夜の砂漠は煌々とした月が輝き、青白く世界を染めていた。
時刻は午後八時。ほぼ時間どおりにクレスは目的地の<スパイダーズカフェ>に到着する。
バンチをスパイダーズカフェの裏手に横付けし、業者台から降り立った。
クレスがこの場所にやってきたのは、バロックワークスの最終作戦のために集結したエージェント達をクロコダイルの元へと迎える為であった。
本来ならバンチだけを使いに出せばいいのだが今回はロビンの要請もあり、保険としてクレスが出向く事となった。
集結するメンバーは、
Mr.1にミス・ダブルフィンガー。
Mr.2・ボンクレー。
Mr.4にミス・メリークリスマス。
裏社会で名の通った人物で、驚くことに全員が<悪魔の実>の能力を有していた。
「…………面倒事とか起こしてねェだろうな」
赤土の硬い大地をクレスの脚が踏みしめる。
スパイダーズカフェは町はずれの荒野にあった。
それゆえに喧騒とはかけ離れた静かな場所の筈であるのだが、クレスを出迎えたのは騒々しい破壊音であった。
「おいおい……」
ベンサムを始めとしてバロックワークスのオフィサーエージェントには変わり者が多い。
裏社会で名の通った曲者達の寄せ集めだ。こうしてその全員が集結したときに衝突が起きない訳が無かった。
クレスが派遣されたのはその面倒を仲裁する為の保険であった。
半ば予想していた早速の仕事に、クレスは急ぎ店の表へと向かった。
「コイツ等はあちしの部下よう!!」
「…………」
店内ではベンサムと胴着姿の男が対峙していた。
胴着姿の男の正体はMr.1。鍛え抜かれた肉体に丸刈りで刃物のように鋭い容貌の男だ。
午後八時丁度。時計が時刻を刻むと同時に、Mr.1はベンサムの部下達を半殺しにした後に店内に投げ入れ、それにベンサムが激昂した。
Mr.1のペアに関しては謎が多く、Mr.2のベンサムですら関知していなかった。故に突如現れた謎の男に店内のエージェント達は警戒の視線を向ける。
だが、不気味な空気を感じ取ったミス・メリークリスマスの静止の声も聞かず、仁義に厚いベンサムはMr.1へと躍りかかった。
「オカマ拳法“白鳥アラベスク”!!」
撓るようなベンサムの連続蹴りがMr.1へと放たれる。
Mr.1はベンサムの蹴りを最小限の動きで避け、その隙を縫い切り裂くような拳を突き出した。
ベンサムはそれを柔軟な首の動きでを避け、お返しとばかりに抜き手を放つ。
「アン!!」「ドゥ!!」
ベンサムの突きをMr.1は飛び上がり避ける。
そして、そのまま空中から強襲を仕掛けようとして、
「オラァ!!」
ベンサムの流れるような蹴りをを胸に受けた。
しかし、Mr.1も然る者。絶妙のタイミングで放たれた蹴りを腕を交差しガードする。
だが、その衝撃までは殺しきれない。
Mr.1は店内の壁へと向かい吹き飛ばされ叩きつけられる───と思われたが逆にその壁を粉々砕いた。その破壊痕は刻まれたように滑らかで、通常ならありえない砕かれ方だった。
そして、Mr.1は難なく外に着地する。
「……死にてェらしいな」
「上~等~ようっ!!」
Mr.1は不気味に腕を揺らめかし、ベンサムはMr.1が砕いた壁の穴から飛び出した。
周りには他のエージェント達も居たのだが、ヒートアップした二人に静止の声は届かない。
二人が激突するその瞬間、その間に影が躍り出た。
「「!!」」
甲高い金属音と重い打撃音が響き、二人の動きが止まった。
躍り出た影はMr.1の振るった腕とベンサムの放った蹴りを全身で受け止めていた。
「……鉄塊“剛”」
「ジョーカーちゃん!!」
「Mr.ジョーカー……!!」
ベンサムが驚き、Mr.1が唸る。
「手を引け二人とも。お前らココに何しに来たんだ?」
クレスは吐き捨てるようにため息をついた。
ベンサムはクレスの静止に戸惑いながらも脚を引く。
だが、Mr.1は拳を引いた後、更にもう一歩踏み込みクレスに向けて脚を薙ぎ払った。
「───っ!!」
唸る烈風。
大剣のように風を切り裂くMr.1の蹴り。
クレスはそれを鋼鉄のように硬化させた膝で受け止めた。
瞬間的に身体の一部を“鉄塊”によって硬化させる。クレスの真骨頂だ。
「……てめェ、今の攻撃、オレを殺す気だっただろ」
「…………」
静かに、呼吸のようにMr.1は殺気を飛ばしてくる。
Mr.1の組織に対する忠誠心はかなりのものだ。
だとすれば、様々な噂の流れる不吉な“烏”のようなクレスに対し良い感情を持っていないのかもしれない。
クレスはそれを受け流しながら、余裕を見せるように軽口を叩いた。
「もう少し待てよ…………<殺し屋>。楽しみは後に取っておくもんだろ?」
「………フン」
Mr.1はゆったりと脚を降ろした。
クレスはそれを油断なく眺め、Mr.1から殺気が引くまで待ち、ゆっくりと息を吐きながら、肩の力を抜いた。
負けるつもりはないが、Mr.1は戦いたくない人間の一人だ。そして、クレスに与えられた役割はエージェント達の引率である。戦いが避けられるならそれに越したことはない。
その後、あらかじめ事情を知っていてミス・ダブルフィンガーが説明を行い、クレスはエージェント達を促しバンチへと載せた。
向かう先は夢の町『レインディナーズ』、そして、バロックワークスの社長であるクロコダイルの元だ。
このバロックワークスの最精鋭達を連れ、バンチは砂漠を駆ける。
第十話 「ユートピア」
「作戦の決行は二日後の朝七時。手配は済んだのか?」
『レインディナーズ』のカジノの下に造られた一室。
四方を溜池の水で囲んだ、水槽のような印象を受ける冷たい空間。
この空間の主であるクロコダイルはガラス窓の向うで泳ぐバナナワニを眺めながら確認をおこなった。
「ええ、滞りなく。<ビリオンズ>150名は『ナノハナ』で待機。
Mr.2も呼び戻しておいたわ。どうやらMr.3は捕まらなかったらしいわね」
クロコダイルの問いにロビンはワインを傾けながら事務的に答える。
「ビリオンズへの伝達方法は?」
「アンラッキーズの到着を待てば手遅れとなるので、代わりに<エリマキランナーズ>を派遣する予定」
「肝心のオフィサーエージェント達は?」
「オフィサーエージェント達の集合は、今夜スパイダーズカフェに8時」
「手引きは?」
「バンチを使いに向かわせたわ。到着は明朝の予定よ。あと……」
ロビンの声に初めて人肌の温かみがこもった。
「使いにはMr.ジョーカーを同行させたわ。
彼なら曲者ぞろいのオフィサーエージェント達を取りまとめられる筈」
「……結構だ」
有能な部下。これがクロコダイルのロビンに対する評価だ。
ロビンの有能さはクロコダイルですら認めるほどであった。
天性の頭脳、参謀としての指揮能力。共に優れたモノだ。それだけでもクロコダイルにとっては利用価値がある。成果もクロコダイルが示した以上の結果を必ず示した。
だが、しかし、ただ一つだけ欠陥を上げるとすれば、エル・クレスという男の存在だ。
この男のせいで完全ではない。この男の存在がニコ・ロビンという女を『欠陥品』にしてしまっている。
確かな証拠こそ無いものの、この男の存在がクロコダイルへと向けられる僅かではあるが確かな不和を浮き彫りにしていた。
それは常人ならば気付く事すら出来ないだろう。だが、他人を猜疑し騙し使用し操作してきたクロコダイルにはその片鱗を読み取ることができた。
使えない道具は必要ない。ましてや持ち主を裏切るようならば尚更だ。これがクロコダイルの信条だった。
この規約に反すれば、例え誰であろうと切り捨てる。
その可能性を目の前の女は秘めていた。
「…………ニコ・ロビン」
契約の一つだ。<オハラの悪魔達>の本名を呼ばない。
だが、クロコダイルは冷徹な思考のもとにその契約を破棄する。
その時、クロコダイルの瞳が温度を拒絶した。
地下に沈む流砂のようにサラサラと形を崩し、クロコダイルが飽和状に広がった。
「…………!!」
鈍く光る黄金の鉤手。
それが突如ロビンの首元へと突き付けられた。
鉤手はロビンの首の薄皮一枚の所で止まる。クロコダイルがその気になればロビンの細い首など一瞬で掻き切られるだろう。
ロビンが手に持っていたグラスが床に落ち、赤いワインが広がって行く。
「……何の真似かしら?」
「…………」
ロビンの問いにクロコダイルは答えない。
ただ、無言のままでロビンの命を握っていた。
「私を殺せば目的のモノにたどり着けないわよ?」
「そいつはどうかな? そんなモノやりようによればどうとでもなる」
「でも、リスクはそれ相応に大きいんじゃない?」
大した胆力だ。クロコダイルは無表情のまま、そう思った。
大抵の奴らならこうしてクロコダイルに命を狙われた瞬間に恐怖に挫けた。
だが、ロビンはクロコダイルの気まぐれ一つで潰える命であるこの状況でなお、口上で対等に立つ。
クロコダイルは一つ、毒を落とすことにした。
「お前を殺し、エル・クレスを後に送ってやろう」
「ッ!!」
その変化は顕著だった。
冷静だった女の仮面は消え、その眼には殺気が灯った。
この感情こそがクロコダイルにとって不要なものだ。
最終作戦を目前に控え、この女は───<オハラの悪魔達>は何をしでかすか分からない。
ロビンは目に怒りを灯しながらクロコダイルを睨みつける。
クロコダイルはロビンの能力を知っている。<ハナハナの実>ただの超人系。己の自然系には到底敵わない。
だが、ロビンの足元にはクロコダイルの唯一の弱点である『水』───ワインが流れていた。
ロビンの傍にはまだ半分以上中身が入ったワイン瓶がある。そこで、クロコダイルはロビンがワインを傾けていた理由を知った。
「…………なるほど、それは、エル・クレスの入れ知恵か?」
「何のことかしら?」
ロビンは口元に笑みを作る。
「周到な男だ。いや、臆病者か?
そう言えばあの男は一人でおれの前に現れた事は無かったな」
それは間違いなく不穏分子である自身の身を守るためであろう。
クロコダイルの性格を分析し、一人で会えば殺される可能性がある。そう考えたに違いない。
そして、それは間違いではない。クロコダイルは何度か実際にクレスを排除しようと考えた事があった。
不利益こそ起こしていないものの、その存在は利用価値を越える不確定の塊であった。
『道具』はただ忠実に動けばいい。叛旗を翻す可能性のある道具など初めから必要ない。使えるだけ使ってゴミのように放棄する。
だが、その為には条件がそろわず手が出せない。
エル・クレスは相当の実力者であった。抹殺のために万全を期すならばクロコダイル自身が手を下す必要がある。
そして、もしエル・クレスを殺せば間違いなくニコ・ロビンが組織に対し不利益を起こすことが目に見えていた。
邪魔ではあるが手が出せない。相互利益の上に成り立つクレスの立場はバロックワークス内において実に微妙なものであった。
「……訂正しなさい。
クレスは臆病者じゃないわ。クレスを動かせるのは私だけ。だからこれは私の判断よ」
信頼。情愛。
この女もそれらを捨てられない愚か者なのだろう。そしてそれはエル・クレスにも当てはまる。
クロコダイルには理解不能な理論だ。
「………フン」
クロコダイルは興味を無くしたかのように鉤手を降ろし、ロビンに背を向けた。
無防備であるその背。だが、ロビンが動くことは無かった。
「契約を必ず果たせ。
ならば、おれはお前達<オハラの悪魔共>には手を出さない。エル・クレスにもそう伝えろ」
それは明らかなる脅しであった。
余計なことをするな。邪魔すれば容赦なく殺す。
お前だけではない。エル・クレスもだ。
「あら、……私達が何かしたかしら?」
とぼけるように平然とロビンは言ってのけた。事実、証拠はどこにもない。クロコダイルを動かしたのは海賊としての勘であった。
クロコダイルはロビンを無視すると再び執務椅子に座り、葉巻に火をつけた。
「……………」
ロビンは傍らのバナナワニを手招きし撫でる。
クレスが撫でればほとんどの動物は怯えてしまうのだが、ロビンが撫でれば甘えるように鼻先をすりよせた。
ロビンは新たにグラスを取りだすと傍らのワインを注いだ。
床には血のように冷たいワインが流れたままだった。
◆ ◆ ◆
<麦わらの一味>が目的地であるユバに辿り着いた時には既に夜になっていた。
夜の砂漠は凍てつくような寒さで、時に氷点下まで下がる事もある気温は昼間の灼熱のような暑さとの対比で旅人達の体力を奪っていった。
一味はアラバスタに到着すると、まず空き腹を満たすために『ナノハナ』で補給を行った。
そこで、やはり問題児のルフィがトラブルを引き起こし以前に対峙した海軍本部大佐の<白猟のスモーカー>に追われるはめになってしまう。
<自然系>である<モクモクの実>の能力者のスモーカーにルフィは手も足も出ないため逃げる事にしたのだが、その時にアラバスタでルフィを待っていた兄の<火拳のエース>に助けられた。
その後、エースの手引きで難を脱した一味は、“高み”での再会を約束し、緑の町『エルマル』から反乱軍の拠点がある『ユバ』を目指すことになった。
だが、初めての砂漠の旅に“クンフージュゴン”に“ワルサギ”や“サンドラオオトカゲ”などの動物トラブルを迎え、さすが一味も体力が尽き始めていた。
「何にもねェ……」
「砂ばっかだ」
それが、オアシス『ユバ』に着いたときに漏れた言葉だった。
渇いた喉を潤そうと辺りを見渡すも、目に映るのは砂ばかりだ。
オアシスであるユバは流砂に飲み込まれていた。周りの建物も朽ち果て廃墟と成り果てている。
ただでさえひどい状態だったのだろう。それに加えユバはついさっきに砂嵐の直撃を受けた所であった。
町は見るも無残に朽ち果てていた。
「……旅の人かね?」
そのユバの中心。かろうじてオアシスがあったのだと分かる場所で一人の老人がシャベルで穴を掘っていた。
骨と皮だけの干からびた老人だった。今にも倒れそうなほどやつれているが、シャベルを握る腕だけは依然と強い。
老人は莫大な量の砂を前にして一人で黙々と砂を掘り起こしていた。だが、それは誰の目に見ても無意味な徒労のように思えた。
「砂漠の旅は疲れただろう。すまんね……この町は少々枯れている」
ビビは老人を見て目を伏せると、王女である事を隠すためにフードで顔を覆った。
「あの……この町に反乱軍が居ると聞いて来たのですが?」
「貴様ら……まさか、反乱軍に入りたいなんて輩じゃあるまいな!!」
その言葉に老人はギロリと表情を険しく変える。そして、吐き捨てるように続けた。
「……あのバカ共ならもう、この町にいないぞ」
「そんな!!」
「……たった今に始まった事じゃない。あいつらはこの町を捨てて、本拠地を『カトレア』へと移したんだ。
度重なる砂嵐に三年に渡る日照り、物資の流通が亡くなったこの町では反乱の持久戦もままならないとな……」
「カトレア!?」
「どこだ? そこって近いのか“ビビ”?」
うっかりと名前を呼んでしまったルフィにビビは焦りの表情を浮かべた。
「“ビビ”……? 今、なんと?」
「おい、おっさん!! ビビは王女なんかじゃねぇぞ!!」
「言うな!!」
さらに墓穴を掘るルフィをゾロがウソップで殴りつける。
「あの、私はその……」
「ビビちゃんなのか……? そうなのかい!?」
「え……!?」
「そうか……王女は行方不明だと聞いていたが、生きていたんだな!!
私だよ!! 少しやせてしまったから無理もないかな……」
ゆらゆらと歩みよる老人に、ビビはやっとその面影を思い出すことができた。
「……まさか、トトおじさん」
「……そうさ」
「嘘……」
ビビの知るトトという人物は幼なじみのコーザの父親で、記憶ではもっとふくよかな体型だった。年も老人に見えるような年齢では無い。
ユバの建設を命じられて以来11年ぶりの再会。ビビは今のトトの変わり果てた姿に驚きを隠せなかった。
「私はね……ビビちゃん。国王様を信じてているよ。あの人は決して国を裏切る人じゃない。そうだろう?」
トトの干からびた皮膚を涙が流れていく。
国王に命じられ、商人だったトトは息子のコーザと共に砂漠のキャラバンのためにユバを築いた。
国王とトト、二人には身分の差を越えた信頼が生まれ、それは息子のコーザとビビにも当てはまった。
───オレがこの国を潤してやる。だから、お前は立派な王女になれよ
コーザは国を潤すことを。
ビビは立派な王女になることを。
幼い二人はそう約束を交わした。
「何度も何度も止めたんだ。だが、何を言っても無駄だ。反乱は止まらない。
あいつらの体力はもう限界だよ。次の攻撃で決着をつけるハラだ。……もう、追い詰められている。死ぬ気なんだ!!」
トトはビビの肩を掴むと、自身の痩せた両肩を震わせた。
「頼むビビちゃん。……あのバカどもを止めてくれ」
ビビは泣き崩れたトトに優しくハンカチを差し出した。
「心配しないで」
「……ビビちゃん」
「反乱はきっと止めるから。私達が止めてみせる」
ビビは力強く微笑みかけた。
◆ ◆ ◆
「ジョーダンじゃなーいわよう!! いつまで待たせるつもりなのよう!! タコパぐらい出しなさいよう!! 回るわよ、あちしは白鳥のごとく!!」
「……Mr.2、静かに待ちなさい」
「ホンッとだよ、この“バッ”!! おめ―が騒ぐと腰に来るんだよ!!」
「……あなたもよ、ミス・メリークリスマス」
「フォーフォーフォー………」
「……………」
「はぁ……自由にしてていいから、お前ら………もう面倒事だけは起こしてくれるなよ」
バンチに乗せクレスがエージェント達を導いたのは水槽のような地下の一室だった。
空間には豪奢なディナ―テーブルがありその中心では燭台に灯された炎が揺らめいてる。
窓の外は湖。見ればバナナワニが我が物顔で泳いでいた。
「ふふふっ……皆仲良くとはいかないみたいね」
コツコツと冷たい石畳の床を踏みながらロビンが現れた。
ロビンはこの面々をまとめるのに辟易したのか少し疲れた顔のクレスの隣に立つ。
「御苦労さま」
「どういたしまして」
「……大丈夫だったか?」
「もう、心配性ね。何も無かったわ」
「……そうか」
ロビンは小さく微笑みながら嘘をついた。
「サンデ-ちゃん!! ドゥ? 元気にしてた!!」
「ええ、おかげさまで。オカマさんも相変わらずね。
それにしても、これだけの面子が揃うとさすがに盛観ね」
「……ミス・オールサンデー、ここはどこなんだ?」
それまで目を閉じ傍観していたMr.1が口を開く。
クレスの仕事はここまでの引率のため、それ以外の説明は曖昧にしかおこなっていなかった。
「あなた達はバンチに引かれて裏口から入ったのよね。
だいたいはMr.ジョーカーから聞いていると思うけど、ここは人々が一攫千金を夢見る町、夢の町『レインベース』。
そしてここは、レインベースのオアシスの中心に位置する建物、『レインディナーズ』の一室よ」
「なるほど」
「他に質問は? 無ければ話を始めるけどよろしいかしら」
エージェント達は首肯し、ロビンに続きを促した。
「だけど、その前に紹介しなくちゃね。……あなた達がまだ知らない我が社のボスを」
ロビンの言葉に、エージェント達の間で僅かな驚きが起こった。
バロックワークスの社訓は『謎』。様々な情報が閉ざされ、その中でも最大の禁忌とされたのがボスの正体であった。
「今までは私が彼の裏の顔としてあなた達に働きかけて来たけど、その必要はもう無くなった。わかるでしょ?」
ボスの正体を隠す必要が無くなった。
これが示すことは、つまり。
「──────いよいよというわけだ」
燭台の炎が不気味に揺らめいた。
誰もいない筈の上座。玉座のようなその席に、サラサラとその姿が形作られる。
「作戦名『ユートピア』これが我が社の最終作戦だ」
がっしりとした体型。鈍く光る黄金の鉤手。顔には横一線に走る巨大な傷跡。爬虫類のように温度の無い瞳。
その男が現れた瞬間、部屋の重力が倍になったかのような圧迫感が生まれた。
その正体に誰もが驚愕する。
王下七武海が一角。砂漠の魔物。
その名は──────
『───クロコダイル!!』
クルリと玉座を回転させ、社長───クロコダイルは悠々とした笑みを浮かべた。
「さすがにご存じのようね。彼の表の顔くらいは」
「まぁ、突然だとは思うがそういうことだ」
肯定するクレスとロビンにたじろくエージェント達。
予期せぬ大物の登場にエージェント達は浮足立ち、ざわめいた。
「不服か?」
だが、ただ一言。
その圧倒的な実力に裏図けされた威圧感。それだけで全員に冷たい汗が流れ、押し黙る。
「……不服とは言わないけど<七武海>といえば政府に略奪を許された海賊。何故わざわざこんな会社を?」
ミス・ダブルフィンガーの言う通りだった。
七武海ともなれば金に地位など望めばいくらでも手に入れる事ができるだろう。
政府公認の要人だ。地下組織などではなく堂々と表に組織を持つ事も出来た。
「おれが欲しいのは金でも地位でもない。『軍事力』」
「……軍事力?」
「順序良く話していこう。おれの真の目的、そしてバロックワークス最終作戦の全貌を」
クロコダイルは静かに葉巻に火をつけた。
クロコダイルが全てを語り終わるまでに幾本もの葉巻が消費された。
エージェント達はクロコダイルの説明に納得し、その思想に同意した。
クロコダイルが語ったのは“とある兵器”の正体。その兵器がもたらす狂乱と繁栄の未来だ。
「そんなものが本当にこの国に存在するの!!? それを国ごと奪っちゃおうって訳ねい!! あちしゾクゾクしちゃう!!」
「つまり、おれ達の今回の任務はその壮大な計画の総仕上げという訳か」
「そういう事だ。バロックワークス創設以来お前らが遂行してきた全ての任務はこの作戦に通じていた。
お前達の持つその指令状が、お前達に託す最後の任務となる。いよいよアラバスタに消えて貰う時が来たというわけだ」
エージェント達は配られた指令状に目を通す。
その内容を心に刻み、そして不要となった指令状をの燭台の炎で焼却する。
「それぞれの任務を全うした時、アラバスタは自ら大破し行き場を失った反乱軍と国民達はあえなく我がバロックワークス社の手に落ちる。一夜にしてこの国はまさに、我らの『理想郷』と成り果てる訳だ」
やがて、指令状が完全に燃え落ちる。
エージェント達は静かに腕を組みクロコダイルの言葉に耳を傾けた。
「これがバロックワークス社最後にして最大の『ユートピア作戦』。失敗は許されん。決行は明朝7時」
『了解』
「───武運を祈る」
◆ ◆ ◆
「やめた」
ユバを離れ一味は反乱軍の説得のために『カトレア』を目指すことにした。
トトから餞別に授かった“ユバの水”を手に砂漠を進んでいた一味であったが、突如船長のルフィがドカリと座り込み歩くことを拒否した。
「ルフィさんどういうこと?」
「おい、ルフィ!! こんな砂漠の真ん中でお前の気まぐれに付き合ってる暇は無いんだぞ。さァ立て!!」
頭の後ろで腕を組んで動こうとしないルフィにサンジが苛立った声を上げた。
「……戻るんだろ?」
「そうだ。昨日来た道を戻ってカトレアって町で反乱軍を止めなきゃお前、この国の100万の人間が激突してえれェ事になっちまうんだぞ!! ビビちゃんのためだ。さァ行くぞ!!」
サンジの言うように、反乱軍を説得するにはカトレアへと向かわなければならない。
回り道をしてしまい時間を消費した。いつ反乱軍が動き始めるか分からない状況で事態は一刻の猶予もない。
「つまんねェ」
だが、ルフィの態度は変わらない。
その答えにサンジは激昂するが、ルフィのいつもとは少し違う様子に仲間達は推移を見守ることにした。
「ビビ……」
「なに?」
「おれは───クロコダイルをブッ飛ばしたいんだよ」
ルフィの言葉にビビの胸がドクリと脈打った。
「反乱してる奴らを止めたらよ……クロコダイルは止まんのか?
その町に行ったとしてもオレ達に出来る事なんて何もねェ。おれ達ゃ海賊だ。いねェ方がいいくらいだ」
ルフィの言う通りであった。
賽は投げられている。果たして怒り狂う国民達全てがビビの言葉に耳を貸すであろうか。
動き出した100万ものうねりを止められる可能性は少なく、例え反乱軍を止められたとしても、クロコダイルは止まらない。
クロコダイルならば様々な姦計によって国を浸食し、国盗りを断行するだろう。
機は熟し引けぬ戦いなのはバロックワークスもまた同じだ。反乱軍と国王軍の対決を阻止できたとしても必ず行動に移すだろう。
「また、コイツは核心を」
「ルフィのくせにな」
ルフィは珍しく諭すように続けた。
「お前はこの戦いで誰も死ななきゃいいって思ってる。国の奴らも、おれ達もみんな」
「………………!!」
「<七武海>の海賊が相手でもう100万人も暴れ出してる戦いなのに、みんな無事ならいいと考えてんだ」
怒気すら滲ませて静かにルフィは言う。
ルフィの口上に耐えられなくなったビビが反駁した。
「それの何がいけない事なの? 人が死ななきゃいいと思って何が悪いの!!」
「───甘ェんじゃないのか? 人は死ぬぞ」
その言葉はビビの限界であった。カッとなり目の前が真っ白になった。
気ががつけがビビはルフィに向かい大きく腕を振りかぶりそしてルフィの頬を殴りつけていた。
パンと音が鳴り、ルフィが砂の上に転がった。
「やめて、そんな言い方するの!! 今度言ったら許さないわ!!
反乱軍も国王軍も……!! この国の人たちは何にも悪くないのに、どうして人死ななきゃならないの!!? 悪いのは全部クロコダイルなのに!!」
吹き飛ばされ仰向けになっていたルフィはゆらりと立ち上がるとゆっくりとビビに近付く。
「じゃあ、何で“お前は”……命かけてんだァ!!」
そしてビビに拳を繰り出した。
ビビの頬が痛んだ。ビビの感情が爆発する。ルフィを押し倒し馬乗りになり感情のままに殴りつけた。
本気の殴り合いに発展した舌戦に仲間達はたじろいた。
「この国を見りゃ一番にやんなきゃなんねェことぐらい、おれにだってわかるぞ!!」
国はクロコダイルという魔物に蝕まれていた。
大好きだった風景や人々が変わり枯れていく。
ユバで再会したトトだってそうだ。クロコダイルさえいなければ彼も人生を狂わせられることはなかった。
「なによ!!」
ビビはルフィが付いた矛盾に気付かないふりをして、さらにルフィに向けて拳を繰り出した。
「お前なんかの命一個で足りるもんか!!」
「じゃあ、他に何をかけたらいいの!! 私がかけられるものなんて、もう他に何も無いのよ!!」
ビビはその時、王女であるという自覚を忘れた。
ルフィを殴りつけながら、ルフィでは無い別の何か。言葉で表すならどうしようもない“理不尽”というものをを殴りつけていた。
何故人が死ななきゃいけないのか?
何故町が枯れなければならないのか?
何故クロコダイルが我が物顔でこの国にのさばっているのか?
それがどうしようもなく悔しくて許せなかった。
誰も死んでほしくないし。誰も死なせるつもりはない。甘い理想論だというのは分かっていた。
でも、それを望む事のなにがいけないのか。こんな理不尽に誰ものみ込まれてほしくなんか無かった。
だから、自分の命をかけた。これ以上は必要ない。私は王女でこの国を守る必要があるのだから。
それを何故ルフィが否定するのか。どうして分かってくれないのか。もう私は覚悟が出来ているのに。
「……おめェは分かっちゃいねェ」
ルフィがビビの振り下ろした拳を受け止めた。
そして、その意志のこもった目で取り乱す王女を覗き込んだ。
「仲間だろうが!! おれ達の命くらい一緒にかけてみろ……!!」
「………っ!!」
ルフィの言葉にビビは握った拳の行方を見失う。
ビビは王女である前に、どうしようもなくアラバスタという国が大好きなお人好しで、王女という殻で自身を覆った一人の少女であった。
ルフィの言葉は、王女という義務や責務に囚われ自らに厳しい決意を課したビビの殻を取り壊す。
一緒に命をかけてくれる仲間がいる。ビビはもう一人戦っているわけでは無かった。
殻を取り壊され、ビビは堰を切ったかのように奥から熱いものがこみ上げて来て止まらなかった。
「出るじゃねェか……涙」
ビビはフードで目元を覆う。
顔をくしゃくしゃにして泣いた。
「ホントはお前が一番悔しくて、誰よりもアイツをブッ飛ばしてェんだ」
ルフィの言うことはどうしようも無く的を得ていて、何よりもビビが望んでいた事であった。
誰も死ななければいい。そんな優しい考えから無意識のうちにその選択を放棄していたのだろう。
敵は余りに強大だった。戦えば間違いなくただでは済まない。ビビ一人の命でとてもあらがえる相手では無く、誰かが傷つくのも嫌だった。
「教えろよ。クロコダイルの居場所」
泣き崩れたビビの傍でルフィは麦わら帽子に着いた砂を払う。
仲間達は静かに二人を見つめ、覚悟を決めた。
◆ ◆ ◆
「待て」
クレスがそう口を開いたのは最終作戦の会議が終わりエージェント達がそれぞれに出立を始める直前であった。
「どうした、Mr.ジョーカー。……何か不備でもあるか?」
クレスはクロコダイルの凍りつくような視線を受ける。
「オレじゃない。……お客さんだ」
クレスはホールの入り口を指した。
そこには包帯でまだ癒えぬ傷を包んだ旅装姿の男が立っていた。
「……その『ユートピア作戦』ちょっと待ってほしいガネ」
男の正体はMr.3。
『リトルガーデン』においての失態によりベンサムに抹殺指令が下った男だ。
「……Mr.3、どうしてあなたどうやってこの『秘密地下』に?」
「あんたいったいどこから湧いて出たのよう!!」
「湧いて出た? 失敬な。スパイダーズカフェからずっと後をつけさせて貰ったんだがね」
小馬鹿にするようなMr.3にベンサムが任務通り躍りかかろうとする。
だが、それをクロコダイルは制した。
「Mr.ジョーカー、貴様知っていて放置したな」
「ああ……。でもまぁ、事情は察してくれ。
抹殺命令が下っていたのは知っていたが、こうしてわざわざやって来たんだ。何かしら重要な事情でも在るんだろうなと静観したまでだ」
「フン……まぁいい」
クロコダイルはMr.3へと視線を戻した。
「任務を遂行できなかった私がMr.2に狙われるのは当然の話。ココに参上したのはもう一度チャンスを頂く為だガネ」
「任務を遂行できなかった? 何の話だ」
Mr.3の言葉にクロコダイルは眉をひそめる。
クロコダイルがMr.3の抹殺命令を下したのは任務の報告に不備があったからだ。
下した任務は王女の抹殺。任務自体はこなしたと報告を受けたが、結果論とは言え嘘の報告をしたためにクロコダイルの怒りにふれた。
「……ですから、麦わらの一味と王女ビビを取り逃がしたことを……」
「取り逃がしただと!! ……奴らは生きてるってのか!!」
「えっ?」
「てめェ電伝虫で何て言った。海賊共も王女も皆始末したそう言ったんじゃないのか?」
怒りを滲ませるクロコダイルにMr.3は困惑する。
「……私は『リトルガーデン』で電伝虫など使ってはいませんガネ」
「なに……!?」
それは互いの正体を知らぬ秘密結社だからこそ起こった問題だろう。
クロコダイルは直接Mr.3へと連絡を取り報告を受けた。
しかし、顔と素情こそ分かってたがMr.3に会った事も無いクロコダイルが声だけで人物を見分けることなど不可能であった。
「………………」
ドサリとクロコダイルは椅子へともたれかかった。
葉巻を取り出し火をつける。なるほど、クロコダイルの方にも失態は有った。
「……こりゃまいったぜ。
アンラッキーズがあの島から戻らねェのはそういう訳か」
めんどくさそうにクロコダイルは煙を吐いた。
その様子を眺めるも事情を知らないエージェント達は静観するしかない。
「……一人、いや二人くらいは消したんだろうな」
最終作戦を前にして面倒な問題が生まれてしまった。
エージェント達は皆明日に大事な作戦がある。指令を覆すのは癪だが、この面倒事の処理には顔を知ってるMr.3が適任だろう。
黙考し、結果次第ではMr.3の抹殺命令を“保留”にしてもいいとクロコダイルは考えた。
「い、いや、それが……その情報には誤りがありまして」
「は?」
クロコダイルの底冷えするような視線にMr.3はたじろく。必死で続きを紡いだ。
「じ、実は奴ら海賊は本当は四人いて、も、もう一人鼻の長い男が、い、いまして」
「……てめぇ」
任務を果たせず、その上どこまでも無能を晒すMr.3にクロコダイルは怒りすら超越し、その視線は質量すら伴うほどの殺気が灯っていた。
もし視線で人が殺せるというなら間違いなくMr.3は死んでいただろう。
「ゼロちゃん、何の話をしているのか説明してちょうだいよう!! 訳が分からないわ!!」
ベンサムが説明を求めた。
クロコダイルは苦虫を噛み潰すように言葉を紡いだ。
ベンサムはクロコダイルの説明を他のエージェント達と同じく大人しく聞いていたが、<麦わらの一味>の資料を提示した時に驚きの声を上げた。
「あちし、遭ったわよう!!」
それは如何なる偶然か、ベンサムは海賊達と出会い、なおかつ<能力>でコピーまでしていた。
「あいつら、あちし達の敵だったのねいっ!!」
「……そうだ。おれの正体を知っている。野放しにしておけば作戦の邪魔になるな」
「…………」
「Mr.3、お前の言うように報告よりも一人と一匹増えてるな」
Mr.3は自らの犯した失態の大きさに恐怖した。
このままでは名誉挽回どころでは無い。ただ、恥を晒しに来た様なものだ。信頼を回復しなければ命は無い。
「……ぼ、ボス!! あの一味とビビは今度こそ必ず、わ、私が仕留めて……」
起死回生をかけたMr.3の叫び。
クロコダイルが紡いだのは『是』でも『非』でも無く、一人の男の名前だった。
「……Mr.ジョーカー」
感情すらなく、ただ淡々と言葉が放たれる。
指名を受けたクレスはクロコダイルの意志を読み取った。
クロコダイルがクレスを指名したのは単純な適任度であった。本来ならクロコダイルの命令など聞く必要は無いのだが、ここで逆らうほどクレスは愚かでは無い。
音も無く、クレスは“剃”と“月歩”によってMr.3へと一瞬で接近し、鳩尾に一撃を入れた。
「あ゛……がっ……!!」
Mr.3は計算高く姑息な男だ。
交渉が上手くいかなかった時のことも考え、当然逃げるための準備を怠っていなかった。
今、Mr.3が立っているところもエージェント達からも離れていて逃げるためには十分な距離があった。
しかし、<六式>を極めたクレスにとってこの程度の距離などゼロにも等しい。
「………………」
一時的な呼吸困難で行動不能に陥ったMr.3をクレスは見下ろし、その背を蹴り飛ばした。
「あ、ああああああああああああああァァ!!」
Mr.3の身体は大きな弧を描き、表情の消え去ったクロコダイルの手前に転がり落ちた。
「た、たすけ……!!」
「黙れ!! 間抜け野郎」
クロコダイルは許しを請うMr.3の喉元を掴み黙らせる。
その両眼に温度は無かった。
「Mr.3……Mr.3!! おれがてめェに何故この地位を与えたか分かるか!? ん?」
ギリギリとクロコダイルはMr.3を締め付ける。
Mr.3の口から漏れるのはかすれた苦痛だけだ。
「姑息かつ卑劣なまでの貴様の任務遂行への執念を買ってやったからだ。
がっかりさせてくれるぜ。いざって時に使えねェ奴ほどくだらねェもんはねェ……!!」
クロコダイルが右手に“力”を込めた。
<スナスナの実>を食したクロコダイルの魔手は掌に触れたものに底なしの渇きを与える。
みるみると掴まれたMr.3が枯れていき、哀れなミイラへと変わった。
クロコダイルはゴミでも払うように腕を振って、Mr.3を投げ捨てる。
「み、みず……!!」
クロコダイルは無様な姿に成り果てたMr.3をクロコダイル手元のボタンを操作し、今いる『秘密地下』よりも更に下の部屋へと落とす。
そして、窓を軽く叩き、バナナワニに「餌だ」と告げた。
バナナワニは海王類をも捕食するサンディ諸島最強の動物だ。
Mr.3が落とされた空間。そこはバナナワニの餌場であり、残忍な処刑場であった。
ぎゃああああああああああああああああああああああァァ!!
直後、悲惨なMr.3の絶叫が響き渡った。
目の前でおこなわれた凄惨な光景を見てエージェント達は息を飲んだ。
それと同時に、クロコダイルとクレスの強さに戦慄を抱く。しくじればこの二人の制裁を受ける事となるのだ。
「やってくれたぜ……あのガキ、殺しても殺したりねェ……!!
いいか、てめェ等。<麦わらの一味>そして王女ビビ。コイツ等の顔を目に焼き付けておけ……!!
コイツ等の狙いは“反乱の阻止”。ほおっておいても必ず向うから姿を現す」
「でもね、ゼロちゃん。例え王女と言えど、動き出した反乱を止められるかしら?」
「厄介なことに、王女ビビと反乱軍のリーダー、コーザは幼なじみだって情報がある。
反乱軍は70万のうねり。そう止まらねェとしても反乱に“迷い”を与える事は確かだ。あの二人を合わせちゃならねェ」
最も恐れていた事態を引き起こす可能性がある存在が王女であるビビだ。
もし、反乱に支障が出れば長年に渡り積み上げて来た計画に狂いが生じる。
「既に反乱軍には<ビリオンズ>を数名潜り込ませてある。
そいつらの音沙汰がねェってことは奴らはまだ直接的な行動には起こしていない筈だ。
なんとしても“作戦前”のビビと反乱軍の接触は避けなければならねェ」
そして、クロコダイルはロビンに<ビリオンズ>の通達を命じた。
「いいか、王女と海賊共を絶対に『カトレア』に入れるな!!
ビビとコーザは絶対に合わせちゃならねェ!! 海賊共は見つけ次第抹殺しろ!!」
「……はい。そのように」
クロコダイルはエージェント達にも促した。
「さぁ、お前達も行け。パーティの時間に遅れちまう。
オレ達の『理想郷』は目前だ。…………もう、これ以上のトラブルはごめんだぜ?」
「お任せをボス」
そしてバロックワークスは動き出す。
誰にも悟られること無く。確実に忍び寄る。
「楽しんできたまえ」
クロコダイルは闇を纏い、そう笑った。
あとがき
今回は少し詰め込み過ぎたかもしれません。話が一気に進みました。
クロコダイルが怖いです。予想以上に暴れてくれます。
原作となんとか折り合いをつけたいのですが省きたくないシーンが多すぎて困ります。
次も頑張りたいです。