むかし、むかし、のお話。
それはまだ、二人が“オハラの悪魔達”という忌名で呼ばれる前のお話。
それはまだ、地図の上に “オハラ” と呼ばれる島があった時のお話。
それはまだ、穏やかで当たり前の温かい日常を過ごしていた頃のお話。
……それは、たわいないクリスマスのお話。
番外編 「クリスマスな話」
その日は珍しく、考古学の聖地と呼ばれる土地オハラは息が白く染まるほどに冷え込んでいた。
ちょっとした用事で外に出るのもためらわれるような冷え込み。
外出にはマフラーなどの防寒具が手放せない冬の一幕。
「サンタさんっているのかな?」
海軍本部の少将であるリベルによって行われる “六式” の訓練を終え、一休みをしていたクレスに幼なじみのロビンが不安そうな表情で問いかけた。
そんなロビンの問いかけにクレスは即答した。
「いるに決まってる。当たり前だろ?」
きっぱりと、自信満々にクレスは言い切った。
むしろ、疑問を持つ方がおかしいとでも言いたげな物言いだ。
「そうなのかな?」
「じゃあ、どうしていないって思うんだ?」
クレスがそう言うとロビンは俯き僅かに迷うように答えた。
「……町の子達が『いない』って言ってた」
ロビンの答えにクレスはため息をついた。
「……ったく、あのクソガキ共。一度シメたぐらいじゃ効かないらしいな」
そうロビンには聞こえないように呟いて、そっとロビンの頭に手を置いた。
「人の意見なんか気にすんな。自分が正しいと思ったものだけ信じたらいい」
「……でも」
不安そうなロビンを諭すようにクレスは言葉を重ねた。
「いいか、サンタってのは何もプレゼントを持ってくるだけのじーさんじゃ無い。
クリスマスっていう特別な日に “幸せ” を運ぶ為にプレゼントを配る、そういうじーさんだ」
「…………」
「つまりだ………クリスマスに幸せになるのはサンタさんのおかげなんだ。
姿は見えなくても、ロビンにサンタさんは絶対にやってくる。それはオレが保証する」
ロビンはコクリと頷いた。
そんなロビンをクレスは優しく撫でる。
「さ、帰るぞ。母さんが待ってる」
クレスと共にシルファーの待つ家へと帰る。
帰り道はクリスマス前ということもあって、色鮮やかに輝いている。
道行く人々は皆笑いとても楽しそうだ。
歩くうちに日も沈み、冷え込みが増した。
今のロビンの服装は冬着に子供用のコートに手袋。
今日はマフラーを持っていくのを忘れてしまった。これは小さくも大きな失敗だ。
はぁ……とロビンの小さな口から漏れる息が白い。
そして、冷たい風が吹き込みロビンが身体を震わせた。
その時、ふわりと首元に温かな毛糸の感触を感じた。
少し乱暴に巻かれた見覚えのあるマフラー。
これはクレスのものだ。
「風邪引くぞ」
クレスが同じく白い息を吐きながらそう言った。
「でも……これ、クレスの」
「気にすんな」
「クレスが風邪ひいちゃう」
「大丈夫。訓練で動いた後だから少し暑いくらいだ」
「……ほんと?」
「ホント、ホント」
クレスはそう言うが、クレスが訓練をおこなってからだいぶ時間が経っていた。
ならば今は汗が引きちょうど身体が冷える頃あいの筈だ。
クレスの表情は変わらないがひょっとしたら我慢しているのかもしれない。
ロビンは首元に巻かれたクレスのマフラーに顔を埋める。
(……温かい)
通常ならクレスにマフラーを返すところだろう。
自分だけがこの温かさを感じるのは不公平だ。
でも、マフラーから感じるクレスの温もりは手放したくない。
これがいじわるな事だと言う自覚はあった。いけない事だ。でも、このわがままは通したかった。
だから、こんな考えが浮かんだ。
ロビンは少し考えて、クレスに自分が付けていた手袋を差し出した。
「……交換。付けて、クレス」
クレスはロビンから手袋を受け取ると、ロビンの考えを吹き飛ばすほどに嬉しそうに笑った。
「ありがとう。手だけは寒かったんだ」
そして、クレスはロビンの手を取った。
手袋越しにクレスの温もりを感じた。
クレスはロビンの手を引き歩きだす。
そのスピードはロビンの歩幅に合わせゆっくりだ。
小さな二人は煌めく街角を抜け家路を急ぐ。
◆ ◆ ◆
「二人ともお帰りなさい」
ドアを開け、暖かな部屋へと入る。
家にはシルファーが図書館から帰って来ていて、冷えた身体のクレスとロビンを出迎えた。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
「ふふふ……二人とも温かそうね」
シルファーがクレスとロビンの姿を見て穏やかに笑った。
「さぁ、外は冷えたでしょう? お風呂に先に入っちゃいなさい。もちろん風邪をひかないように“二人で”よ。……逃げないでねクレス」
シルファーが僅かに後退していたクレスを牽制する。
クレスの肩が僅かに震えた。
「か、母さん……実は、オレ今からランニングにでも行こうと思ってたんだよ」
「あらそう。なら予定変更ね」
「いや、だから……」
「行きなさい」
「だから、ラン……」
「行きなさい」
「……はい」
良い笑顔のシルファーに肩を落とすクレス。
ロビンにはどういう訳か分からなかったが、クレスはどうやらシルファーと一緒にお風呂に入るのが苦手のようだ。
逆にシルファーは “家族みんな” でお風呂に入る事が好きだった。
(みんなで入った方が楽しいのに……どうしてだろう?)
クレスの心内をロビンは知らない。
その後、肩を落とすクレスと一緒にお風呂に入り、いつものようにシルファーがやって来て、クレスが固まった。
そして、夕食を皆で取って、シルファーに考古学について少し教えて貰って、ロビンはベットに入った。
「じゃあ、明かりを消すわね」
「はい。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ロビンの寝室はクレスとシルファーと同じ部屋だ。
八畳程の部屋にはダブルサイズのベットとシングルサイズのベットがぴったりとひっつくように並べられていた。
その上に、シルファー、ロビン、クレスの順で並び同じ寝床に入る。
三人の寝室となっているこの部屋はもともとはシルファーと夫のタイラーの寝室だった。
部屋の大半をベットが占めるこの部屋はシルファーの希望によってベットがもう一つ運び込まれた結果だ。
それは、ロビンを預かる事となったシルファーが初めに行った事だ。
シルファーは部屋に置かれたベットを奥へと押し込み、もう一つベットを置いた。
そして、困惑するロビンを寝室へと招き入れた。
「今日から私達は家族。だから寝る時も一緒よ」
シルファーは温かくロビンを迎え入れる。
その日、母が遠くへいってしまい、寂しくて泣くロビンをシルファーは何も言わず、泣き疲れて眠るまで抱きしめ続けていた。
「二人とも……おやすみなさい」
明かりが消え、月明かりだけが照らす優しい空間にシルファーの声が響いた。
◆ ◆ ◆
「ロビンちゃん、そう言えばまだ言って無かったわね」
日が昇り翌朝となった。
ロビンはいつものように、起床し、歯を磨き、冷たい水で顔を洗い目を覚まして、クレスと一緒にシルファーが作った朝食を食べていた。
「なんですか?」
「今日、図書館でクリスマスパーティをすることになったのよ」
「えっ?」
「ふふふ……ほら、今日はクリスマスじゃない。
だから、図書館がそれに連動してイベントをおこなうことになったの」
「そうなんですか? でも、去年まではそんな事無かったのに……」
「今年はやることになったの。
それでね、図書館をお休みにして皆でクリスマスを祝うの」
「へぇ~」
「そこでね、今日はその準備を手伝ってほしいの。いいかしら?」
「はい!!」
頼むシルファーにロビンは嬉しそうに即答した。
朝食が終わり、コーヒーに砂糖を大量投下しようとしていたクレスから砂糖を没収し、シルファーは後片付けを始めた。
そしてそれをクレスとロビンが手伝う。
初めはシルファーがしていたのだが、仕事に向かうシルファーを気遣い、今では三人の仕事となっていた。
洗い場にシルファーとクレスとロビンの三人が並ぶ。
三人で手分けして、片づけをおこなう。
シルファーが食器を洗い、クレスが水気をタオルで拭き取り、ロビンが能力を使い棚に納める。
三人でおこなえば直ぐに終わった。
図書館までの道のりを三人で歩く。
ロビンを真ん中にクレスとシルファーが手をつなぎ歩いた。
二人から伝わる熱が温かい。
ロビンは満面の笑みで肌寒い道を歩く。
そんな時、クレスが聞き覚えのある曲を口ずさむ。
おなじみのクリスマスソングだった。
「楽しそうねクレス」
「ん、あ、いや、これは……」
「なに、恥ずかしがってるのよ」
どうやら、クレスとしては知らず知らずのうちに口づさんでいたらしい。
シルファーに言われ、恥ずかしそうに誤魔化した。
クレスは案外ロマンチストだった。なので、クリスマスなどのイベントは嬉しいのだろう。
ロビンはクレスの口ずさんだ歌を声に出して歌った。
すると、ロビンのかわいらしい声にシルファーの声が重なった。
そうしたら、クレスも声を出して歌った。
考古学の聖地で知られるオハラの図書館には、 “世界樹” と呼ばれる巨大な樹木があった。
見る者を圧倒するその姿は、クリスマスということもあってか、少し形を変えていた。
巨大な樹木を覆うように色とりどりの飾り付けが為されている。
「おお!! シルファー殿にクレス君にロビン君。三人一緒で何よりだ。楽しそうだね」
そう声をかけたのは、クレスの “六式” の師であるリベルだ。
リベルは、自身の倍はある巨大な飾りを軽々といくつも持ち上げながら、空中に “立って” いた。
「おはようございます。リベルさん」
「おはようございます!!」
「おはよう。……というか、あんたは朝から当然のように超然としてるな」
ロビンにはおぼろげにしか分からなかったが、クレスが呆れているのはリベルの状態だろう。
海軍に伝わる “六式” と呼ばれる体技。リベルはこれを極限まで極めた達人だった。
リベルの状態はクレスから見れば異常に映る。
リベルがおこっているのは “月歩” と呼ばれる空中を蹴り跳び上がる技だ。
この技で空中に対空しようと思えば技の性質上、空中で何度もせわしなく跳ねなければならないのだが、リベルのそれは鮮やか過ぎて空中に立っているように見える。
「はっはっはっは!! それにしても、世界樹をクリスマス用にコーディネイトするとは、なかなか面白い事を考える」
「そういえば、おっさん、アンタ仕事は? 『明日は仕事なのだ嘆かわしい』っていってなかったか?」
「なに、少しばかり私情を優先したまでの事だ。市民に協力して作業する、これも仕事の内だよ」
「つまりはサボりか……」
挨拶もそこそこに、リベルは世界樹を飾り付ける作業に戻った。
そのスピードは異常に早い。リベル姿が速過ぎて時々消えては、気がつけば一区画の飾り付けが終わっていた。
三人は図書館の中に入った。
想像もつかない程の本が納められる図書館内にはいつもと違う光景が広がっていた。
「すごい……」
ロビンが感嘆の声を上げる。
それは、大きなクリスマスツリーだった。
町中にあるものより一際大きい。
ロビンが今までに見た中で一番大きなツリーだ。
「おぉ!!! ロビンにシルファー!!! ……ついでにクレス」
「おい。誰がついでだじーさん」
「貴様なんぞついでで十分じゃ」
巨大なツリーの飾り付けをしていたクローバーがやって来た。
クローバーは三人の前に立つと、ツリーを誇るように両手を広げた。
「どうじゃ!! この見事までのクリスマスツリー!!! 職員総出で確保した選りすぐりの逸品じゃ!!」
「すごいです博士!!」
「そうじゃろ。そうじゃろ」
ロビンの反応に、クローバーは嬉しそうに笑った。
「今日は手伝いに来てくれたんじゃな。それなら、ツリーの飾り付けを手伝ってくれ。高いとこは、わしらがやるからの、手の届く範囲で頼む」
「はい!!」
ロビンはクレスと共にツリーの飾り付けを楽しんだ。
青々と茂るもみの木が時間がたつごとに色煌びやかに輝いていく。
宝石のように輝く、色とりどりの飾り。
可愛いサンタやトナカイの飾り。
靴下や、おなじみの赤い長靴。
ドキドキワクワクしながら、完成までの瞬間を時を忘れて楽しんだ。
外を見れば雪。幻想的に世界を染める。
ロビンは楽しげに、行き先で歌ったクリスマスソングを歌う。
歌声は暖かな図書館内に響き、一人、また一人、とその歌声を口ずさむ。
ロビン一人だけのかわいらしい歌は。徐々に歌い手が増え、最終的には図書館内の人間全員の大合唱となった。
走れそりよ 風のように
雪の中を 軽く早く
笑い声を 雪にまけば
明るいひかりの 花になるよ
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
鈴のリズムに ひかりの輪が舞う
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
森に林に 響きながら
走れそりよ 丘の上は
雪も白く 風も白く
歌う声は 飛んで行くよ
輝きはじめた 星の空へ
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
鈴のリズムに ひかりの輪が舞う
ジングルベル ジングルベル 鈴が鳴る
鈴のリズムに ひかりの輪が舞う
そして……
「「「「「メリークリスマス!!!」」」」」
皆の楽しそうな声が調和する中で聖夜の幕が上がった。
「なぁ、ロビン」
「なに、クレス?」
「サンタっていると思うか?」
昨日ロビンがクレスに問いかけた質問。
ロビンは周りを見渡した。
パティーを楽しむ図書館の職員達。
サンタの格好でプレゼントをくれたクローバー。
ウワバミのように酒を飲んでいたところを、同僚の海兵に見つかり快活に笑うリベル。
クレスとロビンのそばで、優しく二人を見守るシルファー。
そして、隣で笑う幼なじみのクレス。
皆、幸せそうに笑っていた。
ロビンはそれがたまらなく嬉しかった。
クレスの問いにロビンは満面の笑みで答えた。
「うん!! きっといる!! サンタさんは幸せを届けてくれるもの!!」
あとがき
クリスマスということで、無性にテンションの上がった状態で書いてしまいました。
本編はもう少し時間を下さい。
著作権云々で不味いところがあれば知らせてくれればありがたいです。
直ぐに修正いたします。
番外編なんていらねーと言う方には申し訳ないです。
今回はオハラでの幸せなひと時ですね。
もしかしたら、こんな感じでぽつぽつと番外編が出るかもしれません。