「頼むよ!! おれを反乱軍に入れてくれ!!」
反乱軍の拠点がある港町『エルマル』。
その町外れに建てられたの反乱軍の拠点のテントに一人の少年がやって来ていた。
少年の名はカッパ。ナノハナに住む靴磨きの少年で、幼さを十分に残す子供だった。
カッパは目についたありったけの武器───ハンマーやバット───を背負い、反乱軍の拠点に入り込むと、若き反乱軍のリーダーに向けて反乱軍に加わることを希望した。
「ダメだ」
反乱軍のリーダーであるコーザは必死で頼み込むカッパに同じ答えを返す。
彼のまわりには何人もの反乱軍の人間が集まって来ていて、訪れたカッパを歓迎する様子も無く眺めていた。
「なんでだよ!! おれだって反乱軍に入る権利はある筈だぞ!! 国王が憎いんだ。一緒に戦わせてくれ!!」
意気込むカッパにコーザはため息をついた。
「ファラフラ……見せてやれ」
「へい」
コーザの後ろに控えていたファラフラという男が前に出た。
ファラフラは右腕でゆっくりと上着の裾をはだけさせる。そこから覗いたモノにカッパはうろたえた。
ファラフラの左肩はごっそりと抉り取られたように穿たれて、焼けただれた肉だけで不気味につながっていた。また、負傷した腕も手首から先にある筈のものが無く、巻かれた包帯が不自然なところで終わっている。
どうすればそんな傷がつくのか。いったいそれはどんな痛みなのだろうか。目にした傷は余りに残酷すぎて、幼いカッパはただ息を飲むしか無かった。
「コイツは戦場でおれを庇いこの傷を負った。……なんなら病棟や墓も見ていくか?」
コーザは感情も無く淡々と言う。
戦場において悲惨なことなどいくらでもある。この程度などまだ序の口で、ファララなどまだ運のいい方であった。
「……そんなもんッ!! 怖くねェよ!!」
カッパは弱気になりそうな心をぐっと我慢して、強がりを口にした。
「エルマルの隣町にいるおれの友達が病気なんだ!!
わかってるんだ……あの町もその内エルマルのように枯れていくんだ!!
これも全部、雨を奪った国王のせいだ!! おれも戦いたいんだ!! 怪我だって死ぬことだって怖くねェ!!」
「……じゃあ、帰れ。意見の不一致だ。おれ達はみんな怖いし戦いたくねェんだよ」
その答えにカッパは困惑する。
誰よりも勇敢に戦う反乱軍のリーダーの答えはカッパには理解できなかった。
「じゃあ、何で戦うんだよ!!」
「戦いが始まっちまったからさ。国がそれを望んだんだ。
戦いたいんじゃない。……戦わなきゃならなかったんだ。理解できようが、できまいがお前には関係ない……」
そしてコーザはもう一度、「帰れ」と口にした。
それは、長きに渡り反乱軍を率い戦ってきた若きリーダーの本音でもあった。
しかし、それでもカッパは引き下がろうとはしなかった。カッパの言葉に嘘はない。戦って、憎い国王を倒したかった。
だが、幼い子供のそれはコーザをいらつかせる。
「帰れと言っているんだ!! ここはガキの来る場所じゃない!!」
コーザは目元に涙をためながらも引き下がろうとしない子供を怒鳴り散らす。
その声にカッパは呆然と立ち尽すしかない。
そんなカッパを一瞥もせずに、コーザはクルリと背を向けその場から立ち去った。
「どうした、コーザ? 子供相手に怒鳴り散らしてお前らしくもないな」
「昔のおれを見ているようで腹が立った。………おれは何にも変わっちゃいないな」
仲間からの言葉に熱を冷ますように額に手を当てコーザは答える。
コーザ達が何故戦うか。それは戦わなくてはいけなかったからだ。
国が傾き、反乱は拡大する。国は限界でもう他人事ではない。ならば、誰かが戦わなければならないのだ。
ここで、自分達が戦わなければ、別の誰かが戦わなければならない。
だから、戦う。先程のような子供を戦わせない為に。
「武器は?」
「いや、思うようにはなかなか……。武器屋の倉庫まで国王軍に押さえられている」
国王軍の行動は当然だ。
現在、反乱軍は数においては国王軍を圧倒しているものの、全ての兵士に回すだけの武器の貯蔵が無かった。
いくら数が勝っていても、素手で殴り合う訳にはいかない。しかも、反乱軍の目標は要塞として太古より鉄壁を誇ってきたアルバーナを落とすことにある。当然国王軍の装備は万全で、攻城の際はいくつもの砲門がこちらへと向けられるだろう。それゆえに、現在の兵装では心元無かった。
「……そうか。それぞれの支部に通達しておけよ」
コーザは静かに目を閉じた。
兵士たちには疲れも見えるが、まだ戦う力は十分に残っている。士気も俄然高い。
兵力も申し分ない。元々は圧倒的に国王軍に軍配が上がっていたが、反乱軍もその勢力を徐々に伸ばし今や逆に圧倒するまでに至った。残る問題は武器の入手だけだ。
反乱軍は膨れに膨れ、もはや後には引けぬ戦いとなるだろう。
雨を求め始まったこの戦いは雨を取り返すまで終わらない。
「武器が整い次第。アルバーナに総攻撃をかけるぞ」
◆ ◆ ◆
「カル―が帰ってきました!!」
その吉報がアラバスタ宮殿飛び込んだのは日も沈みかけた正午過ぎであった。
カル―とは王女ネフェルタリ・ビビが幼いころから可愛がっていた超カルガモで、近年、王女と共に失踪していた。
そのカル―が帰って来たということは王女に関して何か重要な情報が得られる可能性があるということである。
アラバスタ王国護衛隊副官のぺルとチャカもその知らせを耳にし、急ぎ王の私室に居るというカル―の元へと向かった。
副官二人は王の私室の扉を逸る気持ちを抑え、叩いた。
返事は直ぐに帰って来たのだが、その声はどこか重かった。
「失礼します」
「国王様、カル―は!?」
部屋に入り込んだ副官二人を迎えたのは、水を涙目になりながら飲み干すカル―の姿。その姿は在りし日のままで、緊張感の無い姿には笑みすらこぼれた。
だが、その一方で部屋の隅に目を配ればベットに座り込み頭を抱えた国王コブラの姿があった。
「……ぺル、チャカ、これを」
「これは?」
「……ビビからの手紙だ。筆跡も間違いなくビビのものだ」
「!!」
促され、王女からの手紙に目を通す。
そこには驚くべき真実が記されていた。目を疑う内容であったが国王の沈痛な様子からそれが真実だと再確認させられる。
「コイツは少々ショックが強すぎるな……。
まさか、政府側の人間だと油断していたクロコダイルがこの国を乗っ取ろうとしていたとは……」
ビビからの手紙にはアラバスタを乗っ取ろうとする組織の全容。そしてそのボスの正体。現在の自身の状況。
そして、命を賭して戦った護衛隊長イガラムの最後についてが書かれていた。
「そんな……イガラムさんが」
「……あの人はビビ様とこの国の為に戦い命を張ったのだ。…………あの人はそれができる人さ」
尊敬していた上司の死に動揺するぺルに言葉をかけ、チャカはカル―に労りの言葉を贈る。
「お前も懸命に戦ってくれたと書いてあるぞ。よくやってくれたなカル―」
「グェッ……プ」
カル―はゲップと共に答えた。砂漠を越えて来たのか相当喉が渇いていたようだ。
その時、チャカはカル―の左手に包帯が巻かれているのに気がついた。
「見せてみろ。怪我でもしたのか?」
「クェ―!!」
「な、何だいきなり」
チャカはカル―の包帯に触れようとしたが、何故かカル―が怒りだした。
そして、カル―は大事そうにその包帯を守る。チャカは困惑するが、カル―にとってこの包帯が大切な印であるということは知る由も無い。
「……チャカ」
コブラは立ち上がると、いつになく強い声で臣下の名を呼んだ。
「敵は知れた。直ちに兵に遠征の準備を」
「!!」
「ビビの覚悟とイガラムの死を無駄にはさせん!!
クロコダイルのいる『レインベース』へ討って出るぞ!!」
突然の出陣命令。
しかし、チャカとぺルにはそれはどうしてもコブラの言葉には賛成しかねた。
「お待ちください国王様!!
レインベースまでは距離があり過ぎます。たとえ敵が認識出来ようとも向うに戦意が無ければ交わされるだけだ」
ぺルは苦虫を噛み潰すように言葉を続けた。
「今、クロコダイルは『民衆』を味方につけているんですよ。お言葉ですが、今ではあなた様よりも……!!」
クロコダイルは民衆に『英雄』として称えられている。
そのカリスマは絶対で、口惜しいことにぺルの言うように今では国王コブラよりも人気があった。
今にして思えばそれすらもクロコダイルの策謀の内なのだろう。
「ここでクロコダイルと敵対すれば反乱軍の火に油を注ぐ様なものです!!
我らが『レインベース』に攻め入っている隙をつかれたら、この『アルバーナ宮殿』は反乱軍の手に……!!」
「反乱軍に宮殿を落とされるというからなんだというのだ? 言った筈だぞ『国とは人』だと」
「!?」
ぺルとチャカは絶句した。
コブラは反乱軍に宮殿を占拠される非常事態を容認したのだ。
「我が国王軍が滅びようとも、クロコダイルさえ討ち倒せれば国民の手によってまた“国”は再生する。
だが、このまま我らが反乱軍と討ち合ってみろ……!! 最後に笑うのはクロコダイル一人だ!!」
「国王……」
「……そこまで」
それは決死の覚悟よりもなお重い、国の統治者としての決断であった。
後の世はコブラを暗愚な王として晒すのかもしれない。だが、コブラにはそんな事はどうだって良かった。
真実を公表したとしても、力を失った王の言葉など民は信じはしない。
反乱軍は勢力を増し続け、間もなくこの地へと攻めてくるであろう。ここで後手に回れば全てがクロコダイルの思うつぼなのだ。
たとえ、玉座を追われ、反乱軍に首を取られようとも、今動かなければアラバスタはクロコダイルという魔物に食いつくされる。
「相手は王下七武海の一角クロコダイル。奴もそう甘くはない。もはや何の犠牲もなく集結を見る戦いではあるまい」
そして、王は命を下した。
「チャカ、直ぐに戦陣会議を開く。士官たちを集めよ。ぺル、お前は先行し敵情視察へ向かえ」
コブラの身体が膨れ上がるように大きく感じる。それは真の君主だけが纏うことを許される王としての風格なのだろう。
命を下すコブラに副官二人は恐ろしい程の畏敬を抱く。
ぺルとチャカの全身が打ち奮える。気がつけば自然と膝を折り、臣下の礼を取っていた。
「出陣は明朝だ!! レインディナーズに全兵を向ける!!」
「「はっ!!」」
忍ぶように機を伺う反乱軍の目標は『アルバーナ』の国王軍。
真実を知った国王軍の目標は『レインベース』のクロコダイル。
また、砂漠を行く<麦わらの一味>も同じく『レインベース』のクロコダイル。
──────クロコダイルが率いるバロックワークスの『ユートピア作戦』まで残り、17時間。
第十一話 「ようこそカジノへ」
「見えた!! アレが『レインベース』よ!!」
日は沈み、また昇る。
砂漠を行く<麦わらの一味>はやっとの思いで目的地を目にした。
オアシスの町『ユバ』から徒歩によりほぼ一日。熱い砂漠の中を進み、喉も気力もカラカラであった。
「よーし!! クロコダイルをブッ飛ばすぞ!!」
「「みドゥ――(水)!!」」
「うるせェよ、お前ら」
喉の渇きに、空腹、そして砂漠越えの疲労感。その他もろもろを八当たりに変えてルフィは叫ぶ。
ウソップとチョッパーは素直な気持ちを口にし、やけくそ気味の三バカにゾロが呆れた声を出した。
「クロコダイル………」
レインベースを目にし、ビビに緊張が浮かぶ。
この先にクロコダイルがいるのだ。ビビは一味の誰よりもクロコダイルの実力を知っている。その実力は絶対で一味といえども対峙すればどうなるか分からなかった。
「……ところでよ、バロックワークスはおれ達がこの国に居る事に気づいてんのか?」
「……おそらくね」
ゾロの懸念にビビは答えた。
「Mr.2にも遭ってしまったし、Mr.3もこの国に入ってしまっているのだから、まず知られていると思って間違いないと思うわ」
この二つの事は一味にとって手痛い失敗だった。
Mr.2は<マネマネの実>の能力者でMr.3は過去に一度対峙したことがあり、一味のことを知っていた。
「それがどうしたんだ?」
「顔が割れてるってことは、やたらな行動はとれねェってことさ」
「何でだよ!?」
「『レインベース』にはどこにバロックワークスが潜んでんの分かんねェんだ。
おれ達が先に見つかっちまえばクロコダイルにはいくらでも手の打ちようがあるだろ」
「……暗殺は奴らの得意分野だからな」
ウソップの説明にルフィは首をひねり、
「よ――――し!! クロコダイルをブッ飛ばすぞ!!」
「聞いてたのかよてめェ!!」
再びその結論に至った。
ビビはそんなルフィに苦笑するもウソップに自らの考えを告げる。
「……でもねウソップさん。私はルフィさんに賛成。
今はとにかく全てにおいて時間が無いの。考えている暇もないわ」
思わぬビビの言葉にウソップは唖然となった。
「あら、ウソップ。アンタもしかしてビビってんの?」
「おれも頑張るんだ」
ナミのからかいとチョッパーの声。
「……う、お前ら」
「ウソップ観念しろって。ビビちゃんもこう言ってんだやるしかねェだろ。
まぁ、別にビビちゃんとナミさんは戦わなくてもこのおれが守るんだけどなっ!! 王子様(プリンス)って呼べ」
「……プリンス」
「ブッ飛ばすぞマリモ!!」
ゾロにバカにされキレるサンジ。
「だ、誰がび、ビビってるってんだ!!」
こうなれば男ウソップとしてはやるしかない。
ルフィがもう一度叫んだ。
「よ――――し!! クロコダイルをブッ飛ばすぞ!!」
◆ ◆ ◆
「なあ、おれ達クロコダイルを倒すためにココに入ったんだよな?」
「ああ……」
「後ろについてくんのって海軍だよな」
「ああ!!」
「なんでおれ達走ってんだ?」
「お前らが海軍を引き連れて来たからだろうがァ!!」
「逃げろォ―――!!」
一味は『レインベース』に入ると取り合えず砂漠での疲れを癒すために補給をおこなった。
クロコダイルと対決するに当たって砂漠越えで疲れ切った体では心もとない。故に身体を休める為に休息をとるつもりだった。
だが、補給の際に買い出しに行ったルフィとウソップが何故か買い物途中で<白猟のスモーカー>率いる海軍に見つかり、逃げ回っているうちに仲間まで巻き込んでしまったのだ。
「ねぇ、トニー君がまだ来てないわ!!」
「ほっとけ。てめェで何とかするさ」
「で、でも……」
「アイツも海賊だ。てめェのケツくらいてめェで何とかするだろ。
それよりも走れ!! アイツらに捕まると面倒だ!!」
一味は海軍を撒こうと人ごみの中に入った。
人ごみに紛れてしまえば追手も追い辛くなる。少なくとも追ってくるスピードは遅くなる。
しかし、方法としては間違っていないのだが、それでも問題はあった。
「マズイんじゃねェのか? 町の中を走るとバロックワークスに見つかっちまう」
「もう手遅れだと思うぜ」
ゾロは海軍以外に自分達に向けられる殺気を感じてた。
「じゃ、行こう」
「え?」
「クロコダイルのとこに!!」
ルフィの言葉にビビは最後の覚悟を決めた。
指を指し、ワニの屋根のピラミットのような巨大な建物を指した。
『レインディナーズ』クロコダイルが居を構える、この町一番のカジノだ。
「散った方が良さそうだな……」
「そうだな」
「よしっ!! じゃあ後で!!」
目的地を視界に入れ、サンジとゾロとルフィは三手に別れる。
「“ワニの家”で会おうっ!!」
◆ ◆ ◆
ルフィは驚異的な身体能力で宙に跳び上がった。
そして、海軍に向けて舌を出す。
「来てみろ!! “ケムリン”!!」
ルフィの挑発を受け、スモーカーは「いい度胸だ」と目標を船長のルフィに定めた。
◆ ◆ ◆
「ウソップ!!」
「あ゛ァ?」
「ナミさんを頼むぞ!! アイツ等はおれが食い止める」
「よ、よし!! 任せろ!!」
「サンジくんっ!!」
迫るのは海兵の軍勢。それも見た所軽く十人以上はいる。
「心配ご無用。あのケムリ野郎がいないんじゃ……ただの雑魚共だ」
サンジは落ち着いた顔で煙草をふかした。
「っへへ……。ご愁傷様……!!」
◆ ◆ ◆
「役不足だ。出直しな……」
海兵達の剣が空中に舞い地面に突き刺さる。
多数の海軍相手にたった一人で立ち塞がるゾロ。その強さの前に海兵達は動けない。
「ロロノア・ゾロ!!」
怯んだ海兵達の間からメガネをかけた女性が顔を出した。
海軍本部曹長たしぎ。一刀使いの女剣士だ。
「また会いましたね」
刀を構え、臨戦状態でたしぎはゾロに立ち向かう。
「おい!! おれはお前と戦うつもりはねェぞ!! 勝負はついただろうが!!」
「ついてませんっ!! 私は一太刀もあびてませんからっ!!」
「その顔をやめろ!!」
「な、なんですって!!」
ゾロはどうもこの女剣士だけは苦手だった。
何の因果か、この『たしぎ』とかいう女はゾロが幼いころに約束を交わした今は亡き少女に生き写しではないかと疑わんばかりに似すぎていた。
しかもその少女と同じような性格で同じ一刀使いの剣士。ゾロとしてはやりにくいといったらしょうがない。
「絶対許さないっ!! あなたはそうやって私をバカにして……!!」
ゾロは過去にたしぎと対峙し傷つける事無く勝利した。
それは圧倒的な実力差の証明で、どちらが強者なのかも自明の理なのだが、たしぎには止めを刺されなかった事が許せなかったらしい。
「くそっ!! アイツだけきゃ苦手だぜ!!」
「あっ、待て!!」
◆ ◆ ◆
(……大丈夫かしらMr.ブシド―)
ビビはフードで顔を隠し、町中を『レインディナーズ』に向けて走った。
海軍の追手はゾロが引きつけてくれている。
ビビは王女だ。海賊と一緒にいるところを見られるとマズイ。また、海軍に事情を説明し助けを求めている時間も無かった。
「おい!! 待て、女!!」
暫くは順調に進んだビビであったが、突如見知らぬ人間に声をかけられた。
構っている時間は無い。ビビは無視するように走り抜けた。
だが、後ろからさっきの男が付いてくる。しかも、一人では無い。その全員が手に武器を持っている。
(バロックワークス………!! しまった、見つかった!!)
ビビはバロックワークスにとって最優先の抹殺対象となっていた。ビビの顔は社員達に広く流布され知れ渡っている。
「こんな時に……!!」
徐々に増えていく追手にビビは速度を上げた。
◆ ◆ ◆
「ギャ~~~~~~!!」
「いや~~~~~~!!」
ウソップとナミは全力で走っていた。
サンジが海兵達を引きつけたのはよかったのだが、今度は町中でバロックワークスの社員達に見つかってしまったのだ。
敵の数は一人や二人では無い。おまけに武器まで待ってる。二人では立ち向かえないと全力逃げた。
「来るな!! バロックワークス!!」
ウソップは道を塞ぐように積まれていたた樽や木箱を後ろへと蹴り飛ばした。
バロックワークスの社員達が気を取られているうちに逃げきろうと思っていたのだが、それが予想以上に効いた。
ウソップが崩した樽が連鎖的に崩壊を呼び、社員達は見事にその下敷きとなったのだ。
「ぬ、ぬお!! やったぞ!!」
「やったっ!! すごいわ、ウソップ!!」
後ろから聞こえる悲鳴を背に、ウソップが一番驚いていた。
◆ ◆ ◆
そのままのスピードを維持しながら走り、ウソップとナミの二人は何とか目的地に辿り着く。
「まだ誰も来てねェのか?」
「もしかして私達が一番乗り?」
周りに仲間の姿は見当たらない。
取り合えず二人は中に入って様子を見ようと入口へと近づいた。
「よーし、狙い撃て。まずは二人だ」
「「敵!?」」
だが、そこには当然のようにバロックワークスの社員達が待ち構えていて無防備な二人へと銃口を向ける。
手を上げ降参のポーズをとる二人。しかし、そんなこと敵が聞いてくれる筈もなく、無情に引き金にかけた指が絞られる。
だが、その瞬間、間一髪で駆け込んだゾロがバロックワークスの社員達を蹴り飛ばした。
「ゾロ!!」
「ん? 何だてめェ等だけか?」
「あんたこそ、ビビと一緒じゃなかったの!?」
「ああ、先に行かせたんだがまだ着いてねェのか? もしかしたら、もう中に入っているかもしんねェ」
「じゃあ、急がなきゃ」
ビビが先に入ったとするなら一人で敵のもとに飛び込んだということだ。早くしなければ危険かもしれない。
入り口に向かおうとする三人に、新たな影が向かってきた。
「ルフィ……!!」
「げ、モクモクも一緒だ!!」
「何やってのよもう!!」
やってきたのはルフィとそれを追うスモーカー。
一番厄介な相手を引きつけたルフィはどうやら逃げ切る事が出来なかったようだ。
「中に入れ!! 走れ、走れ!!」
スモーカーを振りきる事を諦めたルフィが仲間達にこのまま『レインディナーズ』へと向かうことを叫んだ。
前にはビビがいるかもしれない。後ろに海兵が迫っている。海賊達に選択肢など無かった。
「待ってろ!! クロコダイル~~~~!!」
◆ ◆ ◆
バロックワークスの『秘密地下』。
ルフィ達が目指すレインディナーズ地下に造られた一室だ。
「なに? ビビと海賊共がこの町に」
「ええ、今ビリオンズから連絡が入ったわ」
ロビンは今連絡が入った情報をクロコダイルへと告げる。
組織の手を逃れたビビと海賊達は反乱軍の元へと向かうと思っていたが、どういう訳か直接こちらへと向かってきていた。
「クハハハハハ……!!」
クロコダイルは嗤う。己の幸運と王女の愚行を笑った。
ビビと海賊共は抹殺対象だ。組織の邪魔になる以上絶対に抹殺するつもりであった。
どうやって見つけて殺してやろうかと考えていた矢先に、それが間抜けにも向うからワザワザとやって来のだ。
しかも、最終作戦の実行が目前の時に『エルマル』ではなく、遠く離れたここ『レインベース』に。これで、最終作戦において障害となる存在は完全に取り除くことができた。
「どうするの?」
クロコダイルの勢力下にいる海賊達と王女は、もはや罠にかかった獲物も同然だ。
後はそうとは知らぬ愚かな獲物の息の根をじっくりと止めるだけ。何なら特別に絶望というスパイスを用意してやってもいい。
「マヌケなネズミ共を迎えてやれ」
「はい」
クロコダイルの命をロビンは了承した。
◆ ◆ ◆
ロビンは社員達に指示を出すために『秘密地下』から退出する。
「よっ」
退出したその先で壁を背にもたれかかっていたクレスが声をかけた。
ロビンはクレスに軽く微笑みそのままカジノに向けて歩いた。
「何をするんだ?」
「そうね……王女様のエスコートかしら?」
「あらら、それはまた物騒な」
「ふふっ……」
やがて、店内へと出る扉が見える。この扉を抜けると煌びやかなカジノとなる。
表の煌びやかさとは裏腹にカジノは金を巡り様々な策略が張り巡らされる裏社会の縮図だ。
それは表を『英雄』という輝かしい仮面で飾ったクロコダイルの姿そのもののようであった。
「結局、海賊達はコッチに来たのか」
「……これからどうなるのかしら?」
「あの海賊達でも、さすがに……クロコダイルには勝てない」
クレスの見立てでは<麦わらの一味>の実力は相当のものだ。
ウイスキーピークでの邂逅を経てその雰囲気を感じた。ロビンの言う『D』の名は伊達では無い。Mr.5のペアとMr.3のペアを下したことも頷ける。
だが、それでもクロコダイルには遠く及ばないだろう。両者の間には隔絶とした差が依然と存在する。
クロコダイルの“力”は本物だ。そこらに星のようにいる十把一絡げの海賊達とは違う。クロコダイルはその中でも最も凶暴に輝く凶星の一つだ。
対する<麦わら>は輝き始めた新星だ。経験も海賊としての狡猾さも潜り抜けた修羅場の数もクロコダイルとの間には大きな差があった。
「今回、ココに乗り込んだことで奴らがどうなるかは分からない。
クロコダイルの稚気に奴らが乗ればまだ可能性はあるが、……運悪く直接戦うことになれば間違いなく殺されるだろう」
「その時は…………」
「ああ、残念だが……」
クレスが言葉を濁し、ロビンが頷いた。
「ギャンブルの勝ち方はいろいろある。
運を味方に勝利するか、ディーラーをも騙す策で戦うか、それとも実力で勝ち取るか」
「基本的にギャンブルは胴元が勝つように出来てるわ。……あの子達はどうやって戦うのかしらね」
「まぁ、結果が出るまでわかんねェな。
……それより、今は与えられた仕事をこなさねェとな」
「そうね」
そして、二人は扉を開いた。
扉を開いた瞬間、騒がしい店の喧騒が二人を包んだ。その中を歩き、そして海賊達の姿を見つける。
海賊達は堂々と道場破りのようにクロコダイルの名前を叫んでいた。どうやらやって来たはいいがどうすればいいか分からないようだ。
「ただのアホだろ、あいつら……」
「ふふっ……面白いコ達」
だが、店内の喧騒はそんな海賊達を飲み込み変わらない。
だが、店側としては迷惑極まりなかった。警備を差し向けたが相手にすらされていない。
挙句の果てには立ち入り禁止の海兵まで乱入し、さらに騒がしさを増していた。
「大変です支配人!! 何者かがやって来て……」
困り果てている様子の副支配人がロビンの姿を見つけ指示を仰い出来た。
「VIPルームへお迎えしなさい」
「え……」
ロビンは指示通り、海賊達を誘う。
「クロコダイル経営者(オーナー)の命令よ」
副支配人の男は訝しみながらもロビンの指示に従った。
クレスとロビンは人ごみの中から、VIPルームへと走りゆく海賊達を眺める。暫くの間見つめ、そして視線を戻した。
「ようこそカジノへ……」
クレスの呟きは喧騒に紛れ消えた。
◆ ◆ ◆
「……ずいぶん暴れてくれたな、王女様」
「さすがは、我がバロックワークスの元フロンティアエージェントだ」
レンベースの中心街の外れ。そこにビビとバロックワークスの追手たちの姿はあった。
ビビの周りには数多くのビリオンズ達が倒れていた。
王女といえどビビは敵組織に侵入するほどの行動力持ち主で、腕には自信があった。その証拠に数多くの社員の中からフロンティアエージェントに選抜されている。
「だが、観念しなァ。ヒハハ!!」
しかし、カランとビビの持つ武器の<孔雀(クジャッキー)>が音を立てて地面に落ちた。
「くっ……!!」
銃口を突き付けられ、ビビは後ろへとへたり込んだ。
多勢に無勢だった。いくらフロンティアエージェントに選抜される程の実力者であっても数の差は覆せなかった。
ビリオンズ達は標的をビビに定め、その数のほとんどを動員しビビに対する包囲網を固めていたのだ。
そこには海賊達を打ち取るよりも王女を打ち取った方が手柄が大きいと感じた下心があったのだが、囲まれ絶体絶命のビビにはもう関係ない話だ。
「さぁて、どうしてやろうかなぁ?」
銃口をチラつかせる男。
ビビは何とかこの場所から脱出しようと思考を巡らせる。
こんな場所で死ぬわけにはいかなかった。これからルフィ達と合流してレインディナーズへと向かいクロコダイルを倒すのだ。
だが、無情にもビビにこの場を切り抜ける手段は無かった。
「やっぱ死ねよ。死体でも持って行ったら充分だろ」
男が引き金にかけた指を引き絞った。
ズドンという重い音が響き、人体が打ち抜かれた。
「ギャア!!」
だが、倒れたのは男の方だった。
男が地面に崩れ落ちると同時にビビは空を見上げる。そしてその顔に驚きと希望が浮かんだ。
大空にはサラブを着込んだ巨大な隼が空を高速で滑空していた。
隼は猛スピードでビリオンズに接近しながら、両翼の陰に吊下したガトリングガンで牽制する。
ズドドドドド……!! と発射される無数の弾丸がビビを取り囲む男達の動きを縫いつける。
「何だあの鳥は……!!」
「何故、鳥がガトリングガンを!?」
「くそっ!! 撃ち落とせ!!」
ビリオンズが何とか反撃を試みようとするが、猛スピードで迫る隼の迫力に負けまともに攻撃できない。
隼は社員達に突っ込むとそのまま巨大な両翼で蹴散らし、座り込んだビビをやさしくさらっていく。そして王女を連れ銃の届かない安全な建物の屋上に下ろした。
そして隼はその両翼と鋭い爪を消し、人間の姿となってビビの前に立つ。
「お久しぶりです。ビビ様」
「ぺル!!」
アラバスタ王国護衛隊ぺル。ビビが幼いころから慕ってきた王国の戦士だ。
ビビがが安堵の表情を見せる。ぺルがココにやって来たということはカル―はしっかりとコブラへと手紙を届けてくれたのだ。
「ぺル……!? まさか、<隼のぺル>!!?」
「アラバスタ最強の戦士じゃねぇか……!!」
ビリオンズはうろたえた。
<隼のぺル>と言えば人口100万人ともされるアラバスタ王国において『最強』の誉れを受けたアラバスタの守護獣の片翼を為す戦士だ。
その噂は当然バロックワークス内にも広がっており、実力では<オフィサーエージェント>に匹敵する相手だ。とてもビリオンズ程度が太刀打ちできる相手では無かった。
「<トリトリの実 モデル“隼”> 世界に五種しか確認されぬ『飛行能力』をご賞味あれ……」
動揺する社員達を肯定するかのようにぺルの姿が再び巨大な隼へと変わる。
そしてゆっくりと両翼を広げ羽ばたいた。その瞬間、バロックワークスの社員たちの目の前からぺルの姿が掻き消えた。
「!!」
「見えねェ!?」
「撃て!! 撃ちまくれ!!」
闇雲に銃を乱射する社員達。だがそんなもの一陣の風と化したぺルに届く筈もなく虚しく響くだけだ。
ぺルは社員達に接近し静寂に舞い込んだ風のように緩やかに、だが圧倒的に速く社員達の間を潜り抜けた。
「飛爪!!」
社員達が吹き飛ぶ。すれ違いざまに鋭い爪での深い斬撃を受け、その後に風圧で吹き飛ばされたのだ。
ぺルが華麗に着地する。社員達に立ち上がれる者はいなかった。
「助かった……早く皆の所に……」
ぺルの勝利に安心したものの、こうしてビビが時間を食っている間にもルフィ達はクロコダイルの元へと向かっているのだ。
ビビがぺルに事象を話し、一刻も早くレインディナーズに向かおうとした時、
「そう? なら話は早いわ」
「……海賊たちなら今頃クロコダイルと対面中だろうしな」
「!?」
聞き覚えのある声にビビが後ろを振り向く。
そこには、忘れもしない二人の男女が立っていた。
「ミス・オールサンデー!! Mr.ジョーカー!!」
ビビの立ち塞がった二人はビビに妖しい笑みを見せ、こちらを睨みつけているぺルに視線を向けた。
「華麗なものね『飛べる』人間なんて初めて見たわ。でも、私達より強いのかしら?」
「ビビ様……コイツ等の事ですか? 我らが祖国を脅かす者達とは……」
静かに怒りを灯し、ぺルは二人を見上げる。
「なるほど、もう事情は知ってるみたいだな……」
Mr.ジョーカーがぺルに向けて皮肉げに口元を釣り上げ見下した。
「久しぶりだな鳥男。どうだ、少しは強くなったか……?」
あとがき
やっとペルが出せました。次回はリベンジマッチです。
不死身の男ペル。実はお気に入りのキャラですね。
次も頑張ります。