迷宮探索を終えた一刀達。
狂気混じりの対アトランティス連戦は、多大な経験値を一刀達にもたらした。
しかし一方で、アイテム的には予想外の不作でもあった。
アトランティスがドロップした『金の短剣飾り』は、おおよそ250個。
これは総撃破数の3割程度であり、『増ドロップ香』を常に使用していたことを考えれば妥当な数と言える。
だが肝心の『バミュータの宝玉』は、僅か23個のドロップ数であったのだ。
これは、宝玉がレアアイテムであることを示している。
オーガを例に挙げると、通常ドロップ『ミスリルインゴッド』に対して『鬼のパンツ』がレアドロップに該当する。
レアアイテムのドロップ率は通常アイテムの1割程度であり、短剣飾りと宝玉の割合から考えても辻褄があうだろう。
そして短剣飾りは今までの傾向からして、アトランティス固有のアイテムではない。
つまりアトランティスには、通常ドロップがなかったということだ。
華琳達の時に1発目で宝玉が出たのは、鬼引きだったのである。
ともあれ、僅かという表現をしたのはあくまでも期待値に対する評価であり、クランで使用するには十分過ぎる数量だ。
無限にアイテムが入るわけではないが、1個の宝玉で1クランが1週間不自由しない程度の荷物を余裕で収納出来るのだから、むしろ23個の宝玉は雪蓮達にとって些か多過ぎると言えよう。
「でも、だからって契約より多く俺に渡すことはないだろ。レアアイテムなのも分かったんだし、持っていて損することもないんだから」
「いいのよ、他人に売るつもりはないし。このまま持ち腐れになるよりは、ね。1個は献上用、1個は月達に、そして1個は自分のために使いなさい」
「……それじゃ、大切に使わせて貰うよ。ありがとう、雪蓮」
「こっちこそ、色々と助かったわ。また一緒に潜りましょうね、一刀」
「ああ、その時はよろしくな」
本来であればこの後は打ち上げの流れであるはずなのだが、残念ながらそんな余力はどこにも残っていない。
とにかく今はゆっくり休みたいと、宿に戻る一刀なのであった。
都市長が月になってから、洛陽の街も徐々に活気づいてきた。
その変化を最もよく表していたのが、天和達3姉妹の活躍であろう。
だんだんと生活に余裕が出てきた民達。
彼等の今までの鬱憤晴らしにと、芸人達の需要が急速に高まっていたのである。
これまで芸人に掛かる税率は、極端に高かった。
苛税を課した麗羽からしてみれば、民達が一度に集まるライブは危険極まりないものであったからだ。
集団心理や音楽による高揚感で、民達に暴発などされては堪らない。
もちろん貧困に喘ぐ民達に、娯楽に使うお金などあるはずもなかった。
結果的に、洛陽は火の消えたような殺伐とした街になっていたのだ。
「だからね、璃々もお歌でみんなを元気にしたいの!」
「それは分かったけど、なんで俺に相談するの? 確かに璃々ちゃんのファンクラブには入ってるけどさ」
「だって天和お姉ちゃん達が、カズPに色々と助けて貰ったって言ってたの。璃々はプロデューサーさんがいないから……」
「そっかぁ。にしても、カズピーって呼ばれ方も懐かしいな」
フランチェスカ時代、友人のいない一刀に気を使って、頻繁に話しかけてくれたクラスメイトの及川祐。
妙な渾名で呼ばれるのは辟易としたが、彼の明るさに何度も心を助けられてきた一刀は、口にこそ出せなかったが内心では非常に感謝をしていた。
そんな及川が、よく教室で口ずさんでいた歌。
JASRAKの存在しないこの異世界であれば、もしかしてパクり放題なのではないか。
一刀は、ついそんなことを考えてしまった。
「よし、それじゃ璃々ちゃんに新しい歌を教えてあげよう。『オマーン湖』ってタイトルなんだけど」
「どんな歌?」
「気持ち良く生きようぜって感じの曲さ。一緒に歌おう、璃々ちゃん!」
「うん!」
若者を中心に人気のあるアイドルユニット『数え役満☆シスターズ』。
主に中年層に対して圧倒的な支持を誇るソロシンガー璃々。
彼女達の活躍と共に、カズPの名も洛陽中に広まっていくのであった。
当然ながら、一刀も遊んでばかりいたわけではない。
一刀が貰った休暇はあくまでも雪蓮達との探索までであり、璃々の相談に乗ったりしながらもきちんと政務はこなしていた。
実は月達の部下は洛陽へと集まりつつあり、一刀も既に個人分の報酬(宝玉に関する分)とメイド達の分を含む政務に関する報酬を受け取っていた。
前者は一刀の財布に、後者は宿の財布に入れる分である。
というわけで一刀達はそろそろお役御免なはずなのだが、一気に引き上げては業務が滞ってしまうため、一刀は月達と相談して特に優秀であった5人のメイドを派遣として貸し出すことで合意した。
これはつまり、彼女達のメイド見習い卒業を意味する。
ちなみに彼女達も含めたメイド見習い達は、既に一般人としての身分を取り戻している。
労働力として拘束するならともかく、一刀の宿の場合だと彼女達を奴隷のままでいさせることに意味はなかったからだ。
一刀のやり方とは、宿をメイド見習い達にとっての職業訓練所と孤児院を兼ねたものとする方式のことである。
教育や遊びの時間を多めに取り、その代わり給料はお小遣い程度としている。
これは客観的に見ると、生活保証の面では奴隷に対する扱いと大差ない。
つまり行政府からのキャッシュバックが来る分だけ、彼女達の身分を解放した方がお得だったのである。
月達の定めた律令によると、身分解放された時点でそれまでの借金は全てチャラとなる。
そういうルールでないと、金銭欲しさに形だけの解放をされてしまうからだ。
奴隷という身分による拘束が借金という鎖に代わるだけでは何の意味もない以上、これは当然の措置であろう。
従って一刀の宿の場合でも、メイド達が出て行くのは自由である。
派遣扱いとなった正規メイド達が、そのまま月達の所へ就職してしまうのもありだ。
一刀的にも、やや寂しい気もするがそれはそれで構わない。
彼女達の自立こそが、一刀の最終目的であるからだ。
無論のことではあるが、派遣という業務体系をとった方が宿の収入は増える。
だが就職先の選択を彼女達の好きにさせてやりたいという思いもまた、一刀の中にはあった。
そのためにも、多少のことでは動じないくらい宿の利益を上げることが、今の一刀にとっては最重要課題だったのである。
「というわけで、そろそろメイド宿屋としてオープンしたいんだけど、七乃はどう思う?」
「メイド見習いから昇格させても大丈夫なのは、10人程度ですよ。残りの子達には、まだ荷が重いですー」
「となると、やっぱり全室解放ってのは厳しいか。最大収容人数の半分くらいなら、いけるか?」
「そのくらいなら、なんとかー。でも料金設定を見直さないと、利用者がいないかもしれませんよ。今はようやく不況から脱出した所ですから」
といって、これも簡単な話ではない。
月達と違って正規の客であれば、日々の食事もメイド達と同じものという訳には行かないだろう。
つまり客に掛けるコストが上がるのに対して、利益は下がってしまうのだ。
食事を出さないという一手も、あるにはある。
その分だけ宿の料金を下げるという具合だが、元々は高級志向が売りの宿なのだ。
普通こういう形式の宿では、代金に含まれる食事などの利率が最も高い。
その美味しい部分を捨ててしまうのは、いくらなんでも愚策であろう。
このことからも分かるように、薄利多売方式は一刀の宿にはマッチしない。
宿自体の減価償却費が高い分だけ、損だからである。
せっかく高級宿にメイドというプレミアまでつけたのに、それが意味を失ってしまうのだ。
「とにかくこっちは素人なんだし、やるだけやってみよう。一度試してみないことには、問題点も分からないからな」
「そうですねー。いざとなったら、一刀さんが迷宮で稼いで来てくれればいいんですし、気楽に行きましょう」
「……何か釈然としないけど、まぁいいか。ところでさ、なんかメイド達がやたらと増えてないか?」
「先日も一刀さんに相談したじゃないですかー。ちょっと前から、生活苦でこの宿に子供を預けたがる方が増えましたって」
「あー、そう言えば、そんなことを聞いたような……」
「一応厳選はしているんですが、この宿も駆け込み寺として有名になっちゃいましたからねー」
麗羽が都市長だった末期の頃は、桃香達が炊き出しをしなければならない程、洛陽の民達は貧困を強いられていた。
そのため少なくとも3食が約束されている一刀の宿は、労働力にならない子供を預ける格好の場所として認識されていたのである。
七乃はその中でも特にヤバそうな、つまり命の危険がありそうな子供だけを引き取っていたのだ。
「遣り繰り出来る範囲なら、全然文句はないさ。但し、情に負けて共倒れになることだけは避けてくれよ」
「分かってますよー。宿が潰れたら、美羽様だって路頭に迷っちゃいますからね」
「そこら辺は俺なんかより七乃の方がよっぽど上手く調整出来るだろうし、よろしく頼んだぞ」
「はいはーい。お任せくださーい」
今まで通り、宿に関しては全て七乃に丸投げした一刀。
しかし一刀には、まだ解決すべき問題が残っていた。
それをどうにかすべく、華琳の屋敷に向かう一刀だった。
一刀の抱えている問題。
それは、季衣と流琉の去就についてである。
一刀が宿を手に入れた頃の話になるが、季衣達は彼に自分達を宿で雇って欲しいと頼んだことがあった。
2人が華琳クランに入って間もない頃だったので、それは不義理だと断った一刀。
その時、いずれ機会を見てその件を華琳に話すと約束していたのである。
税率の下がった現状であれば、宿の従業員として2人を受け入れることが出来る。
華琳クランへの凪達や霞の加入によって、季衣達の穴もなんとか埋められよう。
「というわけで、季衣と流琉が辞めたいのなら、タイミングは今だと思うんだ」
「……確かにそうね。今まで良く頑張ってくれたし、もし季衣達が望むなら、こちらは快く送り出すわ」
意外なことに、華琳もまた季衣達のクラン離脱に反対することはなかった。
実は華琳には彼女達に対する負い目があったのだ。
それは自分のクランに誘った時、巧みな弁で季衣達の意志を誘導したことである。
華琳クランの人員が僅か4人だった当時、彼女は一刀のパーティメンバーを是が非でも自分のクランに引き入れたかった。
そのための繋ぎとして、桂花育成依頼を無理にねじ込んだのである。
もちろん桂花の成長を期待する面もあったが、主目的は一刀達との関わりを増やすことだったのだ。
一刀が剣奴から身を買い戻す時にやたらと気前が良かったのも、一刀達に自らの器の大きさを見せつけたい思いがあったことは否定出来ない。
稟と風は華琳の狙い通り、自分からクランへの参入を申し入れてきた。
しかし星が桃香の所に行ってしまい、また一刀達もクラン加入に対する反応がいまひとつであった。
そのことに業を煮やした華琳は、常と異なり強引な手段に出てしまった。
当時の季衣達に対して言った、一刀に対する依存や自立の必要性など、単なる言葉遊びに過ぎない。
つまりそうまでして季衣達を、そして一刀のことを欲していたのだ。
とはいえ、華琳には似つかわしくない下策だったと言えよう。
現に一刀の参入も結局はなかったし、季衣達にも早くから迷いが生まれていたのがその証拠である。
そしてそのことは、誰よりも華琳自身が理解していた。
「とにかく、あの子達の気持ちを尊重しましょう。季衣達を呼んで来るわ」
「ああ、頼むよ」
部屋から出て行った華琳は、すぐに季衣達を連れて戻ってきた。
一刀に会えた喜びで笑顔だった彼女達は、しかし話を聞いていくうちに困惑の表情を浮かべ始めた。
二つ返事で了承すると思っていた一刀は、そんな2人の反応が意外であった。
「あれ? 元々は季衣達が望んだことだろ? 随分と遅くなったのは悪かったけどさ」
「でも兄ちゃん、今はBF26へ挑もうとしてる、大事な時期なんだよ」
「私達が抜けたら、それだけ他のみんなへの負荷が大きくなってしまいますし……」
「季衣、流琉。その気遣いはありがたいけど、自分がどうしたいのかを最優先に考えなさい」
そう華琳に諭されても、はきとした返事の出来ない季衣達。
冒険者を辞めて一刀と共に安全な場所で働きたいという気持ちは確かに強い。
しかし、これから苦難の道へ向かう仲間達を守りたいという思いも、彼女達の中には根強く残っていたのだ。
「慌てることもないわ。自分達が後悔しないよう、しっかり考えて決めなさい。一刀も、それでいいわね?」
「ああ、もちろんだ。ありがとうな、華琳」
「いいのよ。私にも落ち度があったのだし。ところで一刀、礼を言うなら口ではなく、態度で示すべきだと思わない?」
「……なんか依頼でもあるのか?」
「当たりよ。季衣が言ったように、私達は次の探索でBF26を目指すつもりなの」
その際に、華琳達はやっておきたいことがあった。
BF25のGキング討伐である。
「貴方がいなくても倒せる位には鍛えたつもりだけど、保険はあった方がいいわ。報酬は、そうね。BF26のドロップアイテムから作った装備なんてどうかしら」
「……確かに、悪い話じゃないな。どうせ乗りかかった船だし、参加するよ」
報酬の装備品も美味しいが、BF26の敵に対して華琳クランと共に戦えることが、一刀にとっては何よりのメリットとなる。
現時点でのクラン単位での実力は、やはり華琳の所が突出しているからだ。
初見の敵と戦うとなれば、華琳クランで行うのがベストであろう。
「出立はいつなんだ?」
「3日後の予定よ」
「それじゃ、早速準備しなきゃ。あ、そうだ。稟に鑑定して欲しいアイテムがあるんだけど、いいか?」
「ええ。季衣、稟に声を掛けて来て頂戴」
「はーい!」
『バミュータの宝玉』を握りしめ、前回の探索で手に入れた消耗品アイテムと大神殿で得た『贈物』を、脳内に浮かび上がったリストから選択する一刀。
すると彼の目の前に、光の粒子を放ちながら該当アイテムがポップした。
ドーピングポーション:WGを瞬時に100%まで上昇させる。
昴星道衣:防50、耐200/200、HP+15、DEX+8、AGI+8、近接命中+8、物理回避+8
極星下衣:防48、耐200/200.HP+37、近接攻撃+15、遠隔命中+11
如何にも終盤戦を思わせるハイスペックな『贈物』もさることながら、ドーピングポーションはGキング戦に使えば非常に有効であろう。
こうして一刀は、新たな迷宮探索に向けて活動を開始したのであった。
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NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:27
HP:509/432(+77)
MP:30/0(+30)
WG:70/100
EXP:6472/9000
称号:カズP
STR:39(+10)
DEX:60(+26)
VIT:27
AGI:46(+15)
INT:28
MND:21
CHR:54(+17)
武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス
近接攻撃力:315(+54)
近接命中率:136(+22)
遠隔攻撃力:166(+15)
遠隔命中率:126(+29)
物理防御力:228
物理回避力:139(+32)
【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。
【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>
【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。
所持金:211貫