「あっ、ユーノ君おはよー!」
「えっ、あっ、おはよーなのは……」
ユーノが目に見えて落ち込んでるのがわかる。
あれか、やっぱ一目惚れだった所もあったんだな。いや、おそろく自覚はしてないだろうがさ。
この状況はあれだ。案ずるより産むが易し。
「寝よ……」
「え~!? 駄目だよフリードくん! まだ――」
わたしゃ寝る。
現実メンドクサイネ。
寝たらきっと状況カワルネ。
煩わしい現実とはオサラバネ。
「――」
あぁ、素晴らしき夢の世界よこんにちは。
どうか、目覚めたときには平和が訪れていま――
「――えいっ」
「ぐはっ!」
枕だと思ってたものが無くなった。
つまりは、後頭部がフローリングにゴンッと叩き付けられてしまった。
痛い。
なんというか割と痛い。
少なくとも頭を抱えて左右に身体をゴロゴロと転がす程度には痛い。
「えっと、大丈夫……かな?」
「大丈夫じゃなーい!!」
叫びつつ起き上がり目の前の実行犯に詰め寄る。
「頭は人間にとって一番大切な場所なんですー!
なんて事をしやがりますかっ! これ以上頭の中のコンデンサが外れたらどう責任取るのよ!?」
「こんでんさ??? ――でっ、でも、でも、お話しの途中で寝ちゃうフリードくんも悪いんだよ?」
わたしちょっと怒ってるんですってな様子でなのはが反論してくる。
話聞いてくれなかっただけでこの仕打ちか。
あれか“お話し……聞いてね?”ってことか?
なんて思い切りの良い。流石は魔王様。
管理局に入る前から恐喝外交とは空恐ろしいじゃねーか。
おかげで眠気が覚めてしまいましたよ。
心に闘志が燃ゆる。ファイティングスピリッツレディー。
「そんなことを言う口はこの口かーー!!」
「いひゃい、いひゃいょ、ふひーどくん」
なのはの頬っぺたをムニーと引っ張った。
それに対しなのはは腕をぱたぱたさせて反撃するが、全て軽やかに受け流す。
「ふははは、我が頭の痛み思い知るがいい」
「ほんなに、いはくやっへにゃいよーー!!」
伸びる、のびーる。
まるでお餅のよう。なのは餅始めました!
「――どうですか人の痛みが分かりましたか?」
「うぅ、ひどい。絶対こんなに痛くなかったよ~」
なのはが赤くなってしまっている頬っぺたを両手で揉むように挟んで俺に抗議をする。
かれこれ10分は入念に引っ張ってやった。
きっと、魔王の頬っぺたを引っ張った男として後世に残るに違いない。
「人の痛みを知る事これが成長へと繋がるのです」
「う~、えいっ」
徳のある教えを説こうとしたら、不届き者に頬っぺたを引っ張られた。
折角のハイパーフリードタイムになんて事を!
語感的にきっと、なんか竜的な楽しい説法になったに違いないというのにっ。
「……はにを、してりゃっひゃるんれすか」
「……お返しだもん。人の痛みを知る事が成長に繋がるんだよ?」
半泣きで睨みながら言ったって説得力なんてないですよ?
「ほうか、ほうか」
「にゃ!?」
しょうがないので再び俺もなのはの頬っぺたを引っ張る事にする。
因果応報。痛みは回ってくるのですよ。
「「……」」
黙して語らず。
言わずとも理解できる。
お互い決して譲らぬ。
負けられない戦いがそこにはあった。
見詰め合うこと幾星霜。
不屈の闘志は折れることなく未だに燃え続けていた。
「……ひょろひょろ、あひらめはらろうら?(そろそろあきらめたらどうだ?)」
「……ふひーどくんふぁ、あひらめはらあひらめりゅよ(フリードくんが、あきらめたらあきらめるよ)」
くぅ、この頑固娘め。
諦めると言う事を知らんのか。
ここは、お兄さんとして折れるべきか?
いや、ならん。男たるもの勝てる勝負を投げ出すなんて駄目だ。
しかし、このままでは埒があかない。
ここは一計を謀ろうか。
「……いちひひゅーへんっへことへ、へをうはないは?(一時休戦ってことで手を打たないか?)」
「うー、……ほうはね(そうだね)」
不満ながらも、どうやら納得したようだ。
「やあ、いっへいのうへへはなふよ?(じゃあ、いっせーのーで離すよ?)」
「うん、わはっはよ(わかったよ)」
「おひ、いっへいのうへ!(おう、いっせーのーで!)」
「――えっ――!?」
なのはの顔が驚愕に歪む。
信じたものに裏切られたってな顔をしている。
今にも“ブルータスお前もか!”って言いそうだ。
「ふはははは、信じる者はいつの時代も馬鹿を見るのだよ!
裏切り、そして謀略こそがいつだって時代を切り開いてきたのですよ!」
I win.
勝った。勝ったよ!
どうよこの素晴らしき心理戦略。
いかに魔力が高かろうと精神面がまだまだよ。
このミッドの悪夢には、まだ及んで――
「ひほいよ……」
そう言い、なのはの顔がへにゃっと崩れた。
「えっ」
未だに頬っぺたを掴む俺の手に水滴が掛かる。
それも大粒だ。
まっまずい。
「っとぉ! ごめん、ごめんよ!」
急いで手を離し謝る。
やべぇ泣かした。
しかも、こりゃマジ泣きだ。
あれっ、この子強い子だよね?
「ひっ、信じたのにっ、一緒にって、いうから、わたし――」
やべぇ、やべぇ、やべぇ、やべぇ――
心証考察なんかしてる場合じゃねー!
どうする? どうするよ俺?
あれ何も出てこないよ? 3択は?
だー、ちがう! んなこと、言ってる場合じゃない!
最早、なのはの顔は涙でぐしょぐしょだ。
どうしようか?
こんな時に限って何も出てこない。
ドラえもんか俺は。
あっ、今上手い事――
「――ふぅ」
暴走しかける思考に深呼吸をしてストップを掛ける。
今はそんな時じゃない。冷静な理性にスイッチを入れろ。
……落ち着け。
冷静になれ。自分を見つめるより、周りを見つめろ。
死すらネタに出来るようになったってのに、これじゃ小学生の時に逆戻りじゃないか。
いや、今も小学生か。でも少なくともあの時とは違う。思考停止で何もしないなんざ愚の骨頂。
こんな時の対処は古今東西決まっているじゃない。
案ずるより産むが易し。
そっと、なのはを抱きしめた――
「……ごめん。本当にごめん」
「……」
抵抗はなかった。唯ひたすら嗚咽が腕の間から零れる。
宥める話術を持たぬというのなら、後は誠心誠意を見せるだけだ。
「ごめんな」
「……すんっ、わたし、まけてない」
微苦笑する。答えてくれたと思ったら、こんな時までそれか。
いや、だからこそか。きっと、色んな感情が渦巻いているのだろう。
「そうだな。なのはは負けてない」
「……フリード君は卑怯だよ」
ぽかっと胸を叩かれた。
「そうだな」
「……そうだよ?あんな事したら駄目なんです」
声に若干張りが戻ってきたか。
「だな。俺は卑怯のひーちゃんだな」
「……ふふ、何それ? ――うん、フリード君は卑怯のひーちゃんだよ」
声に若干の笑みが含まれる。
どうやらちょっとは機嫌を直して頂いたみたいだ。
「おう、是非ともひーちゃんを今後ともよろしく!」
「うん……」
なのはが俺の胸に体重を預けてきた。
ちょうど心音を直接聞くような体勢だ。
こうやってみるとやはり小さい。自身の小さくなった身体でそう感じるのだから相当だ。
こんな子泣かして何をやっているのか。
将来がどうであれ今はこんな小さい女の子でしかない。
色々と感極まりギュッと抱く腕に力を込めた。
「……あのね、フリードくん。泣いちゃったこと、誰かに話しちゃったらやだよ?」
「ん~、なんで?」
そう聞くと、なのはがゆっくりと顔を上げた。
うん、涙は完全に止まっている。
「……だって、はずかしいもん」
拗ねたような照れを隠すような微妙な表情だ。
「さて、どうしようか」
見詰め合いながら、なのはへ微笑を洩らす。
「う~、意地悪だよ」
またもや天岩戸にお隠れになる。
具体的に言うなれば、俺の胸あたりにお隠れになった。
後頭部がいい具合の位置にあるので思わず顎を乗せたくなるね。
「……ひーちゃんじゃなくて、これじゃあいーちゃんだよ」
「いーちゃん?」
「うん、意地悪のいーちゃん」
「なるほど」
またもや、ぽかっと胸を叩かれた。
「なるほど、じゃないよ」
「ごめん、ごめん。――流石にこれ以上名前が増えるのは困るから言わないよ」
そう言うと、硬い天岩戸がゆっくりと開いていく。
目の赤みもだいぶ取れたな。若干目が潤んでいる以外は通常通りに近いだろう。
「……本当に?」
「あぁ、本当に」
「本当に、本当に、本当に?」
「本当に、本当に、本当にだよ」
じっとなのはが目を見つめてくる。
誤魔化しが無いか、嘘が無いか確かめているのだろうか。
「……ひーちゃんはもうやだよ?」
「ああ、なのはの涙と自身の名に誓って本当だと宣言する」
「そっか……」
そう呟くと同時に、なのはは微笑みを見せた。
「やっぱ、なのはは泣き顔よりゃ笑顔のほうがずっと良い」
本当にそう思う。
泣き顔は心配しか与えないが、この笑顔は人に安心と安らぎを与えてくれる。
なんというか体の奥からほんわかしそうなのだ。
なのはは面と向かって褒められたのが恥ずかしいのか、また天岩戸にお隠れになってしまった。
耳まで真っ赤なのがこちらからでも見える。
「う~、やっぱりいーちゃんだ」
「別に意地悪じゃなくて本心だよ」
「……」
返事の代わりに無言でギュッと抱きしめ返されてしまった。
どれくらい抱き合っていたであろうか、気が付くとなのはは腕の中で眠ってしまっていた。
「まぁ、一晩中だしな」
おつかれさんとなのはの頭を撫でようとしたところで気が付いてしまった。
こちらを儚い瞳で見るフェレットの姿に。
「……えーっとユーノ?」
「なんだい、ひーちゃん? いや、いーちゃんだっけ?」
なんだその達観したような表情は。
人間臭すぎてフェレットとしてどうかと思うの。
「気にしないでいいんだよ。僕はフェレットだし」
「まぁ、しかも、もどきだけどな」
「「はははははははは」」
「……死のう」
人の夢と書いて儚いを具現化したフェレットが絶望を呟く。
いや、だから表情が人間臭すぎるぞ。
「まっ、待てユーノ!」
「何フリード? 大丈夫だよ僕たちは何があろうが親友だ」
「あぁもちろんだ。だから言わせてくれ! フェレットモードのまま死ぬのはお勧めしない!
山か裏庭か良くてペット用墓地とかに埋葬される事になるぞ? 流石にそれは――」
「――あぁ、フリード。あのね、やっぱり君を○して僕も死ぬ!」
言葉と共に人間形態になった親友が修羅となった。
「くぅ、落ち、着け、なっ?」
「落ち着いて、います、が何、か?」
あの後、なのはが寝ているので思うように騒げなかったため、結局は指相撲で決着をつけることになった。
今は、その白熱した二人の熱き漢達のバトルの真っ最中だ。
「ユーノ、おまえは勘違いを、っと、している」
「何が、さ」
なかなかにやるじゃないか。
指先の魔術師と呼んでやろう。
「彼女は、なのはは、パーソナルディスタンスがおか、おぅ! しいんだ」
「パーソナル、くっ、ディスタン、ス?」
「そう、友達距離がえらく、短いんだよ。豪気とも、おわっ、言える」
もしかしたらパーソナルディスタンス以前の問題かもしれないが。
なんというか、近づいたらリリカルにされてしまった。
そう、“フリードの 法則が 乱れる!”的な感じに。
「何で、そんなの、わかるの、さ」
「俺が、簡単に、仲良く、なれた、のがその証明、だ」
「うわっ、……っと、そんなの、一目惚れ、かも、しれないじゃない、か」
「ない、な。だって、俺、だぜ?」
「……」
独眼竜眼帯着けた野郎に一目惚れするほど現実は甘くはないだろう。
いや、それ含めて好きだというなら是非にこちらからお願いするところだけども。
自分が良いと思う道を進む。それが俺のジャスティス。
その道についてこれるなら誰でもウエルカムだ。
「なのはは、本質に気づける子だよ」
ユーノが指を止め言う。
その目があまりに澄んでいたため、隙ありと攻撃ができなかった。
「だから惚れたと」
「……どうだろ」
今度は自嘲気味に目を逸らした。
なんというかイラッとくるね。
「……なぁ、ユーノ? 言っとくが人間形態の姿を晒した事の無いおまえさんはスタートラインにすら立ってないんだぞ?
悲観するなよ親友。おまえは自分が思ってるよりは、ずっと良い男だよ」
「……ありがと」
苦笑まじりではあるが、さっきよりは前向きな顔をしている気がする。
「よし、少しは前を向いたか。じゃあ、まずなユーノ、その性格は改善せにゃならん。さっき、なのはが泣いた時点で飛び込んできて、
“僕のなのはに何をする!”って言えなかった時点で駄目駄目だ。大方、俺と自分を比べて軽く欝ってたんだと思うが
そんなへたれ具合じゃどうにもなりません」
「……それは内側にいたから言えるんだよ。あれを見て突っ込んでいける奴なんて居ないよ」
「俺は行けるぞ」
「そうかもね。そうだとしてもやっぱり後先考えずに突っ込んで口八丁手八丁でその場を乗り切るフリードと僕は違うよ」
「……ずいぶんな言われ様じゃないの。まぁ、強引な押しは確かにおまえさんには似合わんな。
でもなユーノ、漢にゃ例え負けると思っても赴かなきゃいけない戦場だってあると思うぞ?」
好きな子とられてヘラヘラしてる奴にだけはなって欲しくない。
そんなの何で好きになったのかすら分からないじゃないか。
「――隙あり!」
「うぉ!?」
「――ゼロ、僕の勝ちだね」
ユーノが勝ち誇った顔で勝利宣言をする。
「……無抵抗な奴に勝ってうれしいか?」
「そりゃうれしいね。君もそう思うだろ、ひーちゃん?」
心底意地が悪そうにユーノが言った。
「しかし、大丈夫なのかな」
俺のベットで眠るなのはを見つつ言う。
「何がさ?」
「いや、土曜日とはいえ家に何も言わずに外に出てるんだろ?」
放任主義だったとは思うがそれでもだ。
行った先が男の家ってのが既に詰んでる気がしないでもない。
「どうなんだろ。あの家の人達なら笑って済ませそうだけどね」
「行った先が俺の家だとわかったらそりゃないな」
「……何をやったのさ?」
ユーノがジト目で聞いてくる。
「……いや、特に何も?」
精々、御神流恐るるに足らずと言いまくった事ぐらいか。
あ~、後なのはをどうこうも積極的に言った気がする。
うん、特にやってはいないな。言っただけだ。言葉の応酬ぐらいは許して欲しい。
「……何もやってないのにあの人達がそんなに警戒するわけないよ」
「う~ん、やったっていったら実戦ぐらいか?でも、実戦自体は2,3戦しかやってないよ?」
「もしかして管理外世界の住人相手に魔法を使ったの?」
「そりゃおまえ極限まで身体強化しなきゃ、ついていけないもの。
連中やばいんだぞ? マシンガンを目測で避けちゃうんだぞ?」
魔法を使っても終止押されるっていうね。
人間ってどこまで強く成れるんだろうか?
あの連中を見てるとそんな気にさせてくれる。
「うそでしょ? そんな馬鹿な話しってないよ」
だってあの人達どう見ても人間だしとユーノが続ける。
世の中広いのだよユーノくん。
「まぁ、大変だなユーノは。なのはは、あの人達の血族だし」
「何その不自然な笑顔。……もしかして本当だったり?」
それに対して満面な笑みで答える。
「いるんですよ世の中にはそんな奴らが。――そう、きっと国会に今から乗り込むといって、実際に拳一つで単機突入して制圧する。
そんな奴だって存在するんですよ」
「……いや、ないでしょ」
「可哀想に」
「なんだよその言い方――」
やれやれこれだからユーノくんは。
にしても今度、肉体言語でも身につけようかね。
「寝るっ!」
「……いや、いいけど、まさかそのベットでとか言わないよね?」
「言ったらどうすんだよ?」
ユーノにふふんっといった具合に言ってやる。
どうするのかね、へたれ君?
「……止めるよ全力で」
「さよか。じゃあユーノくん膝枕してくれ」
「誰がするか!」
気持ち悪いと全力で表現してくれる。
「そりゃ、なのはがだな」
「うっ……」
「――じゃ、まじで寝るわ」
欠伸を堪えてそのまま別の部屋へと移動を開始。
身体だってまだ本調子じゃない。休むが吉だ。
「……いーちゃんめ」
「……どうでもいいけど、なのはが起きたときには俺はまちがいなく寝てる。
後は自分でなんとかしろよ? その姿と諸々含めてな。」
何やら背後でぶつぶつと呟いているユーノに言外に起こすなよと告げた。
――さて、どうするか。
起きたばかり、夜なのか暗い部屋の中で考える。
正直、時系列をあんまり覚えてない上に、かき乱しすぎて原作の知識なんて最早役に立たない。
バタフライやら揺り戻しやらを考慮すると余計にわからん。
まぁ、なんとかなるか。
プレシアさえ何とかできりゃ、どうにでもなるだろ。
ぶっちゃけ俺が居なくても、何とかなるのだから気負う必要も無い。
ここに居る理由は、色々あるとはいえあくまで俺個人の我侭なのだ。
「っ――!?」
――ふと、窓を見ると夜に居てはならないものが見えた
「――お迎えか?勘弁して欲しいね」
「……」
それは何も言わない。
唯じっとこちらを見ている。
部屋の外のほうが中より明るいためか、その姿は夜空をバックにして克明に浮かび上がっていた。
今度あったら焼き鳥にする、そう決意したはずだが動けない。
「何か言ったらどうだ? それとも、また人の話を聞かずに実行か?」
「……」
見下されている訳でもなく、唯どこか違う世界から見られている。
そんな気がする。
――そして、それは何も語らないまま、音も立てずに飛び立った。
「……何だってんだ」
鳩恐怖症になりそうだ。
ホントなんだってんだよ。
――「なぁ、ユーノ」
良い天気だ。
春の陽気に誘われて眠ってしまいたい、そんな気にさせられる。
「ん~、何?」
同じように上空を見上げていたフェレットもどきが億劫そうに答えた。
「アレを見てると俺達の学園生活とは何だったのかって思わね?」
「……まぁね」
上空で、この空域はわたしが制したとばかりに飛び回る少女を見て考える。
才能とはなんぞやと。
「三日だぞ三日。なんだよそれありえねーよ」
それも学校に普通に行って普通に寝て三食食ってだ。
「……はぁ。でも魔法ってのは才能によるところが大きいのは今更じゃないか」
「にしてもだアレはない。魔法学園の存在意義を真っ向から否定してるぞ」
「別に魔法学園は魔法に関する事柄を教えるところで、技術だけじゃないでしょ。
存在意義に疑問を持つのは、理論と実戦以外はどうでもいいと思ってるフリードだけだよ」
もっともらしい事を言ってるが顔を見りゃ世の中って理不尽だってな顔をしている。
才能の有無をどうこう言っても始まらないのはわかるがこれはなぁ。
三日で殆どの魔法が使えるようになった。それってどんなチート?ってな感じだ。
「まぁ、僕から見ればフリードも十分理不尽ではあるんだけどね」
「何でだよ?」
「だって、君も似たようなものだもの」
「なんだそりゃ。少なくとも俺は努力しましたよ?」
「だね。まぁそういう意味じゃなくて単に才能の有無だよ」
「才能?俺にゃあんなアホみたいな魔力量に任せて無理やり出来る程の力は無いぞ?」
そう、あんな効率なにそれ? 100の力で80しか出ないなら1000の力で撃てばいいじゃない的な事はやれない。
いや、一応現在の総魔力量自体はAAA-に届くか届かないか程度はあるため出来ないこたぁ無いだろうがさ。
俺がアレを真似してみても高が知れてるってな話だ。
鳩によるチートも100%天然のもののチートにはどうやら勝てないらしい。
「――あんまり変わらないと思うけどね。出来る出来ないで言えば君の方ができる事は多いしね」
「そりゃアドバンテージが4年近くありゃ当たり前でしょーに」
「そういう話じゃないよ。フリードは苦手なものないでしょ?」
「制御以外にコレと言って得意なものも無いけどな」
「十分だよ。僕みたいな攻撃が苦手な奴よりゃよっぽどいい」
「結界とか検索が得意じゃないか」
「……それが自慢になる?」
「なるだろ」
「……はぁ。隣の芝生は青く見えるってな話かもね」
そういうものだろうか?
何か一点突破した方がどう考えてもいい気がする。
武器を選べと言われたら、10徳ナイフ持つよりサバイバルナイフを持ったほうがいいだろう。
10徳ナイフなんてサバ缶開けるかコルクを開けるかぐらいにしか役にたたなさそうだ。
なのはがサバイバルナイフを持ってバッサバッサと敵を切り倒してる中で、俺だけサバ缶を開けながら戦うのだ。
そして、戦いが終わった後ワインのコルクを開けて勝利の美酒に酔いなとか言うのである。
……あれ? なかなかカッコいいよ?
「――ユーノ。やっぱ俺は俺として生きるよ。他人なんか関係ない」
「……何その唐突な悟り」
「人の持つ可能性より自分の持つ可能性を信じれば良いんだ」
「いや、うん、まぁそうだね」
「あぁサバ缶が駄目ならカニ缶辺りで攻めればいい。それでも駄目なら必殺おでん缶だ」
「……」
パイン缶も良いかもしれない。飛び出す汁が相手にダメージを与えるのだ。
“こ、こんな甘い汁を掛けられたらネチャネチャしちゃうーー、ビクンビクン”ってな具合になるに違いない。
我ながらなんて恐ろしい――
「フリード・エリシオン。恐ろしい子だ」
「……ホント恐ろしいよ」
「そうか。俺が味方でよかったなユーノ」
「いや、まず味方であることが恐ろしいよ」
「なるほど。味方にすら恐れられるミッドの10徳ナイフこと俺、フリード・エリシオンというわけか。
すまんな、迷惑を掛ける。許せ」
うむ、場合によっちゃシュールストレミングも開けるかもしれないからな。
きっと阿鼻叫喚になる。
『うっまた、10徳ナイフがやりやがった!』
『くっ、味方の被害は!?』
『……甚大です。フロントアタッカー2名、ガードウイング1名が――』
『くそっ!! 奴め、あれが風呂に入っても5日は臭いが取れないとわかっての所業か!』
『過去のデータからいっておそらくは。――現場の映像来ます』
『……馬鹿な、10徳おまえは』
『かつて悪夢と呼ばれていたそうだね彼は。まさにこれは悪夢というに相応しい。なんとなんと美しいんだ』
『――汁に塗れろ!! 臭いを脳裏に刻め!! はははははははーー!!』
『もうやめて……。こんなのやめてーー!!』
『――もっと、もっとだ!!――』
「えーっと、フリードくん?」
「なのは駄目だよ。今はそっとしておいてあげて」
「えっ?」
「知らないほうがいい。いや、知っちゃいけない」
「???」
『10徳ぅーーー、てめぇだけは許さねぇーー!!!』
「へっ?」
「だから、今度すずかちゃんのお家に一緒に行こう?」
「いや、何故に?」
なのはの誘いに疑問で答える。
プール以来、結局ジュエルシードは見つかってない。
ともなると今度こそありそうな気配はするが一緒に行く理由が無い。
行くつもりはあったけど、それはこそっと隠れるようにだ。
「だって、二人の誤解を解くチャンスなんだよ? それに、アリサちゃんだって連れてこれるなら、縄で縛ってでも連れてこいって言ってるし」
そりゃ単純に今度こそヤキ入れるぞ、ごるぁってな話だろ。
それに月村家って……。あー、恐ろしや、恐ろしや。
「とてもめんどくさいです」
「え~そんなぁ。あっ、ジュエルシードの事とかあるし、ほら一緒に行動した方がいいよ! ねっユーノくん?」
「う~ん、フリードが嫌がってるし、これは連れてった方がいいね」
どういう意味だこのフェレットもどきめ。
「ほら、ユーノくんもこう言ってるし」
「いや、今の嫌がらせだよね?こいつが嫌がるんなら僕は賛成するよってな顔してたぞ?」
「そんなこと無いよね? ――ユーノくんは時々フリードくんに引っ張られて意地悪になっちゃうそうです」
「そうそう、フリードが悪い」
「なんだとごるぁ!」
この淫獣め。
言わせておけば好き勝手に吹き込んでくれてるじゃねーの。
粛清してくれる!
「瞬殺のファイナル――」
「――駄目だってばーーー!!」
呼応するように拳を向けたユーノと俺の間にレイジングハートが割リ込む。
ここ数日で水を得た魚のように力をつけた魔王様御身自ら止めに入られた。
レイジングハートの周りに浮かぶ4つの魔方陣が有無を言わせぬ迫力を漂わせている。
怖っ。
「じゃあ、フリードくん、約束だよ?」
「あぁ、はいはい」
「う~、当日迎えに行くからね?」
「そこまでせんでも行きますよ」
転送魔法で逃げても、見えない壁にぶつかりそうだ。
そして、なのはが現れてこう言うんだ。
魔王からは逃れられないって。
「……何かとても失礼な事を考えてる気がする」
「気のせいですよっ!」
辺りの魔力素が、なのはのリンカーコア目掛けて収束する気配を感じて、即時にそう返した。
「う~ん、何かひっかかるけどいいのかな?」
ちょっと不満顔ではあるがどうやら、無事宥める事に成功したようだ。
「命拾いしたねフリード?」
「うるせぃ!」
得意げな人間臭い表情をするフェレットに一撃を入れておいた。