偉大なる航路───グランドラインのとある島
荒れ狂う波が島を削る。
吹き付ける強風。
海からやって来た風は強く、なぎ払うかのように吹きすさぶ。
あたりに草木は無く生命の息吹が感じる事は出来なかった。
そこにハリスはいた。
彼は何をするでも無く、ぼんやりと海を眺めていた。
強い風が彼の頬を撫でても眉ひとつ動かさなかった。
「おい、ハリス何をしている」
「……しいて言うなら何もしていない……かな?」
ハリスは声の主へと目を向ける。
彼が現在所属する組織の構成員の一人だ。
「それなら、こっちを手伝え……忙しくてたまらん」
「嫌だね」
「何?」
「だってそれは契約には無い」
ハリスは背負った筒を揺らす。
構成員はその様子に大きなため息をついた。
「戦闘狂が……」
侮蔑とも取れる、皮肉ったような口調だった。
「その通り」
だが、ハリスは構成員の言葉に無邪気な笑顔を見せた。
「オレの仕事は戦闘だ。
だから、それ以外はしたくない」
「分かった……お前でも少しは役に立つと考えたオレがバカだった」
「あんがとさん」
「言っとくけど、バカにしているんだからな。
まぁ……いい、中に入ってこい。
そんな強風に吹かれていても仕方ないだろう」
「分かったよ」
ハリスは立ちあがる。
そして構成員の後に続き、近くの岩場に隠されるように立てられた“基地”の中へと入った。
岩場に空いた巨大な穴を利用した基地。
空いた穴を更に広げた室内。
天井には無理やりに取り付けられた照明がある。
通気性は最悪だったが、岩場の穴の中ともあって熱くは無い。
中には簡素なテーブルに椅子。
そして無造作に置かれた書類の数々。
通信機などの装置も置かれ、
何人もの人間が各自、機械の向うの人間に指示を飛ばしていた。
「相変わらずゴチャゴチャとした所だことだな……」
「うるさい、どうせ今は働かないんだからその辺で休んでろ」
「りょーかい」
ハリスは部屋に置かれた椅子に腰かけた。
構成員の男はハリスにマグカップを差し出した。
「で、何を考えてたんだ?」
「は?」
「だから、わざわざ外に出て西の方角の海を見てただろう」
「…………」
「女か?」
構成員は興味深々と言ったようにハリスに聞いた。
「いや……昔の事を思い出してた」
「なんだそりゃ?」
「一度目の勝負はオレの勝ちだって話だよ」
「……わけわかんねぇぞ」
ハリスは構成員を無視するように椅子に深くかけ直す。
そのまま目を閉じるとあっちに行けと構成員に手を振った。
「はぁ……もういい。オレは仕事に戻るぞ」
「おうおう、そうしろ。そしてオレに早く仕事を回せ」
「たっく……いまだに自覚が無いようだから言っとくが、お前はオレ達の一員なんだからな」
「わかてるって、そんな事。旦那に誘われた六年前から承知の上だっての」
「本当にわかってんのか?
セントウレア、ヴィラ、バスト―ラ、スプリド、……。
世界中で行われる抵抗運動を束ねる機関の一員なんだぞ。
お前の享楽で各地を回るのは構わんが、もっと自覚を持て」
しつこい構成員の口上にハリスはうっとおしげに目を開け。
背中の筒を構成員の鼻先に突き付ける。
「いい加減にうるさいぞ、穴だらけにされたいのか?
オレはオレの信条にのみ従う。ここにいるのもその一環だ。
裏切るつもりは無いが、別にお前らの“思想”とやらには興味は無い。
戦いがあってそこに行けと命じられる。オレにとってはそれだけだ」
「…………」
「そう目くじら立てんなよ。
ちゃんと分かってるって、オレが革命軍の一員だってな……」
ハリスは再び目を閉じ思い返す。
気に入らない、あの残酷な甘さを持った男を……
第五話 「意地と賞金稼ぎ」
「うえっ」
まだ、猛烈に気分が悪い。
ヤバい……昨日は飲みすぎた。
途中で意識が飛びそうになったが何とか耐えた。
「はい、クレスお水」
「すまん……ロビン」
「もう……ほどほどにしなさい。昨日は大変だったのよ」
腰に手を当て、呆れたようにロビンは言った。
まったくもってその通りだ、酒はしばらく控えよう。
「それにしてもどうしたの……?
昨日はいつもの貴方らしく無かったわ」
「そうか……そうだったか?」
「ええ、全然らしく無かったわ。
いつもならあんなに潰れるまで飲まなかったし、
喧嘩を売られても軽くいなせたはずよ」
「…………」
「何かあの人の言葉にいらついてた……そんな印象を受けたわ
クレス……もしかしてまだ何か隠してるの?」
「いや……そんなことは無い」
「……そう」
ロビンは立ちあがりオレから離れ、ドアに向かって歩いた。
少し怒ってるような表情が印象的だった。
「私はもう行くわ。
今日は暫くおとなしくしてた方がいいわよ」
「分かった……夕方ごろに店に出る」
ドアが閉まる。
オレは部屋の中で一人になった。
ロビンがいなくなった途端、どうしようもなく苛立ちがこみ上げてきた。
オレはその感情のままに指に力を込め、ロビンから渡されたコップを握り壊した。
ガラスの破片が床に落ちる。
コップに入っていた水が腕から滴り落ちた。
そして破片の散乱する床に水たまりを作った。
「本当に……今更だな」
昨日のことを思い出す。
オレに向かって命乞いをした男。
オレは悪くない筈だ。もたらされた状況で最善の選択をした。
裏切りなど何度受けそしておこなって来たか忘れた。
自分の腕はを悪事で染まり切っている。
そんな事は分かってる。
だから……しょうがない筈なのだ。
「カッコ悪ぃな……オレ……」
後悔なんか確かに無駄なことだ。
日が落ち赤みを帯びてきたとこでオレは仕事場であるカジノに出た。
構成員達が声をかけてくる。
オレはそれに適当に答え、いつもの席に座った。
昨日までと同じ仕事だ。
オレはカジノの監視役だった。
構成員じゃ手に負えない客や妙に稼いでいく客を見つけては目をつけそれを納める。
こう言った仕事は初めてではない、前にも何度か経験していた。
カジノはやけに派手で明るい。
あちこちで大音量のスロットの回る音やコインのジャラジャラといった音が響き、その度に歓声やため息、怒声や笑い声が聞こえる。
オレはそれを無感動に眺めた。
そろそろ潮時かな……そんな事を考えた。
ロビンと二人この地にやって来てもうすぐ一年になる。
まだ、政府には見つかって無いとは言え、少し長居しすぎたかもしれない……
そんな事をぼんやりと考えてた時、突然入り口のドアが吹き飛んだ。
「よう、また会ったな。
昨日の続き、第二ラウンドを始めようぜ」
そこには昨日の男が野性的な鋭い目を煌々と輝かせて立っていた。
静まる店内。
だが男はそんな事をみじんにも気にした様子は無く、オレの方に向かってきた。
そんな男をこのカジノの構成員達が男を取り囲んだ。
「お客さん困りますね……他のお客様に迷惑です」
「おとなしくお引き取りください」
「それ以上は我々も黙っていられませんよ?」
屈強な男達が口調こそ丁寧なものの怒り心頭といったように男に迫る。
間違い無く男がおとなしく帰ったとしても、ただでは済まさないつもりだ。
「お前らには用はねぇよ、死にたくなかったらどいていろ」
だが、男は構成員達に構うことなく歩みを進める。
構成員の一人がそんな男に掴みかかった。
「……邪魔だぞ」
男は背中に背負った筒で構成員のを顔を突き刺した。
構成員が吹き飛ぶ。
構成員はカジノの備品を次々と巻き込み地面に転がった。
残った二人は男の強さに戦慄し動けない。
「メンドイから連帯責任って事にするわ」
男は動けない二人に向かって筒を振るう。
筒は的確に二人にブチ当たり一人目と同じ運命を辿らせる。
男は筒の中から細長い鉄でできた槍のようなものを取り出し、オレに向かって投擲した。
槍はオレに向かって弾丸よりも早く迫る。
そしてオレの顔の真横を通って、いくつものスロットなどの機械を貫通してようやく後ろの壁に突き刺さった。
「眉ひとつ動かさねぇとはやるじゃねぇか」
重い沈黙が降りる。
カジノの客の一人が壁に刺さった槍を見て呟いた。
「鉄で出来た武骨な槍……もしかして……“串刺し”ハリス……!!」
“串刺し”ハリス
オレも何度か名前を聞いた事がある。
ここ“西の海”ではかなり有名な賞金稼ぎだ。
知名度だけならば“殺し屋”ダズと並ぶ。
悲鳴の上がる店内。
ハリスの雰囲気に呑まれたのか爆発的に感染し誰もが我先にと出口に向かう。
やがて店内にはオレとハリスのみとなった。
構成員達もハリスの名前に焦って逃げ出してしまった。
「わざわざ何の用だ?
昨日の一件ならオレの勝ちで決着は着いたはずだぞ」
「アホぬかせ、昨日のはオレの勝ちだっての。
それに今日のは昨日とは別件だ。
やっぱり、ここですんなり帰るってのもつまらねぇしな。
なぁ……懸賞金六千二百万“オハラの悪魔達”エル・クレス?」
ばれていたか……。
今思えば昨日の時点でその素振りはあった。
奴は狼のように鋭い目を“オレ達”に向けていたのだ。
おそらく前々から目をつけていたんだろう。
ならば、今更引けないか……
「……武骨な槍だな」
ハリスは筒からまた同じような槍を取り出す。
そしてその先端をオレに向けた。
それは槍と言うには余りにも武骨で粗末すぎるものだった。
細長い鉄の棒の先端を鋭く尖らせた、ただそれだけの武器だ。
それは槍と言うよりも鉄で出来た串と言ったほうが正しい。
「なるほど、その“鉄串”で“串刺し”か……全くふざけた名前だな」
「そう言うなよ、オレは結構気に入ってるぜ」
「そいつは悪かったな」
オレはハリスに向かって“剃”で接近し硬化させた拳を繰り出す。
霞むように見える筈のオレの速度にハリスは口元を釣り上げた。
ガン、
鈍い音、
「速いじゃねぇか」
ハリスはオレの拳を手に持った鉄串で防いでいた。
「指銃」
オレは防がれた拳と逆の腕で“指銃”を放つ。
だが、ハリスはそれを鉄串を自在に操りオレの拳を支点として上に飛んだ。
「やるねぇ!!久々に楽しめそうだ!!」
ハリスは鉄串を構える。
そしてその先端をオレに突きだした。
「獲串!!」
「鉄塊“剛”!!」
ハリスの攻撃の威力を想定しオレは全力の“鉄塊”で受け止めた。
ハリスの鉄串はオレの肩口へと恐るべき速度で迫ったが、鋼鉄化したオレの身体に阻まれた。
「おっ!!」
「嵐脚」
オレは宙に浮いたままのハリスに“嵐脚”を放った。
“嵐脚”はハリスへと向かう。
鉄串を突き出した体制ではよけられない筈だった。
「おおおおお!!」
だが、ハリスは背中の筒からまた新しい鉄串を抜くとそれを盾にした。
“嵐脚”と鉄串がぶつかる。
ハリスはその衝撃を利用して後ろに飛んだ。
オレは再び“剃”で接近しハリスを追撃した。
だがそれをハリスは、手に持った鉄串を投擲し牽制する。
「鉄砲串!!」
オレは“剃”の軌道を無理やり捻じ曲げた。
地面を抉る鉄串、あのまま進んでいたならオレまで串刺しにされていた。
ハリスは地面に着地する。
「へぇ……おもしれぇモン使いやがるじゃねぇか……」
「……まさか初見で避けられるとは思わなかったな」
「いや……初見じゃねぇよ。確か“六式”とか言ったか?
海軍に伝わる体技なんだってな、相変わらずおもしれぇ」
「……知ってたのか」
「まぁな……少し前に機会があってな。悪ぃな、出来る事は大体分かる」
くそ……厄介な奴だ。
どこで “六式” を知ったか知らないが、
手の内を知られてると言うのは面白い気分では無い。
「まぁ、しかし、だからと言って、
お前がオレに勝てる理由には成りえない……だろ?」
「いいねぇ、その余裕!!今すぐに泣きっ面に変えてやるぜ!!」
ハリスは新たな鉄串を抜き、オレにその先端を再び向けた。
「シャアアアアアア!!!」
今度はハリスからオレに向かった。
獣めいた恐ろしい速度だ。
「嵐脚“乱”」
オレは無数の斬撃を放ってハリスの接近を阻んだ。
だが、ハリスは前に進む。
迫る斬撃を両手に持った鉄串で打ち払い、さばききれ無かった斬撃が己を傷つけても、嬉々とした表情で向かってきた。
「オラッ!!いくぜ!!」
「チッ!!」
ハリスは突っ込んできたスピードを殺さずに、そのままオレに鉄串を突き出す。
「猛串───!!」
「鉄塊“剛”!!」
オレは再びそれを受け止めた。
この時オレにはいくつかの選択があった。
反撃、防御、回避、の三つだ。
瞬間的にオレは防御を選択する。
先ほどのやり取りから防げば隙が必ず出来る筈だ。
オレが攻撃を受け止めた瞬間、ハリスの目つきが変わった。
ゾクリと身震いするような、野生の鋭い視線だ。
「───“二連棍”!!」
高速でおこなわれる二連撃。
オレは咄嗟のことに、“鉄塊”を解き転がるように避けた。
唸る鉄串が肩口を掠る。
掠っただけなのに腕全体に衝撃が走った。
恐ろしい威力の攻撃だった。
「へぇ……どうして避けたんだ?
一撃目と同じように受ければよかったじゃねぇか」
「……偶然だろ?」
「教えてはくれないか……当然だな」
ヤバい……失敗した。
正規の訓練を受けなかった故の、“六式”の弱点への糸口を与えてしまった。
「まぁいいか、これからじっくりとその秘密暴いてやるぜ!!」
「じゃあオレはお前のうるさい口を閉ざしてやるよ!!」
早く勝負をつけないと不味いかもしれない。
あとがき
申し訳ありません。
自分の計画性の無さが露呈してしまいましたね。
書きたいことが思ったよりも多くてこの回でも終わりませんでした。