いいですかユーリック、錬金術師の最大の武装は心構えです。
多くの知識と習得し研鑽した技術を常に最大効率で発動できる集中力こそが複雑な錬成を行い続ける錬金術師の闘いに必須とも言えるものでしょう。
―――故に、心が強ければ何者にも負けることはありません、心が折れる事を敗北と言うならば、心が折れなければ敗北の文字はありません。
貴方はまだ幼いが、いつか人間兵器として借り出され、あなた自身が戦う日が来ることになるでしょう。
貴方には強い意志はあるがそれに伴う力がまだ足りません。
だから今のままではすぐ捨て駒にされますよ?
その日までに強くなっておきなさいユーリック、精神ぐらいはね。
貴方には期待していますので、これは国家錬金術師の先輩としての助言です。
だから楽しみにしていますよ【妙薬の錬金術師】。
その時を
貴方が錬金術で人を殺す
その時を。
イシュヴァールの内乱が終決した後、【紅蓮の錬金術師】は別れ際に笑いながら私にそう言った。
その時はそんな言葉を話し半分に聞いていた。
【紅蓮】は私に対していつも皮肉や嫌味しか零さない人間だったから。
それに人を殺す未来なんて想像するのも嫌だったから。
だからその悪意かそれとも好意か判らなかったが、彼が私に向けた今の私にとって最大の助言になっていた筈の言葉を否定し、忘れていた。
今そんなモノを思い出しても、もう遅い。
なのに、迷い、悩む。
5話下
闘いは既に始まっている。
銃弾を一発、見当違いな上空に放った。
警告の銃弾、来るなら撃つという意思表示の銃弾。
警戒に値しない銃弾を男は見向きもせず、両手を構えたまま静かにユーリックに対し殺意を向けている。
そしてゆっくり距離を詰めて来ている。
もし、今この時にこの目の前の男に銃弾を放っていたらその瞬間殺されていた。
男に向けた殺意の銃弾が男にとっての開始の合図、ユーリックという一人の人間を殺戮するため合図になっていただろう。
ユーリックは男の容姿と一切隙の無い構えで理解していたのだ。
少し間違えば死ぬ、油断をしてはいけないと、闘いでは油断こそが死を呼び寄せる。
ユーリックは推測していた。
褐色の肌。
銃を向けられた時にも揺らぐことも無かった微塵の隙も無い姿。
サングラスをしているせいで瞳の色は見えないが、赤いであろう眼でユーリックに向ける眼光、極まった殺意。
そしてアメストリスではあまり重要視しない神という言葉。
人でありながら鬼と呼べるような殺気を出せる人間は須らく極まった人間だ、そうあたりをつけ、推測を終わらせる。
多分この男は、イシュヴァールの武僧だ。
かつてイシュヴァール内乱において、銃火器で武装したアメストリス国軍兵10人分とも言われた化け物。
しかも
素手でだ。
戦闘慣れしていないユーリックでは絶対に勝てない存在。
目の前の男のような極まった存在に打ち勝つには更に極まった存在でなければ無理である。
ユーリックにとって勝利するというイメージは既に幻想であり
闘いにおける、勝ち目と呼ばれるモノが零な事をすぐに理解していた。
闘いにおける敗北は死だ。
故に闘いに勝つという可能性を放棄していた。
そして生きる、という可能性を探し出す。
相手を打ちのめす闘いではなく、自分が生き残る闘いをする。
そしてユーリックは思考という行為が今の自分を救う鍵だと信じて最大限に思考を高速化させる。
「貴方はどうして私を殺すんですか?……教えてください」
男の歩みが止まった。
お互いの距離はまだ少し遠い。
まず戦闘に置ける大事なことである周囲の地形の把握。
狭い裏道、いや裏路地とも言ってもいいだろう。
周囲には廃工場があるのみ。
ここは人通りが少ない場所だ。
運が悪い。
「言っただろう?…神の代行者として貴様を殺すと」
男は全身に力を籠めながら答える。
「私は貴方に殺される明確な理由がありません、そんな抽象的な言葉で殺されることに納得なんて出来ませんし、したくもありません」
ユーリックは会話を行い、時間を稼ぐ。
生を掴むために、生きていられる時間を延ばすために。
そしてその間も思考を止めない。
ユーリックは考える。
白衣の内ポケットには錬成陣を書いた薄い鉄板のカードが詰まったあのカードフォルダがある。
それを出して使う?
白衣からフォルダを取り出し、開き、カードを選別して、抜き出して、地面などに錬成陣を配置して、錬成の開始をして攻撃?
不可能、不可能だ。
「納得だと?貴様等錬金術師に言葉で理解を得ようとは思わない、死をもってして自らの罪深さを理解しろ」
その前に確実に殺される。
そんな時間は無い、闘いは始まっているのだから。
今は闘いが始まる瞬間であり、闘いに挑む前の準備の時など既に終了している。
何故だ。
なぜ先程、銃ではなく錬成陣を選択しなかったのか?
「貴様等?……貴方は私個人ではなく、国家錬金術師に恨みか何かあるんですね?」
それは錬金術で齎される破壊を人に使うことを無意識に忌避したからだ。
その愚かな選択がユーリックに破滅を齎すことになるのに。
だが後悔はせず今を考える、ユーリックにはユーリックの形がある。
それが先程の答えだったなら仕方が無い。
「自分は貴様等国家錬術師にただ、教えてやるだけだ……創る者もいれば壊す者もいると」
最初の答えは出した、しかしそれは失敗だった、間違った答えだった。
「だから殺すんですか、平和的解決は無理ですか?……私は錬金術という学問の素晴らしさを貴方に理解して貰うために長話をしてもいいですよ?」
考えながらも、適当なことをユーリックは口走る。
そして思考している。
答え。
ならば次の答えがある。
次の答えを見つける。
「その素晴らしい学問とやらが何人の人間を不幸にさせた?イシュヴァールの内乱を知っているだろう、あの地獄を」
「ええ、解ります」
その瞬間。
「―――解るっ!?解るだと!?貴様が其れを言うか!?国家錬金術師風情がっ!!」
男が激昂した。
静かで鋭利だった殺意が炎のような激情の殺意に変わる。
自分が時間稼ぎに適当に行っていた会話は相手の殺意を引き出す挑発になっていたらしく
とんでもない威圧感が自分に襲いかかる。
が、今は考え事に忙しくて構ってられない。
そしてさらに挑発する。
「確かに錬金術は方向性を間違えば人を不幸にします、だがそれは刃物などと一緒だとは思いませんか?所詮道具、どう使うかです。刃物は人を殺します、それは不幸です。でも美味しい料理を作ることも出来ます、それは幸せです、そういうことではないのですか?選択しだいで変わります、錬金術はそうは思えないのですか?………まぁ、あなたが多分信じているであろう教義ではそう思うのは無理でしたね」
ユーリックは微笑んだ。
二十歳の女性でありながら少女のように、少年のような幼さをどこか残す笑顔で。
考え事の忙しさであれほど苦しかった気持ちが落ち着くなんて。
散々怖いと思った人間相手に挑発なんてしてしまっている。
「ふふ」
(はは)
生きていると自分自身の事でも時たま眼を剥くような新しい発見がある。
故に生きているというのは楽しいことだ、新しい発見は面白いから。
それに死は誰かに与えられるものではなく自ら迎えるものだ。
だから闘え。
もっと楽しくありたい、幸せでありたいのなら。
闘え。
そうユーリックの意識が囁いた。
そして一気に思考を加速。
銃は駄目だ、牽制程度にしか使えない、四発しか残されていない、心もとない弾数でありメンテナンスも長くしていないので連射時における弾詰まりの可能性もある。訓練した兵士でも武僧には勝てないのだ、素人のユーリックでは不可能に近い、ならば錬金術だ、錬金術は多彩であり戦闘に持ち出せば様々な攻撃を行える。
だが遅い、もし上手くいったとしてもユーリックの今の乱れた心では多彩な攻撃は発揮できない、故に一度否定した、だが打撃攻撃を一撃耐えながらでも錬成陣を取り出せば勝機がある、相手は素手、どんなに極めた一撃でも急所に当たらなければ必殺にはならない、だが肉体にまともな判断できなくなるような攻撃をうければ連続した打撃につながりその身を砕かれる。
駄目、駄目。
残されたのは逃走、相手はいつでもこちらに迫りユーリックを砕く用意はできている、背をむければ著しく回避能力はさがる。
もし相手が銃を持っていたならば無防備になった背中を打たれ殺される、それに相手は手札をまだみせてもいないのだ。
強引な考察で構えから格闘だと推測を得ているが、推測であり確定ではない、逃走をしても逃げ切れるとは限らない。
だが決めるしかない。
逃走
銃撃
錬金術
三枚の手札の内のどれか。
そのうちどれかを決める。
そして命を賭ける。
「くだらない、くだらなすぎる…もういい貴様はもう喋るなさっさと死ね」
男はユーリックのふざけた言葉に怒り心頭なのか殺気を増大させ腕に力を込める。
最早、会話に答えてくれる気持ちは男にないのだろう。
何を喋ろうとも、もう聞く耳を持たないだろう。
時間稼ぎはもう終わり。
だから。
決めた。
「そうですか、私は死にたくありませんっ!だから闘います!戦います!!」
ユーリックは相手にそして自分に打ち勝つために吼えた。
それは確定した勝利を導き出すために命を賭けるという決意の表れ。
今度はユーリックが相手を威圧するように今度はユーリックが睨む!
男は構えたまま貴様など軽く向かい撃つ、とこちらを睨む。
そして睨みあう。
「来るか、国家錬金術師!!」
そして男も吼える、凶獣の咆哮。
「だから!」
弾丸を放つ。
相手の勢いを削ぐ銃弾。
落ち着いた心で狙っていた。
これは回避運動を行わなければ避けられない。
案の定相手は回避運動を行うために右側に飛んで避ける。
そして、避けた瞬間、足に力を籠め、駆け出し、加速していき、まだ少し遠い自分に辿り着き、自分を襲うだろう、殺すだろう。
さらに銃を狙って二発連射、ユーリックの銃はやはり良い銃だったらしく、軽やかな連射だった、弾詰まりも無かった。
これも狙った銃弾。
相手はまた回避運動で横に避ける、まるで獣のような俊敏な動きで。
流石だ。
やはり武僧。
銃口を見て射線を予測して避けたのだろうが、それが出来る人間はもはや怪物。
「逃げます!!」
勢いよく体を反転させて走り出す。
両手で構えた銃はすでに片手に握られている。
命を懸けた逃走は始まっていた。
生きるための闘いの逃走。
これがユーリックの闘いだ。
走る、走る。
相手の殺意を振り捨てるように逃げる。
「―――っ何!?」
兵は詭道なりと言わんばかりの行為。
それが上手く男の虚を突いた。
男の駆け出しが一拍遅れた。
ユーリックはさらに加速して逃げる。
その間に片手で白衣の内ポケットのカードフォルダを開ける。
これだ!
最も初歩的な錬成陣のカード。
それは今日起きた列車テロ事件の時に使った錬成陣のカードだ。
仕舞ったときに無造作に一番前に入れていた。
そのだらしなさがユーリックを救う。
故にどの構成の錬成陣かわかっていた。
そしてそのカードを抜き出し自分の走っている先に放り投げる。
カードは放物線を描き、地面に落下する、ユーリックが進む方向に。
そして走り――――ユーリックは地面に落ちたカードを右足で踏んだ。
「がんばって回りこんでから追いかけてきてくださいね、その前に私は逃げ切りますけど」
錬成を開始。
自分の背後に巨大な壁を創り出した。
裏道の道そのものを閉ざすような大きく広い石の壁。
建造物の錬成は苦手だが、ただ単純に大きく平らな壁ぐらいは錬成はできる。
それぐらいできなければ、国家錬金術師などというモノは名乗れない。
銃を撃ち、逃げ、走っている間に錬金術の構成を練り、錬成する、考えた果てに行った一連の動き。
ユーリックは全ての手札を使ってみせたのだ。
故に
「そんなものか」
「―――え?」
それが砕かれれば自信を失う。
ユーリックがカードを拾い、男から大分離れ、背後をみた瞬間。
錬成した壁に電光が奔ったかと思うと、亀裂が入り、吹き飛ばすように破壊された。
ばらばらに砕けた壁には男一人分の大きさの穴が開いていた。
人間の手で殴って壊せるような甘い構成で錬成した壁ではなかった。
それなりの厚みもあった。
それなのに
「何故!?」
「言っただろう――――創る者もいれば壊す者もいると」
男は走り出し、ユーリックに迫ろうと加速していく。
速い、ユーリックの逃走速度よりも遥かに速い。
「まだ!」
もう一度、逃走しカードを放り、踏みつけ、再度背後に壁を錬成。
焦りがその身を襲ったせいで先程よりも構成が甘い壁。
そしてまたその壁は砕かれる。
「くっ!?」
砕かれた壁の細かな破片が飛んで、ユーリックの頭に掠る。
ユーリックは頭だけ振り返し、壁が砕かれていく様子をみて、気づく。
「錬金術を使っている!?」
錬成反応の光でわかった。
この男錬金術を使っている。
重要なのはどういう理由で男が錬金術使っているというものではなく、それに対し自分はどうするかだ。
思考を中断し再び走る。
だがどんどん近づかれている。
恐ろしいスピードで迫ってくる男、自分が錬成するものをいとも簡単に破壊する男。
自分を見る殺意の眼差しが再び焦りに襲われたユーリックを襲う。
冷静にはもうなれない、必勝の策は無惨にも打ち破られ、あとは殺されるまで数秒。
もう策はない。
だから今はただ足掻くことしかできなかった。
白衣の内ポケットのカードフォルダを再び開き、慌てて探りだす、どの錬成陣でもいいからと。
手に冷たい鉄のカードの感触を感じた瞬間引き抜く。
だが、混乱した状況で無理矢理引き抜いたせいでフォルダごと白衣から飛び出し、錬成陣が書かれたカードが地面に落下して散らばってしまう。
「ああっ!?」
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
男は迫っている。
後数秒もない。
そして男は腕を振りかぶりユーリック目がけて、迫る。
「終わりだ」
死ぬ。
「――――。」
そしてユーリックの意識が真っ白に染まる。
20番通りのオープンカフェ、ベイリー。
店主がなんの目的にこんな場所に開いたかわからなくなるほど人通りがない場所にあるカフェ。
そのカフェには客は二人しかいない。
男性と女性の二人。
その内の一人の女性、美しい黒髪を首元に掛かる程度まで伸ばしていてそれがとても似合う30近くの女性。
パトリシア・クイーンロウ中尉は久しぶりに会う妹分の事を考えながらコーヒーを飲んでいた。
「まだですかユーリは」
ユーリック・バートン。
パトリシアにとって彼女に会えるのが何よりもの楽しみだった。
いつも「パティ、パティ、錬金術で面白い物を創りました」とコロコロとした綺麗な蒼い眼をキラキラさせながら自分の発明をパトリシアに見せたりして
「これどう?これどう?凄いですよね?凄いですよね?」と人懐っこい子犬の様に纏わりついてくる可愛い妹分。
パトリシアが「おいしいですよ」とか「便利ですねコレ」とか言うだけで本当に幸せそうに喜ぶあの妹分。
「まだですか?」
早く会いたい。
あの妹分は南部の国境守備の激戦で疲れきった心を癒す最大の薬だ。
【妙薬の錬金術師】はパトリシアにとって、そこに居てくれるだけで、最高の妙薬になるのだ。
「まだですか?」
今度はどんな美味しい食べ物を自分に作ってくれるんだろうか?
男臭い戦場の中で気疲れした自分。
そんな自分の為に料理を振舞うユーリック。
そして自分が食べている姿を見て可愛らしく微笑むのだ。
「まだですか?」
「うるせぇなぁ、あと数分だよ待ち合わせまでは……少しは静かにしながらコーヒーを飲んでいやがれ」
そんな自分の気持ちに水を差す邪魔者がいる。
無駄に彫が深い顔と顎に汚い無精ひげを生え散らかした金髪の男。(パトリシア視点)
「黙りなさいキャデラック少尉、あと数分もあります、私は一刻も早くユーリに会いたいんです……ユーリのミロに比べればこんなもの泥水です」
ジョン・キャデラック少尉。数少ない女性軍人にワイルドで良い男、とか言われて人気があるが、自分にはその良さがわからない。
軍人は基本全員ワイルドだ、こいつだけではないのだ。
多少顔が整っているだけで他は駄目だ。
癒し分が全く無いから駄目だ。
ダメダメだ。
「ああ、わかったわかった、理解した、中尉どのがあれだけクルーガー大尉に口説かれても靡かない理由が」
「理由?」
「あんた同性愛者だったのか」
「んな訳ないです、癒しの問題ですよキャデラック少尉……それに上官に対して生意気な口叩き過ぎです、張り倒しますよ?」
「俺の直接の上官はクルーガー大尉だこの猪女、押し倒すぞ」
「やってみやがりなさいその瞬間微塵切りですよ?貴方が何時も自慢する男性の象徴がね」
「うわっこえぇ、流石、南部で轢き逃げ女と怪談になる女だ、殺気が半端ねぇ」
「怖いなら黙りなさい、それにクルーガー大尉は良い軍人ですが、堅物過ぎますから私の趣味じゃないです」
「ひでぇ、あの堅物上官殿は一応、お前が大好きなユーリックお嬢の兄貴だぞ?」
「知らないです、あんなゴツイの………私はユーリが好きなだけですから、あとバートンの人間で好きなのは
少将とその奥方だけです、あの方達、ユーリに優しいですから」
「いやぁ、そんな理由でもあの化け物少将殿を好きだとか言えんのあんただけだぜ、中尉」
「確かにそうかもしれませんね、この前、朝礼で叱られた時、みんな下を向いて震えていましたからね」
「54であれとかないだろ、未だに暇だからとか言って俺等を訓練でボコボコにしてくんだぜ?多分あの少将殿がアメストリス軍最強だろ」
「自分よりも総統の方が圧倒的に強いなどと、この前少将は仰ってましたよ?だからアメストリス最強は多分総統閣下です」
「マジで?あれより強いとか人間か?」
「昔、お気に入りの銃を真っ二つに切断された事があるらしいです」
「あ、それ聞いたことがあるな、あれだろ?バートンコレクション破壊伝説」
「少将が総統にお気に入りの銃を見せびらかしに行くたびにその銃が総統の軍刀で切断される、という逸話ですね」
「いや、まぁ、少将ウザイからな、無駄に銃を持ち歩くし……すれ違うたびに俺みたいな下っ端にも自慢話してくんだぜ?何時間も」
急ぎの仕事がありますから、とか言っていっつも逃げんのよ俺、とぼやくキャデラック。
「まぁ、私は最後まで話しに付き合ったことがありますけど、その後カンプピストルくれましたよ、しかもカスタム」
「まじで!?」
「マジです」
ほら、とパトリシアは足元に置いていたショルダーバッグからそのカンプピストルを取り出してテーブルにコトリ、と置く。
「なんだこの装飾」
小型擲弾発射器であるカンプピストルの銃身には銀の幾何学模様の装飾が施されていた。
「少将は生産会社から直接頂いたらしいですけど、「これ趣味悪いからいらん」と私にくれました」
「確かに悪趣味だ………それに撃ったらこの装飾剥げるぞ、多分」
「カスタムはカスタムですけどね、ほらストックの先がゴムのクッションで覆われてますよ……ですけどねぇ」
「だよなぁ」
そういいながら二人は益体もない話をしていた。
会話に華を咲かせるゲストはあと数分でくる。
それまではこうして話をして時間を潰すのも悪くはないか、とパトリシアは目の前にいる軽薄な男の会話に付き合うことにした。
そして
「おい、中尉」
キャデラックが何かに気づきパトリシアに言う。
「なんですかいきなり、欲しいならこの銃あげますよ?20万センズで」
「それはあげるとはいわねぇ、そんなことよりもあれを見ろ」
「煙?」
キャデラックが指した方向の中空が灰色に染まっていた。
19番通りの方向だ。
灰色が立ち昇っている。
「ボヤかなんかか?」
「こっちまで飛んできます、煙じゃなくて何かの粉塵じゃないですか?」
パトリシアは風に乗ってオープンカフェのテーブルに落ちた粉塵を指ですっと擦る。
「粉塵ですね」
「可燃性じゃねぇだろうな?小麦粉とかだったらやべぇぞ?」
「小麦粉があんなに大量に舞うはずもありませんよ、なんの理由があって舞うんですか?」
「誰かが数トンの小麦粉を密輸しようとしたが、それが露見し失敗、で爆破とかか?」
「馬鹿ですか貴方?―――幼年学校にでも入り直して作文でも書いてきなさい、それに灰色の小麦粉なんてありませんよ」
「うるせぇって―――――粉塵が舞っている方角から誰か来るぜ……あの体型だとユーリックお嬢じゃないか?」
「ユーリ!?本当ですか!?私には見えませんけど!?」
「おれは狙撃兵だぞ、てめぇよりも何倍も眼がいいんだよ」
「うるさい!貴方のどこかの原住民並の視力は知っています!本当ですか!?」
「多分な…教えてやってんのに原住民扱いはねぇよ」
「嫌な予感がするので行ってきます!!」
パトリシアは突然駆け出した。
手に持っていたコーヒーカップを放り投げ、コーヒーを地面にぶちまけながら。
「あっちょっとまて!……ってはえぇ!?」
気づいた時にはもう遠くまでパトリシアは走っていってしまった。
ぶちまけられたコーヒーと割れたカップを見て、キャデラックは溜息を吐く。
「どうすんのよこれ……俺が弁償すんのか?」
んな急ぐ必要もねぇだろ、と思いながらキャデラックはズボンのポケットから財布を抜き出して立ち上がった。
ユーリックを見失った男は灰色に包まれたサングラスを外して呟いた。
「逃げられたか……」
ユーリックに向けられた人体破壊の一撃はユーリックの形振り構わず頭から地面に飛び込んだ本能的な回避によって避けられた。
無様に地面に倒れ、転がるユーリックに男は次の一撃を見舞うために腕を引いた。
その瞬間に銃撃を食らわされた。
男の一撃を飛び込んで避け地面を転がるユーリックはそれでも手から銃を離さなかったのだ。
残された最後の一発。
その銃撃を男は素早く回避したが、僅かな時間をユーリックに作り出した。
その僅かな時間がユーリックを救った。
ユーリックは地面を転がりながらも地面に散らばった錬成陣に手を伸ばし――――。
ユーリックはミロなどの粉末状の食べ物を作るためだけに構築した錬成陣を使って
周囲の地面の物質をありったけ男に向けて錬成した。
地面を這う蛇のように男に奔る錬成の光。
そして飛び出すのは粉塵の塊。
男は自分に向かってきたものに気づき、破壊の腕を伸ばしたが、それが逆効果になり、大量の粉塵が男の周囲に舞い上がった。
今日一日、運が悪かったユーリックだが、一つの幸運があった。
今日は雨が降らなかったこと。
もし雨が降っていたら、粉塵は舞い上がらなかった。
ただそれだけ。
ただそれだけのことがユーリックの生命を救った幸運だった。
舞い上がった粉塵は男の周囲を埋め尽くし視界を奪った。
そしてユーリックは男の視界が奪われている間に粉塵を肺に吸い込まないように白衣の袖を口に当てて逃走した。
男は顔に付いた粉塵を払う。
男の全身は粉塵まみれ、薄黄色のジャケットは灰色になっていた。
髪に積もった粉塵が風で落ちて男の顔に降り注ぐ。
そして男の鼻の中に粉塵が入る。
「……………こふっ」
結果的に男にとって今日この日は、善い日ではなく、散々憎い国家錬金術師に挑発され、殺せると喜んだ瞬間
全身を粉塵だらけにされるという災難の日だった。
ユーリックは男にとってただ狩り取られる時を待つだけの獲物だった。
しかしその獲物は兎などではなく
「まるでスカンクのような女だ………」
男はユーリックが置いていった錬成陣が書かれたカードを握力のみで折り曲げて放り捨てる。
そして次に出会えば必ず殺す、と男は決意し、粉塵を払いながら何処かに歩き始めた。
裏道を真っ直ぐに脇目も振らず16番通りから20番通りまで駆け抜けたユーリックは
眼に粉塵が入ったせいで起きる生理的反応で涙を流しながら歩いていた。
「逃げ切れた………」
まだ走りたかったがあの男の一撃を無理に回避したせいで捻った足が、とても痛くなってきて歩くことしかできない。
それに悲しい、錬成陣のカードフォルダはお気に入りだったのにあの場に捨ててきてしまった。
分解からの再構成の過程で繊細さが問われる錬成を自棄で大量に行った所為か脳が焼けそうなほど頭が痛い。
普段は手軽な大きさの物を錬成しているのに当たり周囲を埋め尽くすほどの粉塵の錬成。
軽いリバウンド現象だ。
幸いに脳の情報処理のオーバーロードで肉体には影響しないほどのものである。
それでもこれから数日は寝込んでしまうだろう。
でも勝った。
生き残るという賭けに勝った。
相手に勝つのではなく自分自身に降り注いだ災難に打ち勝ったのだ。
ユーリックは倒れそうになりながらも必死に歩く。
だが足が縺れ、身体に浮遊感が襲い倒「ユーリ!!」その前に誰かがユーリックを支えた
身体を支えたのは
「パティ?」
「そうです!パトリシアです!なにがあったんですか!?ユーリ!?」
「頼みたいことがある…私を……早く…安全な場所に…」
もう意識を保っていられない。
「ユゥウウウウウウウウウリィィィイイィイイイイイイイイイ!!!!!!!!」
パトリシアが叫ぶ、大音量でユーリックの耳元で。
「う…るさ…」
それが最後の止めになりユーリックは瞳を閉じ意識を閉ざした。
あとがき
ユーリック生還しました。
逃げに徹したお陰の生還です。
戦闘時間は一分程度であり、もしも選択を間違ったらその瞬間にDEADエンドでした。
あとそろそろスクエニ版に引っ越そうと思います。
改訂はまだしばらくする時間がないのでしませんがこれからもこの話に付き合って頂けると嬉しいです。
では次回。