「来い、来い、こーいっ!」
太陽がちょうど中天に差し掛かる真昼間、主の不在な八神家の居間で、俺は神聖な儀式を行っていた。
天啓を得るために、両手を頭上に掲げゴッドからの指示を待つ。
「神様、仏様、その他大勢のなにやらわからない神様の皆様、どうかお頼み申す!」
受信感度は、恐らく良好。アンテナの数は3本ちゃんと立っているに違いない。これできっと、モヤモヤした淡い光めいた物が降りてくるはずだ。
このために、昨日の晩から何も食べてない。正式な断食の日数なんか知らないが、とりあえず苦しいと思えばいいのだろう。
ならば、大丈夫。今、俺は最高にお腹が空いている。その状態で、はやてが作り置きしてくれた昼飯の前にいるのだ。
苦しい。なんでこんな苦行をせねばいかんのかわからんほどに苦しい。
なんせ目の前の料理が旨そうだ。暖め直さなくても美味そうなのだから、たぶん美味い。いや、間違いなく美味しい。
「はっ!?」
気が付くと、口の中からよだれが出ていた。
なんて恐ろしいんだ断食。よだれのコントロールすらままならんとは。
いや、げに恐ろしきははやての料理か。なんで料理のくせに輝いて見えるんだ。
「くそっ! もう何でも良いからこーーいっ!!」
占いというものを信じる入社3年目の新人アナウンサーのお姉さんを信じる俺を信じて、祈りという名の雄たけびをあげた。
――「うめーー!!」
おかずを一口食べては、思わず叫ぶ。
美味い、美味すぎる、なんて美味しいんだろうか。きんぴらごぼうがこんなに美味しく感じたのなんて初めてだ。
「こいつはもう味のジュエルシードやーー!!」
言いつつ、感涙してしまう。
感謝しますはやて様。祈る神など元から持っていなかったが新たな神を発見した。
「まさに現代のメシア! メシアだけに飯あ! さらに一文字変えて飯屋!
はやて飯屋! あはははは、はやて飯屋さいこぉぉぉぉ、超うめーーーー!!」
お茶碗を掲げ、歓喜の雄たけびを上げる。
今日も元気だご飯が美味い。アイディア出ずともご飯は美味い。
だいたい、無神論者が神様に頼ろうとしたのが間違いだったのだ。
やってわかったのなんて、はやての作ったご飯が美味いという当たり前の事だけ。
朝早くやってた星座占いで、今日は神様からの贈り物があるかもしれないとか意味深な事ぬかすから信じちゃったじゃないか。
あくまでちょびっとだけだけど。いや、ほんとにちょびっとなんだけどもさ。
くそ、あの新人アナウンサーめ、もう信じないんだからねっ!
……そういや俺、元の誕生日で占ったけどこの場合どうなるのだろうか?
もしかして、この世界に来た時と誕生日で足して二で割ったりしないといけなかったのだろうか?
「……飯がうめーー!!」
再びお茶碗を掲げ、歓喜の雄たけび上げた。
そう飯が美味い、それだけで余は満足じゃ。満足なのじゃよ。
「ふぅ、食った食った」
言いつつ窓際の床にぺターっとうつ伏せで寝転がった。
ちょうど、窓から入るお日様が当たってぽかぽかする。
食った直後に寝ると、胃にはいいんだとか。ならば寝るしかないよね。
「お休み、パトラッシュ……」
『……マスター、締め切りは今月末』
意識をあと少しで、夢という名の大海原へダイブさせようとしたら、テーブルの上に放置されていたブリックからそんな催促の声。
「――はっ!? ……寝てないよ? ホントだよ?」
言いつつ、床に手をつきむくりと上半身を起こした。
『……』
あれ? なんかジト目で見られているような気がする。
目なんかどこにもないのに、何故かジト目で見られているような気がする。
「八神家不思議発見! よし、頑張ろう!」
床に付いてた手を勢いよく押して立ち上がりつつそう宣言。
そして、窓際に立ち、太陽に向かって左手は腰に、右手は力強くガッツポーズをした。
「荒ぶる鷹のポーズ!!」
片足を床につけ、両手でまるで鷹が両翼を広げ獲物を威嚇するようなポーズをとる。
「……」
なんか違うか? いや違った、これじゃなかった。だいたい威嚇してどうするんだよ。
アイディアさん、もといアイちゃんが怖がって出てこないじゃないか。
「賢者のポーズ!!」
両足を開き、上半身を左に90度傾け、左手は床に、右手は天井へとまっすぐ伸ばす。
これぞ、東洋の神秘。ゼロを生み出した印度直伝のポーズだ。
この伸ばした右手辺りからゼロめいたものが降りてきたに違いない。
さぁ来なさいアイちゃん、怖がらずに僕の右手に降りておいで。
この今や賢者たるフリードさんが優しく包み込んでさしあげよう。
「Come on! AI」
みんな一緒に賢者になろう。そう、ポーズをとるだけで賢者になれる。
今なら毎日30分のレッスンであなたもわたしもみんなで賢者。
悟りの書も必要なければ、遊び人である必要も無い。やったね、アイちゃん!
30分ポーズをとり続けてようやく気づいた。
賢者は別に人気でもなんでもなかったのだ。思えば中途半端だし、何よりかっこつけすぎだ。
賢しき者とかいかにもだろう、そりゃ大魔導師と呼べと言いたくなる気持ちもわかる。
ここはやはりあれだよ、窮状を救うものを召喚すべきだ。今ピンチだしね。
人類の救世主、窮地を救う者と言えばやはり英雄に違いない。
英雄を呼び出しちゃえばこっちのものだ。英雄なんだから普通の人に出来ないことを色々と出来ちゃうのだ。セイントカップワーもそりゃ制しちゃうよ。
「よしっ!」
右手でガッツポーズを取りつつ気合を入れる。
やるは、これまた印度直伝のポーズ、すなわち英雄のポーズ1。
1という以上は2もあるし3もある。つまりは、セットでお得なのだ。1が駄目なら2でいくし2が駄目なら3でいける。
なんというお得感。英雄ワンツースリー、セットでオーダー入りました! 今ならスマイルもおまけでアイちゃんへお届け!
「ふぅ……」
目を瞑り深呼吸をして一拍おく。
さぁなろう英雄へ。心を魂を高みへ、英傑の御霊へと導く。
「――はっ!」
右足を前に膝を曲げて踏ん張り、左足を後ろにピンと伸ばす。そして、上半身は少し後ろに反りつつ両手は上にだ。
もちろん、顔はファーストフード店よろしくゼロ円スマイルである。フレンドリーにいかないとアイちゃんが怖がっちゃうからね。
にしても、流石は印度、一瞬で英雄だ。めんどくさい儀式なんて一切必要がない。これは流行るのもわかる気がするね。
「さぁ、ドンと来いアイちゃん!」
この右足の踏ん張り具合とちょっと反っている上半身あたりが英雄っぽいに違いない。
そう信じアイディアの妖精さんことアイちゃんを待つ。
――「そんな馬鹿な……」
思わず両手両足をフローリングにつき呟く。最早、絶望しかない。
英雄の力ではアイちゃんへは届かなかった。1,2,3全て駄目だったのだ。
英雄は人を救えない、だから人は神という偶像を作ったに違いない。この状態を救えず何が英雄か。それとも、救えるものだけ救うというのが英雄の所業だというのか。
「そんな現実俺は認めねーぞ!」
床に付いていた右手をグッと握ったまま振りかぶり――そのまま床へと思いっきり叩きつけた。
ドンッ!と鈍い音が、主のいない八神家に響く。
叩き付けた拳をそのままに顔を上げると、ふと、部屋の片隅にカラフルな色のなにやら丸いものが落ちていることに気づいた。
「?」
あれはなんだろうと疑問に思い、体を起こしてその物体へと近づく。
「……これはスーパーボール?」
手にしてみて見るとそれは何の変哲もない緑色のスーパーボール。
何でこんなところにと思わないでもないが、この家にははやてしか住んでないわけで、察するにきっとはやてがこれで遊んでいたのだろう。
「そりゃ寂しいな」
思わずその情景を思い浮かべてしまい、スーパーボールを右手でグリグリと弄りながらそう呟いた。
スーパーボールは友達。なんとも悲しくなってくるじゃないか。
もしかしたら壁に向かって、『ほな、いくで? 私、歩けへんから弱めで頼むで?』とか言いつつスーパーボールを当てて楽しんでいたのかも知れない。
「あかーん!! はやて、それは悲しいぞ!!」
思わず目頭を押さえてしまう。なんて不憫な子なんだ。
きっと、あれだな暫くやって思ったように取れないから『そんな早く返されてもぜんぜん取られへんよ! スパボーさんなんてもう知らん!』とか言ってキレてこの場に放置したんだな。
「はやて小学校でたくさん友達を作ってくるんだぞ……」
窓の外を見て遠く想いを馳せるようにして呟く。空が見えていたのなら、はやての顔が見えていたに違いない。
遠い目をしつつ窓の外を見ていて、ふと気づいた。俺を見ているにゃんこがいる。
「……ブリック~」
『感知センサーは4機とも正常稼動です。ログを見てもらえばわかると思いますがいきなりここへ現れました』
「……ふ~ん」
言いつつ、窓の外――ベランダの片隅にいるにゃんこと睨めっこする。
この八神家周辺にしかけた魔力探知機は全部で4機。どれだけ隠そうと空間に動きがあるだけで探知する。
それの反応の限りでは今あのにゃんこは到着したらしい。
じーっとその猫の目を見つめるが、感情は読めない。まぁ俺は猫の感情を読むのに長けてるわけではないのだけども。
にしても、動くならとっとと動いてほしい。この場合は相手が管理局員である以上動いてくれたほうが突っつきやすい。
法の番人は法に縛られる。少なくとも、彼女はここにいる理由を法にそって説明しなきゃならない。
ここにいる以上ロストロギアを闇の書を把握してることになる。つまり、説明は難しかった。
彼女の管轄は少なくともここではないはずである。管轄を超えている時点で令状も何もない単独の捜査、その上相手はロストロギア。
説明できるのならどうぞやってくれってな話だ。それに、グレアムが金をはやてに出してる時点で紐が付いてしまっている。
もし敵対するというのなら、そこを辿って闇の書の存在を知っていて野放しにしていることをだしに、闇の書の被害者及び人権団体を煽って管理局を巻き込んでの大炎上で終わりだ。
危ない橋なのは、彼女も知っているはずである。だからこそ、未だに様子見なのだろう。
「……にゃんこ」
それにしてもだ、と呟きつつ思う。あのかぁいい猫は人に化けられるのだ。いや、人そのものだと言ってもいい。
「……にゃんこ」
言いつつふらふら~っと窓に近寄り、そして開けた。にゃんこは目を逸らさない。きっと、逸らしたら負けかな~と思っている。
尚もふらふらと近寄っていくと2mぐらいのところで猫がビクッとなった。あれだ、猫耳装備の女性がビクッとなった。
かぁいい上に例え姿かたちは猫だとしても中身は成人女性。見つめあいつつ、マジで恋した5秒前。即ち既にフォーリンラブ。いくっきゃないよ猫耳に。
「……にゃんこーー!!」
言いつつルパンダイブを決行した。
「っ――!?」
それに対してにゃんこは緊急回避。そして一目散に逃げ出してしまった。
し、しまった猫耳が逃げたよ! しっぽをフリフリにしながら必死に逃げてるよ!
フリフリフリフリフリフリフリフリしっぽが小さなお尻に合わせて揺れる。その様子に俺の心は、フリる状態。
「……あは~」
にゃんこが俺を誘っていた。ありのまま今起こった事を話すと、にゃんこが俺を誘っていた。
だって、逃げるだけなら尻尾はフリフリしないもん。誘ってないならフリフリしちゃいけないんだもん。
ならば、行かなければならないよね人として。据え膳食わぬはなんとやらだよね。
「待ぁてぇ~」
言いつつ笑顔で駆ける。
――甘い、甘い、甘すぎる。
現在ここは山の中腹辺り。走り回ること2時間半、ついに捕獲に成功した。
「っ――!?」
必死に暴れるにゃんこに対してスリスリする。そりゃもう小学生男児の手加減のないスリスリだ。
小学生ゆえに限度をしらないのだよ、申し訳ないにゃんこよ。
「っ――」
「ひゃっほーい!!」
爪で引っかこうとしてきたので、思いっきり抱きしめてゴロゴロした。地面をゴロゴロしてやった。
回る、回る、世界は回る、グルグルグルグルグルグルと。愛でる彼女と二人でメリーゴーラウンド。
「にゃ゛ぁぁぁぁぁ」
「HAHAHAHAーー!! 楽しんでるかいハニー?」
「にゃ゛ぁぁぁぁぁ」
脳内版猫語辞典第6版によると今のは……
なるほど最初のは最高よダーリンで次のは、楽しいけどこんなに回されたら私……か。
「OK、ハニー任せとけ! まわっちゃえよ、YOUもっとまわっちゃえよ!」
「にゃ゛ぁぁぁぁぁ」
なにっ!? 駄目これ以上は! ……だと!?
これは行けということか、いけということなのか! しかたあるまい、俺も男だやったろうじゃねーか!
「……南無三!」
下へ下へ、下山を開始。君と僕とのコーヒーカップ。回してるのは僕。そして、翻弄される君。
きゃははうふふの隣同士あなたと僕はチェリーブロッサム。
回そう、回そう、彼女への愛の限り。
「にゃ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
そんな……流石にそれは照れるぜハニー。
――彼女が果てるまでそれを続けた。
転がり落ちて山の麓まで来てしまった。すこし移動するだけでもう海鳴の街中へと入れる。
「……」
俺に愛されたにゃんこはぐったりしていた。愛し合った結果がこれだよ!
……まぁ少々可愛がりすぎた気がする、なんか気絶してるし。
とりあえず、最後まで猫で居続けた彼女に乾杯。いや~、すんばらしいにゃんこ魂でした。
「――その猫を返して頂けますか?」
背後からそう言われたので振り返ると仮面の男。
「……え~、もう俺が飼うって決めちゃったし」
「……その猫は私が飼っているものです」
マジか。マジでか。飼っちゃってるのか、姉妹で主従関係か! にゃんこスレイブなのか! シスタースレイブなのか!
……そうか、そうだったのか。愛の形は自由だもんね。そっかぁ……ふぅ、よし落ち着いた。
「でも、証拠がないじゃん」
「……では、これを見ていただけますか?」
そう言って、仮面の男が持ち出してきたのは闇の書に見える本。八神家の居間のテーブルの上に置いてきた奴だ。
なるほど、俺たちが追いかけっこしているうちに取ってきたか。
「んな偽者見せられてもな~」
「!?」
仮面の男が狼狽したのが見えた。仮面越しでもまるわかりなのだからよっぽど驚いたのだろう。
「そりゃそうでしょ、危険なものを放置する馬鹿がどこにいるのよ」
「そんなまさか……ダミー!?」
「んにゃ、ダミーっていうか俺の発想引き出すためだけに概観だけ作った張りぼてだね」
セキュリティー上の問題もあるが、なによりはやてと物理的距離を離すために既に闇の書は八神家にはない。
「……あれが、どんなものかわかってるの?」
仮面の男は既に言葉遣いが男のものではなかった。まぁ元よりあんまり意味はないとおもうんだけどね。
「わかってますよ~、少なくともいざとなれば液体ヘリウムにつけて氷付けにしようと思ってるぐらいには」
別に魔法を使わずとも絶対零度に近い物質は存在する。まぁ現代地球のBCS理論では破綻を起こす不思議物質なのだけども。
それに、バンドレスで素子限界が絶対零度だっていう可能性だってあるので冷やしてどうこうなるかは非常に懐疑的だったりね。
ここらへんは解析しなきゃ話にならないからな~。
「まっ、いっか。はい、あなたの猫」
言って、俺の手の中でぐったりしていたにゃんこを手渡した。
受け取った仮面の男はそのにゃんこを静かに見つめ、なにやら考え込んでいる。
「……」
黙り込んでしまったので、それを暫く見つめた後、これ以上の会話は無いと判断し街のほうへと身を翻した。
「……待て」
と、5m程歩いたところで背後から声が掛けられる。
それに対し、顔だけ相手のほうへ向け、
「なんかよう?」
「……協力する気はないか?」
「何のことだがさっぱりわからないよ」
それだけ言って再び前を見た。
「…………後悔するぞ。全てが思いどおりになると思わないことだ」
歩みを再開させると背後から、そんな言葉が俺に掛けられる。
「……思いどおりになんていかないから人生楽しいんじゃない。人がやる以上100%なんてない。だから足掻くんじゃないのかと思うけどね、生きてる人間は」
相手のほうを振り返らず、少し空のほうを見上げ悩むような素振りを見せつつそう返した。
「……」
背後から返答の様子が無いことを感じ取り、再び歩き始める。
今度は声が掛けられることはなかった。
鼻歌を歌いながら、八神家のほうへと向かう途中、ポケットの中に右手を突っ込むとあるものに気づく。八神家にあったスーパーボールだ。
「ありゃ~何時の間にこんなとこに」
にゃんこを追いかける際に、ポケットに突っ込んじゃったか。
ポケットからスーパーボールを取り出し、右手の中でゴロゴロと回転させる。
俺の右横には人様の家のブロック塀。ふと思う、このスーパーボールを投げてみたらどうなのかと。
なんて事はない、ただの興味。ボールなんだから投げてみようよってな思い込みだった。
「よしっ! おりゃっ!!」
気合一撃、スーパーボールを投げる。
投げたスーパーボールは、すぐさま人様のお家の塀をてめぇこの野郎とキックをし勢いよく跳ね返ってきた。
「っ――」
タイミングがよかったのか、ちょうど俺の手に飛び込むスーパーボール。
少し驚く。手をまったく動かさずとも、その場に戻ってきたのだ。メロスもびっくりの確実な戻りっぷりだった。
「……」
思わず無言でスーパーボールを掴んだ右手を見つめる。
あれっ? ちょっと、楽しいよ?
そして再び、塀へと振りかぶった――
ようやく見つけた。いざ、探してみるとこんなに見つけにくいものだとはね。
古びた建物を見渡し感慨にふける。探し回る事1時間半、ようやく探し当てたのだ。
太陽は既に傾いており、恐らくはやてはもう帰宅している事だろう。
「おばちゃ~ん、あれ101個くださいな」
店に入るなり、店の奥に座る建物と一体化したような気配のする老婆へとお目当ての物を指し示しつつ言った。
「あんれ、外人さんがまた珍しい」
少し間延びする声で老婆がそう返す。
「いや~、あれの魅力はわが国でもホットでクールでアウトオブ眼中ですよ!」
「はは、そうかい、そうかい」
老婆が笑いながら、腰が悪いのか腰に手をやりつつ鈍い動作で俺が指し示した物へと向かい、
「色はどうするんだい?」
「なんでもイイヨー。カラフル! カラフル!」
「そうかい、そうかい」
笑いつつ老婆はそれを取り、すぐそばにあったダンボール箱に詰めるという作業をする。
俺はその作業を見てる間、ずっとカラフルを連呼し、それを10回言う中の一回をリリカルに変えるという作業をし続けた。
「――はい、どうぞ。でも、本当に101個も買うのかい?」
ダンボール箱に詰めた後にそれを言うのかと思わないでもないけども、
「ミーとディスは友達ネ。ボールはフレンド!」
サムズアップをしつつ笑顔でそう返した。
――「はやて~」
ダンボール箱を両手に持ちつつ、はやて家の玄関へと駆け込む。
目の前には、自由に使っていいからと、はやてに合鍵を貰ってからというもの俺にとっては当たり前の八神さん宅……とはならなかった。
何時もとは違う光景。何故なら目の前には、少女が腕組みをして仁王立ち。
「……鍵も掛けずにどこいってたん?」
ご立腹振りを全開のはやてさん。
「……猫を追いかけてました、サー!」
「……鍵も掛けずにか?」
「しっぽをフリフリする猫を慌てて追いかけたら、鍵をかけ忘れたんだよ」
慌てて駆けてく愉快なフリードさん。皆が笑っていたかどうかは知らない。
「……ホンマにしっぽのフリフリに釣られたんか?」
「おぅよ」
胸を張りつつ肯定する。間違いなく俺はフリフリに釣られましたとも。ええ、釣られましたともさ。何故なら、そこにフリフリがあったからね。
「まぁええ、いや、よくあらへんけどそれはええよ。で、泥棒さんが入ったらどうするつもりだったんや?」
「大丈夫、本当に泥棒が入ったらこの家攻撃するから」
現在この家の総合セキュリティのマザーはブリックだ。仮面の男が入れたのはブリックの判断なのだろう。
「攻撃?」
「おぅ。かも~ん、ブリック!」
そう言って、左手で抱えるようにしてダンボール箱を持ち、空いた右手で指を鳴らす。と、俺の持っているダンボール箱の上にブリックが現れた。
居間からここまでの極短距離転送。この距離なら転送も楽にできる事を確認しつつ、
「んで、例えばこんな感じ」
そう言って、ブリックに指示を出す。
すると、――瞬間、天井の一部がパカッと開きバネの付いたロケットパンチが飛んできた。
俺とはやての間の地面を勢いよく叩いた後、ビヨーンビヨーンと伸縮して――ロケットパンチは俺達の目の前で止まった。
「――なんでこんなもんが私の家についとるんや!?」
「えっ、そりゃ俺が付けたからでしょ」
「何してくれてるんよ!?」
「そりゃ警備でしょ。だって俺自宅警備員なんだぜ? セ○ムの代わりに働かないとね。
はやて、ほら、フリードしてます――」
「――あほぉぉーー!!」
「ぐはっ!」
セ○ムしてますかをもじってフリードしてますか、て言おうとしたらはやてに殴られた。グーで、ロケットパンチが。
そして、そんなはやてに殴られた可愛そうなロケットパンチ略してロケパンちゃんは、父さんにだって殴られたことなかったのにと俺に直撃した。
父さんすなわち俺、息子ことロケパンちゃんに殴られた。俺の父さん……は物心ついた頃から居なかったからわからないが、母さんにだって殴られた事なかったのにっ!
「……酷い、なんて酷い。ロケットパンチに殴られたのなんて初めてだ」
よよよ、と頬っぺたを押さえつつ玄関の扉にしなだれかかる。
「私もロケットパンチを殴ったんなんて初めてや!」
なんてこった、はやての初めてロケパンちゃんに奪われた。そして、俺のお初もロケパンちゃんに奪われた。
「こうやって、みんな薄汚れていくんだね。高校生の頃にはもう立派なダークエンジェルよ」
「意味がわからーん!!」
はやて、大人の階段上る君はシンデレラだからって成長しすぎだよ。
少女だと思う暇も無くダークエンジェル。灰かぶり姫は、ガラスの靴履く前から既にヘブン状態ですよ。
階段上るたびにヘブン状態、一段上がるとヘブン状態、踊り場でもヘブン状態、毎日がヘブン状態。もうヘブン姫。
「はやて、ヘブン状態!」
「私、ヘブン状態!! てっ、よーわからんことさせんなや!! それに今、ヘブン言うより気分的にヘルやヘル!」
わからないといいながら何やらよくわからないポーズまで取ったはやてに乾杯。
そして、ヘブン状態が何かわからなかったことに僕は心の中にある消しゴムでダークエンジェルのダークの文字を消した。
「まぁ、そんなことよりはやて」
言って、むくりとダンボール箱を持って立ち上がる。
「そんな事やなーい!! 大事な事やっ!! 一緒に学校にいかん思うたらなにやっとるんや!!」
はやてが言いつつ俺に詰め寄る。お互いの顔の距離、およそ25cm。
「それで今日の成果ですよ!」
お互いの顔の間にずずいっとダンボール箱を割り込ませ、はやての目の前に差し出す。
これで、このお姫様もご機嫌になるに違いない。なんてたって、車椅子時代の旧友がたくさんだ。
「……これはなんなん?」
「はやてのお友達でさぁね」
「友達? ダンボール箱に入る友達なんか居てへんよ? あっ、本なんやろか?」
「もっと素敵な友達サ」
言って、ダンボール箱を開ける。そこにはスーパーボール大家族。
これをひっくり返すと総勢100名による色の祭典が行われる。大家族による血で血を洗う祭りという名の争いだ。
今、101個目にあたる曽祖父が外部からの何者かの手によって、トラックにはねられ転生してしまい欠けてしまったので、争いの主原因は曽祖父の遺産相続である。
ちなみに、曽祖父を殺った外部の何者かは、銀髪をしており供述では思わず投げてしまった今では反省していると語っているという。
また、転生先にはサ○マ式ドロップスが選ばれるとのことだ。銀髪の供述の続報によると、なんとなく飴ちゃんに似ているからとのことらしい。
「これは……スーパーボールやな。それもたくさん」
はやてが言いつつ緑色のスーパーボールを手に取り首を傾げる。
「そう、お友達、スパボーさんこんなに繁殖されてしまいました。今では跳ねる度に一つ増えるのではないかと巷では噂になってます」
「どこの巷か知らんけど、何でこれが私の友達なんやろか」
「えっ、だってスーパーボールは友達じゃん」
「……」
何でそんなジト目で見られないといけないのだろうか。
あぁそうか、喧嘩別れしてしまったもんな。そりゃ気まずいよ。
「はやて、あのな許すこと、時にはこれも重要なんだ。スパボーさんだってきっとあの時のことは後悔していると思うぞ?」
「……これはどこでこうてきたん?」
「そりゃ、駄菓子屋ですけど」
「さよか、じゃ、返してきーや」
はやてが笑顔で告げる。怖いほどの笑顔だった。
「えっ、この100人の友達を――」
「――返してき」
俺の言葉を遮り、怖いのステータスを増しつつ笑顔ではやてが言う。
「はやて、あのな友達100人できるかなとかいう歌詞の歌があるだろ? あれな歌詞の中に100人で食べたいなってあるじゃない。
これおかしいよね、自分を含めたら101人なわけだよ。つまり、あれはさ、100人友達がいたら一人くらいは存在を抹消したくなる友達が出来るってことなんだよね。
はやて、このスーパーボールでそれを検証するのもいいかもしれないぞ? そんでもって最終的には、いらない奴なんていないんだ的な結末が、たぶんまってる」
それに対し唯、はやては笑顔で一言。
「せやな、わかったから返してき」
「はやて、あのな、実はなこいつらの曽祖父をじーちゃんを殺っちまってな、もう引くに引けないんだよ。
俺がこいつらの面倒をみなきゃ誰が面倒を見るというの?」
「わかった、じゃあフリードくん家にもって帰り。この家にそんな大量のスーパーボールはいらへん」
「えっ……それはちょっと……」
言ってスーパーボール大家族を見る。これを家に? 研究室化しているあの家に?
駄目だ、そんなの駄目だ。研究室にある余計なものは、ゲーム機と野球道具一式と古来より決められているのだ。
未だかつてスーパーボールで遊ぶ研究員なんぞ見たことが無い。
「……はぁわかった、じゃあこの家にそれは置く、唯、学校もいく。それならええよ?」
「それもちょっと……」
「どっちか選びーや。こんなんやってるんやったら絶対、絶対、一緒に学校行ったほうがええと思うよ?」
はやての態度は頑なだった。目も態度も全て母ちゃんそんなの許さへんでってな感じだった。なぜにそんなに厳しいのか。
スーパーボールの一個や飛んで100個、大きいお家なんだしいいじゃないか。
何時か、何時か、遊ぶ日が訪れるに違いないというのに。ちゃんと俺がこいつらのお世話もするというのに。
「くっもういい、ぐれてやるーー!!」
「あっ――」
ダンボール箱を右手に持ち玄関を左手でバタンと勢いよく開けて外に出た。
駆ける。時刻は既に逢魔が時。遠くでは、豆腐屋さんのラッパが物悲しく聞こえ薄暗くなりかけた夕焼け空を流れていく。
――とぼとぼと街中を歩く。右手には未だにダンボール箱。
どうしようか? 抱えるダンボール箱を思わず見つめる。
このスーパーボール大家族を路頭に迷わすわけにはいかない。俺にはこいつらを最後まで見届ける義務がある。
こいつらの長である曽祖父を殺したのは俺だし、何よりここまできたら情だって移るというのものだ。
俺の家ということも考えたが、やはり駄目だ。あそこは今は戦場である。戦う意思の無い奴など邪魔なだけだ。
そんな奴がそばに居たら、俺はついついそいつに引っ張られて、一人壁当てをやってしまう。総勢100個による壁当てだ、そんなもの楽しいに決まっている。
俺は誘惑を断ち切れる聖人君子では無いし、遊んで欲しそうな顔でスパボーさんに見つめられたら間違いなく耐えられないだろう。
俺があのとき、こいつらを見つけていなければ、こいつらにあっていなければ、こんなことにはなっていなかったのかもしれない。
「……ごめんよ、おまえら」
今はダンボール箱の上部分を閉めているので様子を窺うことのできないスーパーボール大家族へと呟いた。
言って数瞬、力無く首を振りため息をついた。何も解決しない謝罪など、自己満足でしかないのだ。さらに言えば、やったことへの大きさで言ってしまったのなら余計に性質が悪い。
ごめんですむならば警察はいらない。誰が、最初に言ったのかは知らないのだけどもそのとおりだと俺は思う。
ごめんという言葉で生じた責任が軽くなることは決して無い。だからこそ果たすべきことを果たさなかった者にはペナルティが与えられるのである。
ならばこそ、謝罪ではなくできることをしなけらばならない。恥を忍んででもやらねばならないことがある。
俺には終ぞ出来そうにない、彼らを、スーパーボール大家族の生きていける場所の提供をどうにか果たす。
「……頼んだぞユーノ」
己の手で出来なかったことを親友に託す。世話を出来なかったものを親友に預ける。
下の下の策であり厚顔無恥もいいところではあるが、仕方が無い。俺にはもう彼らをどうにかできる術がないのだ。
このまま切り捨てて見捨てるよりはまだ親友へと預けた方がいいだろう。恥も外聞もないが、これが俺が彼らに出来る精一杯だった。
決意を胸にやってきたのはコンビニ。郵便局は既に閉まっていたため宅配便で送ることにしたのだ。
コンビニの片隅で、発送伝票を書く。送る場所はなのはのお家と。実はあの野郎、なのはのところに未だにいたりする。
数日前に居場所を確認したときは、やることやってんのなと嬉しく思ったりもしたが、今となっては心が重いだけだ。
ユーノが彼らを秘密裏に抱え込むぐらいの余裕はあるかもしれないが、しかし、それでも一家族それも大家族を入れるのだ、心配は尽きない。
一番いいのは、高町家の皆様が彼らを受け入れてくれることだが、いや、これは期待しないほうがいいだろう。期待など、責任を親友へと放棄してしまった時点でしてはいけないのだ。
「――フリードくんだよね?」
「っ――!? ……なんだなのはか」
突然、声を掛けられたので驚き振り向くと、そこには栗色の髪を両サイドで短く縛った少女。
「む~、なんだ、じゃないよ!」
「ごめんな今、ちょっと忙しい」
そう言って、再び発送伝票を書く作業に戻る。えっと、後は差出人か。やはりここは“あなたのファンです”が正解だろう。
「えっと、えっ、なのはのお家?」
なのはが俺の手元を覗き込んで、聞いてきた。
「あーー! 覗きは犯罪なんだぞ、おらぁ!!」
覗き込んでいたため、ちょうど俺を上目遣いで見ていたなのはのおでこへとデコピンを放つ。
「っ――、いったぁーい!! ちょっと見ただけなのに!!」
おでこを両手で擦りながら、半泣きで抗議するなのは。
「覗いた奴はみんなそう言うんだよ! ちょっとだけだよ、ちょっとだけなんだからとか言いながら既にあなたは暗黒面に落ちちゃってます」
「そんなことないもん!」
「俺には見える! 未来で、ちょっと頭冷やそうかといいながら後輩どついてる姿が!」
「そんなことしないよ!」
「するね」
「しない!」
至近距離で睨み合う。
「……ふ~ん、なのはは暗黒面には落ちないんだよな?」
「もちろんだよ」
なのはが瞳を逸らさずに言う。その目には不屈の魂が宿っていた。
「そうか……、なのは!!」
言葉と同時、なのはを強く抱きしめる。
「にゃっ!?」
「俺の話を少し聞いて欲しいんだ」
「ふぇ、えっ、えっ、お話???」
両手をわたわたとさせるものの抵抗は無い。ならばと、
「ある時、俺はある大家族の長を――」
壮大な大家族の話をなのはへと聞かせた。
「――ということなんだ。このままだと100人全員路頭に迷う。なのは、協力して欲しい。」
少しするつもりが、100人分全員のエピソードを喋ったため、軽く1時間以上は経ってしまっている。
その間、なのはは身じろぎもせず俺の話しを真剣に聞いていたため、おかげでお互いの体温のせいで少しばかり二人とも汗ばんでいた。
「……うん、わかった。わたし協力するよ。フリードくん、一人でよくがんばったね」
そう言って、なのはにキュッと抱きしめられる。
「なのは……」
感極まり、俺も抱きしめ返す。
「うん、大丈夫、今度は一緒にがんばろ?」
なのはは顔を少し離し、俺の顔を見つめるようにして言ってきた。
「ああ、なのは一緒に。このダンボール箱に全ての答えが入ってる。家に帰ったら開けてみてくれ」
「このダンボール箱に? 今見ちゃ駄目なの?」
「……ここは人が多い、流石にな……」
俺の言葉になのはがハッとしたように周りを見渡し、
「っ――!!!!」
真っ赤になって勢いよく俺から離れた。
抱き合って15分ぐらいから、死ねよガキ共という視線がいたるところから浴びせられていたのはしょうがないことだろう。
俺たちの周りは生暖かい眼差しと好奇の眼差し、そして、一番多い殺気を感じる眼差しを送る人たちで囲まれていた。
「ふ、ふ、ふ、フリードくん!!」
なのはが俺の事を呼ぶと同時、俺を引きずるようにして手を引きつつ人ごみを掻き分け、コンビニを後にした。
――既に、夜の帳が降りており、公園の前の通りに子供の姿は少なく大人達がこの道を通る主役になっていた。
そして、この道で主役に特段配慮することなく往来の中央で話をする本来は脇役であるなのはとフリード。
通る人数自体が少ないのもあるが、何より今二人の頭の中にはそんな配慮をするなどという、他人に気遣う思考などなかったのである。
「じゃあなのは、頼んだよ?」
「うん、わかった!」
フリードの言葉に元気よくなのはは、白いリボンを揺らしながら頷き返事をする。なのはの両手にはフリードから託されたダンボール箱。それを、大事そうに抱えていた。
コンビニを出てから30分、恥ずかしさのあまりなのははフリードの手を引っ張りながら落ち着くまで歩き続け、ようやく話が出来たのがついさっきのことだ。
なのはは、宿題をしている最中に切れたシャーペンの芯をコンビニに買い求めに来たのだが、フリードの話でそれはすっかり忘れてしまっていた。
すぐ帰ってくるとユーノに告げたことも忘却の彼方に、この秘密の鍵が詰まったダンボール箱の中身で既に頭がいっぱいだったのである。
「じゃあ、また!」
「うん、またね」
手を振るフリードに、なのはは両手がダンボール箱を持っているため塞がっているので、笑顔で返す。
何かフリードに言わねばならなかったような気がすると、なのはは思わないでもないが、そんなことは些細な事と思えるぐらいにはダンボール箱の中身が気になっていた。
なのはは、フリードの姿が道の果てに消えるまでその場で見送り、ふいに、辺りを見渡し公園の中に目を移し思う。
(ここなら大丈夫だよね)
見たところ人は居ないため、なのははこの公園でダンボール箱を開けるを決意した。
開けて出てきたのは何てことは無いスーパーボール。
なのはは、最初それを指先でグニグニと弄ったり、地面にぶつけたりしてその正体を確かめた。しかし、何をやってもどう考えてもそれはスーパーボールにしか見えなかったのだ。
他に思い当たることをあれこれと考えたが、結局なのはにはわからない。これにある答えってのはなんなのだろうか? ユーノくんに聞けば答えはわかるのだろうかとなのはは小首を傾げた。
ふいに、なのははダンボール箱の上に発送伝票があったのに思い当たる。なくさないようにとポケットのなかに入れていた発送伝票を、ポケットから出して広げ注意深くなのはは読んだ。
『備考:このスーパーボールは100人の大家族です。多いです。大変です。大切にしてやってください』
そんなことが発送伝票には書かれていた。始め、意味がわからなかかったがやがて悟る、これはつまりそういうことなのだと。大家族というのはスーパーボールのことなのだと。
発送伝票を持つなのはの手がプルプルと小刻みに震える。顔は俯き、表情は読めない。
「……フリードくんの、フリードくんの――」
<<ばかぁぁぁぁぁーーーーー!!!!>>
海鳴中になのはの念話による馬鹿の一声が大音量で響いた。