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No.11192の一覧
[0] 戦国奇譚  転生ネタ[厨芥](2009/11/12 20:04)
[1] 戦国奇譚 長雨のもたらすもの[厨芥](2009/11/12 20:05)
[2] 戦国奇譚 銃後の守り[厨芥](2009/11/12 20:07)
[3] 戦国奇譚 旅立ち[厨芥](2009/11/12 20:08)
[4] 戦国奇譚 木曽川[厨芥](2009/11/16 21:07)
[5] 戦国奇譚 二人の小六[厨芥](2009/11/16 21:09)
[6] 戦国奇譚 蜂須賀[厨芥](2009/11/16 21:10)
[7] 戦国奇譚 縁の糸[厨芥](2009/11/16 21:12)
[8] 戦国奇譚 運命[厨芥](2009/11/22 20:37)
[9] 戦国奇譚 別れと出会い[厨芥](2009/11/22 20:39)
[10] 戦国奇譚 旅は道づれ[厨芥](2009/11/22 20:41)
[11] 戦国奇譚 駿河の冬[厨芥](2009/11/22 20:42)
[12] 戦国奇譚 伊達氏今昔[厨芥](2009/11/22 20:46)
[13] 戦国奇譚 密輸[厨芥](2009/09/14 07:30)
[14] 戦国奇譚 竹林の虎[厨芥](2009/12/12 20:17)
[15] 戦国奇譚 諏訪御寮人[厨芥](2009/12/12 20:18)
[16] 戦国奇譚 壁[厨芥](2009/12/12 20:18)
[17] 戦国奇譚 雨夜の竹細工[厨芥](2009/12/12 20:19)
[18] 戦国奇譚 手に職[厨芥](2009/10/06 09:42)
[19] 戦国奇譚 津島[厨芥](2009/10/14 09:37)
[20] 戦国奇譚 老津浜[厨芥](2009/12/12 20:21)
[21] 戦国奇譚 第一部 完 (上)[厨芥](2009/11/08 20:14)
[22] 戦国奇譚 第一部 完 (下)[厨芥](2009/12/12 20:22)
[23] 裏戦国奇譚 外伝一[厨芥](2009/12/12 20:56)
[24] 裏戦国奇譚 外伝二[厨芥](2009/12/12 20:27)
[25] 戦国奇譚 塞翁が馬[厨芥](2010/01/14 20:50)
[26] 戦国奇譚 馬々馬三昧[厨芥](2010/02/05 20:28)
[27] 戦国奇譚 新しい命[厨芥](2010/02/05 20:25)
[28] 戦国奇譚 彼と彼女と私[厨芥](2010/03/15 07:11)
[29] 戦国奇譚 急がば回れ[厨芥](2010/03/15 07:13)
[30] 戦国奇譚 告解の行方[厨芥](2010/03/31 19:51)
[31] 戦国奇譚 新生活[厨芥](2011/01/31 23:58)
[32] 戦国奇譚 流転 一[厨芥](2010/05/01 15:06)
[33] 戦国奇譚 流転 二[厨芥](2010/05/21 00:21)
[34] 戦国奇譚 流転 閑話[厨芥](2010/06/06 08:41)
[35] 戦国奇譚 流転 三[厨芥](2010/06/23 19:09)
[36] 戦国奇譚 猿売り・謎編[厨芥](2010/07/17 09:46)
[37] 戦国奇譚 猿売り・解答編[厨芥](2010/07/17 09:42)
[38] 戦国奇譚 採用試験[厨芥](2010/08/07 08:25)
[39] 戦国奇譚 嘉兵衛[厨芥](2010/08/22 23:12)
[40] 戦国奇譚 頭陀寺城 面接[厨芥](2011/01/04 08:07)
[41] 戦国奇譚 頭陀寺城 学習[厨芥](2011/01/04 08:06)
[42] 戦国奇譚 頭陀寺城 転機[厨芥](2011/01/04 08:05)
[43] 戦国奇譚 第二部 完 (上)[厨芥](2011/01/04 08:08)
[44] 戦国奇譚 第二部 完 (中)[厨芥](2011/01/31 23:55)
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[11192] 戦国奇譚 流転 三
Name: 厨芥◆61a07ed2 ID:4da2327d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/23 19:09
 人生の伴侶を求める人達の熱気は悪くない。
巻き込まれさえしなければ、この城に来るまでの「恋の前哨戦」がレベルアップしたようなもの。
私自身は友人達への根回しも済み、安全に範囲外に逃げられるようになって、気楽な傍観者だ。

 それに「結婚は考えられない」なんて女の子は、私以外はまずいない。
「安定した生活よりもやりたいことがある」と言い切るのは、珍しいを通り越している「変わり者」。
そんな非常識人を追いかけるよりも、捕まえられそうなかわいい女の子達がこの城にはまだいるし。

 ……でも何故か。
頑張って独身主義を唱えているにもかかわらず、皆、結婚の報告は真っ先に私に持ってくる。

 「日吉! 上手くいったの!! すごく嬉しい!!
  お祝いをちょうだい。縁起のいい小唄を歌って言祝い(ことほい)で」
 「ねぇ、お願い。 安産祈願にちょっとお腹を撫でてみてほしいの」
 「もしも子供が産まれたら、最初の子にはあなたの名前を一字もらってもいい?」

 ケガ人の心配や葬儀の采配をするよりも、結婚式をする方が確かに楽しい。
でも、それも数が増えてくると、仲間内だけでというわけにもいかなくなってくる。
指圧教室の創始者や健康器具ヒットの仕掛け人という業績がすでに私にはある。
すでに十分目立っていて、これ以上はたぶん私には害にしかならない。

 しかし、結婚は女性にとって出産に次ぐ人生のお祭りだ。

 「祝って」と言われたら断れない。幸せに水を差すような真似は、心情的に無理。
生涯忘れられない、辛い時に心を支えてくれるような大切な思い出にしてあげたいと切に思ってしまう。

 目立ちたくないけど、求められると「NO」と言えないジレンマ。
好かれるのは嬉しいけど人気あり過ぎも困るというのが、今の私の贅沢な悩みだったりする。



 ――――― 戦国奇譚 流転 三―――――



 城の普請は、もうほとんど終わりかけている。
完成した部分の監査役や人事の調整役など、工事監督以外のお偉方の出入りも始まった。
監査が済めば、一時雇いの者達は帰されることになる。

 しかし、働きに来ている人達の事情は様々だ。
私や鈴菜のように「市」経由で雇われた者、賦役(ふえき 税)として連れて来られた人。
それから、この城は松倉城の支城の一つなので、そこから仕事をまわされ派遣されてきた人。

 個々の理由により、必ずしも帰れることが良いことにではない。

 自分の村があり、家族が待っている人達は喜んで帰るのだろう。
けれど土地を持たず、雇われ仕事で食べている人達は、次の就職口を探さなければならない。
私もその再就職組だ。

 それで、この雇われ労働者の事情についての話。

 この城で私が出会った人達の中には、一度ならず築城の仕事に携わった人達が多くいる。
私が職人さんと呼び、尊敬し、懇意にしようと頑張った人達。
今はしっかり私の友人達になった諸々がそれにあたる。

 しかし、彼らがそうして経験を積めたのは、裏を返せば帰る家がないということでもある。

 私は建築関係の仕事が好きだから、彼らを「かっこいい」と思うし「羨ましい」とも思える。
中には、この仕事を好きだと思っている人達も居るのを知っている。でもそれは、本当に少数派なのだ。

 大工の家系に生まれたのでもなければ、好き好んで建築現場を転々とする生活を選ぶ者はいない。

 「自分の土地で生まれ、生き、死ぬこと」こそが、この時代のスタンダードな幸せ。
帰れる場所があって働きに出る者と、それがない者の落差は現代の比ではない。
カードなんてないし、お金はそれ自体が嵩張って重く、大金を持ち歩くなど襲ってくれというようなもの。
政府の庇護もなく、土地というよりどころもなければ、持てる財産は容易く自分の身一つになりかねない。
私のように自分を守るだけならまだしも、家族を抱えていれば明日への不安はより切実に身に迫るだろう。

 それに、安全を保障されない社会で、一匹狼を好む者は長生きできない。
どこかに所属し立場を固めて安心したいという意識は、現代よりもこの時代の方がより強いとも思う。

 実際、それを与えてくれる主に恩を感じ、命を懸けた奉公で返すという社会制度が成りたっているくらいだし。

 生きることに直結した、「住」と「職」、それに「食」。
搾取されていると感じるか、与えてもらっていると感謝するかは、各々の立場に寄るだろうけれど……。

 ……っと、話が逸れたが、要は「次の仕事を探してね」と放り出されるのを喜ぶ人は少ないということ。
出来るなら同じ場所で働き続けたいと思うのが人情だということを、わかってもらえれば嬉しい。


 そして、それが、「結婚」の話と結びつく。


 出来たばかりの新城は、言わば空(から)の城。
兵をはじめ下働きの人員はどこかから調達して来なければ、城ができたからと言って突然湧いたりはしない。
常時、主人が住み、直属の部下が出仕してくるのはもちろん大きなお城だけ。
だけれど、小さな城でも完全に空っぽだったら、すぐに誰かに取られてしまう。
敵に奪われるのもそうだし、夜盗などの根城にされてしまうかもしれない。
それに手入れを怠れば、必要な時に使えないかもしれない。
そうならないためにも、ある程度の人数をどこかから雇い入れ確保しておく必要がある。

 そこで「役員は出向(しゅっこう)させるけれど、平社員は現地雇い」、この方式が有効になる。

 日雇や年季奉公から希望者を募り、そのまま城の下働きとして雇うのだ。
現地雇いでも兵として雇われ手柄を立てれば、もっと上に取り立ててもらえる可能性もある。
普段は城から少し離れた辺りの開墾した畑で農作業をし、持ち回りで城に勤務する。
開墾したばかりの土地ではすぐに食べられるほど作物が取れなくても、城の仕事があれば飢えることもない。

 何もない土地を耕して、そこから人が食べていけるだけの物を作れるようになるには、長く時間がかかる。
土地を失くす理由には、その「食べられない期間」を越えることができなかったというものが多い。
戦火や自然の災害で耕作地を失い、耕地の再生まで食べ繋ぐ方法がなくて、彼らは土地を捨てていく。
捨てたくて捨てるのではない。「今」食べるために、人は土地から離れて生きる術を見出そうとする。
でもその問題が解消しさえすれば、人はもっと積極的に開墾し、生産力を高めることも可能になると思う。

 ……ええと、また脱線してしまったが、再就職先として「新城」はかなり魅力的な職場だという話だ。

 それで何が言いたいかというと、その時、雇ってもらえるのが「夫婦者が優先」だということ。

 何故夫婦者が勤務者として推奨されるのか。
それは雇う方の言い分による。雇い主が欲しいのは、誠実な部下だから。

 新城の主自身が長く支配してきた領民を雇うのならば、すでに信頼関係が築けているかもしれない。
しかし土地に根付いて年貢を納めてくれる領民を引きはがし連れてくるのは、領地経営的に良くない。
農業にも人数が必要だから、あまり小分けにすると、収穫高に覿面に響いてしまう。
人は増やさなければいけない。
が、新しく入れた人間がどれだけ忠実でいてくれるかはわからない。
城の普請工事中に多少の面識ができていても、いざという時、敵を手引きでもされたら大損害を被る。
それは城の主として許してはならない絶対原則だ。

 では、雇い入れた新しい人間に簡単に裏切られない為にはどうしたらいいか?

 答えは、「裏切れない対策をしておく」、だ。

 普段は、この城の周辺に畑などを作り農作業をこなし、時々は城で必要な雑用を頼む。
そして戦の時には、男は兵として働かせ、女は「城に匿う(かくまう)」。
これが、キーポイント。
女性は城で守ってもらえる反面、人質にもなる。家族が城に居れば、裏切りの可能性は大きく減る。

 まあ雇う側の打算がどうあれ、雇われる側は単に裏切らなければいいだけの話ではある。
賦役はどこでも必ずあるし、戦だって起きるときは起きる。
食いつめれば、もっとひどい条件で身を売らなければならなくなるかもしれない。
ならば、村に居るより祖税が免除され土地までもらえる城勤め付き兼業農家は、そう悪い話ではない。
このお祭り騒ぎに乗っかって、ダメもとでも試してみようという挑戦者があふれる理由は、ここにもあったのだ。



 と、言うわけで―――。

 賦役を勤め上げただけでなく、お嫁さんを連れて故郷に凱旋したい人。
 夫婦者になって、流浪のフリーターを卒業し、自分の故郷を手に入れたい人。

 浮かれ騒ぐ恋のお祭り騒ぎを支える熱は、この時代の、この社会構造から生まれたものでもある。
支配される側だって、支配者の都合に振りまわされているだけではない。
全てを利用し、己の幸せを追求し生き抜こうとする、したたかな庶民の強さの表れだ。

 ―――で、最終日を間近に控え、私の仲人業もラストスパート。
暖かくなり人の移動も始まり、行商人など外部の人間まで入って来るようになれば、ますますカオス化が進む。

 もっとも、初めから堅実に自分の将来を考えていた人達にとっては、いまさら慌てることなどない。
友人の鈴菜はちゃんと伴侶をつかまえたし、私の教え子カップルの結婚もすでに両手の指の数に近い。

 ただそれ以外でも、祝い事ながら駆け込みも絶えず、私は先日に続き朝からも一つこなした。
さすがに気疲れを感じて、午後は早々に城の外の仕事を貰い出てきていた。

 この外出の名目は、食料調達。本業の方の仕事で、決して遊びではない。
契約期限が終わりかけていたって、副業にばかり精を出していては怒られてしまう。
ある程度は大目に見られているけれど、度が過ぎれば出る釘は打たれる。
でも城に居れば、どうしてもあちこちから余計な声がかかる。
無視できない相手もいて、少々辟易もしていたので、この仕事はとてもタイミングのいいものでもあった。


 木の新芽が芽吹くより先に、地面を染めた淡い緑。
木々にさえぎられず光を受けた葉っぱは、やわらかな色合いで人の目を惹きつける。
そこに、手に籠を下げた乙女達が、早咲きの白い小花を互いの髪にさして喜んでいる姿のオプションが付く。

 「春の野に出て若菜摘み」の言葉に恥じない、麗しい光景。
眼福と呼ぶにふさわしい、万葉時代を彷彿とさせる優雅な世界だ。


 ……凄くいい。しかし、現実は現金だった。
春の匂いを吸い込んで緑の野に膝をつけば、真っ先にお腹が「くぅ」と自己主張する。
一緒に採集に来た鈴菜がそれを聞いておかしそうにこちらを見るが、私は大胆に開き直って主張する。
だってこれは、水族館を見学中に、つい「美味しそう」と言ってしまうようなもの。
食材としての魚を愛すればこその正直な感想に罪はない。その感覚と同じ。
前世の私なら綺麗な野原にしか見えなかっただろうこの光景も、今の私には野菜畑。
しっかり戦国に馴染んだお腹が、素直なだけ。美味しそうな野草に、愛あればこそ、だ。

 でもそう胸を張って言えば、
「日吉のお腹は正直者だったの? 知らなかった」と混ぜ返され、聞きとめた人達の間にも笑いが伝わる。
「おやつを持ってくればよかったわね」と子供扱いされたり、帰ったら差し入れをあげると約束されたり。
背を包む温かな春の日差しと同じくらい、耳に届く笑い声は澄んでやさしい。

 解放感にいつもの二割増しで綺麗な友人達は、話していても楽しいし、見ていても飽きない。
でも遊びに来たわけではないので、集合場所を決めると、皆思い思いに散っていく。
そして手提げの籠の底が隠れるくらいになる頃に辺りを見回せば、私の近くには鈴菜だけがいた。
他の人達は、人影が数えられる程度に遠くに散らばっている。
私は、目の前の食草はあらかたとってしまったので、移動しようと立ち上がる。
同じことを考えたらしい鈴菜も立って寄って来た。

 私がこの地で、他の誰よりもたくさん話してきたのが、この鈴菜だ。
視線を地面付近にさまよわせながら口を開いても、不安はない。
表情が見えなくても伝わるものがある。
遠慮も垣根もいらない、鈴菜だから話せることがある。

 丁度彼女にだけ話しておきたいこともあって、この状況は都合が良かった。

 しかし本命をすぐには切り出せず、まずお喋りはいつものように何気ない話から始まった。
話題はやはり、昨日今日と立て続けにこなした祝い事のこと。


「……だって、大元(おおもと)のきっかけが日吉だもの」

「でも、私の知らないとこでくっついてるんだよ?
 昨日のは、両人とも数回しか話したことない人達だったし。
 今朝の子なんか、もしかしたら話したのも今日が初めてかもしれないし」

「昨日のお祝いって、野乃ちゃんの旦那さんの友達だっていう人のでしょ?
 野乃ちゃんの同室の迦芽(かめ)姉さんがひどい肩こりで、日吉がずいぶん揉んであげてたじゃない。
 その縁だよ。すごーく薄いって、私も思うけどね。
 それで朝のあの子は、えーと名前なんだっけ?
 とにかく彼女のおじさんと日吉がこの間ずいぶん話込んでたって聞いたよ。
 ほら、水場に近い間口の右の木のとこで、四日前くらいに。
 また誰かに捕まったかもって探しに行った登季(とき)さんが、そんなこと言ってたはず」

「あの子、又造さんの親戚? ほんと?
 おっちゃん血縁はいないようなこと言ってた気もするけど、居たんだ。
 全然知らなかった。世間って、狭いんだね。
 おっちゃんには、『孫の手』の行商やりたいから他にも手ごろな品はないかって言われて。
 ただの仕事の話を聞かれていただけで、」

「あーっ! そういえば、その仕事の話なんだけど。
 喜和(きわ)の仕事、譲ったのが日吉だってほんと?
 奈津と伊登(いと)ちゃんの仕事の世話をしたってのは、前にも聞いたことあったけど」

「いや、うん、……私」

「えぇぇ! やっぱり!?
 なんで、どうして?」

「何でって、言われても。
 私は、別にお屋敷奉公したいと思っているわけではないからで」

「でもでも、今回はすごくいいお家だったんでしょ!?
 喜和の友達がすっごい鼻高々に自慢してたよ」

「そう、…だった?
 女中さんとしてって言われたから、針仕事も上手だって彼女を推薦してみたんだけど」

「もったいないよぉ。
 日吉も仕事選んだらいいのに。
 どの話も、本当は日吉の指圧の腕が欲しくて持ちかけてきてるんじゃないの?」

「そうかもしれないけど、でも……」

「……、日吉のしたい仕事って、馬借だったっけ。今も?」

「今も。同じ。
 鈴菜は、」

「っっ、私はね、もういいの。
 わかってるくせに、言わないでよね、恥ずかしいから!」

「うん。だから、鈴菜のお仕事の世話はしません」

「ん。……けど、それもちょっと残念かも。
 あいつと結婚してなかったら、日吉にいい仕事を紹介して貰えたかもしれないのか」

「嘘ばっかり、そんなこと少しも思ってないくせに」

「ばればれ?」

「にやけてるよ。幸せそうな顔。
 この、幸せ者め」

「もうっ、言わないでって!
 
 ……でもさ、そうやって日吉が御祝儀大盤振る舞いするからじゃない?
 いい仕事でも惜しみなく人に譲っちゃうし。
 日吉、日吉って、あまり親しくない人まで構うのも仕方ないと思う。
 結婚を本式の祝詞(のりと)で祝って貰えるってだけでも、すごく嬉しかったんだもん。
 ああ、もう、ほんと、すっごくすっごく、嬉しかったんだから……」


 「榊が振られる下、神様に誓って……、三世先まで私はあの人と……」と、思い出の中に鈴菜はトリップ中。
晴れ着一つない山城の結婚式だから派手さよりも神聖さを強調した式は、よほど彼女のお気に召したらしい。
思い出すたびに感激に瞳を潤ませるかわいらしい表情をする彼女に、見ている私の顔もほころぶ。

 鈴菜は私の眼の届かない所をいつもフォローしてくれる大切な友人。
その大事な彼女の結婚式は、さらに一番初めでもあったから、私も思い切り工夫を凝らして頑張った。
でもここまで何度も喜んでもらえれば、コネを総動員してまで仕切ったかいもあるというもの。
常識さえ話術を駆使して丸めこんだあの努力も無駄ではなかったと、自分を褒めたくなる。

 お金も道具もないから、アカペラバックコーラス祝詞多重奏とか十戒風変則バージンロードとか。

 何が十戒かと言うと、花嫁と花婿を引き合わせるシーンの演出。
これを、十戒という映画では海が割れて道ができるのだけど、海の代わりに人を使って真似してみたのだ。

 なにせ、日本本来のバージンロードは長い。
本当は夕方花嫁の実家から嫁入り行列が出て、花婿の家まで向かうのが正式な結婚の作法。
花嫁道中は祝いの唄を歌いながら進み、場所によっては鐘を鳴らして先導したりもする華やかなものだ。
でも両人同じ城在住では出来ないから、それを埋め合わせるためにと考え出した。

 花嫁花婿の間に人垣をおいて、それを祝いの唄声と共に二つに分けて、二人が出会える道を作りだす。
婚家まで続くはずの道のりが短くなるぶん、感動もギュッと凝縮出来たらいいとの思いを込めた演出だ。

 潮が引いて隠されていた道が現れるように、恋人へと真っ直ぐに開かれる道。
 互いを隔てていた障害は除かれ、新たに歩きだす二人への祝福に変わる。

 親族のいない鈴菜を先導するのは、両側からリレーされる仲間達の手。
最後は涙で顔を汚しながら、夫となる人の傍に寄り添って浮かべた彼女の笑顔は、最高に綺麗だった。
 
 以降、式を頼まれると、鈴菜の結婚式を雛型に他もほとんど同じパターンでやっている。
その中でも、この演出の評判が一番いい。
ちゃんと手を引いてくれる親族がいても、鈴菜方式を望む人もいるくらいだ。
結婚を周囲から祝福され、皆に支えてもらって始まりたいと思う気持ちと、上手くあっているからかもしれない。

 結局私は、困るとか言っていても、人に期待されると張り切ってしまう性質(たち)なのだ。
特に親しい人達に頼まれると、自重するのは難しい。
ここ数回は駆け込みラッシュで略式ばかりだけど、時間があった頃はお祭り状態で参加者も楽しんでいたし。
ただやりすぎて、感極まった年上の花嫁さんに「おっかさん」と泣きつかれ、ちょっと恥ずかしかったこともある。
でもそう思ってもらえるほど親しくなれた人達がいるのは、良いことなのだろう。


 「結婚式」だけではない。
指圧を通じ、「健康の悩み」や「将来への不安」もたくさん聞いてきた。
「美容」や「就職」へのアドバイスもずいぶんしてきた。
体に直接触れながら話せば、人は心を許し易くなる。向かい合って話すよりも、ずっと親密なものになる。
そういう会話を重ね、私を素直に受け入れてくれた人達との交流は、とても深いものになっていたと思う。

 そこから、私も彼女達からたくさんのことを学んだし、彼女達も私の影響を強く受けて変わっていった。


 ……で、その成果が。うちのお城の女の子は「鄙にも稀な美女ばかり」という、裏で流れる噂だったりする。

 別に素材がすごくいい子ばかりが、私の周りに居たとかそういうのではない。
女の子なんて、ほんの少しの変化でいくらでも魅力的になれるというだけのことだ。

 農作業などでつい丸くなりがちな背を真っ直ぐに伸ばしただけでも、印象は大きく変わる。
髪を綺麗に梳いて、洗顔や手洗いをまめにすることも、衛生面だけでなく美人度もあげた。
後は眉を整えて、個々のタイプにあった「笑顔」を備えれば充分だ。

 それに普段の表情が野暮ったくなってしまうのは、精度の良い鏡がないせいなのだ。
水鏡程度がせいぜいの鏡では、表情の訓練はままならない。
オシャレを特集する雑誌もないから参考もなく、自分のいいところを一人で引き出すのは難しかっただけ。
誰かがそれをちゃんと指摘してあげれば、女性は皆、綺麗になれる。
たくさん褒め言葉を注ぎ、各自笑顔に自信がつけば、魅力は外へと自然にあふれだす。

 武士の子女にも負けない、凛と伸びた背筋。清潔な素肌。
 それぞれの個性に合った、控え目な微笑みや朗らかな笑顔。

それだけでもいいけれど、本当に人を惹きつける女性は顔だけではない。

 愛想の良さを心掛ければ、それは言葉や態度もでてくる。
 誰だって不機嫌な人より、優しく接してくれる人に良い印象を抱く。

 それから、女を磨くなら「恋」もその大事なエッセンス。
恋愛騒ぎが大きくなったことも、彼女達をさらに磨くいい場になったはずだ。
そうして、綺麗だなと皆に思われる人が数人現れれば、後は周囲も感化されていく。
よほど偏屈でもない限り、姿勢のいい人の横で猫背でいるのは恥ずかしい。
隣の友人が丁寧に顔を洗っていたら、真似したくなっちゃうのが女の子だ。



 一つことを成せば、さまざまな変化が起こる。
蝶の羽ばたきが津波を呼ぶようにとまでは言えないけど、波紋は遠く広がっていく。

 趣味から副業が発展し、指圧の技を学んだ弟子が幾人も生まれたように。
 その副業から、健康器具や孫の手が作られ、果ては結婚ブームにまで火がついたように。
 さらには、健康と衛生から美容に意識が高まり、それをさらに求婚者達が磨いて、美人がいっぱいに……。

 意図的にだったりそうでなかったりはしたが、これらの事を起こしたのは私。
今までのように周りの環境に対応するだけではなく、自分で周囲の状況を一から作りあげたものもある。

 仕掛ける時の期待感、事態が動き出せば生まれるスリル。
手応えをつかんだ時の高揚感には、病みつきになりそうな味わいがあった。
流されているよりも攻めて行く方がずっと自分の性にあっていることを、今さらながら発見できた気がする。

 そうして始めた幾つもの事。これが、どこまで繋がっていくのか、実はまだ見えていない。
少しばかり出ている結果も、まだ連鎖の終わりとはとても思えない―――。


 そう例えば今わかっている結果のほんの一部として、

『美人がいるとの噂に、本来こんな小さな城には来なくてもよさそうな「武将」が遊びに来たりとか』
『武将以外にも、機密保持が家出しそうなほど、城の規模に対して「商人その他」の出入りまで激しいとか』
『それでそこから、「指圧」だの「健康器具」だの「御守り」だのが芋づる式に辿られ、探りを入れられたりとか』
『見知らぬ品のよさそうな御女中さんに突然衝立のある部屋に呼ばれ、「子宝の御祈祷を」と請われたりとか』


 さすがに最後のは本気で拙いと思い、えせ占い師のように相手の話を聞きだして対処させてもらった。
冷や汗かきまくりつつ、冷え性の改善方法と傀儡一座の太夫達直伝の婦人病関係の薬草を紹介しておいた。
他にも、小者(こもの 下働き)として雇い入れたいという話は、表ではなく裏からもいくつも囁かれている。
鈴菜に追及された仕事の斡旋は、この関連で舞い込んできたことだった。

 でもこれに関しては、鈴菜はいい方に誤解してくれたけど、私にも全く下心がないわけでもない。

 私はまだ定住を求めてはいない。一座に再会したいという希望があるからだ。
石川氏の村にだって挨拶に行きたいし、里帰りだってしてみたい。
美濃に骨を埋める気もないから、就職先の条件がいいというだけは受けようとは思えない。

 しかし、この美濃は、今尾張と組んでいる同盟国でもある。
私がいつか吉法師のところに就職した時に、下手なしこりを残す危険を冒したくもないのが正直なところだ。
どれかを選べば、選ばれなかったところに角が立つ。
上から持って来られた仕事を下の私があからさまに断って、面目が潰されたと恨まれるのも困る。

 だから優秀な人材を紹介するという形式にして、体裁を整えた。

 私自身が勤めなくても、優秀な友人を就職させれば感謝されこそすれ恨まれるいわれはない。
それに、いつかその友人達の存在が私にとって重要な伝手になるかもしれない。
本職の御領主様とまでは行かなくても、少しでも恩を感じてくれていれば万々歳だ。
それがどれほど先の話になるかはわからないけれど、先が見えないからこそ賭けておく価値もある。
先行投資というやつか。……でも、別に必ず回収できなくても、それはそれで構わない。
友人達に確かな就職先が与えられ、彼らの今後が保証されれば、それで収支はすでにプラスだから。


 ―――連鎖する物事の終わりは見極めきれない。

 でもだからこそ、未来には賭けてみる価値がある。

 これも、この城で私が学んだことだ。
未来のことはわからない。いきつく先の全て計算することはできない。
けれど、自分が成したことの未来を信じてみたい。
結果がどうなるのかは、その時が「今」になったら、きっとわかる日も来るはずだ。
それを見るために、この目の前にある「今」を頑張って生きようと…、


「……で、日吉は、その『今』の自分についてはどうしようと考えてるの?」

「うぁ? もしかして、私独りごと言ってた?」

「言ってないけど、さっきの話の続き。
 日吉も手が止まってたから、やっぱり悩んでるのかと思って。
 いつも相談に乗ってもらってるばっかりだもん、たまには私も頼ってほしいよ」

「頼ってるって。
 私、鈴菜にはいつも頼りっぱなし」

「ほんと? ……そうなら、嬉しいけど。
 ……でも……、さ。
 日吉は仕事も譲っちゃうし。
 結婚式だの何だのって、他人のことばっかりじゃない。
 馬借になりたいって言っても、伝手ないんでしょ?
 この城でそれ関連の人いないのは、皆知ってるの。
 私達だって、調べたんだから。……だから、心配してて……、」


 気がつけば、手が届くほどそばに来ていた鈴菜が私の顔を覗き込無用にして見つめていた。
自分の考えに沈んでいた私に、気遣いを浮かべて注がれる視線は、どこか弱弱しく切ない。
こんなに思いつめても今まで黙っていたのは、私の考えを尊重しようとしてくれていたからなのだろうとわかる。

 普段とは違う鈴菜に、鼓動が一つ跳ねた。

 いつも歯切れのいい弾むような話し方をする彼女に、心細げな声は似合わない。
恋人のことに関してもしなかったような表情を、私を心配して浮かべてくれるのはどこかくすぐったくもある。
でも笑顔の方が好きだから、即行払拭。即日解決。元気な彼女が一番だ。

 というか、このネタこそが、彼女と二人きりで話したかった理由でもあるから渡りに船。
私は鈴菜の不安を吹き飛ばせるよう、わざとらしいくらい明るい声をあげて告げた。


「それがね、実は居たみたいで、」

「えっ、うそ、どこに!?
 誰が隠してたの!?」

「えっと、これは私と鈴菜だけの秘密にしてね」

「うん!」

「最近、行商の人とかいろいろ来てるでしょう。
 その人達の中に、知ってる人がいたの」

「そうなの?
 どの人?」

「馬の、」

「馬商の人!?」

「違うから、もうちょっと落ち着いて。
 ほら、厩に置く猿を売りに来た人。
 馬を飼うときは、猿も一緒に飼うのが昔からの習わしだって触れ込みしてたの、聞いてない?」

「聞いた聞いた。
 語り口が、すっごい面白いって人でしょ?
 私は一つしか聞けなかったけど、毎回少しずつ違うんだって。
 それが聞きたくて、何日も通った子もいるんだよ。
 へぇーあの人が、日吉の知り合いだったんだ」

「正確に言うと、知り合いの知り合い、かな」

「…………ちょっと待って。
 それって、ほんとに大丈夫な話?」

「たぶん。
 あのね、ここからが、鈴菜だけに話しておきたいことなんだけど……。
 
 ……このお城の普請の責任者って、松倉城の坪内様の部下でしょう。
 それで、その本城の方の坪内様の一族っていうのは、川並衆でもあるらしいのね。
 で、猿売りの人も、川並衆の人で。
 表向きは猿売りとして来てるけど、実はそっちの仕事もあって来てたらしくて、」

「川並衆!? 知ってる!!
 すごい! すごいじゃない、日吉!
 ただの行商だったらあれだけど、川並衆なら私も知ってるよ」

「いや、私はただの知り合いだから。すごくはないよ。
 それに、知り合いにとって不利になるなら、私も知らないふりもするし。
 その人もたまたま噂を聞いてこの城にも寄ってみて、私を見つけただけらしいし」

「でも、その人を通せば、本当の知り合いとも繋ぎがとれるんでしょ?」

「うん。そうしてくれるって言ってた。
 その人は、前に私のこと見たことあったんだって。
 もう4年以上前なのに、覚えていてくれていたみたい。……私はわからなかったけど。
 でも、その人の話は良く知っている人達のことだったから、嘘ではないと思う」

「嘘じゃないならいいじゃない。
 良かったね、おめでとう!」

「ありがと。
 それでね、その人が、馬借も紹介してくれるって言っているの。
 川並衆自体は水運事業だから、陸運にも伝手があるんだって」

「そっか、念願叶うんだ。
 日吉、いいこといっぱいしてるもんね。
 これくらいのお願い、叶って当然だよ。うん、納得、納得。
 あー、でも良かった。 早く帰って、さっそく報告しなくっちゃ」

「鈴菜、秘密だって、」

「でも、みんな心配してるんだもん。
 この話を独り占めしてたら、怒られちゃう。
 せめて半分だけなら……、って、半分だと余計に心配か。
 あの猿売りの兄さん、ちょっと軽過ぎるしぃ?
 でも川並衆のことは私と日吉だけの秘密だから、う~ん……」
 

 鈴菜には面倒をかけるけれど、秘密にしたいと言ったのは私ではない。
その繋ぎを務めてくれるという男の言だった。
 
 彼曰く(いわく)、
「川並衆と一まとめに言うても、縄張りがあるからなぁ。
 今回の仕事は、金が織田の殿様のとこから出とるからうちのが上やけど。
 そやからって相手のところで大きな顔してちゃぁ、後々いらんことになる。
 話を聞けば、お前さんにはずいぶん引きがあるみたいやし?
 余所者が抜け駆けしてんのがばれると俺の立場が悪うなるんや。
 騒がれて拙いんはお前も一緒やろ?
 出立までは黙っててくれんと、俺もどえりゃぁ困るゆーか。わかってくれへんかな?」

 猿商いの彼は小柄な青年だ。
顔は正直、まったくハンサムとは言い難いが、連れている猿にも似て愛嬌があるというのが私の印象。
鈴菜に軽過ぎといわれるのもその通りで、でも、どことも知れない訛り言葉は耳あたりがやさしい。
その不思議な口調で下手に出られ頼まれれば、反論する気が削がれてしまう。
まあ、美濃でのスカウト攻勢は断りまくっているし、蜂須賀に迷惑をかけるのも嫌なのも事実だ。
これ以上の注目はいらないと思っている私の本音にも沿っていて 歯向かう理由はこれといってない。

 ただ、こんな時。電話もメールもないことを不便だととても思う。
彼の身元を保証するのは彼の言葉しか存在しない。
それを確かめる術は、今の私の手にはない。
彼の言葉を信じるか否かは、私一人の目にかかる。

 しかし一見(いちげん)の彼に不安があっても、私が選ばなければならない。
私に提供された選択肢の中では、彼の提示した物が、私の望みに最も近いのも確かだ。

 信じる方も、試される。

 厳しいなぁと思っても、これが現実。選ばなければ先へは進めない。
そして、選んだから、私は鈴菜に打ち明けた。
鈴菜には詳しく話そうと思ったのは、単に彼よりも彼女に対する信頼が重かったから。
でも他の人達には、「知り合いが見つかったからその人と行くことが決まった」と言うことにするつもりでいる。
そのくらいは、彼のことも信じてみることにしたというのが私の結論だった。



 そして、若菜摘みをした日から数日後。

 鈴菜夫婦が、彼女の夫の希望で、本格的に建築の仕事を学ぶ為に京へと旅立つのを私は見送った。
他の知り合い達もそれぞれの行く先を決め、後に残るもの達に見送られ順次城を出て行く。
私もその流れに逆らわず、この半年を過ごした城を後にする。

 別れには、過剰な演出は必要ない。
しめっぽくなるのは嫌い。「さよなら」は、いつも通りの挨拶が一番好きだ。
シンプルな言葉だけど、ワンフレーズだけ覚えている古い歌では「再会のための約束」だとも言っていた。
心のこもった言葉は相手に必ず届く。
残せるものは残してきたという実感と、気持ちはしっかり伝わっているという確信も私の想いを強くする。

 それに、彼女達とはいつの日かきっとまた必ず会える。―――そんな予感もどこかにあるから。


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