「で、どういうことなのよ! ちゃんと納得のいく説明をしてよね!」
地和は目の前の男に不信感と怒りを感じていた。
それはそうであろう。
男は彼女達の会話に割って入り、勝手にPLの契約を御破算にしてしまったのだから。
「じゃあまず自己紹介からかな。俺は一刀、フリーの冒険者だ」
「フリー? アンタさっき冒険者ギルドの使いって言ってたじゃない」
「ああ、君達への忠告? 折衝? うーん、まぁ交渉かな。とにかくギルドからの依頼で君達と話し合いに来たんだよ」
「なによそれ?」
「ほら、君達って狩りの度にテレポーター前を大人数で占拠するからさ。このままだとちょっとまずいことになりそうなんで……」
言われてみれば、地和達には心当たりがあった。
自分達がテレポーター前に行くと、先客の冒険者達が場所を移したり入れ違いに帰ったりしていたような気がする。
その時こちらに不満げな顔を向けて来た覚えもある。
よくよく考えてみると自分達と狩場がかち合った場合、こちらが大人数な分だけ他の冒険者には迷惑だったのであろう。
「それにさっき、LVの話をしてただろ? あんまり大人数で狩りをしてるとLVは上がらないよ。上層でのLV上げならソロでもいいくらいだし、多くて3人程度だと思うけど」
「え、そうなの?! ちぃ達いつも10数人で狩りしてるんだけど……」
「LV5のBF5でそのやり方だと、1つLVを上げるのにモンスターを数百匹以上倒す必要があるんだよ」
「な、なんでアンタにそんなことがわかるのよっ!」
声を荒げる地和だったが、なんとなく一刀の言うことが正しいのだろうという直感が働いていた。
天和や人和も地和と同じように感じていたのだろう、先程の男達との会話も含めて一刀に疑問を投げかけた。
「貴方はどこでそれを知ったんですか? どういう根拠があるんです? どうやって調べられるんですか?」
「それに一刀さん、さっき私達やPL屋さんのLVも知ってたよね。なんでなんで?」
「俺の加護スキルで、他の人の実力が大体分かるんだ。後はどのLV帯の人がどこでどれだけの敵を何人で倒したらLVアップしたかをじっくり観察しただけ」
「観察しただけって……アンタって、ずいぶんと暇人なのね」
「まぁ、自分も含めて最初の数人だけじっくり観察して、ある程度の法則は掴めたし。そこから先は、その法則が合ってるかどうかの検証だけだから」
「その法則、もっと詳しく教えてくれませんか?」
「悪いけど、他の人との契約上の制約があってね。ボカして説明するのが精いっぱいなんだ」
「ねぇ、一刀さん。お姉ちゃん、もうちょっとだけ詳しく知りたいなぁ」
「え、うわっ、えぇと……じゃ、後ちょっとだけ……って、柔らかい感触に負けるな俺! 違約金なんて絶対払えないんだから、華琳に身売りすることになるぞ」
相手の腕に抱きついてのおねだり攻撃は、天和の得意技である。
膨らみを感じて鼻の下を伸ばしながら、ブツブツと自制の言葉を呟く一刀。
一刀の攻略を姉に任せ、その隙に地和は人和に相談を持ちかけた。
「ねぇ、どうする? ギルドの話を突っぱねて現状維持って訳にはいかないよね?」
「ええ。迷宮を探索する以上、ギルドと対立するのは得策じゃないわ」
「それに今のやり方じゃ先行きも暗そうだし……」
「大丈夫、地和姉さん。一刀さんが評判通りの人だったら、私に考えがあるわ」
「評判? 一刀って、そんなに有名なの?」
「私も話してて気がついたんだけど、ほら、例の導き手よ」
「あー! そう言えば、あの導き手も一刀って名前だったかも!」
「あの噂が本当なんだとしたら、交渉は私がした方がいいわ」
あの有名な称号の持ち主にしては、天和の巨乳に籠絡されかかっている一刀の姿に一抹の不安を覚える人和。
というか、それ以前にあんな称号の持ち主に対して呼びかけること自体が不安な人和であったが、勇気を振り絞って一刀に話しかけた。
「あ、あの! 一刀さんって、あの『小五ロリの導き手』ですよね?」
「いや、ちょっと待て!」
契約とボインの板挟みで心が揺れ動いていた一刀だったが、人和の言葉で一気に我に返った。
彼が認識している自身の称号と人和の言うそれとは、似ているようで大きな隔たりがあったからである。
人の能力が分かる=悟り
人の育成が得意=導き手
これは彼の特徴を基に冥琳が名付け、冒険者ギルドから送られた称号なのだ。
ギルドに対して著しい貢献のあった一刀に対する報奨の一部である。
若干蛇足になるが、なぜこれが報奨になるのかを説明しよう。
この称号をギルドが送るという部分が重要なのである。
そうすることによって、一刀の能力をギルドが保証したということになるのだ。
つまり他の冒険者に比べて信用が出来る分だけ、様々な依頼を優先的に受注出来るのである。
名付けられた時は多少中二病っぽいなぁと思っていた一刀だったが、上記のようなメリットがあるため、ありがたく頂戴しておいた。
だがまさか伝達されていくうちに中二どころか小五になっているとは、さすがの一刀も予想出来なかった。
「悟りであって、決して小五ロリじゃない! ていうか、洛陽に小学校なんてないだろ!」
「5歳よりも小さい子供が本命だって話ですよね。でもそこを曲げてお願いします、私達も導いて下さい! 私もロリですし、地和姉さんだって貧乳には自信があります!」
「ちょっと! 勝手にちぃの胸に変な自信を持たないでよ!」
「5歳以下が本命って、それなんて精神病だよ!」
収拾のつかなくなった場を見兼ねたのだろうか、それともただの偶然なのか。
「お待たせ、杏仁豆腐だぜ。取り皿は4つでいいよな」
先程天和の注文した品物を持ってきた、ある意味空気の読める店員さん。
その店員さんの乱入のお陰で、混沌とした場がリセットされたのであった。
「うーん、美味いんだけど、なんでキノコ入りなんだ?」
「珍しいよねぇ。そう言えば、点心も全部キノコ入りだったよ」
「でもちぃ、あんまりキノコって好きじゃないんだけどなぁ」
「地和姉さん。好き嫌いばっかり言ってると、胸が育たないわよ……」
などと杏仁豆腐を食べながら歓談する4人。
ひとまず落ち着いた所で、先程の話に戻った。
「基本的には私達もギルドに逆らう気はないんです」
「ちぃ達だって、他の冒険者の邪魔なんてしたくないし」
「でもそのためには、いくつか問題があるの」
「そういうことなら、その問題の解決も俺の仕事のうちだし、良かったら相談に乗るぞ?」
3姉妹の言葉に気軽に応じた一刀。
だが、すぐにその発言を後悔することになった。
「はぁ?! 3人共、モンスター倒したことないの? 1匹も?」
「だってファンの子達がやってくれるしー」
「それに、ちぃ達が直接モンスターをやっつけるなんて、怖いじゃない」
「私達は戦闘用の歌と踊りと演奏で、みんなの応援をしているんです」
そう言って人和は、太平要術の書を一刀に手渡した。
応援ってなんじゃそりゃ、と思っていた一刀であったが、本を読んで人和の説明を聞いていくうちに戦闘用の楽曲の意味が分かってきた。
「へぇ! これ、『拘束の風』と同じ効果で敵全体が対象じゃないか。魔術師じゃなくても歌と踊りで同等以上の性能だなんて、凄い大発見だぞ!」
「でも条件がかなりシビアなんだよ。この『ゆっくりソング』なんて、3人の歌い手が微妙にずらしたタイミングと同じテンポでハモらないと効果が出ないし」
「歌と踊りの専門家のちぃ達が半年やっても、未だに3回中1回は失敗するんだよ」
「普通の冒険者じゃ、とても実戦では活用出来ないと思いますよ?」
3姉妹の意見も分かるが、それでも一刀はその発見が非常に価値のあることだと考えていた。
MPがいらないというのは、それだけで大きなアドバンテージとなる。
桃香の加護スキルもMP消費なしで回復や補助が出来る仕様であるが、パーティ戦におけるその使い勝手の良さは他の追随を許さない。
実際にその効果を実感したことのある一刀には、そのことが身にしみるほど理解出来ていたのである。
しかもこの太平要術の書に記されている戦闘用の楽曲は、桃香の加護スキルを効果はともかく『全体が対象』の部分では超えているのだ。
一刀の知る限りでは、敵や味方への全体対象の補助系効果は他に存在しない。
他に存在しないような性能とシビアな発動条件。
つまりはそれだけバランスブレイカーな存在である証左なのである。
「うーん……。3人必要な楽曲も存在する以上、1人ずつバラけてパーティ編成するってのは大却下だし、かといって3人一緒じゃパーティメンバー全部ミネラルでデルピエロ戦……むしろ全部ステテコ?」
「一刀さん。ミネラルとかステテコとか、一体誰なんですか?」
両者共クエクエ4の馬車の一部である。
「ギルドの総力を挙げてPL? いや、スキル重視でいくならPLは有害にしかならないよな……」
「ギルドの総力を挙げてって……」
もちろん一刀にそんな権限はない。
現状ではあくまでも一刀は一介の冒険者であるに過ぎず、今ギルドの依頼に従っているのは金稼ぎの一環である。
ちなみに、PL屋へギルドから仕事を回す話は、今回の交渉における必要経費ということで冥琳に頼むつもりであった。
但し今までの実績を考えると、一刀の発言はギルド内ではそれなりに重い。
一刀の提案を雪蓮が即座に取り上げることはないにしろ、熟考されることは間違いない。
そういう意味で、一刀の「ギルドの総力を挙げて」という発言は絵空事とは言えない。
「そもそも貴重な才能とはいえ、彼女達もずっと冒険者をやるって決まってる訳じゃないんだし……」
「ねぇ、一刀さん。一刀さんってば!」
「え、ああ。ごめんごめん。そういえばまだ君達の目標を聞いてなかったな。迷宮の最下層を目指したいのか、お金稼ぎが目的なのか。その方向性によって、助言内容も変わってくるし」
そう尋ねる一刀への3姉妹の答えは、ここで言うまでもないであろう。
3姉妹の今後の方針を決めるためにも、一度その実力を見ておきたい。
そう一刀に言われて、天和達は彼を伴い迷宮へと降りた。
場所はBF5のテレポーター前。
彼女達がここ2週間ほど拠点としていた場所である。
「一刀、絶対に私達を守ってよ! 絶対なんだからねっ!」
「わかってるって。BF5程度なら、地和達の安全は保証するよ」
いつもと違って僅か4人であることに、地和は心細さを感じていた。
そんな地和と同条件なのにも関わらずポーカーフェイスを崩さない人和と、いつも通りニコニコしている天和。
自分の姉妹ながら、地和は彼女達の神経の太さに感心と呆れが混じった視線を向けた。
「ん? ちーちゃん、どうしたの?」
「……別に。なんか一人でビクビクしてるのが馬鹿らしくなってきたとこ」
「地和姉さんの緊張もとれた所で、早速始めましょうか」
人和の言葉に、最初に釣るべき敵を物色する一刀。
そんな一刀の耳に、天和の美声が響いてきた。
「みんな大好きー! ……あれ? 一刀さん、ちゃんと「天和ちゃーん」って言ってよぉ!」
「天和姉さん。ファン達の前じゃないんだから、今日はそこは飛ばしてもいいんじゃない?」
「えー、ちぃはこれやらないと、気合いが入らないんだけどなぁ」
「……悪いんだけど、戦闘用の楽曲からで頼むよ」
「仕方ないなぁ。それじゃ、『まっするソング』からいくね」
「ああ、よろしくな」
その声を合図に、地和がステップを刻み始める。
すると今まで単なる服の飾りだと思われていたものが、シャンシャンと音を奏でてリズムを作り出した。
彼女が両手にそれぞれ持っているジャラジャラと装飾された鉄輪同士を叩き合わせ、その音がリズムに拍車をかける。
そのリズムに艶やかな色を塗りつけるかのように、人和が弦楽器のようなものを弾き鳴らした。
メロディアスな曲がリズムと合わさって、大広間の空気を震わせる。
そして両手に持ったカラフルな巨大マリモのようなものを振りかざして踊っていた天和の歌声が、その場を支配した。
「♪ゴー、ゴー、マッソー!」
天和達の奏でる楽曲に、一刀は大広間に稲妻が走ったような錯覚を覚えた。
自分の中に燃え盛る炎があることを自覚し、戦士として目覚めたような気持ちである。
今なら勝利に向かってビーム的ななにかすらも打てそうであった。
「これは……。もしかして、『大地の力』よりも効果があるんじゃないか?」
そう呟きながら、音に釣られて寄って来たコボルトにダガーを振るう。
一刀のダガーを防ぐようにコボルトも錆びついた剣を頭上へと翳すが、まるで豆腐を切るような感覚で剣ごとコボルトの頭を断ち切る一刀。
加護を得て身体能力もアップし、しかも魔力の籠った武器まで所持している一刀にとって、このフロアのモンスターはもはや雑魚でしかなかったが、それでも今のように敵を倒すことは出来ない。
つまりはそれだけ人を超えた力、いわゆる超人パワーを付与されているということである。
「「♪えむ・ゆー・えす・しー・える・いー MUSCLE!」」
「♪マッスールーマーン ゴーファーイト!」
地和と人和のサイドボーカルが、天和の声を一段高い場所へと導く。
その透き通るような天和の歌声が一刀の体中を駆け巡り、彼の力は益々と漲ってきた。
ところで音というものは、空気を震わせて伝わるものである。
である以上、この歌声は一刀以外にも聞こえている。
当たり前のことであるし、だからこそ『全体効果』であるのだが、その当たり前のことがこの場合は彼女達にとってウィークポイントとなっていた。
音に釣られて寄って来るモンスターが後を絶たないのである。
幸いなことにパワーアップ効果はモンスターには影響を与えていないようであったが、敵の数が多すぎた。
360度から迫りくるモンスターを相手に、一刀だけでは3姉妹を庇いきれなくなってきたのである。
「天和! 『まっするソング』はもういい! 敵のスピードを下げてくれ!」
「はーい、それじゃ『ゆっくりソング』いくねー」
直径5メートル程の真円を描くように、ぐるぐると回り始める3人。
最初はスローペースだったその動きが、どんどんと早くなっていく。
そしてその速度が頂点に達した時、3姉妹の口が開いた。
「「「♪ゆっくり~ ゆっくり~ ゆっくり~ ゆっくり~」」」
その歌詞に隷属するかのように、モンスター達の動きが遅くなっていく。
そして唐突に3人の動きが止まり、人和と地和が息を合わせて演奏を開始した。
人和の弾く『まっするソング』よりもアップテンポの曲は、奏でるというより突き刺すという印象である。
靴にもなにか仕込みがしてあるのだろう、地和のステップがまるでドラムのようなビートを生みだし、人和のメロディをより攻撃的にさせる。
そして天和のソプラノが、迫りくるモンスター達に投げつけられた。
「♪ゆっくーりしーっていって!」
「「♪しーっていって! しーっていってーね!」」
「♪ゆっくりとしーっていって!」
「「♪しーっていって! しーってい「きゃっ」
敵の動きが遅くなったとはいえ、いなくなった訳ではない。
しかも踊りのために3姉妹間の距離も開いていたため、ついに一刀のフォローが間に合わなくなったのだ。
「人和! ……え?!」
一刀は自分の目を疑った。
攻撃を受けたはずの人和の姿が一瞬霞んだと思ったら、なぜか無傷でその場に立っていたのだ。
だが、そのことを詳しく聞く余裕はなかった。
なぜなら、人和が悲鳴を上げたために歌自体が中断されたからである。
それにより本来のスピードを取り戻したモンスター達が、3姉妹に向かって一斉に襲い掛かってきたのだ。
人和に襲いかかっていたゴブリンの首を、デスシザーで切断する一刀。
そのまま地和に走りより、傍にいたポイズンビートルを蹴り飛ばして一刀は叫んだ。
「3人共テレポーター小屋に逃げ込め!」
「え、でも、アンタ一人だけ残して……」
「いいから、早く!」
鉄輪でコボルトの攻撃を防いでいた地和は、一刀の指示に従うことにためらいを覚えたのだが、重ねられた言葉にしぶしぶ従った。
天和や人和も自分が足手纏いなのを自覚していたため、素直に小屋へと避難してきた。
3姉妹さえいなければ、このフロアの敵など何体かかってきても一刀の敵ではない。
鎧袖一触、集まって来ていたモンスター達を蹴散らす一刀に、3姉妹は目を見張った。
「わー、一刀さんって凄いねー」
「ほんと、なんか凄い……。で、でも、アイツはちぃ達を守り切れなかったんだから!」
「ファン達と比べても、加護持ちの身体能力はやっぱりケタが違うわね。……私達も欲しいわ」
三人三様の思いで自分を見つめる視線を感じながら最後の敵を切り倒し、一刀は溜め息をついた。
肉体的に疲労を覚えた訳ではない。
ただでさえ疲労に鈍いという特性を持つ一刀が、今更このフロアで疲労を覚える訳がないのである。
「……予想以上に難しいなぁ」
歌の効果や特性。
それが及ぼすメリットやデメリット。
そして3姉妹自身の装備と身体的能力。
彼女達の育成方針をどうするべきかと、一刀は再度大きな溜め息をついたのであった。