───ノーランドの最期の言葉はこうです。
「そうだ! 山のような黄金は海に沈んだんだ!!」
王様たちはあきれてしまいました。
もう誰もノーランドをしんじたりはしません。
ノーランドは死ぬときまでウソをつくことをやめなかったのです。
北界民話「うそつきノーランド」
第七話 「序曲(オーバーチュア)」
「ぐあッ!!」
ゾロが水の中でカッと目を見開いた。
前方には今まさにその鋭い牙を突きたてようとしている空サメ。ゾロは咄嗟の判断で三本の刀で大口を開けた空サメを受け止める。
だが、もともと水中は魚たちの領域。踏ん張りの効かない状態では剛腕のゾロといえど空サメに押し負ける。
ゾロは空サメに連れられ、一度だけ水中に飛び出て再び水の中へと引きずりこまれた。
「ゾロ!!」
「ゾロが空サメに負けてる!!」
「だから止めとけって言ったんだ、アホめ」
「あ、上がってこない……食べられちゃったのかな?」
「ぎゃああああ!! ゾロが食われた!!」
「……食べられたんなら雲が赤く染まるはず」
「なに怖い事言ってんのロビン!?」
「いや、あの大きさじゃ丸飲みかもしんねェぞ」
「やめんかァ!!」
「うわあああああああああああ!! ゾロ!!」
静かな雲の水面。
ゾロが引きずり込まれて、荒れる事も無い。
空サメと戦いではさすがのゾロももしかして……と、そんな不安がナミとチョッパーを襲った時だった。
「あァ!! ウザってェ!!」
空サメを殴り飛し、ゾロが顔を出した。
ゾロは剣士の筈だったが、見事な一撃だった。
獰猛な空サメが生息する水域の中心に、底面より上面にかけて滑らかな角度の付いた苔毟る四角柱の祭壇。その上に、両側に穴の開けられたメリー号の姿がある。
空島において一味は犯罪者となり、“神の裁き”にかけられ、その一環かクレス達は五人はメリー号と共にアッパーヤードの『生贄の祭壇』まで連れてこられていた。
「エライとこに連れて来てくれたもんだ」
「周りは空サメだらけか。こんなとこに連れてきて神とやらは何がしたいんだ?」
「ここで飢えさせる事が“神の裁き”なのかしら」
「そんな地味なことするもんなのか、神って?」
「さぁ……会った事ないもの」
逃げ道を塞がれた状態で超特急エビによって連れられて来たものの、祭壇に供えられた後は何が起こる訳でもなかった。
どういう訳かわからないが、おそらくはこの場で待つことがクレス達に課せられた“裁き”なのだろう。
「船底がこのあり様じゃ船も降ろせねェ。チョッパー! とにかくなんとか船を直しとけ」
「え、おれ? わかった」
「直しとけって……あんたなんかする気?」
「どうにかして森に入る。ここは拠点にした方がいいと思うんだ。きっとルフィ達がおれ達を探しにここに来る。言うだろ? 迷ったらそこを動くなって」
「あんたが一番動くな」
「いや、オレもロロノアに賛成だ」
「クレスも!?」
暫くは大人しくしていたものの、クレスもまたこのままでは埒が明かないと考えた。
「どうせココにいるしかないんだ。
別にわざわざ大人しくしている義理も無い。神とやらも別に『動くな』とは言ってないだろ?」
そろっているのは状況だけだ。
クレス達は別に命令を受けた訳ではない。へ理屈だがそれでも言い分は通っていた。
「この島には“神”がいるんだろ? ちょっと会って来る」
軽いノリで言うゾロに、
「なかなか面白そうだな」
クレスが同調する。
「やめなさいよあんた達ッ!! あんな恐ろしい奴にあってどうすんのよ!?」
「さァな……そいつの答え次第だ」
「いい機会じゃねェか。このまま何もしないよりはいいだろ。少なくとも何らかのアクションがある。それに、いずれは争う事になるんだろうしな」
不敵に笑う二人。
「神官だってこの島にはいるのよ!! とにかく神は怒らせちゃいけないもんなの!! 世の中の常識でしょう!?」
「悪ィがおれは神に祈った事はねェ」
「右に同じ。そもそも神なんて奴がいたら真っ先にぶん殴ってやるよ」
“神”と“神官”の恐ろしさをその眼でみたナミが必死に説得するが二人は耳を貸さない。
ゾロとクレス。方向性は違えど二人とも己の力を信じて生き抜いて来た人間だ。
油断も慢心もなく、そこにあるのは自己の力への自信。二人からしてみれば、まだ見ぬ相手に始めから恐れを抱く事の方こそが間違っている。
「ああ、神様、私はコイツ等とは何の関係もありません」
ナミはもう諦めた。せめて自分は無関係で巻き込まれません様にと祈りながら手を合わせた。
どこか通じるところがあるのかクレスとゾロは神に会った時の対応を検討し始める。
「とりあえず脅すか?」「いや、一発殴るとこから始めよう」などと、聞きたくない不届きな言葉が聞こえてくるのでナミは耳を塞いだ。
「そう言えば、ロビンはどうすんだ? ロビンが行かないならオレも止めとくけど」
「私も行くつもりよ」
「ロビンもなの!?」
「足手まといになんなよ」
何気ないゾロの一言にクレスがカチンとなる。
「お前今何つった……ロビンに向かって何て言い草だ、あァ? てめェの方がミジンコ並に足手まといだろうが」
「あ?」
「何でいきなり喧嘩してんの!! あんた達今まで意気投合してなかったっけ!?」
何故かガンを飛ばし合う二人。
ちなみに言葉は悪かったがクレスの意見は的を得ている。
探索に関してはロビンの方がゾロより何枚も上手だ。むしろ超絶的な方向音痴のゾロの方が足手まといであった。
睨み合うクレスとゾロの間にピリピリとした空気が流れる。
しかし、二人の間に流れる険悪ムードを特に気にした様子も無くロビンはクレスを呼んだ。
「クレス、これ見て」
「ん、どうした?」
クレスが発していた険悪な空気が消し飛んだ。一瞬でロビンの方を向くクレスにゾロが肩をすかしを喰らう。クレスの半分以上はロビンで出来ていた。
ゾロの存在消し去ってクレスはロビンが差した祭壇に目を向けた。石で造られた祭壇には霊妙な紋様が刻まれている。
「この祭壇、作られてから軽く1000年を経過しているわ」
「1000年前ってじゃあ……」
「ふふ……こういう歴史のあるものって身体がうずくの」
ロビンは探究心に好奇心という火を灯した。
その炎は怜悧なロビンの胸の奥で熱く燃える。それはロビンの考古学者としての性なのだろう。
「宝石のかけらでも見つけてくればこの船の助けになるかしら?」
「私も行きます!!」
それまで猛反対していたナミが勢いよく手を上げる。
信じられないとチョッパーが、
「ええっ!? あんなに怖がってたのに……」
「歴史☆探索よっ!!」
目がベリー。
「まぁいい……とりあえず決まりだな」
方針が決定した。
「……ウン! アア……ウウン!!」
ゾロは喉の調子を整える。
太い樹の枝から垂れ下がる縄のように丈夫なツタを引いて、不備のない事を確認する。
精神統一。薄く目を開け、息を吸い込み、解き放つ。
「ア―──アア──―~~……」
「それはなに言う決まりなの?」
ゾロはターザンのようにツタを使って祭壇から離れたアッパーヤードの大地に降り立った。
「……………」
「クレスもやりたいの?」
「い、いや、そ、そんな事は、な、なないぞ。ホントだぞ」
クレスは残念そうな顔で垂れ下がるツタから目を離し、気を取り直してロビンを抱えた。
そして散歩にでも出かけるように地面のない空中に踏み出し、同時に空中を蹴りつける。
六式が一つ“月歩”。クレスは子供の頃からロビンを抱えながら空中を移動する事もあったため、今となっては二人分の体重で空をかける事も手慣れたものだ。
別に二人ともツタを使って移動することも出来たが、わざわざツタを使う必要も無かった。
「よっと」
「ありがと」
軽やかに着地し、クレスとロビンも島へと降り立つ。
「……さすがに高いかも」
祭壇の上では余りの高さにナミが尻込みしていた。
「50メートルくらいよ。失敗しないようにね」
「落ちたら死ぬな」
「怖い事言わないでッ!!」
高所というのは人間に根源的な恐怖を植え付ける。
財宝が絡んでいるとはいえさすがのナミもなかなか一歩を踏み出せないでいた。
「く、クレス!! お願い、私も空飛んで運んで!!」
「ダメだ」
「う、うぅ……あんた達の事はなんとなく分かってるけど、お願いっ!!」
「おい、運んでやれよ。とっとと行こうぜ」
ゾロが面倒くさそうにクレスを促す。
クレスは専門家としての意見をナミに告げた。
「いや、ダメだ。ロビン以外運ぶつもりはないのもあるが……たぶん、ここを飛べないとついてこれないと思うぞ」
「え……どういう事?」
「周り見てみろ、どの植物も巨大過ぎる。地形もそれに伴って変化する。わかるな?」
「うん……まぁ」
「つまりは、尋常じゃないくらい進むのが難しいかもしれないってことだ。ある程度は覚悟できないと……あ~……なんだ……下手したら死ぬぞ?」
「うっ」
「別に無理して来る事も無いだろ。何ならロロノアでも置いとけ、たぶん邪魔だから」
「おいコラ、勝手に決めんな」
確かにクレスの言う事にも一理ある。
クレスの言葉にナミは、
「わかったわよっ!! 飛べばいいんでしょ! 飛べば!! その代わり失敗したらあんた達絶対に受け止めなさいよ!!」
やけくそのようにツタに掴まり地面を蹴った。見事な逆切れだった。
そして目をぎゅっと瞑り、必死にツタを握りしめて耐え忍ぶ。振り子の要領で位置エネルギーを変換しナミはどんどんスピードに乗った。
「わあああっ!! 速すぎ!! 止まれなぁ~~~いっ!!」
目の前に現れる大木。
このままだとぶつかる。ナミがそう思った時、フワリと花の匂いと共に幾本ものロビンの腕がナミを受け止めていた。
「度胸あるのね」
「ハァ……ハァ……ご迷惑おかけします」
「いいえ」
「……来ちまったならしょうがないな。それなりに安全な道を見つけてやるよ」
クレスはサイドバックの道具を再確認する。
クレスは六式を使い、ロビンは能力者のため道具など殆ど必要ない事が多いのだが、それでもある事に越したことは無い。
今回の場合はゾロはともかくナミにはある程度のサポートが必要に思えた。
「じゃあチョッパー! 船番頼むぞ!!」
「よろしくね」
「直ぐ戻るから」
「がんばれよ、トナカイ」
「おう!! みんな気をつけて行けよ!! 無事に帰ってこいよ!!」
チョッパーを一人船に残してクレス達はアッパーヤードへと入り込んだ。
アッパーヤードの森はあまりに巨大だった。
そびえ立つ樹木はどれも樹齢1000年は軽く超えるだろうと予測できるほど雄大で、絡みつくツタと苔と一体化している。
樹の根と根が競うようにぶつかり、大地に向かい隆起する。進むにはいちいちこの根を乗り越える必要があり、それに加えて、空島独自の雲の河が島中をながれていて、行く道々を塞いでいた。
想像を超えた自然に辟易しながら進む。
暫くするとクレス、ロビン、ナミの三人は気になることができ、調査の為立ち止った。
「井戸がそんなにおかしいか?」
ゾロが問いかける。
巨大な樹木にのみ込まれた井戸の傍にしゃがみ、ロビンは井戸の様子を調べていた。
「ええ……樹の下敷きになるなんて考えられない。自然と文明のバランスがとれていないのよ」
文明とはもともとある自然を下に作られるものだ。それがのみ込まれるとは通常考えられない。
「文明はこの樹の成長を予測できなかった。……こんなケース初めて見たわ」
周りを見てみれば、うっすらではあるがかつての文明の名残が見て取れる。
だが、どれもこの地に住んでいた人々の予測を越えた自然にのみ込まれたのだ。
「…………」
「さっきから黙り込んでるけど、何が見えたんだ航海士?」
双眼鏡を覗きこみ茫然と固まったナミと島の植物を見てどこか引っ掛かりを覚えたクレス。
二人は巨大な樹の枝の上から島を見渡していた。
「ねぇ……あんたこの島の植物に見覚えがあるって言ったわよね?」
「……ああ、大きさなんかは全然違うんだが、同じようなものをどこかで見た記憶がある」
「神の住む島……アッパーヤード……もしかして……いや、でも……」
「どうした? 何がわかった」
ナミはその予測に息をのんだ。
「この島……まさか……!!」
双眼鏡を覗きこみ何かを確信したナミは、クレス達を促し突き動かされるように島の海岸へと進んだ。
「おい、ナミ! ちゃんと話せ、何を見たんだ?」
「いいから黙ってついて来て!! 何とか海岸へ出るのよ。───ていうか、手を貸して!! どこが進みやすい道よ、クレス!!」
「比較的進みやすいと思うが?」
「誰があんたら基準で考えろって言ったのよっ!!」
ナミだけでは森を進むのは難しく三人に比べ遅れを取っていた。
四人は現在、太い枝の上を進んでいる。地上は隆起が激しく、おまけに雲の河があるためいちいち足を取られ進みづらい。多少は危険だがこちらの方が遥かに効率的だった。
しかし、余裕で立てる程太いとはいえ、樹の枝から枝に飛び移るのはなかなか出来るものではない。一応クレスがロープを使って補助をしているが怖い事には変わりない。
「海岸に行けばわかるのね?」
「……ええ、とにかく近くで確かめなきゃ。私だってまだ自分目を疑ってるのよ」
四人はそのまま森を進み、やがて海岸まで辿り着く。
そして、そこにあったものに愕然と言葉をつまらせた。
目の前には見覚えのある建物がある。ナミはその苔むしり樹の根が張りついたその建物に手を触れた。
「これ見て……見覚えがあるでしょ?」
「こりゃ、何で地上にあったもんが何でここに……同じもんだろコレ?」
「なるほど……そういうことか。
たまげたもんだ……道理で見たことのある種類の植物があったのか……」
「つまりはもともと地上にあった島。
文明は空の環境について行けずに飲み込まれたのかしら? そもそもこの島は“島雲”で出来ていないことが不思議だった」
「……おかしな家だと思ったのよ。
あの家には二階があるのに二階へと繋がる階段がなかったから。あんな絶壁に家を建てる理由も無い。あの海岸は“島の裂け目”だったんだ……!!」
目の前にある綺麗に半分に裂けた石造りの家。
それは一味が空島を目指す過程で立ち寄ったクリケットの家と全く同じもの。正確にはその片割れ。
このアッパーヤードに生い茂る植物もそうだ。大きさは違えど島にあったものと同じ、空の環境ゆえに文明を飲み込むほどに急激に成長したもの。
それは果たして奇跡なのか、確率の上での可能性を問うよりも、今目の前にある事こそが事実なのだろう。
「うそつきノーランド」の舞台だったジャヤ。
ノーランドが見たと言う黄金郷は泡沫のように消えた。彼は海底沈没を主張し、そこで出会った者達の存在を叫び続けたが虚しくも命を散らす。
その子孫のクリケットは先祖の言葉を下に海底に黄金郷があると潜水を続けた。
しかし、そうでは無かった。かつての消えた島の片割れは地上にある筈がないのだ。
それは突然の事だったのだろう。“突き上げる海流(ノックアップストリーム)”は突如襲いかかり、島ごと大地を空へと舞い上げた。
「ここは引き裂かれた島の片割れ、この島は───ジャヤなのよ」
かつて地上にありその存在を誇った黄金郷は海に沈んだのではない。
400年もの間、ジャヤはずっと空を飛んでいたのだ。
◆ ◆ ◆
「うお~~~~っ!! ありがとう神様~~っ!!」
ナミが歓声をを上げる。両手を天に掲げ今にも躍り出しそうだ。
苦労の末行き着いた空島がかつての“黄金郷”だったのだ。
もしかしたらまだ大量の黄金が残っている可能性も高い。一攫千金の大チャンス。掴んでで売りさばけば大金持ちだ。
「お前この島の“神”が怖かったんじゃないのかよ?」
「神? ……ああ、ナンボのもんよ? 金より値打ちあんの?」
「あなたさっき『ありがとう神様』って」
「……無神論者よりよっぽど不届き者だろコイツ」
「言ってる事ムチャクチャだな」
重要な朗報を掴んだ四人は船へと戻ることにした。黄金郷がある事を知り、特にナミの足取りは軽い。
ふと気になることがあったクレスが口を開いた。
「───ところで、船に残してきたトナカイは大丈夫なのか?」
「どういうことだ?」
「いや、船を出てから結構時間が立つからな……“神”とやらが何らかのアクションを起こしていても不思議じゃない。
こっちに追手が来なかったから、狙われてるとしたら残こしてきた船だと思ってな。そうなると相手すんのはトナカイ一人だぞ」
「そうだ……船にはチョッパーだけだった」
四人の間に沈黙が降りた。
探索はちょっとだけの予定だったのだが、予想以上の手がかりに思わぬ時間をくってしまった。
自分達は“生贄”なのだ。何をされても不思議ではない。
「急いだ方がよさそうだな」
「……そうね」
四人は急いで船へと戻った。
そして悪い予想は当たり、残してきたメリー号は無残に破壊されていた。
船の中心にある筈のメインマストがない。そして船のあちこちが燃やされたように炭化していた。
「チョッパーどこ!? 何があったの!?」
「メインマストがねェ……どんな奇抜な改造を施したんだあいつ」
「んなわけあるかァ!!」
「八つ裂きにされたのかしら」
「毛皮になってるかも」
「コワイ想像やめてよ!!」
「おい、チョッパー!! いねェのか!? 何かあったのか!!」
四人の間に嫌な予感が流れたが、船の上に小さな人影が出てきてこっそりとこちらを見つめている。
人影は四人の正体を確認するとホッとしたように姿を見せた。
「べ……別に何もゴワイ事ながっだぞ」
傷だらけで涙を堪えているチョッパー。
四人はチョッパーの無事に一安心する。
「おォ! 見ろ!! ゴーイングメリー号だ!! あれが祭壇だ!!」
すると雲の河の向うからカラスの船首をした小舟に乗ってルフィ達もやって来た。
怪我をしているが騒いでいる様子を見ると問題は無いようだ。
三手に分かれていた一味だったが無事に合流する事に成功したのだった。
◆ ◆ ◆
合流した一味はそれぞれに置かれた状況の報告をおこなった。
聞けば、ルフィ達は“神の裁き”において“試練”を受ける事となり、『沼』『玉』『紐』『鉄』の四つの試練うち、『玉の試練』を選択しそこで神官の一人のサトリという男と戦ったらしい。
“心綱(マントラ)”と呼ばれる相手の先を予知する不思議な術と、“衝撃貝(インパクトダイアル)”、“玉雲”に苦戦するもからくも勝利を収めた。
その後は白海で出会ったゲリラとまた遭遇し、立ち去るように警告を受けたものの、その後は何事も無くミルキーロードを辿ってここまで辿り着いたそうだ。
推測するにゲリラは“神”と敵対関係にあるようだ。しかし、敵の敵は味方という訳でもなく、出会えば敵対行動を取られる事となるだろう。
船に残ったチョッパーは『紐の試練』の神官シュラに襲われた。
咄嗟に空の騎士に貰ったホイッスルを吹き鳴らし、空の騎士を呼んだ。
必死に防戦するも敵わず、メインマスト燃やされ、燃え広がらないように処理するのが精一杯。
空の騎士が助けに現れ善戦するも、シュラの謎の技によって敗北を喫し、相棒のピエールと共に海雲に落とされた。チョッパーは思わず海雲に飛び込んでしまった。
だが、その後チョッパー達は助けられる。助けたのは巨大化したサウスバード。サウスバード達は空の騎士を“神”と呼んだ。
空の騎士はチョッパーがケガの手当てをおこない、今は眠っている。
空島の事情はどうやら想像以上に複雑らしい。空の騎士が目が覚めた時にはいろいろ聞かなければならないだろう。
そして最も懸念すべきは、メリー号の状態だろう。
長旅の疲労の蓄積に加え、幸い修理は可能なのだが、マストのない船では航海はままならない。今日中にエンジェルビーチに戻る事は不可能だ。
その為、一味はもし襲われた際には船の上では危険だと判断し、島に上がり四本の大樹が緩衝して生んだ丁度いい窪地にキャンプを張る事にした。
「それにしても……どんだけ食う気だ麦わらは」
「ふふ……でも、ちゃんとたくさん取ってきてあげてるじゃない」
キャンプを張る事となり、一味はその準備に追われた。
火をくべ、テント(女性のみ)を張り、飲み水と食料を確保する。
水と食料に関しては船にまだストックはあったものの、現地で調達出来るならそれにこしたことは無い。
クレスとロビンは『生贄の祭壇』の周りの海雲に向かった。
そこでクレスは一味の強い要望により魚を取る事となり、ロビンは興味が湧いたのか祭壇を調べ直した。
二人はそれぞれに確保した食料を抱えている。
クレスは海雲で取った空サメと魚介類。ロビンは塩の結晶だ。
「それにしても、慣れたもんだな8人分獲るのも」
クレスは背負うと言うより引きずるに近い形で背に持った今日の得物に目を移す。
今まではクレスとロビンの二人分さえ確保すればよかったのだが、それが一気に6人も増えた。しかもその内の一人は底なしの大食らいだ。
クレスもロビンも人並み程度にしか食べないので、この量は過去と比べて激増と言ってもいいだろう。二人ならちゃんと保存処理をすれば一週間以上は余裕で持つ。
「でも悪い事ではなさそうね」
「……かもな。そっちはどうだ?」
「そうね、賑やかなのも悪くわないかしら」
ロビンは自然な笑みを浮かべた。
その笑みは沈みかけた太陽の中で穏やかな光を放つ。クレスはその笑みに思わず見とれた。
「どうしたの?」
「いや、何でも無い。ただ……」
クレスが言葉を紡ごうとした時、
「ロビンちゅわ~ん!! ……あとその一。おかえりなさ~~い!!」
「ロビン、手に持ってるのなに!? 宝石?」
「おっしゃぁ!! 今日は大漁だァ!! サンキュ、クレス!!」
いつの間にかキャンプまで戻っていて、一味の歓迎に思わず言葉を遮られた。
クレスとしては別に思った事を口にしようとしただけなので、……まァいいかと気を取り直す。
とりあえず、ムカつくコックに嫌がらせのような量の魚介類を押しつける事にした。
キャンプの準備が完了し、一味はサンジが作ったシーフードシチューを囲って明日の行動方針を立てる事にした。
焼き石でじっくりと長時間煮込んだシチューは、中に入った食材が互いを引きたてながら絡み合い、濃厚なうまみを引き出していた。
おいしくて、栄養たっぷり。サバイバルにはもってこいの料理だ。
シチューを頬張りながら、それぞれに今まで得た情報の再確認をおこない、黄金郷に関するピースをパズルのようにはめていく。
すると一つの事が浮かび上がった。
「髑髏の右目に黄金を見た」
クリケットの家で見たノーランドの航海日誌の最後に書いてあった一文だ。
謎かけのようなこの言葉の意味は始めは分からなかったが、ジャヤの海図とアッパーヤードの合わせればおのずと意味が導ける。
二つの地図を合わせたもともと地上にあったジャヤの地形は、まるで髑髏のようであったのだ。髑髏の右目とは場所を指していたのだ。
その場所に莫大な黄金が眠っている。一味は海賊だ。これを狙わない手は無い。
明日は海と陸、二手に分かれての黄金探しとなった。
腹を満たし、明日の方針も決まった。
後は明日に備えて眠るだけ、だが、一味にそんな常識は通じない。
「夜も更けたわ。用のない火は消さなくちゃ。敵に位置を知らせてしまうだけよ」
ロビンはセオリー通りキャンプの鎮火を促した。
今一味がいる場所は敵地のど真ん中なのだ。
「バカな事を……聞いたかウソップ? あんなこと言ってらァ……火を消すってよ」
「おいおいどうなってんだよ。……クレス、お前って奴がいるにも関わらずよ」
わかっていないとルフィとウソップは頭を振り、クレスにどういう事だと視線を送る。
「……すまない。お前たちの言いたい事は分かる。
昔はそうじゃなかったんだ。そんな時期もあった。でも、追われる立場じゃそうじゃなくなっちまったんだ」
沈痛な面持ちのクレスにウソップが同情し、肩に手を置いた。
「そうか……仕方ねェさ、おめェらは闇に生きて来たんだもんな。辛かったんだろ……」
「わかってくれるか」
「立場は違うが、痛みは分かるってもんだ」
変な方向に空気が流れ始めた。
正しい事を言ったロビンとしては意味がわからない。
一味の中でサバイバルに関しては一番の専門家である筈のクレスには何か別の考えがあるのだろうか?
「どういうこと……?」
困惑するロビンにクレスは、
「なにも心配する事は無い。
もうしばらくになるのか、……空島に来た今日ぐらいは許される筈だ。面倒があったら全力で退ける。だから……」
やけに嬉しそうに言った。
「キャンプフャイヤーだ」
「……?」
首をかしげるロビン。
いまいちわかっていないようなロビンにルフィとウソップが業を煮やす。
「キャンプファイヤーするだろうがよ普通ッ!!」
「キャンプの夜はたとえこの命着き果てようともキャンプファイヤーだけはしたいのが人道ッ!!」
「バカはあんたらだ」
この楽しみを理解できない人間がいる事に膝をつき悔しさで地面をバンバン叩く。
ナミの鋭いダメ出しが入るが今回ばかりは二人は引かない。
「おい、ルフィ!」
ゾロがルフィを呼び、珍しくサンジと共に作り上げた成果を見せた。
「───組み木はこんなもんか?」
「あんたらもやる気満々かッ!!」
組み木を見てクレスは、
「あ、待て待て、外郭はそれでいいが中の枝はもう少し少なくていい。それじゃ密度が高すぎる。湿ってるのは無いだろうな? あと、油を垂らしとけ、よく燃えるようになる」
「アドバイスしてんじゃないわよッ!! っていうかクレス! あんた専門家でしょうが、止めなさいよ!!」
「航海士……お前の言う事は分かる。
火の基本は大きすぎず、小さすぎず。必要な分だけ焚いて、不要なら消す。ロビンは正しい。だが、何事にも例外は存在する!!」
「バカかァ!!」
「まぁ、そう目くじら立てんなよ。
どうせさっきからここで騒いでんだ。位置なんてとっくに割れてるに決まってる。船からも遠くないしな。見つかって襲われた時に明るい方が戦いやすいだろ?」
「それでも危険を冒す必要ないでしょうがァ!!」
クレスとナミがもめている間にもゾロとサンジは組み木の準備進めていく。
途中からクレスも参加し、規則付いた組み方に変える。明るく、炎は大きく、だが煙は少なく。キャンプファイヤーの基本だ。
講釈を垂れながら組み木を組むクレスに男衆は感心する。チョッパーもキャンプファイヤーは初めてだったのだろうが周りの雰囲気に感化されていた。
「大丈夫さナミさん。猛獣とかは火を怖がるもんだって」
火を灯した松明に手にサンジは言う。
かなり凝った組み木が完成し、後は火を灯すだけだ。火付け役の栄誉は壮絶なじゃんけんによってサンジが勝ちとった。
だが、その後ろに既にシチューの匂いにつられてやって来たのかギラリと光る無数の目があった。
「後ろ後ろ!! もう何かいるわよ!!」
「野郎共点火だァ!!」
「おお───ッ!!」
「聞けェ!!」
夜は更ける。
夕闇は月夜へと変わる。
だが、燃え上がる炎は天高く昇り、夜空を明るく染めた。
そして炎を囲み、歓声と共に宴の夜は始まった。
「ノッテ来い、ノッテ来い!! 黄金前夜祭だ~~~~!!」
「おウォウォウォウォウォ~~~~~!!」
「ウオウオ~~~~!!」
「アッハッハッハッハッハ!!」
火を囲み騒ぎ、歌い、踊る。
やって来た雲ウルフも手なずけた。
反対していたナミもやけ飲みしている内に酔いが回り、楽しいのでどうでもよくなっていた。
「いいの? クレスは加わらなくて」
「祭りは見ている分にも楽しいもんだろ。ワインがまだあんだけど飲むか?」
「……いただくわ」
夜の闇の中で赤みがかった幻想的な色で炎は燃える。
とある神話では炎とは神から人への贈り物であるらしい。
気ままに揺らめくその姿に、神や精霊の存在を感じ取った太古の人々の気持ちをクレスは理解できた。
揺らめく炎を眺めながら、ロビンと杯を合わせる。語る言葉は今は必要なかった。
「……雲ウルフも手なずけたか。エネルの住む土地でこんなバカ騒ぎをするものは他におらんぞ」
怪我のため眠っていた空の騎士が騒ぐ一味に目を覚ましたらしい。
怪我が尾を引いているのか、ゆったりと歩くその後ろに、相棒のピエールが心配そうにつき従っている。
「あら、お目覚めね。動いてもいいの?」
「迷惑をかけた……。助けるつもりが……」
「気にすんな爺さん。充分だ、ありがとよ」
空の騎士は地面の上に座り込む。
「シチューがまだあるみたい。いかが?」
「いやいや、せっかくだが……今は無理である」
「……トナカイからは刺し傷と火傷だって聞いたが、水かなんか飲むか?」
「うむ……では、そちらをもらおうか」
クレスは水筒から水を注ぎ空の騎士へと手渡した。
水を飲み、空の騎士は火を囲みながらはしゃくルフィ達を視界に納める。
「……さっきのおぬしらの話を聞いておった。
この島の元の名をジャヤと言うそうだが、何ゆえ今、ここが“聖域”と呼ばれているか分かるか?」
空の騎士は愛おしむように大地を撫で、集めてすくい上げた。
「おぬしらにとって、ここにある地面は当然のものだろうな……」
「まぁ……そうなるな。オレらにとっちゃ、島雲の方が珍しい」
「だが、空には……もともとこれは存在し得ぬものだ。島雲は植物を育てるが生む事は無い。緑も土も本来空にはないのだよ」
空の騎士はすくい上げた土を見てにっこりと笑い、ゆっくりと地面に返していく。
「我々はこれを“大地(ヴァ―ス)”とそう呼ぶ。空に生きる者にとって永遠の憧れそのものだ」
だが、それゆえに過去の悲劇は引き起こされた。
そしてそれは現在もなお続いている。
空に生まれ大地に憧れる空の人間と、この地に住みこの地を守り続けた“シャンディア”との戦いが。
空島の夜は深みを増していく。
この時、空島の二か所で二つの勢力が明日の決戦に臨もうとしていた。
二つの勢力は命と願いをかけてぶつかり、鎬を削るだろう。
一味はまだ知らない。明日の戦いが生き残りをかけた壮絶なサバイバルゲームに発展する事を……。
◆ ◆ ◆
「見ろ、言った通りだろ!!
昨日ここに誰かがいたんだ!! やっぱり夢じゃなかったんだ!!」
夜が明け、一味は昨夜“オバケ”を見たと言うウソップの証言にメリー号の下へと集まった。
ウソップがメリー号を指して声を張り上げる。一味は破壊され修繕の済んでいない筈のメリー号を見て、唖然と言葉を漏らす。
「ゴーイング・メリー号が……修繕されてる」
メリー号は昨日シュラの手によって破壊された筈であった。
誰も手をつけていない筈なのに一晩経った今日はこのまま海に出せるほどに修繕されていた。
しかし、修繕自体は相当下手くそで、直された姿は空島に来た時の“フライングモデル”では無く、元の姿だった。
すると問題となるのは船を直した人物である。直した人物は空に来る前のメリー号の姿を知っている筈なのだ。
「なぁ、メリー。誰だったんだありゃあ……」
ウソップはメリーに語りかえるが、当然のごとく返事が返る事は無かった。
船を直す手間が省けた一味は、早速、昨日決めた予定通り二手に分かれての黄金探索をおこなう事にした。
「探索組」のメンバーは、ルフィ、ゾロ、チョッパー、ロビン、クレス。
「脱出組」のメンバーは、ナミ、ウソップ、サンジ。
一味の作戦はこうだ。
まず、探索組が黄金郷を探し出し、見つけた黄金を確保する。
その後、メリー号に乗って海路を行く脱出組と近場の海岸で合流。そのままアッパーヤードを脱出する。
神官にゲリラ。昨日の事を考えればどちらのルートも危険だが、成功すれば黄金を手に入れ大金持ちだ。
雲の上だからか、今日は見事なまでの快晴だ。
冒険には最適の気候。
それぞれに準備を済ませ、一味は気合を入れる。
「そんじゃ行くかァ!!」
ルフィの掛け声に一味は答え、神の島のサバイバルが始まった。
あとがき
今回は中継ぎの回ですね。次回からサバイバル開始です。