前の世界でもそうだったようにミッドチルダにも当然夜はある。惑星の自転と恒星が発する熱と光による最適解がここにも存在する。
朝が来て夜が来るこれは恐らく人類普遍のものなのだろう。人が人という形を保つ限り避けられない呪縛なのかもしれない。
そして、それを断ち切らんかのように、暗闇と人工光で織り成す自然に対する最もわかりやすい反抗がここミッドチルダにも跋扈している。
その中に眠らぬ、いや眠るわけにはいかぬ建物があった。人は理性というものを以ってして人というならここはそれを象徴する場である。
建物の壁面にある人工光が暗闇を四角く切り取とる中に大きな影と小さな影があった。
外が暗いためか室内灯だけでは若干薄暗い部屋の中で一人の男と一人の少年が対峙している。
男の方は30を超えたか届くかといったところか。少年の方は少年と呼ぶには幼く、幼児と表したほうが良い年齢だろう。
いずれにしても、年齢差など関係なく二人とも真剣であることは見て取れる。
「……なぁ、坊主。」
口火を切ったのは男の方だった。窓の方に顔を向け語る仕草は若干の羞恥の表れか。
「なにさ」
答えた少年の方は、男の言いたいことがわかっているのだろう真面目ではないように感じさせる雰囲気が混じる。
「あのなぁ。あーんー」
「……」
少年が早く言えと視線で表す。
「あーもう! わかったよ! いいか、よく聞けよ? 茶化すなよ? あのなぁ、……俺のとこに来ないか?」
「……すんません。そんな趣味ないっす」
「あぁもうだから茶化すなって言ってるだろうが! だいたい意味わかって言ってんのか!
今おまえさん身寄りがないだろうが! だから見つかるまで俺と暮らさないかって言ってるんだ!」
顔中真っ赤にして男が叫ぶ。相対する少年の方は笑みを浮かべていた。
「……あんた良い人だね」
「あー、うるせぇ、うるせぇ! でっ、どうなんだ一緒に来るのか来ないのか?」
それに対し笑顔を満面に広げ少年は答えた。
「お断りです」
法則に逆らわず今日もミッドチルダに朝が来る。
――目の前にはミッドチルダの街並みが広がっている。発展した都市であると誰が見ても思うことだろう。
個人的にはもうちょっと幻想と書いてファンタジーをしていた方が幻想世界的に好みである。
元居た世界とそんなに変わりがないので、すぐに飽き思考を再開させた。
「あ~、どうすんべか」
魔法の使える世界でなんで現実的な心配をせにゃならんのか。
世知辛い世の中である。
記録上は事故で天涯孤独の身となったらしい俺は身の振り方を考えなきゃならんわけで色々としんどい。
というのも、自由に生きるには世間様的には身寄りの無い5歳児なわけで風当たりが相当厳しいのだ。
いくら職業年齢が低いミッドチルダにおいても流石に5歳児は保護対象年齢である。
生きていくためには何かの保護下に入るということが一番の賢い選択ではあるが、
生憎そんな賢い選択をするほど人生まじめに生きちゃいなかった。
嬉しいことに、おっさんやクイントさんも保護を訴えてくれたが全て断った。
別に茨の道を進む俺カッコ良いなんて言うつもりは無い。
ただ単に子供一人養う負担というものがどれぐらいのものなのかお袋を通して知っているからだ。
子供一人を養うことの対価は、その人の持つあらゆる可能性を削ることで得られる。
彼らには彼らの人生があるのだ。邪魔はできない。
まぁ俺みたいな奴より本当に両親と思ってくれる奴らを育ててくれ。
俺にとっての親ってのは生涯を通してお袋一人だ。でなけりゃ、俺に対価を払ったお袋に申し訳が立たない。
お袋を想うとちょっぴりセンチになるので思考を切り替える。
さて、どうするか。おっさん達には施設に厄介になれとパンフまで貰ったが、もちろん行く気はしない。
最後まで同行したがってたな。必死に説得する姿を思い出す。
もったいないことをしたなーという気持ちがちょろっと出てきたので頭を振って追い出した。
漢の旅立ちってのは何時だって一人なのですよ。
5歳児だから旅立ちってより初めてのお使いって感じだけど。
――見つけたのは偶然だった。
とりあえず情報をってことで本屋に足を運んだのが功を奏した。
これだよ、これ。運命を切り開く出会いって奴だ。
思い立ったが吉日。目標が決まれば即行動。
早速向かう。これなら自分で自分を支えられる。
自由に生きることを選んだんだ。多少の無茶ぐらいいくらだってしてやる。
「――全て大丈夫ですね。おめでとう。それでは我が学園へようこそ」
……これでいいのか魔法学園。当日の、しかも1時間程度の確認だけで奨学金申請通ったぞ。
試験も何もない。ただ身体を調べられただけ。
家族いないって言ってもそうですかーで流されるし。
身元の証明は管理局がしてくれただけで十分ってことらしいが適当すぎるだろ。
色々とパターンを用意してビクビクしてた俺に謝れ。
「素質があれば上に行く確率が高いですから。出身校ってことで宣伝になります。要は青田買いですね」
そして、この受付のねーちゃんはさっきから的確に人の心を読んでくるし。
なんだ魔法か? そんな魔法があるのか?
「まさか、そんなのないですよ。同じ疑問を持つ人がいっぱいいるだけです」
「……」
なんて美人な人だ。惚れてまうやろー。
「ありがとう。でも、私に惚れたら火傷しちゃうわよ?」
「読んでるだろ! 絶対読んでるだろ!」
「ですから読んでませんって。後、今のうちにその思春期特有の人にあったら心を読まれているかもしれないと、
心の中で呼びかけるの止めた方がいいですよ? かなりあいたたーです」
っ――!?
今世紀最大の衝撃の事実が今ここで明かされた。
思春期特有だったのか……。
「も、もしですよ、しっ、思春期過ぎてやってる奴がいたらどうでしょう?」
「死ねって感じですね」
「……ですよねー」
はははと笑う。笑う。笑うしかない。いっそ爆笑するか。
「まぁ、君はまだ思春期すら来てない年齢だから大丈夫! だから今のうちに、ねっ?」
おねえさんの笑顔が眩しすぎて悲しくないのに涙が出てきちゃう。
だって男の子だもん。
――部屋の隅に向かって体育座りをする。
考えるのは今後のことではなく、もちろんさっきの事だ。
いいじゃん別に、やったて。なんとなく不安じゃん。
死ねってなんだよ。死ねって。俺が誰かに迷惑かけましたか? かけたんですか? かけてないでしょう?
では許されるべきです。許しましょう。世界中の全てが許さなくても俺は俺を許しましょう。
だが、本当に俺は俺を許せるのだろうか? ……それは、やはり自分で決めるしかないだろう。
とりあえず、こういう時はシンプルイズベストだ。
だとすると許すユルサナイを交互に繰り返す花占い方式が妥当だろう。
といっても花がないな。自分で自分を占うんだから手を使うか。その方が手っ取り早いし。
では、審判の儀式を始めようか。
「ゆるーす、ユルサナイ……」
言葉に合わせて一本づつ指を曲げていった。
「……えーっと、君がルームメイトなんだよね」
許すユルサナイと10本の指を使ってやってるため、永遠にユルサナイが出てループし続ける俺に誰か話かけてきた。
「――ユルサナイ。あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。――よし、足の指参入! 許す、ユルサナイ……」
「あのー、だから聞いてる?おーい」
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁうるせぇ! そんなに許したくないですか!? 何が許せないっていうんですか!?」
ガクガクガクと誰か知らないが俺を許さないと言った奴の襟首を掴み揺する。
「なっ、やめっ―――!!」
「はぁはぁはぁ」
気が付いたらそこには俺に襟首を掴まれ顔を青くした見知った顔の少年がいた。
「……えっと、なんでここに?」
「と、とりあえず離して……」
離してやるとぐったりして倒れこんだ。
「大丈夫か?」
「ありがと、なんとか大丈夫。って君がやったんだけどね」
記憶にない。気が付いたらそこには彼がいた。
世の中恐ろしい事だらけだ。
「そうか、ごめんな。えーっとで君は?」
わかっているが聞く。まさかとは思っていたが本当に会えるとは。
ここに来たとき、もしかしたらこの学校で遇えるかもとは思っていたがこれは予想外だ。
運命を感じる。いや、赤い糸的なものじゃないよ?
真面目にだ。感じざるを得ないのだ。
自分で選んだ結果がこういう風に引き合わせたのだとしたらこれは……
「僕はユーノ。ユーノ・スクライア。よろしくね」
「おう、よろしく。俺はフリード。フリード・エリシオン」
握手を求めてきたので、それに答え硬く握手をした。
「ところで、さっき何をやってたの?」
「……無限ループって怖いよね」
「???」
――このおかしな隣人に対して思うところは山ほどある。
「なんで同じ部屋になったんだろ……」
あのとき、ルームシェアでいいかと受付で言われたとき遠慮せず嫌と答えたら結果は変わってたんだろうか。
3週間一緒に過ごしてわかった。いや、わかりすぎた。
「そんなに照れるなよ」
「照れてないよ! 君と居ると疲れるんだよ!」
まごうことなき真実だ。
彼と居ると疲れる。すごい、疲れる。
「ははは、心配するな。よく言われる」
「よく、言われるんだ!? いや、じゃ、直してよ!」
そして、この隣人は文句を言われてもびくともしない。
一度変態と呼ばれて逆に喜んでるのを見たときには、駄目だこいつ……早くなんとかしないとと思ったりもした。
「直ったら苦労なんかしないだろ。機械だって壊れたら部品変えないと直らないんだぞ。それより精密な人間様は直りようがないんだよ」
何言ってるのこいつってな顔で僕をみてくる。
なんだそのいつも通りよくわからない理屈は。
無茶苦茶だが、この堂々とした態度に騙されてなんだか正しいんじゃないかという気がしてくるから不思議だ。
あぁ駄目だ。また、流される。これだから僕は――
「逆に考えるんだユーノ。おまえが変わればいいじゃない!」
肩を掴んで満面な笑みで俺良いこと言ったってな顔をしている。
「えっ、いや、なんでさ! 意味がわからないよっ!」
「まかせろユーノ。おまえを見捨てたりはしないさ。一緒に、頑張ろうな?」
「だから、人の話を聞いてーーーーー!!」
その後のことは話したくもない。
神様どうかこの明るいと煩いを勘違いした男をどうにかして下さい。
それだけが僕の願いです。