「皆さん、わかりましたかー? 肝心な時に逃げ出すような無駄飯食らいの役立たずは、こうなっちゃいますから気を付けて下さいねー。でも、ちゃんとギルドに貢献する働きをすれば、ご褒美だってあげちゃいますよー。一刀さん、前に出てきて下さい」
人の首を落としたばかりだというのに、あくまでも軽い口調で七乃は一刀を呼んだ。
公開処刑が行われたばかりの壇上に一刀を立たせる七乃。
「一刀さんは、数日前にギルドに入ったばかりにも関わらず、崩れそうなテレポーター前を最後まで支えきった勇敢な人です。皆さん、拍手ー! はい、そんな一刀さんにはご褒美に金5貫、そして一日休暇&外出する権利をあげちゃいますー」
拍手と言われても無反応だった剣奴達が、褒賞の内容を聞いた途端にざわめき出した。
それもそのはず、ギルドに買われた剣奴達は、基本的にギルドの外に出ることを禁じられているからである。
ダンジョンにもテレポーターを使用して潜るため、外の町の様子など見る機会がない。
ギルドに買われてから月日が経っている者ほど、つまり熟練の剣奴であるほど、この外出権の褒賞に発奮したのである。
典型的な飴と鞭であったが、その効果は抜群であったといえる。
だが、一刀にとっては外出権よりも金5貫の方がありがたかった。
なぜなら、先日の激戦で服もズボンもボロボロであったからだ。
(まず替えの服と、タオルだな。後は、水を浴びる時の石鹸と、それから……)
さっそく脳内で予定を立てる一刀。
折角得た休暇であるし、1秒でも無駄にしたくない。
そして嬉しいことは、更に続いた。
「兄ちゃん、頑張ったね……」
「大活躍ですね、兄様」
壇上に立った一刀を見つけた季衣と流琉が、やってきたのだ。
辛うじて笑顔と呼べるものを浮かべてはいたが、2人とも元気のなさそうな様子であった。
(あんな処刑を見た後じゃ、仕方がないよな……)
そう思いながら2人のLVを確認するが、出会った時と同じLV3であった。
HPが減っている様子もなく、無事に過ごしているようである。
「ああ、なんとか生き残ったよ。季衣も流琉も、迷宮にはもう潜ったのか?」
「ううん、ボク達はまだ、武器の扱い方や迷宮の知識を教わっているところだよ」
「そうか。なにか困ってることはないか? 女の子だし、色々と大変だろう」
「いえ、雪蓮様が手を回して下さったのか、とても良くして頂いてるんです」
「ボク達、2人部屋なんだよ! 兄ちゃんも遊びに来なよ」
「へぇ、そりゃ高待遇だなぁ。今度お邪魔させて貰うな」
「それに、私達は加護を得ることが最優先ということで、テレポーター警備のローテーションからも外れるそうなんです。市の前に引き抜いて頂けて、雪蓮様には本当に感謝しています」
一刀が20人部屋の2段ベッドで暮らしていることを考えると、季衣や流琉の待遇は破格だと言える。
季衣や流琉のような小さな女の子まで、男達に交じってタコ部屋で生活しているんじゃないかと心配だった一刀は、ほっと胸を撫で下ろした。
それにしても、雪蓮も引き抜かれた剣奴は待遇がよいと言ってはいたが、まさかこれほど良いとは思っていなかった。
(雪蓮にあの時、LVやHPが見られる特技を告白しておくべきだったかも……)
と、自分の選択をちょっとだけ後悔した一刀であった。
ギルドショップで一番安かった服とズボン、着替え用の下着を何枚か、それからタオルや石鹸などの生活必需品を購入し、早速着替える一刀。
全部で金1貫を消費してしまったものの、着の身着のままで数日間過ごしていたため、新しい服を着るのはとても気持ちがよかった。
洗濯する用にもう一着同じものを買ってこようかと、脱ぎ捨てたボロボロの服を手に取ってしばし悩む一刀。
やったことはないけど、縫えばまだ着られるかも。
お金は大事だし、着替えなんてなくても、最悪下着姿で洗濯すればいいや。
失敗しても雑巾にはなるし、後で針と糸を買ってこよう。
ボロボロの服は取っておくことに決め、一刀は着替えの下着と一緒にそれをベッドに置いて、外へと出かけたのであった。
漢皇帝の元宮殿、それが三国迷宮への入口である。
といっても、迷宮の大部分は地下なため、入口といっても人が5人並べる程の洞窟が口を開けているだけであるが。
漢皇帝から洛陽の自治権を買い取った都市長・麗羽は、宮殿に突如として現れた入口からいつモンスターが這い出て来るかわからないと、兵舎や鍛錬場を含むその入口付近の一帯を妹である美羽に下げ渡し、探索者ギルドを開設させて入口を管理させた。
そうやって安全を確保すると、行政府兼居城として元宮殿の中心部を己の物としたのであった。
ちなみに反対側には神殿が建てられており、これは迷宮が出現する前の当時のまま、大神官に預けられていた。
そこに大神官自ら救護院を併設したことが、迷宮が出現してからの神殿の最も大きな変化であろう。
探索者ギルド・行政府・神殿の3つが合わさって元宮殿であったということから、その巨大さがわかる。
探索者ギルドを出てすぐの場所は、もともと洛陽の中でも一等地であった。
だが、迷宮が出現して以来、その一帯は全て空家となった。
当時は探索者ギルドもなかったため、迷宮の傍に住まうのは危険だと人々は考えたのである。
そして麗羽が都市の自治権を買い取って、迷宮の入口が管理されるようになった今では、宮殿の周辺は迷宮から帰ってきた冒険者達の温かい懐を目当てとした、商魂逞しい商人達によって賑わうことになっていたのであった。
探索者ギルドから出た一刀が目にしたもの、それは『ゆ』と書かれた看板であった。
この4貫は大切に使おう。
必要なもの以外は、絶対に買わないぞ。
酒や食べ物などの享楽的なことで消費するなど、以ての外だ。
そんな一刀の思いなど、一瞬で脳裏から吹っ飛んでいた。
替えの服すらケチった一刀であったが、その魅力的な文字の誘惑に逆らうことなど出来なかった。
この世界に来てから水浴びしかしていない一刀には、暖かい風呂にゆっくりと入ることが出来るというのは、眩しいくらいに魅力的であったのだ。
またたびに駆け寄る猫のように、恍惚としてふらふらと湯屋に近づく一刀。
その湯屋は、探索が終わって疲れきっていて且つ懐の温かい探索者達をターゲットとしているため、高サービス高料金が謳い文句であり、入場料だけで500銭もしたが、一刀は言われるがままに支払った。
一刀が我に返ったのは、でかい湯船に浸かって「むふー、極楽、極楽」とため息を吐いた、その数分後であった。
もの凄く反省しつつ、それでも元は取らねばと、サウナまでしっかり満喫した一刀。
のぼせて火照った体を落ち着かせるため、座敷の隅に腰を落ち着けた。
風呂上がりの一杯をぐびぐびと飲む探索者達。
彼等の稼ぎのお零れを狙う女達。
そして、彼等の得た貴重なアイテムが目当ての商人達。
探索者のLV帯は10~15であり、加護持ちは見当たらなかった。
店の格からしても、ここにくる探索者達は熟練であるはずにも関わらず、意外に低いそのLVを、一刀は不思議に思った。
だが、主要人物の雪蓮や華琳もLV20ちょっとだったことを考えると、このくらいのLVが妥当なのであろう。
(加護自体が1年前に華琳に発見されたって話だし、まだ迷宮の攻略自体が序盤なんだろうな)
もうここには用はない。
神殿に行って、町で武器防具の相場を調べたら、ギルドに戻ろう。
一刀は立ち上がり座敷を後にした。
「さて、皆さんお待ちかね。当店のアイドル・流し満貫シスターズの登場です!」
「みんな大好き、天……」
盛り上がり始めた座敷の歓声を背中で聞きながら。
一刀が神殿に向かったのには、理由があった。
それは『贈物』の存在である。
設定では、経験を積んだものには太祖神よりアイテムが授けられる、とされているこの『贈物』であるが、つまりはLVアップのご褒美アイテムなのだ。
ギルドにも週に1度神官が訪れるため、その時に貰えば済む話ではあるが、貰える物ならば早く貰いたいと一刀は考えたのである。
「ぬっふぅん!」
「うっふぅん!」
一刀のそこそこ整っている顔を見て、いつも以上に気合いを入れて祈ってくれている漢帝国大神殿の巫女、通称『漢女』達から露骨に目を逸らした一刀。
白髪マッチョ巫女の、まったく膨らんでいない乳房を隠す白のマイクロビキニ。
ハゲマッチョ巫女の、もっこりと膨らんだ股間を隠すピンクのパンティ。
一刀は、ああ日本に帰りたい、と切実に思った。
やがて、そんなマッチョ達の祈りが太祖神に通じたのであろう、『贈物』がポップした。
一刀が初めて受け取る『贈物』、それは小さめのボウガンとベルトであった。
ボウガンは腕にくくりつけるタイプであり、ベルトにはボウガン専用の、弓用の矢よりも小さいブロンズボルトが収納できるようになっていた。
装備してみると、一刀が見ることの出来るステータス画面に遠距離攻撃力、遠距離命中率の項目が増えた。
装備品欄で確認したところ、名称は『ライトボウガン』と『レザーベルト』であった。
普通に考えて、一般の探索者達であればともかく、一刀のように拠点防御を行う立場であると、ボウガンという武器は選択しにくい。
なぜなら、剣奴達同士は決して仲間ではないからである。
ボウガンを打つということは、その間両手が塞がり無防備になるということである。
また、武器は腰に付けておくとしても、盾を腰にぶら下げておくのは無理がある。
仮にそれをしたとしても、打ち終わった後にボウガンをしまってから武器と盾を構える、なんて余裕は戦闘中にはないであろう。
必然的にボウガンは盾を持つ方の腕につけっぱなしとなり、もしそのまま近接戦闘になった場合には、盾なしでそれを行わなければならないことになる。
もし探索者達のパーティであれば、アーチャーとして遠距離攻撃に専念出来るであろう。
そこには、自分が弓を打つ間は必ず仲間達が守ってくれるという信頼がある。
だが、一刀達剣奴の場合はどうであろうか。
もちろん剣奴にだって連帯感はあるし、戦術的に遠距離攻撃を行う者がいた方が有利なのも理解出来るだろう。
余裕のある状況であれば、一刀がボウガンを打つ間、守ってくれるかもしれない。
だが、モンスターが大量に押し寄せた時、果たして彼等は一刀を守ってくれるであろうか。
問題はまだある。
それは、矢弾にかかる費用である。
矢弾は言うまでもなく消耗品であり、使った分だけ金を払って買わねばならないのだ。
この武器は、一刀にとって無用な物のように思われた。
尤も『贈物』には当人にとって不要である物も多く、そういう場合には売って換金し、自分にあった装備を整えるのである。
だが一刀にとって、このボウガンとベルトは、この世界からの初めての『贈物』である。
この世界の住人ではない一刀は、これらの『贈物』を貰うことによって、まるで自分が初めて世界から受け入れられたような、そんな気分にさせられたのだった。
誂えたように腕に馴染むボウガンに、とりあえず試すだけ試してみようと思った一刀なのであった。
一刀の『初めてのお使い』は、まだ続く。
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NAME:一刀
LV:3
HP:52/52
MP:0/0
EXP:135/1000
称号:なし
STR:6
DEX:9
VIT:6
AGI:7
INT:7
MND:5
CHR:5
武器:ブロンズダガー、ライトボウガン、ブロンズボルト(100)
防具:布の服、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト
近接攻撃力:26
近接命中率:16
遠隔攻撃力:26
遠隔命中率:13
物理防御力:21
物理回避力:15
所持金:3貫515銭