閑話2
「懐かしき我が故郷ですねー」
アメストリス南部の駅前の市場でマンゴーに似た果実の中で一番熟した物を手に取りユーリックは笑う。
「これください」
「お、ユーリックさんじゃないか、これ最近市場に入ってきたやつなんだ」
よく実家の訓練から逃げた時此処に潜んだものである。
赤毛のお嬢さん、と呼ばれた記憶が蘇る。
市場では仮の名前でアンと呼んで、などと言って遊び回っていたものだ。
「うん、お久しぶりですラックスさん」
ワンピースに白地の薄いスラックスを着た御嬢様然とした格好でユーリックは市場の人たちとの交流を楽しむ。
「おーい!みんな御嬢が帰って来たぞー!」
だんだん人が回りに集まってきた。
よく、市場で錬金術による食品加工ショーとかやったけ
ふむ。
ポーンっとユーリックは空にマンゴーを投げる。
人々は、「始まった」と声を上げる。
「ドライフルーツ錬金!」
ばちばちと電光がマンゴーを包む。
それを
「パティ」
「了解!」
自分の護衛が皿と鉈を用意し空中から地面に落下するまでに切り刻み皿に載せていく。
ドライフルーツのスライス完成である。
「こういう糖度が高いフルーツは乾燥させてドライフルーツにして食べるといいと思いますよ、保存も利くし
痛んだ部分が出やすい果実なので売れなくて捨てる前にこうしてやるとお金の無駄にもなりません」
人々にそれを配っていく。
ユーリックもスライスを摘まみ食べる。
「食物繊維も豊富で便秘、肥満に効果ありなので、試して見てください、錬金術を用いない場合砂糖漬け、なんてのもいいですよ」
乾燥させて砕いてフルーツティーもいいですよ、と笑う。
口の中に広がる果実の味。
それとともに干し柿が食べたくなる。
しばらく市場の皆様と買った食材のその場で調理による、大試食会が行なわれる。
どうせ研究の為のお金は全て私のお小遣い。
ならば国の税金だし、市場に全部落としちゃっていいだろう、とユーリックは豪快に市場の食材を買い上げ人々に振舞っていく。
「ふむ、相変わらずだねユーリック」
「あ、先生!お久しぶりです!」
気付くと一人の老人がユーリックの前に立っていた。
白い頭髪が見事に纏められ、インテリ感抜群な銀縁眼鏡が目立つ老人。
相変わらず自分と同じく厚手の白衣を見に纏ったその姿は、懐かしき我が錬金術の師である、生体錬金の達人ハイリッツ・グラード先生だ。
この先生は生体錬金による家畜の治療や品種改良を仕事としており、こうして市場に訪れることも珍しくない。
国家錬金術師の資格を持たないが、南部ではこう呼ばれている
獣の錬金術師、と。
獣といっても獣医っぽいからそう呼ばれている。
様々な気候に順応できる家畜の生産が研究テーマであり、私と似て才能の無駄遣い系錬金術師である。
先生から言わせるとキメラなぞ、金くい虫でしかない、とのこと。
「あれ、お孫さんですか」
「そうだ、名をシルビアと言う、娘の子だ」
先生の手には小さな子供の手が重なっていた。
黒髪のボブカットが可愛らしい人形のような10歳ぐらいの女の子だった。
なんとなく猫みたいな女の子だな、と感想を抱く。
「挨拶をシルビア」
「こんにちは妙薬の錬金術師さん、おじいちゃんのお弟子さんだったんですよね?」
「こんにちはシルビアちゃん、私のことはユーリでいいですよ」
こくり、と首肯し、シルビアは笑う。
後ろでパトリシアが鼻息を荒くするぐらい可愛らしい。
「お孫さんと一緒にお仕事ですか?」
ユーリックはシルビアの手に錬成陣を見てそう、言う。
どうやらハイリッツ先生により既に英才教育を行なわれているらしい。
この人なら10歳の女の子に錬成陣を彫り込むとかやりかねない。
私の先生をしていたころも、よく言っていた。
脳が若いうちになるべくでもいいから知識を詰め込め、と。
「ああ、これか……シルビアはな、元々身体が弱くてな、私の錬金術の研究で回復させたのだ」
「うん、お爺ちゃんのお陰で病院で住まなくてもよくなったんだ」
どうやら違ったらしい。
錬金術による治療のための錬成陣。
「あれ、人体の生体錬成ですか」
あまり、人体の医療錬成技術についてこの老人は詳しくなかった筈だ。
人の元々の疾患を治すほどの技術を持ってるとは聞いていない。
「いやその括りは可笑しいよユーリック、人は所詮動物だ、そもそも人間は知能を持つことで人を名乗っているのだよ
私から言わせれば、キメラの作成も人体錬成も一言で括られる、即ち生体錬成だ」
なるほど、この人は普段家畜の生体錬成を行なう品種改良の第一任者だ。
だが、相変わらず合理的思考の先生だ、それを孫娘に行なうとは
「先生も相変わらずですね」
「いいや、そうでもないよ、今は亡くなった娘と婿の二人の子であるシルビアと二人で暮らしている、中々御転婆な子でな、昔ほど私も自由に研究が出来なくて困っている」
「ユーリさん聞いてください、おじいちゃん、いっつも研究で食べたり寝たりをあんまりしないんですよ」
一瞬とても重い感じの説明があったが、シルビアちゃんも先生も軽く話してくる。
どうやら仲は良いらしい。
「では、ユーリック、これから仕事がある」
いくぞ、とシルビアちゃんの手を引いてハイリッツ先生は市場の雑踏に消えていく。
シルビアちゃんはバイバイと手を振って先生に文句を言いながら一緒に歩いていった。
「おじいちゃん、もう少し愛想よくしなさい!」
シルビアちゃんにそう吼えられ、真面目な顔で、愛想を良くする必要な場面かね、と問い返していた。
「あの人は相変わらずのようですね」
パトリシアはそう言って苦笑する。
ユーリが戦場に立つ、という話をしても
あっさりと
「「死ななければ研究は続けられる、致命傷だけには気をつけろ」って言う人でしたよね」
相変わらずの研究第一の合理主義者。
私の片腕がもしぶっ飛んでもいても、それを眼にしてもそう、言うだろう。
「私が結婚するって話、知らないっぽいですよね」
「ま、ユーリはおめでとう、なんて言われたくないようなので、いいんじゃないですか?」
「あの人の口からそんな言葉が出るわけないじゃないですか」
あの先生は嫌いではないが、異次元の人間かのようにユーリックは思っている。
結婚すると言っても、こういうのだろう。
「で、私はその式に参加する必要はあるのかね」
とか
「研究はやめるのか、知識の継承はどうする」
うわ、やっぱり錬金術師って変わり者多いなー、とかユーリックは考える。
勿論、自分は普通の錬金術師だと棚上げで。
「ああいうのが普通の錬金術師だと思いますよユーリ、所詮軍人の私からしてみれば学者にしか過ぎませんから」
で、学者の癖に戦場に出るのが国家錬金術師、とパトリシアは言う。
「どいつもこいつも、協調性っていう言葉を無視するやつばっかですからね、軍隊行動をなんだと思ってやがる」
ああ、ムカツク、とパトリシアは昔の戦線を思い出し、機嫌を悪くする。
「狙撃のお姉さん、ホークアイさんにも絡んだりしたりして軍人達の士気を落とす爆弾魔も居ましたしね」
「私からすれば今更発現ですからね、軍人ってのは国益の為に殺し合いする専門職業ですから」
「いや、パティ……そこは国民を守るためとか言って欲しい」
「そうなんですけどね、バートン派からすればイシュバール戦も只の浪費にしか過ぎませんでしたし、どうせならアエルゴに戦力を集中して欲しかったですね」
元穏健派より中立派バートン少将。
その娘の私。
その私からしてもあの戦争は無意味であったと考える。
「ま、私からすれば戦争という行為自体、本当なら否定したいんですけどね」
人の歴史は争いの歴史。
そうして人は様々な文化と交流を交わす。
かつてイギリスにお茶が広がり、貿易により、アヘン戦争が起こったように。
それによって紅茶文化が生まれた。
しかし所詮、戦争はただの殺し合いだ。
いずれ、あの世界でもこの世界でも人々はお互いの文化を尊重しながら交流できるだろうか、と
見も蓋もないことをユーリックは考える。
食べるという行為は全て犠牲から成り立つ。
多くの命の犠牲。
美味しいものは皆で美味しく分け合って食べれるだろうか。
それは果てしない叶わぬ願いだ。
でもいつか叶うはず、人は争わなくてもいいほどに豊かになることが出来れば争いはやめるはず。
衣食住足りて礼節を知る、とは誰の言葉だっただろうか。
私の錬金術は人を豊かにするためにある、と大見得を切って国家錬金術師になった。
だから人の生活を豊かにする物を作ってきた。
軍事転用なんてことが出来ないだろう、という物ばかり。
国益の為に軍人になれない私らしい、生き方だったのだが。
「はぁ、結婚したくないなぁー」
「大丈夫ですよユーリ、子供いっぱい作って全員に錬金術を教えればいいじゃないですか」
ユーリの子供なら絶対、良い子ですよ。とパトリシアは笑う。
「まぁ別に私は道っていうほどの考えじゃなかったんですけど、それも悪くないのかも知れませんね」
ま、どうせ趣味だし。
何れ、誰かがずーッと先の未来で実現するのを祈りながら生きようか。
どうせ人生なんていかに時間潰すか、だしね。
寄り道ばかりの私の人生もここで進むのをやめようか。
趣味は続けるが。
「散々寄り道してますけどね」
「え」
「ヴァージンロードまでの道の」
パトリシアはユーリックの手を引いて歩き出す。
「え、ちょっと」
「ほらほら、折角寄り道までしてあげたんですから、さっさと実家に帰りましょう」
「まだ居たい、ここに居たい」
市場から引っ張って歩かされる。
市の人々が懐かしんで私を見る。
こうやってお兄さんに引っ張って連れて帰られてたっけ、と。
「だから、まだ心の準備が」
「私はお腹いっぱいですよ」
新しい道に行く前に大きな障害はつき物だ。
ユーリックはほろろ、と涙を流した。
次回に続け