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No.11192の一覧
[0] 戦国奇譚  転生ネタ[厨芥](2009/11/12 20:04)
[1] 戦国奇譚 長雨のもたらすもの[厨芥](2009/11/12 20:05)
[2] 戦国奇譚 銃後の守り[厨芥](2009/11/12 20:07)
[3] 戦国奇譚 旅立ち[厨芥](2009/11/12 20:08)
[4] 戦国奇譚 木曽川[厨芥](2009/11/16 21:07)
[5] 戦国奇譚 二人の小六[厨芥](2009/11/16 21:09)
[6] 戦国奇譚 蜂須賀[厨芥](2009/11/16 21:10)
[7] 戦国奇譚 縁の糸[厨芥](2009/11/16 21:12)
[8] 戦国奇譚 運命[厨芥](2009/11/22 20:37)
[9] 戦国奇譚 別れと出会い[厨芥](2009/11/22 20:39)
[10] 戦国奇譚 旅は道づれ[厨芥](2009/11/22 20:41)
[11] 戦国奇譚 駿河の冬[厨芥](2009/11/22 20:42)
[12] 戦国奇譚 伊達氏今昔[厨芥](2009/11/22 20:46)
[13] 戦国奇譚 密輸[厨芥](2009/09/14 07:30)
[14] 戦国奇譚 竹林の虎[厨芥](2009/12/12 20:17)
[15] 戦国奇譚 諏訪御寮人[厨芥](2009/12/12 20:18)
[16] 戦国奇譚 壁[厨芥](2009/12/12 20:18)
[17] 戦国奇譚 雨夜の竹細工[厨芥](2009/12/12 20:19)
[18] 戦国奇譚 手に職[厨芥](2009/10/06 09:42)
[19] 戦国奇譚 津島[厨芥](2009/10/14 09:37)
[20] 戦国奇譚 老津浜[厨芥](2009/12/12 20:21)
[21] 戦国奇譚 第一部 完 (上)[厨芥](2009/11/08 20:14)
[22] 戦国奇譚 第一部 完 (下)[厨芥](2009/12/12 20:22)
[23] 裏戦国奇譚 外伝一[厨芥](2009/12/12 20:56)
[24] 裏戦国奇譚 外伝二[厨芥](2009/12/12 20:27)
[25] 戦国奇譚 塞翁が馬[厨芥](2010/01/14 20:50)
[26] 戦国奇譚 馬々馬三昧[厨芥](2010/02/05 20:28)
[27] 戦国奇譚 新しい命[厨芥](2010/02/05 20:25)
[28] 戦国奇譚 彼と彼女と私[厨芥](2010/03/15 07:11)
[29] 戦国奇譚 急がば回れ[厨芥](2010/03/15 07:13)
[30] 戦国奇譚 告解の行方[厨芥](2010/03/31 19:51)
[31] 戦国奇譚 新生活[厨芥](2011/01/31 23:58)
[32] 戦国奇譚 流転 一[厨芥](2010/05/01 15:06)
[33] 戦国奇譚 流転 二[厨芥](2010/05/21 00:21)
[34] 戦国奇譚 流転 閑話[厨芥](2010/06/06 08:41)
[35] 戦国奇譚 流転 三[厨芥](2010/06/23 19:09)
[36] 戦国奇譚 猿売り・謎編[厨芥](2010/07/17 09:46)
[37] 戦国奇譚 猿売り・解答編[厨芥](2010/07/17 09:42)
[38] 戦国奇譚 採用試験[厨芥](2010/08/07 08:25)
[39] 戦国奇譚 嘉兵衛[厨芥](2010/08/22 23:12)
[40] 戦国奇譚 頭陀寺城 面接[厨芥](2011/01/04 08:07)
[41] 戦国奇譚 頭陀寺城 学習[厨芥](2011/01/04 08:06)
[42] 戦国奇譚 頭陀寺城 転機[厨芥](2011/01/04 08:05)
[43] 戦国奇譚 第二部 完 (上)[厨芥](2011/01/04 08:08)
[44] 戦国奇譚 第二部 完 (中)[厨芥](2011/01/31 23:55)
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[11192] 戦国奇譚 猿売り・謎編
Name: 厨芥◆61a07ed2 ID:0037dabc 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/17 09:46
 朝靄にかすむ、蔦の這う古い幹。
板を張った軋む床の代わりに、苔と木の根が作る自然の階段を降りる。
人の生活を感じさせる煮炊きの煙は遠く、水と豊かな土の匂いが辺りには満ちている。
夜はまだ寒い日もある。
でも、踏み固めた土間で寝るよりは、落ち葉の積もった地面の方が柔らかだったりもする。

 それに、視線を下げれば、私の足元で小さな影が跳ねる。

 今回の旅の同行者は、出会ってまだ日の浅い彼「一人だけ」ではなかった。
長い尾のある賑やかでかわいらしい生き物達がいた。



 ――――― 戦国奇譚 猿売り・謎編 ―――――
 


 旅の連れの職業は、「猿売り」。
だからその連れに、商品の「猿」がいるのは当然だった。

 しかし、この猿は、「魚売り」の魚のように食用で売っているわけではない。
ペットでもなく、どちらかというとお守りのようなものとしての需要があるらしい。
どうもこの時代は、猿が馬の病気を防ぐ生き物として、広く信じられているようなのだ。

 厩(うまや)に猿といえば、日光東照宮・神厩舎の彫刻が有名。

 「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿は、関東近県に居れば、修学旅行などで一度は目にする。
あの場面だけがよく知られているが、実は厩に飾られた彫刻は全部で8面の連作。
8枚全てが、猿、猿、猿の猿づくし。猿と馬の関係の深さを、見せつけたいと言わんばかりだ。

 東照宮は、戦国期の終わりに建てられたもの。
今はその少し前の時期にあたると考えれば、信仰が最盛期だと言われても納得できる。
それでその信仰から、東照宮ほどでなくても、厩に猿に関した物を置くことは、一般でも行われている。
「申(さる)」の文字を厩の柱に彫ったり、形の似た石などを梁の上に据えたりしているらしい。

 でも「申」の字なんて、知らずに見れば、ただ切り出し時につけられた印か傷くらいにしか見えない。
事実、私は以前厩で数カ月生活していたけれど、そんなものがあったことには気がつかなかった。
建設中の厩にも、何度も見学に行ったけど、教えてもらうまで意味があるとも思わなかった。
知識はあっても、それがどう生活に適応されているかは、案外気がつかないものだ。

 ……私の無知はさて置き、馬の守り神としての猿の認知度はかなり高い。

 馬は農耕や運輸関係だけではなく、通信や戦力としても、重要度は日々増している。
特にたくさんの馬を飼う必要のある城などの厩舎にとって、伝染性の病気は戦よりも怖いものかもしれない。
病気が広がれば、一国の浮沈にすら影響する。
しかし、人間の医療さえ不十分なのに、動物の医療技術や体制が万全のはずもない。
それでも何とかしたいと思う気持ちが、怪しげな伝承や信仰の普及にもつながっていくのだろう。

 それで、どうせ縋るなら「やっぱり本物の方が御利益があるのでは?」と考える人がいるのは当然の帰結。
猿売りの仕事は、そういう人達相手に成り立っている。
ついでに言うなら、たとえ猿が売れなくても「厩で厄払い」をすればお礼が貰える美味しい商売だったりもする。
一頭しか飼っていないような小さな家でも、お礼を渋られることはあるが、めったに門前払いはされない。
馬を病気にさせたくないのはどこも同じだから、現代の訪問販売より効率がいいことは間違いない。


 ただそんな猿売りの実状を知って、私の頭にふと考えが一つ湧く。
馬を飼う家に自然に入り込み情報収集するのに、この商売が出来過ぎていると思うのは、偏っているだろうか。
でも、川並衆ともつながりのある人間の副業だと思うと、穿った見方もしたくなる。
そんな疑惑を抱かせる、私の旅の連れ。


 私は前を歩く少し猫背の背中を見つめる。
彼は猿を入れた籠を背負い、苦もなく凸凹道を進んでいく。
小柄なくせに猫背でさらに小さく見える背中は、男なのに威圧感の欠片も感じさせない。
それもまた、あのどちらかといえば強面集団だった川並衆の一員だということに違和感を抱かせる。
彼の正体は未だ不明。

 ……と、こんなふうに考えてしまうのは、確証がないからだ。
答えに繋がるヒントはいっぱいばら撒かれている気がするのに、彼は最後の確信はつかませてくれない。

 私は彼の後ろに居るから見えないとわかっていても、気づかれないようため息を呑み込む。
ほぼ同時に、こわばった喉の動きを感じ取ったのか、肩口から小さな手が頬に触れてくる。
手の持ち主は、私の背にしがみ付いている一匹の子猿
前を行く男の背負った籠からも二匹の猿が顔を出し、仲間に慰められる私を眺めている。
そのつぶらな瞳は私を励ましているようにも見え、遅れかけていた足も力を取り戻す。

 愛らしい生き物は、存在するだけで癒しだ。
なかなか掴ませてはくれない彼と違って、彼の連れは私の心をすでにがっちりつかんでいる。

 彼の連れる猿は三匹。全部、女の子。

 私の肩に乗っているのが、昨年の夏生まれの小さな小さな「ユキ」。
籠から両腕ごと乗り出しているのが、ユキより一つ年上の、落ち着きはないけれど人懐こくて元気な「ツキ」。
その隣で首だけ出してちょっと呆けっとしているのが、二匹のお姉さんであり母親代わりのやさしい「ハナ」。

 彼の連れている猿達は、「猿回し」の猿ではなく「猿売り」の猿なので芸はしない。
されている躾は、人に噛みついたり飛びかかったりしないようにというものだけ。
けれど特別教え込まれなくても、ユキ以外は彼との生活も長いから、良く慣れていて人真似も上手い。
まだどの子も幼いせいもあって、私を受け入れてくれるのも早かった。

 小動物というだけでも心惹かれるのに、懐いてくれればかわいさは軽く2倍3倍を越す。

 紅葉みたいな手を伸ばし、抱きつきたがる子猿はかわいい。
休憩時間のたびに、親愛行動であるグルーミング(毛づくろい)をしようと寄って来てくれるのもかわいい。
愛犬達に芸を仕込んだことを思い出し、「お手」や「ジャンプ」を教えるのは楽しい。
「立って歩く」という芸は出来そうなのにさっぱり出来なくても、犬と違って「拍手」を覚えられるなど新技発見もある。
彼女達にかまっていれば、ストレスフリー。一日は飛ぶように過ぎて行く。

 だから、後は彼だけ。わかりそうでわからない彼の正体さえ掴めれば、きっともっとすっきりするはずだ。


 そしてそんな思いを抱え、彼を観察しつつ子猿たちと遊ぶ尾張への旅は、10日目の朝を迎える。
天候にも恵まれ、ここまでの旅足はすこぶる順調。
けれど、その順調さが、新たな問題を浮き彫りにし始めていた。


 私は歩きながら、まだ弱い午前中の太陽が木立の合間から光を覗かせるのを慎重に待つ。
先を行く彼の足もとに出来た影が、こちらに向かって伸びているのを再度確認する。
 
 上を見て、下を見て、彼を見て、一つ肯く。
そろそろ腹を据えて彼と話し合わなければならない時が来たようだ。
標識もコンパスもなくても、だてに何年も山歩きはしていない。
私はここ数日考え続けてきたことを、もう一度頭の中で復習する。

 進行方向は、先日と同じ。間違いなく、東にずれ過ぎだ。

 整備されていない山道を行くのだから、時には迂回する必要はある。
しかし、このまま進んだら蜂須賀にはたどり着かない。
私達の出発地点は、川を挟んで北西に稲葉山城、南東に松倉城を置く、中継ぎの山城だった。
松倉城は美濃の南の国境を守る城。美濃の南は尾張に接している。
ならば蜂須賀も津島も、その南に下る木曽川の流れに沿って行くのが正しい道程のはずだ。
多少東に行く必要はあるかもしれないが、一日の大半を日の出の方角に進んだら、尾張ではなく三河に入ってしまう。

 私は彼と、この問題について話し合わなければならない。

 しかし……。
数日前から怪しいとは気づいていた。それなのに、私は言い出しかねてもいた。
ここは、彼に踏み込む絶好のチャンスでもある。なのに、私がすぐには口に出せなかった理由はあれだ。


 彼は、どうしようもなく「お喋り」だったのだ。


 「一を聞いて、十を知る」というは、賢さや聡さを表す格言。
これに対し、彼は言うなれば「一を訊いたら、百話す」人だった。

 その話す量は、何を聞いたのか何が聞きたかったのかわからなくなるくらい、とにかく多い。
最近まで一緒に居た友人の鈴菜もお喋りだったけれど、それどころでは全くない。
眩暈がするようなマシンガントークを可能にする、素晴らしい肺活量の持ち主。
とにかく、彼は一度口を開くと止まらないのだ。


 初回からして、彼は飛ばしていた。
出会ってほんの数分。交わした言葉が数語あったかどうかもわからないうちから、彼はこうだった。

 
「お前さんや。そうそう、お前さん。
 覚えとるかいな?
 俺は覚えとるのやけど。
 あれは何年前やったかな?
 3年か、4年? はやほんなになるか?
 木曽の、舟だまり。
 忘れてまった?
 ああ、うん、覚えとるか。覚えとる顔やな。ほんなら良かった。
 忘れられとったら、頭領が残念がる。古老方もや。
 
 いや、もう今は若なんて呼ばれちゃぁいない。
 押しも押されもせぬ蜂須賀の立派な頭領様や。
 そう、その頭領。あの頃は、まだ若くてなぁ。
 青くて、頑固で……、ああ頑固なところは今も変わらへんか。
 でも、うちんた頭領様や。皆、あの人の一挙一動を気にしておった。
 代変わりしたばっかりやったしな。

 ほんでな、そこにお前さんや。
 あの頭領のお連れさんや。

 俺はあの頃は、まだ頭領に直接口もきけへんような下っ端で。
 ほんでも船場で姿はよお眺めたし、同じ下っ端連中とも頭領の話はよおしとった。
 ほやから、お前さんが連れられて来た時のことも忘れとらんのや。

 あれはすごかったなぁ。話題の的やった。
 
 下っ端やからそんな近くには寄っては見れへん。話しかけるなんてもっての外や。
 やけど興味のないやつなんておらんかったから、寄るとさわると話からかしとった。
 そやな、最初は何と言われとったかな。
 とにかく驚かれてたのは間違ぇねえな。 
 「何やなんや? 俺、目病み(めやみ)にでもなりよったか?」って、な。
 もしも人に言われただけなら、まず否定するやろ。
 見てても信じられへんような話やし?

 頭領が場違いな小さな「何ぞ」を、腕に乗っけて船場にやってくるなんて。
 ましてそれが、人間の子供やったなんて。

 ああ、怒らんで。悪気はないんやから。
 噂話なんてほんなもんさ。膨らんだり萎んだり、いろいろな。
 で、ほら、頭領っておそがい(怖い)顔しておるやないか。
 だぁれも、頭領に子供が懐くとは思えんかったし。
 ほんな姿を見たことある奴(やつ)もいやしないし。
 そんな想像しとった奴やって、おるはずもないしな。……あー、爺さん方はわからへんか。
 まあ例外はあるにしても、若い奴らは皆度肝を抜かれて大騒ぎってところやな。

 ああ、で、おまけにその「何ぞ」ってやつは、俺達の前ではちぃとも話さない。
 ほやからそう、皆好き勝手言っていたところもあって、おもしれえ話になってったんやなぁ。
 あれは狐か狸の妖の類いで、山伏が調伏したのを前の頭領が買って来たんやろうとか。
 いや人の形をしたからくり細工で、外国(とつくに)との商いの前金に前の頭領が貰って来たんやとかな。
 ……前の頭領は、なんちゅーかぶっ飛んだお人やったから、うん、まぁ、んな感じ。

 ほんでな……。実は、俺もそう思うとったんや。お前さんが話すところを見てなぁ。
 
 ん? 話すところを見たのに、誤解したまんまやったのは何故やって?
 なに、言わんでもわかるゎ。顔に出とるやん。
 はは、触ってわかるわけーへんて。おもしろい子やな。

 そりゃなぁ、話すところを見た方が、衝撃的やったんよ。

 何を見たかって?
 頭領が話しかけた時や。
 それも質めんどくさい積み荷の計算を聞かれて、それをぺらってお前さんが答えていたところ。
 覚えとる? ああ忘れとるんやな、まあええけどな。

 あれを見てからよけいに気になって、お前さんを見かけるたびに目で追いかけててな。
 俺は算術がめちゃくちゃ苦手で嫌いやから、羨ましゅうて(うらやましくて)。
 舟の大きさを聞いただけで、幾つ籠が入るかなんてこと、算術が出けんなら古参にしかわからへんことや。
 でもわかるようにならな、仕事はでけん。
 新参は頭を使うか体で覚えるかせな、いつまでたっても下っ端でおるしかないやん。
 いやいやいや、羨んどったんはお前さんの頭のできについてやない。
 『若頭領は生きた算木を手に入れたんや』て本気で信じてたから、羨ましかったんや」
 

 まさに、立て板に水。
彼は私の顔色やほんの少しの表情を相槌代わりに話を進めるから、口を開く隙はない。
「……(いや、それ誤解ですから)」と言いだそうとするたびに次の言葉で遮られ、私はまるで酸欠の鯉状態だ。

 もしも私がもっと口達者で、初対面という心理的抵抗が低い人間だったらわりこめたかもしれない。
「船場は仕事場だから静かにしていただけ」と、言えたかもしれない。
が、現実は心の内での反論を考えるのでせいいっぱい。

『船場以外では、小六郎おじさんほか年配の方々に終始遊ばれていて、黙ってなどとても居られなかった。
それに、あの頃口が重かったのは、どちらかといえば私ではなく小六(ころく)の方。
彼は得手と不得手がはっきりした人だったから。
小六は仲間との掛け合いや取引に口は回っても、幼子に振るための話のネタなど一つも持っていなかった。
ほんとに皆無で、私を見ては毎度口ごもるので、おじさん達によくつつかれていた。
計算を尋ねたのは、おそらくその時目についたものを適当に振ってみただけだと思う。
年いった野次馬達の「何でもいいから話しかけろ」とのアドバイスに忠実に従っただけ、が真相の気がする。
たまたま私も遊びではないからといいかと応じたので、船場で沈黙が続くとつい繰り返してしまっただけのこと』

 こんなふうに頭の中でなら反論も組み立てられる。でも、実際には口に出すのは、無理。
少し間をおいて言いたいことをまとめられれば言えることも、彼に対抗可能なほど反応速度では出てこない。
私は彼の話しの勢いに圧倒され、興味を惹く話題に引き込まれ、聞き役に回るしか出来なかった。
 

 それで一方的に話されたその話の内容はと言えば、誤解はあっても事態そのものには嘘はない。

 早口でもなく聞き取りやすかったし、無駄は多いけれど必要なポイントも外してはいなかった。
「小六の腕に乗って来た」など、その場に居た人しか知らないような細かな点も、いくつも私の記憶と一致している。
いきなり「信じてくれ」と言われるよりも、そういった小さな真実を積み重ねられる方が心証は良くなるものだ。
検証できる真実の割合が多ければ、人は自然その話全体を信じやすくなってしまう。

 そして、そのすりこみを繰り返えせば、その後の話も頭から疑ってかかるのは難しくなる。

 彼がこの山城に来たのは、川並衆としての偵察も兼ねていたこと。
美人が多いと聞いたので、ついでにあちこち見学していて私を見つけたこと。
どこかで見た顔だと記憶を掘り返し、迷ったけれど声をかけてみようと決めたこと。
後の話は事実の羅列。でも要約すればこれだけで済むことも、彼の口から出ると100倍に膨らむ。
独特の抑揚と、滑舌極まるたくさんの言葉で語られて……。
 
 止めに、小六が私の行く方を気にしていたと言われれば、もう「嘘だ」と否定する気にはなれなかった。


 で、彼を信じてここまで来たわけだ。しかし、どうも最後の一歩で引っかかりを覚えるところがある。

 彼の言葉はまさしくラジオかテレビのよう。与えてくれる情報量は圧倒的。
話題の範囲は、共有する過去以外にも広く及ぶ。
何を尋ねても説明が足りないと思うことはなく、充分過ぎる答えを返してくれる。
好奇心を四方に広げる、新しい知識に目のない私にとって、彼の話は最高の御馳走だ。

 けれど。彼はあまりにもその言葉が多いから、どこが嘘でどこが本当なのかがわかりにくい。
それが明確な嘘ではなくても、リップサービスや勘違い、思いこみで話が膨らんでいる可能性は否めない。
私は情報の多さを嬉しいと思う反面、その量に不信を抱く。
 
 「情報は常に取捨選択する必要がある」という経験の記憶が、私の中には染み付いている。

 たくさんの情報が逆に重要な話の信憑性を有耶無耶にするということも、私は知っている。

 この時代の「情報」はすごく貴重だ。
何より伝達経路の細さが悪い。大道は少なく、国は細かく割れ、移動する手段・人間は限られている。
数km先の村の出来事さえ、意図しなければ半月、あるいは数カ月、時には数年届かなくてもおかしくはない。
情報を握る人間はほんの少数。溢れるような情報を自由にするなんて、夢のまた夢だ。

 だからこそ、彼は怪しい。

 生活圏が限られるから、視野や世界観が狭い方が生きやすい時代の中で、彼は異質だ。
玉石混交、情報過多の流れは耳に懐かしく、うっかり呑み込まれそうになるが、それでも心は警戒音を鳴らす。

 何も知らなければ、純粋に私がこの時代の人間だったなら、きっと気がつかない。
 彼はただのお喋り好きな、博識なだけの男だとしか思わなかっただろう。

 でも、心理学も接客術も、体系化され洗練されたものが手軽に手に入った人間には引っかかる。
彼は、知り過ぎている。話題の幅が、広すぎる。
あれが全くの天性、混じりけなしに天然ものだとしたら、怖すぎだ。
彼の話に心惹かれ、共感し引き込まれる感覚が強いからこそ、私は怖気づく。


 そう例えば、あれは、彼の名前について尋ねた時のこと。
皆には「猿売り」とだけ呼ばれている男の呼び名がつかめずに、初めて私は彼に向け直接質問した時のことだ。


「名前?
 何や、俺の名前か。
 呼ばれとるのを聞いたことがないって?
 そうやったかな? よお呼ばれとるような気もするが。
 まあ、猿売りやからな。 『猿』とでも呼んでくれればええゎ。
 そうそう、気安う、気安う。
 ん? 嫌なん? いいやない……って、そうやなぁ。
 別に変な名前ってわけでもないのやから、気にせず呼んでくれればええよ。
 ほら、言ってみな『猿』や『さ、る』。
 あー、何や、ダメなん? お前さんも、固いなぁ。もっと柔らこうしててもええのに。
 ほんでも、呼び難いのを無理に呼ばせるのも可哀そぉか。

 まあ、ええ。
 じゃぁ、何にするかなあ。
 こいつらは本物の猿で、ユキ、ツキ、ハナ、やろ。
 で、お前さんは、日吉。 
 日吉も猿のことやな。縁起いい名やて。はは、照れとる照れとる。
 ほんで、俺は猿売りの、猿。
 でも『猿』がダメなら、あー、サル、サルサルサル……。

 サル……マシラ、か? 知っとる? 
 マシラってぇのは、猿の古い読み方だぁな。
 出典はどこやったか、仏さんの教えかなんかやったかな。
 サルは去る、マシラは勝るに通じるからとか何とか。
 カシラ(頭)にも似ておるし、語呂のいい呼ばれ方とも言われとったな。
 でもちょびっと、捻り(ひねり)が足りへんと思わん?
 
 後は何や、二本足で歩くから鳥だと言われてついた名か。
 木の実を食うからコノミドリやヨブコトリとか呼ばれとったはずや。
 西の方だと、猿使いといや猿女の君(さるめのきみ)。
 そこからコガノミコ、タカノミコとかも言われとったな。
 猿女の君は、あれや。天宇受売命(あめのうずめのみこと)のことやて。
 天岩戸に天照大神(あまてらすおおみかみ)が籠もっとった時に、その前で舞を舞った姫神様や。
 巫女の祖でもある方やから、お前さんも知っとるやろ?
 後に猿田彦神(さるたひこのかみ)に嫁がれて、猿女の君と呼ばれるようになったんや。
 ん? 猿田彦神といつ結婚したのかって?
 そりゃ大昔やろ。
 まぁ猿田彦神は天から天子様が下って来らっせたに道案内した国つ神やから、その後やろな。
 そう、その御方と一緒になられた方やから、猿女の君は芸事の神であり、道ゆく者の神様でもあるんや。
 旅芸人の親分みてえな方やて。あー、でもさすがに神様の名を語るんは罰あたりやな。
 神様って柄でもないしな。

 他に猿と言やあ……、そうやそうや、あれがあるやん。
 猩々(しょうじょう)。
 猩々を知っとる?
 猿や、大猿。
 耳が白うて、酒飲みで、よお走る猿やて。
 ほんでその血は何よりも赤い、っとこれはまだ要らん話やな。
  
 猩々、ショウジョウ、しょうじょう。
 遠くから来て、人を手伝う。ほんで、礼を貰って大酒を呑む。腹を捌けどなあんもなし。

 あ、いいなぁ。うん、よし、これや。
 走って、呑んで、でかい猿。猿の親玉。
 いい名やないか。
 響きもええ、気にいった。
 これから俺は猩々や。
 呼んでみや。こっちならええやろう?
 ほら、『猩々』。言ってみい。
 お前さんが、俺の名を呼ぶ一番やで」
 

 私に名を呼ばせた後は、子猿達にも一匹ずつ顔を覗き込んで言い聞かせるように繰り返す。
終いには「猩々、猩々」と節回しをつけ歌いながら、彼は大口で心底楽しそうに笑う。
裏なんて一つもありませんって顔で。
……だけど、彼は、とうとう最後まで私に本名は明かさなかった。いつだってそんな感じだった。


 猩々は私の歩く速度を気遣い、私が疲れるとすぐに気が付いて足を緩めてくれる優しい人だ。
商売の元手である子猿達を気安く私に貸し、寒い夜には彼女達を抱いて寝たらいいと言ってくれもした。
知らないことをたくさん教えてくれ、口を挟ませてはくれなくても、私の理解を捨て置いたりはしない。
人柄を探るために注意深く話に聞き入る私に嫌な顔一つせず、明るい話題を提供してくれる。
その話題も、現実的で厳しい話はあっても、人格を疑うような嫌なことを言ったことはない。
多少押しつけがましいところはあるが、限度を見極めるのが上手いから、私を不快にさせることもない。

 10日も一緒に居ればわかる。
その期間中ずっと疑って、見張ってきたからこそわかる。彼自身は悪い人ではないのだ。

 だから、信じきれなくても、嫌いではない。嫌いにはなれない。

 だから、誤魔化されるのは嫌だ。嘘を吐かれるのも嫌だ。

 正体を見極めたい気持ちと、嘘を聞きたくない臆病さ。
少しぐらい怪しくたって彼は彼。いいじゃないかと流してしまいたくなるのは、私のずるさだろうか。
なかなか尋ねられずにここまで来てしまったのは、そういう相反する気持ちもあったからだ。
いつものように、彼のお喋りに流されてしまうのが怖かった。

 ……もしかしたら、進路の問題がなかったら。
私は彼を丸ごと許容し、追求せずそのまま受け入れていたかもしれない。


 でも、問題は起こってしまった。もういいかげん逃げてばかりはいられない。
今日の進路もやっぱり東。私が黙っていたら、彼はこのまま進んでしまうだろう。
行き先もわからずに、ついていくなど馬鹿な真似はできない。
さすがにそこまでは、私も自分の人生投げ出してはいない。

 私は水を少し飲んで、喉を潤す。
そして、彼の怒涛のお喋りだけは断固阻止しようと、何度も瞬きする。
話しに割り込むため、彼の一瞬の隙を見逃さないように目に力を入れ集中する準備だ。

 彼に一方的に話をさせてはいけない。
彼の言葉を止められるかどうかが、話し合いの成立の鍵。
「話し合いたいのだ」と、彼にわかってもらうことがまずスタート地点だ。

 息を吸って吐いて整えて、私は意を決し彼に呼び掛ける。


「猩々、ちょっといいですか?」


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