これはまだオハラから逃げ出して間もない、
心のどこかでまだ自分達の立場を甘く見ていた頃の話だ。
賞金首となって、
政府に追われ、
海軍に追われ、
賞金稼ぎや欲に目の眩んだ人間に追われ、
ロビンを守りながら必死で一日を生きていた時だった。
旅客船に何とかもぐりこみ、
波に揺られ、名前も知らない土地に辿り着いた。
港はそこそこ活気があって、
人々が生き生きと日々の生活を営んでいた。
それを横目で見ながらロビンの手を引き、人が少ない町はずれへと向かい歩いた。
人気の少ない路地裏を通る。
その時にまだ真新しい手配書を見つけた。
────────オハラの悪魔、
ニコ・ロビン 懸賞金7900万ベリー
エル・クレス 懸賞金6200万ベリー、────────
空は快晴で気持ちいいまでに青空が広がっている。
晴れ晴れとした心地いい天気なのに、
気分は最悪だった。
ロビンが沈んだ顔をさらに沈める。
オレは歩幅を狭め、ロビンの頭に手を置いた。
そしてそのままくしゃくしゃと頭を撫でた。
「心配すんな……何とかなる」
「うん……そうだよね」
手配書に映るオレとロビンの姿。
捕捉されたのはおそらくクザンによって凍らされた海を進み、その先の島で遠くへと逃れようと乗った客船だろう。
油断していたわけではない。
必要以上に身を隠そうとしていた。
だけど政府の手はどこまでも広かった。
どこに奴らの“目”があったなんて考えるだけ無駄だろう。
其の実
答えは
どこにでもあり得るのだから……
ロビンの足取りが重い。
正直なところ、ロビンの限界が近かった。
無理もない、今まで気の抜けない生活がつづいていたのだ。
そしてそれは、間違いなくこれからもつづくのだ……
終わりの無い逃避。
馬鹿げてる
こんなのに耐えようと思うのが間違っているのだ。
もう無理にでも休まないとダメだ。
多少強引な手でもいい、ロビンが休める場所を確保しなければ……
歩き続け、町中から出る。
どこかに空き家は無いだろうか?
無くとも小さな小屋でもいい……
とにかくロビンを休ませたい。
そんな時、前方から老婆が現れた。
人のよさそうな印象を受けた。
「あの……」
「はて………どうかいたのかい?」
「すいません………お願いがあるのです」
地面に頭がつきそうなほど頭を下げた。
第二話 「老婆と小金」
交渉は何とかうまくいった。
嘘をつくのは心苦しかったけど、老婆を騙し家に上がり込んだ。
老婆はオレ達によくしてくれた。
息子さんが昔使っていた部屋を一室与えられ、食事を始め、いろんな面倒を見てくれた。
老婆はオレ達の素性を聞くことは無く、ただ優しく接してくれた。
ロビンも気を許したようでよく自ら進んで手伝いをしていた。
元気を取り戻したようで本当によかった。
あのままだと最悪の場合ロビンが倒れ動けなくなっていた。
政府の追っ手云々では無く、ロビンには元気なままでいてほしかった。
この老婆には感謝しきれない。
老婆は身体が悪いようであまり外には出なかった。
オレ達も外には出づらい人間だったので外出は控えた。
オレ達はそこで一週間ほど滞在した。
久しぶりに気の抜ける。
穏やかな時間だった。
ロビンは老婆の家にある本を読んだり、老婆に料理や裁縫を教えてもらったりしていた。
母さんにも少し習っていたようで老婆のアドバイスを聞きながら楽しそうに作業をしていた。
オレは久しぶりに“六式”の鍛錬を再開した。
ここ数か月は逃げる事が中心だったから、
少しでも勘を取り戻したかった。
そんなある日……
いつものように新聞が一通ポストに入っていた。
日頃老婆の手伝いをしていたオレはその新聞を取った。
そして半ば習慣と化してきているようにその記事に目を通し衝撃を受けた。
──────オハラの悪魔達ワールス半島周辺に潜伏か?
数日前、ワールス半島の入江にて現在指名手配中の二人組
オハラの悪魔達、
ニコ・ロビン 懸賞金7900万ベリー
エル・クレス 懸賞金6200万ベリー
の二人組を目撃したとの情報が海軍第55支部に寄せられた。
通報者は旅客船に潜伏していたと見られる怪しげな二人組の子供を発見し急ぎ海軍へと通報したという。
幸いにも二人は近隣の住民に危害を加える事は無かったが、
子供とは言え先日世界を震撼させたオハラの悪魔達の生き残りであり、
当時討伐に向かった海軍本部の軍艦を6隻も沈める程の凶悪な力を持つため
海軍は近隣の住民に警戒を────────────────
なんてことだ
やばい……
オレ達のことがばれている。
どうするべきだ……
今すぐにでもロビンを連れて逃げだすか?
いや、早朝とは言えじきに日が高くなる。
今出れば数多くの人間に発見されるだろう。
ならば、このままここで隠れているか?
いや……潜伏地がばれているのだ
政府の人間は草の根をかき分けてでも探し出すだろう。
ならば………
「────────おぃや、どうかしたのかい?」
っ!!
弾かれるように振り向いた。
手に持つ新聞は後ろ手に隠した。
そこにはいつもと変わらぬ人のよさそうな笑みを浮かべた老婆がいた。
「新聞は?」
一瞬迷い答えた。
「新聞屋さんのミスでしょうか?まだ来てないみたいですよ」
「そうかい。それは珍しいね……」
「はは……そうなんですか?」
「えぇ、長いこと生きてきたけどそんな事は初めてだね」
「そうなんですか」
「えぇ……ええ……初めてだねぇ」
オレは老婆に気づかれないように軽く重心を落とした。
周囲を探る。
状況が知りたかった。
オレは自分の迂闊さを呪いたかった。
どうして、一瞬でもロビンから離れてしまったのか
悪魔の実の力こそあれど、ロビンには戦闘なんて無理だ。
今周りにいるのはオレと老婆だけ……
ロビンの姿はここからだと確認できないのだ
「ところでおばあさん………
────────ロビンはどうしてますか?」
「ロビンかい?」
「ええ……あれで少しそそっかしいところがありますから………心配で…」
「あぁ……ロビンなら……」
「クレスー、おばあさーん、ご飯が出来たよー」
「おぃや……朝餉ができたようだね。
新聞のことはもういいから、お前さんも中に入って食べなさい」
老婆はゆっくりと家の中へと帰って行った。
おそらくまだ大丈夫だ……
老婆が消え見えなくなってから構えを解く。
「くそ……あせった」
ため息と共に、肩の力を抜いた。
嫌な人間だな……
自分のことをそう思う。
つい先ほどまで、感謝してもしきれないとまで思っていた人間をいとも簡単に疑える。
「……ロビンには一生知らないでほしい気持ち悪さだな」
後ろ手で握り潰していた新聞を見る。
もはや修復不可能なまでに刻まれた皺が出来ていた。
老婆はその後もいつもと変わることは無かった。
窓際で日の光を浴びながら安楽椅子に揺られ緩やかな時が流れるのを楽しむ。
老婆が昼寝をしたのを確認してから、
オレはロビンを貸し与えられた部屋に呼んだ。
「……すまん、見つかったようだ」
今朝の新聞の一面を見せた。
ロビンの表情がみるみるとしぼんでいく。
でも、直ぐにいつもの表情に戻った。
「クレスのせいじゃないよ。だから謝らないで」
「そうか……ありがとう」
「これからどうするの?」
今まで良くしてくれた老婆を思ってか浮かない表情だった。
「今日の深夜にでもここを出ようと思う」
「わかった。でも……どこに行くの?」
「ここから北に行った所に港が確かあった。
そこからまた船に乗ろうと思う。
幸いにもこの辺は大小いくつもの島があるから身を隠す事は可能だろう」
「うん、分かった」
オレはロビンの髪を撫でる。
ロビンが気持ちよさそうに身を寄せる。
そしてそのままロビンを抱きしめた。
「今のうちに寝ておいたほうがいい」
「……クレスもいっしょ?」
「そうだな………そうするか、少し疲れた」
そして夜が来た。
暗闇がもたらす静寂。
老婆の様子はいつもと変わりない。
オレ達に夕食を振る舞い軽く雑談を交わした後に「お休み」と言葉を残して自室へ戻り眠る。
オレとロビンは昼間にまとめておいた荷物をクローゼットからひっぱりだす。
その中にはこの家から頂戴した、
……いや、奪ったと言うのが正しいベリーがいくつかある。
我ながら最低だ。
こんな恩を仇で返すような真似を行えるようになったのだから。
もちろんこのことはロビンは知らない。
知る必要も無い。
これはオレが一生自分の心の中に秘め続けるのだろう。
……安っぽい罪の意識と共に。
電気を消す。
荷物はまとめたが今すぐには出ない。
出るのは老婆が完全に寝静まった後を見計らい
闇が深くなってから出るつもりだった。
とく
とく
とく
どこか心音にも似た時計の音だけが部屋に響いた。
そろそろか……と思い目を開けたその時だった。
けたたましい、ガラスの割れる音が響いた。
ロビンが全身を振るわせる。
どたどたという乱暴な足音が近づいていき……
オレ達のいる部屋の扉が蹴り破られた。
「動くなガキ共!!」
銃を持った男が声を荒げた。
だが、オレ達は反応しなかった。
悲鳴を漏らしそうだったロビンの口元をオレはそっと抑えた。
部屋にはただ静寂が舞い降りる。
散乱したドアの破片
明かりの消された照明
そしてわずかなふくらみのあるベット
「ひゃははは!!!所詮はガキだな!!
かくれんぼか!!?いいぜ、いいぜぇ!!!息をひそめろ!!
鬼はここだよ、二人ともどこかな? どこにいるのかな? おじさん分からないや……!!」
わざとらしい口上でベットへと近づく。
後ろで数人の笑い声が聞こえる。
この様子では、役人では無い。
賞金稼ぎだろう。
「みーつけた」
恐怖からかロビンがオレをぎゅっと握った。
男がベットの布団を剥ぎ取る。
だが、そこには丸められた毛布があった。
「なっ!!」
男が驚く
その瞬間オレは隠れていたクローゼットから飛びだした。
男に一瞬で接近し胸に向けて“指銃”を放った。
短い悲鳴を上げ男が崩れ落ちる。
男の仲間達が驚き一斉に銃を構えた。
だが、それよりも速くオレは脚を一線させた。
「嵐脚」
“嵐脚”によって一薙の斬撃が襲う。
賞金稼ぎ達は誰一人としてそれをよける事が出来無かった。
「行くぞ、ロビン!!」
「うん!!」
とりあえず敵を一掃し安全になったとこで、
急ぎ裏口から外に出た。
幸い追っ手は無い。
やはりあの賞金稼ぎの一味だけだったようだ。
オレ達は今まで良くしてくれた老婆の家を振り返ることなく、港へと走った。
一つの回想が終わった。
まぁ……今まで歩んできた道のりのほとんどは、
だいたい今の話と似たようなものだ。
全くロクでもない話だ。
でも、今のオレとロビンならこんな話でもそんな過去として受け入れられる。
昔は大変だったな……なんて感じだ。
それにしては少々話が重すぎるかもしれないが、それはそれだ。
だが、このエピソードには一つだけ疑問があった。
「結局、あのばあさんはオレ達を裏切ってたのか?」
「さぁ……確かに明確な証拠は無いわね」
これは簡単な推理だ。
何故やって来たのが品の悪すぎるチンピラまがいの賞金稼ぎだったのかという話だ。
普通オレ達がいる事を伝えるなら、海軍か政府の役人だろう。
そして、賞金稼ぎ達がやって来た時もおかしかった。
なぜ、寝静まっているであろうオレ達をわざわざ起こすような真似をしたのか。
どうして、正面からではなく、窓ガラスを割って中に入って来たのか……。
「まぁ……今となってはどうしようもない話だな」
「そうね、じゃあ……クレスはどっちだと思ったの?」
オレに体重を預けながらロビンは聞いた。
なんとなく答えは分かっているくせに、
一応、確認したい。
そんな感じなのだろう。
「オレとしては………恩を仇で返したままでいてほしいってとこかな」
オレは未だに使えずにいる小金を思いながらそう答えた。
あとがき
今回はクレスとロビンの大まかな過去ですね。
あまりシリアスなだけなのもどうかと思い、こう言った形になりました。
過去話はもう少し続きます。
次の話はラブコメでも書こうかなと考えてます。