BF21以降は、それまでの階層とは決定的に違う部分があった。
敵が集団行動する所であろうか。
いや、それはBF16以降の特徴だ。
正解は、空を飛ぶ敵が魔術を使うことである。
つまりここからは、遠距離攻撃可能な味方が必須となるのだ。
「ちっ、上にガーゴイルが2、キメラが1いるわね。秋蘭! 桂花!」
「お任せを!」
「はいっ!」
秋蘭の放つ矢がキメラの鉄で出来た羽を貫いた。
だがしかし、キメラは落ちなかった。
生物学的にありえない合成獣は、別に羽で浮力を得ることにより宙に浮かんでいるわけではない。
物理学的にありえない方法、つまり魔力によって空を飛んでいるからだ。
お返しとばかりに、キメラの放つ氷結の魔術が秋蘭を襲った。
うっすらと白い霧に包まれ、彼女の体中に霜が張り付く。
見た目は地味だが大きなダメージだったことは、誰が見ても一目瞭然であった。
睫毛まで凍らせた彼女は、紫色になった唇を引き締めると、体の痛みを無視して再度弓を引き絞る。
風や稟の援護に後押しされた秋蘭と、キメラの根比べが始まったのであった。
一方の桂花には、『二虎競食』がある。
敵をバーサク状態にするこの加護スキルは、遠距離攻撃主体のモンスターに対して最も相性が良い。
なぜなら狂戦士と化した敵は、近接戦闘以外の行動を取らなくなるからだ。
桂花の術に惑わされたガーゴイル達は、お互い競い合うようにして急降下してきた。
「ここから先は、一歩たりとも通しません!」
桂花を狙うガーゴイル達の進行ルートに立ちはだかる流琉。
今のガーゴイル達にとって、行く手を遮る障害物は強制排除あるのみだ。
そのまま流琉に集中して激しい攻撃を加えるガーゴイルは、季衣にとってはお客様も同然である。
「へへっ、背中が隙だらけだよーだ! そりゃー!」
岩をも砕く大鉄球『岩打武反魔』が、ガーゴイル達の四肢に罅を入れた。
だが狂戦士達は、自身の体に頓着せず流琉に攻撃を加え続ける。
それは自分達の死を早める愚かな選択だったが、相手にダメージを与えるという意味では有効な手段でもあった。
正面から突撃してきたガーゴイルの攻撃を、『電磁葉々』で受け止めた流琉。
だがその味方を足蹴にして、もう1匹のガーゴイルが流琉に飛び掛かって来たのだ。
今の流琉に出来ることは、衝撃に備えて体を強張らせることだけである。
だがいつまで待っても、覚悟していた痛みが彼女を襲うことはなかった。
「くっ……あれ?」
「流琉、気を抜くな!」
反射的に瞑ってしまった目を開いた流琉の目の前に、殴りかかって来ていたガーゴイルの腕が固縛されている様子が映っていた。
そう、流琉の危機を見た一刀が、咄嗟に『打神鞭』を巻きつかせたのである。
ガーゴイルと一刀による引き合いは、しかしその均衡状態を保つことはなかった。
STRの低さが仇となり、一刀はすぐに体勢を崩されてしまったのだ。
だが、流琉にはその間だけで十分であった。
一刀と異なりSTRに恵まれている彼女は、その膂力を以て膠着状態だったもう一方の敵を吹き飛ばした。
そして一刀の拘束から抜け出して流琉に再度攻撃を仕掛けて来たガーゴイルへと、『電磁葉々』を放ったのである。
その攻撃はカウンター気味に入り、ギュルギュルと嫌な音を立てて敵の顔面へとめり込んだ。
季衣の、そして今の流琉の攻撃によって、既に全身が罅割れていたガーゴイルに背後から連打を浴びせる一刀。
そのラッシュが、既に赤NAMEとなっていたガーゴイルをこの世から退場させた。
流琉に弾き飛ばされた敵は季衣が屠り、キメラも秋蘭の矢と稟達の魔術によって消滅したのであった。
華琳はこの戦闘結果に、とても満足していた。
数ヶ月前に漢帝国クランとの合同探索でBF21の階段を発見していた華琳達は、しかしこれまでその先の探索が事実上不可能となっていた。
その理由は、今のように複数のキメラやガーゴイルへの対応が困難だったからである。
季衣達の加入もあり、この数ヶ月間を彼女達の実力の底上げに費やしてきた華琳は、この戦績を以てBF21以降の踏破に力を注ぐ時が来たと確信したのだ。
それにしても一刀が欲しい、と華琳は思う。
攻撃も凡庸、防御も凡庸、スピードも凡庸。
だがその器用さには目を見張るものがある。
これが一刀の戦闘能力に対する華琳の評価だ。
そしてこういうタイプは、2人も必要ないが1人いると便利である。
始めて出会った奴隷市で一刀を購入しておけば良かった、とは華琳は思わない。
覇者の気質を持つ彼女は、後悔とは無縁である。
反省はすべきだが、過去を振り返っても無意味であることを彼女は理解していた。
それにあの時点の一刀ではなく、成長を遂げた今の一刀が欲しいのだ。
そんな華琳の視線に居心地の悪さを覚えながら、一刀もこれまでの戦闘を振り返っていた。
現在のパーティでは、能力ブースト香に加えて『増EXP香』や『増ドロップ香』を惜しげもなく使用している。
バグのせいでステータス変化が数値に反映されない能力ブースト香とは異なり、『増EXP香』を使っているお陰で、その効果時間は4時間であると判明した。
そのことが分かって以降もそれらを継続して使用していたため、1戦闘における経験値が美味し過ぎるのである。
たった1日の戦闘だけで、既に一刀のLVは20になっていた。
唯でさえLV19だった一刀がこのフロアで単独戦闘を行った場合、1体につき200前後の経験値が得られる。
それが『増EXP香』の使用により倍にブーストされているのだから、この感想も当然のことである。
LV20になった現在でも、3,4匹を相手に戦った場合の獲得EXPは150~200程度であり、このペースなら恐らく明日にはLV21に達しているであろう。
そしてもう1つ、LV20からは特筆すべき変化があった。
経験値のNEXTが、これまでの250毎から500毎に変化していたのである。
つまり本来であれば5250稼げばLV21だった所が、5500必要となるのだ。
ここからは、今まで以上に迷宮探索が厳しくなる。
そう一刀に認識させる変化であった。
「さてと、それじゃ今日はそろそろ夜営の準備に入りましょうか。昨日の場所に引き上げるわよ」
「あー、それでもいいんだが、折角だから海岸に行かないか? 新鮮なカニやエビが食べ放題だぞ?」
「そうなの?! 華琳様、ボクも海岸がいいです!」
「昨日兄様が美以ちゃんにお鍋を持って来てって頼んでましたから、美味しい料理が作れると思いますよ」
「それも悪くないわね。いいわ、一刀。案内しなさい」
戦闘以外でも非常に便利な一刀を、是が非でも自陣営に加えたいと思う華琳だった。
ところで、今回の迷宮探索は元々1泊2日の予定である。
従って華琳達は、2日目以降の夜営道具を準備していない。
もちろん美以経由で一刀の宿から取り寄せることになるのだが、それらを用意するのは七乃である。
そしてここが問題なのだが、実はギルド時代から華琳と七乃には確執があった。
「……なによ、これ」
ピンクのポンチョ。
パープルのスカート。
イエローのナイトキャップ。
「兄ちゃん、あれって……」
「璃々ちゃんの服とそっくり……」
そう、七乃は華琳用に園児服を用意していたのだ。
それでも汗でベトベトの装備類よりはマシだと、とりあえず着替えてみた華琳。
サイズ的には小柄な彼女にピッタリの園児服は、だが彼女の覇気を滑稽に見せる副作用があった。
「ぷっ、華琳、よく似合ってるぞ」
「さすがは華琳様、何を着てらしても素敵ですぅ!」
一刀と違い、桂花は心からの発言であった。
しかし華琳には、残念ながら桂花の言葉までもが挑発的に聞こえてしまった。
「……春蘭、秋蘭、来なさい。向こうで可愛がってあげるわ。桂花はお預けよ。一刀とでも楽しんでいればいいわ」
「そ、そんなぁ! 華琳様ぁ!」
「えっと、どうする?」
「どうもしないわよ、馬鹿! アンタのせいで、私まで誤解されちゃったじゃない!」
「えへへ、兄ちゃん。それじゃボク達とシようよ」
「稟さんと風さんに協力して貰えれば、大丈夫だと思うんです」
華琳達に触発されたのであろう、季衣達からのお誘い。
確かにパーティ効果『つるぺったん』を用いれば、その行為は可能であろう。
ややもすると桂花も交えた4P、いや、それどころか稟と風の参戦もありうる。
大神官が改造を施した妖棒『九蓮宝燈』(命名:一刀)さえあれば、未知の6Pを乗り越える自信が一刀にはあった。
だが、明日も迷宮探索は続く。
今日と同じく激しい戦闘が行われるであろう。
戦闘後の性欲発散行為に慣れているらしい華琳達はともかく、季衣達は初体験である。
股間の痛みにより彼女達の動きが鈍ってしまい、それが致命的なことになってから悔やんでも遅いのだ。
断腸の思いで季衣達の誘惑を振り切った一刀。
なんとか向こうに混ぜて貰えないかと、桂花と一緒に華琳達の様子を窺うのであった。
それぞれが独立した動きをする3つ首の魔獣ケルベロスと、蛇の王バジリスク。
流琉と一瞬だけ視線を交わした一刀は、『打神鞭』を鞭状にしてバジリスクと相対した。
猛毒を持つモンスター相手に接近戦は出来るだけ避けたかったからだ。
一刀が蛇を相手にしているのだから、ケルベロスは流琉の担当である。
だがさすがの流琉も、ケルベロスの連携攻撃を防ぐのは難しかった。
加護スキル『仁王立ち』により敵の突進こそ受け止められたが、明らかに彼女の劣勢である。
そんな流琉の苦戦に対し、バジリスクと戦闘を継続しながら的確なフォローをする一刀。
一刀が1首、流琉が2首、というような分担形式ではない。
3首を相手にした流琉の隙を一刀が埋めるといった見事な連携は、さすが剣奴時代からパーティを組んでいただけのことはあった。
以心伝心と言うべきか、流琉と一刀の作りだしたモンスター達の隙を、季衣が的確に突く。
彼女の攻撃は、威力こそ高いものの命中率が低い。
しかし一刀が参戦していれば別だ。
一刀に守って貰うことが多かった季衣は、彼がどういう動きをした時に自分がアタックを仕掛けるべきかを体で覚えていたからである。
また一刀も、攻撃力の低い自分の役割が彼女達のフォローであることを、剣奴時代から良く理解していた。
3人が揃えば、どんな相手でも怖くない。
不思議な高揚感が季衣達を包む。
まるで彼女達こそがケルベロスであるかのように、三位一体の攻撃で敵を追い詰めた。
だが、こういう時こそ注意しなければならないのが、戦闘時の鉄則である。
一刀の操る鞭の、まるで蛇のような動きに惑わされたバジリスクを上から叩き潰した季衣だったが、胴体をグシャグシャにされて尚、敵は生きていたのである。
元来、普通の蛇でも異常と思われる程に生命力が高い。
ましてや相手はモンスター、胴を半ば引き千切られながらも跳躍し、なんと一刀と流琉の間をすり抜けて桂花に襲い掛かったのだ。
猛毒を持つ蛇の牙が、桂花に突き立てられた。
慌てて止めを刺した一刀だったが、既に遅い。
桂花は昏倒し、そのHPを急速に減らし始めたのである。
まず敵を全て倒してから味方を回復させるのが戦闘のセオリーであるが、この場合には当て嵌らない。
どう考えても、それまで桂花が持たないからだ。
懐から取り出した『毒消し』を自分の口に含み、朦朧としている桂花に流し込む一刀。
だが毒が強過ぎるのであろう、HPの減りこそ緩やかになったが、それが止まることはなかった。
(くそ、ケチらないで『毒消し2』を買っておくんだった!)
これまで『毒消し』で効果のない状態異常がなかったのだから、これは一刀の油断とは言えまい。
だが彼の過失であろうとなかろうと、桂花の命が風前の灯であることには変わりない。
後は水系統2段階目の魔術『解毒の清水』に期待するしかないが、季衣達が未だケルベロスと戦っているのと同様、稟達も向こうで戦闘中である。
「季衣、流琉、ここは頼んだ! 俺は桂花を連れて華琳達の所に行く!」
「オッケー、こっちは任せてよ!」
「桂花さんを、お願いします!」
『青銅の短剣飾り』を桂花に突き刺し、ぐったりしている彼女を担ぐ一刀。
駆け寄って来た一刀を見て即座に状況を理解した稟が、『解毒の清水』を唱えて桂花の状態異常を完治させた。
「一刀殿、次からは『銀の短剣飾り』を使用して下さいね」
「え? あれはHP全快効果だろ?」
「ふふ、私の加護スキルをお忘れですか? あのアイテムは、状態異常の回復も備えているのですよ」
「そうなのか、知らなかった」
そんな稟とのやり取りの間に、腕の中で身じろぎをしている桂花に気付いた一刀。
そちらを見やると、意識を取り戻した桂花が彼を睨みつけていた。
「……アンタ、私の口腔を蹂躙した罪を、知らなかったで済ませるつもり?」
「良かった、桂花。意識が戻ったのか」
「今まで華琳様以外に唇を許したことはなかったのに、こんな獣に……。汚辱だわっ! 屈辱だわっ! 凌辱だわっ!」
「仕方ないだろ、あの場合!」
「ちょっと兄ちゃん、早く戻って来てよー!」
「ヘルプミーです、兄様!」
「わかった、すぐ行く!」
「あ、ちょっと、待ちなさいよ! まだ慰謝料の話が済んでないわっ!」
冒険者としてどうかと思う桂花の主張は、しかし稟から見れば一刀に甘えているようにしか見えなかった。
やれやれ、仲のよろしいことで。
走り去る一刀と桂花の背中を見て、稟はそう思ったのであった。
約束の1週間まで残り1日となった早朝、そろそろ帰還しようという所で一刀はLV22になった。
つまり一刀は、今回の迷宮探索で3つもLVを上げたことになる。
さすがにここまで来れば、一刀も華琳の好意に気づいていた。
「本当にありがとうな、華琳。お陰様で、大分助かったよ」
「さて、なんのことかしら。こっちこそ、クラン員強化の総仕上げが出来て良かったわ。香の効果も試せたしね」
「……まぁ、俺が勝手に恩を感じてるだけってことで」
「ふふ、それならいいわ。さて、それじゃ『帰還香』を使うわよ」
「自分達も、今日は祭壇到達練習の総仕上げをすることにします」
「隊長、それじゃ明日の朝に、なのー!」
「うちらの特訓の成果、見せたるで!」
「頼んだぞ。凪達が来られなきゃ、始まらないし。それじゃ、また明日な!」
凪達のいる小部屋で『帰還香』を使用し、洛陽に戻る一刀達。
3姉妹を連れてBF11からBF15に行って海岸で一晩休息するプランなので、彼に時間的な余裕などない。
『封神』を行う前に『贈物』を貰っておかねばと、一刀は早速大神殿に向かった。
仙人下衣:防32、耐140/140、HP+15、AGI+4
奇石のピアス:耐50/50、DEX+2、CHR+2、HP回復(1P/3秒)
浄化の腰帯:防6、耐80/80、HP+15、DEX+6、攻+10
稟に付き添って貰ったお陰で、耐久度や特殊効果まで知ることが出来た一刀。
折角ズボンがポップした時に限って着脱サービスは無しかと落ち込む漢女達をよそに、彼はそれら装備の高性能さに見惚れていた。
特にピアスの回復能力は特筆すべきものであり、LV20という節目の『贈物』に相応しい。
現状の一刀は、HP:410/353(+57)にまで上がっていた。
増HP効果のある装備ばかりがポップしてくれたお陰でもあるが、LV23となった華琳や秋蘭のHPが300台後半であることを考えると、素のHPでも十分に追従していると言えよう。
(太公望って釣りの人ってイメージしかないけど、もしかして有力な加護神なのか?)
今までの『贈物』だって十分に高性能な装備であったし、『打神鞭』だって他の有力冒険者に見劣りしない武具である。
そもそも、太公望なんて有名人がしょっぱい加護神である訳がないのだ。
戦闘向きでない加護スキルが煙幕となって、その本質を見誤っていたことに、ここに来てようやく一刀は気づいたのであった。
だが、今更ピンときても既に遅い。
「一刀、覚悟はいいわね?」
「ああ、やってくれ」
「目を閉じて……。クチュ、チュッ、って、ちょっと一刀、なんで胸を触るのよ」
「アムッ、プハッ。ご、ごめん、つい」
「ちゃんと大人しくしてなさい。チュル、チュッ、あ、またっ。もう、仕方ないわね。チュプッ、チュッ」
「あ、ス、ストップ……。もうちょっと、ゆっくり吸ってくれ、そう、そんな感じ……あ、いく、いくぞっ!」
≪-封神-≫
こうして一刀は、自らの加護神を封じてしまったのであった。
**********
NAME:一刀
LV:22
HP:36/304(+57)
MP:0/0
WG:70/100
EXP:76/6500
称号:エアーズラバー
STR:22(+4)
DEX:40(+17)
VIT:20(+2)
AGI:29(+7)
INT:20(+1)
MND:16(+1)
CHR:37(+13)
武器:打神鞭
防具:スパルタンバックラー、勾玉の額当て、大極道衣・改、鬼のミトン、仙人下衣、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、浄化の腰帯、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス
近接攻撃力:185(+22)
近接命中率:94(+20)
物理防御力:121
物理回避力:98(+23)
【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
所持金:6貫