もう明日には迷宮に赴かねばならない一刀。
出立日の前日ともなれば、風俗店などで英気を養っておく必要があるだろう。
命の洗濯による精神的な癒しが時に一瞬の生死の境目と成り得る、それこそが迷宮探索なのだ。
既に熟練の域に達している一刀は、そんな冒険者の心得だって当然理解している。
にも関わらず、一刀は最後の夜をストイックに過ごしていた。
一刀はこの夜、亞莎に呼び出されて彼女の部屋で相談を受けていたのである。
前回の迷宮探索時に軍師達が策を出し合う中で、唯1人だけ何の衒いもない凡策を提示してしまった自分を恥じた亞莎。
彼女はそれ以来、寝る間も惜しんで勉学に励んでいたそうだ。
とはいえ、書物だけでは当然限界がある。
そこで冥琳や穏など、先達の助言を受けて回った亞莎は、その時に彼女達から一刀の評価を聞いたのだと言う。
「奇才ともいえる発想力だけは敵わないと、冥琳様をして言わしめる一刀様の頭脳を是非ともお借りしたいんです!」
「それは構わないんだけどさ」
「もしかして、ご迷惑だったでしょうか……」
「うーん。まぁ、可愛らしい女の子と2人で勉強ってのも、命の洗濯には違いないか」
「か、可愛らしいだなんて……」
長い袖で顔を覆い隠してしまう亞莎。
もし仮に『裸Yシャツで一緒にモーニングコーヒーを飲みたい人物』の人気投票があったとしたら、迷わず1票を入れてしまいたくなる。
そんな亞莎の愛らしい姿は、一刀をとても和ませた。
「で、具体的にはどうするんだ? 一緒に勉強すればいいのか?」
「いえ。出来れば私に、その発想力のコツなどを伝授して頂ければ……」
「そう言われてもなぁ」
一刀の発想力の源は、言わずと知れたゲーム知識である。
つまり一刀的には、奇策でもなんでもない定石なのだ。
その定石を知っているか知らないか、純粋にそれだけの違いなのである。
「発想ってのは、色々な経験の蓄積から生まれて来るものじゃないかな」
「と言いますと?」
「例えばさ、勉強に疲れて甘いものが食べたいなぁって時、亞莎は何を食べる?」
「えーと、桃饅頭かお団子でしょうか?」
「まずそこで、亞莎は2つの選択肢が出たわけだ。でも、例えば冥琳だったら50の選択肢が瞬時に出て来るかもしれない」
「なるほど。その知識量の差こそが、発想の差に繋がるというわけですか?」
「そうじゃないんだ。それはただ食べたことがあるかないか、そういった土台の問題だけだろ?」
そう言って、一刀は『バミュータの宝玉』からゴマ団子を取り出した。
迷宮探索時のおやつにと買っておいたのだが、まさかこんな所で役立つとは一刀も思っていなかった。
「これを見て、どう思う?」
「美味しそう……ですけど?」
「それは自分が食べることだけを想定した結果だろ? じゃあ、こうしたらどうだ?」
ゴマ団子を摘み、亞莎の口元へと持って行く一刀。
戸惑う亞莎だったが、一刀に促されて小さく口を開く。
「美味しかった?」
「は、恥ずかしいです……」
「つまり亞莎は、ゴマ団子で美味しさ以外のことも味わえたわけだ」
「……あ、ホントだ!」
「亞莎はさ、冥琳や穏にアドバイスを貰ったり、書物で勉強したりしたんだよな。それ自体は大事なことだと思う。でもそれは、オヤツの選択肢を増やすだけの行為なんだよ」
発想力で肝心なのは、そうではない。
だが最初に提示したオヤツで何が出来るか、ということでもない。
「では一体、どういうことなのでしょうか?」
「全ては目的を達成するための手段に過ぎないってこと。だから恋を使うという亞莎の策が駄目なものと思い込んでる所から違うんだ」
「ですが……」
「連戦こそ出来なかったけど、アトランティスは倒せただろ。つまり、亞莎の策は他の軍師達に劣っていなかったのさ」
残っていたゴマ団子をパクつく一刀。
そんな一刀を、未だ釈然としない面持ちで見つめる亞莎。
「分かり難かったかな。例えば、さっきゴマ団子の話を持ちだしただろ? そのお陰で、亞莎とイチャイチャ出来たわけだ」
「は、はい……」
「もし俺に恋愛経験がなかったら、美味しかったね、で終わってしまったかもしれない。いくらゴマ団子以外のオヤツの種類を知っていても、亞莎が可愛らしく照れた姿なんて見れなかっただろ」
「あ、あんまり言わないで下さい……」
「ごめんごめん。つまり発想ってのは、策だけの知識を得るんじゃなくて、色々な経験を積むことが大事なんだと思うぞ」
「経験、ですか……」
なにやら深く納得した様子の亞莎。
若干こじつけ気味の話であったが、亞莎にとって刺激になったのならば、それはそれで良いのだろう。
一刀的にも、亞莎の小動物的な所が見られて大満足である。
もちろん亞莎に経験を積ませるために、一刀は協力を惜しまない覚悟だ。
次は股間のゴマ団子を頬張って貰おうかと、上手い誘導方法を考える一刀なのであった。
翌日からは、華琳クランとの迷宮探索である。
2パーティに分かれての探索は、効率の観点からはベストに近いと改めて認識した一刀。
少人数だと夜営や非常時に対応出来ないし、逆にこれ以上増えると戦闘回避が不可能になるからだ。
文字通り敵を蹴散らしながらの祭壇~BF20海岸。
慎重な行動が必要不可欠なBF21~BF25海岸。
そのどちらも僅か1日ずつで踏破して、華琳達はいよいよGキングへと挑むこととなった。
さして広さのない小部屋、そこに至る通路には他の敵を警戒すべく霞、凪、沙和、真桜を配置した。
小部屋の入口には3軍師、更には彼女達を守るべくWGを貯めた季衣と流琉が控えている。
中衛に秋蘭を残し、華琳を中心に一刀と春蘭がその両脇を固める布陣だ。
もちろんパーティ編成は、HP、MP2倍の『華琳党』である。
このパーティ効果の恩恵を華琳達に与えることが、一刀に期待される最も重要な役割だと評しても過言ではない。
そして肝心のGキングだが、その姿は通常のGと変わらなかった。
但し色がショッキングピンクであり、その一点だけが異彩を放っている。
(色違いの敵は確かにありがちだけど、ピンクはないよな……)
などと、物思いに耽っている場合ではない。
そのテラテラと輝く桃色の巨体を一個の弾丸に模して、Gキングが襲い掛かってきたのだ。
粘液を滴らせながら堅い甲殻に覆われた羽を震わせて、不快な羽音と共に体当たり攻撃を仕掛けて来るGキング。
だが、Gキングを好き勝手に動かせるわけにはいかない。
HP2倍効果を受けていない季衣達や元のHPが低い後衛達にとって、Gキングの接近は危険過ぎるからだ。
Gキングの突進を、その『七星飢狼』で敢えて受け止める春蘭。
動きの止まったGキングに華琳と一刀が両サイドから痛烈な攻撃を加え、部屋の隅へと押し込む。
思わず上空へ退避しようとするGキングだが、制空権は既に華琳クランが握っている。
秋蘭から放たれた矢ぶすまと、後衛達による炎の攻撃魔術が、Gキングの浮上を許さない。
早くも万策が尽きたのか、最終手段であるミニGを産み出していくGキング。
完全な勝ちパターンであったが、仮にも自ら王を名乗る敵である。
そんな安易な展開を許すはずもなかった。
「おかしい、GキングのHPが減ってない!」
「なんですって?!」
これまでのパターンからすると、ミニGが増える毎に本体のHPは減っていた。
もちろん具体的な数値まではわからないが、NAMEカラーの変化によって大雑把には把握出来ていたのだ。
本体が赤NAMEになった直後にカラミティバインドを始めとする必殺技で集中攻撃をすれば、今までは丁度良い感じに決着がついていた。
ところがその目安がないため、一刀には必殺技を放つタイミングがわからない。
しかも例えそれに成功した所で、殲滅出来るのはミニGだけなのだ。
その後はWGのない状態、つまりGキングの自爆に備える術を失った形での戦闘になってしまう。
だがある意味、その心配は不要であった。
ミニGの数は20匹を超えた辺りでストップしたのだ。
すわ爆発かと慌ててカラミティバインドを撃とうとした一刀。
その様を嘲笑うかのように、ミニG達は20個の弾丸となって一刀達に放たれた。
「くっ」
「うわっと!」
「なんなのだ、これはっ!」
前線にいた一刀達は堪らない。
ミニG達の突撃をその身に浴びてしまった一刀達に、すかさず後衛からヒールの呪文が掛けられる。
その攻撃は無視出来るほど軽いものではなかったが、もちろん爆発に比べれば被害は断然少ない。
単なる事故だと割り切って、本体を攻めようとする一刀達。
しかしミニG達の攻撃は、まだまだ続いていた。
一刀達にダメージを与えたミニG達が、そのまま消滅するわけではないからだ。
直線的な動きで壁に追突して跳ね返されることにより、上下左右からランダムに攻撃を加えて来るショッキングピンクの弾丸。
「ちっ、私がやるわ!」
言うや否や、華琳が『生者必滅の理』を発動させた。
華琳から放たれた死神の鎌は、ミニG達の命を容易く刈り取る。
だがその行為は、Gキングに新たなミニGを産み出させる役割しか果たさなかった。
「華琳、春蘭! 正面以外は俺が防ぐ!」
「任せたわ!」
一刀の提案に、即決して答えを返す華琳。
こういう時には、華琳の決断力がありがたい。
即座に華琳達の背後に回り込んだ一刀は、飛び交うミニGに対して鞭を振るった。
一刀のステータスの中でも、ずば抜けて高いDEXは伊達ではない。
ただでさえ素早いミニGの軌道に合わせ、鞭の1振りで数匹まとめて叩き落とす一刀。
撃ち漏らしは左腕の盾で弾き飛ばし、華琳と春蘭には指一本触れさせなかった。
後衛達は季衣と流琉が守られながら、また秋蘭も壁を背にして自分の安全を確保しつつ、前衛の援護を行っている。
臨機応変の見本のような戦い振りで、Gキングを黄NAMEとすることに成功した。
だが、華琳達の戦いはここからが本番のようであった。
なんとGキングが、4体に増殖したのである。
前線から抜けた一刀の穴を埋めて2人だけで1体のGキングを相手取ることもキツかったのに、その戦力差が逆転したのだから堪らない。
たちまち一方的な防戦を強いられながら、瞬時に頭の中で対策を巡らす華琳。
通路で待機している霞達を投入すべきか。
いや、そうするには部屋が狭すぎる。
むしろ霞達のいる所まで、1体ずつGキングを引っ張った方がよいだろう。
もちろんHP的にはリスキーだが、背に腹は代えられない。
そう決断しかけた華琳の思考に、一刀の言葉が待ったを掛ける。
「増えたんじゃなくて、分裂したんだ! だから本体さえ倒せば、ミニGみたいに消えるはずだ!」
「一刀、スコーピオンニードルで! 春蘭、一刀を守るわよ!」
自身の方針を即座に転換させる華琳。
Gキングには何をしてくるかわからない怖さがある。
下手に長期戦を行うより、例え賭けになっても一気に仕留めるのがベストだと判断したのだ。
ところが、これは一刀の考えとは僅かに違っていた。
一刀自身は、本体以外を無視した捨て身の集中攻撃で決着を付けたかったのである。
なぜならGキングは、即死効果無効などRPGのボスにありがちな特性を持っている可能性があるからだ。
戦闘中のため、詳細まで意見を言えなかったのを悔やむのは今更である。
既にリーダーによる決断がなされているのだし、必ずしも効果がないと決まったわけでもない。
である以上、リーダーの指示を素早く実行するのがパーティメンバーとしての役割だ。
その場にいる全員の期待を背負った一刀のスコーピオンニードルは、しかし痛恨のミス。
だが今の一刀であれば、『ドーピングポーション』により容易にリトライすることが可能である。
華琳達に守られながら、素早く薬を飲み干す一刀。
WGが即座に100%となり、必殺技の使用可能を示すカーソルがGキングに重なって点滅する。
「今度こそ決める! スコーピオンニードル!」
別に叫ぶ必要もないのだが、恥を捨てたその潔い態度が良かったのであろうか。
一刀の『新・打神鞭』はGキングの胸元を貫き、その脈動を永久に停止させたのであった。
激戦を制して『金の天使印』を手に入れた一刀達は、ひとまずBF25海岸へと撤退した。
華琳は3軍師を呼び寄せ、凪達に話を聞きながらアイテムの使い道について相談している。
だが部外者の一刀は、はっきり言って暇であった。
迷宮探索3日目の本日は、まだGキング戦しか行っていない。
確かに厳しい戦闘であったが、道中を含めてもたかだか数戦程度である。
そのくらいで疲労するほど、一刀は軟ではなかった。
ぼーっと空を見上げる一刀。
外は豊饒の季節となったにも関わらず、この海岸に変化はない。
いつでも魚介類が取れる迷宮内の海岸。
その作り物っぽさは、一刀に嫌悪感を抱かせた。
ふと華琳達の方に視線を移す一刀。
彼の瞳がある物を捉え、急速にその輝きを取り戻していった。
岩盤に腰掛けている華琳、その紺色のゴスロリファッションと魅惑の太股が織り成す、ハニカミトライアングルである。
「小さい秋、見つけた♪」
そのデルタゾーンの奥に輝く純白のトワイライトは、一刀の心を容易く捉えてしまう。
女性経験が豊富な一刀だが、チラリズムは別腹なのである。
加護で強化された視力で、心のフィルムにその光景を焼きつける一刀。
更にそのホワイトアルバムを増やすべく、一刀はさりげなくポジションをずらしていった。
華琳と同様、純白の下着を惜しげもなく覗かせている稟。
黒いタイツとガーターベルトが、得も言われぬコントラストを生み出している。
普段は鉄壁の防御を誇る濃緑のロングコートも、座ってしまえば無力であった。
透き通るような白い肌を、お嬢様ファッションで包んでいる風。
赤子のようなプニプニの素足が、その付け根まで見え隠れしている。
なぜか最奥まで肌の色そのままであったのは、もしや履いてないのであろうか。
順調であった一刀の写生大会、その最大の難関は桂花であった。
さすがに男嫌いを自称するだけのことはあり、座り方にも隙がない。
じりじりと接近する一刀。
そんな一刀の眼前に、健康的な2対の脚が立ち塞がった。
「兄ちゃん、華琳様達の下着を覗いてたんでしょ」
「ののの覗きちゃうわ! ただ俺は美をメモリアル的な意味で保存する作業を……」
「でも兄様、痴漢してましたよね? はい、いいえできちんと答えて下さい」
「いや、リアルに対して写像であることに、何故ですね……」
その騒がしいやり取りで、華琳達も一刀の痴漢行為にようやく気が付いた。
正座での反省を強要され、ねちねちといびられる一刀。
特に桂花などは水を得た魚のようであり、嬉々として言葉の暴力を一刀に浴びせかけた。
「だめだこれ」と吐き捨てた桂花のセリフに、一刀は深く心を抉られたのであった。
かなり長めの休憩を取った華琳達は、遂にBF26へ向かうべく海岸を後にした。
階段自体は既に発見済みなので、そこまでの道中も全く問題ない。
一刀達が降り立ったBF26は今までより一段と薄暗く、瘴気とも言えるくらいに空気が淀んでいた。
階段を発見していながらも華琳達が先へ進まなかった、その慎重さの理由が良く分かる。
だが、いつまで躊躇していても仕方がない。
華琳クランのほとんどはLV26であるのだから、各種ブースト香の効果を考えればLV的には十分である。
また初見の敵ということで対G戦と同じパーティ構成であり、保険という意味でも万全に近い状態だと言える。
そうやって自分を励まし、未知なる領域へと突入する一刀。
だが彼のやせ我慢も、新たなる敵と遭遇するまでだった。
NAME:ブシドー
古典的迷宮RPG『クレリックリー』を思わせる甲冑武者の群れに、嫌な予感しかしない一刀なのであった。
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NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:27
HP:941/432(+509)
MP:30/0(+30)
WG:30/100
EXP:7125/9000
称号:カズP
パーティメンバー:一刀、華琳、春蘭、秋蘭、桂花、稟、風
パーティ名称:華琳党
パーティ効果:HP2倍、MP2倍
STR:39(+10)
DEX:60(+26)
VIT:27
AGI:46(+15)
INT:28
MND:21
CHR:54(+17)
武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス
近接攻撃力:315(+54)
近接命中率:136(+22)
遠隔攻撃力:166(+15)
遠隔命中率:126(+29)
物理防御力:228
物理回避力:139(+32)
【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。
【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>
【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。
所持金:205貫