「っ――」
白く発光するはやての目の前で闇の書が顕現していた。
それを確認し、仮面の男ははやてをその場に放置して撤退する。
「くっ」
なんて逃げ足の速い。いや、今は仮面の男の事などどうでもいい、それよりはやてをどうにか――
『マスター、森川君3号の再起動を確認!』
「っ――!?」
今度は闇の書ごと包み込むように、はやてを中心に白色が爆発した。
――「……」
とりあえず、はやての脈を取る。
どうやら最悪の結果ではないようだ。
「ブリック、はやてに異常は?」
『特に問題はありません。気を失ってるだけですね』
「なるほど……しかし、どうにもまいったね」
ホッとしつつ周りを見渡して思わず嘆息する。はやての周りには3人の女性と一人の男性。
つまりは、闇の書の守護騎士達が顕現していた。問題は、その守護騎士達が全員気を失ったように倒れていることだろうか。
「まず、なんで闇の書がここに来れたのか」
リンクを外した上に物理的にも離した、これでここに来られたら俺がやったことなどなんだったのかという話だ。
それに、この倒れてる連中はなんなのか意味がわからない。
『闇の書に関しては、どうやらはやてさんが呼んでしまったみたいですね』
「んっ? それはマジか?」
『はい、魔力の流れからすると間違いないでしょう』
と、いうと生命の危機を感じて無我夢中で周囲に魔力をぶちまけたところに、闇の書が答えて遠隔起動したか。
長年リンクしていた絆なのかなんなのか知らないが、よくもまぁってな話だ。
「んで、この状況はなんでか推測できるか?」
『ええ、闇の書と森川君3号がはやてさんを通して融合してしまっています』
「はぁ?」
『ですから二つの融合型デバイスが起動してお互いに干渉しあっています。
確認事項として、闇の書,森川君3号共に物理的なダメージを確認。また、森川君3号はシステムエラーA80,B11を確認。
セキュリティ機構への甚大なダメージが予想されます。恐らく干渉状態から見ると闇の書も同レベルのエラーを起こしてるものと思われますね』
「……なるほど」
言って再び嘆息する。森川君3号は仕方がないとして、闇の書が物理的なダメージを回復できないのであればそれは色々と大問題だ。
起動時に命令が生きれていれば転生機構の発動も考えられたが、どうやらそれどころではないらしい。
「んで、はやてへの影響は?」
『森川君3号の調相器としての機能は生きてますので、それが死なない限りは大丈夫かと』
「さよか」
つまりは、予断を許さないわけね。
どうにか最悪一歩手前で踏みとどまっちゃいるがこれは……
「んっ、フリードくん……か?」
「おっ、はやて。気がついたか」
「えっと、私……な、なんやこれ!?」
はやてが周りに倒れてる奴らを見渡して言う。
「いや~、仮面を付けたやつの通り魔的犯行ですかね」
「!? そ、そや、あの仮面のはどこいったん?」
「そりゃ仮面付けてるんだから仮面舞踏会かコスプレ会場かじゃないかな?」
「このご時勢に仮面舞踏会はないやろ……て、ちゃう! ちゃうよ! そんな問題ちゃう!
どないしよ? 絶対あかんよ、これ。えーい、落ち着け私! 落ちつこ、フリードくん! そや、これ110番呼ばな! えっと、110番は、何番やったっけ?」
大慌てではやてが携帯をポケットから出しつつ、そう俺に聞いてくる。
「117かな」
「117やな。1、1、7、と」
俺の言葉を受けて、はやてが確かめるようにして両手で携帯のボタンを押していった。
「……フリードくん、なんとな、今8時21分やて」
「40秒をお知らせするとこと見たね」
「残念、21分ちょうどや、はずれてもうたな~。て、ちゃーーう!! こんな時に何させるん!?」
「時刻の確認。よい子はお家に帰ろうぜ~」
「暗いし、せやな! ……だから、ちゃーう!! この状況でそんなんやってる場合ちゃうよ! はよ、110番呼ばな! 110……あーー、せや、110や!」
「はやて救急は?」
「あっ、せやな、救急も呼ばな! えっと、救急は何番やったっけ?」
「117だな」
「117やな。1、1、7、と」
再び、はやてが確かめるようにして両手で携帯のボタンを押していく。
「……フリードくん、なんとな、今8時23分やて」
「30秒をお知らせするとこと見たね」
「おお、当たりや、おめでとさん。て、ちゃーう!! なんでまた時報にかけてるん!?」
「そりゃ時の刻みを確認するためじゃないか?」
「救急や言うてるのに、なんで時の刻みを確認せなあかんの!?」
「時のスピードに負けないように、かな……。言わせるなよ、恥ずかしい」
思わず照れてしまう。もう、両手を頬に添えてきゃーってな感じだ。
「あほーー!」
「ぐはっ」
テレテレしていたら、はやてから綺麗なつっこみをもらってしまった。
斜め45度から綺麗にスパーンと叩かれ揺れる俺の頭。おかげで、世界が揺れる。
「こんなんやってる場合やないゆうてるやろうが! えっと、とりあえず警察、警察、……警察? 警察って何番なん?」
「117かな」
「えっと、117……ちゃーーう、だからそれは、もうええよ! なんで時間をこんなこまめに確認確認せなあかんのよ!?」
「そりゃ、時が見えるように、かな……。言わせるなよ、恥ず――」
「――あほーー!!」
「ぐはっ!」
「なんやそれ! しかも、言うてることかわっとるし! て、はっ!? だから、こんなんやってる場合ちゃうよ!! はやく、なんとかせな!」
「はやて、落ち着いて! こういうときは慎重に携帯の電源を落とすんだ!」
「せ、せやな。……て、消してもうたーー!! これじゃ電話かけられへん!! 何させるんよ!?」
「携帯の電源を切る、これはもしかして今流行りのエコって奴ですね? はやて乗ってるね? YOU波に乗っちゃってるね?」
「あっ、わかる? 実はペットボトルのふた集めてワクチンに変える奴やってたりするんよ。て、ちゃーう!! さっきからなんなん!?」
「いや、エコ――」
「――すまないんだが、ここはどこだ?」
その声に俺とはやてが同時に振り向くと、そこには倒れていたうちの一人が仲間に入りたそうにこちらを見ていた。
――梅昆布茶を飲む。
昆布茶はそれほどでもないが、梅昆布茶は割とぐいぐいと飲んでいけたりする。
まぁ、かといって好きかと聞かれたら、うーん、と頭を捻ざるを得ないわけだけど。
「落ち着くね~、どうです? おいしいですか?」
目を線にしつつ和みを込めて、目の前のテーブルを挟んで座る男に質問。
「……どうだろうな」
そして、目の前のテーブルを挟んで座る男――ザフィーラがそう返した。
現在、場所は八神さん宅。あれから、はやてを誤魔化しつつ転送魔法でここまでやってきた。
はやては歩けなくなってるし、出てきたヴォルケンリッターのうち3人は未だに目を覚まさないわ、目の前にいるこの梅昆布茶を微妙な顔で飲んでる野郎は記憶がないわで割と色々あったこの1時間半。
なにやらひたすら喋っていた気がするが、何を喋ったのかはあまり覚えていない。
最終的にはやてが、なるほど宇宙の神秘はすごいんやな~、と、納得していたのだから問題はないだろう。
……歩けなくなったことに対して、すぐ治るんやろ? と、笑顔で言われて思わず“おう”と返事をしてしまったのだけが問題と言えば問題か。
「外人さんには、あまり馴染みのない味かもしれんな~」
同じように俺の隣に座るはやてが、そう微苦笑交じりの顔で言う。
「俺は馴染んでるぞ、梅昆布茶に」
「……両手でお箸を使って、食べる速度2倍! とか、できるフリードくんには別に聞いてへんよ。というか、なんで純正の日本人よりお箸を使いこなしてるんやろな?」
「これが、両足でも実は出来たりするんだよね。まぁ、流石に行儀が悪すぎるのでやらないけど」
「そんな問題ちゃうけど、というかな、行儀気にするんやったら両手にお箸持って食べるのもあかん」
「両手にお箸で食べながらもきちんと三角食べをしつつ、お茶碗を持たないのに食べ散らかしをも無い。
これは行儀を超えてある種の芸術と呼んでも過言ではないのではないだろうか? 是非、チョップスティックスマスターと呼んでくれ」
昔、病院で一人で食べることが多かったときに日常に変化を入れようということでやってみたら何故かとても上手くなってしまった。
病院で練習のために毎日豆を隣の皿から隣の皿へ、しまいには検温しに来たナースのポケットに豆を気づかれずに入れることが日課になり、
今日は、20個入れられた、よしっ次は30個、と増やしていき、最終的には溢れんばかりに豆を入れることに成功した。
おかげで病院内では、歩くたびに“豆小僧よ! 豆小僧がきたわ!”と、黄色い悲鳴が上がる程の大人気ぶりを博したのである。
「……たまにホンマ何人なのかと思うときがあるわ」
「はて、自分が何人であるのか? 深い、なんとも深い質問じゃないか。例えば、日本人だったとしてそれを証明する手立ては行政など、つまりは他人からの証明でしかありえないわけだ。
これが、もし生まれたての赤ん坊がいたとして、さらにはそいつが金髪だったとして、そこに親からのメッセージで“太郎です、よろしくお願いします”と孤児院あたりに捨てられていたとしてだ。
こいつは、何人なのかってな話だよ。血を調べれば外人、だが生まれた場所は日本かもしれないが定かではない。でも、名前は太郎。
しょうがないから孤児院の院長あたりが間をとってジョセフィーヌ太郎と名づけるに違いないさ。これは、グレるべ? 確実に将来グレちゃうべ?
つまりはな、はやて。そこにいるザフィーラさんは確かに耳に何か生えてるが、そんなのジョセフィーヌ太郎の将来に比べれば些細なことなんだよ」
「……」
はやてと俺の視線がザフィーラの耳へと注がれる。
その視線がむず痒いのかぴょこん、とザフィーラの耳が揺れた。
「……いや、いや、言うてる意味がわからへん、わからへん。ちゃうか。えっと、わかるけど、わからへん?」
耳からつーつーと、目を逸らしつつはやてが首を傾げ自問自答する。
「はやて、ほら、新しい梅昆布茶よ!」
言いつつはやての目の前にある4割程梅昆布茶が残るコップに、なみなみと新しい梅昆布茶を植木にジョーロで水をよろしくコップへと注水開始。
「あっ、こぼれる、こぼれるって! だからなんでそんな器から離して注ぐんよ!」
30cm離したところで、コップに接近させつつ注水を切る。
「いっつあまじーっく! どうですか、これ!」
ふふん、といった具合にそう言ってはやてを見下ろした。
目の前には表面張力限界まで注がれた梅昆布茶。このコップからはみ出そうと頑張る厚さ2mmの梅昆布茶がハンドなパワーを醸し出しているのだ。
「あほーっ! どうですかもなにもあるかー! どうやって飲むんよ、これ!?」
「ごめんね、ごめんねはやて。この角砂糖をあげるから許して!」
「ホンマか? ありがとな。 ほんならこれはここに入れたげるわ」
はやてが笑顔で言いつつ俺からもらった角砂糖を俺の梅昆布茶が入ったコップへと入れた。
「あぁぁぁぁぁっ! なんてことを!」
角砂糖が溶けてしまわないように俺は慌ててそれを飲み干す。
そして、ジーッと空のコップを見つめつつ、
「……角砂糖in梅昆布茶。梅本来の味が砂糖により引き出されたような気がするけどやっぱりそんなことはなかったぜ。ぐふっ!」
総評を語り机へと突っ伏した。
まずいわけではないがなんだろうこれ、端的に言うと気持ち悪い。
オブラートに包んで言うならば、キモい。きんもーでもいいかもしれない。とりあえず、そんな感じだ。
「おおげさやね~、そんな駄目やないやろ」
突っ伏した俺に対して、はやてが覗き込むように苦笑して言いつつ、テーブルに置かれたままの自分の梅昆布茶をなんとかコップを動かさないように飲もうとする。
「……溶けかけの角砂糖がぬるっとした食感と共に絶妙なハーモニーを奏でているね。そして、はやて、危ないから乗り出すのはやめんしゃい。今、歩けないのよ、あなた」
「んっ? ……しゃーないやん、誰かさんがいらんことしたせいやもん」
そう言って、はやてがコップの上から口付けて直飲みしていく。
「お行儀が悪いですぞ」
「……それはフリードくんには言われた~ないな」
「俺は滲み出る品性がカバーしてるからいいのよ」
「確かに滲み出とるな、3ぐらい」
「3、か。それってすごいの? ドラ○ンボールに例えて言うとどれぐらい?」
「プーアルぐらいやな」
「……ヤムチャですらありませんか。最早、非戦闘要員じゃんか」
「かわいいからええやん」
「えへっ」
両人差し指で頬を指して笑顔。テンプレートな正しくかわいいポーズをとった。
「うん、イラッとくるな」
「でも、プーアルがやったと考えると?」
「あれ、かわいい、めっちゃ不思議っ! て、ちゃうちゃう、ならへんならへん」
「ときになはやて、真面目に気持ち悪い。そろそろ死ぬかもしれん。砂糖が俺のストマックに影響なう」
「……そういやフリード君は土葬なんやろか火葬なんやろか」
「そこで葬儀の心配!?」
「大事なことやで? もし、違ってたら国際問題や。勝手に燃やして訴えられて問題になったってこの前テレビでやっとったで?」
「勝手に燃やした状況が掴めないけど、それなら鳥葬あたりなら問題ないんじゃないかな? クレームついたら勝手に鳥が食ったみたいな」
「それだと、鳥さんが悪者になるやないか。フリード君のせいで何の罪も無い鳥さんが責められるんやで? この人食い鳥が! って」
「大丈夫だよ鳥さんは強いから。きっと、悲しみの無い大空に翼をはためかせて俺の死という名の悲しみを乗せて飛んでいっちゃうよ」
「悲しみの無い大空に悲しみ届けたら駄目やろ。届けた時点で、それはもう悲しみの大空やん。大前提、崩れてもうてるよ」
「いいんだよ。バックにナレーションで“そして、彼らは真の自由を手に入れたのでした”みたいなこと入れたら勝手に、よくわからんがハッピーエンドだったな! ってなるから」
「でも、よくよく考えると自由を手に入れた人食い鳥やで? どう考えてもそれはあかんやろ。というかな、ハッピーエンドってなんなん? フリード君が食べられてもうた~お幸せにな~でエンドなん?」
「ああ、まとめるとだ。俺を食べた鳥は幸せを呼ぶ銀色の青い鳥として有名になったって話だったのさ」
「銀なのか青なのかどっちなん? それとフリードくん食べたかて幸せにはなれへんやろ。よくて食あたりや」
「正式にはコウノトリ亜目コウノトリ科シルバー属アオイトリな。食あたりなんてせんよ、食べて見るか?」
「せやな!」
そう言って俺の手を持ってはやてが――
「危険が危なーい!」
噛まれそうになったギリギリのところで飛び跳ねて回避する。
あと少しで、幸せを乗せた俺の珠のようなお肌に歯形ができるところだった。
「なんてことをしようとしてるの!? 人間は食べられないのよ!? すなわち、フリードさんは食用ではないのよ!?」
「そんなん言われても、食べてみ言うたから食べようとしたんやで?」
「あかん、あかん、食べちゃあかーん! 俺食べたら銀色になるよ?」
「髪が銀色なるんやったら割りとええかもな~」
はやてが俺の髪を見つつ、そんなことを言う。
「残念ながら体が銀色になる」
「それはあかんな、だいぶあかん。表出られへんわ」
「だけど、体が大きくなる」
「それはいい特典やな~。今のでだいぶ盛り返した感はあるわ」
「でも、デュワッ! が、口癖にもなる」
「……ウルト○マン?」
「デュワッ!」
「……自分で思うてるほど上手くないで?」
「知ってた」
再び、机に突っ伏して顔だけをプイッとはやてから背けた。
すると、はやてから何やら頭を撫でられる。
「そんなに優しく撫でられたって惚れたりしないんだからねっ!」
「はい、はい」
尚も撫でられる。見えないが、はやてが苦笑してる姿が目に浮かぶ。
「――これはこれで美味しいのかもしれないな」
そんな声が聞こえたので、目の前を見る。
ザフィーラが空になったコップを何やら見ていた。
「えっと、梅昆布茶が気に入ったってことですか?」
「いや、この中にそれを入れてみたんだ」
そう言って、目の前の物――醤油差しを指し示す。
「チャレンジャーやな……」
「ソイソースをまさかのインですか……」
「「……」」
はやてと俺で二人して無言でザフィーラを見つめる。
対するザフィーラは、そんな俺たちを不思議そうな顔で見つめていた。
八神家の時計は現在午後10時50分をお伝えしていた。
あれからまさかの醤油万能説を確かめ、マヨネーズとどちらが万能なのかを議論しつつ、最終的にはラー油のこれからの可能性について熱く語ったのだった。
「……」
また、はやてが時計を見ている。時計は、午後10時50分をどう見てもお知らせしていた。
いや、秒針の動きからすると、もう51分と言っても差し支えないようにも思う。まぁ、そう何度確認したところで大して時間は変わらない。
「……」
時計からはやてに目を移すと、こちらを何とも言えない表情で見ていた。
「何かあるの?」
「えっ? ……なんにもあらへんよ?」
なんだろうねその顔は。笑顔だけど、この場合に何故そんな笑顔になる必要があるのか。しかも、不自然な笑顔だし。
こう笑ってるけどなんか物足りないようなそんな――
「あっ」
はやての肩越し、ちょうど目に入ったのはカレンダー。
今日は、6月4日。そうだ、そういうことなのだ。数日前にも確か聞いたはずだ。
だから、今日帰ってきたとき微妙に機嫌が悪かったのか。ほんのりと期待して帰ってみたら誰もいねーんだもんな。
「うおっしゃーい! ちょいと出かけてくるから!」
気合一撃、はやてにそう告げる。
「へっ? えっ、ま、待って! せめて後、1時間は――」
「――30分で帰るよ。ザフィーラ、はやての相手よろしく!」
この数時間で名前を呼び捨てにするようになったザフィーラへとはやてをよろしく頼む。
「んっ? ああ、任せろ」
対して、何やら腕組みをして考え込んでいたザフィーラが頷きそう返した。
30分で出来ることも少ない。
ケーキは繁華街でなんとか確保できたが、誕生日プレゼントをこの時間帯にこの短い時間で選べというのが難しかった。
「ああくそ、時間がねーー!」
下手なプレゼントをするぐらいなら、こうなれば何かインパクトのあるものだ。
そういう考え自体が間違っているのではないかと思わないでもないが、その場のインパクト路線に走った方が被害は少ない。
フォロー自体は後で入れて、なんとかその場を凌げるだけのインパクトを。
と、周りを見渡して見たところそれはあった。俺に手にとって見て欲しいと言わんばかりにそれはあった。
なんというか装いは怪しい店だが、この吸引力は間違いないダイ○ン級だ。古来より吸引力の変わらない、ただひとつの一品物だ。
「おっさん、これくれ!」
「OKーー! 今ならこの“です!”もサービスだ! どうする、少年どうする?」
「えっと、マジっすか?」
「サービスでいいんですか? いいんです。これでいいんです!」
「えっと、はい、じゃあ2000円で」
「おっと、なんとここでトゥーリオだ! 野口二人を蹴散らして、20円のヘディング! ヘディング……レインボウ! 決まったーーー!!」
おっさんが俺にそんなことを言いつつ20円のお釣りを投げ渡してきた。
「えっと、おっさん、ありがとうございます」
時間も無いのでそう言いつつ商品を受け取り、足早に店から出る。
「何ですか? ありがとう? その言葉待っていました! ありがとうを左足で俊輔――」
後ろでおっさんが何か言ってた気がするが気のせいに違いない。
ありがとうを左足でどうするのか非常に気になったりしたのも気のせいに違いない。
「えっと、なんて言ったらええんやろな」
今、はやての目の前にはケーキのホール。
ちょうど、ハッピーバースデイの歌を歌い終わって、ロウソクの火を消したところだ。
「誕生日おめでとう! ついにアラ10だな、はやて。やったね!」
「せやな~」
はやてが、にへ~っと崩したように笑う。
嬉しさと照れのハイブリッド笑顔で、嬉しさをメイン動力に使って笑顔を形成していた。
「ほら、ザフィーラも!」
「あ、ああ、すまん。よくわからなくてな。そうだな、……おめでとう」
「えへへ、ありがとな、ザフィーラ」
破顔一笑、すごい嬉しそうだ。いい事だ、本当にいい事だ。
誕生日なんて死へのカウントダウンだった俺にとっては、価値の低いものだったので危うく脳内から消去しかけていた。
お陰で、スルーしてしまうところだった。数日前にボソッとはやてが言ってたってのになんて危ない。
「んで、はやて、これプレゼントな」
さて、勝負の分かれ目だ。どう評価されるのだろうか。
無味乾燥の評価だけはやめて欲しいものだ。ふーんは駄目だよ、ふーんは。
そんなことされたら、水平線に向かって太陽なんて大嫌いだーって叫ばないといけないからね。
「おお、こんなん別にええのに。森川君ももろうたし、こうやってやってくれるだけでホンマに感謝感激や」
「いいから、いいから。というか、そんないいものでもないから。とりあえず開けてみてよ」
俺の言葉を受けてはやてがプレゼントを開ける。
そして、手にとってそれを広げた。
「……“海鳴”って書いとるな」
「書いてるね」
そう、はやての手にあるのは海鳴と書かれたTシャツ。すなわち、海Tである。
正面にでっかく海鳴と書かれているのが特徴で、なんとも観光に来た際にはお求めください的な臭いがぷんぷんとしていた。
古来より受け継がれてきたご当地物といえば、その土地特有のオリジナルTシャツである。
ペリーも来航の際には買っていったに違いない。なんせ奴の乗ってた船の名前はサスケハナ号、通称黒船。
名前にサスケェがついてることから客観的に考えて、奴はテンプレートな外人。つまりは、日本のご当地物を買ったに違いないのだ。
決して、サスケハナ族とか言うネイティブ・アメリカンやら郡の名前やら川の名前やらから取った名前じゃない。
日本に来るのにサスケハナ号とかいう狙った名前を何も考えずに俺のペリーさんがする訳がない。断言しよう、俺のペリーさんはそんなことしない。
狙った、奴は間違いなく狙っていた。日本人が、黒船を指差してサスケェと呼ぶのをニヤニヤと見学していたのである。
そんなペリーさんのお買い求めになられたものは間違いない、浦賀和服、略して浦和である。そう、きっと赤い和服だったに違いない。
異人さんに連れられていっちゃった赤い靴履いた女の子とセットで、浦和レッドと呼ばれ周辺地域の間ではきっと評判だったのだ。
「……このもう一つの“です!”って書いてある奴はなんなん?」
「店のおっさんがおまけでくれた。これは、ほら、並べると“海鳴です!”て、なるねっていうおっさんの気遣いだね」
「せやな“海鳴です!”ってなるな。でも、これ逆にしたら意味通じないやろ」
「その場合は恐らく“です!”を英語にして“DEATH! 海鳴”ってことだな。あれだ、なんだかソウルフルな感じがするじゃない。ほら、おまえを海鳴にしてやろうか?」
「……海鳴になったらどうなるん?」
「リリカルでトライアングルな奴らに蹂躙される」
「それはどんな奴らなん?」
「忍者とかいるね」
「それは恐ろしいなぁ。螺○丸とか使えるんやろか」
「是非、壁走りをやってもらいたいね」
「それはあかんな。眠ってまうわ」
「えっ?」
「えっ?」
二人して見詰め合う。そんな俺たちを見つめつつ梅昆布茶withソイソースを嗜むザフィーラ。
示す時計の針は業界用語でてっぺんと言われる時刻は0時を過ぎた。すなわち、今日の日付は6月5日。
そんなこんなな、八神家の日常の始まりだった。
――皆が寝静まった八神家のはやての寝室で一人考える。
自分の家に帰らず八神家へそのままお泊りである。はやての願いもあったが、それより何より確認しなきゃならないことだらけなのだ。
結局、あれから変わらず起きたのはザフィーラ一人。しかも、そのザフィーラは記憶が飛んでるときた。
これはまぁいいだろう。問題は、闇の書だ。
「……」
無言で眠っているはやてを見る。ちなみに、入室許可は取っていない。
1時間ほど前に、寝たのを確認してから進入したのだ。
それは、理由を説明するのが難しいのと、心配をかけたくないその思いからだった。
『マスター、まさに災い転じて福となすですね』
「ふぅ……まぁね~」
ブリックからの声に嘆息交じりにそう返す。
そう、確かに災いは転じた。森川君3号との融合のあかげで闇の書にでっかいセキュリティホールが出来上がっているのである。
何があったのか森川君3号が闇の書のメモリを完璧にクラックしていた。
おかげで森川君3号を通して、色々と出来るのはいいのだけど、しかしだ。
「なんでこうなったのかわからん上にこの状況。なんだこれ偶然か?」
言いつつ思わず苦笑してしまう。
『マスターは偶然ではないと?』
「もし未知の何かに遭遇したとき頼りになるのは定型論理ではなく理知的な想像力ってな」
『はぁ?』
「まぁ、想像力豊かに考えるならさ。あの仮面が怪しいってことよ」
『……仮面を付けてる時点でもとから怪しいかと思いますが』
「独眼竜眼帯付けてる俺はどうなの?」
『マスターは怪しい人というより変な人ですから』
「……怪人と変人なら怪人の方が俺はいいなぁ」
『なら仮面を付けたらいいじゃないですか』
「うーん」
そう言われると悩んでしまう。仮面たって色々あるだろう。
あれはチョイスが難しい。難しい故に、そう簡単にその意見もらったと言えないところが歯痒いね。
『……真剣に悩まないで下さい』
仮面の事をあれでもないこれでもないと色々と考えと巡らせていると、
「うーん、フリードくん――」
そんなはやてからの声。
「うん?」
「――のあほー」
「なんだってーー! て、寝言かい。はぁ……夢の中までアホ呼ばわりするこたぁないんじゃないか?」
まぁ、確かに後手後手に回ってる俺はアホと言われてもしょうがないのだけども。
でもね、夢の中の俺ぐらいはいいカッコさせてよ。弾除けぐらいにはなるぜって言いながら最初の流れ弾に当たって死んでしまうっていう役ぐらいなら華麗に引き受けるから。
「――」
続いて耳に入ってきたその言葉を聞いて、思わず微笑してしまう。
「そりゃよかった」
ごにょごにょとして細部は聞き取れなかったが、確かにはやては楽しいと言っていった。
――「私はどうやら獣になれるようだ」
もうすぐ夕方へと差し掛かる八神家の居間にそんなザフィーラの神妙な声。
今しがた外への散歩に出かけ終えたばかりで、寛ぐ間もなく未だに車椅子に座るはやてとそれを押す俺は、ザフィーラをぽかーんと見つめていた。
「……それは男はみんな狼とかそんな意味なんやろか?」
「がおーー!」
はやての言葉に合わせて、両手を広げて威嚇をする。
「きゃーー!」
対してはやては、若干棒読み気味に悲鳴を上げた。
そして、一芝居終わった後に、これ? と、ザフィーラを二人して見つめる。
「……いや、そういうことじゃない」
実際に見てみた方が早いとザフィーラは告げ、
「っ――!?」
自身の言うとおり獣へと変身した。
「……どうだ?」
獣形体のザフィーラがそう問いかけてくる。
「ザフィーラ、わんわんおって言ってみるんだ」
「わんわんお?」
「続けて言うと?」
「わんわんお、わんわんお」
「OK.グッジョブだ。ところで、もふもふしていいかな?」
「……もふもふ?」
「ああ」
言いつつ、ザフィーラへと飛びついた。
「っ――!?」
「そーれ、もふもふ~」
もふもふしてやる、こう全身全霊でもふもふしてやる。
おめーこのやろう、うい奴やのう、と完全なるまでのもふもふ。すなわち、パーフェクトもふもふ略してPMを行う。
「あは~」
流石はPM、脳内から変な汁がでてきそうだ。これはそう、久方ぶりのPM事件の発生。
「……うーん、まぁええか! 細かいことやしな!」
PM事件の背後でなにやら少女が一人納得している気配がした。
幼い少女は、事件から世間がなんたるかを悟ったに違いない。
「んっ? なんやろか、はーい」
もふもふをを続けていると背後で何やら別件が動いたようだ。インターホンの音と共にはやてが車椅子をこいでいったのを背中に、事件の背景が変わっていくのを感じた。
と、そんなことより目下、続PM事件だ。姉さん事件です。どうやら、目の前のPM対象者が嫌がり始めました。
無言だが、俺のもふもふから逃れようとずりずりと移動を開始しているのだ。
そうはさせないと俺はPMを超えるもふもふ。すなわち、スーパーパーフェクトもふもふ略してSPMを実行する。
こうなってしまえば最後。誰も俺からは逃れ切れない。過去にこれから逃げ切れたのは近所の柴犬コテツぐらいのものだ。
奴は名刀の名を欲しいままにするだけあって強敵だった。SPMに対してなんとアンチパーフェクトもふもふフィールド、つまりはAPMF使いだったのだ。
奴との死闘を思い出すだけで、今のこの状況など児戯に等しく見える。そう、フィールド使いのコテツに比べれば、ザフィーラなど笑止。
「ふふふ、出来まい、貴様には出来まい! フィールド、すなわち尿バリアは!」
尿をすることでもふもふを防ぐ。そう、思い出すのはコテツの姿だ。
最初にAPMFをやられた時など『そんな馬鹿な……』と、うな垂れる俺の横を颯爽と歩いていったコテツの姿を唯見送るしか出来なかった。
その屈辱を知っている俺はこの程度の抵抗などまさに児戯なのだ。もふもふに力を込め思い出す、あの戦士の顔を。
3丁目のドッグオブドッグことコテツのAPMFをやった時にする、どうだまいったかっというような戦士の顔を。
「くぅ!?」
ザフィーラの這う力が増した。力押したー穏やかじゃない。
流石に、このまま唯でもふもふさせてくれる程お人よしではないか。
例え記憶をなくそうとも騎士は騎士なのだろう。
ふっ、よかろう。俺のもふもふがおまえに引導を渡してやる!
ドッグオブドッグを撃墜した禁断の技、SPM-EXでな!
「――ホンマにありがとな? あっ、そうや。どうせなんやからあがってって?」
なにやら玄関からはやての声が聞こえた気がするが、そんなことは最早どうでもいい。
「……」
「……」
ザフィーラと俺、お互い黙して語らず。
負けられない戦いがそこにはあった。