「助かったわ……ありがとう。オカマさん」
「いいのよう!! 気にすんじゃなーいわよーう!!
だって、あちし達……友達じゃない!!」
「友達か……まぁ……良いか。
ところで思ってたより遅かったけど、 何かあったのか?」
クレスの何気ない質問に、ベンサムの動きが止まった。
ゼンマイ仕掛けの人形のようにカクカクと顔だけを動かし、汗をだらだらと流す。
「……な、何にも無かったわよう」
「何焦ってんだよ」
言えない。
ダンスのレッスンに集中しすぎて海賊が来たとは気づかずに踊り続けて、
海賊達に絡まれて初めて島の状況について知り、全力で走って来たなんて……
「…………」
「ま、まぁ二人とも無事で何よりよう!! がーはっはっはっはっはっはっは……!!」
「……後で話し合おうか、ゆっくりと」
クレスの言葉にベンサムの汗の量が増大するが、ベンサムはごまかすように更に大きく笑った。
マ―ルックは額の血管が浮かび上がらん程に怒りに満ちていた。
そして絞め殺すような視線でベンサムを見た。
「てめェが……オレの部下をのしたっていう野郎だな」
「野郎? ナッシンッッ!! あちしはオカマよ。オ・カ・マ!!」
「知るかバカ野郎!!」
ベンサムの冗談のような真面目な回答に怒りのボルテージがさらに上がった。
マ―ルックはルージュが吹き飛ばされた方向を見る。
そして、苛立ちながら声を張り上げた。
「ルラージュ!!! とっとと起きやがれ!!」
マ―ルックの声に呼応するように、ルラージュはその巨体をゆっくりと起こした。
そしてベンサムによって作られた傷をゆっくりと撫でる。
不意を打たれ無防備な状態で吹き飛ばされたのにも関わらずその身に大した問題はなさそうだった。
「わ、私の服が…… 特注で取り寄せた最新ブランドなのに……ああ、こんなに汚れて………
何さらすんじゃこのクソがああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
否、ルラージュにとっては大問題だったようだ。
「ざまぁ見ろ、バカやろー」
「……しつこい人ね」
「あちしの “オカマ拳法” を喰らって立ち上がるとはなかなかやるじゃない」
ルラージュに対し三者三様の感想を口にする。
殺気を孕んだルージュに怯んだ様子は全く無かった。
ルラージュは猛烈な勢いで三人に迫った。
鬼のような表情にありったけの怒りを込めて拳を繰り出す。
クレスとロビン反応するが、二人よりも早くベンサムが動いた。
「どうぞオカマい拳!!」
ルージュの進行をベンサムが強引に押しとどめる。
「まずは貴様からかァ!! 良いわ!! 潰してあげるわん!! 覚悟しろゴラァ!!」
「がーはっはっはっはっはっはっは!! それはドゥーかしらねい!!
クレスちゃん、ロビンちゃん、コイツはあちしに任せなさーい!!!」
地面を蹴りベンサムはルラージュに向けて二発目を叩き込む。
ルージュはそれを腕を盾にして防ぐ。そしてお返しとばかりに唸るような拳を叩き込んだ。
ベンサムはそれを見て、自分も同じように拳を合わせた。
二人の中心で衝撃が起こる。
それを受け、同時に引いた。
「ベンサム!! ギタギタにしてやれ!!
コイツ、ロビンに手を出しやがった。負けたら殺す!!!」
「了ー解っ!! 朝飯前のタコパフェよーう!! あんた達もせいぜいがんばりなさ―い!!!」
ベンサムは再びルージュに向かって駆けた。
その口元に先ほどまでとは違う笑みを持って。
ベンサムがルラージュを引き付けたため、マ―ルックとはクレスとロビンの二人が対峙する。
しかし、状況が多少好転したとは言えまだ根本的な好転に至った訳ではない。
依然としてマ―ルックの “グネグネの実” に対する攻略がなされない。
ロビンとクレス、二人にとっての天敵となりうる能力に対し未だに有効打が打てないままだった。
しかし、そんな状況においてもクレスとロビンには一切の不安と言うものは無かった。
長年に渡り共に闘いぬいて来たパートナーだ。
この程度の状況など動揺に値しないとでも言うような自信が二人にはあった。
「しきり直しだな、針金男」
「第二ラウンドね」
そしてその自信はマ―ルックを苛だたさせる。
「調子に乗るな!! 直ぐに仲好く殺してやるよ!!」
「どうぞご自由に」
「ただし……」
クレスとロビンは声を合わせた。
「「出来るなら」」
第十四話 「オカマと人の道」
「ラリアット!! ボンバー!!」
ルラージュの丸太のような剛腕がうねりを上げる。
触れただけで意識をと共に人間の身体を軽々と吹き飛ばすそれをベンサムは正面から迎え撃つ。
「アン!!」
右足の蹴り。
しかし、力比べでは圧倒的にルラージュに分があった。
ベンサムの一撃を強引に押し切り腕を振りぬいた状態でショルダータックルを喰らわせる。
「ぐべっ!!」
ルラージュの一撃を受けるもベンサムは衝撃を受け流すように宙に飛び、そのまま身体を回転させる。
太陽を背に、優雅に舞う。
「飛ぶ!! 飛ぶ!! 飛ぶあちしっ!!」
そして落下の衝撃と共にルラージュに向かって強烈な一撃を放つ。
「オカマ拳法 “あの冬の空の回想録” !!!」
ベンサムの攻撃はルラージュを捕らえた。
しかし、ルラージュは腕を交差させ脚を食いしばる。
「クラァァァァァァァァァァ!!!」
巨体な身体と合わせて山のように立ち塞がったルラージュであったが、
ベンサムの攻撃を捌ききれずに後ろへの後退を余儀なくさせる。
ガリガリと地面を削りようやくベンサムの進行が止まったところで交差させた腕を振り払った。
ベンサムは振りはらわれた腕をバネに距離を取る。
「うふん、貴方なかなかやるじゃない。このまま殺すのはおしいくらい」
「じょーだんじゃないわようっ!! 見てなさ―い!! あちしの本気はまだまだこれからよう!!」
ベンサムとルラージュの二人は互いに戦う内にその舞台を市街地の方へと移していた。
島の住民は避難したために、いつもなら賑わいを見せるこの辺りも今は静まりかえっている。
この場で音を出すのは二人だけだった。
「でもダメ、同じオカマをこの手で殺すのは悲しいけど貴方は私を怒らせた」
「同じ? ナーッシンッッ!! あちしの方があんたよりも上よーう」
「バカおっしゃい!! それなら、私が上に決まっているじゃないの!!」
互いに譲れぬのか目線を合わせ火花が散りそうな程睨み会う。
そして同時に拳を繰り出した。
「じゃぁ、勝った方が上ねい。 もちろん勝つのは あ・ち・し だけどねい!!」
「あらん、なかなか冴えてるじゃない。でも勝つのは私よ!! ゴラァアア!!」
互いに全力で他人から見れば不毛な諍いを続ける。
人間誰にも譲れぬ意地と言うものがあるものだ。
しかし、それを共感できるかと言えばまた別の話だったが。
二人の実力は伯仲していた。
力と技の破壊力ではルラージュが勝り。
手数と技の多彩さではベンサムが勝っていた。
ベンサムの猛攻をルラージュはその巨体に似合わぬ反射神経と身軽さで避ける。
そして、ベンサムに対してその凶悪な拳を振るう。
しかし、それで終わる程ベンサムは甘くない。
ルラージュからの攻撃を時には受け、捌き、堪える。
避けるルラージュに対して多彩な攻撃を遺憾なく発揮させ追い詰める。
互いに引かぬ均衡状態。
張りつめた糸のようにどちらも引く事は無かった。
二人がぶつかる度に片方が吹き飛ぶ。
そして立ちあがり相手を吹き飛ばす。
互いに小さくないダメージを負うも相手に向かい続ける。
人のいなくなった市街地を破壊しながら戦い続ける。
二人の攻防は止まることなく、災害のような被害をもたらしながら続けられる。
戦いは終わることは無いかと思われたが、天秤は一瞬で片方に傾いた。
「あ、ああっ!!」
壊れた街角に逃げ遅れたのか子供がいた。
その子供を見た瞬間ベンサムの顔に焦りが生まれた。
それに気づいたルラージュの顔が変わった。酷く残酷な、いたぶる楽しさを知る表情だ。
ルラージュは標的をベンサムから怯える子供へと変えた。
ベンサムはあろうことかルラージュに向けて背を向ける、そして子供を庇うように立ち塞がった。
この隙を見逃す筈もなく、ルラージュはベンサムの背中を激しく殴り飛ばした。
「ストレート!! ボンバー!!」
剛腕が大気を押し切るように振るわれる。
その拳はベンサムに直撃し、強烈な決定打となる。
「あらん、あっけないものね」
ベンサムは動かない。
子供がベンサムを心配し駆けよった。
「オカマのおじさん!!」
「あんた、来るんじゃないわよう!!」
「そうよ。その通り」
ルラージュがまた子供に向けて拳を振るった。
その拳が直撃する瞬間、ベンサムが子供を庇いまた吹き飛ばされた。
「子供如きを気にするなんて、オカマにあるまじきね。恥を知りなさい!!
うふふふふ……!! うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ!!」
ルラージュはベンサムをバカにするような笑みを浮かべた。
ベンサムはたかが子供如きを庇って勝機を逃した、これは笑わずには居られない。
「オカマのおじさん……また、助けてくれたのに……。ボク、ボク……!!」
子供は涙を浮かべた。
「バカねぃ、早く逃げなさい。……あちしは大丈夫よう」
血を流し満身創痍でベンサムは言う。
それは子供の目から見ても明らかな強がりだった。
「ざ・ん・ね・ん。じゃあ、ボクから先に死にましょうね」
ルラージュは満身創痍のベンサムを置いて、子供の方へと向かい拳を振るった。
子供は痛みを覚悟して目をつぶった。
ベンサムがこの子供と出会ったのは、子供がマ―ルックの部下達に絡まれている時だった。
海賊の足に子供がぶつかった。そんな理由だった。
海賊達は子供相手に武器まで取り出し子供が怖がるのを楽しんでいた。
その時近くを通りかかったのがベンサムだった。
ベンサムは海賊達を倒し子供を助けた。
子供はベンサムに感謝した。ベンサムはいつもの調子で答え、別れた。
ただそれだけの縁だった。
子供は固くつぶった目を開けた。
いつまでも痛みが来ないのに疑問を抱いたのだ。
子供の目線の先、そこにはルラージュの拳を満身創痍の身で受け止めるベンサムがあった。
「オカマにあるまじきですって? ふざけんじゃ、なーいわよう!!」
鬼気迫るベンサムにルラージュは気圧された。
「そこに子供がいて、助けたかったから助ける。当然じゃない!!
まして、一度目は助けた子供を二度目は身捨てられる筈がないじゃないの!!」
「どうしてそこまでする必要があるの?
私達オカマとは男でも女でも無い、もっとも “人” から外れた存在。
貴方、オカマの癖に “友達” とか言ってたけど正直ばかばかしくて吹き出しそうだっ……」
そこまで言ったところでルラージュは強烈な蹴りを横っ面に叩き込まれた。
あまりの衝撃に思考が停止する。問答無用で吹き飛ばされた。
だか間違いなく攻撃をしたのは満身創痍の筈のベンサムだ。
「さっきまでの問答は無駄だったわねい。あんたとあちしじゃ次元が違う」
傷だらけの腕で、ベンサムは肩口につけていた白鳥の飾りを外しつま先へと装着した。
珍妙な外見とは裏腹な威力を秘めた、ベンサムの主役技だ。
「……お、オカマのおじさん」
「早く行きなさい。もう、ヘマすんじゃないわよう」
子供は大きくうなずき、深く頭を下げてから走り出した。
ベンサムは子供を見届けることなくルラージュに向けて向き直った。
吹き飛ばされたルラージュはふらつきながらも立ちあがった。
ありえない筈なのに、ベンサムの一撃は今までの中で一番重かった。
「次元? そうね。もはや一緒にされるのも腹立たしいわ」
「……あんたには言っとかなきゃいけないわねい」
ベンサムが動く。
満身創痍でダメージならルラージュよりも深い筈だ。
しかし、それを感じさせることは無くルラージュに迫る。
「───爆弾白鳥!!」
その時、ルラージュの中で強烈な悪寒が生まれた。
しなる白鳥の首、そして先端の鋼の嘴。
ルージュは感じるままにそれを避けた。
いつもの彼なら避ける事も可能だった。
しかし、そこで変化が生まれた。
先ほどの一撃が予想以上に効きすぎていた。
足が思ったように動かない。
そして、白鳥の嘴がルラージュを捕らえた。
「ぐっおっ!!?」
予想以上の攻撃。
蹴り如きの衝撃では無い。
脚の延長のような白鳥はベンサムの蹴りのパワーを集約させライフルのような威力を発揮した。
苦痛しか出てこなかった。
「男の道を逸れようとも、女の道を逸れようとも……」
さらなる一撃。
ベンサムの攻撃はこれ以上無い程にルラージュに響く。
「踏み外せないのが人の道だろうがァ!!!」
同じオカマでも、違う。全然違う。
ベンサムはオカマである前に “人” であると考え。
ルラージュは人では無く人と言う範疇に囚われない “オカマ” であろうとした。
ベンサムにはルラージュの考えなど分からず。
ルラージュにはベンサムの思考など理解できない。
相容れぬ二人の思想に正解など無い。
しかし、正しさの証明は───常に強き者がなすのだろう。
ベンサムはルラージュを大きく空中へと蹴り飛ばした。
「友情なめんな!! あんたなんかと一緒にすんじゃないわよう!!」
ベンサムは空中へと跳んだ。
確かな怒りを持って。
目の前の敵は、己が最も信じるものをくだらないと言った。
許せるはずがなかった。
「────爆弾白鳥アラベスク!!!」
渾身の全てをぶつけるような一撃。
意識も絶え絶えの状況でルラージュはトドメの一撃をくらった。
ベンサムの脚の延長となった白鳥の嘴は深くルラージュに抉りこむ。
ルラージュの巨体は吹き飛ばされ、いくつもの建物を突き破り地面へと横たわった。
ベンサムは倒れたルラージュを見て言う。
「最後にあんたから見て右がオスで左がメス。……オカマなめんじゃないわようっ!!!」
その勝利の意味は彼だけが知っていた。
あとがき
まさかの熱さに私もびっくりです。
本来ならギャグテイストで、
オカマ同士の変態対決を書くつもりでした。
恐るべし、オカマ。