終わりというのは実にあっけないものだ。
道を歩いていると発作が起こった。いつもより長く続き、いつにもまして苦しかった。
ネタにしてみせるだけの余裕が今回はない。
もうどうなってもいいからどうにかしてくれよと、よく考えると支離滅裂なことを心の中で叫びながら、のた打ち回っているうちに、
俺の意識は途絶えた。
――「……ふ~む」
どうしたものかと腕組みをして頭を捻る。
見下ろす先には自分の体と“それ”に縋りつく母親。
今、俺は病室の天井近くをふわふわと浮いていた。
これはつまり、見えているアレが俺の肉体な訳で、こんなことを考えている俺は魂とか幽霊とかいうアレなのだろう。
まさか実録で奇跡体験をするとはね。しかも配役は幽霊側ときたもんだ。
まぁ、死んですぐに終了とならないだけマシなのかもしれない。
続きがあることがわかったのだ。喜ぶ以外の選択肢はないだろう。
元より長くは生きられないと小学生の頃にはわかっていた。二十歳の今まで生きられたのだから十分には違いない。
それに、未練なんかない。そう本気で思えるぐらいには好き勝手にやってきたのだ。
……とはいえ、すぐそばで泣いて縋るお袋の姿に目を移すと流石にくるものがある。
暫く、その憔悴しきっているにもかかわらず号泣する姿をジッと見つめた。
何にも残せなかった。迷惑だけをただひたすらかけた。その想いだけが頭の中をグルグル回る。
――感傷に引かれ半透明の身体をお袋に近づけた。
……やれやれ何時振りだろうか。自分からこうやるのは小学生以来か?
こんなに小さかったっけかと後ろからそっと、いつの間にかずい分と小さくなってしまっていた母親を抱き、
「ごめんなさい」
おそらく伝わらないであろう最後の謝罪をした。
自分が燃やされるのを見る。――いや、正しくは自分の身体か。
なんというか不思議な気分になるね。
とりあえず、ポンコツで役に立たないにも程があったがそれでも共に戦った戦友だ。敬礼をしておく。
――火葬場の灰と化した元俺に敬意を表しながらこれからのことを考える。
何をすりゃいいんだろうな? てっきり死神か何かが迎えに来るものだと思ったが何も来ない。
これといったイベントが起こらないのだ。
天国やらあの世やらヴァルハラやらとにかくそういうところへ行けるのかと勝手に思っていたんだが……。
これはいったい何待ちなんだ?
なんか必要だっけか。死んだ場合のハウツー本なんか知らんぞ?
だいたいどこの宗派が正しいんだよ。あんだけ宗教戦争やってんだからきっちり決着つけとけよ。
死んだ奴が困るだろうが、俺とか。
そもそも病気持ちだったせいで、こちとらすっかり無神論者だ。
仏教やら神道やらキリストやらそんなん知らん!状態なわけよ。
どうすりゃいいのよ?
――その瞬間、あっそういやアレが言えると思い至る。
これはやってみるべきか?
いや、やってみるべきだろう。
こういう場合閃いたものは大抵“当り”だ。
「あーあー、こほんっ! ……臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
どうよこれ、来たべ?
自分の中で最高に決まったと思いその時を待つ。
待つ。
ひたすら待つ。
これでもかというほど待つ。
しかし、待てど暮らせど何も起こらない。
……もしかして聞こえてなかったか? なんか遠そうだしな。
聞こえてないならしょうがない。
「すぅー……臨!・兵!・闘!・者!・皆!・陣!・列!・在!・ぜーんっ!!!」
全力を込めた。魂込めた。つまりは、俺を込めた。
そして、四十九日が終わり、一通りの儀式は終わった。
――わかったことがある。
そもそも発想が間違っていた。
ようはアレだ、俺は駆け出しなわけだ。幽霊検定初級なわけよ。
そんな最初から迎えに来てくれるなんていうほど、人生甘くはできていない。
まぁ、そりゃそうだ。よくよく考えてみりゃ、わざわざ迎えに来るなんざVIP待遇である。
そんなのないない、常識的に考えて。
つまりは、ある程度経験を積めということなのだろう。
下積みしてようやくパスが取れる。そういうシステムだ。
世の中いろんなシステムで動いているのだ。関心するね、本当こんなのよう考えるわ。
さて、幽霊の下積みなんてすることは一つだ。
脅かし要員。そう、人の後ろについてまわりペタペタ足音をさせて、忍び寄るとかすればいいわけだ。
世の中の幽霊騒ぎの正体見破ったりって感じだ。頑張ったんだな先輩方。
トイレの花子さんとか最初にやった奴は、きっと即行でパスを貰えたに違いない。
もちろん、やるからには俺もそんなレジェンドを目指す。
初代花子さんに『君には負けたわ……』って言わせちゃる。
ところで、俺以外の幽霊に遇わないのはやっぱ不正防止のためなのか?
相談なんかさせず個人の自由な発想でやらせて発想力を見るって奴か?
正直チームプレイもやってみたかったんだけどな。
逃げても逃げても追ってきてその内廊下で挟み撃ちとかやってみたかった。
後、寝苦しくて起きたら複数の人が自分を見下ろしていたとかいい感じだ。これは、確実にポイントを取れる自信がある。
まぁ、無いものねだりもしょーもない。
「さぁ、始めようじゃないか。同期のトップ頂くぜぃ」
見えぬ同期の桜にエールを送りつつ挑戦状を叩きつけた。
下界というか普通の生きている人間の世界は、葬儀の終わったほんの数日で俺のことなど忘れ、自分たちの暮らしに戻っていた。
薄情だとは思わない。俺だって、他人が死んだときは同じように行動するだろう。
それに、忘れられた方が恨みつらみというネタでいけるから都合がいい。
「誰からいくべかな~」
頭の中で怖がりそうな奴を検索する。該当者はすぐに発見できた。大木、通称ビビり大木だ。
まぁ、最初はイージーで行ってはずみをつけようか。
――ビルの屋上の上。
清掃業者すらめったに立ち入らないであろう場所でポツンと体育座りをしている男が居た。
「なんだって~……」
頭を抱える。驚かそうと思って近くまで来たのはよかったのだ。それからが問題だった。
近くまで行ってようやく気づいたのだ。驚かす手段がないことに。
とりあえず、耳元で大声で叫んだり、床をドタンバタンと暴れまわったり、念力等のまだ見ぬ力に頼ってみたりしたが、全部駄目だった。
おかげで悟った。スルーされるって悲しい。イジメかっこ悪い。
これはスキルが足りないのか? スキルの問題なのか?
どうすんのよ? 修行編に突入か? 自分でナレーションつけて、
――漢は立ち上がった。己の使命を果たすために。
て、やっちまうか。かっけぇな。
「うひょ~」
アホな妄想を脳内からばら撒きながら、体育座りの体勢を崩さず床をごろごろと転がる。
「何をやっているのですか?」
鳩だ。
まごうことなき鳩が俺に話しかけてきている。
理解すること数瞬。正座に座りなおして姿勢を正す。
「お待ちしておりました!」
そう、お迎えだ。お迎えに違いない。特別ルールかなんかで回収されるのだ。
人間最後は運が大事だ。まさに真理だね。
「……待っていたとは?」
「あなたを、お迎えを待っていました!」
「……あぁ、そういうことですか。」
「はいっ! 割と待ったような気もしますが全然そんなことないです!」
言外に待ったと抗議の意を持たせるがこれぐらいは許される……よね?
「まぁ、そんなことはどうでもいいんです。手短に言います、この次元から去りなさい」
「はいっ! ……てっ、えっ?」
「あなたはこの次元において毒でしかありません。質量を持たない不安定なエネルギー体であるあなたを、この次元に置いておくことはできません」
「はい?」
「従って、平行世界に属する世界に飛ばします。次元跳躍の過程で質量変換が起こりますからそこで安定化なさい」
「ちょっ、ちょい待ち! 何を言ってるのか――」
「――では、ごきげんよう」
鳩の目が怪しく光る。
「人の話を――」
――瞬間、意識がブラックアウトした
――目を開けたらゴミ置き場で寝ていた。
どこぞの酔っ払い親父ですか俺は。
「ここは誰? わたしはどこ?」
とりあえず口にしてみる。うむ、どうやら頭は正常のようだ。
というか、マジでここはどこなんでしょうね?
辺りを見回してみても見覚えがない。
見たところ工業地帯だろうか?
いたる所から煙が上がっているのを見てそう推測する。
「そこで何をしている!!」
ビクッとし振り返ると、
そこにはどこかで見たことあるような制服をつけて、これまたどこかで見たことあるような物を俺に突きつけたおっさんがいた。
「あ……ありのまま、さっき、起こった事を話すぜ!
『鳩に見つめられたらいつの間にかあそこに居た』
な……何を言ってるのか、わからねーと思うが俺も何をされたのかわからなかった……、頭がどうにかなりそうだった……
催眠術だとか超スピードだとか、そんなチャチなもんじゃあ、断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……」
「……」
現在、ここは取調室。
俺を捕まえたおっさんが可哀想な子を見るような目で俺を見ている。
その視線の成分はもちろん俺の境遇に同情したとかそんなものじゃない。
単にうわ~この年で可哀想にってやつだ。
ちなみに、この年というのは、俺様今現在見た目の推定年齢5歳なのである。
いわゆるショタだ。
トイレで鏡を見てびっくりだ。
なんということでしょう。そこにはショタな銀髪の少年がおりましたとさ。
断っておくが俺は銀髪なんかじゃなかった。当たり前だ典型的な日本人に銀髪が居たらそいつはなんか設定を持っている。
くっ、俺の“銀”が疼く……。そろそろか……とか呟かないといけない。
残念ながら病弱というステータス以外に特殊ステータスは持ち合わせていなかった。
せいぜい呼吸が苦しくなったときや吐血した時に中二病ごっこが出来る程度の代物だった。
それがなぜかこんな姿に。beforeの面影がまったくない。全面整形でもこうはなるまい。
……思うにイメージが優先された? 俺の幸せ脳みそが鳩が言う固定化に影響を及ぼしたか?
にしてもショタのイメージなんか普通ないぞ。せめて中高生だろ。
イメージを現実に補う故の低年齢化か?
自動調整たぁ便利だな。ここは鳩スゲーって事にしとくか。今度あったら焼き鳥にしちゃるけども。
まぁでもロリにならなかっただけ感謝か。その可能性は高かったと言わざるを得ない。
……いや、ここは残念がるところだろうか?
「あそこに居たのはこの子?」
綺麗なお姉さんが入ってきた。それを見て、あぁ本当に来ちまったんだと思う。
どうせならもっと軽い世界でもよかっただろうに……。まったく、なんて空気の読める鳩なんだ。
「おぅ、クイントか。お疲れさん。そうよこの坊主だ。だが、さっきから埒があかない。意味不明な事ばっかり喋りやがる」
「……身体検査はした?」
「やったやった。出てきた結果は、これと言ってない普通の人間だ。総魔力量がAと高い以外は特になし」
「!?」
なにやら聞き捨てならないことを聞いた。
聞きまして奥さん? Aらしいですよ総魔力量。
自分の持病をネタにしてきて早20年。おまえの持病ってのは中二病のことなんだなと言われ続けて幾星霜。
ようやく報われたよ。
吐血しても『くそっ暴れるんじゃない、お前の出番はまだ早い! 今は俺にまかせろっ!』とか言ってたかいがあった。
年齢は低くなったがこれなら十分にお釣りが来る。ありがとう俺の脳みそ。viva邪気眼。
母さん――俺、きっと幸せになるよ――。
「そっか……。ねぇぼく? あっ、えーっとこの子の名前は?」
「それがなぁ、それすら喋らねーのよ。名前は?って聞いたら『名前なんて飾りです。偉い人にはわからんのですよ』
とか意味のわからんことを繰り返すのよ」
「あはは――んっ。えーっと、名前を教えてくれないかな?」
にっこりと極上のスマイルをこちらに向けてくるクイントさん。
「フリード。フリード・エリシオンです!」
「って、おい!」
おっさんがなんか喚いているがしょーがない。
綺麗なお姉さんが名前を教えてくれといったんだ、教えないわけにはいかない。
正直、名前どうすんべってずっと思っていたがなぜか瞬時に閃いた。
男ってやーね。
その後、色々話をしたが要約するに、
いきなり膨大な魔力反応があったので現場に急行、
そこに、俺が居たので事情聴取のため連行、
だが、調べてみても何も出ず。
結局、あれこれ議論する内に大規模な転送事故に巻き込まれたということに。
まぁ、報告書には何か書かないといけないわけで、無理やりにでも結論付ける必要があったという大人の事情が垣間見える。
「ほら、坊主。字は書けるんだろ? 一応ここに書いておいてくれ」
そう言っておっさんが紙を手渡してくる。結論が出たためクイントさんが退席したので、おっさんと再び二人っきりだ。
「何を書けと?」
というか日本語でいいのだろうか。
「ほら、そこの欄。そこに坊主がここに来てから覚えてるだけでいいから書いてくれ」
て、言われても話した事で全てなんだけどな。書いたら何か出てくるとか思っているのか。
いや、単に報告書に書く裏付けが欲しいだけか。
ちなみに、死んで云々は話してない。話したら今度は精密な精神鑑定とかされるかもしれない。それは、流石に御免こうむる。
う~ん、とおっさんが相手なので、やる気があまりわかない頭を捻り何を書くか考える。
――目が覚めたらどこぞの工場のごみ置き場で寝てたとさ。
考えるも何もこの一文で終わりだ。それ以前だと鳩が入ってくる。じゃまだろう鳩は。俺的にもおっさん的にも。
しかし、よくよく考えて見ると割と洒落にならない気もする。
5歳のガキが寝て起きたらゴミ置き場だった。
トンネル抜けたら雪国だったなんてレベルじゃない。
そう考えるとこのまま書くのはネタ的に惜しい気がする。
文体を変えてみるか
――意識を覚醒させ、まだ光に慣れぬ目を開けばそこはごみ置き場だった。
なんというか、おもしろくないにも程があるな。それに雅を感じない。
いや、もっと脚色してみりゃどうだろうか?
――意識を覚醒させ、まだ光に慣れぬ目を開けば、そこには現代社会の亡骸達が横たわっていた。
おっ、いいんじゃね? なかなかいける。
しかし、キャラじゃねーな。もっとこうね。
ここは、いっそライトノベルっぽくか?
――いい夢を見ていたようだ。そんなことを思うのは良い夢ってのは大抵が思い出せない。悪い夢ほど起きたときに覚えてるものだからだ。
遅刻する夢を見て本当に遅刻をした、なんてシャレにならないことをつい先日やらかしたばかりで余計にそう思う。
思うに神様ってのはハッピーエンドが嫌いなんじゃないだろうか? 夢の中ぐらい好きに見させてくれよといつも思う。
だいたい、夢の中なら好きなことができるなんて誰が言いだしたんだろうな?
遅刻するって焦ってるのに、夢の中の俺はいっこうに来ない電車を、ずっと待ってやがりましたよ? あれか? 孔明の罠か? 流石だな孔明。
神様と中国の偉人に文句を言いつつ、意識を目の前に向けた。
……今度は誰に文句を言えばいいんだろうな? 苦情受付先はどこだ?
そこは、どこかで見たことあるというか、いつも見ている気がする。特に朝に。
俺の部屋は……そうでもないから、友人のちょっと世間の荒波に疲れちゃって、時代の最先端を突っ走っている自宅をこよなく愛する野郎の部屋の臭いがする。
まぁ、そのあれだ。なぜか俺はごみ置き場にいた。
うーん。いまいちテンション上がらんな。
中二病が足りんか?
――夢を見ていた。
最早、誰も見ることが叶わぬ、自分すらも忘れてしまった夢だ。
希望というにはあまりに儚い。
……だが、立ち上がるのには十分すぎる。
ゴミ捨て場?
上等。ゴミならゴミで結構。
屑には屑なりのやり方ってモンがある。
見せてやろうじゃねーか。
奇跡って奴の起こし方をよ。
ゴミ扱いされた奴らが見せる最高の舞台をよ!
「来るがいい収集車。ゴミの貯蔵は十分か?」
……これでいこう。
「おっさん。書けたよ~」
「おっさんって言うな! んっ? これは、あ~坊主のとこの字か?」
これからなんか分かるかもなとぶつくさ言いながら翻訳にかける。そんなのあるのか便利だな魔法。
まぁ、そんなことより目下の問題がある。
「腹減った~」
お腹がさっきから切実に不満を訴えている。
生きてる証拠なので地味に感慨深いものがあるが正直つらいだけだ。
最後に食べたのは何だっけっか? カップラーメン?
いいねラーメン。食べたいねラーメン。
「おら、お腹がへって力が出ないだ~。おっさん、なんかくれ」
「だから、おっさんって言うな! あ~、まぁちょっと待ってろ。もうすぐ終わるから」
ちょっとってどれぐらいなのよ。何時何分何秒地球が何周回った時間よ。
もう誰でもいいから俺に恵んでくれよ。どこぞのアンパンの脳みそでもいいよ?
と、翻訳が終わったのかおっさんが食い入るように文章を見つめている。
どうだろうか? なかなかだと思うんだけども。
「……坊主、おまえとは話をつけなきゃならないらしい」
――その後、様子を見に来たクイントさんが止めるまで言い争いは続いた。