「おい、本当なんだろうな!?」
「ああ、間違いない!! おれだけじゃない。他に何人も見てた!!」
「クソ!! 逃がしてなるものかよ!!」
「ああ、何としても捕らえて皆の前に晒すんだ!!」
援軍としてやってきた反乱軍の一団は戦場から逸れるようにアルバーナ市内を走っていた。
武装し、戦場へと馳せ参じた彼らがこうして走っているのには意味がある。
この中の何人もが戦場から逃げ出すその男の姿を見たというのだ。
「国王め……ッ!!」
一人が憎々しげに吐き出した。
彼らは偶然戦場から逃げ出す国王らしき男を見つけこうして追っていたのだ。
戦争時に責任者が逃れる事はよくあることだ。だが、だからと言って許容できるものでは無い。
君主としての責任を放りだして逃げ出す。しかもこの反乱を引き起こした張本人が。許せる筈が無かった。
「こっちだ!! この曲がり角の向うだ!!」
目撃した一人が叫んだ。
武装した一団は男の指示した角を曲がり、長い直線となった通りでその姿を発見する。
「いたぞ!!」
一人が指をさした先に、確かにその姿はあった。
威厳ある顔つき。背丈も声色も間違いなく国王の筈だ。
「あん? 見~~~~~つかっちゃったわねいっ!!」
だが、その場にいる全員が首をかしげた。
コブラの服装。何故かボロボロで血が滲んでいる変態チックなバレリーナスタイル。
国王は周り困惑する兵士たちに取り囲まれようというのに、余裕の表情でバレイポーズを取ろうとして、
「んげッ!! ガッチガチじゃないのよう!! もう、なんて不便な身体なのよう!!」
腰を痛めたようにさすった。
「が―っはっはっはっは!! ねぃ? もしかしてアンタ達が探していた国王ってもしかして────」
国王が左頬に触れた。
「────あちしのことかしら」
すると、国王の姿が反乱軍の兵士達の前で大柄のオカマに変わった。
反乱軍達は声を失った。変装なんてレベルでは無い。目の前のオカマは、声も顔も体格もさっきの国王とは全くの別人だ。
「あちしが食ったのは<マネマネの実>!! 右手で触れた人物を完璧にをマネる能力よう!! ドゥ~~? ビビった? ビビった!? が──っはっはっはっは!!」
反乱軍の目の前でオカマは得意げにくるくると回る。
「それにしても、ナノハナでのアンタ達の顔ったら最高だったわよう。み~~~んな!! あちし達の変装に騙てんの!!」
オカマは呆然とする反乱軍達に背を向ける。
「それじゃぁねい!! が──っはっはっはっはっはっはっは!!」
そして物凄いスピードで走り去っていった。
立ちつくす反乱軍の兵士たちはその姿を唖然と見送るしか出来なかった。
「もしかしておれ達は……」
自分達が躍らされていた可能性に気がついた反乱軍たちは青ざめながら呟いた。
「……誰かに騙されていたというのか?」
第二十一話 「奇跡」
「うおおおおおおおおおおおおおおおォ……!!」
クロコダイルが自ら手を下し始末した筈のルフィは、今クロコダイルの最大の壁となって立ち塞がる。
ルフィの拳が唸りを上げた。<ゴムゴムの実>により何処までも伸びるゴムパンチ。間合いを一切無視した攻撃がクロコダイルに向けて迫る。
クロコダイルの弱点である水を持たぬルフィであったが、水を自らの血で代用し、自身の傷口が抉れることも厭わずに戦い続けた。
「小賢しい……!!」
クロコダイルは体を砂へと変えてルフィの拳を避け、毒針を無防備に伸びきった腕に振り下ろす。
振り下ろされる毒針の危険性を本能で察し、ルフィは伸びた自分の腕を引っ張り避けた。そして同時に地面を蹴り、クロコダイルに向けて渾身の蹴りを放つ。
「ぐッ!!」
ルフィの蹴りはクロコダイルに炸裂し、その巨体を向う壁まで吹き飛ばした。
クレスとロビンとの戦いで消耗したクロコダイル。決してその傷は浅くはない。先の戦いでつけられた傷は徐々にクロコダイルを蝕んでゆく。
だが、それはルフィも同じだった。二度のクロコダイルとの戦いにおいて敗北し死地を彷徨ったルフィ。今こうして生きている方が不思議なくらいだ。
「クロコダイル~~~~ッ!!」
「チッ……!!」
がむしゃらに、自らの命さえ省みない猛進を繰り返す。ルフィはただ一念にクロコダイルの打倒のみに動いていた。
クロコダイルを追撃するためにルフィは駆け、更に拳を振り上げる。ルフィの拳は息を荒げ膝をついたクロコダイルの顔を強かに殴りつけ、葬祭殿の壁に叩きつけた。
意識が飛んでもおかしくはない衝撃を受けてもなおクロコダイルは立ち上がる。
「……てめェはどうしてもおれをブチのめしたいらしい。
ならばおれもてめェの執念に報いてやろう。────海賊としてだ」
格下を嘲るモノでは無い、目障りな敵を殺す事を決めた凄惨な顔がそこにはあった。
「おめェのソレ、さっきまでと違うな」
「ああ、毒針さ」
「そうか」
毒針と聞いてもルフィは気にした様子を見せない。
クロコダイルは目の前の新米海賊(ルーキー)に対して鼻を鳴らした。
「一端の海賊ではあるようだな。海賊の決闘は常に生き残りをかけた戦いだ。卑怯なんて言葉は存在しねェ。
地上で爆発が起きればココも一気に崩れ落ちるだろう。これが最後だ。三度目は無い。ケリをつけようじゃねェか」
条件では五分と言える。
だが、何処までもクロコダイルは計算高い。クロコダイルがの毒針は一撃を入れるだけでケリがつく。
くし刺し、生き埋め、干上がり。これらの地獄を生き延びたルフィであっても、この毒を征することは出来ない。一撃でも喰らえば数分もせずに倒れる事となるだろう。
「ゴムゴムの~~~~ォ!!」
ルフィがクロコダイルに向けて飛びかかりながら後ろに向けてゴムの腕を伸ばす。
ゴムゴムの弾丸(ブレット)。ゴムの弾性をフルに生かした渾身の拳。
ブチ当たれば自身を再び吹き飛ばすであろう攻撃を前に、クロコダイルはスッとルフィの拳に向けて渇きの魔手を差し出した。
「くっ!!」
ルフィは咄嗟に放とうとした拳を自身の足の裏で受け止めた。
もしそのままクロコダイルを殴りつけていたならば拳から全身にかけての水分が吸いつくされミイラと化していただろう。
ルフィは空中で体を捻り、鋭い蹴りを繰り出す。ルフィの脚はクロコダイルの額を僅かに掠めるも、決定打には至らない。
クロコダイルは隙だらけのルフィに毒針を振り下ろす。その瞬間ルフィのゴムの腕が伸び、葬祭殿の窪みを掴み間一髪で脱出する。毒針はルフィの変わりに落ちて来た石材を突き刺した。
「……!!」
ルフィはクロコダイルへと視線を向け、その毒針の威力を知った。
突き刺された石材は熱せられた鉄のようにどろどろと鼻を突く異臭と共に熔解していた。
強大な砂の魔物は次の獲物を求るように、口元に残酷な笑みを浮かべる。
「……………」
「……………」
睨み会いは僅かに続き、上から落ちて来た巨大な石材が二人の視線を遮った瞬間に同時に踏み込んだ。
落下してきた石材は墜落と同時に砕け、辺りに小さな礫が水滴のように広がった。
石材を中心として駆けた二人は一直線に敵に向かって接近し、互いの得物を振り上げた。
ルフィは自身の血で濡らした脚。クロコダイルは毒を満たした凶爪。石粒を砕きながら振るわれた攻撃は獰猛な牙となって互いに喰らいつく。
同時に鮮血が舞った。
ルフィの脚はクロコダイルの頬骨を粉砕するような勢いで蹴り抜かれ、クロコダイルの毒針はルフィの肩の肉を抉り取った。
毒の一撃を叩きこみ口角を釣り上げるクロコダイルにルフィは更に激しい攻撃を続ける。
ルフィはクロコダイルの腕を掴み、鉄棒のように回転し、遠心力によって強化させた踵をクロコダイルの首元に叩きこんだ。
強烈な一撃を叩きこまれたクロコダイルは地面に叩きつけられ、膝をついた。
「……ククク」
ダメージは大きくも、膝をついた状況でクロコダイルは不気味に笑う。
「勝負アリだ」
そして勝利を確信した。
クロコダイルの毒針はルフィを深く傷つけた。毒は確実に体内を駆け廻り必ずルフィを殺す。
「お前は何もわかっちゃいねェ」
砂の王国と同じく死の宣告のリミットを受けたルフィはクロコダイルを否定する。
肩口を捉えた猛毒が粟立ちながらその肌を焼き、体内を犯しつつある状況で、ただ前を向いて、倒すべき敵を視界に納め、静かに、力強く。
「おれが……何を分かってねェって?」
クロコダイルの勝利は不動だ。
もはやクロコダイルがこれ以上手を下さずとも、ルフィは傷口から入り込んだ毒によって死ぬ。
「!!」
ルフィの拳が飛ぶ。
クロコダイルは咄嗟に横に跳んだ。死にぞこないとは思えないほどに力強い拳はクロコダイルから逸れるも後ろの落石を砕く。
粉塵を巻き上げながらルフィは疾走する。
「ゴムゴムの銃乱打(ガトリング)!!」
拳の乱打。血で濡れたそれはまるで血の弾幕だ。
クロコダイルは次々に襲いかかる拳を全身を砂に変えて避け、後ろに引いた。
もはやルフィに攻撃する意味すらなかった。
ルフィも時間稼ぎを始めたクロコダイルに気づいているのか獣のような唸り声を上げ、毒が回り始めたにも関わらず追撃する。
「分からねェのか。お前はもう死ぬんだよ。その傷口から入り込んだ毒によってなァ……!!」
「がァ、ッ!?」
「ほら見ろ。そろそろ体がしびれて来たんじゃねェのか?」
クロコダイルは死神のようにルフィの死期を宣告する。
体がしびれ、膝が怯えたように震えたが、ルフィは地面を強く踏みしめそれらをねじ伏せる。
その様子にクロコダイルは僅かに困惑する。ルフィは一切引くということを知らない。命の危機を感じていない訳ではない。やけになっているということでもなさそうだ。
ならば何故、この男は戦うんだ。
「何故だ!! 何故おれに立ち向かってくる!! お前の目的はこの国にはねェ筈だ!! 違うか!?
他人の目的の為に、そんなことで死んでどうする!! 仲間の一人や二人見捨てれば迷惑な火の子は降りかからねェ!! まったくバカだてめェらは!!」
クロコダイルは自身の苛立ちの正体に気づいた。
クレスとロビンを相手にしていた時も感じた衝動。クロコダイルには理解できない行動原理だ。
その考えは間違いである筈なのに、何故コイツ等はここまで諦めずに立ち向かってこれるか。
逃げ出せばいい。見捨てればいい。そうすれば、危険を冒す必要も意味も無くなる筈なのだ。
「……だから、お前は何も分かってねェって言ったんだ」
息を荒げ、よろめきながらもルフィはクロコダイルを今だ強い光を持った目で睨みつける。
「ビビは……あいつは人に死ぬなって言うくせに、自分は一番に命を捨てて人を助けようとすんだ。……ほっといたら死ぬんだよ。お前らに殺されちまう」
「分からねェ奴だ。だからその厄介者を見捨てちまえばいいとおれは……」
「────死なせたくねェから、仲間だろうかァ!!」
それが全ての答えだ。
真っ直ぐに放たれた言葉にクロコダイルは僅かに気圧された。
クロコダイルが示した言葉は最も効率の良い手段の筈であった。
力の差は明確。弱き者は死んで当然。手を貸すこと自体が無意味。ならば初めから見捨てれば余計なリスクを背負わずに済むのだ。
だが、クロコダイルよりも遥かに格下の筈のルーキーはその考えを一蹴する。クロコダイルにも勝るとも劣らない強靭な意志で。
「だから、おれ達は戦う。あいつが国を諦めねェ限り、おれ達も諦めねェ!!」
「……たとえ、てめェらが死んでもか?」
「死んだ時は、それはそれだ」
ルフィは海賊だ。
海に夢を求め、命を預けた。己の死は既に許容していた。
そして再び、ルフィは拳を構える。────だが、毒に犯された体はそれを拒むように膝を地面に落とした。
「ウ゛、ウウ゛……!!」
ルフィが苦しげな呻き声を上げる。
クロコダイルの毒は確実にルフィを蝕み、喰らいつくしたのだ。
「ク、ククク……クハハハハ……!!」
地面に這いつくばるルフィにクロコダイルがいつもの余裕を取り戻す。
「このおれに勝てるかどうかだ!!」
そして自分の正しさを宣言する。
「お前がどれ程仲間を想おうと、お前がどれだけおれの計画を阻もうと立ち回ろうとも、ココでおれに勝てなければ、てめェらが今までやって来た全てが水の泡だ!!」
ルフィの言葉は弱者の戯言だ。
海のレベルを知らず、己の力を過信する。“夢”や“野望”を実現できるのはいつも強者。理想を描くことは勝者のみの特権だ。
「所詮、てめェのようなかけ出しの海賊が楯突いていい相手じゃなかったのさ。どうしようもねェ事なんざこの世に腐るほどある」
高笑いを上げながらクロコダイルは自身の強さに酔いしれる。
そして、空を仰ぐように両手を広げた。
「終わりだ。てめェも、この国も!!」
上の戦場で起こる広場の砲撃を持って、アラバスタはクロコダイルの手に落ちる。
崩壊のリミットまでは既に秒読みだった。
◆ ◆ ◆
翼は戦場を駆ける。
砲撃を阻止するためにビビとぺルは最速で時計台へと向かっていた。
「ビビ様見えました!!」
王女を背に載せたぺルが目的地の接近を告げる。
「お願い、間に合って……!!」
ビビはぺルの背中にしがみつきながら必死で祈った。
現在は時刻は四時二十九分。クロコダイルが告げたリミットまで後僅か一分。
ビビとぺルはその時刻をを目前の時計塔で確認する。すると、その時計塔の時計盤が擦れるような音と共に開き始めた。
「ゲ―ロゲロゲロゲロゲロ」
「オホホホホホホホホホホ」
開いた時計盤の向うから笑い声と共に銃を持った二人が現れる。
蛙をイメージした格好をした女と、似非貴族のような男だ。二人とも手には個性的な銃を持っていた。
「Mr.7!! ミス・ファザーズデ―!!」
その見覚えのある顔にビビが確信する。
砲撃はあそこからおこなわれる。それは正しく、Mr.7ペアの後ろには巨大な砲台があった。
「奴らは?」
「バロックワークス随一の狙撃手ペアよ。彼らがココにいるということは砲撃はあそこからで間違いないわ!!」
「ならば急ぎましょう!! しっかりと掴まっていてください!!」
ぺルが両翼で風を掴んだ。
巨大な隼はまるで放たれた矢のように一直線に時計台へと向かう。
だが、狙撃手ペア達の鋭い眼は遠方から接近するその姿を補足した。
「ゲロゲロ!? Mr.7!! 何か巨大な鳥がコッチに向かってくるわ!!」
「オホホ!? もしや、背中の影はミス・ウェ~~~~ンズデイ!!」
「あたし知ってんの!! アイツ確か組織の裏切り者よ!!」
狙撃手ペアは接近するぺルとビビに向かって手に持った得物を向けた。
アジャスト。“黄色い銃”“ゲロゲロ銃”。空を飛ぶ鳥に照準を合わせ、同時に引き金を引き絞る。
「「スマッシュ!!」」
放たれる弾丸。
狙撃手ペアの弾丸は特別製だ。標的に着弾すると同時に破裂する。
「気付かれた!!」
「ッ!!」
ぺルは咄嗟に旋回し弾丸を避けた。
狙撃手ペアは避けられた事を驚きつつも装填された次弾で再び狙い撃つ。
ぺルが逡巡する。今のぺルは背中にビビを乗せた状況だ。弾を避けようと無理やりに動けばビビは振り落とされてしまう。
しかも、時計塔から狙撃を仕掛けてくる二人はかなりのやり手だ。ぺルの軌道を予測して正確に照準を定めてくる。このままではいずれ撃ち落とされてしまう。
「ぺル!! 私の事は気にしないで!!」
「しかし」
「今はそんなときじゃない!! 一刻も早く砲撃を止めるの!! 私を信じて飛んで!!」
ぺルは王女の言葉に腹を括った。
「行きます!! 振り落とされないように!!」
「ええ!! 望むところよ!!」
ぺルは飛来した弾丸を急上昇して避け、空気の層を破るような勢いで一気に空を駆けた。
手加減は無し。祖国を救うことに全力を尽くす。王女はそれだけを望んでいた。
「ゲロ!! 何て速さ!!」
「オホ!! 撃つのです!! 砲弾の発射までは秒読みです。これさえ放てば我々の地位は安泰なのです!!」
狙撃手ペアは最大の出世の機会を目の前に、自身をも殺す砲弾を守り続ける。
次々と放たれる弾丸の中をぺルは駆け抜けた。
一発も喰らうわけにはいかなかった。背中には守るべき王女。一撃を貰えば必ず体制が崩れる。そうなれば背に乗った王女は振り落とされてしまう。
だが、狙撃手達の弾幕は厚い。たとえぺル一人であったとしても時計台というシェルターに守られた狙撃手達に近付くのは困難を極めただろう。
「ぺル、出来るだけ近づいて上昇を」
鋭い声で背に乗った王女が指示を飛ばした。
ぺルはその力強い声に反応する。ミサイルのような勢いで時計塔へと迫り、怯んだ狙撃手達の前で宙返りを果たし、視線を釘図けにする。
「逃げても無駄!!」
「逃がしませんよ!!」
狙撃手達は太陽を遮るように宙返りを果たしたぺルに銃口を向け、そしてそこにいる筈の人物が消えていることに気がついた。
「孔雀一連(クジャッキーストリング)────」
狙撃手ペアの正面に飛来するビビの姿があった。
ビビはぺルが空へと舞い上がると同時にその背を蹴って、狙撃手達に肉薄したのだ。
両手に武器を構え、ぺルに気を取られ隙を見せた狙撃手達に渾身の一撃を叩きつける。
「────スラッシャ―!!」
鞭のような数珠つなぎの円刃が狙撃手達に襲いかかる。
狙撃手達は咄嗟の判断で身を伏せ、間一髪回避を果たした。
「ゲロゲロ、残念!!」
「オホホ、外したな!!」
狙撃手達はビビに向かい銃口を向け、引き金を引こうとして、
「逆流(ランバック)!!」
逆流のようにに舞い戻ってきた円刃にその身を斬り裂かれた。
ビビの一撃により狙撃手達は意識を失い、時計台の下へと落ちて行った。
「…………!!」
ビビは倒した狙撃手達に目もくれずに時計台の中にある巨大な砲台へと走った。
既に砲台へと続く導火線には点火されており、一刻も早く火を止めなければ砲弾が発射されてしまうのだ。
ビビは<孔雀スラッシャ―>を振るう。ビビが振るった円刃は着々と進む崩壊の火を────直前で断ち切った。
◆ ◆ ◆
「オイ、ウソップ!! ビビちゃんは!?」
「分からねェ……時計台の中だ」
戦場に紛れ込んだバロックワークスの社員達を駆逐したサンジは時計台から砲台が覗いたのを見て全力で駆けつけた。
手当たり次第に辺りを探し続けたウソップ、ナミ、チョッパーの三人もまた時計台の前へとやって来ていた。
四人の前方にはついさっき落下してきたバロックワークスの狙撃手であろう二人組が気を失って倒れている。
「サンジくん、ゾロは?」
「いや、知らねェ。走っている内にはぐれた」
「はぐれたって、迷子かよ!?」
「────お、何だてめェら早かったな」
「ゾロ!?」
「ちょっと、ゾロ何処行ってたのよ!?」
「西って言ってたから……左に」
「奇跡だァ!!」
「……あんたよくそれで辿りつけたわね」
「うるせェ、何か知らねェが海軍が案内してくれた」
「何で海兵が?」
「知らねェよ。それよりも砲撃はどうなったんだ?」
「分かんないの。どうやら、Mr.ジョーカーの言う通りこの上にあったみたいなんだけど、肝心のビビがいつまでも顔を出さないの」
一味は時計台を見上げた。タイミング的にはギリギリだったがおそらく間に合っていた筈だった。
ビビが導火線を断ち切るのを目にし、一安心して新手がいないか時計塔の周りを哨戒していたぺルも、心配しビビのもとへ向かおうと翼を羽ばたかせた。
「ビビ様、どうか為されましたか?」
翼をたたみ、時計台の中へと入り込んだぺルは砲台の前で茫然と立ち尽くすビビに声をかけた。
「ぺル……どうしたらいいの」
混乱した様子のビビは、錯乱しながら声を張り上げた。
「砲弾が時限式なの!! このままだと爆発しちゃう!!」
◆ ◆ ◆
「なんと卑劣な……!!」
「せめて周到だと言って欲しいな、Mr.コブラ。作戦ってのはあらゆるアクシデントを想定し実行すべきだ。
時間までに砲撃手のみに何かが起きたとしても『砲弾』は自動で爆発する。なァに、時差はほんの数分さ。広場のど真ん中に打ち込みてェとこだったが、まァ、あの場所でも支障はあるまい」
何処までも狡猾なクロコダイルにコブラは悔しげに歯を噛みしめる。
クロコダイルの計画の核は何処までも自分だ。打ち立てたバロックワークスという組織も、選りすぐりの部下達も、積み上げた計画も、全てがクロコダイルを中心として回っている。
全ては掌の上の出来ごと。多少の歪みなど初めからものともしない。計画の部品が狂ったところで、その中心にクロコダイルが君臨し続ける限りものともしないのだ。
他者を喰らい続ける砂の魔物は常に自身の野望の為に行動する。広場の砲撃はその事を実に雄弁に語っているといえよう。
「さァ、祝ってくれたまえ。新しい王の誕生を」
◆ ◆ ◆
カチカチカチカチカチカチ……。
機械的に秒針は確実に時を刻んでゆく。
「いったいどこまで人をあざ笑えば気が済むのよ!!」
ビビは握りしめた拳を床に叩きつけた。
時差は僅か数分。砲撃手を倒そうとも結局砲弾は爆発する。直径5キロを吹き飛ばすという爆弾ならば必然的に広場全体を破壊するだろう。
絶望に沈むビビ。掴もうとしていた希望を砕かれたその姿はクロコダイルにとっては最高の愉悦となったであろう。
ビビに国は救えない。巻き込んだ仲間たちを道ずれに、無駄な犠牲者を増やし、最後に全てを奪い取られる。
閉ざした目の中にはあの耳障りな高笑いが響いていた。
「────懐かしい場所ですね。ココは」
ぺルのやさしげな声はビビの中で残響する高笑いを覆い隠した。
「砂砂団秘密基地。幼いころのあなたにはよく手を焼かされました」
幼き日、やんちゃだったビビは日ごろから近づくなと言い聞かせられた弾薬庫に忍び込んで、ぺルの為に花火を作ろうとした。
だが、失敗し、爆発事故を起こしてしまった。幸い怪我は小さく大事には至らなかったものの、ぺルは言いつけを破ったビビを平手で打ち、強くしかりつけた。
王家に手を上げたことに周りの家臣たちがざわめく中、ぺルは膝をつきビビに視線を合わせて、誰よりも心配そうに哀しくもやさしい顔でビビに言った。
────けがで済まなかったらどうするのです。
その日、ぺルは落ち込んだ王女を慰めるために王女を背に載せて飛んだ。
高く、何処までも高く。輝く太陽に手が届きそうな程高く。
「ビビ様……私は」
ぺルはビビが幼いころから変わらない表情で、泣き崩れそうな王女に向けて微笑んだ。
「あなた方、ネフェルタリ家に仕えられた事を、心から誇らしく思います」
その言葉に、ビビはこれからぺルがしようとした事に気がついた。
ぺルはアラバスタを破壊する砲弾へと歩み寄る。ビビがぺルに向けて声にならない悲しみをぶつけようとした時、
カチカチカチ、
カチカチカチ、
カチ、カッカッカッカカカカ……。
ガ、ガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ、ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ……
「!?」
まるで歯車が狂ったかのような不気味な音が砲弾に取り付けられた時限装置から響いた。
「────!!」
ぺルが目を見開いた。
時限装置の針が時に逆らうように、無理やりに逆走し始めたのだ。
それはまるで錆ついた歯車のように、装置自身が壊れてしまいそうな音を響かせ回っていった。
あざ笑う悪魔のように進む針。逆走する針は今にも折れてしまいそうな気がした。
「ビビ様!!」
ぺルはせめてものとの思いで、大きな両翼を広げビビを覆った。
時計の針は臨界間際のように終わりを目指して、────そして。
◆ ◆ ◆
「……クックックック」
陶酔するクロコダイルに冷や水を浴びせかけるようにくぐもった笑い声が響いた。
その笑いはやがて大きさを増し、葬祭殿の中を覆った。
「何が可笑しい、エル・クレス。……心配しなくても、てめェらはちゃんと殺してやるよ」
クロコダイルは突如笑いだしたクレスに視線を向けた。
ロビンと共にルフィとクロコダイルから離れた場所で壁に背中を預けながら座っていたクレスは、口元を歪めながら言葉を為した。
「哀れなもんだな。空虚な高笑いってのは」
「何?」
クレスは指先で上を指した。
「直ぐに分かる。いや、理解するハメになる」
◆ ◆ ◆
「え……?」
ぺルの羽に包まれていたビビが茫然と声を漏らした。
時限装置が作動し、もはや打つ手がなくなった。それをぺルが自身の身を呈して守ろうとしたのだが、装置が急に暴走した。
全てが終わった筈だった。だが、ビビは今だ自身を包む羽の温かさを感じていた。
「ぺル……?」
夢とも疑いぺルに声をかけた。
「ビビ様」
声は返ってきた。
ぺルも混乱している様子だ。
「どうなったの?」
「……分かりません」
ぺルは羽をしまう。
ビビは恐る恐る、砲弾の方へと歩み寄った。
「これは……」
砲弾に取り付けられた時限装置。
暴走し、逆走したそれは、0を示す直前で完全に停止していた。
壊れてしまったのかは分からないが、どうやらもう動き出すことはなさそうだった。
「助かったの?」
今だ信じられない様子だ。
そんなビビにふと部屋の片隅に目を向けたぺルが声をかける。
「ビビ様」
ぺルが部屋の片隅に置かれていたモノに気づきビビに声をかけた。
それは偽装が為された箱で、ぺルも気付く筈がないものだったが、Mr.ジョーカーのメモの一文がふと頭によぎった。
クロコダイルは間違いなくアラバスタの民を殺すつもりだった。砲弾は間違いなく爆発した筈だ。だが、それは阻まれた。
阻まれたということは、阻んだ誰かがいる筈なのだ。
ぺルはゆっくりと箱を開けた。
そして、箱の裏に張り付けてあったメモが目に入った。
『砲弾は止まっている。箱の中身は使ってもいいし、使わなくてもいい。迷惑をかけた』
見覚えのある筆跡でそう書かれていた。
ぺルとビビは箱の中身に目を向けた。
「何……これ」
そこにあったものはバロックワークスの社内情報だ。
かなり秘密度が高く、資金繰りや取引先のリストまであった。
もし、これを海軍にでも持ちこめば、バロックワークスは一気に瓦解するだろう。
「どういうことだ……」
ぺルもまた茫然と呟いた。
王国最大の危機を回避出来たのかもしれない。だが、Mr.ジョーカーの行動の意味も分からない。
思えば彼らの行動は不自然な点が多過ぎた。握らされたメモにしても、ぺルの息の根を止めなかったことにしても。
それはまたビビも同じだ。あざ笑うような行動をとっていた筈の二人。だが、その裏では致命的な情報をリークしたり、一度命も助けられた。
その真意は分からなかったが、ただ一つ言える事は、彼らはクロコダイルとは別の思惑で動いていたということだけだ。
「────ビビ!!」
しばし硬直していたビビは仲間からの声で我に返った。
砲撃は止まった。ひとまず危機は去ったのかもしれない。だが、今だ広場では兵士達が狂気を振りまきながら戦い続けている。
「みんな!!」
時計台から顔を出してビビは仲間たちに告げた。
「どうなったんだ、ビビ!! 砲撃はもう大丈夫なのか!?」
「……ええ。おそらくは大丈夫な筈。でも、戦いが終わったわけじゃない」
そこで僅かに言い淀んだ。
ビビは仲間たちに向けて助力を懇願しようとしたのだ。
バロックワークスとの激戦を潜り抜けた仲間たちはもうボロボロだ。
それを推して更に手を貸してほしいというのは、余りにも酷なことだ。
「分かったわ!! コイツ等に殴ってでも戦いをやめさせる!!」
「………!!」
ビビは仲間達からの言葉にビビは一瞬涙ぐんだ。
だが、それを堪えて言葉を紡ぐ。
「ありがとう!!」
仲間たちはその様子に気づき、いつものように言葉を返した。
「……余計なこと考えないの。あんたはこの戦いを止める事だけ考えてればいいんだから」
「その通りだぜビビちゃん!!」
「……どうせ乗りかかった船だ」
「よーし!! 援護はおれに任せとけ!!」
「おれも頑張るんだ!!」
そして再び戦場に向かう。
仲間の為、命を賭けて、アラバスタを救うために。
「ぺル」
「はッ!!」
ぺルは翼を広げる。
「我、アラバスタの守護神ファルコン。
この両翼、この命、我が全霊をもってあなた様をお守りいたしましょう」
ビビは頷き、その背に乗った。
そして時計台を後にし、戦い続ける国民達のギリギリまで近づき、戦いを止めるために大声で叫んだ。
────戦いを止めて下さいと。
◆ ◆ ◆
「やってくれたな……!! オハラの悪魔共がァ!!」
激昂するクロコダイルの叫びが崩れゆく葬祭殿の中で響いた。
その身からは空間を歪めかねない程の殺気が迸しっていた。
「残念だったなワニ野郎。これでてめェの“理想郷”とやらも御破算だ」
クロコダイルが兵士たちを殺すのには当然意味があった。
人口が100万人を超える大国アラバスタ。一人一人の力は及ばずとも、集まればそれは十分な脅威だ。
計画上、コブラを宮殿で晒しものにした瞬間からある程度は真実が露呈するのは仕方がない。広場での戦闘でも誰かが生き残るだろう。そのための砲弾だった。
広場で爆発が起こり、その場にいる全ての者たちを亡き者に出来れば、証拠の隠滅と共にこの先脅威となる可能性がある者達をあらかじめ始末することが出来るのだ。
そうすれば、クロコダイルが皇帝としてこの地に君臨し、海賊達を招いて巨大な軍事国家を築こうとも問題無くスムーズに事が進む筈だった。
だが、爆発が起こらず、目的の古代兵器も手に入らず、真実を知る王女が確かな証拠と共に生き残れば、それはクロコダイルが懸念していた最悪のケースとなりえた。
「まったく、苦労したよ。お前の目を欺くのには。
だが、時限爆弾ていう存在が仇となったな。爆弾って奴の取り扱いは難しい。そして爆発させてみないと成功かどうかはわからない」
斬りつけるように鋭くクレスは言葉を紡いでいく。
「そして最大の原因は、お前自身の強烈なエゴだよ。
そもそもが両軍に紛れ込んだ社員たちごとを爆破しようっていう砲撃だ。社員達に告げる情報もそれぞれに分断させて機密性の高い情報として流していた。
まぁ、当然だな。作動すれば自分が殺されるようなものをホイホイと暢気に放つ訳が無い。知られれば当然疑念も生む。社員たちからお前に行き着いた情報では完璧だったんだろうよ。故に付け入る隙はあった」
クレスは砲弾がアルバーナへと運ばれる際に船に入り込んだ。
その際に爆弾に手を加えた。その事は社員達に目撃されている。
社員達は報告書にはこう記した。
「任務は完了しました」
バロックワークスは秘密結社。
社訓は“謎”。社員にはただ任務を遂行することのみが求められる。
故に、例えば急にクレスが事前の報告なしに任務に参加したとしても詮索することは許されず、社員達はいつものように報告をおこなうのみだった。
しかも、ロビンはクロコダイルより大部分の指揮権を委ねられている。秘密を是とする組織の形態を逆手にとればこの程度の事は容易い。
「お前は他人を一切信用せず、駒のように扱っていたが故に付け込まれたんだ」
クレスの言う通り爆発は起こっていない。それが何よりの証拠であった。
地面を砕きかねない程に踏みつけながらクロコダイルがクレスとロビンに迫る。
「それがどうした!! てめェのそれはただの自己満足に変わりねェ。おれ自らに命を絶たれる未来を選択したまでだ。
ハッ!! てめェらが小賢しくも動き回った結果もそうさ。おれはこうして勝ち残る!! おれさえいればこんなチンケな国なんぞどうにでもなる!!」
「別に、自己満足の為だけにお前にベラベラとこんなナリで話した訳じゃねェよ」
息まくクロコダイル。
だが、クレスとロビンの視線はクロコダイルには向いていない。
クロコダイルの更に後ろ。クロコダイルが過去の存在として忘却しかけている者へと注がれていた。
「言ってみれば、ただの時間稼ぎだ。お前の相手はオレ達じゃない」
「なに?」
クレスはクロコダイルの背後を指示した。
「まだ、あの男だ」
クレスの言葉にクロコダイルは背後へと振り向いた。
そこにその男はいた。
クロコダイルの理解を越えた存在。
三度に渡る致命傷を受けてもなお立ち上がる新米海賊(ルーキー)。
<麦わら>モンキー・D・ルフィ。
「お前なんかじゃ……おれには勝てねェ……!!」
今にも死にそうな様子だった。
クロコダイルは再三にわたり立ち向かってくるルフィに驚愕しながらも、今にも倒れそうな姿にうすら笑いを浮かべた。
「ク、クハハハハハ……!! やっと絞り出した言葉がそれか。今にもくたばりそうな負け犬にはお似合いの根拠もねェ虚勢だ!!」
果たしてそれは虚勢か。
嘲るクロコダイルに対し、ルフィは己の中に打ち立てた決して砕けぬ夢を口に為す。
それが今にも倒れそうなルフィをこうして立たせていた。
その夢。海に夢を見た誰もが描いた夢。高く険し過ぎるが故に誰もが諦めて行く夢。
「おれは海賊王になる男だ……!!」
誰よりも自由な海の王。
ルフィは幼き時に命を助けられた恩人に誓ったのだ。
「いいか小僧、この海をより深く知る者程そういう軽はずみな発言はしねェもんさ。言った筈だぞ、てめェのようなルーキーなんざこの海にはいくらでもいると!!」
クロコダイルは再び毒針を振るう。
夢見がちな哀れなルーキーに先駆者として海の厳しさと、その身の矮小さを刻みつけるために。海のレベルを知れば知るほど、そんな夢は見れなくなるものだと。
ルフィを突き破る勢いで振るわれた毒針。
鋭いその一撃を今に倒れそうなルフィは何処までも強い光を目に灯して真正面から立ち向かう。
カウンターのように振り上げられた血まみれの素足が鉤手を掴んだ。ルフィは全身の力を動員し、そのまま毒針を踏みつけ、根元から叩き折った。
「……おれはお前を越える男だ」
その瞬間クロコダイルが抱いた感情は恐怖か、計り知れないルフィの執念に砂の魔物の全身が震えた。
「うあああああああ!!」
絶叫。
魂からの叫びと共にルフィの強烈な拳がクロコダイルに突き刺さる。
貫かれるような衝撃にクロコダイルが身体をくの字に曲げる。
「オオォ!!」
頭が下がったクロコダイルに強烈な蹴りが叩き込まれ、その体が宙を舞った。
「あああああ!!」
地面に倒れる寸前。ルフィはゴムによって伸ばした拳を鉄槌のようにクロコダイルに叩きつける。その拳はクロコダイルごと床を砕いた。
底知れぬルフィの力にクロコダイルは悶絶した。
「このガキの何処にまだこんな力が……。サソリの毒は間違いなく効いている筈……!!」
何処からだ。
何処から完璧だった筈の計画が狂ってしまったのか。
クロコダイルは気付かない。他者を見下すその傲慢が彼の計画の狂いを招いたことに。
その狂いはもはや致命的で、計画を打ち立てたクロコダイルであろうと制御不能であった。
「何処の馬の骨ともしれねェ小僧が……!!」
クロコダイルの折れた鉤手から更に刃が現れた。
周到な砂の魔物はそれらの考えを打ち消した。壊れたならばまた作ればいい。こうして自身が君臨し続ける限りまだ終わってはいない。
「このおれを誰だと思ってやがる!!」
「お前が何処の誰だろうと!!」
突き出された刃を潜るようにルフィは避けた。
「おれはお前を越えて行く!!」
打ち立てた夢の為。
たとえ目の前に誰が立ち塞がろうが乗り越える。ルフィに取ってそれが誰であろうと関係ない。
全力で戦い勝つまでだ。
ルフィは勢いよく脚を振り上げる。クロコダイルの胸に衝撃が走った。
振り上げた脚はクロコダイルを葬祭殿の天井近くまで打ち上げた。
「コノ聖殿と共にさっさと潰れちまうがいい!!」
打ち上げられたクロコダイルはそれを勝機と見た。
宙を舞う状況で幾重にも重ねた砂嵐を掌に生みだす。重みを持った砂嵐。叩きつければ葬祭殿ごと目障りな者達を押しつぶすだろう。
「砂嵐(サーブルス)!!」
そしてクロコダイルは生みだした砂嵐を叩きつけようとして、
「!!」
その掌を飛来したサバイバルナイフに突き刺された。
掌は解放寸前だった砂嵐と共に四散する。クロコダイルはそれを為した男の名を叫んだ。
「エル・クレス……ッ!!」
「そろそろ退場だ、クロコダイル!!」
そしてクロコダイルは自身に向かって猛烈に回転しながら肉迫するルフィを見た。
「ゴムゴムの……!!」
「砂漠の(デザート)!!」
クロコダイルは自身の腕を砂の金剛の刃へと変化させる。それは大地を割るクロコダイルが持つ最強の宝刀だ。
対するルフィは吹き荒れる暴風。ゴムのエネルギーを全て解き放ち、その身を荒れ狂う嵐と化した。
「金剛宝刀(ラスパーダ)────!!」
「────暴風雨(ストーム)!!」
ルフィの血で濡らした拳と、クロコダイルの砂の刃がぶつかった。
大地を割る砂の宝刀は握りしめられた拳に触れた瞬間砕け散った。
クロコダイルの表情が驚愕で染まった。磨き上げた最強の刃も、拳と共に固く握りしめられた意志には届かない。
一発。また一発と、拳の豪雨がクロコダイルを襲う。
砂の魔物はその猛攻を前に、意識を飛ばした。
「ああああああああああああああああああ!!!」
咆哮しながらルフィはクロコダイルを殴り続ける。
砂の肉体は悲鳴を上げた。止まぬ拳の豪雨は上層へと続く岩壁をも打ち砕き、やがて地上へと突き抜けた。
砂の魔物は拳と共に握りしめられた若き海賊のゆるぎない意志に敗北したのだ。
◆ ◆ ◆
「戦いを止めて下さい!! 戦いを止めて下さい!!」
翼の生えた背に乗った王女の叫びが戦場に響く。
だが、広場で戦う兵士たちにその言葉を届かせることは難しい。
問題は吹き荒れる塵旋風だ。
塵旋風が兵士たちの視界を覆い、狂気に陥れている。
強行する兵士たちにはもはや目の前の敵しか映っていない。
「戦いを止めて下さい!! お願いです!! 戦いを止めて下さい!!」
ビビの叫びをぺルは悲痛な思いと共に聞き続ける。
広場は混乱の最中だ。たとえぺルが指揮官として国王軍に停戦を呼び掛けてもその指示がいきわたることはないだろう。
ぺルはビビの声をいき渡らせるためになるべく低く滑空する。だが、それでも王女の言葉を届かせることは難しい。
その時だった。
ぺルが一瞬眉をひそめた。見間違いかと思ったからだ。
だが、それは核心に変わった。
塵旋風が吹き荒れる戦場に、ありえない筈の異物が混入していた。
薄く、目を凝らさなければわからないほどに広がった靄。それが戦場に行き渡るように広がっていったのだ。
霧。
上空にいるぺルとビビだけが気付けた。今まさに戦場は薄い霧で覆われているのだ。
「いったいなぜ霧が……?」
そしてそれは一瞬だった。
広がった霧がまるで質量を持ったかのように重くなり、いきなり上昇し舞いあがったのだ。
いきなり下から吹き付けた上々気流にぺルが煽られ、一瞬だけその羽を揺らした。ぺルは風を制御し体制を立て直す。
そして辺りを見渡し言葉を失った。
「……塵旋風が消えた」
今まで砂が吹き荒れていた戦場は既になく。辺りは澄んだ空気で満ちていた。
クリアになった世界。兵士たちは徐々に視界と共に理性を取り戻す。それは奇跡か、通り過ぎた霧は塵旋風を清め払ったのだ。
その時戦場の片隅で一人の男が誰にも気づかれる事無く微笑んでいた。
「そう、諦めるのはまだ早い。諦めない限り奇跡というものは輝き続けるもんだ」
そして男は空を仰いだ。
これから起こる砂の王国が生んだ奇跡を歓迎するように。
澄んだ遮られる事の無い視界の中で爆発のような地鳴りと共に街の一角が吹き飛んだ。
巻き上がる砂煙と共に現れたのは、王国を喰らいつくそうとした砂の魔物。その体に力はなく、気を失い身体が巻き上がった衝撃に煽られていた。
その姿を目撃した一味は一瞬言葉を失った。
「見たか?」
「……ああ」
「何であんなとこから飛び出してくるかは分からねェが……」
「そうさ、とにかく!!」
ビビの為、兵士たちを鎮圧していた仲間たちは一斉に核心し、歓声を上げた。
「「「「「あいつが勝ったんだ!!」」」」」
「ルフィさん……」
ビビはぺルの背中で呟いた。
ルフィは約束を果たしクロコダイルを打倒した。
もう敵はいない。王国は救われた筈なのに今だ無意味な戦いは続いていた。
空気が澄み渡って視界が確保されたことによって真実を知る国王軍から先にビビとぺルの姿を目撃し、耳を傾けていった。
だが、それだけでは戦いは止まらない。目の前の敵は今まさに武器を振り上げ自身を殺そうとしているのだ。そんな中でいきなり戦いを止められる筈もない。
反乱軍の援軍の集結は何故か遅れていて、今のところ国王軍と反乱軍の兵力は均衡している。だが、時が経てば経つほど、この無駄な戦いの犠牲者は増えてゆく。
「これ以上血を流さないで……!!」
ビビは声を張り上げた。
大空高く。何処までも響くよう祈りを込めて。
「────戦いを止めて下さい!!」
その祈りは空高くに舞い上がる。
そして、幾代にも語り継がれる奇跡の幕が上がる。
その奇跡に真っ先に気がついたのはバロックワークの凶弾に倒れたコーザだった。
手当てをする仲間を振り切り、重症にもかかわらずコーザは手袋を脱ぎ捨て、その奇跡を受け止めた。
────疑うなコーザ。
砂の王国が生んだ奇跡は狂気に怯えた大地を洗い流す。
「……戦いが終わる」
コーザは血で濡れた口で呟いた。
そして父であり、誰よりも砂の王国を信じ続けたトトの言葉が呼びがえる。
────雨は降る。
それは砂の王国が流した悲しみの涙のように。
徐々に勢いを増した大地の恵みは狂気に包まれた戦場に降り注ぐ。
兵士達が持つ武器に迷いが生まれた。刃は力なく彷徨い、火薬は濡れて用を為さない。
誰もが待ち望んでいた雨。誰にも阻まれることの無いその雨は乾いた戦場を潤してゆく。
「もうこれ以上戦わないでください!!」
響き渡った声に狂気が払われた民たちは空を見上げた。
そしてそこに空を駆ける騎士に守られた王女の姿を見た。
ビビの声は届いたのだ。不在だった王女の姿に民たちはざわめいた。
「今降っている雨は昔のようにまた降ります」
声を震わせながらもビビはやっと届いた声を行き渡らせる。
「……悪夢はもう終わりましたから」
◆ ◆ ◆
「まさかとは思っていたが……勝っちまいやがったか」
「ほんと……嘘みたい」
七武海の一角クロコダイルを一介海賊しかもルーキーが打ち倒したという事実にクレスとロビンは茫然と言葉をを漏らした。
二人が麦わらの一味に目を付けたのは偶然だった。
恩人と同じ『D』の文字をその名に刻む少年。このどこか引きつけられるような魅力を持った少年ならば何かしてくれるのではなか。そんなどこか気まぐれにも似た感情だった。
二人の視線の先で力を絞りつくし空中に身体を投げ出したルフィが落下してくる。
「六輪咲き(セイスフルール)」
ロビンが能力で腕を咲かせ、クロコダイルに打ち勝ったルフィを受け止め、そっとルフィを横たえた。
地面に横たわるルフィに同じく茫然としていたコブラが駆け寄った。
「これを飲ませてあげなさい」
咲かせた腕でロビンはコブラに小瓶を手渡した。
「毒消しよ。それでクロコダイルからの毒を中和出来る筈」
「嘘はない。オレ自身の身体で効力は実証済みだ」
「……分かった」
コブラは意識を失ったルフィに毒消しを飲ませた。
気力が尽き、小刻みに震えていたルフィの身体は徐々に落ち着きを取り戻した。どうやら中和は成功したようだ。
「何故、嘘をついた」
コブラは組織を裏切り死闘を演じた二人に問うた。
「……イジワルね。知っていたの?」
「その石には国の歴史など刻まれていはいない。
お前たちの欲しがる"兵器"の全てが記してあった筈だ。その在処も。クロコダイルにそれを教えていれば、その時点でこの国はあの男のものになっていた。違うか?」
「……私たちはもともとクロコダイルに兵器を渡すつもりも無かった。この国をどうこうするつもりも、興味もなかった」
「ならば何故、裏切り、戦ったのだ」
分からないというコブラの問いにクレスが答えた。
「クロコダイルとは違い、オレ達はオレ達の目的の為に動いた。ただ、そこに至るまでに全てを切り捨てる事が出来なかった。……そう言ったら信じるか?」
「……たとえ嘘でも、私は君たちが言った言葉を受け止めるしかない」
「そうか」
人というのは残酷だ。
例えば歴史的な悲劇が起きたとしても、それに自分が関係していなければただの傍観者にかわりない。
感情を抱くことも無く、事実として機械的に受け止め、ただの情報としてやがて記憶の中に埋もれてゆく。
それはクレスとロビンも同じだ。もし今回の事件に自分達が関わっていなければ、そう受け止めただろう。
だが、こうして主体的に関わってしまった。間接的ではあったが自らの意志で手を下し、顔も知らない誰かを殺した。その事に少なからず抵抗はあった
「……あんたんとこの王女様に昔の自分達を見てしまったのかもしれないな」
クレスはぼんやりと浮かんだもう一つの考えを口にした。
外からやって来た敵は強大で全てを奪っていく。
圧倒的な力に大切な者を蹂躙され、自らの力は小さ過ぎて何もできない。
皮肉なことだ。夢の為と嘯いて、確かな意志を持って、二人は過去の自分とは真反対の絶望を与える側に回ってしまっていた。
「……わからんな。何故そこまでしてココに来たのだ」
「……予想と期待は違うものよ。私達が求めていたのは『真・歴史の本文(リオ・ポーネグリフ)』。世界中に点在する『歴史の本文』の中で唯一“真の歴史”を語る石」
「真の歴史だと? どういうことだ」
コブラは問いかけたが、ロビンは頭を振った。話しても仕方がないことだった。
ロビンはゆっくりと目を閉じ、クレスの手を握った。
「……もう20年にもなるのね」
ただ、歴史が知りたい。
オハラの考古学者として、隠された歴史のその先を知りたい。
その思いだけで世界中を巡って来た。
クレスに助けられながら<歴史の本文>を探し求めた。
でも、それは世界の法で禁じられていた。
それは分かっていた。
だから、大切な人たちが殺されたのだ。
人はロビンを<悪魔>だという。ロビンとクレスを<悪魔の島の子供達>だという。
『古代文字』を解読することは大犯罪だ。
知っていた。
世界中を敵に回してまで探し求める事は愚かなことだということは理解できた。
考えるまでも無かった。
でも、諦められなかった。
勝ち負けでは無い。
全てを知ったところでそれをどうするつもりもなかった。
ただ、幼いころに夢みたものを現実にしたい。
そう考えた。
でも、一度は諦めかけた。
世界中が敵だった。
でも、クレスだけは夢を応援してくれた。
初めて、夢を打ち明けた時、「いいじゃないか。絶対叶えろよ。オレも応援する」
そう言い満面の笑みを向けてくれた。
その時思った。
クレスだけはどんな時でも味方でいてくれると。
それでも夢を追いかけ続ける事は辛くて、時どき挫けそうになったけど、いつでもクレスが励ましてくれた。
どんなに間違っている事をしていてもクレスは味方でいてくれる。
誰からも批難されるだろう。
それでもクレスだけは応援してくれる。
でも、手がかりはこれで最後だった。
これで終わり。もう、何も残っていない。
「………」
ロビンの手がクレスをぎゅっと握った。
俯いた瞳が大きく揺れた。悲しみの雫が頬へと伝った。
涙だった。
「……私の夢には敵が多すぎる」
はらはらと雪のようにロビンの目から涙がこぼれた。
自覚した時にはもう遅かった。止まることなく次々と流れ落ちてゆく。
クレスは声をかける事はなく、ただ静かに手を握り返した。
「……聞くが、もしや……!! 語られぬ歴史は紡ぐことが出来ると言うのか!? その記録が『歴史の本文』だと言うのか……!?」
ロビンはコブラの言葉に何も返さなかった。
世界政府加盟国の王であるコブラはその可能性に気がついたのだろう。故にその秘密を守り続けて来たのだと。
もともと崩壊を始めていた葬祭殿はルフィが天井に風穴を開けたことによりその速度を更に増した。もう一分もこの場にいれば瓦礫に埋もれて死ぬだろう。
「帰ろうか、ロビン」
クレスは立ち上がり言った。
だが、その言葉は矛盾する。二人に帰る場所なんて無かった。
「クレス、私は……」
「ダメだ」
ロビンが何かを言いかけたのをクレスは遮った。
「泣いてもいい。でも、諦めるのはダメだ。
まぁ、今はそんな事言ってる場合じゃないな。早く逃げよう。言っとくけど、置いてけなんかいったら許さないからな」
クレスは手を引きロビンを抱き寄せ抱え上げた。
「オレは夢を追うお前が好きだ。夢を楽しそうに語るお前が好きだ。だから、オレの為にもその夢を諦めないでくれ」
「……ワガママね」
「そうだな」
迷子のようにしがみ付いたロビンにクレスは困ったように微笑んだ。
そして、コブラの方へと向きあい、そこにいる人物に僅かに驚いて声をかけた。
「まだ動けるのか、麦わら?」
「うん、平気だ。また助けられちまった。ありがとな、おめェら」
ルフィはあれだけの死闘を繰り広げた後にも関わらず立ち上がり、なおかつ力強くコブラを抱え上げていた。
おそらくクレスと同じで崩れゆくこの場から脱出するつもりなのだろう。
「よし、登ろ」
「大丈夫か? 何なら手を貸してもいいぞ。お前には借りがある」
「いや、大丈夫だ」
「……そうか」
クレスはルフィに視線を向けた。
精悍ながらも今だあどけなさを残した少年だ。
恩人と同じ『D』の名を刻むその少年はどこか大きく、引き寄せられるようなあたたかさを感じた。
「なれるといいな、海賊王。……まったく、お前ん所の船なら乗ってもいいと思えるのは何でだろうな」
「いいぞ」
「は……?」
つい、浮かんだ言葉をそのまま口にした。
ほんの冗談のつもりだった。
「おめェら、いいヤツだしな」
にっこりと邪気の無い顔でルフィは笑った。
クレスは毒気を抜かれたように苦笑した。ロビンもまた少し呆気に取られていた。
「そうか……」
クレスはルフィと同じく天に空いた風穴を見上げた。
風穴からはいくつもの雫が流れ落ちて来ていた。大地の恵み、雨だ。
ルフィは腕を伸ばし、クレスは“月歩”で飛び上がる。
「また会おう、麦わら」
何故かそんな言葉が口から洩れた。
あとがき
何とかココまでやってきましたね。
今回は最後までどうするか迷いました。いくつか原作のシーンしかも結構好きなシーンを変更することになりました。
特にぺルのシーンは最後の最後までどうしようかと悩みました。不満に思われた方もおられると思います。申し訳ございません。
アラバスタ編は次でラストです。最後まで頑張りたいです。