「……ん、クレス、そんなとこ触っちゃダメ」
「いいだろ、少しくらいなら……ほらこっちも」
「ダメ……焦らないで」
「いや、別に焦ってる訳じゃないけどよ……ほら、そろそろだろ?」
「もう、強引なんだから。もっとやさしくして」
「わかってるって、やさしく……丁寧にだろ? ほら、そろそろ入るぞ」
「あっ!! ……ダメ」
海の上。
波に揺れる船。
その甲板でクレスとロビンが向かい合っていた。
繊細な指先で肌をなぞるようにやさしくそれを触っていく。
時折漏れる声はさざ波の音に消えた。
「あんた達……何してるの?」
見兼ねたナミが恐る恐る問いかける。
戸惑いながら、互いに集中する二人に話しかけた。
「何って……」
「見ればわかんだろ?」
クレスとロビンは首をかしげ、
「「頭蓋骨の復元」」
「怖いわッ!!」
第一話 「サルベージ」
突如、空から落ちて来た巨大なガレオン船。
それにより、記録(ログ)を空に奪われた一味は、空にあると思われる島『空島』を目指す事となった。
記録が空を差しているとはいえ、船が空を飛べる訳ではない。途方に暮れる事となった一味はひとまず空島の情報を集める事にした。
「何かわかったのか?」
「ええ、少しは」
棺桶を暴き、中に納められた人骨の前に座り込むロビンの周りに一味は集まった。
ロビンは先程復元した頭蓋骨に手を触れる。
「ここに空いている穴は人為的なもの。
頭蓋を薄く削るように丁寧に開けられた穴……“穿頭術”……そうでしょ? 船医さん」
「……うん。昔は脳腫瘍を抑える時、頭蓋骨に穴を開けたんだ。でもずっと昔の医術だぞ?」
チョッパーは頭蓋骨に怯え、柱に隠れながら答えた。
「死者と美女ってのも乙なもんだな~~~~!!」
「……黙って聞いてろクルマユ」
メロメロのサンジにクレスが苛立たしげに言った。
ロビンは物言わぬ屍から過去の情報を次々と見出していく。
「“彼”が死んでから既に200年は経過しているわ。年は30代前半。航海中病に倒れ死亡。
他の骨い比べて歯がしっかりしているのはタールが塗り込んであるせいね。この風習は"南の海"の一部の地域特有のものだから、歴史的な流れから考えてあの船は過去の探検隊の船」
ロビンは古びた歴史書を取り出してパラパラとページをめくっていく。
「……あった。
“南の海”の王国ブリスの船。『セントブリス号』……208年前に出港してる」
ナミとゾロが歴史書のページを覗きこみ、
「さっきと落ちて来たのと同じだわ!!」
「……そういやこんなマークついてたな」
「少なくとも200年、この船は空をさまよってたのね」
一味は感心したように目を見張った。
一流の考古学者による解析。それは過去の予測を確実な現実にしてみせた。
「骨だけでそんなことまで割り出せるなんて……」
「遺体は話さないだけで情報は持っているのよ」
「なるほどね、空島か……本当にあるのかしら? もっと証拠が欲しいとこだけど、さっきの船ならもうほとんど沈んじゃったし」
「ああ……それなら」
「え?」
クレスは船の片隅に置いてあった袋を広げ、その中にあった古びた本と用紙をナミに手渡した。
そこにあったのは沈んだ船にあった海図や紀行文らしき文献だった。
「船が沈みきる前に測量室らしきとこに行って取って来ておいた。もう少し探せばまだ何か見つかったかもしれないが、こればっかりは水にぬれるとダメになるからな」
「あんた……ルフィ達と難破船で遊んでるのかと思ったら、そんなことしていたの!?」
「まぁ、オレは一応、ロビンの助手だしな」
クレスは今にも沈みそうな船の上を探検するルフィをウソップに目を移す。
海につかりながら「ルフィ!! しっかりしろ!! コッチに掴まれ!!」 「ぶわっぱっばぷぺべ!!」などとはしゃいでいる姿を見て、
「……というか、あいつ等と同レベルで見られてたのは少しショックだぞ」
「あんた達は何やってんのよ!!」
ナミが溺れるルフィとそれを助けようとしているウソップに向けて叫ぶ。
クレスは取り合えずルフィとウソップを意識から切り離して続けた。
「かなり古いし、損傷も酷いから、読み解くのは難しいと思うけど、これでだいぶ空島の手がかりが増えたと思うぞ。足りなかったら後はサルベージでもするしかないんだけどな」
「あんた達……うぅ……私初めてこんなに感動したかも。いっつも他の奴らは役に立たないもん」
「……苦労してるのね」
感動したナミをロビンが労った。
「おい、みんな!! これを見ろ!!」
沈んだ船から帰って来たルフィがナミが持った海図の一つを見て、上機嫌で歓声を上げた。
その古びた地図にはその地名と大まかな形が記されている。
「『空島』の地図!! やっぱり空に島はあるんだよ!!」
航海士のナミが古びた海図を見渡した。
「『スカイピア』……!! 本当に空に島があるっていうの!?」
ルフィはご機嫌で声を張り上げる。
「よ~~~し!! 野郎共!! 上舵いっぱいだ!! 行くぞ空島!!」
「うおお!! 空島!! 夢の島だ!!」
「夢の島!? ホントかウソップ!!」
騒ぐ三バカにナミがため息をつく。
「……騒ぎ過ぎよ。これはただの可能性に過ぎないわ。世の中には嘘の海図なんていっぱいあるんだから」
騒いでいたところにナミに冷や水をぶっかけられ、ルフィ、ウソップ、チョッパーはどよーんと幽鬼のような表情になった。
「あ……ごめんごめん。あるあるある……きっとあるんだろうけど……」
ナミは言葉を区切り、
「行き方がわかんないって話をしてんのよッ!!」
「航海士だろ、何とかしろ!! 飛ばせ、船!!」
「出来るかァ!!」
ドスンとキレたナミがマストを殴りつける。
ウソップが「あ、ナミ……船を大事にしてくれ……」と恐る恐る言うがナミに睨みつけられ尻すぼみになる。
サンジは「怒ってるナミさんもカワイイなあ……」と意味も無くメロメロになっていた。
「……落ちつけ航海士。とりあえずは現状で出来る事を探すしか無い。記録(ログ)は相変わらず上を差してんだろ?」
クレスがナミを促す。
記録(ログ)が上を差している限り今は船を進めようがない。
「そうなんだけど……あんな大きい船が空に行ってんならこの船も空に行く方法は必ずある筈だし……」
「何よりも今重要なのは情報ね。取り合えずクレスが持ち帰って来たものを読み解くところから始めたら?」
「……そうね。確かに今はそれが確実か。後はあの沈んだ船から出来る限りの情報を引き出せればいいんだけど」
ウソップがナミに殴られたマストの損傷具合を確かめながら、
「でもよ、情報ったって肝心の船は完全に沈んじまったぞ」
ウソップの言う通り落ちて来たガレオン船は海の底に沈んでしまった。
そうなれば探索は困難を極める。
「なんなら探して来てやろうか?」
「えっ!? 出来んのか!!」
さらりと言ったクレスにウソップが驚く。
「ああ、どちらかと言うとオレの本職は遺跡とかの捜索だからな」
「クレスは30分くらいは潜ってられるから、頼りになるわよ」
「スゲェええええええええええ!!」
一味からどよめきが起こる。
「よし。私とロビンは資料を読み解くから、邪魔になるあんた達は沈没船の捜索をお願い」
「まてまて、クレスは別としておれ達はムリだろ!?」
「なんとかしなさいっ!! 沈んだならサルベージよ!!」
「よっしゃああああ!!」
「出来るかァ!!」
◆ ◆ ◆
取り合えず大まかな方針は決まった。
ロビンとナミは船室のテーブルに資料を広げ、男衆は甲板に集合する。
「安心しろ。おれの設計に無理はない……たぶん」
「いや、それ大丈夫なのか?」
「大丈夫だ!! ……たぶん」
泳ぎやすいように上着と靴を脱いで軽装となったクレスが樽を改造した即席の潜水服を差して言う。
それを被るのはルフィ、ゾロ、サンジ。ルフィは能力者で泳げないため樽を二つ重ねることにするそうだ。止めとけばいいのにと思ったが、口にしてもあまり意味は無さそうだ。
「それよりもお前はそれで大丈夫なのかよ? 良かったらコレまだあるぞ」
ウソップが素潜りをする予定のクレスを心配してか問いかける。
「いや、問題ない。おれの場合そういうのは邪魔になるだけだから。まぁ、問題は通話法が無い事だな」
「それなら心配すんな。おれがさっき作ったこのホースを使え。一応、空気も吸えるようになってる」
ウソップが長いホースの先に受話器のようなものがついたものをクレスに渡した。
「ああ、わかった」
クレスは多少訝しみながらもそれを受け取り、これから潜る予定の海を見渡した。
海の様子は比較的穏やかで暫くは荒れる心配はなさそうだった。
いつ天候が変わるか心配ではあったが、取り合えずは海に入るにはいい陽気だといっていいだろう。後は海の様子が変わらない事を祈るしかない。
「取り合えずオレは先に行くけど、さっきの船についてはあんまり財宝とかは期待すんな。沈む前に入ったけど内乱かなんかで相当荒らされてたからな」
軽く準備運動をしながらクレスが一味に言う。
「あ~……まぁ、アドバイスとしては危ないと思ったら速攻で逃げる事だな。ヤバいと思ったら直ぐに船に戻れ」
「よしわかった。宝を探そう」
「取り合えず潜ればいいんだろ? 簡単だ」
「宝を持ち帰るのはおれだ!! 待ってってくれ、ナミさん、ロビンちゃん!!」
「話を聞け。そしてクルマユ、お前は沈め」
不毛な会話を経て、クレスは船の側壁に立つ。
一味は樽で作った潜水服の装着を始めた。
「んじゃ、行くわ」
そして、クレスは先行して海の中に飛び込んだ。
重力に身を任せ、海の中に矢のように一気に潜り込む。
水温はそれほど低い訳ではないが、海上との温度差は心地よい刺激としてクレスを覆った。
海の中は何処までも透き通る青。陽光が海中まで入り込み、光は風にそよぐカーテンのように揺れている。
空気を蹴りつけ空を駆けるクレスの脚が爆発的な力強さで海水をかきだし、まるで魚のようにクレスの身体を前へと進める。
悠々と一団となって泳ぐ小魚達の傍をすり抜け、更に下へ。
海の底までの水深はおそらく500メートル以上。想像を絶する距離だが、強靭な肉体を持つクレスにとってはあまり問題では無い。
深海に進めば進むほど海はその姿を変える。徐々に光は薄くなり、水が重くなる。だが、グランドラインの水質故か抵抗はそこまで感じなかった。
全身を包む柔らかな海水をかき分け更に下へ。海は徐々に青みを増した。
そして、クレスは目の前に見えた物陰に目を細め、ウソップから託された通信機を手に取った。
「……こちらクレス。海中に巨大ウツボを発見。来るなら十分に気をつけろ。下手したら食われる。まぁ、たぶん大丈夫だろ」
『おい!! 大丈夫じゃねェだろソレ!!』
通信機の向うからの声を聞き流し、クレスはウツボに気づかれないようにそっと沈没船目指して進んだ。
◆ ◆ ◆
換わって船室。
テーブルの上に広げられたのはクレスが持ち帰った古めかしい海図と文献。
それを手もとの資料と格闘するように見比べるのはロビンとナミ。
「やっぱり損傷が酷い。……保存状態が悪かったのね。風化していて断片的なものしか読み取れないわ」
「こっちもダメ。字も構図もボロボロで全然わかんない」
風化した海図を覗きこんでいたナミがうんざりした様子で背筋を伸ばした。
「唯一原型を留めてたのはルフィが広げた地図だけか……。ロビン、アンタ専門家なんでしょ? 何とかなんないの?」
「……こればかりは。いくつか情報は得られたけど、それが確実な情報だという証拠にはならないわ。……航海日誌らしき一文もあったんだけど」
「何て書いてあったの?」
ナミの問いにロビンは紙片の一つを差して、
「文字が滲むように霞んで読めないから予測も入るけど、『遥か西の島から、世にも珍しき雲の河を越え、我々はついに辿り着いた。夢のようなこの地に。それはまるで天の国のように美しい空の島』」
「ホントに!?」
「でも、残念だけどこれが真実の記述だという証拠はないわ。
あの船が空から落ちて来たのも確かだけど、もしかしたら、もともと沈んでいた昔の船が何らかの原因でたまたま打ち上げられただけかもしれないの。『空島』に行けたかどうかはわからないわ」
「……決定的な証拠にはならないのね。でも、あんたが言う通り記録(ログ)は上を差してんのよ?」
「ええ。でも、あの船が『空島』を求めて海に出たのは確か。空に島がある可能性が無くなった訳じゃないわ。
他にも『空島』に関する文献があった。でも、私たちが今必要な“空に行く方法”については不鮮明なものばかりなの」
「結局は手詰まりか。はぁ、記録(ログ)が上を指してる限り身動きも取れないし……後は男共が船から情報を引張り出してくるのを待つしかないか」
「……そのようね」
ロビンもまた資料から手を離し、椅子の背に身体を預けた。そして不審に思われない程度にナミに視線を向ける。
クレスと二人船に忍び込み、とりあえずは一味に上手く溶け込めた。それは、“クレスとロビンが”というよりも一味の持つ雰囲気のせいというのもある。何とか上手くやれそうだった。
ロビンがぼんやりとそんな事を考えていた時、部屋の外から騒がしい笛の音が聞こえて来た。後、サルベージがしたそうな歌も聞こえて来た。
「何かしら? 今、笛の音が」
「……なんかいやな感じの歌い声も聞こえるし」
ロビンがゆっくりと目を閉じ<ハナハナの実>の能力を発動させる。
船外に咲いたロビンの“目”は接近する船の姿を捉えた。
「……海賊船みたい。外に出てみましょう」
「またなんか来たの!! こんな時に……」
ロビンがナミを促し、いやそうな顔でナミが続いた。
船外ではメリー号に接舷するように一回りも大きな船がやって来ていた。
何やらクレーンのような大きな装置の付いた、タンバリンを持った猿が船首の船。雰囲気から見れば探索船のような船だった。
その船上から、ゴリラとチンパンジーを足して割ったような大男がこちらに向けて声を張り上げた。
「園長(ボス)!? つまりそいつァおれの事さ!!
引き上げ準備~~!! 沈んだ船はおれのもんだ!! てめェら手を出してねェだろうな? ココはおれの縄張りだ!!」
その男は<サルベージ王>マシラ。懸賞金2300万ベリーの海賊だ。
マシラが声を張り上げると彼の部下達から「ウッキッキィ~~~~!!」と勢いよく声が上がる。
「また妙なのが出て来たわ……なんなのあいつは?」
「わ、わかんねェ。……だが、サルベージをするみたいだ」
ナミが甲板にいたウソップに問いかけ、ウソップがマシラにビビりながら答えた。
「船医さん、クレスや他の人たちは?」
「ルフィ達なら海に潜ったぞ」
ロビンは能力で<人型>の大男に姿を変え、潜水装置の操作をしているチョッパーにこの場にいない者達の確認をおこなった。
「ゴチャゴチャ言ってんじゃねェーっ!! おれ様の質問に答えやがれ!! ウキッ~~~っ!!」
無視された形のマシラが怒声を上げる。
「すいません、質問していいですか?」
「お前がすんのか!?」
ナミが交渉しようと逆にマシラに問いかけ、「いいだろう。聞いてみろ」とマシラは寛大な態度で頷いた。
クレーンのような装置を指してナミが、
「これからサルベージをなさるんですか?」
「───な“サル”!?」
マシラは妙なところに感激したように食いついた。
何でもサルみたいなサル上がりのサルのような男前のマシラはサルに似たサルっぽいサル上がりであるらしい。どうでもいい。
勝手におだてられたマシラと交渉はトントン拍子で進み、サルベージの見学をさせて貰う事となった。
一味はこれで取り合えず様子を見て、事態の推移を見守ることにした。既に深海に潜って探索をおこなっている四人は折を見て回収するのが望ましいだろう。
野生動物みたいに縄張りを荒らされるのが嫌いなそうなので、後は見つからない事を願い、荒事が起きない事を祈るだけだった。
(大丈夫かしら……クレス達)
ロビンはクレス達の事を別の意味で心配した。
海に潜る四人は海上の事など分からない。マシラ達も縄張り意識が強いようだから、おそらく先に誰かが沈没船に手を出せば攻撃を仕掛ける可能性は高い。
そうなれば間違いなくクレスは反撃するし、ルフィ達も性格から考えると大人しくしている事は無さそうだ。最悪の時は目の前の海賊団と戦うハメになってしまうだろう。
そんなロビンの懸念は的中する。
「ぼ、園長(ボス)!! 大変です!! 海底に“ゆりかご”を仕掛けに行った船員が!?」
「海王類か!?」
「いえ、それが何者かに殴られたような跡が!!」
「何ィ……誰か海底にいるってのか……!! じゃあ……!!」
部下がやられたことに激怒したマシラが、鋭い目を一味に向けた。
「オイお前らァ!!」
「ひィ!?」
ウソップが思わず小さな悲鳴を上げた。
ナミが何とか言い訳を紡ごうとするが、それよりも早くマシラが、
「海底に誰かいるぞ気をつけろ!!」
「ハーイ(……バカでよかった)」
ほっと二人は胸をなでおろした。
とりあえずはこのままで良さそうだった。後は潜った四人が何もしない事を祈るばかりだった。
◆ ◆ ◆
深海。
一面の群青。
海の生物たちの世界。
(何だったんだ、さっきの奴らは? 戻った方がいいか? ……どうするべきか)
クレスは沈没船の中を他の三人と共に探索していた。
さっきの奴らとは、突如現れた本格的な潜水服を着た者達だ。取り合えず隠れてやり過ごそうと思ったのだがルフィ達が見つかり、襲いかかられたので反撃していた。
海上では間違いなく何かが起きているだろう。先程から連絡はなく、こちらの連絡にも応じない。問題が起こってこちらに状況を伝えられないのか、それとも経過を見守っているのか。
ロビンならばあの程度ならば何も問題は無いだろうが、余裕のある状況ではなさそうだ。
(それにしても……酷いモンだな)
ロビンの事を心配しつつも、クレスは沈没船の中を見回りながらそう思った。
空から落ちてきて直ぐに入った時も感じたことだが、襲撃かそれとも内乱か、船内は酷い荒れようだった。
金品の類はほとんど奪い取られて、船のあちこちに争った跡と、白骨化した死体が転がっている。
空島に至る情報を探すにしても、余り状況は思わしくない。過去の経験からおそらく情報を得る事は出来ないだろうと思えた。
(……こりゃ、ロビンと航海士に期待するしか無いかもな)
クレスは水圧で開くことが困難となった扉を蹴り破り、更に奥の部屋へと進んだ。
そこで、何か乗り物のようなものを眺めているルフィを見つけた。
近づいて、コンコンとルフィの樽を叩いた。
ルフィは振り向いて乗り物らしきものを指し、クレスに向けて何かを言ったが、海中の為聞こえる事はなかった。
取り合えずクレスは、乗り物を指してからルフィが持つ回収用の袋を指し、気になったなら持ちかえるように指示した。
言いたいことは伝わったようで、ルフィはそれを袋に納めた。
ルフィと合流したクレスは取り合えず共に前に進むことにした。
進むうちにクレスとルフィは同じく合流していたゾロとサンジに出会った。
全員が合流した部屋で、ルフィが宝箱を見つけた。喜びの表情を見せる三人だが、クレスは首を横に振った。
宝箱の中身は空洞。入っていたのは白い羽一枚。三人はその事に落胆した。
(……これ以上は無駄か)
クレスは身ぶりでこれ以上の探索の打ち切りを伝えた。
先行し、空島への手がかりを探して目ぼしいところは全て回った。船の中にある備品も骨董品としては二流のものばかり。これ以上海の中にいる事は無意味だった。そして上の状況も気になる。
クレスの意向は三人に伝わったようで、三人とも頷き、沈没船で拾った荷物をまとめ船に戻ろうとして、船が地震でも起こったかのように揺れた。
「!!」
突如、船の壁を突き破って釣針のような“かえり”がついた鉄杭が現れる。
四人は警戒を募らせる。クレスは舌を打ち、空気がその口元から洩れた。
『何かあったのか!? ロビンは無事か!!』
ウソップから託された通信機に叫んだ。
だが、返事は無かった。
クレスはルフィ達に先に上に戻る事を告げ、海中を爆発的に蹴り放って、魚雷のような速度で海上へと戻る。
沈没船から出れば、何やら巨大な装置が取り付けられ、その端から大量の空気が漏れており、見上げればメリー号の隣に大きな船が接舷しているのが見えた。
その時、高速で海上へと向かうクレスの前に鉄製の潜水服を着た男が現れる。
(……邪魔だ)
ルフィ達が撃退した奴らの一員だとあたりをつけ、驚いた様子のその男を、クレスは容赦なく殴り飛ばした。
◆ ◆ ◆
『ボ、園長(ボス)!! 何者かがこちらに猛スピードで近づいて……ガッ!!』
『こちら船内。園長!! 何者かが……ギャアああああああああああああ!!』
『船の中に何者かが!! ああァ~~~~ッ!!』
「どうした!? 何があった子分共!!」
通信機から響く悲鳴。その悲鳴にマシラの船の船員はざわめいた。
悲鳴は一つだけでは無い。"ゆりかご"を仕掛けに行った船員達の回線からも次々と響いた。
「えッ!? えッ!!」
「……お、オイ……今のって」
「間違いないわね」
「……これって物凄く不味くない?」
それが何者の仕業かを知る一味はひたすらにばれない事を祈るだけだった。
子分達の悲鳴にマシラが怒りを爆発させ、両腕に力を込める。
「おのれ、よくもおれの子分達を!! 何奴だァ!!」
ぐおおお!! と意気込んで一時停止。
一味に向けてチラリとカメラ目線。
「……いえ、別に撮影とかはしてないので」
「何!?」
(シャッターチャンスを作ったのか……)
微妙な空気が流れた時に再び部下からの悲鳴が響く。
その事にハッとしたマシラは今度こそ海に飛び込んだ。
「やべェ!! アイツ、海に入っちまったぞ!?」
「よし、ウソップ!!」
「何だ、ナミ!? 妙案か!!」
「安全が確認できるまでシラを切り通すわよ!!」
「よし……って、オイ!!」
ナミが取り合えず現状維持する。ウソップが反射的に反応するも、荒事は起こしたくないので少し考えて賛成した。
チョッパーはよくわからない様子で推移を見守った。
「…………」
そんな中、ロビンは妙な胸騒ぎを感じ、遥か向こうから接近するその影に目を移した。
雲では無いその徐々に大きくなっていく影を見つめ、
「確かに……不味いわね」
そう呟いた。
◆ ◆ ◆
(何だ……?)
浮上しようとしていたクレス。
その視線の先に侵入者を打ちのめす為、猛スピードで沈没船目指して潜水するマシラが現れた。
咄嗟にクレスは身を隠そうとする。クレスにとってはロビンの安全確認が一番だ。突如現れた男の相手をしている場合ではない。だが、遮るもののない海中で隠れることは不可能だった。
その懸念通り、マシラはクレスの姿を見つける。そして、縄張りを荒らす侵入者だと確信し、怒りをあらわにして襲いかかった。
(……!!)
「──、───、────!!」
怒声を上げ、言葉の変わりに口元から大きな空気の塊を吐き出しながら、マシラはその太い腕を腕を大きく回してクレスに振るう。
────猿殴り!!
怪力をそのまま叩きつけた攻撃を、クレスは海水を的確に掴み、“月歩”の要領で前方を蹴って避けた。
だがマシラの力は凄まじい。怪力で殴りつけた海水が衝撃波となってクレスに叩きつけられる。
クレスは叩きつけられた海水を腕を交差させて防ぐも、海水に煽られクレスは一瞬動きが鈍った。マシラはその隙を見逃さない。
バタ足をしながらクレスに接近。腕を回し、無防備に見えた腹部に向けてすくい上げるような拳を繰り出した。
マシラの強烈な拳はクレスに直撃する。だが、目を見開いたのはマシラの方だ。
攻撃を受ける瞬間、クレスは“鉄塊”によって全身を硬化し、マシラの攻撃を防いでいだ。
(邪魔だ……消えろ)
隙の出来たマシラに、クレスは交差さてていた腕を振り上げ、指を組み、鉄槌のように振り落とす。
クレスの両拳はマシラの頭部を捉え、マシラが水中で縦回転する。
回る視界に混乱するマシラ。クレスは手を開き、回転し元の位置に戻ってきたマシラの顔を尋常ではない握力で掴んだ。
そして大きく振りかぶり、適当なところに投げつけようとして、
(……オイオイ、マジか)
視界に飛び込んできたその巨大な影に目を奪われた。
マシラはクレスの力が緩んだその隙をついて、がむしゃらにそれこそゴリラのように暴れた。
クレスはたまらず適当なところに投げつける。マシラはボールのように放たれた。
(しまった……そっちは!!)
クレスに投げられたマシラは真っ直ぐに、浮上してきた沈没船に向けて飛んでいく。
咄嗟の事で碌に確認をせず適当に投げたのが仇となった。沈没船の方向にはまだホースが伸びていて、中にルフィ達がいる事が確認できた。
クレスは助けに行くか一瞬悩んだが、それでも浮上する事を選択する。
ルフィ達ならば大丈夫だろうという思いもあったし、それ以上に悠々と海中を進んでくるその巨大な影が問題だった。
その影が現れ、それまで海を占拠していた巨大ウツボ達が泡を食ったように逃げて行く。
その影はあまりに大き過ぎた。
(今まで見た中で……一番でかい爬虫類だ)
それは小島程の大きさの甲羅を持つひたすらに大きいカメだった。
「大丈夫か!?」
「お帰りなさい、クレス」
「ああ、ただいま。───ってそれも重要だが、それよりもカメは!?」
海から上がったクレスは急いでメリー号の甲板へと戻った。
そこには、余り動じた様子も無く普段通りのロビンと、戦慄くナミ、ウソップ、チョッパー。
隣のサルベージ船の船員たちも皆震えながらその影へと目を向けていた。
「海の中に……なんかいる」
「……ああ、それはカメだ」
「カメ!?」
「ヤバいぞ、早く他の奴らに戻るように伝えろ。急がないと……」
クレスがそこまで言った時に、ザッパンとまるで滝のような勢いで大量の水を振り落としながら問題の巨大カメが姿を見せた。
膨大な質量が水上へと浮上したあおりを受けて、まるで時化にあった時のように船が揺れる。
「何よコレ!! これ何!? 大陸!?」
「知らねェ!! おれには何も見えねェ!! なんも見てねェ!! これは夢なんだ!!」
「夢? ホント!?」
ナミ、ウソップ、チョッパーの三人は大波に揺られながら、
「「「あー夢でよかった」」」
「おいコラ、現実逃避すんな!!」
暫く時間が経過すれば、カメによって起こされた波も納まり、海は静けさを取り戻した。
問題のカメは暢気に口元をもごもごと動かしている。どうやらゆっくりと食事をしているらしい。
カメの口からぼとぼとと零れた木片が落ちて行く。
「お、おい……アレってまさか」
ウソップがカメの口元を指差した。
カメは沈没船を餌と間違えて歯んでいた。
「あら、あの子達全員───食べられちゃったの?」
「みなまで言うなァ~~~~ッ!!」
ロビンは追い打ちをかけるように、
「給気ホースが口の中へ続いているから決定的ね」
「ぎゃあああああああああ!! や~~~~め~~~~ろ~~~~!!」
ウソップがロビンの言葉を打ち消すように叫んだ。
だが、現実は変わらない。カメの口の中には高い確率で三人がいると思われた。
「うわああああ!! ルフィ達はやっぱり食われたんだ!!」
チョッパーが慌てふためき船内を走りまわる。
その時、ガクンと大きく船がカメの方向へと無理やり引張られた。
「当然ね。カメとこの船は繋がってる。ホースを断ち切らない限り、船ごと深海に引きずりこまれるわ」
「いやああああああああああああ!!」
「おい!! クレス!! ロビン!! おめェら強いんだろ!? 何とかしてくれ!!」
「あれはムリよ……おっきいもの」
「オレも無理だ。倒せたとしても、あの巨体だ。時間がかかり過ぎる」
慌てふためく一味とは対照的に、隣のマシラの船では園長(ボス)のピンチに部下達が奮い立っていた。
ウソップはその姿に今やるべき事を見出した。
「そうだ……こんな時だからこそ団結力が試される」
「ウソップ!!」
ナミからの声にウソップが勇み応じる。
仲間の思いは一つの筈だ。
「ホースを切り離し安全確保!!」
「悪魔かてめェは!!」
「悪魔だ~~~~!!」
ウソップがずっこけ、チョッパーが逃げ回る。
それと同時にプツン、プツンと張りつめた糸が切れるような音と共にホースが切断される。
見ればクレスが迅速かつ的確にサバイバルナイフでホースを断ち切っていた。
「お前は何しとんじゃァ!!」
「航海士の言う通りだ。ココは(ロビンの)安全確保が最優先!!」
「あいつらはどうすんだよ!!」
「非常に残念だが、(ロビンの)安全には必要な処置だ。むしろ当然だ」
三本ともホースを切って、クレスはナミにサムズアップ。ナミはよくやったと大きく頷いた。
ウソップ非情な船員たちに涙目になった。チョッパーは相変わらず無駄に走りまわっている。
そんな中、その変異はその場にいる全ての者たちを襲った。
「何が起きた……?」
クレスが困惑の声を上げる。
辺りは闇に包まれていた。いきなり光が遮られ、まるで夜のような暗闇が世界を覆った。
「夜になった!?」
「ウソよ……まだそんな時間じゃ」
「じゃあ何なんだ!! ルフィ~~~~!! ゾロ~~~~!! サンジ~~~!!」
「ロビン……“これ”わかるか?」
「ごめんなさい。私にもさっぱり」
次々と襲いかかる変異に一味は混乱の極みにあった。
隣のマシラの船では何か知っているのか、突然、夜になったことに恐怖していた。
何かの言い伝えか、『怪物』という恐ろしげな単語まで聞こえて来ていた。
「フン!!」
その時、気合と共にメリー号の上に海の中から大きな袋を背負った何者かが投げ込まれ、気絶しているのか力無く甲板の上に落ちた。
「ルフィ!!」
気付いたナミが名前を呼び、頬を打ち強制的に意識を覚醒させる。
それから、ゾロとサンジが自力で船の上に這い上がって来た。カメに食べられたと思っていたが上手く脱出出来たようだ。
「オイコラパサ毛野郎!! てめェよくも勝手に逃げやがったな!!」
「先に行くって言っただろうが」
「聞こえるかァ!!」
サンジが背負った袋を船の上に置くと同時に先に海上へと向かったクレスに文句を垂れた。
「そんな事よりも早く船を出せ!! さっきの奴が追ってくるぞ!!」
「おめェらが無事でよかったぜ!! そうだな早くあのカメから逃げよう!!」
「カメ? いや、猿だ。
船の中が空気でいっぱいになったと思った急に壁を突き破ってきやがって、何事かと思って眺めててら、目を覚ますと同時に殴りかかってきやがった」
「すまん……それたぶんオレのせいだ」
「てめェかァ!!」
「今は喧嘩してる場合じゃねだろ!? 早くココから逃げようぜ!! なんだかヤバいって!!」
「ヤバいって何が……ウオオ!? なんじゃあのカメはァ!?」
「……気付けよ」
一味は取り合えず逃げる事で一致し、錨を上げ、帆を張り、船を動かす準備を始めた。
「ぷは───!! あり? 何で夜なんだ?」
覚醒したルフィが麦わら帽子があるのを確かめながら辺り不思議そうに見渡した。
「ルフィ!! 起きたなら手伝え!! 船を出すぞ!!」
ウソップが疑問符を浮かべるルフィに叫んだ。
その時、ウソップの後からゴリラのような雄叫びが響いた。
「ん待てェ!! お前らァ!!」
海の中から、海水を巻き上げ怒り心頭といった様子のマシラが飛び出してきた。
マシラはドスンとボロボロで下手くそな修繕が為された船の側壁に着地する。
「お前ら……このマシラ様の縄張りで……財宝盗んで逃げきれると思うなよ!!」
力のこもった腕を振り上げマシラが怒声を響かせた。
今にも船上で暴れ出しそうなマシラに一味が警戒を募らせる。
クレスもまた速攻で船の床を蹴りマシラに肉迫しようとした。だが、マシラの更に後ろに現れた影を見て───全身の筋肉が硬直した。
「お……おい……ウソ……だろ?」
その場にいる全ての生物が茫然と息をのんだ。
あるものは恐怖で震え、あるものはその場にへたり込み、またあるものは声を失った。
夜は全てを覆い尽くしていた。ちっぽけな人も、人を乗せた船も、その近くでたむろう小島程ある巨大なカメも。
その中に一際濃い闇があった。
その影を見て確信した。みな平等に等しく、ちっぽけなものだったのだ。現れた“彼ら”に比べて、それ以外の生物は余りに小さい。
「……怪物」
その声は誰のものか。
だが、その言葉はこの場にいるもの全ての心情を現していた。
それは巨大な人影。
巨人族さえも石ころに思える程の、影に包まれた怪物達。
天をも貫くその人影には羽があり、手には何か槍のようなものを持っていた。
その怪物の一人がゆったりと腕に持った槍を小魚でも取るかのように振り上げ……
『怪物だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ───ァッ!!!』
誰もが逃げる事だけを考えた。
クレスもその後の事はあまり覚えてはいなかった。
◆ ◆ ◆
気がつけば夜を抜け、辺りは昼となっていた。
周りを見渡しても異変は無く、青い海と空、そして白い雲が浮かんでいるだけだった。
「ありえねェ……」
「ああ、あのデカさはありえねェ……」
「確かに……もう会いたくはないな」
一味は皆茫然と船の甲板に座り込んでいた。
今日は何かがおかしい。
空から船が降って来て、ログを奪われ、サルベージをして、サルが来て、カメが来て、夜が来て、そして影の怪物が来た。嵐のように次々と様々な事が一味を襲った。
一味はいつの間にか馴染んでいたマシラを蹴り飛ばして退散させ、これからの事を考える事となった。
だが、海底に潜って入手したものは空に関する情報はもってはおらず、クレスの持ち帰った文献からも思うように情報を引きだせなかったので、船の指針について再び頭を悩ませることになった。
「はい。───さっきのおサルさんの船から奪っておいたの」
丁度憂さ晴らしに能天気なルフィを殴りつけたナミに、クレスの隣に座ったロビンが永久指針(エターナルポース)を差し出した。
「私の味方はあなた達だけ!!」
「……相当苦労してるのね」
「その……なんだ。がんばれ?」
ナミは感激のままに永久指針を覗きこむ。
砂時計のような形の永久指針には『ジャヤ』と書かれていた。
「ジャヤ?」
「きっと彼らの本拠地ね」
永久指針を覗きこむナミに復活したルフィが、
「お!! そこ行くのか?」
「あんたが決めんのよ!!」
機嫌が直ってないのかナミが叫ぶ。
他に行くあてもないので、とりあえず一味はジャヤに向かうことにした。
別の島に向かおうとすればログを書き換えられ、空島に行けなくなる可能性もあったのだが、書き換える前に島を出るという事で合意した。
「よォし!! 野郎共行くぞ!! ジャヤへ!!」
一味は『空島』の手がかりを追い謎の島『ジャヤ』を目指す。
あとがき
今回は少し暴走しました。
一味と合流して思ったのですがやはりボケとツッコミって重要ですね。ひしひしと感じております。
何とか上手く、一味にクレスをなじませたいところです。
最近忙しくなってきて更新が遅れそうです。申し訳ないです。
次もがんばります。ありがとうございました。