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No.11192の一覧
[0] 戦国奇譚  転生ネタ[厨芥](2009/11/12 20:04)
[1] 戦国奇譚 長雨のもたらすもの[厨芥](2009/11/12 20:05)
[2] 戦国奇譚 銃後の守り[厨芥](2009/11/12 20:07)
[3] 戦国奇譚 旅立ち[厨芥](2009/11/12 20:08)
[4] 戦国奇譚 木曽川[厨芥](2009/11/16 21:07)
[5] 戦国奇譚 二人の小六[厨芥](2009/11/16 21:09)
[6] 戦国奇譚 蜂須賀[厨芥](2009/11/16 21:10)
[7] 戦国奇譚 縁の糸[厨芥](2009/11/16 21:12)
[8] 戦国奇譚 運命[厨芥](2009/11/22 20:37)
[9] 戦国奇譚 別れと出会い[厨芥](2009/11/22 20:39)
[10] 戦国奇譚 旅は道づれ[厨芥](2009/11/22 20:41)
[11] 戦国奇譚 駿河の冬[厨芥](2009/11/22 20:42)
[12] 戦国奇譚 伊達氏今昔[厨芥](2009/11/22 20:46)
[13] 戦国奇譚 密輸[厨芥](2009/09/14 07:30)
[14] 戦国奇譚 竹林の虎[厨芥](2009/12/12 20:17)
[15] 戦国奇譚 諏訪御寮人[厨芥](2009/12/12 20:18)
[16] 戦国奇譚 壁[厨芥](2009/12/12 20:18)
[17] 戦国奇譚 雨夜の竹細工[厨芥](2009/12/12 20:19)
[18] 戦国奇譚 手に職[厨芥](2009/10/06 09:42)
[19] 戦国奇譚 津島[厨芥](2009/10/14 09:37)
[20] 戦国奇譚 老津浜[厨芥](2009/12/12 20:21)
[21] 戦国奇譚 第一部 完 (上)[厨芥](2009/11/08 20:14)
[22] 戦国奇譚 第一部 完 (下)[厨芥](2009/12/12 20:22)
[23] 裏戦国奇譚 外伝一[厨芥](2009/12/12 20:56)
[24] 裏戦国奇譚 外伝二[厨芥](2009/12/12 20:27)
[25] 戦国奇譚 塞翁が馬[厨芥](2010/01/14 20:50)
[26] 戦国奇譚 馬々馬三昧[厨芥](2010/02/05 20:28)
[27] 戦国奇譚 新しい命[厨芥](2010/02/05 20:25)
[28] 戦国奇譚 彼と彼女と私[厨芥](2010/03/15 07:11)
[29] 戦国奇譚 急がば回れ[厨芥](2010/03/15 07:13)
[30] 戦国奇譚 告解の行方[厨芥](2010/03/31 19:51)
[31] 戦国奇譚 新生活[厨芥](2011/01/31 23:58)
[32] 戦国奇譚 流転 一[厨芥](2010/05/01 15:06)
[33] 戦国奇譚 流転 二[厨芥](2010/05/21 00:21)
[34] 戦国奇譚 流転 閑話[厨芥](2010/06/06 08:41)
[35] 戦国奇譚 流転 三[厨芥](2010/06/23 19:09)
[36] 戦国奇譚 猿売り・謎編[厨芥](2010/07/17 09:46)
[37] 戦国奇譚 猿売り・解答編[厨芥](2010/07/17 09:42)
[38] 戦国奇譚 採用試験[厨芥](2010/08/07 08:25)
[39] 戦国奇譚 嘉兵衛[厨芥](2010/08/22 23:12)
[40] 戦国奇譚 頭陀寺城 面接[厨芥](2011/01/04 08:07)
[41] 戦国奇譚 頭陀寺城 学習[厨芥](2011/01/04 08:06)
[42] 戦国奇譚 頭陀寺城 転機[厨芥](2011/01/04 08:05)
[43] 戦国奇譚 第二部 完 (上)[厨芥](2011/01/04 08:08)
[44] 戦国奇譚 第二部 完 (中)[厨芥](2011/01/31 23:55)
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[11192] 戦国奇譚 流転 閑話
Name: 厨芥◆61a07ed2 ID:7ceeef25 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/06/06 08:41
 時代の壁、慣習の違い。それは、お互いの理解の上で乗り越えていけるものだと理解した。
でも、どんなに周囲からいい話を聞かされ感動したって、安易に頷いてはいけないこともある。
している人達を祝福するのは吝か(やぶさか)ではないけれど、お勧めされても「私」は困る。

 「恋愛」とか「結婚」とか……。自分自身に向かう色恋への関心は、今のところ正直薄い。

 「結婚を前提にお付き合いして下さい」と言われたって、「ごめんなさ」の返事しか考えられない。
この体は、まだ実質一桁台の年数しか生きていない。
「家庭」も「子供」も「恋人」も、どう考えても荷が重すぎる。
 


 ――――― 戦国奇譚 流転 閑話―――――



 山の春は、平地に比べれば遅くやって来る。
しかし、この我らの山城は、どこよりも早く春まっ盛りの様相だった。
右を見ても左を見ても恋人同士がいちゃいちゃしていて、独り者は目のやり場に困ってしまう。
雰囲気は悪くはないが、城全体が浮足立っているような落ち着かない感じもする。
私の周囲にもいくつも新規カップルが誕生していて、嬉しい報告を聞かせてくれていた。

 けれど、私の愚痴もその空気に煽られてのことだった。
告白だって、相手が真実本気なら、私ももっと舞い上がったり悩んだりしたかもしれない。
でも、周囲に流されての言葉では、返せる答えは一つしかない。
時にはそれすらも億劫で、親しい人達以外からは逃げ隠れする始末まで招いている。
実は微妙にばつの悪い感情もあって、いたたまれなさに苛まれてもいるのだ。

 理由は、この恋愛ブームの原因が、私だったりするから。

 元凶の自覚があるから、プロポーズの軽いノリを嫌だなと思っても、相手を責めることはできない。
私にとっては望ましくなくても、一概に悪い状況とも決めつけられず、強引に収拾をつけるのも躊躇われる。
おとしどころを探して右往左往しているのは私だけで、周りは完全にピンク色。
幸せそうな人達を見ていると、このままの方がいいのかなとも思ってしまう気持ちもあって、迷うばかりだ。


 何故こうなったのか。ことの始まりは、「恋愛」とは全く関係のないことからだった―――。


 私は前世では肩こりに苦しんだので、整体や肩こり解消方法に強い関心があった。
正規の資格は取ったことはなくても、かなりいろいろやりこんでいたと思う。
その知識を使おうと思ったのは今生でもまた肩こりに悩まされ始めたからで、深い意味はない。
友人の鈴菜も肩こりタイプだったのは偶然だ。

 この時代は、施療院などの医療関係のバックアップはほとんどが寺社関係に任されている。
それとの関連は不明だけれど、現代でも、僧侶が個人的に針や灸(きゅう)を学んでいることは多い。
心の悩みが肩こりや腰痛といった症状で、表に助けを求めるシグナルを発することもあるからだろう。
心と体のつながりは深い。救いを求める人に差し伸べられる手が多いほどいいのは、昔も未来も変わらない。
前世の実家でもその考えのもとに、弟は鍼灸の専門学校にも行っていた。
彼の練習台になってさんざん悲鳴をあげさせられ、私も仕返しに同じことをして叫ばせたのは良い思い出だ。

 そんな弟との懐かしい思い出のおかげか、私の肩揉みの腕は今生の友人達にも好評だった。
肩こり仲間と言うのも変だけど、同類は多い。
鈴菜や志野をはじめこの悩みを持つ友人達からは、一度やるとやみつきになるとのお墨付きをもらっている。
内輪だけでやっていたことがどんどん依頼者が増えたのも、このマッサージの腕があったからだと思う。

 誰でもわかりやすく気持ちよさを実感できるというのは、大きな強みだ。
マッサージや姿勢の矯正などは、効果も出やすい。
薬などのように蓄えの量に制限はないし、身一つでできる手軽さもいい。
もちろん一番大きいのは、無料だということだろうけど。客希望者は、引きも切らない。

 それで、知人友人の紹介で広がっていったわけだけど、最初の頃の依頼者は女性ばかりだった。
しかし知る人達が増えるにつれ、当然「やってみたい」と言い出す男性も出てくる。
でも私はそれを断った。安請け合いは出来ないので、これにも「ごめんなさい」を連発するしかない。
が、断った回数が片手を越えた時点で、自分一人での対処は無理だとも考える。
反感を買わず断り続けるには、女性陣の手助けが必要だった。
協力を頼むまでの経緯は、こんな感じ。


「日吉、また断ったんだって?」

「うん。前から出来ないって言ってるし。
 この城で働いている男の人って、女の人の3倍はいるでしょ?
 これ以上頼まれても、廻りきれないから」

「まあねぇ、お願いされるの今でもかなり多いしねぇ。
 順番がなかなか回って来ないのも寂しいし。
 私も志野さんとやってみたりするけど、なんか今一つ?
 手当(てあて)って昔からあるものだけど……。
 どっか違うのか、日吉にしてもらう方が気持ちいい気がするっていうか。

 ……でもだから、気持ちいいから、ちょっとあいつにもわけてあげたいかも、って。
 思わなくもないというか思うというかいろいろ、う~ん……。

 あっ、でもさ、たしかあの時はやってくれたよね。
 ほら、あの男の人が捻挫(ねんざ)した時」

「あれは……。
 悪い足を庇いながら働いていたせいで、他の部分がおかしくなりかけてたから。
 捻挫が治る前に、他の部分をさらに痛めてしまいそうで見てられなくて」

「そのケガ治ってからも、前より調子がいいって言ってたよ。
 腰もしゃんとして若返ったって自慢してた」

「……口止め、してたはずなのに」

「あー、聞いちゃった」

「私に出来るのは、ほんの少しの手伝いだけなんだよ。
 本当には治せないから、過剰な期待されたら怖いから、」

「わかってる。 
 それは皆ちゃんとわかってるって。
 大丈夫。日吉が何度もそう言ってるの、皆聞いてるからさ」

「ごめん、無理言って」

「いいって、いいって。
 そんなの無理でもなんでもないよ。友達だもん。
 それに、お願いしてるのは私達の方だしね」

「ありがと。
 それなんだけど、ホントはね、男の人がダメな理由って実は他にもあるんだよね。

 そのケガした人を揉んだ時もそうだったけど、指が立たなかったの。
 わかる? 肩とか、背中とか、太ももとか、ふくらはぎとか……。
 これ、石? って感じで、体重入れても全然ダメ。
 女の人を揉む時とは比較にならなくて、すごく疲れた。
 男一人で、女の人3人分くらいは大変だった。
 
 女の人だったら、どんなに力持ちでも、首までは鍛えないから。
 首筋から鎖骨にかけてとか、皮膚も薄いし。
 前から揉んでいっても、胸の脇のリンパ腺とか気持ちいいとこも探しやすいけど。

 でも、男の人じゃ無理。僧帽筋(そうぼうきん)無理。背筋も、胸筋も、絶望的に無理!

 肩に石を山ほど入れたもっこを担ぐせいか、首なんて鍛えあげられてて、かちかち。
 身長160もなさそうな人ばかりなのに、すごいんだよ。細いのに!
 逆三角形とかわかりやすい運動選手のような体型なんて一人もいないのに。
 見せ筋じゃなくて、完璧実用120パーセントで、毎日毎日鍛えてるようなもんで!!
 現場行って見てるだけで絶対固いって触らなくてもわかる。……っていうか、触りたくない」

「わ、わかった。
 何言ってんだかわかんないけど、とにかくわかった。
 日吉が嫌がってるのは、よーくわかったから。
 ごめん、日吉。ああ、もう、ごめんって。
 ほら、泣かない、泣かない」

「泣いてない……」

「うん。うん。
 もう言わない。もう言わないから、ね?」

 
 泣く子と地頭には勝てない。
本気で泣いたのではなく、ちょっと興奮して涙目になったのを上手く解釈してもらえたらしい。
私は鈴菜の同情を無事勝ち取って、ガテン系労働者相手のマッサージ地獄の回避に成功した。

 でも、無責任に何の代案もなく突き放したわけではない。
代わりに「やり方」を教えることを提案してみた。

 私に比べれば大人の女性は握力も体重もある。
男の人ほどではなくても、力仕事を得意とする人もいる。
それに、「私よりも、好きな人にやってもらう方が気持ちいいはずだよ」と言葉を添えたのは本心からだ。
私が逃げたかったからだけではない。これはする方にもされる方にも益のある代案だったと思っている。


 個人マッサージサービスから、指圧教室へ。

 「やってあげたい人がいるなら、覚えてみない?」と皆にもちかければ、両手をあげて歓迎された。
単純に考えても、一人に依存するより、施術者が増えればそれだけやってもらえる回数も増える。
私が客にしたことのある女性のほとんどが賛成し、初回授業は二回に分けるほどの参加者が集った。

 講師を務めるのは、私。助手を鈴菜と志野に頼む。
教えるのは基本の人体構造と、指圧の初歩に、体のバランスを整える体操の三本立て。

 子供が教えるなんてと思った人もいるかもしれないが、皆一度は自分の体で効果を知っている。
面と向かって、不信を言う人はいなかった。
それに実技中心だ。目の前の練習相手も知り合いだから、「良い」も「悪い」も口に出す。
そうなれば、私にまで何かを思っている暇はない。
仕事の終わった後の時間の疲れをおしてまで学ぼうという人達だから、熱意も保証付き。
講師が多少拙くても、大目に見てもらえる。……もらえていた、と思う、たぶん。


「……首の後ろ、髪の生え際からお尻のところまで。
 背中にまっすぐにある骨が、背骨です。
 前の人のを触ってみてください。わかりますか?
 この骨の傍には、重要な神経が通っています。
 骨は、頸椎7、胸椎12、腰椎5、それから仙骨が5で尾骨が3~5あります」

「へぇ、そんなにあるんだ。
 でもそれ、誰が数えたんだい?」

「え? あっ、えーっと、お医者さん? 昔の偉い人です」

「昔の人?
 体の中の骨の数までわかるなんて、まるで仙人様だねぇ」

「すみません。知ってほしいのは数じゃなくて、この骨が大事だってことでした。
 この骨が体に対してちゃんと背中の真ん中で真っ直ぐになっていることが重要です。
 右や左に歪むと、疲れやすくなったり、病気になりやすくなったりします」

「病気は嫌だねぇ」

「はい。 背骨が曲がると、この下の骨盤(こつばん)、腰の大きな骨も傾きます。
 この骨は、女の人にとっては特に赤ちゃんを支える大切な骨。
 骨盤のねじれや傾きが大きくなってしまうと、逆子になったり、流れやすくなったりしてしまいます」

「えっ! うそ!?
 ちょっと、それ、どうすればいいの!? 
 流産なんて嫌よっ、日吉っ!!」

「うわ、待って、落ち着いて。
 大丈夫ですから。体の形を整える体操もあります。
 揉んで体の固まっているところを解して、血が体の中を良く流れるようにして。
 それから、それだけじゃなくて、骨の位置も正していきます。
 急いでやったら痛めてしまうからゆっくりと、毎日少しずつ。そうすれば大丈夫」

「ほんと?
 ほんとね?」

「はい」


 前世の情報をむやみに話すと、おばちゃん達に突っ込まれる。
インフォームドコンセント 、病気の危険の説明をすれば若いのに突撃される。
人にものを教える時の話の舵取りは、試行錯誤。
伝える言葉を選び間違えて、あたふたすることもしばしばだった。
それでも、「頭が痛くなくなった」や「腰が軽くなった」と喜んでもらえれば嬉しい。
やめたくなることがあっても、そのたびに、やっていて良かったと何度も思い直せる。

 だから、この教室が長く続き上手くいったのは、私一人の手柄ではなかった。
「どう教えればいいか」を教えてくれたのは、生徒になった人達の方だったともいえる。
凹んだ私を的確に煽て(おだて)励ましてくれたのは、経験豊富な彼女達。
「健康」を合言葉に、力を惜しまず協力してくれた皆がいたから形にできたことだった。


 先生と生徒の二人三脚で、どちらが牽引役かわからず進んだ指圧教室。
それも初期の生徒が後輩を教えられるほど成長する頃には、安定し軌道に乗る。
私はメインの講師を教えるのが上手な人に譲り、お手伝いの側に回り表からは引っ込む。
また個人サービスを再開し、伝手を作ったり、情報収集に励んだりもできるようになった。

 そこでわかったのが、山中の孤立した城という限られた空間は、情報網の構築練習にも丁度いいこと。
 
 この場所は、冬を越えたとはいえまだ外は寒く、人の出入りがそう許される場所ではない。
建設中の現場としても、雨が少なかったから堀割(ほりわり)を作るのにも水に邪魔されることもなく順調。
ケガ人も少なくて、新たな人員の追加もない。
そうなれば、居るのは「知り合いの知り合い」ばかりになり、完全な「知らない人」は居なくなる。
そんな閉鎖空間で、仕事はあれど遊びといえばサイコロなどの博打(ばくち)くらい。
でもそれはあまり勧められたものじゃない。
皆娯楽に飢えていて、面白そうな話はあっという間に広がる。
その話を手繰り寄せ、流れを見極めて行けば、情報網とも呼べる代物を作り上げることができたのだ。

 で、第一次「健康ブーム」が到来。

 話の発端は、指圧教室の参加者達。
私発の「雑学」が、この伝言ゲームにのって広がっていく様を、出来たばかりの情報網を通じて観察する。
話が特徴的だったこともあって他と区別がつきやすく、これはとても面白いものだった。
でも怪しげな民間療法も同時に広がっていて、嬉々として情報収集していた私の悩みの種にもなる。
馬の色が白でも黒でも茶色でも、その尿が「万能薬になる」とは全然思えないし。
誤情報も結構多くて、打ち消す情報を流したり、別の情報にすり替えてみたりと対抗手段を講じもした。
この情報戦、私はかなりまじめで必死だったのだけど、周囲の人達は楽しんでいたようだ。

 そして、私が水面下でそんなことをしている中。
健康に対する意識の高まりは、指圧教室をさらに繁盛させていた。
表から引っ込んだはずの私を呼び戻そうとする動きまで現れる。
しかし、もうこの頃の生徒さんは、私が直接揉んで引き入れた人ばかりではなくなっている。
穿った見方で悪いけど、ここまで大きくなると私が表に立つメリットよりもデメリットが多い。
このデメリットは個人的なものだけではなく、教室にも関係した問題だ。
なので断ろうと考えて、でも相手は鈴菜達。仲良しだから、素気無くはしたくない。

 それで、いろいろ考え私が出した結論は、「健康器具を作ろう」だった。

 何事もサービス、サービス。
現状が上手くいっているからといって慢心していたら、お客様に飽きられてしまう。
指圧教室への貢献は、私だってしたくないわけじゃない。
どちらにもプラスになるとわかれば、骨身を惜しむ気はまったくない。

 それに、私は手先の工作も好きだった。
大きな建造物から、プラモまで。作り上げるという行為にわくわくする性分らしい。


 さっそく試案に入った。大がかりな道具は作れないのはわかっている。
あるものを利用でき、使いやすく、作りやすい物。
誰でも作れるようなものなら、見本を一つ作れればいい。
ここは大工などの技術者の多い環境だから、見本があれば勝手に量産してくれるはず。

 健康器具、試案第一号は間を置かずにすぐ出来た。
まずはシンプルなものをと考えて、真っ先に思いついたのがこの「青竹」だった。
これは良く育った竹を50センチぐらいの長さに切り、半割にしただけのもの。
竹の丸みの上に土踏まずがあたるようにして立ち乗って足踏みをすれば、自重で足裏が揉みほぐせる。

 しかし、これは製作は簡単だったが、試用でつまずく。

 理由は、単純。足の裏が丈夫すぎるからだ。
草鞋はゴム製の靴底と違って衝撃吸収などしてくれない。
そんなほとんど裸足同然で、舗装もされていない山道を何十キロも歩けるような足なのだ。
石を踏んでもケガをしないのは、日頃の慣れもあるけれど、皮が厚くなっているせいも大きい。
効果が全くないとは思わない。でも、記憶の中にあったよりもはるかに感じが鈍くて、いまいちだった。

 第一号の失敗にはめげず、私は第二号に取り組む。
二号は先の教訓を生かし、無理にひねらず、ここは素直に指圧の発展系から行こうと考えた。

 健康器具、試案第二号は「ツボ押し」。
「固い筋肉を指で押すと指が痛むなら、痛くない木の棒で押せばいい」という発想だ。
でも、他人だと力加減が難しいので、お勧めは自分で使うこと。
となると、短い物より長い物が望ましい。

 脳内検索の結果私が思いだしたのは、ローマ字のJ(ジェイ)字型をしたツボ押しだった。
 
 細かく言うなら、J字の長い方を持ち手にし、短い方の内側にツボを押す突起をつけた道具。
これを、文字をひっくり返すような形で使う。
カーブの部分で肩を挟み、胸の前で長い持ち手を引けば、背中に廻った突起が肩のツボを後ろから押す。
これなら独りで自分の肩が揉めるという優れもの。私も前世では、愛用させてもらっていた。

 しかし、これは製作でつまずいた。

 私にもっと財力があれば……と思うのは、あまりにもむなしい。
この器具のミソは、J字のカーブにある。
これを再現するには、金属でつくるのが一番なのだけれど、それを用意する手立てがないのだ。
有体に言えば、お金がない。

 城には既存の建築用具や刃物などが壊れた時に直すための簡易の鍛冶場がある。
鍛冶場の主の奥さんは、私のマッサージの上顧客(おとくいさま)。
私が以前小さな刀鍛冶で見習いをしたネタも上手く振っていて、主人は話の通じない人ではない。
それどころか、面白そうだと製作に意気込んでさえくれるのだけれど、何しろ材料がなかった。
町への買い出し部隊はあるが、頼むには前金が必要だ。
小さな城の金物(かなもの)備品はぎりぎりで、建材の横流しをそそのかす悪人にはなれない。
そんなことをすれば、試作品が完成した時点ですぐバレるだろうし。
それに量産が最終目的だから、原材料の調達がダメならどうしようもなかった。

 でも、これをあきらめるのは悔しい。惜しい。何よりも「作る前からあきらめる」というのが嫌だ。

 何とかならないものかと、私は頭をひねる。
日課の散歩の最中も、しかめっ面でうろうろし、立ち止まっては片隅でうなる。
城の外の堀は8割完成していて、手のあいた人達に声を掛けられても気もそぞろ。
いつもなら勇んで話をねだるところだけれど、それどころではなかった。

 それで、「具合が悪いのか」と心配され謝り、「腹がへったのか」と問われ感謝して断り。繰り返すこと、数度。
「困ったことがあるなら、言ってみな。力を貸してやっから、な?」とまで言われて、甘えてみることにする。

 一人より二人。二人より三人。三人寄れば文殊の知恵だ。
私は彼らにツボ押しの形を説明し、その利点を力説して、製作でつまずいたことを打ち明けた。
私の話をバカにせず、真面目にきいてくれるだけでもありがたい。

 ……と思ったら、とんでもなかった。私を外して、話し合いは喧々囂々。
個人で使えるマッサージ器具への情熱に、私は圧倒されまくる。

 皆さん、指圧教室についてはほとんど周知らしく、けれど利用者は女性限定。
その恩恵にあずかれるのは、「知り合いに親しい女性がいる人」だけというプレミアム。
噂ばかりが席巻し、でも実際には未経験者多数で、特に独り身の男性の関心を煽っていたようなのだ。
女の子の優しい指で揉んでもらうのはちょっとハードルが高い人達の熱意が、……怖い。

 わずか半刻。
既に輪からはじき出され、横で聞いているだけの私は、「私が」ツボ押しを製作することはあきらめた。
ここまで引っ張って、いまさら意見を変えるなんてとは言わないでほしい。
あの情熱は、何か次元が違う。私には踏み込めない、未知の領域だったから。


 そうして、直接関わることをやめた、ツボ押し器。
その製作は私の手を離れ、どんどん独り歩きして行った。
私は遠くから見守るつもりで時おり近況を調べては、笑い戦慄く。
ツボ押しは、……伝言ゲームと職人魂の融合に、既に元の形態を失くしている。
発展の過程は面白いけれど、元を知っているだけに感慨は微妙だ。

 進化というより、変態。
芋虫が蝶々(ちょうちょ)になるほども違うそれは、その変化の中でさまざまな副産物を生みだす。
その中身は見た目奇妙なものも多かったが、一つ、私の良く知った物もあった。

 それは、「孫の手」。背中を掻くときに使い勝手のいい品だ。
木の棒の先にカーブを付けて薄くしただけの、これも単純な造り。でもあると便利な品物。
懐かしい物が、昔目にしたものと全く同じ形でそこにある。私はそれに飛びついた。
失敗したマッサージ器具でとしてではなく、「孫の手」としての機能を売り込む。
こればかりは製作者がどう思っていても、私には「孫の手」にしか見えないのだからしかたない。

 私が熱意をもって褒め称えた品物。
誰でも一目見本を見れば簡単に造れる便利な道具、これが広まらないわけがない。

 どんどん広がった。……やっぱり、特に、男性に。

 女の人なら友人くらいの間柄でも、「背中をちょっと掻いて」と頼むのは難しくない。
異性に頼むのは時と場合によるかもしれないけれど、同性ならばわりと気安く言える。
ところが、これが男性だとそうはいかないようだ。
確かに、いい年した男性が同輩に背中を掻かれている図は、あれだ。
あまり楽しくもなさそうだし、頼むのも頼まれるのも躊躇する気持ちはわかる。
やさしい恋人や伴侶がいつも傍にいればいいけど、皆が皆、そうそう恵まれているわけではない。

 まあ背中を掻くのは別に孫の手でなくても出来る。
が、あのカーブを知れば、ただの棒で掻くより気持ちいいこともわかるだろう。
製作は簡単。材料もどこでも手に入るのだから、少し手間暇かけるくらいは悪くない。何せ娯楽は少ないし。

 というわけで、気がつけば個々に作られ、どのくらいに増えているか正確にわからないほどにすぐなった。


 そうしてこの小さな城のどこでもそれを見かけるようになった頃。
いつものように工事現場を見学していた私は、休憩中のおじさん方にカスタムの一品を見せてもらっていた。
孫の手ですら、個人所有ともなれば改造するのは職人にとってあたりまえのことらしい。
肩甲骨の上と下を掻くのではカーブの深さが違うものを使うという話を、私は真面目な顔で聞いていた。

 そして、話がふと途切れた合間。
「これの正式な名はなんていうんだ?」と、いまさらな質問をされる。
現品の流行が早く、他の作品も多種発生していたせいもあり、名前までは正確に伝わっていなかったらしい。
私は何も隠すことでもないので、素直に「孫の手」と答えた。

 しかし、これがさらなる問題の始まりになるとは、私でも全くの予想外。

 私にとってはありふれた何の変哲も感じない名前が、彼らの心をさらにピンポイントで突いてしまったのだ。

 長寿延命と子孫繁栄はいつの時代も人の願いのトップを競う。
この時代の一般庶民は、それをどんなに願っても、所詮は運に任せるしかない。あるいは、神頼み。
そんな中、「孫の手」という言葉は、彼らの耳に最高に縁起のいい響きで届いたようだ。

『わが子が健康に無事に育ち、さらにその子が伴侶を手に入れることもでき、孫にまで恵まれる。
 その孫が己の背を掻いてくれるほど大きくなり、またそれを見守ることができるほど長く生きられる』

 この夢を、「孫の手」の形状と名前が集約し体現する。
名前を聞いてきたおじさんの息子がそろそろ結婚を考える年だったのが、良かったのか悪かったのか。
カスタム「孫の手」を両手に握りしめ、感動に打ち震える彼の姿を見れば、後はもうおわかりの展開かと思う。


 「孫の手」爆発的大ヒット。
「指圧教室」、「ツボ押し器」を抜いて人気急上昇。年間人気番付で、「横綱」間違いなし。

 ……などと。
もしも現代だったら年末の日経新聞に写真つきで載るのだろうなと、空を見上げて思う。ただの現実逃避だ。
「孫の手」なら「孫の手」、「指圧」なら「指圧」と、単独での流行だったらまだよかったのかもしれない。
それが同時で、しかも複雑に絡み合って、気がついた時にはこのありさま。
わざわざ情報網を通さずとも、思わず逃避もしたくなるような報告が、次々に私の耳に入って来る。

 指圧教室の生徒さん達から聞こえてくる声は、まだ穏便で微笑ましい。

「健康体操を始めて偏頭痛が和らぎました。
 最近、笑顔がいいねって褒められます。 恋人募集中」は、可愛らしくていい感じ。

「夫に指圧をしたところ、前より優しくなった気がします。夫婦生活円満の秘訣です」も、心温まるいい話だ。

 だけど。

「『孫の手』握って告白しました。本当に、御利益(ごりやく)ありました。
 共に白髪ができるまで、孫達に囲まれた最期を迎えるまで一緒にいようって。
 もちろんOKもらいました。これからさっそく子作りです!(意訳)」……は? お守り?

「指圧最高!
 俺の彼女は繊細で、今までは夜の誘いも三回に二回は「疲れてるから」と断られてました。
 それが指圧を彼女に教わって、俺がしてあげられるようになって変わったんです!
 夜の誘いも、最初に彼女を気落ち良くさせてあげれば、今ではお断り「無し」!
 この前なんか、昼間なのに「ちょっと揉んであげようか」から、なんとなしくずしに!!
 指圧のおかげで、俺の人生バラ色です(超意訳)」……、……、…………。


 良かったねと素直に祝福していいのだろうか?
「孫の手」の使い方も、「指圧」の使い方も、私の思っていたのとはだいぶズレている。
ズレすぎて、もう何も言えないレベルだ。何を言えばいいのか、もはやさっぱりわからない。
特に「孫の手」なんか、どんな飛躍があって「縁結びのお守り」にまで進化してしまったのか。
名前が良いからって、あまりにも安直だ。

 しかし、噂は噂を呼ぶ。人の心をくすぐる話は、燎原(りょうげん)の火。
あっという間に広がって、止める手立てを打つ暇もなかった。


 ―――そして、結果はこの通り。 「健康促進」を目的に始めた事柄は、全く違う流れへと変貌を遂げる。


 流行は熱気をもって迎えられ、誰もかれもが春を手に入れようと浮かれ騒ぐ。
各種アイテムを理由に、伴侶獲得に余念がない。
もうすぐこの城の普請工事が終わる。皆、工事が終わった後のことを考えているのだろう。
相手を手に入れられるのは期限付き。だから、誰かれ構わず突進するような浅慮もあらわれる。
歓迎してない私のような人間にまで、その手が伸びてくるほどなのだから。

 このお祭り騒ぎに火をつけたのは、「私」だった。
だけれど、それを受け入れたくなる土壌はすでにあった物でもある。
そうでなければ、ここまで大きくはならない。私は一因ではあっても、全てではない。
彼らがこの流行を歓迎し、結婚を急ぐのは、終わりを見据えてのこと。
「城の完成」と「結婚」は、私が何をするよりも以前からつながっている問題だった。

そしてその問題の顛末(てんまつ)が、私の次の移動のきっかけになるわけだけど、長くなるので以下次回。








 * 参考資料公開は、要望があれば随時します。○話の○○の資料と請求下さい。


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