……ん? 何だ、力が抜けて、……まさか貴様!?」
ガクリとエネルの身体から力が消えていく。
沈黙を保っていたワイパーはギラついた目で言葉を為した。
「海楼石ってやつだ」
ワイパーのシューターには海楼石が仕組まれていた。
それもクレスの黒手袋のような不完全な試作品では無く、能力者の完全に無力化する程のモノだ。
海に囚われた能力者は如何なる能力の行使も不可能。
力を奪われたエネルは満足に動くことすらままならない。
「……止めておけ。知っているのだ。“排撃”だろう? その体もタダではすまんぞ」
「死んで本望。貴様を道ずれに出来るならばな」
「やめろ!! 何が不満だ!? お前も“大地”が欲しいんだろう!?」
「てめェ程度に……おれ達シャンディアが分かってたまるかァ!!」
ワイパーはエネルの心臓目掛けて右手に装着した"排撃貝"を当て、微塵の戸惑いも無く、掌を押しこんだ。
カチリと押される殻長。
そして自身をも破壊する、諸刃の剣のごとき力が解放される。
───ドクン!!!
まるで心音を凶悪なまでに増音したような音が辺りに響いた。
衝撃はエネルを突きぬけ、遺跡の地面まで破壊が及ぶ。
直接衝撃を受けたエネルは口元から血を吐き、白目を剥き、大の字になってシャンドラの遺跡に倒れ込む。
その姿をワイパーはズタボロになった右手を庇いながら見下ろした。
─── 真意に口を閉ざせ。我らは歴史を紡ぐ者。大鐘楼の響きと共に ───
かつて、彼らは<歴史の本文>と呼ばれる硬石を守る番人だった。
戦い勝利するも、犠牲は大きく。生き残った者達は都市の残骸と<歴史の本文>をひっそりと見守り続けた。
"神の島"は故郷であると同時に、時の闇に消えた重要な歴史を有している。たとえそれが空にあろうとも、誇り高き都市シャンドラの火は消してはならない。
だから、彼らは叫ぶのだ。
「シャンドラの火を灯せ」と。
「うそ……勝ったの?」
倒れ伏したエネルを恐る恐る見ながら、ナミはロビンとゾロの下へと駆け寄った。
ゾロとロビンは警戒を解く事無く、厳しい視線を送り続けている。
倒したのか? 結末など案外呆気ないものだが、そんな疑問が脳裏を渦巻く。
口を閉ざし続ける二人に、ナミが何か言おうとしたその時だった。
───バチッ……!!
エネルの全身から雷光が瞬く。
ドクン、ドクンと鼓動のリズムに乗せ強制的に覚醒を促す。
心臓マッサージ。
神とは人知を超えた存在。万能の術を持つ絶対者。
「だから言ったであろう? 『やめておけ』と」
朝、目覚めるように起きあがるエネル。
それに対し、命を賭したワイパーは膝をついた。
「人は神を恐れるのではない。恐怖こそが神なのだ」
命をかけようとも、なお遠い。
エネルは憐みを込めて、シャンドラの戦士に言葉を贈る。
「さっきのは効いたぞ。“排撃”など一撃で自殺行為。二発打っても立ち上がれるとはさすがだな。だが、相手が悪い。惜しかったな、ワイパー」
「黙れ!! おれの名を気安く呼ぶな!!」
血を吐き、別の生き物のように小刻みに震える右腕を庇いながらワイパーは大地にうずくまる。
「……800年前、この都市の存亡をかけて戦った誇り高い戦士たち。その末裔がおれだ。
ある日突然故郷を奪われた<大戦士カルガラ>の無念を継いで400年……先祖代々この地を目指した。……やっと辿り着いたんだ!!」
そして戦鬼と呼ばれた戦士は立ち上がる。
彼を、いや彼ら<シャンドラの戦士>と動かしていたのは、望郷と無念。
彼らは戦い続けた。
その火を、シャンドラの火を再び灯すために。
「お前が邪魔だ」
瀕死の身体をおしてなおワイパーは立ち続ける。
偉大な祖先がそうしたように。
「海楼石……貴様もくだらんマネをしてくれる」
エネルは雷光の瞬きと共に一瞬で間合いに入り込み、ワイパーのシュータに向けて昆を振るう。
昆はウェイバーごとシューターを打ち砕き、かろうじて立っていたワイパーを転ばせる。
「目障りな男だ。……“予言”は成立せぬが、私が崩したと思えばまぁいいだろう」
エネルは背中の太鼓を叩く。
刻まれる打音。
すると太鼓が雷に変わる。
「3000万ボルト“雷鳥(ヒノ)”!!」
雷鳥は立ち上がるワイパーを真っ直ぐに貫いた。
雷による蹂躙を受け、為す術も無くワイパーは倒れ落ちる。
次にエネルはワイパーの海楼石を手にして肉迫していたゾロへと視線を移す。
「貴様も片づけてやろう」
「ッ!!?」
エネルはまた打音を刻む。
「雷獣(キテン)!!」
雷は巨大な獣へと姿を変えてゾロへと襲いかかる。
雷獣は容赦なく喰らいつき、内包された雷撃が爆ぜるようにゾロを襲った。
苦悶を上げ、ゾロもまた倒れ伏し、握っていた刀が地面に転がった。
「生き残りは女が二人か。……さて、貴様等はどうしたい? 仲間の後を追うと言うのであっても、私は一向に構わんが?」
エネルの矛先がロビンとナミへと向く。
その視線に怯え、ナミ思わず一歩後ずさった。
「……あなたの目的をもう一度聞かせてもらってもいいかしら?」
閉じていた目をスッと開き、ロビンは臆することなくエネルに問いかける。
エネルの顔がニヤリと歪んだ。
「ほぅ、何故だ?」
「あなたは言ったわ。生き残るのは五人。でも、あなたほどの力があれば敵勢力を叩くことなど容易い。もちろんその掃討も。
だけどあなたはそれをしなかった。つまりは……このサバイバルは生き残りをつくる事が目的だった。違うかしら?」
「察しがいいな。賢い女は嫌いじゃない。
そういえばまだ言っていなかったな。時間が来るまで黙っておこうと思ったが、いいだろう。
そう、これは選定の戦いだったのだ。生き残った者達には褒美として、私が旅立つ夢の世界、“限りない大地”へと連れて行くつもりだった。
私はそこに紛れない“神の国”を建国する。そしてそこに住めるのは選ばれた人間のみというわけさ」
「新しい世界があるから、この島はもう不要というわけね」
「その通り。縋る神無き国など、不憫であろう?」
残虐なエネルの表情にナミは竦んだが、ロビンは表情一つ変えない。
むしろ口元には小さい笑みすらあった。
「でも、この島を破壊してしまえばあなたの欲しがるものも、落としてしまうのでは?」
「“黄金の鐘”か? 心配には及ばん。
既に目安はついている。お前の取った行動を思い返せば考える場所は一つだ」
エネルはつまらなさげに表情を変えた。
「私は賢い女は嫌いじゃないが、打算的な女は嫌いでね。私を出し抜くつもりだったなら、浅はかだったな」
エネルはロビンに向けて指先を向ける。
ナミが悲痛な声でロビンの名を呼んだ。
しかし、ロビンは涼しい顔で続けた。
「あなたは知りたくないの? ───シャンドラの戦士たちが何を守っていたかを」
「なに……?」
「高らかに響く黄金の鐘、確かに魅力的ね。
でも、あなたはその程度のものが欲しかったのかしら?
そこのシャンドラの戦士の話を思い出して。彼らが800年も前から、一族が滅ぶ事も厭わず戦い守護してきたもの。興味はないかしら?」
畳みかけるように挑発にも似た声色でロビン言う。
そしてその言葉は確実にエネルの興味を掴んだ。
「ヤハハハハハハ!! 面白いぞ貴様!!
この国の伝説である、黄金の鐘を“その程度”と言い切るか!!
よかろう、話してみろ。貴様が言うシャンディアが守護してきたものを!!」
「フフ……」
ロビンはもったいぶる様に妖艶な笑みを浮かべる。
「でもその前に、私のお願いを聞いていただけるかしら?」
「願いだと?」
「ええ、そう。さっきの態度は気に障った様ね、謝るわ。
だから今度は“お願い”という形で、条件を聞いてもらうことにするわ」
「ヤハハハハハ!! つくづく賢い女だ。
よかろう。聞いてやろうじゃないか。だが、言っておくが、私をあまり怒らせるなよ」
「ええ、もちろん心得ているわ」
ロビンは一度ナミの方を振り向いた。
そして安心させるようにやさしく微笑みかける。
ナミはロビンの事情はある程度知っていたので、ホッと一安心する。
その交渉手段はさすがの一言に尽きた。
自身が提示できる条件探し出し、相手の興味を引き、同時に自身の有用性を示す。
おそらくこの後も、上手く条件を引き出す事が出来るだろう。
だが、この後ロビンが放った一言はナミの度肝を抜いた。
「そうね、とりあえず───私の目の前から消えてもらえるかしら?」
その場が一瞬停止した。
ナミは完全に硬直し、エネルですら聞き間違いかと眉をひそめる。
しかし、ロビンはありえないような言葉を紡ぎ、彼らの思いを否定する。
「夢の世界? 限りない大地? はっきり言って不愉快だわ。
あなたの考えなんて知るつもりも無いけど、私たちを勝手に巻き込むのは止めてもらえるかしら?」
「ちょ、ロビン!!」
「あなたもそう思うでしょ、航海士さん?
さっき上層にあった遺跡を無造作に落とした事も許せないし、何よりクレスを“あの程度”と言ったのも許せない」
ロビンはエネルに向かい、不敵に笑った。
「どう? 聞いていただけるかしら、この“お願い”」
エネルの顔からはそれまでに浮かんでいた笑みは消え失せていた。
何の感情も窺わせず、細まった目でロビンの事を睥睨する。
「あら、怒らせてしまったわ」
「当り前よ!! せっかく何とかなると思っていたのに、何やってんのよアンタ!!」
エネルはゆったりと腕を持ち上げ、ロビンを指差した。
「愚かさもここまで極まれば、哀憫すらも浮かばぬものか。
よかろう、ならば望みを叶えよう。───ただし、消えるのは貴様らだ」
「ちょっと待って!! “ら”って、私も入ってるんですけど!?」
エネルの身体が帯電を始めた。
強烈な摩擦により、空気が悲鳴を上げるように響く。
「ロビン!! 怨むから、私死んだらあんたを怨むから!!」
「大丈夫よ、航海士さん。心配しないで」
「何を!?」
「死ぬときは一緒だから」
「いやあああああああああああ!!」
「冗談よ」
ロビンはフッとやさしげな笑みを浮かべる。
そして眩しいくらいの光を放つエネルに臆す事無く見据えた。
エネルは今にも雷撃を放ちそうだ。受ければおそらくタダでは済まない。ルフィ達の話しでは雲にごっそりと穴を開けたらしい。
だが、大丈夫だ。心配ない。
なぜなら……
「訂正してもらおうか。コイツほどイイ女はいない」
エネルが雷撃を放つ直前。
そこには待ち望んだ姿があり、なおかつ音も無く無防備なエネルに肉迫していたのだから。
唸る拳は、的確にエネルの横っ面を殴りつける。
衝撃はエネルの頭蓋を揺らし、錐揉みさせながら吹き飛ばす。
神を名乗る男はもんどりうって地面を転がり、石壁に叩きつけられた。
「ぬッぐッ……貴様……ッ!!」
「また会ったな、神様?」
舞い込んだ風に、干し草のようなパサついた髪が揺れた。
手にはめた黒手袋の裾を引っ張り、膝をついたエネルを見下す。
「おめェが神か? 何やってんだ、おれの仲間によ。覚悟できてんだろうな?」
そしてその後ろで麦わら帽子を被った少年が拳を握った。
その傍には怯えた様子のアイサが、恐る恐る様子をうかがっている。
「待たせたな……ロビン」
「遅刻は減点よ、クレス」
「わるい、……おかげでタイミングが計れた」
分かっていたようにロビンはクレスと会話を交わす。
そんなロビンにナミが、
「ねぇ、どういう事!? まさかロビンはコイツ等が出てくるの知ってたの?」
「ええ、知っていたわ」
クレス達が外に出ようとしていた事をロビンは知っていた。
ナミからクレス達がウワバミの中にいる事を聞いたロビンは、<能力>によってクレス達と連絡を取ることに成功していた。
その後、巧みな話術によってエネルに隙を作り、クレス達に脱出と、不意打ちのタイミングを与える。
“心綱”はウワバミの体内には及ばないらしく、ロビンの行動をエネルは読み切れなかったのも幸いした。
「ヤハハハハハハハハハハ……!!
これはいい。なるほど……どうやら私の“予言”は間違っていなかったようだな」
むくりと身体を起こし、口元の血を拭って新たな来客者を見渡した。
ルフィ、クレス、ロビン、ナミ、アイサ。
この5人に、エネル自身を加えて6人。
生き残るのは5人。
時間もまだある。
一人消えれば、エネルの予言は完全に成立する。
「さて、誰が消えてくれる?」
エネルの言葉にクレスは口元を釣り上げる。
そして、君臨する神に対して戸惑いも無く言い放つ。
「───お前が消えろ」
あとがき
今回は結構難産でした。思ったよりも時間がかかり申し訳ないです。
後伸ばしかと見せかけて、結局合流です。
何パターンかあったのですが、これを採用しました。