「どうしてこうなった……」
夜も更けるに更けた、もうこのまま起きてた方が色々と捗るよねってな八神家邸宅の午前4時。
自分の手元にある昨日会社から試供品ですと送られてきた、インテリジェントデバイスを見て思わず呟いてしまう。
管理外世界まで送られてきたのだから、そこまでの作品なのかと期待したら予想の斜め下をいかれた。
催眠術に掛かっているのかもしれないと思ったら、本当に掛かっていた的な斜め下だ。
いや、あるいは最強クラスの技だったはずなのに、雑魚っぽいのすら使ってくるようになった的な斜め下なのかもしれない。
「どうしてこうなった……」
助けを求めるような目で、ブリックの方を振り向きつつ再度呟く。
『……そんな目で見られても困りますが。マスターが許可したしょう?』
テーブルの上でチカチカ光りひたすら闇の書の解析をするブリックから、呆れ混じりな声でそんな返答が帰ってきた。
「えっ……」
俺が許可したのってこんなんだったっけか。
思わず思い出してしまうのは1ヶ月前のFC社で行った定例会議――
――「やはりギャップしかないでしょう!」
メガネの社員さんが勢いよく立ち上がり、キラーンとメガネのふちを光らした後、そう言い放った。
「……まぁ結局はそれが王道かもしれないわね」
「確かにそれは否定せんが……」
「リアマルティリーゴ!」
メガネの社員さんに対して、会議に参加してる社員さん達が次々と自分の意見を述べていく。
どうやら概ね彼の意見には賛成のようだ。ちなみに最後のは巷で今流行っているアーベ語というものらしい。
巷過ぎてよく分からんのが玉に瑕だが、本人見てるとアーベ語で言い切れて俺は満足ですと顔に書いてあるのだから、きっとアレでいいのだろう。
「でも、大抵それってやりつくしちゃったよね?」
次々と賛成が上がる中、ミッドに腐りを蔓延させた恐怖の元凶たる女性社員さんが口を挟んできた。
言わずと知れた彼女は、怒らせると親戚縁者全てに自分のデバイスをばら撒き、恐るべき病魔を蔓延させるという現代に甦った魔女である。
だからだろうか、合法ロリという意味でも魔女である彼女の意見に、皆が一同緊張の色を見せた。
皆がそれもそうか、どうすんべかと周りを見渡し始めた時、
「……ええ、そうですね、確かに。ですが、私には秘策があります」
メガネの社員さんが立ち上がったまま、クイッとメガネの鼻あてを持ち上げて自信ありげにそう呟く。
「へ~大した自信。で、秘策って何?」
対して、そいつは攻めなんかじゃない、明らかに受けであるとでも言い張るかの如く、強く言及する現代の魔女たる社員さん。
「まぁ言うなれば“おとこのこ”ですよ」
「男の子~? 何それ?」
「それは実際に次の定例会でお出しするので見て頂いた方がいいかと。社長、どうですか“おとこのこ”は?」
皆が一同俺に注目する。
「……“アリ”だ」
俺は、肘を机に突き口元の前で手を組むという姿勢を保ったまま、いつもの如く冷静沈着に台詞を告げるのだった。
俺の意見を聞き、勝ち誇ったように席に座るメガネの社員さんと、それを不満げにみる現代の魔女さん。
ちなみにこの二人、メガネの社員さんが“ぴこぴこはんま~”を開発する際に、ちっこくて叩きやすいからと現代の魔女さんをピコピコと叩きまくって、実験台にした時からの犬猿の仲である。
まぁ、ライバルってのは良いもんだと思うよ。
「アルティ、アルティ」
そして、アーベ語の彼が頷きつつ言うのをみて、今日もつつがなく会議は終わったのだと実感するのであった。
――「あ~、許可出してるわ確かに」
確かに脳内で再生された定例会議の内容からすると間違いない。
『でしょう?』
ブリックのほれ見たことかってな声を聞きつつ考える。
でも、これって間違いなく俺の思ってたものとは違うよね、と。
「まさか“漢の娘”とは思わなんだ……」
意識が自分に向けられたを感じ取ったのか、FC社インテリジェントデバイス種別No.22“漢の娘”――コードネーム“タフガイ”が、
『マスター!! リリカーールッッッ!!』
野太い声で、今からどっかに血の花を咲かせにいくべさってな号令を掛ける。
脳内で再生される手元にあるインテリジェントの姿は、厳つい男が魔法少女のようなヒラヒラした服を付けて、俺にサムズアップをしていた。
――何の特産物があるのかよくわからない今の俺が住む普通の町。その名は海鳴。
一向に進まない現実の問題はとりあえず思考の彼方へドロップキックして、子供の領分とは何ぞやと言ったら遊びではないかと結論を出したのが今日の昼過ぎの事。
再度歩けなくなったので、学校行かずに読書という名の封時結界を張って、読書中じゃけん邪魔すっと車椅子で跳ね飛ばすぞというオーラを醸し出してるはやてに、
もうこんな家出て行ってやるんだからと言い放ち、夕方までには帰ってくるんやでと、温かく見送られたのが約1時間半前。
そして、あまりに張り切りすぎて缶蹴りとかいう古式ゆかしい日本の遊びで、鬼の子にシャイニングウイザードを極めてしまい、仲間外れにされてしまった今現在である。
とりあえず、ブランコをキコキコとこぎつつ普通の町海鳴をぼーっと眺め、絶賛黄昏中ですというオーラを、辺りを夕焼け色に染める勢いで撒き散らしながら、真に狙うは俺を外したガキへ靴がすっぽ抜けた振りをして狙撃する事だ。
缶を踏もうと右足を出されたらその脚を踏み台にして、相手のこめかみを膝で打ち抜きたくなるだろうに。少し脳震盪を起こしたぐらいで大げさな。
少し脳を揺らしたぐらいなら何とかなるって、その昔少年チ○ンピョンが言っていたというのに。
「――うりゃっ!」
そう勢いよく言い放ち、ブランコの振り子の頂点で右足を強く中空で蹴ると、予め緩く履いておいた右足の靴が、ヒュルヒュルと放物線を描き飛んでいった。
勢いをそのまま、何に遮られる事も無く靴の運動曲線は、予想していた動きよりも大きく逸れて、
「あっ」
目標とは違う、しかもどうやら女の子らしい頭へとスコーンッ! と直撃した。
駆けつけた時にはその子が立っていた場所には既に人だまりが出来ていた。
とりあえず、人だまりの中心でうつ伏せに倒れているので、人だまりをかき分けその辺にあった石で、その子の周りに線を書いて囲み、
「午後4時20分、死亡確認」
そう言っておく。
俺の声を聞いたのか、倒れてる少女の両サイドに縛った栗色の髪がわずかに動いた。
「……フリードくんがやったの?」
何やらうつ伏せのままの死体から、呻くような声でそう聞こえたので、
「そらそうよ。午後4時20分、生存確認!」
言いつつ左手をメモ代わりに、右手の人差し指で現状を適当に記す。
生存またの名はナマアリです、と。
「……」
「では、気をつけてお帰りたまえ」
行き倒れに名称を変えた元死体へと言いつつ敬礼をして、キョロキョロと辺りを見渡しその子のすぐ側に靴があることを確認したので、その靴を履こうと足を入れると、
「えっ」
ガシッと右足を掴まれた。
掴まれた足を見ると、これって何のホラーってな感じだ。
まぁいいやとそのまま足を踏み出そうとすると、その子ごとズルズルと引きずってしまった。
「とりあえず、あの、御放しになって頂けません?」
「……あのね、あたってすっごーく痛かった」
「そうか、それじゃあ病院にいくんだ」
言って再度歩こうとすると、またズルズルとその子を引きずってしまう。
「……」
「……こういう場合ね。普通の人は謝ると思うよ?」
「あのな、簡単に謝ったら訴訟が待ってるから駄目だって安田が言ってた」
その昔、俺が高校二年生の頃である。授業中にティガを狩っていたら、それを見てキレた物理教師の安田が、俺のPSPを真っ二つに折った後、語った事によるとそうらしい。
俺はお前の親にだって謝らないぜふははははって言った後、やりすぎだと校長に叱られ平謝りしてた姿を俺は一生忘れないだろう。
「安田さんって誰!? というか最低だよ、安田さん!」
「そりゃおまえ魔法使いの安田さんだからね。最低だし変態だよ」
安田(37歳)。
順調に経歴を重ねているなら魔法使いになって今は7年目に突入していることだろう。
「また変態魔法使いさんなの!?」
「またってなんだよ。またって」
「フリード君が紹介する魔法使いさんは、みんなそんな人ばっかりだよ!」
「違うよ、全然違うよ! みんな純粋なだけだよ!」
変態だから魔法使いになるのではない。
純粋だから魔法使いになるのだとは安田の談。
「う~、フリード君を見る限りそんなこと絶対ないもん!」
「……何気に酷いやつめ。わかった見てろ、ブリック!」
『……はいはい、きらきらー』
「――ほら、純粋ですよ?」
白を黒だと言い張るような態度で俺を糾弾する少女に、証拠としてキラキラとした瞳を見せる。
目の端からキラキラと零れるような、びゅーてぃほーなダイヤの瞬きが、相手には見えているはずだ。
「――ユーノ君式チョーップ!!」
「あでっ!」
バッタの様に瞬時に、地面にうつぶせた状態からからぴょんと飛んでジャンピングチョップを放ってきた、栗色の髪の乙女ことなのはさん。
ちなみに、ユーノ式チョップの完成度は俺から見て40%といったところだろう。
「そんなのいんちきだもん! どこの世界に目から実際にキラキラが出る人がいるの!」
「……えっ?」
なのはの物言いに思わず体を引いて、私どん引きしましたってな態度を取る。
「な、なに?」
その俺の態度に怪訝そうな顔をなのはは見せた。
「なのはさん、今の世の中瞳キラキラは標準装備ですよ?」
「そ、そーなの? てっ、いや、ないよ! 絶対そんなのないもん!」
なのはが一瞬納得しそうになるも、すぐさま頭をプルプルと振った後、意固地にそう言い返してくる。
「んなこたーない。ツイッターで私今キラキラなうって呟きを見たことないの?」
今の光ってたのって何? 手品じゃね? あ、あれは伝説の!? と、俺達の行動を奇異な目で見つめていた、ザワザワ要員という名のギャラリーに強く同意を求めると、曖昧な表情で何人かが首を傾げた。
「ほらな?」
「なんでそんな自信ありげなの!? 違うもん! 明らかにそんなのないって顔してるよ!」
「日本人は奥ゆかしい。本音を言うのが下手なんだね。ああ、かのオックスフォード大辞典でも言ってたことが今更理解できたよ」
「おっくすふぉーど???」
なのはが疑問符を浮かべるように小首を傾げたので、
「あぁそうだ。Cool Japan! 訳して寒いよ日本!」
マジで最近coolっすわ何回雪降んねんと日本についての総評を述べる。
「意味わかんないよ! というか、それたぶんそんな意味じゃ――」
「――さて、帰るか」
言って即座になのはに背を向けて公園の外へと駆け出した。
「にゃっ!? ちょっ――」
三十六計なんとやら、後ろからしてやられたような声を聞きつつひたすら走る。
もうあの公園では遊べないなと思いながら300m程走ったところで、右足の靴が無いことに気づくのだった。
――「すんません。ホントすんません。だから靴を返して下さい」
日本の古式ゆかしい最上級の謝罪技法である土下座で誠意をみせる。
おまけに土の上に直というオプション搭載で万全の体勢だ。
某桜吹雪のお役所様が裁く罪人だってござを敷いているんだから、これを見て心を動かさない人間は居ないはずだ。
というか居たらそいつは間違いなく鬼である。
「……嫌だもん」
なのはが俺の靴を両手で抱きしめるように俺から隠しつつ涙目でそう言い放った。
「あなたが鬼か!」
こんなところに鬼はいた。
鬼ってのは子供の形をしてて魔法少女になれるって今度某所に投稿しなきゃ!
「鬼さんはフリード君だよ! わたし何もしてないのに靴をぶつけられたんだよ!?」
「いやな、申し訳ないという気持ちで現場に駆けつけたら、倒れてるのがなのはだったわけだよ。じゃあいいよねってさ?」
「なんでそうなるの!?」
「なんだろうなこの感情。ここから一刻も早く立ち去れと俺の中の俺がしきりに呟いたんだ――」
言って立ち上がり、なのはに近づきつつ思わず頭に手を当てて、もう一人の自分のことを考えてしまう。
そいつは、じょ、じょ、じょ、じょ~○んと、鼻歌まじりにこう言ったのだ。
“10点ビハインドで出てくる中継ぎという名の敗戦処理担当には、野次しかとばんって甲子園が教えてくれたんや”
“そもそもな、逃げたら駄目って誰がきめたん? 自分か? 違うやろ? 絶望的な状況で戦い続けることになんの意味があるんや”
“はな、わかったんならはよ行くで? 戦う前からほたるの光で終了や。――さぁいこか、家電を買いに”
「――つまりは、ヨ○バシでもない、ビ○クでもない、ましてやヤ○ダなんかでは絶対無い、じょー○んが最強なんだ」
言いつつ、なのはの肩に両手を掛け、
「て、はやてが言ってた」
諭すように話しかけた。
そう、俺の中のもう一人の自分ことはやてさんは確かにそう仰っていた。
俺が“調子上々~”と口ずさむと横で聞いていたザフィーラが“……気分上々~”と呟いてしまうぐらいには、はやてさんはそう仰っていた。
「ぜんぜん意味が分かんないよ!?」
「確かにわからんな。じょー○んのどこがいいのやら。ところで、コ○マはもう駄目なんですかね?」
「知らないよ!? て、その手には乗らないもん!」
なのはの肩から少しずつ目標へ近づき、あと少しで靴に手を伸ばそうかというところで振りほどかれてしまった。
「チッ」
「う~」
なのはが唸るにようにこっちを睨みつつ威嚇して、顔はこっちを向いたまま半身を捻って、両手にきつく抱いた俺の靴を隠そうとする。
「まぁまぁ落ち着こうぜ兄弟」
「べーーだっ」
言った後、つんっと横を向いてしまった。
どうやら聞く耳を持たないらしい。
「わかった逆に考えるんだ。なのはの靴をこっちにわたせばフェアじゃね?」
「……」
なのはは相変わらず、つんっと別の方向を見ている。
「なのは、靴って英語でシューズじゃない? ズが付くってことは一つだとシューなわけだ。
んでもって、なのはの持ってるのは俺の靴いわゆるフリードシュー。つまりは、シューが臭いでフリード臭。
いやん! この子フリード臭いわ!」
「……」
「なのは、靴って漢字で革が化けるって書くんだけど、これって不釣合いだよね?
だっておまえ一つじゃ不完全なくせに革が化けたとか言っちゃうんだぜ? 一つで完璧な鞄さんの立場考えろよって話だよ。
漢字で革を包むだけで表現されちゃった鞄さんの立つ瀬がないだろうと。だからさ、鞄さんはいつか必ず靴へと言うと思うんだ。
革に化けるべきはおれなんだ! 不完全なおまえではないんだ! てさ」
「……」
「なのは、なんでどこの空も青かですかね」
「……」
「なのは、山は……歌いますか?」
「……」
なのははぎゅっと目を瞑った後、俺に背を向けしゃがみ込み、器用に靴をお腹に抱いたまま体を丸めて、両手で耳を塞いでしまった。
「……なのはのあほー」
「っ!?」
なのはの丸めている背中がビクッとなった。
どうやら聞こえてるのは間違いないらしい。
「なのはのちびー」
「っ!?」
「なのはのおたんこなーす」
「っっ!?」
「なのはのくいしんぼうー」
「っ――く、くいしんぼうじゃないよ!」
なのはが立ち上がりつつ体を反転させ、私いい加減とさかにきたんですと掴みかからんかという勢いで涙目ながらに反論してきた。
「なのはのひらがな三文字ー!」
「フリードくんのカタカナーー!!」
「明治時代に翻訳に困った偉い方々が作ったカタカナの方が偉いんですー!」
「そんなことないもん! ひらがなは、ひらがなは、えーっと、ひらがなは、か、かわいいもん!!」
わたわたとなにやら手を動かし、頭を捻りで一生懸命考えた後、ビシッと俺の靴を突きつけつつ俺にそう宣言するなのはさん。
「はいはい、わかったわかった、君3文字、俺4文字。つまりは俺の方が上。OK?」
「う~、そんなこと、あっ、漢字! 高町なのは! ほらほら漢字さんがある!」
わたし勝ちましたと、にこにこと自分を指差して名前を名乗りつつ、自分の優位性を語るなのはさん。
「くぅ!? 実はフリードって不璃怒って書くんだよ」
なのはの輝かんばかりの笑顔から、ちょっと目を逸らしつつ、自分の名前を漢字で中空に指で書く。
微妙に璃の細部が書けなかったりするが、きっと大丈夫だろう。
「ぜーーったい違うよ!」
「違わないですー」
「違わなくないよ!」
「違わなくなくないですー」
「違わなくなくなくないよ!」
「違わなくなくなくなくないですー」
「む~」
「はーん」
“なく”を言った分だけ頬を膨らませたなのはと、見つめあうこと幾星霜。
お互い譲れない勝負だと確信する。
「「違わなくなくなくなくなくなくなくなくなくなくなくなくなく――」」
瞬間――無粋な携帯の音色がこの勝負を切り裂いた。
「えっ、アリサちゃんが――」
――古来よりお嬢様は誘拐されるものらしい。
金に群がるのか、あるいはお嬢様というブランドを付けた女に群がるのかはわからないが、古今東西の物語を紐解かずとも定説だと言えるだろう。
「お嬢様は大変ね~」
姿が隠れるくらいの茂みの中から、奥に見える廃ビルを見て思わず呟いてしまう。
「どうしよう……」
「なのは……」
不の空気を纏った呟きが聞こえたので、視線を横へずらすと、困り果ててるなのはと、そのなのはを見て困り果ててる小動物ことユーノが居た。
誘拐されたアリサの居場所を探すの自体は簡単だったと言っていい。
お手軽3分クッキングよろしく、知りうる限りの探知魔法で一発探知で急いで急行。
途中でユーノが合流そして、その勢いのままここに来て今に至る。
まぁ、それでもなんだかんだで、ここに来る間に夜になってしまったのだけれども。
「あれは、普通の人……だよね?」
「……そうだね」
奥の廃ビルの入り口付近をうろつく、警備なのだろう人を見て、なのは達が深刻そうな声色で確認しあっていた。
……なんともまぁじれったい。要は魔法でやればいいだけだが、この優等生さんたちは一般人だからってことで躊躇しているらしい。
別に結界なりなんなりで最小限でやりゃいいってのに。
なのはの方は恐らく攻撃でしか解決方法が思い浮かばないのだろう、ユーノの方は先ほど連絡した恭也さん達が来てからどうするか判断するってところか。
「やれやれだーね」
言って、なのは達に気付かれないように茂みから出て、廃ビルとは逆方向に歩き始めた。
「要はさ、ばれなきゃ言い訳だろ? なぁタフガイ?」
ブリックではないもう一つ。届いたばかりのインテリジェントデバイスへと話しかける。
『押忍!』
やってやろうじゃないの。
魅せてやんよ。FC社の社長の生き様をな!
なのはの困った顔を見ると、ユーノは少し心苦しかった。
本当はなのはが考える以外の方法で、解決出来ないこともないのだ。
だが、それも結局は違法ということに変わりはないし、ましてや先走ってアリサに怪我でも負わしたらという気持ちもある。
(今は我慢だ。恭也さんお願いだから早く来てくれ!)
ユーノは一度ギュッと自身の拳を握った後そう願った。
「アリサちゃん……」
なのはは自身の不甲斐無さを嘆く。
魔法少女になれたことで、自分は人を救えるのだと、ある意味慢心に近い気持ちがどこかにあった。
だが、現実はどうだろうか。確かに魔法で解決できたこともある。だがしかし、今友達が助けを求めている肝心なときに何も出来ないではないか。
これでは魔法手にしたとしても、魔法少女になれたとしても、大事な人を守れないなら結局――
「っ――ユーノくん、あのね、わたし――」
「――月の光に誘われて、悪を蹴散らす一輪の花。魔法少女、フリートニア見参!」
なのはがユーノへ、今まさに廃ビルへと乗り込もうと打診しかけた時、一人の少女がなのは達の前へと舞い降りた。
長い銀髪をなびかせ、真っ白いマントを翻し、周りに燐光を従えて彼女はいた。
白銀のマントをまとい、辺りに同じく白銀の燐光を舞わせている彼女は、月に照らされて神々しさを感じさせた。
「あ、あなたは……?」
なのはが突如現れた少女を見て呆然と呟く。
「全て私に任せなさい。行くわよタフガイ!」
『押忍!』
なのはが何か言おうとする間に、彼女はアッという間に飛んでいってしまった。
「行っちゃった……。ユーノくん、私やフェイトちゃん以外にも魔法を使える女の子がってユーノくん?」
様子がおかしいと、なのはがユーノの顔を覗き込むと何とも微妙な顔をユーノはしていた。
「……なのはは気付かないの?」
「えっ? 何をかな?」
「いや、まぁたしかに見た目は女の子。いやでも、うーん」
ユーノが腕を組んで唸るようにして考え込む。
なのははそれを見て変なユーノくん、と首を傾げるのだった。
「――何者だ!」
フリートニアと自称した少女は、その言葉に合わせて加速する。
その速度は速く、10メートルはあったであろう間合いを一瞬で詰めた。
「なっ!?」
『フリートちゃんネックブリッガー!!』
インテリジェントデバイス――コードネームタフガイがそう叫んだ瞬間に相手は崩れ落ちた。
既にフリートニアの通ってきた道には、無数の誘拐犯たちが横たわっており、今倒したのを含めれば数十体に上る。
「……この部屋で最後ね」
残り、この一番奥の部屋で最後だ。
恐らくは、ここにアリサが捕らわれているのは間違いないだろう。
フリートニアは気を引き締めるように、自身の相棒であるタフガイを握りしめた。
「にしても、ミニスカはすーすーして、下の不安感が半端ないぜ」
『マスター言葉遣い! 押忍!』
「あ、あぁごめんごめん。こほん、ミニスカだから見られる前にぶち殺さなきゃね☆」
『押忍!』
とりあえずタフガイにやれと支持されるままにテヘぺろをしつつ、与えたダメージが少なかったのか今にも起き上がってきそうな誘拐犯に対し、脳天へタフガイを振り下ろしたのだった。
アリサは先ほどから男達が、しきりに外部に連絡を取ろうとしては、舌打ちをしているのを聞いていた。
助けが来たのかと思ったが、外は相変わらず静かなままだ。何かが起こっているなら、もうちょっと物音がしてもいいだろう。
「――くそ、どうなってやがる!」
「落ち着け。このガキが居る限りどうせ手出しはでき――ヒギャッ!?」
地面に簀巻きにされ寝転がされていたアリサを、偉そうに見下ろしていた男が、突如として消えたように吹っ飛んだ。
「慢心は己を滅ぼす鍵である……て、ちょっとマイナーかしら?」
男が吹っ飛んだ代わりにアリサの目の前には、居なかったはずの少女が居た。
「大丈夫ですか?」
言いつつ少女がアリサへと手を差し伸べてくる。
夜にはかなり目立つ白銀のマント。凝った装飾を施した白銀のミニ丈ワンピースを着て、袖には着物のような袖下があり、それは翼を思わせた。
辺りに白銀の燐光を瞬かせ、ファンタジー小説の住人かと思わせるような少女がそこには居た。
「だ、大丈夫だけど。ひっ――危な――」
誘拐犯が少女へと、ナイフのようなものを振りかぶってるのが見えたアリサが、危険を少女へ伝えようとした瞬間、
「――くないですよ?」
少女が反転し回し蹴りを誘拐犯へ叩き込む。
「ひでぶっ」
少女の回し蹴りを綺麗に即頭部へともろに食らった誘拐犯は、その反動で壁へと叩きつけられてしまった。
「あらあら、そんな世紀末なやられ声を上げたらこっちも張り切っちゃうじゃないですか」
言って、少女が誘拐犯たちへを一瞥する。
この部屋だけでも十数人は居ようか。まさに本来であるならば、少女の方が追い込まれる立場のはずだった。
「ひっ!? 」
しかし、現実はどうか。一人の少女に対し男達が恐怖の色を上げていた。
誘拐犯達の中にあるのは、あり得ないという脳の正常な拒否運動。
いきなり現れた幻想的な雰囲気の少女が、大の大人を二人瞬殺したなど、断じてありえるべきではなかった。
「まぁ、来ないならこちらからいっちゃいますけどね」
少女はニコリと笑う。それが死刑宣告だとでも言うように。
「な、なめるな!」
「――汚いから舐めません! タフガイ! 一気に行きますよ!」
『押忍! フリートちゃんシャイニングウイザード、フリートちゃん雪崩式DDT――』
野太い声が部屋に響くたびに、大の大人が壁にめり込んだり、床にめり込んだりしていく姿をアリサは呆然と見つめる。
「フリートちゃん、弱パンチ、弱パンチ、→、弱キック、強パンチ、すなわち」
『瞬・獄・殺!!!』
瞬間――白銀の燐光の瞬きが強くなった。
白銀のマントが、少女の行動が全て終わったことを示すように弱くフワッと靡く。
全ては一瞬だった。少なくともアリサにはそう感じた。
「……もう一度聞きますが、大丈夫ですか?」
白銀の燐光を纏い、死屍累々の男達を踏みつけ少女が、淡く微笑むようにアリサへと無事を尋ねる。
「は、はい! だ、大丈夫です!!」
アリサは頬を紅潮させ、上ずる声をなんとか抑えて、ようやく自分の無事を告げた。
「そう、よかった」
アリサは魅入ってしまった。少女にほっとしたとニッコリと返され、自分が簀巻きにされていることも忘れて、ボーっとその少女を見つめてしまう。
見れば見れるほど幻想的な少女だ。夜に瞬く白銀の燐光がそれを一層際立たせている。
「えっと、あ、あなたは――」
『――マスター潮時です』
「……そう。ありがとうブリック」
少女が持っていた杖ではなく、身に付けていたペンダントから出てきた言葉に、残念そうにする。
その様子を見て何でそんなに残念そうなのかとアリサは不安に思った。
「どうやら時間切れ見たいね。王子様が来てしまったわ」
少女が本当に残念そうにアリサへと苦笑いを浮かべた。
「王子様って……。えっと、誰ですか?」
「さて、誰でしょう」
アリサへの返答を軽く受け流し、頬に右手を添えて悪戯めいた微笑みを浮かべる少女。
対してアリサは、いつもなら馬鹿にされてると怒るのだが、今日はそのような感情が出てこない。
少女の行動の一挙手一投足にただ頬を紅く染め上げるだけだった。
「ふふふ、さてでは名残惜しいけどお別れね」
「ま、待ってください! せめて名前だけでもっ!!」
「――私の名前は魔法少女フリートニア……血桜が咲くに相応しい白銀の夜に、また会いましょう……」
言いつつ深々と欧州式の礼をするように少女は礼をした。
「っ――!?」
少女が――フリートニアが消える。
アリサはそう思って無我夢中で腕を伸ばそうとした瞬間に、少女は来たときと同じように瞬く間に消えてしまった。
そして、何故もっと早く手が伸ばせなかったのか疑問に思った時、未だに自分が縛られたままなのに気付くのだった。
――「あのねフリードくん! すごい強い女の子がこの街にいるんだよ!」
そ知らぬ顔で戻ってきた俺に、なのはが興奮したようにそう言ってきた。
「そうなの? 強い女の子はもう十分なんだけど」
ただでさえ強い女の子が多いこの海鳴という土地柄。これ以上増えなくてもいいだろう。
そこらじゅう忍者だらけとかになったらどうしてくれようか。
「もう、強い女の子は貴重なんだよ?」
なのはが不満そうに言う。
何が貴重なのかわからんがそんな貴重でもないだろう。
この街は歩けば変なのに絶対当たるぞ。
「わかった、わかった。とりあえず俺の靴を返して下さい」
未だに俺の本来の靴は、なのはが持っていた。
魔法で衣装は整えられるが、いい加減返して欲しい。
「あっ、そういえば、まだちゃんと謝ってもらってない!」
「はいはい、痛いの痛いのとんでいけ~」
「む~」
なのはをどうどうどうと抑えていると、ユーノが蔑むような目でこちらを見ていることに気付いた。
「なんだよ」
「いやべつに……まぁいいや後で――そういや、靴が無いって言ってるけど、フリードなら飛べばよかったんじゃないの?」
「っ――!?」
「……そんな目を見開いてなんだよ?」
「やはり天才か……」
衣装を整えるのでなく飛ぶという発想跳躍。
目の前に居る男に改めて敬意を表したのだった。
――「なのはの頭を痛いの痛いの飛んでいけーってすることっと。んで、送信っと」
ポチッとな、と。
ベットへ寝転がりつつユーノへ向けてのメールをようやく送り終えた。
昼間、俺がなのはへ靴をぶつけたフォローを、俺のいい加減な対応ではないユーノのキッチリした対応でと、よろしく頼んだのだ。
我ながら小賢しいが、まぁたぶん許される範囲内だろう。
ちなみに、夜の騒動については、あの後いつの間にやら救出に参加して、終わり間際にユーノにあれだけはやめた方がいいと言われて終わった。
やめろと言われたところでやめられたら世の中聖人だらけですよ。
そんな世の中は大層面白きなき世だと思う俺は、まぁこのままで行こうかと思うわけだ。
「――フリードくんおる?」
「折らない」
「なんやそれは。全然おもろないよ」
はやてが苦笑いしながら、俺の部屋へと入ってきた。
「あんな、相談したいことがあるんやけど……」
車椅子を漕ぎつつ、微妙そうな顔ではやてが言いづらそうに言う。
「何?」
嫌な予感がしつつも、はやてに先を促した。
「まぁ、何というかな真剣な相談何やけど。打ち明けてくれたんが最高にうれしいぐらいのもんなんやけど」
「はぁ」
「でも、私じゃどうしようもなくてな。それでフリード君に相談なんやけど」
「ふむ?」
「――えっとな、アリサちゃんが魔法少女になりたいんやて」