迷宮の中にありながら、そこに属していないような雰囲気を持つBF20海岸の片隅に、俺はゆったり腰を降ろして寛いでいた。
大量に釣ったはずのエビやカニは、既にその姿を消している。
雪蓮達の胃の中を自らの墓地と決めたのだろう。
あるいはエビやカニなど、最初から存在しなかったのかもしれない。
それは俺に、いずれ自分が向かうであろう遥かな輪廻の渦を空想させた。
結局のところ、今俺の右腕を掴んで離さない明命にしても左手をぎゅっと握っている亞莎にしても、俺を求めているのは今生という名の限られた一時であり、また俺の方もその期間だけ彼女達を求めているに過ぎない。
だから俺は愛する人を1人だけに決められないのだし、それは往々にして世の中の男性全てに当て嵌まる。
もちろんそのことは、小蓮、思春、蓮華、その誰と蕩けるような恋に落ちて共に人生を駆け抜けたと仮定しても同じだ。
5人の体温を肌に感じながら、そんなとりとめのないことを考え―――やれやれ、俺は射精した。
このように一刀が現実逃避をしている間にも、戦闘は続いていた。
といっても、それはモンスターとの戦いではない。
雪蓮クラン年少組による、女としての壮絶な争いである。
事の始まりは、亞莎の知識欲からだった。
「一刀様、明日向かう予定のBF21について、もう一度私に教えて頂けませんか?」
「それはいいけど、今朝みんなに説明したことと変わらないぞ?」
「でも今日の戦闘経験を積んだことで、何か聞いた印象が異なるかもしれませんし。……あの、ご迷惑だったでしょうか」
「いや、亞莎は熱心だなって感心してたんだ。男子3日会わざれば刮目して見よ、の呂蒙が加護神なだけのことはあるなってさ」
「一刀様、褒めすぎです。私は皆に比べて才能不足なので、もっと頑張って勉強しないと」
「全然そんなことないって。それに、そうやって努力出来る才能を持っているじゃないか」
「あ、あんまり煽てないで下さい、恥ずかしいです……」
ちなみに亞莎が一刀様と呼んでいるのは、元からである。
彼女はごく親しい一部を除き、様付けがデフォルトなのだ。
そんなスタンスに、人や物など全ての出来事に対して学ぶ姿勢を持つ亞莎の性格が窺える。
キメラやケルベロスなど、BF21から出現するモンスター達の特徴を説明する一刀の話を、真剣な表情で聞き入る亞莎。
そのあまりの真面目さに、一刀は冗談のつもりで時折大げさな表現を混ぜた。
そんな一刀の洒落を真に受けて、面白いくらいに反応してくれる亞莎。
とても素直で可愛らしい生徒を持った先生の気分を味わう一刀だったが、その様子を不満げに見ている者がいた。
迷宮探索について一刀と話したかった明命である。
2人の親しげな様子に、なにやらもやもやしたものを感じていた明命。
仮にその相手が蓮華だったとしたら、その気持ちを打ち消してしまったであろう明命だったが、亞莎とはお互い呼び捨ての仲である。
だからこそ明命は、内心で自分の師だと思っている一刀を亞莎によって独占されている現状に、対抗心が湧いてしまった。
「それでバジリスクの毒なんだけど、直接攻撃だけじゃなくて……」
「一刀様! BF21では新しいトラップも出て来るんですか?」
「明命? いきなり何ですか?」
「ずいぶん唐突だな。まぁいいや。これもある意味トラップなんだが、一方通行の通路が結構あるんだ。音々音が言うには、解除不可能らしくてさ」
「そうなんですか。それじゃ、慎重に地図を作りながら行動しないといけないですね」
「ああ。って、これも今朝話しただろ?」
「えへへ、そうでした。私、覚えるのって苦手で。一刀様、出来れば他の罠のことも……」
トラップ談議から始まり、索敵方法や戦闘での立ち回りなどに花を咲かせる一刀と明命。
最初はそれを大人しく聞いていた亞莎だったが、いつまで経っても終わらない彼等の話にだんだんイライラして来た。
それはそうであろう、亞莎だってまだ話の途中だったのだ。
待てど暮らせど一向に自分の番が回って来ない状況で怒らない程、亞莎も平和主義者ではない。
「ふわぁ、敵の攻撃直前を狙うんですか。でもそれって、かなりタイミングがシビアです」
「ああ。だけど、それが援護としては一番……」
「一刀様! バジリスクの毒は、直接攻撃だけじゃないんですか?」
「え? あ、ああ。実はアイツ、毒を飛ばして……」
「一刀様! 援護で言うなら、攻撃直後を狙って体勢を崩させるのはどうですか?」
「い、いいんじゃないか? でも欲を言えば……」
「一刀様!」「一刀様!」
気がつけば、そこは修羅場と化していた。
いつの間にか彼女達は、一刀の所有権を主張するかのように彼の腕や手をそれぞれ握りしめ、お互いに視線で火花を散らしながらも直接的な会話は交わさない。
そしてそんな雰囲気になってしまえば、いくら海岸の片隅にいるとはいえ、自然と彼等は目立つことになってしまう。
「あー、一刀ったらこんな所にいた! また浮気してたんでしょ!」
小蓮が一刀の正面から思いっきり抱きつき、
「お前の節操の無さには呆れるばかりだ。まったく、こんな奴の一体どこがいいのやら」
思春が一刀の背中から5mmほど離れた所に座って文句を言い、
「こないだのプレゼントのお礼に、呉風カニ汁を作って来たんだけど……随分とまあ、おモテになっているようね」
蓮華が呆れつつも、両手が塞がっている一刀に手ずからスープを飲ませてくれる。
こうして迷宮探索の初日は、一刀の精神をガリガリと削りながら終わりを告げたのであった。
一刀がパーティ登録を発見する以前から、華琳達や雪蓮達は深い階層にまで潜っていた。
それが可能だったのは、強力な加護スキルの恩恵である。
でなければ、少人数での迷宮探索など決して為し得なかったであろう。
華琳クランで中核を担っていたのは当然華琳だが、加護スキルが発揮出来なかった雪蓮のクランでは、冥琳の力に依るところが大きかった。
≪-赤壁-≫
冥琳の力強い詠唱に呼応して、通路を遮るように炎の壁が出来あがった。
高温を発するその壁は、一方で物理的な障壁でもあり、熱さを我慢すれば突破出来るという類のものではない。
そうやって分断された敵は、各個撃破の良い対象となる。
雪蓮達がモンスターと相対する様子を、注意深く見守る一刀。
別にサボっているわけではなく、不測の事態に備えていたのだ。
それが功を奏したのであろう。
『赤壁』の向こうからキメラが撃った冷気の魔術、その青白い輝きに一刀は誰よりも早く気がついた。
冷気の魔術はその威力もさることながら、それ以外にもやっかいな特徴を持っている。
攻撃を受けると体中に霜が張り付いて、動きが鈍くなってしまうことだ。
他のモンスターとの戦闘中にそんな効果を受けてしまったら、下手をすればそれが致命傷となりかねない。
蓮華に向けて放たれたその魔術は、既に発動している。
普通なら手遅れのタイミングであり、何も出来なかったであろう。
しかし一刀には、『六花布靴・改』があった。
靴を極端に傾けて面圧を稼ぎ、ソールに篭った珊瑚の魔力と床面との反発力を最大限に利用して駆ける一刀。
新しく手に入れた靴の性能を未だ活かしきれず、戦闘には利用出来ない一刀だったが、移動だけであればなんとでもなる。
蓮華とキメラの間に体を割り込ませた一刀を冷気が包み込み、彼のHPは100近く削られた。
冷気であるはずなのに炎の壁を通っているとは思えないくらい威力が凶悪だったのは、『赤壁』が魔術に対する障壁の機能を全く備えていないためである。
だが一刀の魔力耐性が低いこともまた、彼が大きなダメージを受けてしまった理由のひとつであろう。
一刀のステータスで一番低いMND、つまり精神力が魔法抵抗力と直結するパラメータなのだ。
「一刀っ?! ……助かったぞ、礼を言う!」
「ああ、大したことじゃない」
自分を庇って一刀がダメージを負ってしまったことに一瞬だけ動揺する蓮華だったが、すぐに立ち直った様子であった。
そのことは、彼女が迷宮探索時に意識して使っている男言葉の口調が崩れていないことからも察することが出来る。
こうした心の強さもまた、蓮華が持つ防御の要として機能するに相応しい資質であろう。
相手から攻撃をされたのだから、順当にいけば今度はこちらの番である。
ところでこの場合、魔術による攻撃の撃ち合いしか選択肢はないのだろうか。
そんなことはなく、当然絡め手もある。
桂花が加護スキルを使った時のように相手の魔術さえ封じてしまえばよく、それ用のコモンスペルもちゃんと存在するのだ。
風系統5段階目の魔術『沈黙の風』である。
早ければLV20、遅くてもLV25で覚えるこの魔術は、その時点で消費MP80と非常にコストパフォーマンスが悪い。
魔術レベルが上がれば消費MPは半分になるが、それまではあまり実用的ではない。
それでも今の場面なら、使用するべきであろう。
『赤壁』の効果でこちらの遠隔攻撃も届かないのだから、少なくないMPを使用しての魔術オンリーのガチバトルよりは遥かにマシである。
しかしLV21であり風と土が得意系統の穏は、現在ゴーレム戦を行っている前衛陣のフォローで余裕がない。
同じくLV21ではあるが火と水がメインである冥琳は『沈黙の風』を覚えていないし、そもそも彼女は『赤壁』の維持で手一杯だ。
残念ながらしばらくは、ずっとキメラのターン状態であるように思われた。
(こっちの戦闘が一段落つくまでの間、体を張って盾になるしかないな)
蓮華への攻撃は絶対に通さないと覚悟を決め、寒さに震える手で『銀の短剣飾り』を取り出そうとする一刀。
その時、彼の耳に澄んだ歌声のような詠唱が聞こえた。
≪-沈黙の風-≫
その美声の持ち主は冥琳と同じ系統を得意とする、LV19の亞莎であった。
そのことを不思議に思って彼女を見た一刀は、更に驚いた。
彼女のMPは10しか消耗していなかったのだ。
だがいくら『沈黙の風』を詠唱出来ようと、所詮亞莎のレベルは低い。
『知の香』だけではブースト量が足りず、彼女の魔術はキメラにレジストされてしまった。
そのまま冷気の魔術で反撃される亞莎。
とっさに庇おうとした一刀だったが、先程受けた魔術の影響で動きが鈍っていたため、一歩届かない。
「……うぅ、くっ」
紫色になった唇を噛みしめて、冷気に耐える亞莎。
一刀の半分くらいしかダメージを受けていないが、それでもHPの少ない後衛の亞莎では辛かろう。
即座に短剣飾りを亞莎と自分に突き刺す一刀。
その効果で持ち直した亞莎が、更に呪文を詠唱した。
≪-氷の風-≫
一刀が初めて聞くスペルは、亞莎のMPを10消費して発動した。
その効果は、先程キメラが放った魔術と瓜二つである。
これが亞莎の加護スキル【阿蒙】の特性であった。
亞莎は自分の身に一度でも受けたことのある魔術であれば、全て消費MP10で使用出来るのだ。
残念ならが各自の加護スキルによる固有魔術だけは覚えられないが、それでもその有用性は計り知れない。
このスキルこそ、冥琳の後継を担うに足り得る亞莎の器の片鱗であると言えよう。
彼女の放つ冷気は、その威力こそレジストされてしまったものの、キメラの動きのみならず詠唱速度をも鈍らせた。
≪-沈黙の風-≫
亞莎が身を削って稼ぎ出した時間。
それが遂に報われたことを、背後からの穏の詠唱によって一刀は知ったのであった。
「さ、寒いです……」
「だ、だな。冥琳、もう一度『赤壁』を出してくれよ」
ガタガタと震えながら抱き合う亞莎と一刀。
無駄にMPを消費する愚を冥琳が犯すはずもなく、一刀の依頼は素気無く却下された。
そもそも寒がっているのは亞莎と一刀だけであり、他のメンバーは『赤壁』の影響で全員汗だくなのだ。
温暖な呉の出身であるという理由が最も大きいのだが、これも雪蓮クランが露出多めの服装を好む原因のひとつである。
「それにしても一刀、先程は助かったぞ。亞莎も、よく頑張ったな。……一刀、貴方一体どこを見ているの?」
「い、いや、それって俺に対するご褒美なのかなぁと……」
「そんなわけないでしょ。早く処置しないと、痒くなっちゃうのよ」
彼等は一体なんの話をしているのか。
その答えは、下乳をタオルで拭う蓮華の仕草にあった。
貞淑な彼女が胸を大胆に露出させた服装をしているのは、このように頻繁に汗を拭う必要があるからだ。
でないと汗の溜まりやすい胸の谷間には、直ぐに湿疹が出来てしまうのである。
辺りを見回すと、皆がその豊満な部分には気を使っている様子であり、服の露出部に手を突っ込んでいる。
胸の露出度が低い祭など、一刀もよく知っているその脱がせやすさを活用し、なんと乳房を丸出しにして涼を取っていた。
「……俺、このクランが大好きかも」
「ちっ!」
一刀の呟きに対して凄い舌打ちを返してきたのは、胸元がしっかりと覆われた服装をしている思春である。
ボディラインに起伏の少ない彼女の場合、こういう服の方が汗を吸い取ってくれるのだ。
よくよく見ると、明命も虚ろな瞳で何やら独り言を繰り返している。
「穏さんの存在価値は巨乳のみ……。祭様も乳に栄養行きすぎ……」
豊かな膨らみの中に詰まっているは贅肉なのか夢なのか、あるいは巨乳など最初から存在しなかったのかもしれない。
やれやれ、と形而上学的なクロニクルに逃げ込もうとする一刀だったが、そんな天丼は許されなかった。
「一刀はシャオみたいな小さい子が好きなんだから、おっぱいなんていらないんだもーん!」
といって小蓮が抱きついて来たのだ。
その言葉に異議はあったが、今の一刀には些細なことだった。
「はぁ……、すごく……気持ちいい」
「ほーらねっ!」
腕の中の小蓮が持つ子供体温の心地よさに、思わず陶酔してしまう一刀と、勝ち誇る小蓮。
確かに傍目から見ると、一刀は小蓮のことを夢中になって抱きしめているとしか思えない。
遅まきながらそのことに気が付いて、それを否定しようとした一刀は、開きかけたその口を再び閉ざした。
そんな一刀の目には、彼が乳の大きさに拘らないと知ってほっとした表情の思春が映っていたのであった。
昨日の海岸といい今といい、雪蓮クランの構成員って本当は仲が悪いんじゃないの?
と思ってしまうのは、一を知って二を知らぬ者だけであろう。
ここまで遠慮なく言い合えるのも、彼女達が仲間を超えた家族の絆を持っている証なのだ。
だからと言って、もちろん確固たる指揮系統は存在する。
絆の深さは一方で甘えを許し、関係がなあなあになってしまう場合が多々あるが、こういった所をきちんと押さえられる雪蓮は、やはり傑物であろう。
だが、それだけ優れたリーダーシップを持っているはずの雪蓮が、先程からなぜか明命が担当であるはずの進路決定に対して幾度となく口出しをしてきていた。
明命だって、当然彼女なりの考えを持って進路を決めている。
仮に一方通行の通路だったとしても、元の道に戻れるような箇所を選んでいるのだ。
一度明命に任せた仕事を、上から何度も口を挟んで変更させるのは、指揮系統の乱れに直結する。
しかもそれがなんの説明もなく、「勘よ」の一言だけなのだから尚更である。
だが明命はそのことを不満に思わず、何か別の事情があるのではと察して素直に従っていた。
クラン員の雪蓮に対する信頼は、そんなことでは揺るがない。
雪蓮が理由もなく身勝手な真似をするはずがない、と思える所が彼女達の強さの秘訣なのだろう。
そんな彼女達の思いは、唐突に報われることとなった。
未だ誰も足を踏み入れたことのないBF22への階段が、一刀達の前に姿を現したのだ。
(勘……だけじゃ、ないよな)
と考える一刀だったが、ただの勘であろうが他の理由があろうが、現時点では些細なことである。
ここから先が正真正銘の未知の領域であること、それだけが今の最重要事項なのだ。
自らの両頬を張って、気合いを入れ直す一刀なのであった。
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NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:23
HP:424/367(+57)
MP:0/0
WG:80/100
EXP:2512/7000
称号:新性器の神
パーティメンバー:一刀、冥琳、祭
パーティ名称:( ゚∀゚)o彡゜
パーティ効果:近接攻撃力+10、遠隔攻撃力+10、魔法攻撃力+10
STR:31(+6)
DEX:49(+19)
VIT:25(+2)
AGI:34(+7)
INT:25(+1)
MND:19(+1)
CHR:47(+13)
武器:打神鞭、眉目飛刀
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、六花布靴・改
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、覇者のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス
近接攻撃力:234(+39)
近接命中率:116(+20)
遠隔攻撃力:151(+15)
遠隔命中率:108(+28)
物理防御力:170
物理回避力:109(+20)
【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。
所持金:239貫