Mr.5の放った “何か” が胸元で爆発し、瀕死の重傷を負ったもののアラバスタ王国の護衛隊長であるイガラムは息を長らえていた。
このまま意識を手放しそうな程の衝撃であったが、それでも彼は懸命にその瞳を意志を滾らせる。
彼には使命があった。
それは、命よりも大切な重要な使命だ。
前方では、<能力者>である、Mr.5とミス・バレンタインによる蹂躙が続いている。
それに晒されているのはイガラムと共にバロックワークスに潜入した王女であるビビだ。
今、果敢にも義理を立てたMr.9がビビの盾になろうと能力者二人に立ち向かったが、圧倒的な実力差のもとにねじ伏せられた。
その光景を目にしながらも、唇をかみしめ、俊足を誇る超カルガモのカル―に乗ってビビは二人から逃げるが、いつ追いつかれるかは分からない。
もはや立ち上がる程の力も残っていなかったが、それでもイガラムにはやらなければならない事があった。
イガラムは地面を這いつくばり、先程自身に傷をつけた、蚊帳の外の剣士の脚にしがみついた。
「ん! 何だてめェ!!」
「…………!! 剣士殿……!! 貴殿の力を見込んで理不尽なお願い申し奉る!!」
「まつるな!! 知るかよ、手を離せ!!」
当然のごとく剣士はイガラムの行動に困惑し引きはがそうとするが、イガラムはプライドや意地などをかなぐり捨て頭を下げる。
「……あの二人組両者とも<能力者>ゆえ私には阻止できん!! かわって王女を救ってくださらまいかっ!!」
「はぁ? 知るかそんな事」
「遥か東の大国<アラバスタ王国>まで王女を届けて下されば……!! ガなラ”ヅや莫大な恩賞をあなだがだに……!!」
「……もっぺん斬るぞ」
「お願い申しあげる……!! どうが王女を助げで下さいませぬか!!」
重体の身体で叫んだ為に喉が血で詰まり上手く声が出せない。
しかし、それを無視するかのようにイガラムは叫び続ける。
剣士の強さはイガラムが身をもって体験した。自分では敵わない強大な敵でも、この剣士ならば太刀打ちできる筈だ。
剣士にとっては迷惑極まりない話だろう。だが、是が非でも手を貸してもらわなければならないのだ。
これから祖国へと赴き、祖国の希望となるべき王女がこの先で危険に見舞われている。王女を何としても助け出さなければならない。
そのためなら、イガラムは惨めに剣士の足元に縋りつくぐらい、どうということでもなかった。
「莫大な恩賞ってホント?」
その時、頭上から女の声が聞こえた。
僅かに視線を向ければ、オレンジの髪の女が足を組んでこちらを見下ろしている。
左肩にミカンと風車を模した奇妙な刺青を入れた、猫のような女だ。
「その話のった。10億ベリーでいかが?」
海賊<麦わらの一味>の<航海士>である女───ナミは、満面の笑みでそう言った。
◆ ◆ ◆
「くっ……!!」
静寂が支配する月夜のウイスキーピークをビビはカル―に乗って疾駆する。
目的地までに敵を巻いて逃げのびるために、裏路地などに入って撹乱するも、追手のMr.5とミス・バレンタインは執拗に後を追う。
<能力者>である二人は圧倒的な強さを持って二人をビビを追い詰めていた。
つい先ほどMr.9に続き、ミス・マンデーまでもがビビのために盾となると言い散った。
敵対組織であったが、ビビとイガラムを慕う人間は多い。それは、王族としての富貴では無く、二人が元から持っていた人徳だ。
だが、それすらも追手の二人は「茶番」と笑い。そしてその<能力>を持って打ち砕く。
ビビの脳裏に先程の瞬間が甦る。
盾となり、立ち塞がるミス・マンデーをMr.5の腕が捕らえた。
瞬間。その腕が爆発する。その強烈な一撃は、一瞬でミス・マンデーを打倒した。
そして、現在Mr.5は逃げるビビを視界に納め、鼻をほじっていた。
<ボムボムの実>の<爆弾人間>これがMr.5の能力だった。
この能力は身体のいたるところを“爆発”させる事ができる能力だ。
そして、それは身体だけでは無くMr.5の体内で作り出されたモノにも例外は無い。
例えば、髪も、血も、息さえも。
故に……。
「“鼻空想砲(ノーズファンシーキャノン)”!!」
“鼻クソ”も例外ではない。
丹念に丸められた、小型の爆弾(鼻クソ)は狙いたがわずビビの元へと発射される。
ビビが迫りくる衝撃を覚悟した瞬間、突如、緑髪の剣士がその前に現れた。
何かを斬り裂いた音がして、ビビの両脇で爆発が起こった。
その衝撃によって両脇のサボテン岩が崩れた。
「Mr.ブシド―!!
…………ああっ、道が!!」
逃げ道を失い、ビビは愕然とする。
「鼻クソ斬っちまった!!!」
だが、それ以上に剣士は愕然としていた。
「畜生っ!! 何てしつこい奴!! こんな時にっ!!」
ビビは剣士に向かって、アクセサリーのような形の武器<孔雀スラッシャ―>を使い攻撃を仕掛ける。
だが、それは剣士の一刀によって、いとも簡単に防がれる。
「早まるな。助けに来たんだ」
「え……、私を?」
◆ ◆ ◆
「ねぇ、バロックワークスって何なの?」
10億ベリーという、脅迫にも似た金額で王女を護衛する事を請け負ったナミは倒れ伏すイガラムから事情を聴くことにした。
イガラムの口から語られるのはバロックワークスという秘密犯罪結社の大まかな形態だ。
イガラムの説明は要約すればこうだ。
社員ですらその全容どころか社長の顔も分からない完璧な秘密結社であり、目的は“理想国家”の建国。
稼業は、盗み、諜報、賞金稼ぎ、暗殺。それら全てはボスの命令によって動く。
そして、働きにおいて後の理想国家での地位が約束される。
イガラムからの説明を聞き、なるほど……とナミは納得した。
胡散臭いことこの上ないが、魅力的な条件であった。この男の口上を聞く限りだとかなり有力な組織なのだろう。
「ボスのコードネームはMr.0。
一人だけ例外はいますが、つまりはそのコードネームに近いほど後に与えられる地位は高くなりそして何より強い。……特にMr.5より上の者達の強さは異常だ」
「ふうん……。でも、心配する事は無いわよ。あいつはバカみたいに強いから」
イガラムの話を聞くもナミは特に心配する様子も無く、イガラムに対いて笑いかけた。
それよりも、お金の方をよろしくね。と気楽に念を押し、何気なく辺りを見渡すとふとした違和感に気付いた。
「あれ? ……そこで寝てたルフィはどこ行ったの?」
◆ ◆ ◆
「……あなたね。この島の平社員達を斬りまくってくれた剣士ってのは」
「なぜ貴様が王女をかばう?」
「……おれにも色々と事情があるんだよ」
ビビを追う、Mr.5とミス・バレンタインの前にゾロが立ち塞がる。
ゾロとしてはあまり乗り気ではなかったが、ナミに弱みを握られ渋々と戦う事となっていた。
「まァ……いいさ。いずれにしろおれ達の敵だろ邪魔だな」
「キャハハハ……!! そうね邪魔。だったら私の能力で……」
ミス・バレンタインはゾロに向かって無邪気な笑顔を向けた。
「……地面の下に埋めてあげるわ」
「そりゃ、どうも」
互いに睨み合う。一触即発の空気が流れ始め、ビビがその緊張にゴクリと唾をのみ込んだ。
「ゾロォォォォォォ!!」
その時、新たな叫び声が加わった。
声の主の方へ視線を向ければ、風船のようにお腹を膨らませた麦わら帽子の男が立っていた。
「今度は何?」
「ルフィじゃねぇか……」
<麦わらのルフィ>賞金3千万ベリーの賞金首で、ゾロの所属する海賊団の船長だ。
ルフィは肩で荒い息を制しつつ、目的の人物を見つけ立ち止った。
「どうした? 手伝いならいらねェぞ。それともお前もナミに借金か?」
「ゾロ!!」
「あ? 何だ?」
そしてルフィは怒りのままに感情を爆発させる。
「おれはお前を許さねェ!!! 勝負だ!!」
「はァ!!?」
◆ ◆ ◆
突然、仲間である筈のゾロに宣戦するルフィ。
いきなり何だというのだ?
別にゾロが何かしたとでもいうわけでもない。特に心当たりも無かった。
「何を訳わかんねェ事言ってやがんだ!!」
「うるせェ!! お前みたいな恩知らずおれがブッ飛ばしてやる!!!」
「恩知らず……?」
「そうだ!! おれ達を歓迎してくれて旨いモンいっぱい食わしてくれた親切な町の皆をお前が一人残らずお前が斬ったんだ!!」
「………いや……そりゃ、斬ったよ」
呆れて、ものが言えない。
斬った。確かに斬ったが、それはこの町の人間が賞金稼ぎでルフィを含めた一味全員を騙していたのだ。
しかもその話は既に終わり、今はまた別の問題の最中である。
「な、なんてニブイ奴なの」
思わずビビも呟いてしまった。
「……あいつも剣士の仲間見てェだな。うっとおしい奴らだぜ」
「消しちゃえばいいのよ。任務の邪魔する奴は全てね……!!」
Mr.5とミス・バレンタインの二人はどうでもいいと、任務を遂行しようとする。
ゾロは未だ状況を理解どころか、状況について考えもしてないであろう船長にため息交じりに説明することにした。
「おい、ルフィ……よく聞けよ。あいつら実は全員……」
「いい訳すんなァア!!!」
「何ィ!?」
問答無用!!
ルフィの返事は岩をも砕くゴムパンチ。
拳はゾロの頭を粉砕するかのように迫り、僅かに逸れ背後の石壁を粉々に砕いた。
とてもではないが、味方に放つ攻撃では無い。
「殺す気かァ!!」
「ああ、死ね!!」
そして再びゾロを相手にして暴れまくる。
「この野郎……!! 本気だ……!!」
展開は思わぬ方向へと動き始めた。
「……Mr.5。……どうやら、わたし達の邪魔をしに来た訳ではなさそうね」
「そのようだな。ならば、おれ達は速やかに任務を遂行しようじゃねェか」
何故か、激しい仲間割れを始める海賊達を見てミス・バレンタインは僅かに困惑する。
そんなミス・バレンタインにどうでもよさげにMr.5が答え、気を取り直し二人は動き出す。
アラバスタ王国王女の抹殺に向けて───!!
「いくぜ、ミス・バレンタイン!!」
「ええ、Mr.5!!」
迫る<能力者>二人にビビは僅かに身体を硬直させる。
逃げようにも、先ほどのやり取りで退路が絶たれてしまった。
もはや逃げられないと、覚悟を決め立ち向かおうとしたその時、
「いい加減にしろてめェ!!」
Mr.5のペアに向けて、ゾロに蹴り飛ばされた風船のように膨らんだ大玉(ルフィ)が直撃した。
そして、共に吹き飛び、着き当りの民家の壁に直撃する。
「あのバカ野郎が……!!」
ゾロは肩を怒らせ、破壊され大穴のあいた民家の壁を睨めつける。
僅かに訪れる沈黙。
ビビは成り行きを見守る為に息をのんだ。
その瞬間、前方で大きな爆発が起こった。この現象はMr.5の能力だ。そして、それが誰に向かって使われたなど考えるまでも無い。
すると、Mr.5の起こした爆風に乗り、傘をさしたミス・バレンタインが空高く飛び出した。
「あっっっっタマ来たわ!! もう死ぬがいわ!! わたしのこの<キロキロの実>の能力でね!!」
ミス・バレンタイン。<キロキロの実>の能力者。
彼女の能力は体重を自在に変化させることが出来るといったものだ。
爆風にも乗る今の彼女の体重は僅か1kg。軽い体重を生かし軽やかに舞い、ミス・バレンタインはゾロの真上へと浮遊する。
「避けて!! Mr.ブシド―その女は!!」
ミス・バレンタインの能力を知るビビはゾロに向かい警告する。
<キロキロの実>の能力は何も体重を減らすことだけでは無い。その逆も可能なのだ。
「うるせェ……」
「えっ?」
「……今それどころじゃねェんだよ」
ビビの警告を黙殺し、ゾロは爆風によって土煙の舞う前方を睨み続ける。
すると、その中から人影が現れた。
「あー、いい運動して食いモン消化出来た……。これでやっと本気出せる」
現れたのは、普段通りの体型に戻った麦わら帽子の男とボコボコにされ引きずられるMr.5。
麦わら帽子の男は興味無いとばかりにMr.5を放り投げると、剣士の方向を睨みつけた。
「ミ、Mr.5!! 嘘……!! バロックワークスのオフィサーエージェントを!!」
驚愕するビビ。それはありえない光景だった。
絶対的な強者として存在するオフィサーエージェントの人間が、僅か短時間で瞬殺される事など考えた事も無かった。
「おい、ルフィ、落ちついておれの話を聞け。
この町の連中は全員賞金稼ぎで、…………つまりおれ達の敵だったんだよ」
「ウソつけ!! 敵がメシを食わしてくれるかァ───っ!!」
ビビの声が聞こえていなかったのか、ゾロは本来警戒すべきミス・バレンタインに見向きもせず、聴く耳を持たないルフィに対して再度説明を行う。
「無視すんじゃないわよ!! わたしの能力は1kgから1万kgまで自在に体重を変化させる事なのよ!!」
完璧に無視されたミス・バレンタインは苛立ちのままに声を上げ、その<能力>を行使する。
「くらえ!! “1万kgプレス”!!」
傘を閉じ、ゾロに向かって狙いを定める。
1kgから1万kgへの急激な変化。
重力に乗り加速した肉体は想像を絶する破壊力を生み、ミス・バレンタインを凶悪な圧縮機と化した。
───ヒョイ
だが、ゾロはミス・バレンタインの必殺の一撃を、彼女を一瞥する事も無く、まるですれ違う人間を避けるかのようにいとも簡単に避けた。
直前で避けられるとは思っていなかったミス・バレンタインはそのままの勢いで、地面へと突っ込み、沈黙する。
「……ルフィ、どうやらてめェには何を言っても無駄らしいな」
ゾロはそのままミス・バレンタインを見向きもせずに、腕に巻きつけてあったバンダナを頭にきつく結んだ。
「このウスラバカが!!
ならこっちも殺す気で行くぞ!! 死んで後悔するな!!」
ゾロは殺気を放ち、腰元の刀に手をかけた。
「上等だァ~~~~~っ!!」
ルフィも地面を踏みしめ、気合を入れる。
「ちょっと……どうなってるの!? コイツら仲間じゃなかったの!!?」
短期間ではあったが海賊達の船に乗ったビビは、仲のよさそうな彼らの仲間割れに困惑を隠せない。
「ゴムゴムのォ~~~~ォ!!」
<ゴムゴムの実>の<ゴム人間>であるルフィは、ゴムの腕を後ろへと伸ばす。
「“鬼”───!!」
三刀流の使い手であるゾロは、両手と口に刀を持ち、必殺の構えを取った。
「“バズーカ”!!」
「“斬り”!!」
ゴムの身体を生かしての両腕の掌底突き。
三本の刀が同時に襲い来る力技の豪剣。
両者の間で必殺の一撃が炸裂した。
「畜生……!! こんな奴らにコケにされたとあっちゃ、<バロックワークス>オフィサーエージェントの名折れだぜ!!」
「その通りよMr.5!! 私達の真の恐ろしさあいつらに見せつけてあげましょう!!」
傷だらけの身体で、Mr.5とミス・バレンタインの二人は立ちあがった。
前方では自分達をコケにした海賊たちが激しい戦闘を繰り広げている。
二人は海賊達を憎しみをこめて睨めつけた。
これまでに二人達はいくつもの重要なな任務を完璧にこなしてきたのだ。
それであるのに、海賊達はまるで自分達が眼中に無いようではないか。
そのような事は、バロックワークスのオフィサーエージェントのプライドが絶対に許さない。
「行くぜ!! ミス・バレンタイン!!」
「ええ!! Mr.5!!」
二人は戦闘を繰り広げる海賊達に向かい疾駆する。
先程は、少しだけ油断しただけだと、己に言い聞かせ、互いに攻撃を仕掛けようとした時──────
「「……ゴチャゴチャうるせェな!!」」
全身を今までに感じた事が無いような悪寒が走り抜けた。
二人は余りにも恐ろし過ぎる海賊達に全身が硬直し言葉を無くした。
「勝負の───」
海賊達はうっとおしい虫を払うかのように、海賊達はそれぞれの武器を握りしめ、
「──────邪魔だァ!!!」
Mr.5とミス・バレンタインを吹き飛ばした。
第七話 「歓迎の島の邂逅」
「クックックッ……!!」
「もう、クレス笑い過ぎよ」
海賊達が繰り広げる激しい戦場から少し離れた屋上でその様子を見ていたクレスは、その結末に笑いをこらえきれずに噴き出していた。
余り距離が離れている訳では無い。見つかる可能性もあるので、ロビンは口元に笑みを作りながらもクレスをたしなめる。
「悪い。余りに予想外すぎてさすがに笑えた。
勘違いで仲間割れして、その邪魔したからMr.5のペアが倒されたとか、ありえねェだろ」
「まぁ……確かに面白い結果に終わったわね」
ロビンが眼下の海賊達を見る。
先程、暴れ続ける海賊達に別の仲間がやって来て制裁を加え黙らせて、今は王女を交えて話をしている。
「で、これからどうするの?
麦わらのコ達がやって来たのは予想外だったけど、おおむね想定通りよ」
「そうだな……これからどうなるか。
海賊達が王女を連れてアラバスタに来るのか否かで少々シナリオが変わるな」
「そうね……あら?」
その時、一匹のハゲタカと一匹のラッコがが海賊達の方へと飛んで行った。
そして、暫く海賊達と王女の話を聞いて、確信したように頷き飛びったった。
それを見て海賊達は騒ぎだす。おそらく、自分達の立場を知ったのだろう。
二匹はアンラッキーズと呼ばれるバロックワークスのエージェントだ。
主な任務は、任務の通達とフロンティア・エージェントへの任務失敗のお仕置き。
言葉こそ話せないが、器用な動物達で似顔絵なんかも相当うまい。
「……あらら」
「抹殺リストに追加ね」
「まぁ、<麦わらの一味>は置いといてだ。
あいつらが関わってくるかどうかを踏まえても、とりあえずはシナリオ通りでいいと思う」
「……そうね。たしかに、ある程度はアレで誤魔化せるものね」
「じゃぁ、行くか」
「ええ」
そうして、二人は闇に溶けるように消え去った。
◆ ◆ ◆
ボスの正体を知ってしまい、<麦わらの一味>はバロックワークスの抹殺リストに加えられた。
ルフィとゾロの二人は何故か喜んでいるものの、常識人であるナミは悲観に暮れていた。
グランドラインに入って早々に七武海率いる秘密組織に命を狙われるという重大さに気付いてないのかはしゃぐ様な素振りを見せる男共をシバき倒す余裕すら無くなっていた。
その姿が余りにも可哀相でその切欠を作ってしまったビビが必死で慰める。
好物のお金で慰められても、全然元気が出ない。でも、くれるなら欲しい。
「ご安心下さいっ!! 大丈夫!! 私に策がある」
そんな海賊達と王女に怪我から立ち直ったイガラムが声をかけた。
ナミが僅かに希望を覗かせ振り向いた。この男は一国の護衛隊長なのだ。きっといい考えがあるに違いない。
ナミが見た光景は、
「イガラム……!! その格好は!?」
「うはーっ!! おっさんウケるぞ、それ、絶対!!」
「なんだてめェ、そんな趣味があんのか?」
何故か女装をするイガラム。
「……もう、バカばっかり」
そして、ナミは再び悲観に暮れる。もう何も聴きたくない。
周囲の反応を気にすることなくイガラムはごく真面目に口を開いた。
追手は直ぐにでも来るだろう。
参考までにボスのクロコダイルの元々の賞金額は8100万ベリーだと。
「ところで、王女をアラバスタまで送り届けてくれる件は?」
「ん? 何だそれ?」
「コイツを家まで送り届けてくれとよ」
「なんだそう言う話だったのか。いいぞ」
「8100万ベリーってアーロンの四倍じゃない!! 断わんなさいよ!!」
バカかァ!! と即答した船長に叫ぶナミだったが、これまでにルフィが言うことを聞いてくれた試しが無い。
ナミを少し置いてきぼりにして、イガラムは作戦について語り出す。
それはイガラムがダミーと共に囮となって永久指針に従いアラバスタへと直接向かい、組織がイガラムに気を取られている隙に通常航路で王女達がアラバスタまで向かうといったものだ。
確実ではないがそれなりに効果のある。現状では最善の手段だろう。
イガラムの説明に海賊達は納得し、ビビは固い決意と共にそれを了承した。
「無事に……祖国で会いましょう」
そう言い残し、イガラムは暗い暗い夜の海に出た。
イガラムを乗せた船は港から順調に風に乗り前に進む。
きっと、イガラムなら危険な道のりも大丈夫。ビビはそう自分に言い聞かせ、船を見送った。
船は月明かりの中を進み、水平線の彼方に消える前に──────爆発し、炎上した。
◆ ◆ ◆
ほんの少し前。
イガラムは作戦通り船の舵を取り、アラバスタを一直線に目指していた。
「ビビ様……貴女様ならきっと大丈夫です」
一度だけ後ろを振り返り、王女であるビビを思った。
王女との再会を約束したものの、イガラムとしてはこのままこちらに敵を目に引き続けられれば自分の身がどうなろうともよかった。
Mr.5のペアが陥落し、組織はそれ以上のペアを差し向ける。
だが、こうしてイガラムが囮として組織の目を欺いたとしても、組織の追撃はビビ達を襲うのかもしれない。
アラバスタへの道のりは困難を極める筈だ。なにも敵は組織の人間だけでは無い。
通常航路でアラバスタに着くまでにはグランドラインの島を2、3通ることになる。
ならば、その島で新たな困難が立ち塞がる可能性もある。グランドラインの非常識は時に航海者たちに無情な牙を剥く。
だが…………。
「不思議な者達だった。
……彼の海賊たちならきっと遣り遂げてくれるだろう」
彼らなら、あの不思議な魅力を持った海賊たちならば……。
そんな、安心感にも似た感情がイガラムの口元に笑みを作る。
単純に考えればありえない話だ。
七武海が率いる犯罪組織相手に海賊達は余りにも小さい。
しかし、それでも“何か”を遣り遂げてくれくれそうな気がする不思議な者達だった。
「彼らに報いるためにも、わたしも気を引き締めねば。
王女が無事にアラバスタに辿り着く為にも、確実に航海を行わなければ……」
イガラムは笑みを作っていた口元を引き締め直す。
賽は既に投げられているのだ。もはやいつ追手がおって来てもおかしくはない。
イガラムは再び針路を確かめようと<永久指針(エターナルポース)>を覗き込む。
だが、その時、ありえない筈の声が聞こえた。
「─────残念だが、お前の歩みはここで終わりだ」
「なっ!!」
驚き、視線を彷徨わせる。
そして、己の後ろにその姿を見た。
それは忘れる筈のない姿だった。
色は黒なのだが、光に当たると干し草のように柔らかく透けるパサついた髪。
細身ではあるが、洗練された機械のような機能美を感じさせる鍛え抜かれた肉体。
一見優男にも見える真面目そうな顔立ちをしているが、どこか暗い光を灯している瞳。
イガラムは驚愕と恐怖と共にその男の名を叫んだ。
「Mr.ジョーカー!!」
憎しみさえ込められたイガラムの叫びに、Mr.ジョーカーは特に気にした様子も無く綽々と続けた。
「囮として一人アラバスタに向かい、エージェント達を釘図けにする。
なかなか悪くない手だが、それでも組織を甘く見ているとしか思えない。
…………まぁ、この際お前の変装に関しては目を瞑ろう」
それは最悪と言っていい状況だった。
今だ海に出て島を離れるどころか、半時も過ぎていない。
この状況で囮作戦を見破られ、そしてなおかつ見破った相手がよりにもよってこの男だ。
Mr.ジョーカー。
Mr.0のパートナーであるミス・オールサンデーの私兵。
正規にバロックワークスに所属している訳では無いのにコードネームを与えられる異質な存在。
そして、何よりも……
「くっ……!!」
イガラムが武器である散弾銃に手をかけた。
島にはビビがいる。ここでこの男をを食い止める事が出来なければ命の危険に晒されるだろう。
それだけは何としても防がなければならなかった。
「死ねっ!! “イガラ……” 」
「──無駄だ、止めとけ」
「ガッ!!」
イガラムがショットガンの引き金に手をかけるよりも圧倒的に速く、Mr.ジョーカーはイガラムの腹に硬い拳をめり込ませていた。
全身に響くような衝撃を受け、イガラムは膝をつく。
それに伴い、握っていた散弾銃が床に転がった。
イガラムはもともと重体の身だった。連鎖的に全身の傷が痛み、全身が動くことを拒むように固まった。
そして、何よりも……。
Mr.ジョーカーが恐れられるのはその圧倒的なまでの強さだった。
ミス・オールサンデーの私兵という立場上、活躍の舞台は多くは無い。
だが、社員のだれもがその存在を知っていた。多くのものは実際に見た訳ではない、しかし、その噂は遍く広がる。
異質なままの存在であるにもかかわらず、バロックワークスという巨大な組織の中でまさに“実力”によってその存在を許される男だった。
「手加減した。……勘弁しろよ。あんまり暴れると後が大変だぞ」
イガラムが行動不能に陥るまでの一撃を加えておいて、しゃあしゃあとMr.ジョーカーは言ってのける。
膝をつき絶体絶命の状況においても、イガラムはMr.ジョーカーを睨み続ける。
「……おのれっ!! 貴様らに祖国を渡す訳にはいかぬのだ!!」
「……それだけ、吠えられれば上等だな」
「黙れ!! 必ずや我らは祖国を救って見せる!! 貴様らの思い通りにはさせんぞ……バロックワークス!!」
その瞬間、Mr.ジョーカーは目を見張った。
もう動けないと半ば確信していたイガラムが突如、Mr.ジョーカーに向けて飛びかかったのだ。
だが、それは勝機など見えないであろう無様な攻勢。
攻撃手段も体当たりと滑稽極まりない。
しかし、それゆえにどこまでもまっすぐで強い。
イガラムは命の残り火を燃やしつくすかのように、意地だけでMr.ジョーカーに攻撃を仕掛けたのだ。
その身は身を捧げた、アラバスタ王国のため。
彼の全ては愛すべき祖国と王女のため。
そのためにこの身が果てようとも構わなかった。
「おおおおおおォォォ……!!」
「…………」
吠えるイガラム。全てを賭けた彼の攻勢。
だが、それでもイガラムの力はMr.ジョーカーに届かない。
イガラムがMr.ジョーカーに体当たりをかます寸前、如何なる面妖な技か突如その姿が消えた。
そして、間をおかずにその姿が勢い余り転倒したイガラムの後ろに現れた。
「───だから止めとけと言った。
心意気は立派だが、それでもオレには届かない」
Mr.ジョーカーは転倒したイガラムの首元を掴んだ。
そして、常識外れの握力と膂力を持って自身よりも大きいイガラムを腕一本で持ち上げた。
「ぐっ……!! ……バケモノが」
「結構」
その時、イガラムとMr.ジョーカーの瞳とが交差する。
まるで、夜のように深い黒。その瞳が鏡のようにイガラムを見つめている。
「さっきも言ったが、ここでお前の歩みは終わる。怨むならオレを怨め。お前はここで一端退場だ」
感情をうかがわせないまま、淡々とMr.ジョーカーは言う。
「わたしがここで果てようとも……!!
海賊達に導かれ、ビビ様は必ずや祖国を救うだろう!! 必ずだ!!」
「…………そうか。
なら、そうなることを祈ってるよ。………精々頑張るんだな」
そして、Mr.ジョーカーはイガラムを暗い夜の海へと放り投げた。
大柄であるにも関わらず、イガラムの身体は重さを感じさせること無く遠くまで吹き飛ばされる。
その直後、イガラムの乗っていた船で巨大な爆発が起こった。
意識を失うイガラムが見たのは爆破された船と、何故か悲しそうに揺らいだMr.ジョーカーの瞳だった。
◆ ◆ ◆
麦わら帽子を被った髑髏(ジョリーロジャー)を掲げた船は舵を川上に取り進んでいた。
海賊船はそこから支流に乗り航路に乗る手筈となっている。
本来は五人の海賊団に今は新たな人物が一人と一匹乗り込んでいた。
麦わらの一味がアラバスタへと送り届ける事を約束したビビとカル―だ。
ビビはイガラムの最後を見届け、唇を噛みしめながらも、気丈に振る舞い、前に進むことを決めた。
そんなビビを海賊達は送り届けると約束する。
「おい、何でだ!! 待ってくれよ、もう一晩くらい泊まって行こうぜ!! 楽しい町だし、何よりも女の子は可愛いしよォ!!」
眠っていた為に展開についていけない金髪の男が声を荒げた。
オシャレにスーツを着こなて、無精ひげを生やし、何故か眉毛がくるりと丸まった男。
<麦わらの一味>の<コック>のサンジだ。
「そうだぜ!! こんないい思いは今度いつできるかわかんねェんだぞ!!?
おれ達海賊じゃねェか、ゆったり行こうぜ!! だいたい、まだ朝にもなってねェじゃねェか!!」
同じく事情が呑み込めない長鼻の男が声を上げる。
頭にはバンダナを巻き、<北の海>の最新モデルの狙撃ゴーグルをつけている。
<麦わらの一味>の<狙撃手>のウソップだ。
「おい、ちょっとあいつらに説明を……」
「うん。してきた」
船の舵を取るために甲板を離れていた騒いでいる二人を見てゾロが面倒くさそうにナミを促す。
だが、ナミの答えは簡潔で既にサンジとウソップは黙り込んでいた。
「……………」
「……………」
甲板に倒れ、何故か顔に殴打の後のある二人。
確かに静かになったが、とりあえず黙らせるのを優先したようだ。
倒れ伏す男二人を見て、ビビはナミにだけは逆らわない事を心に刻んだ。
歓迎の街ウイスキーピーク。
裏の顔は、賞金稼ぎ達の巣。
その正体は、バロックワークスの支社。
この島で様々な事が起こった。
しかし、それはもう既に過去の事となり果てた。
今を生きる人間には為すべき事がある。
島から離れようとする船の上で、ビビは決意を新たにする。
船は順調に進み、支流の終わり近づき岸が前方に見えた。
日が昇り始め、辺りも明るくなってきて、霧も出て来る。
襲ってくるかと思った追手の姿は無い。後は慎重に海に出るだけだった。
「船を岩場にぶつけないように気をつけなきゃね。あー追手から逃げられてよかった」
──────!!
その時、聞き覚えのない女の声が聞こえた。
その声はからかうように、海賊と王女達に語りかけられた。
「なっ!! 誰だ!!」
全員が驚き声の方向へと振り向いた。
船の二階部分の欄干。そこに、足を組んだ女が座っていた。
艶やかな黒髪に同系色のテンガロンハットを被った女だ。
大人びた整った面立ち、鼻筋はすっと中心を通り、瞼は綺麗な二重で色気を放つ。
そしてその口元にはミステリアスな微笑が浮かんでる。
肌は磁器のようにきめ細かく、服から覗く四肢がなまめかしい。
「はじめましてね。ミス・ウェンズデー」
「何であんたがここに……!! ミス・オールサンデー!!」
ありえないとでも言いたげなビビの声。
その声に、ナミが反応した。
「今度は何!? “Mr.何番” のパートナーなの!!?」
「……Mr.0、ボスのパートナーよ。
実際にボスの正体を知っていたのはこの女ともう一人だけ……。
私達はコイツ等の後を尾行することでボスの正体を知った……!!」
「正確に言えば、私達が尾行させてあげたの。
ダメよ、ミス・ウェンズデー。尾行するならもっとうまくやらなくちゃ。それに古い建物は軋みやすいから体重を預けちゃダメ」
「くっ……」
「何だ、いい奴じゃん」
歯がみするビビにルフィが能天気に言う。
「……そんな事わざわざ言われなくても知ってたわよ!!
そして私達が正体を知った事をボスに告げたのもアンタでしょ!!?」
「何だ、悪ィ奴だな」
またも、ルフィが能天気に感想を述べた。
ビビの糾弾にもミス・オールサンデーは笑みを崩さない。
「アンタがイガラムを……!!」
「さぁ、どうかしら?」
「くっ!! それに、いつも一緒のあの男はどこ!!?」
「さぁ、どこかしら?」
状況からして、イガラムに手を下したのはこの女かもう一人で間違いない筈だったが、怒りもありビビは噛みつくように問いただす。
だが、そんなビビを余裕の表情でミス・オールサンデーははぐらかした。
「アンタの目的はいったい何なの!!?」
苛立ちが先行した言葉。
その問いかけに、ミス・オールサンデーは僅かに目を細めて、初めて答えを返した。
「さァね、あなた達が真剣だったから、つい協力しちゃったのよ…………」
ミス・オールサンデーはそこで区切ると、一度目を閉じて残りの部分を語った。
「…………本気でバロックワークスを敵に回して、国を救おうとする王女様があまりにもバカバカしくてね」
それは明らかなる嘲りの言葉だった。
命をかけ、国を救うために組織に潜入したビビとイガラムをあざ笑うもの言い。
イガラムが最期に言った「無事に……祖国で会いましょう」という言葉がよみがえる。
ミス・オールサンデーの言葉は彼の決意を踏みにじるような許しがたき屈辱だった。
「ナメんじゃないわよ!!」
怒りのままに、武器を構えようとしたその時、既に海賊達が各々の武器をミス・オールサンデーに向けていた。
ビビが驚く。今の話は海賊達には一切関係ない問題だ。だが、彼らはビビの怒りに共感し武器の矛先を定めてくれたのだ。
「おい、サンジ、お前意味分かってやってんのか……?」
「いや、なんとなく……。愛しのミス・ウェンズデーの身の危険かと……」
武器であるパチンコをミス・オールサンデーはに向けて引き絞るウソップは、船に備え付けられている小銃を構えるサンジに問いかける。
彼らは若干話が見えなかったが、赴くままに武器を構えていた。
「……………」
片や、海賊達に武器を向けられたミス・オールサンデー。
ルフィだけは何故か無表情で棒立ちしていたが、その他の全員から武器を向けられ絶体絶命の筈だ。
しかし、さして彼女は気にした様子も無く、軽くため息交じりに呟いた。
「………殺しちゃダメよ。Mr.ジョーカー」
瞬間、幾丈もの斬撃が海賊達に降り注いだ。
「避けろてめェ等ァ!!」
いち早く気付いた剣士のゾロが叫ぶ。
それでも完全に不意を突いた攻撃は海賊と王女にまともな反応を許さず、全てが彼らを縫いとめるかのようにその足元ギリギリに落ちた。
浮足立つ海賊達。
その中を、混乱を裂くように、ストン……。と軽やかにミス・オールサンデーの隣に一人の男が着地した。
細身でパサついた髪と夜のような瞳の男だった。
「別にそんなつもりない。
ただ、さっきの状態はさすがに我慢できないだけだ」
「Mr.ジョーカー……!!」
男の正体を知るビビが絞り出すように呟いた。
新たな男の登場に、先ほどとは打って変わり船内は静まり返った。
「ウソ……さっきの攻撃、……コイツ何したの」
「今のは斬撃……能力者か?」
「おいコラ……パサ毛野郎!! てめェ、レディ達に向かってなんて真似してくれてんだ!!」
「すんげーな!! お前!! いったい何やったんだ!!?」
「ギャァァー!! 鼻先かすったァァァ!!」
Mr.ジョーカーの奇襲に、先程よりも海賊達は警戒の色を深める。
全員がMr.ジョーカーを得体の知れない敵だと認識していた。
そんな様子に、ミス・オールサンデーはため息をついた。
「やり過ぎよ、Mr.ジョーカー。
……これじゃ、本来の目的が果たせないわ」
その時、甘い花のような匂いと共に、身構えたサンジと、逃げ腰モードのウソップにそれは起こった。
二人は予想外のありえない位置から、何かに強く引っ張られた。
「え?」 「なっ!!」
碌な抵抗も出来ずに、欄干から落とされる二人。
それと同時に、甲板に立ち武器を構えていたナミとゾロにも変化が起こった。
突如、何かに手を打ち払われ、手に持つ武器を叩き落とされのだ。
落とされた武器と仲間を茫然と見つめ、それを引き起こせる可能性のある人物に視線を向ける。
「<悪魔の実>か!! 何の能力だ!!」
その問いに、Mr.ジョーカーとミス・オールサンデーの二人は淡い微笑を浮かべるだけだった。
「いったい何しやがった……って、うぉい!! よく見りゃキレーなお姉さんじゃねェか!!?」
殺気立つ仲間とは裏腹に、甲板に落ちた女好きのサンジが初めてミス・オールサンデーの顔を見て歓喜の声を上げる。
もはや彼には攻撃を受けたことなどどうでもよかった。
一瞬、尋常でない程の殺気がMr.ジョーカーの方から飛んできたが、それすらも気にしない。
「ふふふ……そう焦らないで。
私達は別に何の指令を受けた訳じゃないの。あなた達と戦う意味は無いわ」
その時、突如ルフィの被る麦わら帽子が弾かれるように、ミス・オールサンデーの手元へと運ばれた。
「あなたが麦わらの船長ね。モンキー・D・ルフィ」
そして、彼女は麦わらをテンガロンハットの上に被せた。
「お前、帽子返えせ!! ケンカ売ってんじゃねーかコノヤロー!!」
ここに来て初めて、怒りの感情を見せるルフィ。
しかもそれは、大切な帽子が盗られたことに対してであった。
それはただ状況を理解していないだけなのかもしれないが、その心内は誰にも分からない。
「不運ね……。バロックワークスに命を狙われる王女を拾ったあなた達も、こんな小さな海賊団に護衛される王女様も。
そして、なによりも不運なのはあなた達の<方位指針>が示す針路。
その先にある島の名は<リトルガーデン>。あなた達は恐らく私達が手を下さなくても、アラバスタにも辿りつけず、そしてクロコダイルの姿を見る事も無く全滅するわ」
「するかアホーッ!! 帽子返せコノヤロー!!」
微笑するミス・オールサンデーに、帽子を取られ本気で怒りだすルフィ。
そんな、ルフィにミス・オールサンデーは微笑みながら麦わら帽子を返した。
「だから、そんな困難にわざわざ突っ込んでいくのもバカな話」
ミス・オールサンデーはMr.ジョーカーへと目配せをする。
Mr.ジョーカーはそれを受け、サイドバックから砂時計のようなモノを取りだした。
「これは、アラバスタ手前の<何も無い島>を示す<永久指針>だ。
バロックワークスの社員達も知らない航路だ。これに従い進めば、困難を乗り越えられる」
Mr.ジョーカーはその<永久指針>をビビへと放り投げた。
「何でこんなものを……!!?」
「なに? あいつら、いい奴なの?」
困惑するナミとビビ。
目の前の二人の行動はどうにも謎が多すぎる。
もしかしたら……。という考えが浮かんでは巡る。
「……どうせ罠だろ」
ゾロのそれは当然の疑いだ。
敵方からの手渡される進路。この先に何があるかなど、疑わない方がおかしい。
海賊達の反応にも、ミス・オールサンデーとMr.ジョーカーは表情を変えない。
むしろ、その選択の行方を楽しんでいるようにも感じた。
<永久指針>を手にしたビビは選択を迫られた。
あんな奴らからこんなものを受け取りたくない。だが、この船に乗せてもらう以上は少しでも安全な航路を取った方がいいに決まっている。
しかし、それが罠だという可能性も十分にありえた。
受け取るか否か。
<永久指針>を見つめ決断を迫られるビビに、ルフィがズカズカと近づき、その手から<永久指針>を奪い取った。
そして、バキリという小気味いい音と共に、ビビの選択肢を握り潰した。
「アホかーっ!!」
考えなしの船長に炸裂するナミのヒールキック。
「せっかく楽に行ける航路を教えてくれてんじゃない!! あの女がいい奴だったらどうすんのよ―!!」
「…………」
ルフィはナミの言葉を聞きながらも立ち上がると、ミス・オールサンデーとMr.ジョーカーに向けて言い放つ。
その姿には一切の迷いや葛藤は無かった。
「この船の進路をお前が決めるなよ!!!」
それが、この船の船長の下した結論だった。
「そう……残念」
「……ああ、まったくだ」
そして、交渉は決裂し、結論は出た。
そんな中で、Mr.ジョーカーは麦わらの船長に向けて問いかけた。
この時、二人の笑みが深くなってたことに気付いた者はいなかった。
「もし、オレ達の言葉に嘘が無かったとしたらどうする?
オレ達が示した航路が正解で、お前の選択が間違いだとしたら」
「なに言ってんだお前? 答えなんて、そんなもんやってみねェとわかんねェだろ」
「……そうか」
そして、Mr.ジョーカーは背を向け、それにミス・オールサンデーが続く。
「威勢のいい奴は嫌いじゃないわ……生きてたらまた会いましょう」
そして、ミス・オールサンデーはMr.ジョーカーに手を引かれ、いつの間にか近くにやって来ていた巨大なカメに乗り込んだ。
こうして、嵐のような邂逅は終わる。
彼らが去った後には、どこか温かい春風が吹いていた。
◆ ◆ ◆
バンチに乗りクレスとロビンは波に揺られる。
差し始めた日光に影を作りながら広い広い海を進む。
「まったく……面白い奴らだ」
「ふふふ……確かに」
二人は先程の邂逅を思い出す。
成り行きを見守り、海賊達には興味を惹かれた。
だが、それ以上の強烈な魅力を彼らからは感じた。
「まぁ、それでも<永久指針>を壊されるとは思わなかったな」
「なかなか、思い通りにはいかないものね」
実際、二人が語った言葉に嘘は無かった。
手渡した<永久指針>は実際に<何も無い島>を指している。
「最悪の場合は無理やりにでも拉致るしかないかと踏んでいたけど……それよりも、十分面白い結果が得られそうだ」
「でも、彼らは次の島でどうするのかしら?」
海賊達の次の進路は<リトルガーデン>。
ここには、どうしようもなく人の手では及ばない問題があった。
「いや、案外、何とかなるかもしんねェぞ?」
「まぁ、それも含めて……これからが楽しみね」
「ああ、そうだな」
そうして、二人は再び波に身を委ねた。
あとがき
最近月に三回ぐらい自分は本当に馬鹿なんじゃないかと思う瞬間があります。
申し訳ございません。
今回の話はやっと一味との邂逅だ!! と変にテンションの上がった私の産物です。
途中はほとんど原作そのままなのですが、この部分は結構好きで、ハイテンションのままに文章に起こしてしまいました。
実は今回の話はいつもの三倍ぐらいあります。
省略して書き直そうかと思いましたが、そうするといまいち緊張感に欠けるような気がしてそのままにしてあります。すいません。
さて、こんかいから本格的に原作突入ですね。
いつまでたっても未熟な作者ですが、上手く導けるように精進を重ねたいです。