盾の代わりにボウガンを装備しての実戦に出た一刀。
ボウガンは、一刀が思っていたよりも遥かに有用であった。
特に空を飛ぶ獲物に対してはクリティカル補正でもあるのか、ダガーと同じ攻撃力にも関わらず、当たればほぼ1撃でジャイアントバットを仕留められるくらいに強力であった。
まだ3回に2回は外してしまうが、使用していくうちに隠しパラメータが上昇して、命中率も上がるようになるであろう。
リーチの短いダガーがメイン武器だったため、今まで一番の難敵であったジャイアントバットが、一刀にとってお客様になったのであった。
一刀にボウガンが向いていた理由は、それだけではない。
ジャイアントバットやポイズンビートルなどのモンスターは、薄暗い迷宮の中では保護色的な意味で見逃しがちであり、それは篝火が焚かれている広場といえども同じである。
いや、下手にテレポーター周りが明るいため、広場の端などにモンスターがいた場合、条件的には悪くなる。
更にジャイアントバットは空を飛んでいるため、余計に発見しにくい。
だが、一刀にはモンスターのNAME表示が視認出来るのである。
そのため、誰よりも早くジャイアントバットを見つけ出せるのだ。
今までは近寄って攻撃を仕掛ける前に、他の探索者達に倒されてしまっていたが、ボウガンを手に入れたことにより、他の探索者達に先んじて攻撃を仕掛けることが出来るようになったのである。
広場は常に混雑している狩場であるため、探索者の数に対して獲物が足りなくなることがよくある。
そんな中で敵に不自由しなくなった一刀は、驚異的なペースでジャイアントバットを中心にモンスターを狩り続け、EXPを稼いでいったのであった。
このように順風満帆に見えた一刀であったが、大きな問題を2つ抱えていた。
1つ目は、矢弾の問題である。
ブロンズボルトは1本20銭と、一刀にとっては高価であった。
ジャイアントバットのドロップ品である『コウモリの羽』が常にドロップしてくれれば、1枚50銭で売れるため金の心配はいらなかったのだが、そうは問屋がおろさない。
コボルトやゴブリンなどの獣人系モンスターが持っている小銭は別として、ドロップアイテムにはそれぞれドロップ率が存在し、『コウモリの羽』のドロップ率は、大体5匹狩って1枚程度の割合であった。
今はまだ手持ちに余裕があるが、このペースだと矢弾代で使い切るのも時間の問題であろう。
2つ目は、それよりも更に深刻であった。
それは、敵を倒した時に入手出来るEXPの量が、だんだんと減ってきていることだ。
LV1の時は、コボルトを倒して50のEXPが得られた。
だがLV3の今、同じコボルトを倒しても10のEXPしか得られないのである。
一方でLVアップに必要なEXPは増加傾向にあり、LV1では500稼げばよかったEXP総量が、LV3では倍の1000必要になっていた。
比較的難敵であるゴブリンやポイズンビートルを相手にすればもう少しEXPは貰えたが、どちらにせよこのままではLVアップにかなりの時間と矢弾を消費してしまうであろうし、近い将来にはBF1で敵を倒しても、EXPが入手出来なくなることが考えられる。
一刀は、矢弾に余裕のあるうちに、仕事以外の時間もLV上げに使おうとに決めたのであった。
交替の時間が来て、4時間の戦闘と緊張で疲れきっている他の剣奴達を尻目に、一刀はテレポーターでBF2へと降りた。
これはギルドの『外出は認めないが、仕事時間以外は好きに過ごしてよい』とのルールからは逸脱していない。
仕事時間以外に迷宮に潜るなとも言われていないし、テレポーターを勝手に使うなとも言われていないのである。
尤も、仕事時間以外に迷宮に潜るような物好きは一刀以外にはいなかったし、疲労に鈍い一刀でなければそんなことは不可能だったであろうことを考えると、わざわざルール化されていないのも当然ではあった。
BF2を見る限り、敵の種類に変化はない。
それは、季衣や流琉に教えてもらった情報と同じであった。
座学で迷宮に関することを学んでいる季衣や流琉の話によると、敵の種類が増えたり減ったりするのは、今のところ5F毎であるらしい。
つまり、BF6から敵の陣容が変わるのだ。
具体的には、ジャイアントバットとコボルトが姿を消し、オークとでかい蜂、それからでかい蜥蜴が現れるという話である。
ゴブリンとポイズンビートルは据え置きなので、BF6には計5種類の敵がいることになる。
ではBF1の敵とBF5の敵は同じ強さなのかというと、それも違うのだそうだ。
例えばBF1からBF10まで出現するゴブリンだが、BF1のゴブリンが持つ獲物は、錆ついたナイフのようなものが中心である。
それがBF2では片手剣となり、BF3では斧を振りかざしてくるゴブリンが多いらしい。
もちろんきっちりと別かれているわけではなく、BF3でもナイフを持つ者もいれば、BF1で斧を持つ者もいる。
階による強さの区分は、かなり曖昧であるようだ。
まぁ、元がゲームである以上、階段を1つ降りた程度で強さががらっと変わったら、即座に無理ゲーの烙印が押されるであろうから、そこらへんのバランス調整はされていて当然である。
だが、BF1のゴブリンとBF10のゴブリンでは、本当に同じ種族かと思うくらいに強さが異なるらしい。
なんとBF10のゴブリンの中には、杖を装備して魔法で攻撃してくる者もいるそうなのである。
それはまだ先の話なので今の一刀には関係なかったが、このことは心に留めておくべきであろう。
そんなわけで、BF2でもこれといって敵に代わり映えはなく、強いて言えばコボルトを倒して10だったEXPが15貰えるようになったくらいであり、一刀は危なげなく戦闘することが出来ていた。
ゆとりのある戦闘は、慢心へと繋がる。
ましてや、データ的な感覚故に戦闘に余り恐怖を感じていない一刀は、ゲームを攻略するのと同様に、より効率の良い狩り方、言い換えればよりギリギリな戦闘をすべく、混雑する広場から離れていったのであった。
地図がないため、広場までの道順を覚えておける範囲で探索しようと思っていた一刀であったが、それはあまりにも迷宮を甘く見過ぎていたと言わざるを得ない。
事実、一刀は迷宮を甘くみていたのである。
なにせここはまだBF2であり、モンスターも雑魚ばかりであったからだ。
この場合の雑魚というのは、一刀にとって楽勝な敵という意味ではなく、あらゆるRPGにおいて雑魚敵と称されるコボルトやゴブリンである、ということだ。
今の一刀の実力では、回復薬なしではゴブリンとの2連戦もきついのであるが、ゴブリンという名前のイメージから敵を甘く見過ぎるという、RPGをやり慣れていたことによる悪い影響が出てしまっていた。
更に一刀は、地図に対する認識も甘かった。
RPGにはオートマップ機能がついているものもあれば、ついていないものもある。
だが、所詮はゲームであり、マップがなくても適当にうろうろしていればなんとかなることがほとんどであった。
そのため、一刀は漠然となんとかなると思い込んでいたのである。
だが、ここはゲームの世界であると同時に、リアルでもあるのだ。
迷宮に迷ったからといって攻略サイトで調べることも出来ないし、死んだらどうなるのかもわからない。
それに、ゲームであれば何時間迷宮を彷徨ってもキャラクターは文句ひとつ言わないが、いくら一刀が疲労に鈍いといっても、どこにゴールがあるかもわからない状態で何時間も命を危険に晒しながら迷宮を探索し続けることは、事実上不可能である。
そのことに、一刀自身が気づいていなかったのであった。
薄暗い迷宮の中は、当然広場のような場所ばかりではない。
むしろ狭く入り組んだ通路の方が多く、敵を選べていた広場とは異なって、ジャイアントバット以外にも相手せざるを得なかった。
「くそっ、しつこいっ!」
逃げながら巻き上げたボウガンを、背後から迫ってくるゴブリン達の1匹に向けて放ち、当たったかどうかも確認せずに更に逃げる一刀。
この状況は、狭い通路に屯していた3匹のゴブリンに対して一刀が戦闘を仕掛けたことから始まった。
誤算だったのは、一刀がボウガンの性能を過信し過ぎていたことであろう。
ジャイアントバットには相性のよかったボウガンであったが、それ以外の敵に対してはステータス通り、ダガーと同等の性能しか発揮しなかったのである。
接近戦の最中には当然ボウガンを巻きあげてセットしなおすことも出来ず、つまりソロである一刀には最初の1撃だけしか使用出来ないため、ジャイアントバット以外の敵にはボウガンは無力であったのだ。
なんとかモンスター達を撒いた一刀は、回復薬を飲んだ。
幸い救護院で仕入れたばかりの薬には余裕があった。
だが逃げ回っていたおかげで、テレポーターまでの道のりもすっかりわからなくなった今、回復薬はまさしく命綱である。
むやみに消費することは避けねばならない。
迷宮の地図を持っていない一刀は、仕方なく右壁の法則(壁伝いに歩けば、いずれどこかに辿り着くという法則。ちょっと考えればわかるかと思うが、迷宮の構造次第ではどこにも辿り着けない場合もある)に従って、迷宮を慎重に歩き出したのであった。
LVが4に上がった一刀は、しかしそれを素直に喜ぶことが出来なかった。
LVアップしたということは、つまりそれだけ戦闘をしたということである。
既にボウガンの矢弾は尽き、回復薬や傷薬もなくなりつつあった。
(そろそろテレポーターが見つからなきゃ、マジでやばいな……)
さすがの一刀といえども、いつ果てるともわからぬ迷宮に、精神的な疲労も限界に達しつつあった。
そんな一刀の耳に、遠くから金属の打ち合う音が聞こえてきたのである。
助かったと思いつつ、一刀は音のする方へと走った。
そこには、見覚えのある2人の少女と、それを見守っている見知らぬ女性達がいたのであった。
NAME:祭【加護神:黄蓋】
LV:20
HP:300/300
MP:0/0
NAME:穏【加護神:陸遜】
LV:19
HP:264/264
MP:124/175
「あ、兄ちゃんだ!」
「兄様!」
「ん? おお、お主、あの時の小僧ではないか。すっかり回復したと見える。穏に礼を言うのじゃぞ」
「そんなの、いいですよぅ。ところでぇ、こんな所でどうしたんですかぁ?」
季衣達と一緒にいた、弓を持った武人風の女性と杖を持った魔術師風の女性、2人の特徴を一言で表現すると、『おっぱい』であった。
一刀の傷ついた体と疲労の極致であった精神が、母なる乳によって癒される。
豊潤な大地を思わせる4つのそれに、一刀は無言で右手を振り続けたのであった
見かねた季衣に右足を、流琉に左足を踏みつけられるまで。
武人風の女性は祭、魔術師風の女性は穏と名乗り、一刀も名乗り返そうとしたところ、それを祭に止められた。
祭達は一刀のことを知っていると言うのである。
「じゃあ、あの時俺を助けてくれたのは……」
「うむ、儂と穏じゃ。儂への礼は酒でよいぞ。ああ、今すぐにとは言わぬ。お主が一人前になり、金に不自由しなくなってからで構わぬぞ。その方が儂にとっても、楽しみが増えるというものじゃ」
「祭さん、穏さん。危ないところを助けてくれて、本当にありがとう。礼は必ずするよ。洛陽で一番の酒を必ず祭さんに奢るから、期待していてくれ」
「私のことはぁ、穏でいいですよぉ。で、先ほども聞きましたが、なんでこんな所に一刀さんがいるのですかぁ?」
今となっては自分の馬鹿さ加減が十分にわかっている一刀。
これ以上自分の恥を晒すのは避けたくて、先ほどの穏の質問をスルーしていたのだが、恩人である穏に再度問われては仕方がない。
出来るだけオブラートに包んだ表現で本日の自分の行動を伝えたのであった。
「兄ちゃん何考えてんだよ!」
「そうですよ、兄様! 4時間テレポーターの警備をして、その後すぐに迷宮に潜るだなんて、無茶苦茶です!」
「た、体力的には大丈夫だったんだよ。……道さえ迷わなければ」
だが、いくら穏当に伝えようとしても事実を覆い隠すことは出来ず、まず子供達が一刀に噛みついた。
その子供達の言葉を引き取って、穏もその口調とはうらはらに、一刀を厳しく批判する。
「自身の体力を考慮しないで行動するのも愚かですけどぉ、それ以上に地図もなく迷宮を探索するだなんてぇ、自殺志願者としか思えないですぅ」
「……返す言葉もございません」
「一刀さん、地図なしで迷宮を探索するなんて無謀なことは、もうしちゃだめですよぉ」
「ああ。今回のことで、自分の無謀さと無知さが身に染みたよ」
「うむ、わかればいいのじゃ。迷宮で一番大切なことは、宝物を持ちかえることではない。己の命を持ちかえることじゃ。そのこと、くれぐれも忘れるでないぞ」
口調もそうだが、言うこともお年寄りじみている祭であったが、その言葉は一刀の胸に強く響いたのであった。
祭と穏は、季衣や流琉に迷宮のことや戦闘のことを教えていた教師役であり、今日が迷宮探索デビューである季衣や流琉の保護者として、ついてきてくれたのだそうだ。
ただそれも今回限りであり、今後ずっとついていてくれるわけではない。
彼女達は、雪蓮のクランの一員であり、迷宮の最前線で己自身を鍛える必要があるからだ。
「クランって?」
「グループっていうかぁ、仲間っていうかぁ、そんな感じですよぉ」
「迷宮に降りる探索者の仲間をパーティと称するのじゃが、そのパーティよりも広域的な意味じゃ。ギルドへの登録や上納金の支払いなどは、ソロ以外はパーティ単位ではなく、クラン単位ですることになる。お主も身を買い戻して、それでもまだ探索者を続けるのであれば、いずれどこかのクランに所属することになるじゃろう」
クランのことも気になっていた一刀であったが、それよりもずっと知りたかったことが祭の口から出てきた。
「ところで、その身を買い戻すことなんだけど、いくら払えば自由の身になれるのか知ってるか?」
「……まだお主が知るには早いと思うのじゃが、どうしても知りたいか?」
「ああ、頼む、教えてくれ」
「ふむ、まぁいいじゃろ、いずれわかることじゃ。ギルドの剣奴が己の身を買い戻すためには、己の売値の10倍を支払わねばならん」
800貫。
その途方もない額に、一刀は目眩がした。
「気持はわかるが、そう落ち込むでない。なぁに、稼ぐ方法はある。それは『贈物』を売ることじゃ。『贈物』は貰う度にだんだんと高価になっていくからのぉ。しかも加護を得た時に貰える『贈物』の価値は、ケタが違う。儂の時は、ほれ、これじゃ」
そう言って祭が差し出した弓は、見ただけで威風を感じさせる巨大な強弓であった。
確かにこれならば、さぞ高値で売れるであろう。
「この弓は儂が『多幻双弓』と名付けたのじゃが、このくらいの品になると売値が買値の半額になるようなこともない。儂は自分で使っておるが、売れば最低でも2000貫にはなったじゃろう」
「そんな『贈物』を貰ったら、売るのに躊躇しそうだけどな」
「まぁ、それを売らずに普通の『贈物』を手放すという選択もある。加護を受けた今の儂で、大体200貫前後のものが貰えるからのぉ。それに、迷宮も20階を超えたあたりでは、敵の落とすドロップアイテムも10貫、20貫で売れるようなものがざらに出る。レアなドロップアイテムなんかも、ものによっては高額で取引されとるしのぉ。つまり、強くなりさえすれば、金なんかどうにでもなるのじゃ」
強くなる必要がある。
最低でも祭と同様のLV20にならなくては、800貫など到底稼げない。
それは主要人物である雪蓮や華琳、桃香に並ぶ強さではあるが、ここはステータス依存のゲーム世界である。
であれば、ゲーオタの自分だってLVさえ上げれば主要人物に並ぶ強さを手に入れることも不可能じゃないはずだ。
一刀は、無謀であった今回の探索を反省しつつも、今後も強さを求めるために迷宮に潜り続けようと思うのであった。
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NAME:一刀
LV:4
HP:28/64
MP:0/0
EXP:215/1250
称号:なし
STR:8
DEX:11
VIT:8
AGI:9
INT:9
MND:6
CHR:7
武器:ブロンズダガー、ライトボウガン、ブロンズボルト(0)
防具:布の服、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト
近接攻撃力:30
近接命中率:20
遠隔攻撃力:30
遠隔命中率:17
物理防御力:23
物理回避力:19
所持金:2貫800銭