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No.11192の一覧
[0] 戦国奇譚  転生ネタ[厨芥](2009/11/12 20:04)
[1] 戦国奇譚 長雨のもたらすもの[厨芥](2009/11/12 20:05)
[2] 戦国奇譚 銃後の守り[厨芥](2009/11/12 20:07)
[3] 戦国奇譚 旅立ち[厨芥](2009/11/12 20:08)
[4] 戦国奇譚 木曽川[厨芥](2009/11/16 21:07)
[5] 戦国奇譚 二人の小六[厨芥](2009/11/16 21:09)
[6] 戦国奇譚 蜂須賀[厨芥](2009/11/16 21:10)
[7] 戦国奇譚 縁の糸[厨芥](2009/11/16 21:12)
[8] 戦国奇譚 運命[厨芥](2009/11/22 20:37)
[9] 戦国奇譚 別れと出会い[厨芥](2009/11/22 20:39)
[10] 戦国奇譚 旅は道づれ[厨芥](2009/11/22 20:41)
[11] 戦国奇譚 駿河の冬[厨芥](2009/11/22 20:42)
[12] 戦国奇譚 伊達氏今昔[厨芥](2009/11/22 20:46)
[13] 戦国奇譚 密輸[厨芥](2009/09/14 07:30)
[14] 戦国奇譚 竹林の虎[厨芥](2009/12/12 20:17)
[15] 戦国奇譚 諏訪御寮人[厨芥](2009/12/12 20:18)
[16] 戦国奇譚 壁[厨芥](2009/12/12 20:18)
[17] 戦国奇譚 雨夜の竹細工[厨芥](2009/12/12 20:19)
[18] 戦国奇譚 手に職[厨芥](2009/10/06 09:42)
[19] 戦国奇譚 津島[厨芥](2009/10/14 09:37)
[20] 戦国奇譚 老津浜[厨芥](2009/12/12 20:21)
[21] 戦国奇譚 第一部 完 (上)[厨芥](2009/11/08 20:14)
[22] 戦国奇譚 第一部 完 (下)[厨芥](2009/12/12 20:22)
[23] 裏戦国奇譚 外伝一[厨芥](2009/12/12 20:56)
[24] 裏戦国奇譚 外伝二[厨芥](2009/12/12 20:27)
[25] 戦国奇譚 塞翁が馬[厨芥](2010/01/14 20:50)
[26] 戦国奇譚 馬々馬三昧[厨芥](2010/02/05 20:28)
[27] 戦国奇譚 新しい命[厨芥](2010/02/05 20:25)
[28] 戦国奇譚 彼と彼女と私[厨芥](2010/03/15 07:11)
[29] 戦国奇譚 急がば回れ[厨芥](2010/03/15 07:13)
[30] 戦国奇譚 告解の行方[厨芥](2010/03/31 19:51)
[31] 戦国奇譚 新生活[厨芥](2011/01/31 23:58)
[32] 戦国奇譚 流転 一[厨芥](2010/05/01 15:06)
[33] 戦国奇譚 流転 二[厨芥](2010/05/21 00:21)
[34] 戦国奇譚 流転 閑話[厨芥](2010/06/06 08:41)
[35] 戦国奇譚 流転 三[厨芥](2010/06/23 19:09)
[36] 戦国奇譚 猿売り・謎編[厨芥](2010/07/17 09:46)
[37] 戦国奇譚 猿売り・解答編[厨芥](2010/07/17 09:42)
[38] 戦国奇譚 採用試験[厨芥](2010/08/07 08:25)
[39] 戦国奇譚 嘉兵衛[厨芥](2010/08/22 23:12)
[40] 戦国奇譚 頭陀寺城 面接[厨芥](2011/01/04 08:07)
[41] 戦国奇譚 頭陀寺城 学習[厨芥](2011/01/04 08:06)
[42] 戦国奇譚 頭陀寺城 転機[厨芥](2011/01/04 08:05)
[43] 戦国奇譚 第二部 完 (上)[厨芥](2011/01/04 08:08)
[44] 戦国奇譚 第二部 完 (中)[厨芥](2011/01/31 23:55)
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[11192] 戦国奇譚 流転 一
Name: 厨芥◆61a07ed2 ID:8bbca788 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/05/01 15:06
 人の集まる場所は、生きる匂いのする場所が良い。

 客を呼びとめる商人の声。
品を見定めて値切る客との丁々発止のやり取り。
荷を乗せた手押し車の木の車輪が軋む音。

 市の活気を表す喧騒を聞きながら、私は立ちあがり空を見上げる。
今もまだそんなに身長も高くないけれど、座ってしまうと空が遠くなるような気がする。
夏の空よりも秋の空の色は薄いから、よけいにそう思うのかもしれない。

 澄んだ青も深い青も、どちらも同じくらい好きだと思いながら、流れて行く雲を追う。
薄く高くたなびく雲に、季節の移り変わりを感じた。



 ――――― 戦国奇譚 流転 一―――――



 私は昨年の冬から半年ほど、三河にある石川氏の村でお世話になっていた。
でも、そこに定住するつもりはなく、いつかは旅に出ると決めていた。
それがずいぶん早い出立になってしまったのは、予定外のことがあったからだ。

 その事故というか事件が起こったのは、緑鮮やかな初夏の頃。

 それまで戦に行っていた人達が帰って来ることが決まり、村は喜びにわいていた。
誰もがその日を今や遅しと待ち望み、口を開けば話はそれ一色。
いつにもまして拙い口調で話しまくる子供達が、満面の笑顔で気持ちを伝えてくる。
「よかったね」と相槌を打てば、私の心も浮きたつようだった。

 ちょうど田植えが終わったばかりで、水を張った田は光を反射させきらきらと光る。
それを横目に見ながら山に食べ物を採りに入ったのは、その話の関連からだった。
村の備蓄は、帰還者を歓待するには心もとない。
どうせなら煮炊き用の柴も増やしておこうと、狭霧と旭日も連れての遠足になった。

 私達が向かったのは、山とはいっても、実体は近場の丘陵。
人手が足りていた頃は、季節ごとの下草の刈り入れや、栗などの食木の植栽もされていた。
子供達の中には親に連れてきてもらったことを覚えている子もいて、慣れた場所と聞いていた。
なので着けばすぐに散開し、それぞれに山の恵みを探し集める。

 皆が皆、戦は終わったのだからと、気を緩めていた。

 山に行った子供達の頭の中にあったのは、父や兄、母や姉の姿だけだったと思う。
帰って来た人達においしいものを差し出して、自分達も頑張っていたよと報告したい。
そんなふうなことを訴える、甘えるよりも先に労うことを望んだやさしい子供達は、誰もが勇んでいた。
見張りも立てず、夢中になってあれもこれもと探す目は明日への希望だけがあって、警戒はなかった。

 私もそうだった。だから、脅威がすぐそばに近づくまで、誰も気がつかなかった。

 襲ってきたのは、終わったはずの戦の熱を引きずった、無頼の集団。

 敵の人数は多くはない。
向こうは大人でこちらは子供ばかり。ハンデはあったけど、地の利は私達の方にある。
上手く逃げれば、逃げられないことはないはずだった。
それに相手の狙いは、狭霧と旭日。私達より、馬の方が奪う価値は高い。
ばらばらに逃げて行く子供たちを、わざわざ追いかけて捕まえようとする者はいなかった。
 
 だから、……捕まったのは私が失敗したからだ。

 旭日の声を振り切れずに、自分の力も顧みず助けたいと思ってしまったから。
自業自得。敵との力量に差があるなら、その差を埋めるだけの準備が必要だったのに。
策も手(手段)もなく足を止めた私は、狭霧達の「おまけ」で浚われる羽目に陥った。



 その後、私は馬盗人達に連れられて、否応もなく村を離れる道を行くことになる。
行き先はもちろん、市のたつ町。

 彼らの望みは、故郷に帰るための路銀だった。
母仔の馬を売れば、確実に一財産が手に入る。
だから、私の誘拐は、ほんとに狭霧達の「ついで」でしかなかった。

 けれどおまけでも何でも、捕まってしまえば虜囚にかわりない。
でも、道中乱暴に扱われることはなかったし、水も充分にわけてもらえた。
「運が悪かったなぁ」と頭を撫でるくらいなら、逃がしてくれればいいのにと考える余裕まであった。

 時々思い出したように構われる以外は、私の扱いは概ね放置。

 放っておかれた理由は、彼らにとっての私が、特にどうこうするほどの価値もなかったからだと思う。
先を急ぐからか狭霧に乗せてもらえていたので、逃げる隙もないけれど旅の辛さもなく、さくさく進む。
初めての捕虜生活の待遇は、退屈を除けばそう悪いものでもなかった。

 それに……。
待ってくれている人達のために、どんなことをしてでも帰ろうと足掻く人間を、誰が心底恨めるだろうか。

 旅の途中、獣を避けに焚き火を囲んで彼らの話を聞く夜もあった。
そんな時は、私は狭霧と旭日に挟まって、眠気に揺れながら黙って耳を傾けた。
彼らは戦の手柄話など一度も口にせず、帰りたい故郷の話ばかりを子守唄のように低い声で語り合う。

「帰ったら、遅くなってしまったけれど、畑を整え大豆を植えよう」
「雨漏りしていた屋根が、家族を困らせていないか心配だ」
「幼かった子供達に顔を忘れられていたら悲しい」

 酒もなく水をすすり、懐かしむ目をした人達は、鬼でも悪魔でもない。
この人達を待つ家族も、つい先日まで一緒に居た子供達ときっと同じなのだ。
そう思ってしまえば、恨むことなど出来るはずもない。

 ……それでも、あえて言うなら、悪いのは戦。略奪の慣習と、褒賞をケチった人が悪いのだ。
目の前に居る人よりも遠くの知らない人に腹を立てる方が、気は楽。
見知らぬ武将に八つ当たりさせてもらえば、ありがたいことに、私の感じる精神的な負担は格段に減った。


 それで私は売られてしまったわけだけど。
人生、転がり始めたからといって、不幸へ直滑降なんてことになったりはしない。


 最初の市では、当然ながら、私は狭霧や旭日達とセット売りされた。 
私はまとめ買いしてくれた仲買人に、彼女達について詳しい話をする。
すぐ売るにしてもしばらく飼うにしても、状況を正しく知ってもらう必要があると考えたからだ。

 歯が悪い狭霧の餌に関すること。旭日の生まれや躾について、など。

 仔馬を母馬とあまり早く引き離すのは、成育上良くない。
旭日は小柄な狭霧から生まれたにしては大きく、田の泥遊びで鍛えられたのか足腰も発達している。
でも腱の強さだけを見て、小さいのは母親似、栄養が悪くて痩せている秋生まれと思うのは間違いだ。
少なくともあと半年は、旭日は狭霧と一緒に居させる必要がある。

 見た目に反し、実は難点の多かった二頭の話を、仲買人は「しまった」という顔をして聞いていた。

 まあ仲買人には残念でも、そのおかげで二頭の世話を任されて、私は嬉しい。
彼は馬専門の商人ではなかったので、馬の扱いは良くわからないと私に丸投げしてくれたのだ。

 狭霧達のことなら慣れたもの。お手入れブラシだって藁があればどこでも作れる。
仕事をしていれば気は紛れるし、彼女達が居れば寂しくもない。
市には目新しい物も多く、私もどちらかといえば田舎より都市が好みだ。
村とは違う騒がしさに旭日が癇癪(かんしゃく)を起こすのは困るけど、問題といえばそれくらいだった。

 しかし、そのただ一つ私を困らせた癇癪が、以外に転機をもたらす鍵になる。

 贔屓の引き倒しと言われても、市に並ぶどの馬より、狭霧と旭日は群を抜いて綺麗だと私は胸を張れる。
体格のいい馬なら他にもいるが、彼女達ほど毛並みの良い馬は他にはいない。
そもそも馬にブラシをかけようという発想が、他の馬主にはないのだし。
汚れを落とす程度の手入れでは、朝昼二回、私が蹄の先まで磨きあげる彼女達に勝とうなど百年早い。
市でも噂になり、見学に来る人が訪れる。評判になるほどの美人さん達だ。

 が、彼女達は、さっぱり売れない。

 見た目に惹かれ寄って来る客は多いのだけれど、事情を説明するからか、結局は断られてしまう。
実は良心的だった仲買人さんは、信用を大事に長く商売をしていきたいという人だったのだ。
その上、安値を付けようともしないから、買い手になる人はなかなか現れない。
難ありで売れない二頭は、長いこと看板みたい店の表に繋がれているだけだった。

 それがある日。
いつものように盛大に跳ね上がり暴れた旭日に、称賛の声がかかる。


「あの跳ね上がった高さを見ろ。素晴らしい脚力だ」
「翻る鬣はまるで月色の炎だ。毛並みの美しさにも目を奪われる」
「気性の激しさもみごと。血気盛んなさまは、こちらの胸をも高鳴らせる」


 さすがに暴れる時ばかりは、かわいい旭日でも苦い顔をされるのが常。
それが、彼女を囲むその人達の眼は輝き、齧りつかんばかり形相で見つめている。
旭日が足を跳ね上げ踏みならすたびに、歓声をあげる。
野太い歓声に苛立つ彼女に威嚇されても、どこかの武士らしきおじさんの一団は、益々喜色を露わにする。

 あまりにその人達が喜んでいるものだから、旭日を宥めていいのかどうかわからない。
私が手を拱いているうちに、彼らは興奮に顔を染めたまま、すぐに仲買人を呼びたてて交渉を始めた。


「我らは、献上用の馬を探していた。
 馬は、第一に軍馬にするにふさわしい勇ましさがなくてはならん。
 主の目に叶う美しさも重要だ。
 
 戦の神とも謳われる、我が主の御為。
 我々は各地に人を送り、このような遠方まで足を伸ばしてきた。
 決して妥協は許されん。

 そして、ついに見つけたのだ。
 捜していたのは、この馬だ。
 この黄金の馬こそ、我らの主が騎馬だ。

 若駒であるも良し。
 あの方なら、必ずやお手自ら直々に調教なさりたいと、仰られるに違いない。
 献上の馬は、もはやこれ以外考えられない。金に糸目を付ける気はない。
 この馬をぜひとも譲ってほしい」


 激しい気性も、軍馬なら長所。荒々しさも評価の対象になるようだ。
そういえば、武士に人気の軍記物、源平合戦などに出演の有名どころはどれも悍馬ぞろい。
頼朝の馬で、梶原景時に欲しがられた馬も、「生咬(いけづき)」などという物騒な名前の持ち主だった。
お話に出てくる勇猛な馬達に憧れを抱くような感性は、時代を越えても変わらないのだろう。
似た馬を自分も手にしたいと望む武士も、以外と多そうだ。

 旭日は本当は乱暴者ではないですが……、という弁明はよけいなことなので呑み込んだ。
狭霧の問題もすべて承知して、それでも旭日が欲しいと言ってくれている。
そこまで高く評価し望んでくれる人達に買ってもらえるなら、良いことなのだと思う。
このままここで看板していても、飼い殺しにされているようなものだ。
彼らのもとに行ったら、旭日の好きだった散歩も、きっとたくさんさせてもらえるだろう。

 熱意にあふれる武士団との交渉は成立し、狭霧達は売られていった。



 狭霧達に一目惚れし、初めての馬の売買につい手を出してしまったという仲買人。
彼はこの逆転劇を、とても喜んでいた。
私に説明を聞かされた当初は、大損になるかもしれないと買ったことを後悔していたらしい。
商人らしく顔には出さないよう気を付けていたけれど、けっこう悩んだのだと後で打ち明けられた。
それが良い値で狭霧達が売れ、悩みも憂いも吹き飛んだと、彼は商売用ではない素直な顔で笑う。
よほど嬉しかったのか祝い事だと餅まで買ってきて、私にもお裾分けと言って御馳走してくれた。

 狭霧達の門出を祝い見送れば、私がやらなければならない仕事はもうない。

 仲買人は、もとより手元に私を長く置いておくつもりはなかったそうだ。
いろいろと手広く商ってはいても、「人の売買を扱う予定はない」と彼はきっぱりと言いきった。
本当は生物を扱う気もなく、狭霧達は彼の完全に衝動買い。私は、その「おまけ」。
「まだまだ未熟で恥ずかしいよ」と、彼は私に苦笑していた。

 だから仕事がなくなった後、代わりに細々と彼の手伝いをしていたのだけれど、それも長くは続かなかった。
ある朝呼び出された私は、ひどく申し訳なさそうな仲買人に、こう告げられる。


「悪いね、日吉。
 もう少し私の店に余裕があったら、お前をこのまま雇ってあげられるのだけれど。
 こんな吹けば飛ぶような、その日商いの店だ。それは無理なんだよ。

 お前の馬は、私にとっては大博打(ばくち)だった。
 おかげで少し元手は増えたけれど、でも、そう何度も博打をうつつもりはない。
 お客さんの信用も、まだ充分につかんでいるとは言えないしね。
 最初は手堅くやっていきたい。
 人を雇って店を広げるには、早いと思うんだ。

 だからね、悪いけれど、お前をここには置いておけない。

 お前は賢いし、良く働いてくれる。
 気配りも出来るし、馬についての知識もある。
 ……私に馬借(ばしゃく)の知り合いが居ればねぇ。そこに預けてやれるのだけど。
 
 お前を手放すのは、本当に残念だと思う。
 だけどどうか恨まないでおくれね。これも商売だ。
 この先道が分かれても、お前の先行きが明るいことを祈っているよ」


 これは解雇通告。私はクビになってしまったらしい。
 
 仲買人の店は専門に扱う品のない、「持ち込まれた物に価値を付けて売る」という商売だった。
狭霧達の世話があったから私は見ている方が多かったけれど、面白く思っていたから残念だ。

 万屋(よろずや)は、彼の夢のとおりに育てば、大きな商売になる可能性を秘めている。
ノウハウを重ね、上手く拡大できれば、流通の要にもなれるだろう。
旅回りでの行商は、生活必需品しか扱わない。
それ以外の物の価値については初めて知ることも多く、短い間でも彼の傍で学べたものは大きかった。

 彼が、「人が雇えるようになったら、最初に雇うのは弟だと約束しているんだ」と言わなかったら……。
私も、もう少し粘っていたと思う。
文字が書けることや、計算が出来ることを強調していれば、彼も思いとどまってくれたかもしれない。
でも、「家族」というキーワードを出されてしまうと、私は弱い。
弟を押し退ける真似なんて出来るはずもない。

 私は解雇を受け入れ、次の居場所を探すことにした。


 
 生きるためには働かなければならない。
食べていくためには職がいる。歳が若かろうと何だろうと関係ない。
とは言っても、新しい職などとっさに思いつかず、私は頭を悩ませる。

 迷う私にヒントをくれたのは、仲買人だった。
彼は私に、クビを言い渡された時にも出ていた「馬借」という職業を勧めてきた。

 馬借業は現代でいうなら運送業に当たる。
トラックの代わりに馬を使い、依頼された品を運ぶ。
利用者は、自前の馬や船を持っていない商家だけではなく、大名が戦や内政に使ったりもする。
運ぶ手段のない村が大量の建材などを納めるよう命令され、馬借を雇ったという話などはよく聞く。

 石川氏の村に帰るにも、生きているらしいとの佐吉から話を聞けた傀儡子の一座を探すのも、徒歩の旅。
2,3日程度の短い旅なら一人歩きでも自信はあるが、長距離の旅には不安が残る。
人さらいの危険を身をもって知った今となっては、なおさらだ。

 馬借に就職すれば、移動を仕事にできる。
運が良ければ、私の居た村が仕事先になることもあるかもしれない。
あちこちを回れば情報も集められ、一座の皆と再会することも出来るかもしれない。
狭霧達と出会えたことで、すっかり馬の魅力にもはまっている。
条件だけを並べたら、これ以上はないという職業に聞こえた。

 将来は仕事を大きくし、馬借業との提携も考えているという仲買人は、詳しい説明をくれる。
就職口なら、一番多いのは武家の屋敷奉公だ。でも仲買人は、絶対私が商人向きだと主張する。
話を聞くうちに、前に歩いた尾張から駿河への街道で出会った人達のことも思い出した。
関心が高まれば、進路は決まりだ。私はそれを、仲買人に言った。

 そして、すぐにやってくる、別れの日。
彼は私の手を引いて市のある場所に連れてくると、小さな包みと2通の書状をこちらに手渡す。


「伝手がなくて、ごめんな。
 とりあえず、これは私からの餞別だ。
 武士の感状なんかにはとても比べられないけれど、出来るだけのことは書いてある。
 私の店はまだ名も知られていないから、役に立つかどうかはわからないけれど」

「そんなことないです。
 わざわざ推薦状まで書いていただけたなんて、とても嬉しい。
 これまでのことも、とても感謝しています。 ありがとうございます」

「うん、うん。日吉は良い子だな。
 私も、早く名を上げられるように頑張るよ。
 そうしたらこの書状も……、私の保証も、意味のあるものになるからね。
 
 それから、すぐには望みの職に就けないかもしれないけれど、諦めたらいけない。
 その包みには、糒米と銭が入っているから。
 あまりたくさんはやれないが、おまえの給金だ。上手に使って、良い主を選ぶのだよ」

「こんなにしていただけるなんて……。
 私、狭霧達の世話しか出来なかったのに」

「お前は、もともとあの馬達と一緒に買ったものだったから。
 馬は利益を上げたし、あの時のお前に私は高く値を付けたりはしなかった。
 買値分働いてもらったら、後は給金を出すのはあたりまえのことなのだよ。

 いいかい、日吉。
 私は、今お前の価値をよく知っている。あの値は不当だったと思っている。
 だからそのことは、この書状にもしっかり認めて(したためて)ある。
 自分を高く売りすぎてもいけないし、安く見過ぎてもいけない。
 商売でも何でもそうだけれど、感情に流されて見極める目を曇らずいきなさい」

「はい」
 
「いい返事だ。

 ……私もね、最初は身売りからだった。
 村が戦で荒れて、兄弟が多かったから、全員は食べていけなくなってね。
 それで商家に売られ、年季があけるまで懸命に働いた。
 仕事ぶりが認められ、養子に来ないかとの話もいただけた。
 私は家族が居るからと断ったけれど、そこで学んだからこの仕事を生涯の仕事に選べた。

 もしかしたら最初は、いい仕事にはつけないかもしれない。
 でもどんな仕事でも買われたら、年季があけるまでは無私のご奉公だ。
 そこから先は、お前の裁量一つ。
 心をこめてお仕えすれば、きっといい道が拓ける。
 お前なら出来ると信じているよ。

 それじゃぁな、日吉。達者でな」

「ありがとうございました。
 どうか、お元気で」


 さよならと手を振り別れた後も、彼は何度も振り返る。
狭霧達と言うクッションがなくなって、少しの間だったけれど話をする機会が増えていた。
近づいてみれば面倒見のいい人で、最後の方はあれこれと親身に接してくれた。
零された家族の話からもわかるように、兄弟が多かったらしいから、重ねられていたのかもしれない。

 商人らしい駆け引きも、本音を半分しか言わない計算高さはあったけど、私は彼を嫌いではなかった。
扱う品に対しては、誤魔化しや嘘を許さない潔さは尊敬に値する人だった。
彼のその姿勢はいつか人に認められ、世に名を成すことになるだろう。
そうなればいいと思いながら、私は去り行く背中を見送った。



 そして仲買人と別れた私は、新たな道へと足を進める。
市の外れで催されている、もう一つの市へ。

 私の目的地は、隠さず言うなら、「人買市(ひとかいいち」である。

 「人買市」にしろ「人身売買」にしろ、言葉の響きだけを聞けば、物騒で恐ろしげだ。
私も以前は、そういうイメージしか持っていなかった。
ずいぶん前に甲斐を旅して初めて聞かされた時は、泣いてしまった覚えすらある。
けれどそれは前世の記憶から判断してのこと。
よく考えれば私は現状も知らず、知識の中の西洋や米国での奴隷貿易と混同して怯えていただけだった。

 その人買市のすぐそばで働き、実際に自分の眼で見ていれば、認識は変わる。
前世の知識を、手で触れ、耳で聞き、私は上書きしていく。
生きていくとは、そういうことだ。目の前にある現実よりも、強いものはない。


 私は入口に立つ商人に仲買人の書いてくれた書状の一通渡渡し、市の中へと入る。
別に何の拘束を受けることもないし、完全に自由の身。
「どうすればいいかは、他の売られている人をつかまえて聞きなさい」という、アバウトさだ。
もう少し説明くらいあってもいいんじゃないかと思いつつ、あたりを見回す。

 市は一目で全体を把握できる程度の広さ。
柱がないから見渡しが良く、当然、屋根もない。日影がなしで、明るすぎるくらいだ。
壁もなく、打った杭を藁縄で繋いでぐるっと巡らせてあるだけ。とっても開放的。風通しも良すぎ。

 殺伐としてもいなければ、泣き伏す悲愴な声も、涙の跡一つどこにも落ちていない。

 戦の直後の人買市ならば、もしかしたらもっと厳しい雰囲気になるのかもしれない。
けれど日常の市の片隅で普通に開かれている場合、そんな劇的な情景なんて存在しないのだ。


 青空広場としか言いようのない市の中には、買われるのを待つ人達が、数人ずつ固まっている。
その前に立って彼らに声をかけているのは、おそらく買おうとする人達。
買われる方のグループが女の子や子供達でなければ、買い手と売り手の区別はつかないだろう。

 彼らは声を荒げることもなく、「売買の条件」について話し合っている。
「価格」や「期間」、売買後の「仕事先」などの説明が行われているようだ。

 売り手は自分の特技や健康状況を売り込み、買い手はそれを吟味する。
買い手の方が多少は有利だとは思うが、でも決して一方的でもないらしい。
よく聞いていれば、売られる人間が強く拒否し、買う側が譲歩する場面も見受けられた。

 私は潜り込めそうなグループを探しつつ……、視感を誘う光景に、前世の記憶をちょっと疼かせる。

 職業説明会とか、集団面接とか、不況とか、就職氷河期とか。あまり楽しい思い出ではない。

 私はよけいなことまで思い出した頭を一つ振って連想を止め、中学生くらいの少女達を選び近づいた。
5人の女の子達は、手櫛で髪を梳いたり、着物を直したりしながらおしゃべりに興じている。


「こんにちは、あの、ここに入れてもらっていいですか?」

「新人さん? よろしくね」
「あら、あなた、まだあっちの方がいいんじゃない?」
「小さい子は、向こうよ」
「待って待って、勝手に決めつけたら可哀そうよ。
 歳はいくつ?」

「次のお正月で、数えで10歳になります」

「10歳かぁ、なら、ここでもいいかもね」
「ちっちゃいから、もっとおチビさんかと思ったわ。ごめんなさい」
「それなら一人でも話せるわね
 ここでは、自分で交渉できない子は、親か代理の人を付けないといけないの」
「あっ、書面で契約書を作るから、名前も書けないとダメよ。字は書ける?」

「はい、書けます」

「自信ありそうねぇ。優秀なのかな。
 あなたも、お屋敷奉公が目当て?」
「私達はね、実は、この間までちゃんとお勤めしてたの」
「そうそう、私達、出戻りなのよ。
 勤め先のお屋敷の御主人が戦死しちゃって」
「跡取りが居ればよかったんだけどねー」
「いなかったから、お取りつぶしなっちゃった。
 それでみんな解雇よ、解雇。年季明けまであと一年だったのに」
「良い職場だったから、すっごく残念。
 次は、御主人が長生きしそうなお屋敷探さなきゃ」
「そんなのどうやって探すのよ?」
「直接聞いちゃダメ?」
「ダメに決まってるでしょ。怒られちゃうわ」


 肩をぶつけ合って笑いさざめく彼女達の顔に、暗さはない。
年頃の少女ばかりだけれど、不安もなさそうだ。
外から見ての推量よりも、当事者と直接話す方がやはり感じるものは大きい。

 初めての場所に踏み込んで、私も少しは緊張していたようだ。
力が抜けて肩を落ち、そこでようやく自分が固くなっていたことを知った。

 息を吐いて、もう一度話に割り込もうと私は顔を上げる。
それを見抜いたのか、一番年上そうな少女が声をかけてくる。
たれ目がチャームポイントな、優しそうな表情のお姉さんだ。
おっとりしていそうに見えるけれど、彼女がリーダーなのかもしれない。
さっきの話の時も、周囲をさりげなく押さえたり、話を進めたりしてくれていた。


「そんなに心配しなくても、大丈夫よ。
 って、こんなこと言っても、私達も最初の時は緊張していたけどね。
 初めてのときは、みんなのそうなのよ。

 あのね、良いこと教えてあげる。
 これは私が最初にこの市に立った時、教えてもらったこと。
 いい? 
 ……もしも売られた先で、あなたが本当に困ったら、逃げてもいいの」

「え?」

「すごいびっくりした顔。 驚いた?
 あなたのその格好、土仕事したりするときの着物でしょ?
 お屋敷勤めするのも初めてなんじゃない?

 仕事はね、いろいろあるわ。
 楽なのもあるし、辛いのもある。
 でも、家畜みたいにつながれてるわけじゃないんだから、その気になれば必ず逃げられる。
 どうしても耐えられないくらいひどい目にあわされそうになったら、逃げればいいの。

 私達は売られて奉公に出るけれど、命を売るわけじゃないわ。
 人としての誇りを、売るわけでもない。
 お金を出して助けていただいた分だけ、いただいた恩の分だけ、お返しをするの。
 それだけのこと。 ……それを心にとめておけば、後は大丈夫」

「……」
 
「奉公人に逃げられるのは、そのお家の不名誉になるの。
 下人に逃げられてばかりいるなんて噂が立つだけで、周囲に侮られる。
 そんな家は放っておいても直に没落しちゃうわ。
 敵に告げ口でもされたら、主人の責任だけでもすまないし。

 ちゃんとした家ならそれがわかっているから、女中や下人も大切に扱ってくれる。
 どの御主人も、出来るなら心から仕えてくれる奉公人が欲しいと思っているの。
 でも、それを捧げるかどうかは、あなたの心ひとつ。 選択肢を持つのは、あなたよ。

 ほら、どう? 
 こうして考えたら、胸を張れる気がしてこない?
 暗い顔していたら、幸運が逃げてしまうわ。 そんなの嫌でしょ?
 だったら、良い御主人に巡り合えるように、顔はしっかり上げて、笑顔でいないとね」


 少女は私に手本を見せるように、鮮やかな笑顔を浮かべる。
したたかで、しなやかで、強くてきれいな笑顔。
たぶんこの場所だからこそより一層強く感じられる輝きに、私は胸打たれた。

 彼女の笑顔には、説得力があった。
確かに、いらぬ反感を買えば、落ちる穴も大きそう。
縁故社会だから、どこで誰がつながっているとも知れない。
因果応報。ひどいことをすれば、ひどいことが返る。
この時代の人達は、それをよく知っているのだろう。


 需要と供給を噛みあわせ、世界はまわっている。
いつの時代も、それはかわらない。

 商家や武家、工房など、人手を必要とする場所はたくさんある。
炭坑などの過酷な労働条件の所が印象は強いだろうけれど、需要の高さでいえばどうだろう?
足軽にでもなれば下人を雇わなければならないし、屋敷を貰えば女中の数人も必要になる。
戦の多い世の中だから、滅びる家もあるけれど、出世の階段を上る人もいる。
必要とされる人数は、増加傾向にある。

 ハローワーク(職安)も求人情報誌もなくたって、みな切実だ。

 求める人がいて、求められる人がいる。その結果の、人買市、なのだ。

 日本で売買される人間は、「奴隷」ではない。
期間を決め、払われたお金の分だけ「仕事する契約をした人間」を、奴隷とは呼ばない。
異国へと海うを渡り、売られたら最後、死ぬまで働かされていた人達とは違う。
それは使用人に対する、外国と日本の文化の違い。

 そして、私の持っていた前世の知識と、現状の違いでもある。

 彼女はそれを「陰りのない笑顔」で体現し、私に実感させてくれた。


 ……私が今見ているのは正の面で、その裏には必ず負の面も存在するとも思う。
けれどそれは、この先どんなに社会が成熟したって、無くなるものではない。
500年を経ても人類は、完全に不平等を改善することはできなかったと、私の記憶の中にある。

 ならば、やり方が少し感覚に合わなくても、時代の流れが生んだものを認めたい。
 よく知らずに非難したり怖がったりするばかりではなく、知って目をそらさず向かい合いたい。

 以前から、私が持っていた、身分制度を単純に不平等としていた考え。
形式は身についても、感情面では受け入れがたいと拒んでいた思い。
その凝り固まった観念にも、今知り合ったばかりの彼女の笑顔は、罅を入れてくれた。

 身分の差を受け入れても、人が人として生きていけるなら、卑屈になる必要はない。
 人はこんなにも逞しい。
 
 私は自分の価値観の変化を、もう嫌だとは思わない。
この世界、この時代に生まれ、何度も好きだと思える人達にめぐりあえたことの方が大事だ。
その人達に感銘を受け変わっていくのなら、それはとても自然なことのはずだ。
受け入れることを自分に許せば、この先に出会うどんな出来事も、もっと大切に出来る気がする。



 私は少女達と自己紹介を交わし、新しく覚えた名前は五つ。
前の屋敷で春の花にちなんで付けてもらったのだと、彼女達のかわいらしい自慢も聞いた。

 見上げる空は、高く澄んで秋の終わりを告げる。
でも私はその空の下、華やかな春の花達とともに、次の運命を待っている。


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