明くる日、月達が一刀の宿屋に引っ越してきた。
折角なので歓迎会をしようと提案した一刀は、メインディッシュの食材を手に入れるため、釣り竿を手に迷宮へと向かった。
『太公望の竿』を真桜に預けていたため、思春に竿を借りてのフィッシングとなる。
一体いつの間に、一刀は思春とそんな関係を育んでいたのか。
2人の間には、『お魚様の繋ぐ恋』とでも題するべき物語があったのだ。
雪蓮を頭とする冒険者ギルド、その評判は以前のギルドと比べてかなり良い。
その原因のひとつは、ギルドショップに併設されたお魚ショップである。
この店のおかげで雪蓮達は、収入の増えた冒険者や洛陽の主婦層に絶大な支持を受けていた。
ところが、しばらく前にある問題が発生した。
一刀がBF15の魚を売らなくなったせいで、需要に対して供給が著しく減ってしまったのだ。
その穴埋め役を担当したのが、思春だったのである。
思春は元々錦帆賊だったので釣りに詳しかったし、体育会系の彼女は部屋で政務をしているよりも海で釣りをしている方がよっぽど楽しかった。
そういう意味では、一刀に感謝すらしていたのだ。
もちろんこの時点での思春の気持ちに、一刀に対するラヴ臭などは欠片もなかったが。
一方、一刀も魚釣りでの金策を『コイキング』に禁止されて困っていた。
せめて食費だけでも浮かそうと毎日のようにBF15に来ており、必然的に同じ釣り場を拠点としていた思春と頻繁に出会うことになる。
一刀にしてみれば、自分の尻ぬぐいを思春にして貰っている形になるため、思春に対して負い目があった。
そんな彼女が苦労して釣っている横では、さすがに自分の加護スキルなど使えない。
なのでそういう時には、一刀も【魚群探知】や【魚釣り】を使わず、普段は使用しない針と糸を竿に付けてのまっとうな釣りに挑戦していた。
最初のうちは会話もぎこちなく、沈黙の方が多かった。
だが一刀の手際の悪さを見ていられなくなったのだろう、そのうち思春が釣り方を教えてくれるようになったのである。
食いついた魚に針がしっかりとかかるよう、竿を立てるタイミング。
魚の力に逆らわず、その体力を奪う竿裁きのコツ。
そうやって正々堂々たる勝負の末、魚を釣り上げた時の喜び。
元々一刀は、魚釣りを金策の手段としか考えていなかった。
だが思春からそういったことを教わっていくうちに、彼は段々と釣り自体が楽しく感じるようになっていった。
念のために付け加えると、一刀の手際が悪かったのは加護スキルを多用していたためだ。
針も糸も不要な【魚釣り】スキル。
ロックオンさえすれば、後は竿を強引に引っ張るだけでどんな魚でも釣り上げることが出来るのだから、釣りの腕前が上達しないのは当たり前である。
一刀が釣りを好きになっていく過程で、親切にしてくれた思春にも好意を抱き始めたのは必然であろう。
では思春の方はと言えば、これも一刀に慕われて悪い気はしなかった。
思春の一刀に対する評価は、当初はかなり厳しいものであった。
だが自分の好んでいるものを共に楽しんでくれる存在に対し、いつまでも悪感情を持ち続けるのは非常に難しい。
時には糸を切られて涙目になる一刀を慰め。
時にはその場で捌いた魚を一刀と分け合って食べ。
時には釣り上げてしまったモンスターを協力して倒し。
そうやって2人だけの歴史を紡いだ結果、今では釣り竿を握る思春の後ろから一刀が手を添えて『オー、マーイラァー、ラッアアアーヴ』って感じなのであった。
余談が長くなってしまったが、そんな訳で一刀は『太公望の竿』がなくても普通に釣りが出来る。
【魚群探知】でタゲって【魚釣り】でロックオンし、思春の竿に負担を掛けないように魚を操りながら波打ち際へと誘導していく一刀。
普段の数倍の時間を掛けて慎重に手繰り寄せた獲物、それはBF10のレアポップ魚『チャーシュー』だ。
実は『チュートロ』は先日釣って皆で食べたばかりであり、まだリポップしていなかったのである。
周りに迷惑かなとも思ったが、歓迎会のメインディッシュに相応しい食材を考えると、やはり現状では『チャーシュー』しかありえない。
能力を使用せずに釣れる自信も暇もなかったため、申し訳ない気持ちを抱きつつも一刀は加護スキルを使ってしまった。
『チャーシュー』を釣って飼育して、養殖して儲けようとしていた者も。
『チャーシュー』を釣って得た金で、両親に孝行しようとしていた者も。
『チャーシュー』を釣って持ち帰り、家族に食べさせようとしていた者も。
釣り竿を振ったかと思えば一発でレア魚を引き当てた一刀に対して、全員が嫉妬と羨望の眼差しを投げかける。
中には1ヶ月近く粘っていた冒険者までおり、一刀を「呪われよ」と言わんばかりの目で睨みつけていた。
周囲からの視線に居たたまれなくなり、一刀は逃げるようにしてその場を立ち去った。
『チャーシュー』を担ぎ、しょんぼりしながら宿に戻った一刀。
そんな彼を出迎えてくれたのは、月と詠である。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「お、お帰りなさい、ませ、ご、ご……な、なんでボクまでこんなことしなきゃいけないのよ!」
「ダメだよ詠ちゃん、ちゃんと子供達のお手本にならなきゃ」
「うぅ……。でも月、ボク達はお客さんなのよ?」
「だって詠ちゃんが言い出したんだよ、子供達の教育を手伝うって」
「それはそうだけど……」
「じゃあ、ちゃんと最後までやらないと」
「あー、もう! わかったわよ! お帰りなさいませ、ご主人様! これでいいんでしょ!」
「へぅ……。詠ちゃん、それじゃ乱暴だよ」
癒し系メイドもツンツンメイドも、どちらも甲乙つけ難い。
ただひとつ言えること、それはメイドのジャスティスである。
釣り場でのことで、心に重石が乗っかっていた一刀。
それが月達によって一瞬で解消されたことは、一刀にメイド宿屋の需要を確信させたのであった。
『チャーシュー』を餡にして、みんなで餃子や焼売などの点心を作っていく。
月や詠はもちろん、食べるのが専門の恋や霞も餡を皮で包む作業を手伝っていた。
「自分で作った料理は、いつもとは違った美味しさがあるんだぞ」
と言う一刀に、恋達が乗り気になってくれたのだ。
その言葉に嘘はないが、一刀の本当の狙いは別にあった。
一刀はこの歓迎会で、月達に対する子供達の警戒心を解いておきたかったのだ。
子供達には、他人に対する拭い切れない不信感がある。
なぜなら一刀が宿の持ち主になるまで、誰一人として自分達を助けてくれなかったからだ。
既に1ヶ月以上を共に暮らしている一刀に対しても、未だに半信半疑といった感じであるのだから、長年虐待されてきた子供達のトラウマは根強い。
幸い美羽や双子とは打ち解けてくれているが、子供達にはもっとたくさんの人と触れ合って欲しい。
外見が幼い月達であれば子供達に受け入れられるかもしれないと、一刀は期待していたのである。
「小喬ちゃん、変なしゃべり方だよ」
「違うよ、大喬ちゃんだよ。ねー」
「どちらも違うのですぞ! ネネはネネなのです!」
「「やっぱり変ー!」」
「ネネはどこもおかしくないのですぞー!」
早速、音々音が子供達と遊んでくれているようである。
今はそうやって少しずつ傷を癒していって欲しいと、一刀は願っていたのであった。
食べて飲んで騒いでも、その疲れを翌日に持ち越さないのが一流の冒険者である。
もちろん月達のパーティメンバーも、それに該当するだけの実力を持っている。
だからこのピンチは油断でも慢心でもなく、単に運の問題であった。
「くっ、前からも後ろからも、敵がわんさか来とるで!」
「言われなくても見れば分かるわよ、そんなこと!」
場所はBF19、広めの一本道での交戦時のこと。
普段は通り抜けるだけの道であり、以前音々音の【ちんきゅーアイ】によってトラップの存在がないことも確認されていた。
ところで、【ちんきゅーアイ】は専用の構えをしなければ発動しない加護スキルであり、使用時には他の行動が出来ない。
従って一度安全を確認した道に対しては、なにかしらの理由がなければ使わない。
通る度に罠を確認していたら時間が掛かって仕方がないし、音々音はトラップだけを警戒しているわけではなく【ちんきゅーイヤー】での索敵もしなければならないからだ。
そしてこの【ちんきゅーアイ】だが、目を指で覆う分だけ視界が狭まる。
つまり中央に比べて端の方は、どうしても見落としがちになってしまうのである。
どこかの部屋ならばともかく道幅の広い通路であったことも、音々音にとっては不利な要素であった。
回りくどい言い訳を重ねてしまったが、要するにこの通路には音々音が見落としていたトラップが存在していたという訳である。
そしてモンスターとの交戦時、壁際に存在していたそのトラップを、皆の荷物を置きに来た一刀が踏んでしまったのだ。
フロア中に鳴り響くサイレン、どこからともなく溢れ出すモンスター。
そう、一刀が踏んだトラップは、極めて危険度の高い『アラーム』だったのである。
その音に引き寄せられてきたモンスターの数は、元々交戦していた敵と合わせて20を超える勢いだ。
「恋、上を! ガーゴイルから皆を守るのよ! 霞と華雄は前を。1匹たりとも通さないで!」
「あの、みんな、本当にゴメン……」
「そんなことを言ってる場合じゃないのよ! 音々音と一刀は後ろの敵! 無理に倒さなくていいから、私と月の壁になって頂戴!」
そう叫ぶと詠は、目を閉じて集中し始めた。
その間に月の唱えた『土の鎧』と『砂の加護』が、一刀と音々音の防御力や素早さを底上げする。
ねっとりと地を這うスライムが、一刀の足を狙って襲い掛かる。
そのスライムに対してダガーを突き込み、そのまま横薙ぎに振ってスライムを弾き飛ばす一刀。
だがその行動は、一刀の取るべき選択肢としては不正解である。
なぜなら、襲い掛かってくる敵はスライムだけではないからだ。
地面すれすれの敵に対してダガーを振るえば、隙が大きくなるのは当然であろう。
そして、その隙を突くことを躊躇うような敵は1匹もいない。
無防備な体勢の一刀に、オーガの鉄拳が振り下ろされた。
「ちんきゅーチョップ!」
一刀に突きだされた拳に対し、カットに入る音々音。
加護によって威力の増した攻撃はオーガの腕を弾き飛ばすことには成功したが、小柄な彼女はその反動によって大きく体勢を崩してしまった。
そんな音々音に牙を立てようと飛び掛かってきたヘルハウンドの口に、今度は一刀が盾を叩き込んだ。
攻撃用の盾という触れ込みが本当であったことは、ヘルハウンドの折れた牙によって証明されたのだった。
だが一刀には、それを喜ぶ余裕など全くなかった。
今の交戦中にも、その脇から一刀達の壁を抜けて月達に襲いかかろうとするモンスター達がいたからだ。
唯でさえ一刀はフロア適正より低いLVであり、そしてこの広い通路での戦闘である。
音々音とたった2人で敵を通さないように、という詠の指示が無茶なのだ。
そしてそのことを、詠が理解していないはずがない。
一刀と音々音が稼ぎだした時間で集中力を高めた詠は瞼を開いて敵を一瞥し、鋭く呪文を唱えた。
≪-離間の計-≫
詠がMPを100も消費して完成させた術の対象は、先程一刀に殴りかかってきたオーガである。
最前列で今の今まで一刀と交戦中だったオーガが突如として体を反転させ、他のモンスターに突っ込んで行った。
その隙に一刀はベルトに挟んであった黄銅の短剣飾りを抜き、ふらついている詠に突き刺した。
MP回復効果のある『活力の泉』を詠に向かって唱える月自身のMPも枯渇気味だったため、そのまま月も刺した一刀は、そのまま月に飾りを預けて前線へと戻った。
ちなみにこの短剣飾りは、いざという時のためにリュックから出しておいたものの一部である。
つまり一刀の物ではなかったのだが、この状況であれば誰も文句は言うまい。
一刀側の敵をもう1匹と霞側の敵を更に1匹寝返らせた所で黄銅の短剣飾りはロストし、詠の集中力も切れてしまった。
この状態では、例えMPがあったとしても術をレジストされてしまうのが目に見えている。
詠は月と同様、コモンスペルで前衛のフォローに徹することにした。
その頃には、一刀も既に多数との戦闘に馴染んでいた。
常に波風を立てぬよう生きて来た彼は、こうした順応能力に優れていると言える。
自分がダガーだけでしかスライムを相手出来ないのに対し、音々音は氣を込めることで足技でも対応出来る。
逆に小柄な彼女では受け止めることが出来ないオーガからの一撃は、一刀であれば幾分かマシである。
一刀は音々音に合わせるように動き、スライムやヘルハウンドはなるべく彼女に押し付けて、オーガだけを相手することに集中した。
「なぜスライムだけでなく、犬までネネに持って来るのです!」
「LV分だよっ! ネネは、俺より5つも、くっ、高いだろっ!」
「お前にレディを守ろうという心はないのですか!」
「今だってギリギリなん、だっ、よっ! わ、危なっ!」
「そんなことだから、お前はいつまで経ってもダメなのですぞ!」
「ちょっと待て。最近出会ったばかりのネネに、そこまで言われる程ダメなのかよ、俺……」
と、音々音との息もピッタリである。
そのコンビネーションで、霞側に負けず劣らずの戦果を稼ぎだす一刀達であった。
オーガの叛乱によって混戦となったが、それでも多勢に無勢なのには変わりない。
LV23の前衛達にとって、自分の身を守るのは容易いことである。
だが敵のHPが多い分だけ殲滅にも時間がかかるし、まして後ろに一歩も通さない戦いをするためには、体を張って敵の侵攻を食い止めざるを得ない。
一刀はもちろんのこと、音々音も霞も華雄も、そして恋までもが全身血塗れであった。
さすがにじり貧かと思われたその時、もう我慢も限界だと月が口を開いた。
「詠ちゃん、私、アレを使うよ」
「そんな、月! アレは封印するって決めたじゃない!」
「でも、このままじゃ皆が……。私、頑張る」
「月……」
不安げに月を見つめる詠。
そんな詠に向かってコクリと頷いた月は、頭を覆うベールを脱ぎ棄てて詠唱を開始した。
≪-暴王の気まぐれ-≫
とたんに月から生気が消えうせ、瞳から光が消える。
まるで操り人形のような状態の月は、突然雄叫びを上げた。
「へうううぅぅーっっっっっ!!!!!!!!」
ガーゴイルAは身を竦ませている。
オーガBは身を竦ませている。
スライムBは身を竦ませている。
ヘルハウンドCは身を竦ませている。
一刀Aは身を竦ませている。
「今や、華雄!」
「応!」
「恋殿、ネネ達もやりますぞ!」
「……ん」
防御体勢から全体攻撃へとシフトする漢帝国の将軍達。
彼女達は月の加護スキルを見知っていたため、それなりの心構えが出来ていたのである。
一方これが初見の一刀は、ただ呆気にとられて月を見守るばかりであった。
月は駄洒落を言った。「布団がふっとんだ」ヘルハウンドAは笑い転げている。
月はふしぎなおどりを踊った。スライムDには効果がなかった。
月は罪袋を呼んだ。「「「かっわいっいよ、かっわいっいよ、ゆ~えりんり~ん」」」ガーゴイルBは倒された。
月は指をくるくる回した。オーガCは混乱した。
月は躓いて転んだ。「へぅ!」一刀Aの萌え心に会心の一撃。
様々な奇行を、全くの無表情で繰り広げる月。
普段の姿からはまるで想像出来ない彼女の姿に茫然とする一刀の肩を、詠がそっと叩いた。
「お願い、忘れてあげて」
「……なんのことだ? 俺は何も見てないぞ?」
皆が心を合わせて敵に立ち向かい、その勇気が生還への道を切り開いた。
こうして友情・努力・勝利でピンチを切り抜けた一刀達なのであった。
「お、待っとったで、兄ちゃん」
「いらっしゃいなのー!」
「約束通り来てくれて、嬉しいです」
BF20の小部屋で出迎えてくれる3人娘だったが、それを認識出来たのは予想に反して一刀だけであった。
パーティメンバーどころか、『天使印』を手に持っている詠にすら彼女達の姿は見えない。
イベント発生条件が『天使印』の所有ではなかった、ということなのであろう。
「……本当にアンタには見えているのよね?」
「嘘じゃないって。『帰還香』だって手に入っただろ?」
「実はアンタの加護スキルで作った、とか」
「そんな回りくどい真似なんかしないって」
「まぁいいわ。アンタがいて短剣飾りや『天使印』があればアイテムと交換して貰えるってことだけ確かなら、それで十分よ」
と言って、『天使印』や短剣飾りを一刀に渡す詠。
だが詠の声は、凪達には聞こえてしまうのである。
「自分達、このままずっと誰にも見えないままなんでしょうか……」
「それだと沙和達、すっごく寂しいの」
「それに兄ちゃんしか見えんっちゅーことは、『天使印』の集まりも悪くなるやろしなぁ」
「もう迷宮は飽きたのー! お外に出たいのー!」
落ち込む女の子達を見ていると、ついリップサービスしてしまうのが一刀である。
今回も例に漏れず、実力に不相応なことを言ってしまった。
「大丈夫、俺が必ず3人とも迷宮から解放するからさ。だから、元気出そう」
「兄ちゃん、ありがとう。うちら、頑張るわ」
「よーし、沙和達と一刀さんで、必ず迷宮から脱出するのー!」
「みんなで『迷宮から解放され隊』を結成しましょう。よろしくお願いします、隊長!」
「隊長、よろしくなのー!」
「うちらに出来ることなら、なんでもするで! とりあえずその『天使印』で武器か防具の強化か作成か、どないする?」
その使い道はパーティ内で、既に決めてあった。
今回は霞の持つ『飛龍偃月刀』を強化することにしていたのだ。
霞から武器を預かり、それを『天使印』と一緒に真桜へと渡す一刀。
真桜はそれを矯めつ眇めつ確認し、やがて補強ポイントを定めたのであろう、一刀に時間の確認をした。
「大体2時間はかかるで。それくらいなら待てるやろ?」
「ああ、そのくらいなら大丈夫だ。頼むな、真桜」
「任しとき」
そのことを各人に伝え、パーティは休憩モードに入った。
竿の改造やアイテム交換など色々と確認することはあったが、何しろBF19の戦闘で疲れていた一刀。
とりあえず後回しでいいやと、一刀はその場に座り込んだ。
そんな彼の道衣を、何を思ったのか沙和が脱がせ始めた。
「沙和、どうしたんだよ?」
「いいから脱ぐの! 真桜ちゃんが2時間で終わるってことは、『天使印』のエネルギーがそこそこ余るはずなの。だから沙和が、その服を強化して上げるのー!」
「いや、気持ちは嬉しいんだけど『天使印』は彼女達の物だからさ、彼女達の装備を見てやってくれよ」
「沙和は隊長のをしたいのー! 本当は1枚で1個なんだから、余りは沙和が決めていいのー!」
「そういう訳にはいかないんだって」
その会話は、一刀と凪達だけにしか聞こえていない。
他の面子にとっては、ただの一刀の独り言である。
だがそれでも、一刀と沙和がどういうやりとりをしていたかを察することが出来たのであろう、詠が口を挟んだ。
「別にいいわよ。こっちは霞の武器が強化されれば十分だし、折角何かしてくれようとしてるんだから遠慮せずにして貰ったら? アンタの装備が良くなれば、それだけパーティの力だって上がるんだしね」
「……悪いな、詠。それじゃお言葉に甘えさせて貰うよ、沙和」
「わーい、これで沙和も隊長の役に立てるのー!」
「うちだって隊長の竿を解放しとるもん! 今だって隊長のお仲間さんの武器を強化しとるしな」
「た、隊長、自分も何か……」
「凪だって、アイテムを作ってくれてるだろ。凄く助かってるぞ」
「でもそれは、隊長のものじゃないのー!」
「うちらはちゃんと、隊長の持ち物を改良しとるもん。なー、沙和」
「ねー、真桜ちゃん」
沙和と真桜に煽られ、焦る凪。
そんな凪をみて、どんどん調子に乗っていく2人。
「へへーん、凪ちゃんも隊長のお役に立たないとダメなのー!」
「そうやそうや。んー、凪の体で隊長を慰めるっちゅーのはどうや?」
「ば、馬鹿! 第一こんな傷だらけの体なんて、隊長だって、嬉しく、ない……よ」
自分で言っておいて、自分の言葉に落ち込む凪。
真桜と沙和も慌てる凪が見たかったのであって、決して落ち込む凪が見たかった訳ではない。
さっきまでの騒がしさが嘘のように、小部屋に微妙な沈黙が流れる。
そんな空気を打破出来るのは、一刀以外にはありえない。
恥ずかしいセリフが月達には聞こえないよう、一刀は凪の耳元で囁いた。
「凪は魅力的だよ。俺には勿体無いくらいだ。でも凪の方こそ、初対面に近い俺なんかとするのは嫌だろ?」
「いえ、その、自分は隊長さえ良ければ……」
「無理しなくていいんだぞ?」
「違うんです、その、ずっと、自分達を助けに来てくれる、その、白馬の王子様が……それが隊長なんだって、あの……」
褐色の肌を赤く染め、照れながら告げる凪。
武闘派な彼女の外見と、お姫様願望な内面。
そのギャップ差攻撃に、唯でさえ死線を潜り抜けたばかりで性欲を持て余していた一刀は、色々なモノが我慢出来なくなってしまった。
真桜や沙和の視線も、2人だけの世界に入ってしまった一刀と凪には全く気にならない。
早速いちゃつく彼等だったが、ずっと3人だけで過ごしてきた真桜や沙和がそれを見せつけられて我慢出来るわけもなく。
霞の武器や一刀の防具も放り出し、そのまま4Pへと突入する一刀達であった。
いくら生存本能により股間がMAXに滾っていたとはいえ、後ろにいる仲間達の存在すらもなかったことにした一刀。
周囲に気を使うタイプの彼にしては、珍しく空気の読めていない行動である。
いや、正確には場の空気よりも凪達を優先したと表現するのが正しいのだが、それでも月達の視点からは一刀がKYに見えていたのは間違いない。
「なんでカクカクしてるの? しかも裸で」
「月、あんまり見ちゃダメよ」
「最低やな……」
「恋殿、アイツは気が狂ったみたいですぞ」
「……変」
というように、月達には大不評であった。
それはそうであろう、なにせ彼女達からは一刀が全裸でうねうねと踊っているようにしか見えないのである。
ところが、そんな彼女達に異議を唱える者がいた。
「あれは……!」
「知っているのか華雄?!」
「うむ。あれは大陸の遥か西、崑崙山脈に住むと言われる幻の部族・ドラッケン族に伝わる大気攪拌士、その英雄達ですら最早誰も習得が叶わないと諦めていた、失われし大気攪拌術だ。まさか伝説が真であったとは……」
説明しよう。
大気攪拌士とは、空気中の酸素と二酸化炭素を混ぜることで、大陸上の生き物が二酸化炭素の部分だけを吸って窒息しないようにする、世界を救う尊い仕事なのだ。
「伝説にはこうある。かの者すべての衣を脱ぎ去り迷宮へと降り立つ。その身をうねうねさせし時、人の絶望で分かたれた大気を混ぜ、その愛を一身に受けるであろう、とな」
「……なんか凄いんですね、一刀さんって」
「ほんま、ようわからんけど、凄いなぁ……」
民明書房が刊行している書籍を愛読しているため、意外と博識な華雄だったが今回の件については完全に誤解である。
だが残念なことに、一刀は背後での会話にまったく気づいていない。
彼がこの事実を知った時には、既に洛陽中にデマが広まってしまった後なのであった。
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NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:18
HP:256/288(+22)
MP:0/0
WG:100/100
EXP:1876/4750
称号:エアーズラバー
パーティメンバー:一刀、月、詠、恋、音々音、華雄、霞
パーティ名称:チートバッカーズ
パーティ効果:近接攻撃力+40
STR:23(+3)
DEX:35(+11)
VIT:21(+3)
AGI:27(+5)
INT:21(+1)
MND:16(+1)
CHR:26(+1)
武器:アサシンダガー
防具:スパルタンバックラー、避弾の額当て、大極道衣、鬼のミトン、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪
近接攻撃力:133(+17)
近接命中率:84(+10)
物理防御力:116
物理回避力:88(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
所持金:22貫