三国迷宮BF20。
パーティの先頭を行く少女が、その小さな体を更に縮めるようにして慎重に辺りを窺う。
NAME:音々音【加護神:陳宮】
LV:23
HP:264/297
MP:0/0
陳宮という軍師系の加護神であることや小柄な体格から、音々音がMP持ちでないことを不思議に思っていた一刀だったが、祭壇から今までの道中で彼女の役割は既に理解出来ていた。
彼女はシーカー、つまり索敵・罠警戒などが担当なのである。
そんな彼女が周囲を警戒しているということは、つまりモンスターが接近してきたということだ。
それは前列にいる2人の女性が武器を構えたことからも分かる。
NAME:霞【加護神:張遼】
LV:23
HP:357/402
MP:0/0
NAME:華雄【加護神:華雄】
LV:23
HP:322/420
MP:0/0
豊かな胸にはサラシを巻き、肩には羽織、腰には袴、足には下駄。
日本を勘違いした外国人のような姿をした霞だが、『神速将軍』の異名は伊達ではない。
両手に構えた偃月刀から繰り出される斬撃が、長物を振り回しているとは思えない速度でモンスターを切り刻む様を、一刀はここまでの道中で何度も見てきた。
そして霞の異名『神速将軍』と対をなし、『烈火将軍』と呼ばれるのが華雄である。
神格としては張遼より一段も二段も落ちる華雄の加護を得た彼女が、なぜ『神速将軍』と並び称される程の力を得ることが出来たのか。
その答えが一刀の目に映る彼女のNAMEである。
彼女のNAMEは、一刀の見間違いでも偶然の産物でもない。
彼女は元の名を捨てて加護神と名乗りを同じくすることで同調性を高め、更なる加護を手に入れたのである。
『烈火将軍』とはその武もさることながら、そうまでして力のみを追求する苛烈な精神に対して付けられた異名なのだ。
「ヘルハウンドが2匹とオーガが1匹やて。華雄、どっちがええ?」
「ふむ、では私はオーガを貰おう」
「オッケー、んじゃウチは犬で。行くで!」
「応!」
後ろへ下がる音々音と入れ違いに、霞と華雄は前方へと躍り出る。
そんな彼女達の様子を見て、一刀は慌てて壁際に移動し両手の荷物を下ろした。
そのまま背中のリュックも降ろすか少し迷った一刀だったが、前方では既に戦闘が始まっている。
結局一刀は荷物を背負ったままアサシンダガーを構え、腰を落として戦闘の様子を窺った。
その一刀の判断の正誤を問うかのように、1匹のヘルハウンドが前線を突破して襲い掛かってきた。
LV17の一刀からすれば、BF20の敵は10回やって10回負ける相手である。
しかも背中に重い荷物まで背負い、とても回避行動などとれる状態ではない。
一刀は左手で自分の首をガードしつつ、アサシンダガーをヘルハウンドの口に合わせるようにして振った。
わずかの間だけ鍔迫り合いのような負荷が右手に掛かる。
その負荷が無くなったことを一刀が認識した次の瞬間、首を狙って襲い掛かってくるヘルハウンドの鋭い牙が、急所を守る一刀の左腕に突き刺さった。
このヘルハウンドの素早さと急所攻撃こそが、一刀にリュックを降ろすことを諦めさせたのである。
ちょっと目を離した隙に。
ちょっと武器から手を離した隙に
ちょっと背中を向けた隙に。
ヘルハウンドとは、その一瞬で頸動脈を噛み千切ってくるような油断のならない難敵なのだ。
逆に言えば、その凶悪な急所攻撃さえ防げばなんとかなる敵だとも評することが出来る。
なぜならヘルハウンドは、今の一刀の実力でも耐えることが出来る程度の攻撃力しか有していないからである。
そしてある程度の時間を稼げたのならば、もう一刀の命は保証されたようなものだ。
トスッ。
そんな軽い音を立てて、上空からヘルハウンドの頭を貫く槍。
その槍の持ち主も、軽やかに着地する。
いや、着地という表現は正確ではない。
なぜなら、彼女は地に足を着けていないからである。
NAME:恋【加護神:呂布】
LV:23
HP:539/539
MP:0/0
『神速将軍』も『烈火将軍』も武名においては一歩譲る、『飛将軍』の異名を持つ恋。
彼女はその名の通り、自由自在に宙を舞うのだ。
最後尾から文字通り飛んできた彼女に、一刀は礼を言う。
「ふぅ。助かったよ、恋。ありがとう」
「ん、いい。……傷、痛そう」
「いや、なんともない。それより、前の二人の手助けをしてきた方がいいんじゃないか?」
「もう終わる」
恋の言う通り、前方での戦いも既に終盤であった。
霞の偃月刀によってヘルハウンドは既にこと切れており、オーガの方もたった今華雄の斧が頭の天辺から口の辺りまでめり込んだ所である。
次の瞬間、彼女の加護スキルかなにかであろう、そのオーガの頭が炎に包まれた。
「……オーバーキルもいいところだな」
それを見て、思わず独り言を呟いた一刀。
特に返事を期待していた訳でもない独り言に、言葉が返ってきた。
「仕方ないわよ、あれはランダム発動だから……いえ、モンスター1体に的を絞らなければ、オーバーキルの可能性は減るわ。あるいは……」
「それより一刀さん、腕は大丈夫ですか?」
NAME:詠【加護神:賈駆】
LV:23
HP:292/292
MP:193/224
NAME:月【加護神:董卓】
LV:23
HP:268/268
MP:65/86
オーバーキル対策案を考え込む詠と、一刀の腕の傷を心配する月。
そんな2人に相槌を打ちながら、一刀は七乃の紹介による彼女達との顔合わせの時のことを思い出していた。
交渉のため七乃が連れて来たのは、月と詠だった。
理知的な感じがする詠の加護神が賈駆なのはともかく、儚いという形容詞がピッタリとマッチする月の加護神が董卓だったことに目を疑った一刀。
彼の知る限りでは、董卓と言えば暴虐の限りを尽くし洛陽を火の海に沈めた悪役中の悪役だからである。
そんな董卓が加護神につくのだから、月にも何かしら暴王に通じるものがあるのだろうと警戒する一刀。
油断は禁物だと気を引き締めた一刀に対し、月達は最初からとても好意的であった。
交渉の前提条件である1回毎の契約は、事前に七乃から伝えられている。
彼女達がこの場に現れたということは、その条件は飲んだと考えてよい。
そこから先はこの交渉次第だと気合いを入れ、一刀は報酬その他の条件について切り出した。
「1日20貫、戦闘は一切不参加、但し補助的な行動はそっちの要請に従って行うってことでどうだ? 補助的な行動ってのは、例えばアイテムによるHP・MP回復や、場合によっては索敵行動なんかを考えているんだが……」
「一刀さんを雇わせて頂くのに、その条件では少し……。詠ちゃん」
「そうね、1日30貫出すわ。それから特に優れた働きをした場合は、相応のボーナスを。後、補助的な行動は一切要らないから。アンタのLVは私達より全然低いんだから、自分の身を守ることを最優先にしなさい」
一刀にとって譲れない条件は既に満たされており、その他のことは交渉次第では譲っても良いと考えていただけに、月達の言葉は全くの想定外であった。
そして、なぜそんな好条件を出すのか問う一刀に対する月達の答えも、董卓という加護神からは想像もつかない内容だった。
「七乃さんから聞いたのですが、一刀さんはこの宿で子供達を保護しているそうですね。あの、私も、奴隷だからって子供達に、そ、その、エッチなのはいけないと思います! ……へぅ、ごめんなさい、大きな声を出しちゃって」
「月の言う通りよ。律令で許されるからといって、人として許されないことはあると思うわ。だから七乃からアンタの話を聞いて、ボク達も依頼とかを通じて出来るだけ協力したいって思ったのよ」
月や詠の考えは、別に少数派というわけではない。
罪にならないからといって下種な行為に及ぶ輩は、やはり下種として扱われるのが当然であろう。
そういった者達から幼子を庇護しようという一刀の姿勢に、月は共感を覚えていたのである。
そして詠は、一刀が子供達に独り立ち出来るように教育を施そうとしている部分を評価していた。
もちろんこれから色々な不具合も起こりうるであろうし、救われない者も当然いるので不公平な試みでもある。
特に詠にとってはその不平等さが納得出来なかった。
それでも七乃経由で2人に伝えられた『やらない善よりやる偽善』という一刀の言葉が、彼女達の心に大きく響いたことだけは間違いない。
そういう訳で、一刀は予想外の高待遇で漢帝国パーティに迎えられたのであった。
「その高待遇の極め付けは、これだな」
「どうしました、一刀さん?」
「あ、いや、お陰様でLVが上がったんだ」
そう、一刀は月の好意によりパーティ登録までさせて貰っていたのだ。
一刀がパーティ登録方式を発見して以来、バックパッカーもパーティ登録される傾向にある。
LVが上がればバックパッカーの生存率も上がるし、パーティ効果の恩恵も受けられるからだ。
だがそれはあくまで自クランのバックパッカーを育てるためであり、一刀には当てはまらない。
一刀もこの措置だけはさすがに遠慮したのだが、最終的には月に押し切られてしまった。
「これで一刀さんは、LV18ですか?」
「ああ」
「私達の目指すBF22には、まだ4つ足りないです……。くれぐれも気をつけて下さいね」
「心配してくれてありがとう、月。皆の邪魔にならないように、慎重に行動するよ」
もっとも今の一刀には、大人しくしている以外の選択肢はない。
先の戦闘でも分かる通り、例え荷物がなかったとしても近接戦では問題外だ。
ボウガンで援護しようにも味方に当たる可能性があって使えないし、それ以前に魔力を帯びていないため魔法生物には効き目がない。
それに漢帝国のパーティメンバーも、一刀に戦闘面での働きなど初めから期待していない。
彼女達にとって一刀は単なる荷物持ちだからである。
だから一刀が荷物運び以外にも意外な所で役に立ったことは、彼女達にとっては嬉しい誤算であった。
「今日はBF20で夜営するつもりなんだろ? 実は最適な場所に心当たりがあるんだ」
「むむむ、そういうのはネネの役割なのですぞ! お前は引っ込んでいるのです!」
「話だけでも聞いてくれよ。多分敵はポップしないし、カニやエビが食べ放題だぞ」
「……行く」
「恋殿、騙されてはなりませぬぞ! コイツがこんな深いフロアのことを知っているはずがないのです!」
一刀の心当たりとは、言わずと知れた【魚群探知】スキルの恩恵である。
今までの傾向からBF20には釣り場があると思ったら、案の定一刀のサーチに引っかかったのだ。
今までの釣り場は、モンスターを釣り上げない限りは安全であった。
おそらくBF20の釣り場も同様であろうと予測をつけた一刀。
もし本当にモンスターがポップしなのであれば、夜営は断然楽になる。
少なくともカニやエビが食べられるのは本当だし、ダメ元で試してみないかという一刀の提案に乗った彼女達。
タゲった獲物のいる方向に皆を誘導しながら、これもボーナスの対象になるのかな、とワクワクする一刀なのであった。
タラバガニ、ズワイガニ、イセエビ、ロブスターなどを次々にロックオンしてガンガン釣っていく一刀。
「よっ」「ニャ」
「それっ」「ウニャ」
「もういっちょ!」「フニャー!」
そして、一刀が釣りあげたカニやエビを手当たり次第に殻ごと食べていく幼女。
「って、美以?! なんでこんな所にいるんだよ!」
「兄を呼びに来たんだじょ。もう夕食の時間なのにゃ」
「そうじゃなくて、どうやってここまで来たんだよ!」
「兄の匂いを追ったのにゃ」
「いや、だってここBF20だぞ? 敵だっているし、時間だっておかしいだろ!」
「……せっかく呼びに来たのに、兄が怒るにゃ。もう美以は帰るにゃ!」
「ちょ、待った! ほら、今からもっと美味しいのを釣るからさ、機嫌を直してくれよ」
「むー、……わかったじょ。さぁ兄、早く釣るにゃ!」
唐突な美以の登場に月達もあっけにとられていたが、一刀にもその理由が分からない以上、今は美以の機嫌をとるのが最優先である。
【魚群探知】でリストの中からレアっぽい獲物を探し出し、ターゲットを設定してロックオン。
「よし、『カニカマ』ゲットだぜ!」
まるで丸太のような寸胴の巨大な甲殻類っぽいなにかが、ゴロゴロと地面を転がる。
早速かぶりつこうとする美以に、ちゃんと料理した方が美味いと待ったをかける一刀。
釣り上げた『カニカマ』を、月と詠が手早く調理する。
と言っても迷宮内に器具を持って来ている訳もなく、調理方法は焼きの一択ではあったが、それでもさすがにレアな獲物だけのことはある。
ただ焼いただけなのにも関わらず芳醇な香りを漂わせる『カニカマ』は、引き締まった身が口の中でプリプリと弾け、ジュワッと口内に広がる旨味で舌が蕩けるようであった。
「タラバガニの足を一匹分まるごと解して、一気に頬ばった感じ?」
「あー、わかるわかる。ウチもそう思ったわ」
「もきゅもきゅ……んぐ、もきゅもきゅ……」
「はぐっ、うにゃー! はぐっ、はぐっ」
一刀と霞が歓談している脇では、恋と美以が一心不乱に『カニカマ』を食べている。
「美味しいですね、華雄さん」
「うむ。今まで食には興味がなかったが、これ程に味わい深いものがあったとはな」
「……く、悔しいですが、確かに美味いのです!」
月や華雄も『カニカマ』の魅力に夢中である。
不機嫌だった音々音までが、あまりの美味さに思わず顔を綻ばせていた。
「で、一刀。その娘はなんなの?」
そんな中で、当然しなければならない問いを一刀に投げかけられたのは詠だけであった。
さすがは軍師神・賈駆の加護を持つだけのことはある。
だが一刀にもなぜ美以がここに来られたのかは分からないし、肝心の美以は『カニカマ』以外は目に入らない状態になっている。
とりあえず美以の生い立ちの特殊性などを、分かる範囲で説明する一刀。
そのうちに50kgはありそうだった『カニカマ』を食べ尽くして、ようやく美以と恋の食事が終わった。
満腹になってご機嫌の美以から一刀が話を聞き出した所、彼女はとんでもないチートスキルを持っていることが分かったのである。
「じゃあ、美以は迷宮前のテレポーターから迷宮内のどこへでも行けるし、どこからでもテレポーターに帰れるのか?」
「そうにゃ。でも目印がないと無理にゃ」
「目印?」
「ポッケを探ってみるのにゃ。美以からのプレゼントだじょ」
「あれ、皮の首輪? いつの間に」
「友情の証だにゃ」
つまりこの首輪が、美以にとってのみの疑似テレポーターとなっているらしい。
試しに月をおんぶした状態でテレポーターに帰らせてみたが、移動出来たのは美以のみであったことから、他者は完全に利用出来ないことが判明した。
だがそれを差し引いても、美以の能力は価値があると言える。
「なぁ、美以。あれとそれとこの荷物だけ持って帰ってくれないか? それで、明日の夜にこれを、明後日の夜にそれを、その次の日はあれを持って来て欲しいんだ」
「むむむ……覚えられないにゃ」
「あ、それじゃ紙に書いて七乃に伝えるから、彼女の言う通りの荷物を持って来てくれるか? って、持って帰る荷物の量が多すぎるかな、持てるか?」
「それは大丈夫だじょ。にゃむにゃむ……≪-量産型生産-≫……」
「ミケにゃー!」
「トラにゃ」
「シャムにゃ……」
「よーし、みんなで荷物を運ぶのにゃ!」
「「「にゃー!」」」
「……増えた」
「増えたな」
「増えましたね」
「なんかもう、なんでもありだな……」
こうして一刀達は、水や食料や着替えなどに一切困らない迷宮探索を行うことが出来るようになったのであった。
**********
NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:18
HP:288/288
MP:0/0
WG:75/100
EXP:123/4750
称号:小五ロリの導き手
パーティメンバー:一刀、月、詠、恋、音々音、華雄、霞
パーティ名称:チートバッカーズ
パーティ効果:近接攻撃力+40
STR:20
DEX:30(+6)
VIT:20(+2)
AGI:28(+6)
INT:21(+1)
MND:16(+1)
CHR:26(+1)
武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーグローブ、マーシャルズボン、ダッシュシューズ
アクセサリー:猫の首輪、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:110(+5)
近接命中率:82(+10)
遠隔攻撃力:104(+5)
遠隔命中率:79(+13)
物理防御力:77
物理回避力:89(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
所持金:16貫