熱い抱擁を交わす一刀達。
思わず白蓮も貰い泣きである。
しんみりとした雰囲気が漂う中、星が口を開いた。
「ところで、私は桃香殿のクランに行くことにしましてな」
割と空気を読まない女、星。
だからこそ、意外と白蓮とウマが合うのかもしれない。
「そ、そうか。星なら活躍出来そうだし、桃香も大歓迎だろう。って、そうだ! さっさと加護を受けてギルドに戻らないと! 桃香の性格から考えて、物資補給に来られなかったってことは、それなり以上のトラブルが起こっている可能性が高い」
「確かに、一刀殿の言われる通りですな。では、どなたから?」
「私がやるわ!」
そう言って進み出たのは、桂花である。
既に郭嘉と程昱が出ているため、彼女の狙いは絞られている。
祭壇に向かって一心に祈る桂花。
そんな気持ちが天に通じたのであろう。
猫耳フードが光り輝き、マフラー付きの猫耳フードへと変化した。
そして桂花は、自分が最も理想的だと考えていた加護神・荀彧を引き当てたのであった。
NAME:桂花【加護神:荀彧】
LV:16
HP:174/174
MP:232/202(+30)
「桂花の『贈物』は、そのフードの強化みたいね。よかったら鑑定しましょうか?」
「ええ、頼むわ」
桂花の『贈物』と合わせて、既に鑑定済みである稟達の『贈物』も紹介したい。
星(強化):直刀槍『龍牙』 攻104、耐300/300、AGI+4
稟(新規):『賢者の手袋』 防10、耐100/100、コモンスペル効果1.5倍
風(新規):『宝譿』 防8、耐80/80、MP回復(1P/3秒)
桂花(強化):『猫耳フード』 防14、耐150/150、MP+30、MND+2、固有スペル【鉄皮】習得
白蓮(新規):『白馬のハイブーツ』 防23、耐100/100、DEX+2、逃亡成功率アップ
ここで特筆すべきは、稟の『鑑定』の不完全さである。
なぜ不完全だと言い切れるのか。
それは、鑑定結果にある記述が足りていないからだ。
そう、これらのアイテムには装備条件の項目がないのである。
ほぼ間違いなく存在すると思われる表示がないこと。
それはつまり、アイテムに隠しパラメータが存在していることを示唆している。
『普通の剣』:攻44、耐120/120
稟の鑑定により、自分の剣の銘が判明してショックを受ける白蓮。
彼女の剣に隠し性能があることを信じて、落ち込む彼女を今は静かに見守っていたい。
「ところで一刀殿。これらのアイテムには、貴方が言っていたMPという表記がそのまま使われていました。桂花のフードにあるMND、星の槍にあるAGI。一刀殿であれば、それらが何を示しているのかご存じなのではないですか?」
「……知らないけど、たぶん略語なんじゃないか? 桂花は後衛なんだし、マインドとか? 星は動作が機敏だし、アジリティかもしれないな」
相変わらず誤魔化す気が本当にあるのかと疑ってしまう一刀の発言。
その怪しさをスルーして、なるほどと頷く稟。
所持していた他の武器防具に付加されているSTRやDEXの意味について、風や桂花も交えて話し合っているうちに、季衣達の加護神が決まった。
それを見て、稟はさっそく彼女達の『贈物』の鑑定を始める。
なんだかんだ言って、得たばかりの自分の加護スキルを使いたくて仕方がないのかもしれない。
NAME:季衣【加護神:許緒】
LV:17
HP:301/301
MP:0/0
『贈物』(強化):大鉄球『岩打武反魔』 攻255、耐420/420
NAME:流琉【加護神:典韋】
LV:17
HP:353/353
MP:0/0
『贈物』(強化):『伝磁葉々』 攻205、耐500/500、VIT+2
加護神も凄いが、強化された武器の攻撃力がインフレ過ぎる。
ガーゴイルくらいなら、もしかしたら数発で粉々に砕いてしまうかもしれない。
手数の違いがあるとはいえ、彼女達の攻撃は1撃で戦局を激変させてしまうであろう。
しかもこれは、武器だけの性能なのである。
この時点で、一刀の近接攻撃力の2倍以上もあるのだ。
これだけの重量物を装備出来ている時点で、季衣達のSTRがかなり高いことは想像がつく。
一体彼女達の近接攻撃力はいくつなのだろうか。
もし知ってしまったら、一刀はしばらく立ち直れなかったに違いない。
他者のステータスが解らない仕様のおかげで、季衣達が神性能の武器を手に入れられたことを素直に喜べた一刀なのであった。
星と稟以外の加護スキルも気になる所ではあったが、それは後回しである。
今は早く加護を受けて、ギルドへと戻らなければならない。
それでも今は、ゲーム中のメインイベントとも言うべき場面である。
祭との初めてのベッドインと同じくらいに緊張している一刀。
不安8割・期待2割で、彼は祭壇の前に立った。
不安とは、自分が男性であること。
期待とは、季衣達が有力探索者だと解ったこと。
仲間達に主役級の加護神がついたということは、彼女達自身が主役級の人物であるということだ。
その彼女達と、今まで一緒に探索を続けてきたのである。
自分は主役格ではないにしろ、決して雑魚キャラではないはずだ。
そんな一刀の考えは、ある意味で当たっていた。
なんと、祭壇が全く反応しなかったのだ。
ゲームの仕様上、これはありえない事態である。
以前雪蓮から聞いた話でも、男性には有力な加護神がつきにくいとは言っていたが、加護神がつかないなんてことは今までなかったとのことであった。
つまり、一刀がモブキャラ過ぎて加護を受けられないということではないのだ。
もしこの先も一刀が探索者を続けるのであれば、加護神を得られないのは致命的である。
そして探索者を辞める場合でも、LVだけは上げておく方が無難であろう。
なぜなら、このゲームの世界は法令の整った現代日本とは異なり、弱肉強食が蔓延る時代であるからだ。
それにこのまま加護を受けられなかったらテレポーターが使用出来ないし、一刀には七乃との賭けの件だってあるのだ。
これはまずいと焦る一刀。
だが彼に出来ることは、粘ることだけである。
一刀は祭壇に向かって、一心不乱に祈りを捧げ続けたのであった。
それは幻聴であったのだろうか。
一刀の心の内に、神々のやり取りが響いてきたような気がした。
(孫堅様、この子は呉の加護者達と親密ですし、仲間思いのいい男ですぞ。太史慈様あたりが加護神には適任かと)
(司馬昭よ、いい加減なことを申すでないわ。どこから紛れ込んで来たのかは知らぬが、奴は我等の民ではないぞ)
(では曹操様は如何ですかな? 能のある者ならば盗賊でも使うと公言されている貴方様であれば……)
(奴のやり方は才能とは言わぬ。反則と言うのだ)
(で、では劉備様……)
(ノーサンキュー!)
……もしかしたら、一刀の妄想であったのかもしれない。
異例ともいえる程の時間が過ぎ去り、とうとう祭壇が反応を示した。
魅力のようなミクロ微粒子の淡い影に包まれる一刀。
遂に一刀は、加護を受けることが出来たのだ。
三国志関連のゲームだって当然やり込んでいる一刀ですら聞いたことのない加護神だったが、そんなことは些細な問題である。
『贈物』が『ひのきのぼう』にしか見えなかったことも、今はどうでもいい。
とにかく加護を得られたこと、それこそが重要なのである。
「よし、それじゃギルドに戻るぞ! どういう状況なのか、全くわからないんだ。気を付けて行こう」
「とにかくまずは、華琳殿の屋敷へ向かうことにしましょう。加護を受けて体力は回復したとはいえ、補給を受けねばなりませんからな」
最悪の場合は対人戦もありうると覚悟を決め、テレポーターを使った一刀達。
そんな彼等の目の前に現れたのは……。
「雪蓮?! それにみんなも……」
「ふふ、久しぶり。とは言っても、僅か2週間足らずだけどね。色々と話したいことはあるけど、まずはこれだけ言わせて貰うわ。おめでとう、一刀!」
しばらく前に姿を消した雪蓮や皆の姿が、そこにはあったのだ。
立ち話もなんだからとギルドの中へと誘う雪蓮の後についていく一刀達。
てっきり雪蓮の部屋かどこかに行くものだと思った一刀だったが、それにしては道がおかしい。
雪蓮に先導されて辿り着いたのは、美羽の部屋であるギルド長室であった。
ノックもなしに扉を開ける雪蓮に驚いた一刀だったが、幸い室内には誰もいなくて内心でほっとした。
久しぶりに入るギルド長室を見渡す一刀。
相変わらず無駄に豪奢な部屋であった。
その中でも一際目立っている、美羽用の立派な机と豪華な椅子。
なぜかそこに雪蓮が腰掛けて、口を開いた。
「改めて、ようこそ冒険者ギルドへ。私は貴方達を歓迎するわ」
「冒険者ギルド? 一体どういうことなんだ?」
「今からそれを説明するわ。私達が洛陽を脱出したのは……」
雪蓮が話した事の顛末。
その詳細を語ると長くなるが、全ては次の一言に集約される。
雪蓮達は、漢帝国の皇帝から迷宮の統括を委任されたのである。
洛陽は自治権を認められているのではなかったのか。
雪蓮達が稼がなければいけない10万貫はどうなったのか。
転売作戦の話は一体なんだったのか。
それら一刀の質問も含め、雪蓮の話を5W1Hの方式で要訳しよう。
・WHO
誰が洛陽への自治権を許可したのかといえば、それはもちろん皇帝である。
である以上、そこに嘴を突っ込むことだって可能なのだ。
普通であれば信用問題に繋がるため実行には移さないし、今の漢帝国軍の実力では洛陽に対する強制力はないに等しいが。
・WHAT
そのような愚行を皇帝が行った理由は何かといえば、そこで件のアイテムが出てくるのだ。
もともと不老不死を欲していた皇帝の目には、特に青銅の短剣飾りの効果は素晴らしいものに見えた。
この発見の成果を以て雪蓮達の罪は購われ、且つ他の探索成果を期待されて迷宮の統括を委任されたのである。
・WHY
なぜ作戦を変更しなければならなかったか。
それは勿論、一刀が七乃に伝えたパワーレベリングのせいである。
このままでは普通に10万貫を稼ぐのは厳しいと判断した雪蓮達は、皇帝に迷宮探索の成果物としてアイテムを献上することにしたのだ。
その成果は、前述の通りである。
・WHEN
作戦変更とその遂行は、雪蓮達の洛陽脱出以前から水面下で行われていた。
洛陽内にいる漢帝国将軍・恋に皇帝への渡りをつけてもらい、なんとか謁見の許可を得ることに成功した時、雪蓮は本作戦の成功を確信したそうだ。
・WHERE
洛陽を脱出するための身体能力、そして追手から逃れて皇帝のいる長安へと一気に駆け抜けるための体力。
それらを得るために、蓮華達は加護を必要としていたのだ。
加護を受けた彼女達の移動速度は、恐ろしく速かったことを付け加えておく。
・HOW
だが前述したように、皇帝からの委任を受けても実行力が伴わなければ意味がない。
実際に、洛陽に戻った雪蓮達に対して、七乃は唯々諾々と従ったわけではなかった。
ところが、七乃に従ったのはギルド職員や雇われ探索者達だけだったのだ。
つまり、剣奴達は全員雪蓮側についたのである。
雪蓮達が恩赦を約束したこともあるが、剣奴達のパワーレベリングをしていたのが彼女達だったことも大きい。
「うふふふ、あの時の七乃の悔しそうな顔ったら! 一刀にも見せてあげたかったわ!」
「それはいいんだけど、美羽や七乃は? まさか……」
「やっぱり貴方はお人よしね、一刀。安心しなさい、殺してないわ。今頃麗羽の所に逃げ込んでるんじゃないかしら」
「でも、そんなクーデターみたいなことして、本当に大丈夫なのか? 麗羽って、都市長なんだよな。 粛正されたりしないか?」
「こっちの委任を否定するってことは、麗羽自身の自治権を否定することと同じなのよ。どちらも皇帝の認可なんだから。そのくらいのこと、彼女だってわかっているはずよ」
このクーデター騒ぎでギルド周辺が封鎖されたため、7日目に桃香達が姿を現わせなかったのだ。
ギルドを掌握した雪蓮達は、そのことを聞いてすぐにBF15に向かったのだが、既に一刀達は『試練の部屋』に挑んだ後だった。
それで一刀達が捨てた荷物を回収して、テレポーター前で待っていてくれたのである。
探索者ギルド改め、冒険者ギルド。
雪蓮達の作った新たなギルドには、数多くの難題が待ち構えている。
例えば剣奴を全て解放する約束をしてしまったこと。
そんなことをして、今後のテレポーター警備はどうするのか。
冒険者を雇うのか、新たな剣奴を購入して育てるのか。
どちらを選ぶにしても、そのための資金はどうするのか。
そのことだけを例に挙げてみても、ざっとこれだけの問題が発生する。
だが今だけは、それらのことを忘れても許されるであろう。
ひしっと抱き合い、互いの無事と解放を喜ぶ一刀達なのであった。
「ところで一刀、そういえば貴方の加護神は、一体誰だったの?」
雪蓮にそう問われ、一刀はようやくそのことを思い出した。
あの時は急いでいたから気にも留めなかったが、その名前に心当たりがないことといい、『ひのきのぼう』といい、よっぽどしょっぱい加護神なのであろう。
「それが、呂尚って神様らしいんだけど、知ってるか?」
「うーん……、聞いたことがないわね。亞莎の加護神の呂蒙様と同じ姓だし、もしかしたら血族なんじゃないかしら?」
(ということは、呉かな。設定的には雪蓮のクランに入るべきなのかも……)
「ところで一刀殿、その『贈物』、よろしければ鑑定しましょうか?」
「あ、頼むよ、稟」
「では。……こ、これはっ!」
「おお?! なんか凄い効果があったのか!」
「大変言い難いのですが……、これはただの釣り竿ですね。それなのになぜか銘が入っていますが。どうやら『太公望の竿』という名前のようです」
「呂尚って、あの釣りの人かよっ!」
自分の加護神が三国志とまったく関係のない人物だったことに、よほどショックを受けたのであろう。
稟から受け取った釣り竿を、思わず床に叩きつける一刀。
だが、この時彼は気づいていなかった。
一刀が比較的好きなゲームメーカー『挫折』。
その中でも特に好きなのが、アクションゲーム『真・劉表無双』シリーズである。
実は、その人気の陰に隠れたゲームが存在する。
『真・劉表無双』と同じようなアクション性に加え、更にRPG要素を付加したそのゲームは、多くのゲーマー達に普通という評価を下された。
神ゲーもクソゲーも愛せる一刀ですら、そのあまりの普通さに全く記憶に残らなかったようなゲームだったのである。
そのゲームの名は『封神無双2』。
主人公は、一刀の加護神と同じ太公望である。
果たして一刀がこの先、『封神無双2』の存在を思い出すことはあるのだろうか。
そのゲームの内容は、彼の頭の片隅にでも残っているのだろうか。
いや、一刀の意思に関わらず、いずれ強制的に思い出すことになるであろう。
太公望がそのゲームの中で果たした役割が、封神であることを……。
-『迷宮恋姫』前編・完-
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NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:17
HP:270/270
MP:0/0
WG:5/100
EXP:786/4500
称号:○○○○○○○○
STR:20
DEX:30(+6)
VIT:20(+2)
AGI:28(+6)
INT:20(+1)
MND:15(+1)
CHR:26(+1)
武器:アサシンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、マーシャルズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、万能ベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:107(+5)
近接命中率:69
遠隔攻撃力:101(+5)
遠隔命中率:66(+3)
物理防御力:76
物理回避力:86(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
所持金:43貫500銭